見わたす限り広がる白桃色の花畑。その中心で、俺とステラは追いかけっこをしていた。
「こっちこっち! おそいよ、おとうさ~ん!」
「ハハハっ! 待て待て~。お父さんを置いていかないでくれー」
世界最高にして絶対萌え存在であるステラには、ヒラヒラと白い花びらが舞う光景がよく似合う。
くるりくるりと踊るように逃げるステラ。そのたび、太陽の光をかぶったような輝く金色の髪がさらさらと揺れる。
「コラ~、待てステラ~。ハハハ、つ~かま~えた!」
「うわわ! くすぐったいよおとうさ~ん。もう~しょうがないなぁ」
肩をポンっとつかむとくすぐったかったのか、ステラは小動物のようにやんやんと身じろぎし始めた。あぁぁ、なんてかわいいんだ……
とくにムッとした時の、ステラのプーっと頬を膨らますその愛らしい姿を見れるのならば、俺はアク○ズだって小指一本で押し返してしまうだろう。
……地球が持たんときが来ているのだ?
いいや。ステラへの萌えがあれば、そんなもの乗り越えられるんだよシ○ア!!
――立て国民よ! ジーク・ステラ! 『ジーク・ステラッ!』(合いの手)
「ねぇねぇおとうさん。すてら、おとうさんにね、しょーかいしたいひとがいるの」
「へぇ。新しいお友達か?」
急に話題を振ったステラに俺は聞き返す。
うんうん。ステラはかわいいし、みんなの人気者だもんな~。友達の一人や二人……いや一億人いても不思議は……。
「ううん。すてらのだんなさま~」
――へ?
すると、花畑から一転。紙芝居の絵ように、ざあっと景色が急変した。
いつのまにか俺は和風の部屋のちゃぶ台の前であぐらをかいていた。『ザブトン』と『タタミ』のちくちくとした感触が妙に気に障る。
「おとうさん。しょうかいするね。このひととすてら、あしたけっこんするの!」
「初めまして、お義父さん。おたくの娘さんとは結婚を前提に、お付き合いさせていただいてます」
――な、なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!??
部屋の中央に置かれたちゃぶ台の向かい側では、顔を恥ずかしそうにうつむけるステラと、隣で白のスーツでぴしっと決めた男が正座してかしこまっている。
男は整った顔立ちで、いかにも『やり手』のオーラを発していた。
「……? どうしましたかお義父さん? 黙って急に立ち上がったりなんかして。
それに、その握りしめた拳は何です? しかも指先から血が……」
「い、いや……なんでもない。なんでもないんだ…………」
がくぅっ!
心に痛恨のダメージを食らった俺は片膝をついてしまった。痛む心臓を押さえて、うずくまり始める。
……娘に彼氏ができたらどうしよう、とステラが生まれた時からずっと悩んではいたが……、
まさかの「あしたけっこんするの!」……だ。
さっきの一言は、俺にとってはミーティアフルバーストに匹敵する。
この津波のような精神ショックは、彼氏と対面するために昔からとっておいたエネルギーだけでは防ぎきれない。
「と、ところで……ステラはコイツ……いやこの人のいったいどこを好きに――」
「ぜ~んぶ!! すてらはね、おとうさんよりもずぅぅぅっとこのひとがだいすきなの~!!」
ズババババババッ!! ブシュゥゥゥ! ポタポタ……。
とどめと言わんばかりのカウンターショック。
俺は心身の限界に達し、穴という穴から血を盛大に噴き出した。奇声を上げながら机に突っ伏す。
ああもう駄目だ。鬱だ。死のう。長生きしすぎた撥(ばち)があたったんだ。
愛が……愛がイタいぃぃぃ!!
「はい。お義父さん。このとおり僕たちは愛し合っているんです。
しかし僕のほうはですね……おたくのステラを初めて見た時……なんていうか……その……、
下品なんですが…フフ……『勃起』………しちゃいましてね…………。特にこの豊満な胸に」
「………なん……だと……?」
なめまわすように隣に座るステラを見る男。その姿を見ていると自然と声が低くなり、眉間にしわが寄る。
『俺の』ステラをそんな目で見るな!
幽鬼のようにむくりと起き上がり、わなわなと全身を怒りにふるわせている俺に向かって、男はいきなり立ち上がった。
そして机越しに顔を近づけ、俺の耳元でささやく。
「――さて……結婚資金はいくら出せばよろしいですか? 僕の家はとても裕福でしてね……。
おっと、やめてくださいね。私が本気を出したらあなたの薄給ではかなうわけないでしょう?
まぁ数日ほど、この子で遊び呆けたら……さっさと離婚するつもりなんですけど。なぁにお金はしっかり払いますよ。
――こんな僕でもよろしければ、お義父さん! 娘さんを僕にください!」
男は俺の前に土下座で座り込んだ。そして床に頭突きをする勢いで、最後の仕上げといったように頭を下げる。
――だ……だれが……!!
言葉にならない声を発し、拳を握り締める。
神でも悪魔でも何でもいい……誰か……俺の右手に奇跡の力を!!
