SCA-Seed_SeedD AfterR◆ライオン 氏_第03話後編

Last-modified: 2009-05-31 (日) 15:50:46

「あ。あ、ああ。アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

眠れる狼は覚醒した。
焼けた鉄のように赤々と輝く紅玉の瞳は、まさに怒り狂う獣。
咆哮とともに、シンは床を蹴り飛ばし、突撃した。拳を固く握り、腰を大きくひねる。
恨み、憎しみを腕力に乗せたシンの右拳が"アスハ"の顔面を打ち抜いた。
にぶい打撃音が冷たい空気を震わせ、"アスハ"の体がはじけ飛び、床にバウンドして転がったあと、停止。
そしてぐったりしたまま、動かなくなる。母の死んだ時と同じ姿だと思った。

 

刹那、シンの荒い呼吸音だけを残し空気が凍りつく。
「オイ、何をしてるんだお前!? 取り押さえろ!」
すると事態を重く見たのか、そばにいた衛兵たちが数人、一斉にシンに飛びかかった。
シンは思い切り抵抗したが何人もの男たちがのしかかり、手足を封じられ身動きが取れない。
男たちに取り押さえられながら、シンはどす黒い憎悪が胸の奥からこみあげてくるのを感じる。
だがカガリのぐったりした様子を横目に見ると、やがて何かが切れたように力が抜け、
怒りと憎悪は空虚感にとって代わられていった。

 

――どうだ、ゴミクズみたいに吹っ飛びやがって。 俺が本気を出せばお前なんてどうということはないんだ。
……なんだ。もう死にかけてるのか? 俺が、俺の家族が受けた痛みはそんなものじゃなかったぞ。
最初から最後まで馬鹿な奴だ。
こんなやつに、マユが――

 

「あ……あは……あはは……」
乾いた笑いが漏れる。シンはほとんど瞬きもせず格納庫の天井を見つめた。

 

やっぱり、もう俺は"いらない"。既にこの世に必要ないのだ。
押さえつけられた腕の指一本すらも動かしたくない。それこそ無駄なことだ。
寒いのは嫌いだ。
このまとわりつくような寒さが、いつも記憶の扉をこじ開け、
封じ込めたはずの過去を嫌でも掘り起こしていく。

 

ボロ布のように横たわる両親。片腕だけが残った妹。冷たい水の底に沈んだ少女。
全身が引き裂かれるような絶望感。
守れなかった。数え切れないほどの屍の山を築いたというのに、何一つ守れなかった。
この自分を取り押さえている男たちにのしかかられた腕が痛い。それを頭の奥で一瞬感じたが、
今更どうしようという気にもなれなかった。
どうでもいい。もしできるなら、今すぐ殺してほしいくらいだった。
いや、本当は今すぐにでも"アスハ"の首を絞めてありったけの恨みを込めて殺してやりたい。
アスハだけじゃない。あの偽善者や裏切り者達もだ。
それができればどれだけ嬉しいだろうかと何度思ったかわからない。
だけど、俺にはできない。できなかった。
弱い俺は何もできなかった。
何もできないなら、ここで死んだ方がいいんだ。

 

「待て……」
どこからか声が聞こえた。だが、誰も気に留めようともしない。

 

「……待てっ!」
必死さを孕んだ声が今度こそ喧騒の波をなぎ払った。その場にいた者すべてが、声がした方を向く。

 

そこには、歯を食いしばりながら気力だけで立ちあがろうとしているカガリの姿。
それを見て、シンは一瞬息が止まった。

 

「おまえたち、邪魔を……するな……!!」 

 

壮絶な気合いが、少女の口からほとばしった。
そのままキッとシンを取り押さえる男たちを射抜くかのように睨めつける。
(おい……誰か何とかしろよ……) 
(いや確かこの方はロンド様の客人で外部には秘匿と――)
シンを押さえつける取り巻きの声に、切迫感が混じり始める。
皆、暴れて扱いに困る獣を見る様な目をしていた。

 

「おいお前ら……退けと言っている!」

 

