「ケントおじさ~ん! このコンテナはどこに持っていけばいいの~?」
あたしは足元の上司に訊いた。
「あ~、お嬢! それはシンディの店の商品だから二番口のトレーラーに載せてくれ!
中身は果物だからゆっくり下ろしなよ!」
「え? なに? マイクの調子が……。ここに下ろせって? わかった!」
低い音ともにあたしはコンテナをその場にズシンとおろした。
ちょっと力の加減を間違えたのか、宇宙港の卸場が局地的な地震が襲われ、天井の梁がビリビリと振動する。
上司であるデュプレおじさんとケントおじさんの悲鳴がブレンドしてあたしの耳に届いたのは、コンテナの中身が
南国果物のミックスジュースに生まれ変わった後のことだった。
――反省。
ガンダムSEED DESTENIY AFTER ~ライオン少女は星を目指す~
第三話 TIPS「ライオン少女は牙をむく」
ナナリーと別れたあたしはいつものようにMSを巧みに操って物資の荷受け作業を手伝っていた。
この重機置き場の隣には市場があり、商店を経営する人などでにぎわっている。
昼の休憩時間。MS〈レイスタ〉の前でがっくりと肩を落とすあたしの前に二つの人影が映った。
「ステラ、聞いたぞ? さっきの地響きは……またやったのかお前……」
「や~い、バーカバーカ、バカステラ~♪」
ひょろっとした外見の黒髪の男は〈ダメだこりゃ……〉と言わんばかりに手の平で顔を覆い、
ちっこいほうの茶髪はうざったらしくあたしの前をぐるぐるとまわり、はやし立てている。
スティング・ケントと、アウル・デュプレ。
あたしとこのふたりは学校でも常にだべっている。親同士が知り合いということもあり、子供のころからの付き合いだ。
「うっさいよアウル! スティングも! さっきのはマイクの調子が悪かっただけ! それとちょっと加減を間違えただけなんだから!」
私の懸命な弁解も、
「じゃあ聞くが、ステラ。その調子の悪いマイクの点検をサボって昨日の休憩時間にいびきをかいて爆睡してたのは、だ・れ・だ?」
――青筋が浮かんだ笑顔が怖いよスティング……。いつもメンテナンスはまかせっきりでごめん……。
「――おーけい。今度から機体のメンテは毎日あたしで軽くキッチリやるよ……。それでいい?」
その一言でようやくスティングは、よろしい、とうなずいてくれた。
「んじゃま、もう休憩終わるし早く行こうぜ~?
はやく仕事に戻って失敗した分取り戻さないと、きっとウチの親父たちカンカンじゃね~の?」
そのやり取りを隣で見ていたアウルが退屈そうに言った。あ、もうそんな時間。
「よ~し、それじゃあ、アウル! スティング! 昼休みが終わったら『汚名挽回』と行きますか!」
そのあたしの決意を込めたセリフと連動してズルッとスティングが前のめりにずっこけた。あれ? 足腰弱いねぇアンタ。
「おいおい『挽回』してどうする! 汚名は『返上』するもんだ! もう一度汚名を被る気かお前は!」
「あっひゃっひゃっ!! は、ハラ痛てぇ~!」
「あ、あれぇぇぇぇ~?」
ずっこけたままのスティングとお腹を抱えて転げまわるアウルの前で、あたしは首をかしげた。
昼休みが終わり、作業を再開しようとするその前にあたしはまずおじさんに謝罪を行った。
「デュプレおじさん。午前中のことはごめんなさい! 午後で汚名ばん……もとい、返上しますから」
……うしろからアウルのくぐもった笑いが聞こえた。こいつめ……。
「おう、お嬢。なぁに、いつものことだから気にすんな。俺たちはいいけど、あとでシンディの店に謝りにいけよ?」
その一言を聞き、待ったをかける様にアウルが割り込む。
「おいおい親父! ステラには甘いんじゃね~の!? 俺だったらいつもスパナでゴツンだろ!?」
「うっせぇ。憎たらしいお前と違って、こんなかわいい胸ボインちゃんを叩けるわけねーだろ?」
「このエロ親父が……」
「あはは! じゃああたし、作業に戻るね!」
ジリリリリリリリリリリリリ!!