「お前みたいな外道に――誰が娘をやるかぁボケぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
俺の渾身の右フックは、すいこまれるように外道の頬にめり込む――――ことはなかった。
ガンダムSEED DESTENIY AFTER ~ライオン少女は星を目指す~
第四話TIPS 「最強父親パンチとピンク姫」
「――誰が娘をやるかぁボケぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「!? きゃぁぁぁ!!」
脳を揺さぶるような金切り声で俺は夢から覚醒した。
跳ね起きるように上体を起こす。
だがいざ起してみると耳鳴りがひどい。頭痛がする。吐き気もだ。
なんだか最悪の悪夢を見ていた気がするが、どんなものだったか全く思いだせない。
というか思い出したくない。
「あ、あら? お目覚めですか?」
声が聞こえた方に俺は首を向けた。するとドアの傍に
この白塗りの部屋には似つかわしくないフリフリの衣装を着こなした女の子が、俺を水色の瞳でぱちくりと眺めていた。
その姿は可憐、あるいは聖楚と言った言葉が似合いそうだ。
ふと俺は自分の体を見た。体は白と青の病人服が着せられていて、全身の素肌からは包帯の感触がする。
……ここはどこだ? この子が手当てをしてくれたのか?
「なぁ……キミ、ここはいったい……」
「……!? 大変ですわ!! 早くおじい様に知らせないと!」
事情を説明してもらおうと話しかけた時、少女はハッと気づいたように小さい体を翻して部屋から出て行った。おそらく『おじい様』とやらを呼びに行ったのだろう。
床にこぼした液体――コーヒーの香ばしい香りが狭い部屋に充満し始めていた。
「……病人にコーヒー?」
俺は虎のあの人を思い出した。
――数分後。
目眩に頭が慣れ、俺はとりあえず外に出ようとベッドから這いでた。その時、いきなりドアが開かれる。
「ふむ、やっと起きたのか」
ドアの向こうから現れたのは、見たところ初老の男性だった。
軍服のような衣装に身を包んではいるが、白髪の混じった金髪、おぼつかない腰、顔に幾重にも刻まれた深い皺などを見る限り
一見、相当な年齢を重ねているのだろう。
その横には、先ほどの女の子がもじもじとした様子で老人の服をひしと掴み、そばにひっついていた。
「この方が、おじい様のご友人ですの?」
「ああ、私の古くからの親友だ。しかし……廃棄コロニーの調査中に漂っていたMSにお前が乗っていた時は本当に驚いたぞ。
しかしお前はいくら起こしても起きなくてな。24時間以上も寝ていたので心配し始めていた。
あまり老人の寿命を縮めるんじゃないぞ、シン」
? なんでこの人は俺の名前を?
多分その時、俺は何がなんだかわからないといった顔をしていたんだろう。
そんな俺を見て、老人はついに噴き出した。
「フッ、私――いや、『俺』が誰なのか、まだわからないのか? ……シン」
その物言いに、俺は頭の中に一人の人物を思い浮かべた。
だがそのあとは、ばかな、そんな、といった単語しか思い浮かばなかった。
「まさか…………。お前……レイ……なのか!?」
老人は深くうなずいた。
「そうだ。俺は……レイ・ザ・バレルだ。……会ったのは15年ぶりか?
しかしお前は……変わっていないな」
そう名乗ると目の前の老人……レイは、皺だらけの口元を緩めた。
「レイ……! 生きていてくれたのか!」
再会の喜びを表そうとレイの肩をつかんだそのとき、俺はがくんと膝をついてしまった。
なんだ……? 立ち上がろうにも力が……。
「まだ寝ていなくてはダメですわ!! お船に収容した時、シン様は大けがで……その……血が……」
そうか。血が足りないんだ。
そんなふらつく俺を、少女がしっかりと支えてくれた。ピンクの髪が肌に触れてこそばゆい。
――ちょっと待て。ピンクの、髪……? それにどこか輪郭や口調も…… まさか……!?
「……ラクス……クライン?」
「あら? お母様がどうしました? シン様はお母様ともお知り合いですか?」
ピンクの髪の少女は、なんでもないといった風に、とんでもないことを言った。
……まぁ本人にとっては、本当になんでもないんだろうな。
「ミーア。シンに食事を持ってきてくれないか? 私はシンと話をしなければならない」
俺をベッドに腰かけさせると、「はい、おじい様!」と元気に応え、部屋から出て行くミーアと呼ばれた少女。
「なぁ、レイ。あの子は……」
老人になってしまったレイと、ラクス似の少女。おれは状況の判断が未だにできていなかった。頭の中が渦を巻いている。
とりあえずレイに問うた。
「気にするな。俺は気にしない――では済まないだろうな。
……だがそれはのちほど言う。けが人のおまえは、今はしっかり休むことだ」
反論の材料が見つからず、俺はしぶしぶと再び横になった。だがそれも数分もすれば徒労に終わってしまった。
極端なほど慌てふためいたエプロン姿のミーアが入ってきたからだ。
「大変ですわおじい様!! 本当に大変なんです!!」
「どうしたのだミーア。ひとまず落ち着きなさい。慌てすぎるのはお前の悪い癖だ」
レイが諭すようになだめるが、今一つ効果がなかった。
「わ、わかっておりますわ! ですが今はお許しくださいな、そんなことよりも今情報が入りました。
……ヘリオポリス2が海賊さんに襲われたそうですわ!」
それを聞くや否や、「そんな馬鹿な」とレイの顔が驚愕の表情で固まってしまった。
明らかにその驚き方は尋常でない。まるで知り合いが巻き込まれたかのような――
「シン、何故お前は平然としていられるんだ!?
あそこに住んでいるのはミネルバのみんなと、お前の娘の……ステラだぞ!!」
――ステ……ラ?
「ステラッ!? ……うわっ!?」
最初に、『あっ』と言ったのはミーアだった。
目をかっと見開き、勢いよく跳ね起きた俺はドアから外へ飛び出す――ことはなかった。
一歩を踏みしめた瞬間、視界が歪み、前方へ盛大にこけた俺は顔面を強打し……気絶してしまったからだ。
『軍の活躍により海賊は駆逐された』と情報が入ったのはその直後だったという。