男たちは一瞬ひるむとすぐさま飛びのき、シンの体が解放された。
その声に込められた気合いに押されるように、野次馬の輪がぐぐっと後退する。
カガリはそのまま足を引きづりながらシンの前まで歩み寄ると、がっくりと膝をつく。
先ほどの一撃がよほど効いたのだろう。
あまりの激痛からか顔からは脂汗を流し、歯を食いしばりながらも彼女は言葉を紡ごうとする。
「私はな……逃げてばっかりいた。何もできない自分が嫌だったから……
 勇敢なふりをしつつも、いつも他人頼りだった。
 そして何事からも逃げて逃げて、逃げ続けた結果が、国を焼きお前の様な者を出してしまった……」

 

ひどく悔しく憤ろしい気持ちでシンは唇を噛みしめた。
何なんだよアンタは。こんなところまで俺を引きずって来て、まだあんなくだらない説教をのたまわるのか。
気付くとシンは自身の紅玉の双眸に再び憎悪の炎を宿らせ、無意識に拳を握りしめていた。

 

「わたしはもう逃げない」
シンの思考を遮り、カガリは凛とした声でそう言い切る。

 

「私は決めた。嫌なことから逃げても、何も解決しない。だからたとえ血を吐き、泥にまみれようとも、
 生きて生きて生き抜いて、戦い抜く。オーブの理念など関係なく、私は、今度こそ国を守って見せる。
 それが私の戦いだ。そして今、私は今度こそお前の復讐から逃げずに……立ち向う。
 だから……来い。受け止めてやる」

 

そういってその場に立ちあがると、カガリは震える両手をわずかに持ち上げ、その場に立ちつくした。
それを見て、雄叫びをあげながら再度シンは大きく跳躍し、右手を振りかざす。
だがカガリは、まるでシンに殺されることを望んでいるかのように、動かなかった。
ただ、潤んだ金の瞳でこちらを見ているだけ。
考えるまでもなく、シンの拳はカガリの頬に飛んでいた。

 
 

ライオン少女は星を目指す
第三話「シンと神様の落し物(後編)」

 
 

体が沸騰しているようだった。
衰弱しきっていたシンがここまで力を発揮しているのは、その怒りによるものが大きいだろう。
時間にして十分にも満たない間にシンは十数回も殴り、蹴り、投げ飛ばし、
"家族の仇"を一方的に叩きのめした。
そして、また一撃。

 

「……アンタは……。……アンタって人はぁぁぁぁぁ!!」

 

シンの右足が、吐き出された恨みと同時に凄まじい速度で跳ねあがった。
その蹴りをまともに食らい、カガリはのけぞるように吹っ飛んだ。彼女の額が割れ、鮮血が滴り落ちる。
うめきつつも床に伏せたカガリはすぐ起きない。起き上がれない。
今、苦悶にうめく彼女を襲っているのは痛みとは違う疼痛感。
体を襲う危険信号が足を震わせ、自分の罪の重さを噛みしめていた。
一分ほどしてから起き上がったカガリの顔は、拳ほどの大きさの青黒いアザと額と鼻から流れる赤い血で
見るも無残な姿になり果てていた。
場内は騒然。野次馬も怒り狂う獣に手が出せず、またその場に漂う雰囲気に飲まれ、ただ傍観していた。
シンは奥歯を噛みしめ、低いうなり声をあげる。
「何で出てきた! 何で俺の前に現れた!? 俺がアンタをどう思っているかなんて、知ってるだろ!」
「……殺したいほど……憎んでいるだろう? 」
「そうだ! アンタ達は言ったよな! また花を植えるって、いっしょに花を植えようって!
 ふざけるな! アンタ達にとって過去は、死んだ命はどうでもいいのかよ! 
 アンタ達の言う花を植えれば俺の家族は帰ってくるのか!? 
 アンタの国の理念で殺された俺の家族は! 」
彼はわめきながら怒りを解き放つ。
シンは再び自分が憎しみの激情に体中が昴ぶってくるのを感じた。
アスハへの憎悪。忘れていたわけでは決してない。
「当たり……前だ。死んだ人は絶対に、生き返らない。
 私の罪も消えることなく一生まとわりついてくるだろう。
 本当は、土下座でも何でもして謝ろうと思っていた。相手にわかってくれるまで必死に謝ろうとな。
 だけど、気付いた。それはただの逃げだ。
 過ちをただの過去と勝手に水に流してしまうだけのただの逃げだと気付いた。
 お前の憎悪は本物だ。その憎悪を受ける義務が、私にはある。だから……受けて立つ」
まだ虚勢を張れる元気が残っていたのかと少し驚いた。
カガリがそう言った次の瞬間、シンは鼻血で赤黒く汚れた胸ぐらをつかみ、
憤怒の形相をみなぎらせながら威嚇するような低い声音で言った。
「本物のバカか、アンタは!? 死にたいのか!? 俺はアンタを殺したいほど憎んでいるんだぞ!? 
 いや、"殺したい"なんていう程度のものじゃない! 
 まずアンタの手足を生きたまま一本一本引きちぎって、 マユと同じ目に合わせてやる! 
 それから父さんや母さんみたいに爆弾でバラバラに吹き飛ばして、 MSで踏みにじってやる! 
 それとも――」