そのときだ。あたしが作業を再開するため機体に乗り込もうとしたとき、警報が鳴り響いた。
「――え……? 何?」
あたしは周囲を見回す。卸場の人たちはなんだか慌てた表情で何が起こったのかを把握しようと動き始める。
搭乗するための脚ひっかける奴(名前なんだったっけ?)のひもを握りしめて、あたしは機体の傍に寄って立ちつくした。
なんだろう? この警報の音に、聞き覚えがある……?
ズキッ!
そのときあたしの額が急に痛み出した。
おでこに傷ができたわけじゃない。でもなんだか、心が痛いって言うか……
「――痛っ……」
「……? お嬢、どうした? ケガでもしたか?」
心配そうに駆け寄ってくれるおじさん。その心づかいはありがたかったが、そのおでこの痛みは増すばかり。
ズキッ!
もう……耐えられない……!!
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
「お、おい? どうしたんだよステラ!?」
「――警報を……警報を止めてぇぇぇぇ!!」
あたしは痛みに耐えかねて、力の限り叫んだ。辺りの視線が集まるのがわかったが、頭の痛みは止まらない。
痛みのあまり、頭を機体にぶつけてみたが、あたしはその反動で背中からもんどりうって転び、目の上あたりから赤い血が流れ出していた。
それでも痛みは一向に止まらない。
そのとき、爆音とともに外部スピーカーによって放出された大音量の声が近隣一帯に響き渡った。
『我々はプラント義勇軍である! 下等なナチュラルによって汚染されたこのプラントのコロニーを開放すべく――』
「なんだなんだ!? テロ屋か!?」
「おい見ろよ! あれゾロじゃないか!? ザフト軍の新鋭機だぞ!」
「コロニーでMSを使うなんて……正気か!?」
その声を聞いた時、あたしはふいに幼いころのかすんだ記憶を思い出した。
「――おとう、さん……?」
警報が流れる狭い避難船。今の母さんの腕の中で見た、光景。
人々を守るため、単身で挑み死の天使に蹂躙される赤い翼の悪魔……。
天使の放った閃光が赤い悪魔の全身を貫くその瞬間を……おもいだした。
『我らの理想を邪魔するうるさいハエめ!』
目前の窓の向こうでは、カーキ色の巨人が戦闘機に向けて手にしたライフルを放っている。
その足元では休日を満喫していたはずの人々がまるで地獄を見てきたかのように血相を変え逃げ惑う。
いつも通る道路のアスファルトは割れ、駐車していた車がおもちゃのようにひしゃげリ、お気に入りのケーキ屋の壁がクッキーのように粉砕された。
「なんでこんな……」
その光景を見て、あたしを今まで支配していた危機感がなんだか心の中からぐつぐつとわいてくるような怒りに変わっていった。
搭乗用ロープを握る手に力がこもる。
「お嬢!? いったい何を――」
「おいバカステラ! まさかアレに立ち向かうってんじゃ――」
その声を聞く前に、気がついたらあたしはコックピットに収まっていた。
今でも何のためについてるかわからない計器を立ち上げ、眼前の敵を捉える。
こいつらの理想がなんだとか、崇高な目的なんだとかは知らない。
ただわかってるのは、こいつらはお父さんを殺したような奴らと同類の悪い奴だということ!!
キュィィィ――
ブースター特有のかん高い音をさせると、アリの子を散らしたように機体の足元から人が後退した。
「ステラ・ホーク……行きます!」
そしてそのまま――発進!
レイスタは街灯の間を縫うように飛びかかり、敵に肉薄した。
急発進したときのブースターの軽いGに耐えながら、破壊を撒き散らす巨人に向けてあたしは言い放った。
「なんでこんなこと……戦争がしたいの!? アンタたちは!」
その加速を利用し、あたしは敵のどてっぱらにタックルをぶち込んでやった。ざまぁ見ろ。