 

まくしたてていたシンの口が止まった。カガリの表情に気づいたからだ。

 

立ち上がり、顔をあげたカガリは安堵したような、かつ自嘲ともとれるような笑みを浮かべていた。
額から流れる眼元の血をぬぐい、ただじっとこちらを見ている。
「……そうだよな。それだけのことを、私はしたんだよな……」

 

――なぜ、こいつは笑ってるんだ? 自分が殺されるかもしれないんだぞ?

 

だがその疑問に答えを探す前に、カガリが言葉を継いだ。
「けどな……よかった……それだけ憎めれば充分だ。自分勝手ですまないが、安心した。」

 

――安心? アスハが、俺を!?
――どうして?

 

「何でアンタが俺のことを心配なんかするんだよ。アンタは俺が怖くないのかよ!?」
獣の唸り声の様な問いに答えるカガリの声は、かすかに震えていた。
「――だって、お前は……本当は優しくていい奴なんだから……」

 

一瞬、ぴしりと体が硬直した。

 

「……ふっ……ざけるなぁぁぁぁ!」

 

そう言った次の瞬間、シンは雄叫びとともにカガリの胸ぐらをつかんで床に倒れこむように押しつけていた。
そのまま憎悪をのせた罵声を浴びせかける。
「俺が優しい!? そんなわけないだろう! 俺はアンタの大切なオーブを討とうとしたんだぞ!
 いや、討とうとしただけじゃない、実際になぎ払ってやった! 
 オーブのMSを片っ端から叩き落としてやった! 
 インド洋で護衛艦を何隻もたたっ切ってやった! 数え切れないほど人を殺した!! それを――」
そのとき、カガリの表情を見てシンの頭の中は真っ白になった。

 

カガリは泣きそうになっていた。
その目には涙をためて、こぼさないようこらえながらじっとこちらを見ている。

 

「だって……お前は私に優しくしてくれたじゃないか」
カガリが涙で滲んだような声で告げる。

 

――そんなわけないだろう。俺はアンタを殺そうと思っていたのに。

 

「私が辛い思いをしている時に、お前は抱きしめてくれたじゃないか。『大丈夫、安心して』って」
「違う! それはアンタをステラと――!」
「前にも私が疲れている時に心配して自分の料理をわけてくれたし、
 いつも楽しそうに家族の話をしていたじゃないか。
 他にも、いろいろ――。なのに……
 お前はこんなにも優しいのに、私はお前の大事なを者たちを……!」
目を伏せる。一粒涙がカガリの瞳から流れ落ちた

 

「お前が私じゃない誰か――『ステラ』の姿を見ているのはわかっている。
 けどお前の行動がすべて偽りだったとしても、優しくしてくれたのは本当だ。
 いろんな人物に裏切られて、絶望していた私に優しくしてくれたのは……本当に……嬉しかった……」
血だらけの顔面をこすり、涙をぬぐうと、ずずっと鼻をすする。嗚咽が混じったかすれた声。
「だけど愚かにも国を焼き、お前の家族を殺して、ただの優しい一人の国民の運命を狂わせたのは、
 紛れもないアスハ家だ。
 許してくれとは言わない。許してもらえるとは絶対に思わない。
 だから、お前が私を殺して気分が晴れるなら 今すぐ殺してくれてもかまわない。
 それだけのことを、私はしたんだから」

 

「………………」

 

おぼろげながら思い出した。夢を見ていた時、誰かがいつも一緒にいてくれた気がする。
無理やり笑顔を作って話かけて……。
寒くて寝つけない時も、嫌いな食べ物が出た食事の時も、きれいな星を見ている時も、
いつも笑って、時には泣いて、弱々しくて……。

 

――初めて会ったとき、どうしようもない馬鹿だと思っていた。いや、馬鹿なのは変わっていない。
他人の事を考えずに喚き散らして、論破されれば何も言えないよわっちい奴で。
初めから口先だけしかないどうしようもない奴だと思っていた。

 

だけど、変わった。

 

この女は確かに変わった。変わりやがった。
また俺の前に現れて。以前とは違って凛とした目をしてて。
吹けば飛ぶような弱々しい体のくせに、何度も何度も殴り飛ばしても立ち上がりやがった。

 

少女は、穏やかな口調で切り出した。
「シン、私はずっと思っていた。なぜ私はここにいるんだろう、と。
 私はもう愛すべき祖国と信じるべき友人と守るべき国民に裏切られたのに、
 私はなぜここにいるんだろうと。なぜだか分かるか?」
「知るか……そんなこと」
冷然とした声を取り繕って出してやると、カガリは自分の胸のあたりにそっと手を添えた。
「私にも分らない。だけど、こう思うことにした。
 今ここにある命は、かつて守り切れなかった人々をもう一度助けるため誰か――
 いうならば神が落としてくれたものだと。
 それこそハウメアの神かもしれないし、名前も知らないどこかの神かもしれない。
 だから私は決意した。せっかく拾ったこの命で、何か出来ることをやってみようと。
 きっと私にしかできないような、そんなことを」

 

カガリ・ユラ・アスハ。体は小なりといえど、その器はすでに"オーブの獅子"にふさわしい者か。

 

「シン、お前はどうなんだ。お前はどうしたいんだ」
しかし、
「……もう、いいんだ」
シンには先ほどまで体にこみあげていた憎悪が、ふっと冷めていくのがわかった。

 

「何……?」
「俺は、もういらないんだ。いや、俺が俺をもう必要としていない」
シンは生気のない笑みを浮かべた。まさかあの男と同じことを言われるとは思わなかった。

 

「アンタにはわかるか? 俺は家族が死んでから、悔しくて、とにかく強くなった。
 それこそ何度も死にかけるくらいにな。
 ルナやレイに失望されないために、たくさんたくさん鍛えた。
 議長に失望されないために何人も敵を殺した!
 けど、アイツらにはかなわなかった! 誰一人、守れなかった! 
 そして戦争が終わったら終わったでみんな俺を人殺し扱いし始めた!
 誰もわかってくれない! 誰も必要としてくれない! 
 弱いくせに人を殺すしか能がない奴なんて、もう平和な今はいらない!」
カガリは、そのシンの様子に一瞬ひるんだ。
おそらくシンの強い語調と、その真紅の瞳に潜んだ黒く濁った絶望を感じたからだろう。
「だから、もう俺はいらない。そうだ、アンタ俺を殺してくれ。
 そしたら運がよかったらマユのいるところに――」

 

そのとき、シンは軽い衝撃とともに右によろけた。右足で踏ん張り、カガリを見る。
目の前の少女が拳を握り、真っ赤に泣きはらした目を向けているのを見て、
ようやく自分が殴られたのだということを理解した。
カガリが自身の血で汚れた右手でシンの胸ぐらをつかむ。

 

「こんの……バカ野郎! 何でそうすぐ死のうとする! 強いんだろうが、おまえは!」
カガリはシンの顔を引きよせ、鼻先がぶつかるほどの距離で睨みつける。
その気迫に一瞬押されるも、すぐに切り返した。
「何だよアンタ、ふざけんな! 俺は強くない! 負け犬の俺が強いわけがない!」
「ふざけてるのはおまえだ! 私は何度も見た! 
 オーブ近海でもインド洋でもベルリンの後の戦闘でもお前は鬼神のように強かった! 
 なのになんで死のうとする! 誰もおまえほどの強さは持ち合わせていない! 
 おまえはあのキラも倒せるほど強いんだろう!?」
「っ……!」

 

何なんだ、この女は。今ならこの鼻っ面にもう一発拳を叩きこむこともできる。
だというのに、この女の気迫は何なんだ。いったい何なんだ。

 

「だったら何なんだよ! それがどうしたんだ! 人殺しの才能なんか何の意味がある!?」
「少しは自分で考えろ! それだけの腕があるならただの人殺し以外にももっと使い道があるだろう! 
 それだけの力を無駄にすることは、力を持たない者にとっての冒涜だ! 
 言ってやる……! そうやってる今のおまえは、ただ可哀そうな自分に酔って人を殺しているだけの
 殺人鬼といっしょだ!」
「な……、俺は軍人だぞ! アンタに言われる筋合いは……! アンタはどうなんだアンタは!」
「だから少しは自分で考えろといってるだろう! 思考を他人に丸投げするなこの馬鹿!」 
「このっ……! 馬鹿はアンタだろう!」
「そうだ、私も馬鹿だがお前も馬鹿だ! 軍属だからなんだ!? 政治家だからなんなんだ!? 
 あんな理念を守るためなら自国民が死んでもいいのか! 
 家族が死んだからと言ってMSで人を殺してもいいのか! 
 『しかたない』と言って過去に失われた命を忘れ去ってもいいのか!? そんなことはない! 
 この世に死んでいい命などありはしない! 他者を食べもしないのに殺す動物は人間だけだ! 
 その点は犬以下だ!」
「アンタだって、この……!」
「ああ、そうだ。そうだとも、私も取り返しのつかないような過ちを犯した。
 けど、だからといってあの世に逃げ込んでも何の意味もない。
 だからせめて、私はかつて守りきれなかった人々をもう一度守りたい! 
 罵られようとそそしられようとかまわない! 
 私は逃げないぞ。逃げるものか! だけど、こんな小娘一人ではできることなどたかが知れている。
 だがなシン。痛みを知っているおまえなら、痛みを受けながらも立ちあがったおまえなら、
 きっと痛みを受けている誰かを救うことができるはずだ! 
 断言しよう。おまえは強い! だからここで犬死する前に一人でも多くの命を救ってみせろ! 
 それができるのに死ぬなんて絶対に言うな!」
「俺が……救う? 無理だ、そんなこと!」 
「そんなこと誰が決めた! おまえは可能性を示されているのに真っ向からそれを否定するのか! 
 どこかの誰かはその可能性すらも見えずに苦しんでいるのにか!?」
「…………」

 

その言葉は、シンの心にしみ渡った。かつての自分も、そうだったから。

 

「それに、おまえが今死んだからといって死んだ家族は喜ぶとでも思っているのか!? 
 おまえを慕う友人は!? おまえを救おうとしてくれた人々の努力はどうなる!?」
「……! な……に……」
「だから……、だから!」
とたんに、まくしたてていたカガリの気迫が消えた。

 

「頼むから……。もう誰も私のせいなんかで死なないでくれよ……お願いだから……」

 

そのまま、そう言ってカガリは獣のように嗚咽を漏らしながらシンの胸で泣きじゃくった。
胸ぐらをつかまれているシンは無言だった。
もう何を言っていいかわからなくなった。身勝手なこの女。
自分を殺そうとした相手のことを優しい奴という甘ったれの女に。
死にゆく自分に死ぬなと泣きながら訴えるこのバカに。

 

「アンタは、いったい何なんだ」
何も言えなくなったシンは、思わずそう訊いていた。
キッとした強い視線を向け、涙をぬぐい、当然だと言わんばかりにカガリが答える。

 

「私は、カガリだ。もうアスハでも何でもない、カガリという名の……ただのバカな女だ」
その意思が灯った目からは、涙は消えていた。

 

「もう一度訊く。マユが、ステラがなんていうことは関係ない。大事なのはお前だ。
 シン、お前はいったいどうしたいんだ。
 アスハ家への復讐か? 私を殺したいのなら私はもう逃げたりなどしない。殺したいなら殺せばいい。
 私が言えた義理じゃないが、それでお前がこの後も生きてくれるならそれでいい。
 だけど、そんなことはいつでもできる。いつでも相手してやる。
 だから、今は生きろ。頼むから生きてくれ、シン・アスカ!」

 

もう一度何か言い返そうとのろのろと口が動く。
「俺は……」

 

そのとき、世界が揺れた。視界が上のほうから黒く染まり、両足から力が抜け、
地面が目の前に迫ってくるのが見えた。そこで、揺れていたのは自分のほうだったと気づく。
「シン!」
死んだはずのレイの声がした。少しかすれているその声がレイのものだったかどうかは、よくわからなかった。
その前にシンの意識は途絶えていたから。