SDガンダム外伝_865氏_02話

Last-modified: 2014-03-10 (月) 15:51:49
 

 黒雲がたれこめるアーモリーワンに半鐘の音が響き渡り、兵士ジンや重装兵ザウートが、砦内にいた人間族を安全な地下の貯蔵庫へと避難させていく。
 悲鳴と怒号の中、大剣を携え赤色に染まったインパルスが走りだす。城壁の縁に立っていたダークダガーが次々と砦内に飛び降り、2本の短剣を抜いてインパルスに襲いかかった。
 大剣の切っ先が地面を擦って火花を上げ、緑の両目を輝かせたインパルスが真一文字に薙ぎ払う。跳びかかる間合いを読まれた暗殺者達は、咄嗟に短剣をクロスさせて防御を固める。剛腕による大剣の一撃がその武器を打ち砕き、暗闇に火花を散らし3人のダークダガーを吹き飛ばした。
 とどめを入れようとインパルスは剣を振りかぶったが、咄嗟に左へ跳んで倉庫の壁に隠れる。一斉に放たれた短弓の矢が石造りの壁をうがち、表面に白煙をあげさせた。

 

「大丈夫!?」
「ガナー! 身体を出すな! あいつら、矢に鉄腐れの毒を塗ってる!」

 

 大斧を担いで走ってきた闘士ガナーに、インパルスが鋭く叫ぶ。法術士ブレイズも、左手に魔導書を、右手に杖を持って倉庫の壁に張り付いた。

 

「インパルス、弓手の場所はわかるか?」
「あ、ああ……倉庫の壁あるよな。壁の端の、先にいるんだ」

 

 大剣を左手に持ち替え、右手で2か所を指差す。ブレイズは頷くように杖で地面を叩く
と、モノアイの光を翳らせた。左手に持った魔導書のページが勝手にめくれていく。

 

「少しの間、敵を近づけさせないでくれ」
「わあ!」

 

 ブレイズの言葉に応じ、壁に張り付いたガナー。壁を回り込んだダークダガーと鉢合わ
せし、咄嗟に叩きつけた。手に持った立派な斧ではなく、その頭を。

 

「ぉうあっ!?」
「いったぁ!」
「何やってんだよ……」

 

 頭突きを貰った敵がよろめいてひっくり返り、失神する。ぶつけた頭を振り、歪んだ角飾りも触覚のように揺らすガナーに呆れつつ、インパルスも襲ってきた敵の顔面に裏拳をめり込ませ、殴り倒した。ブレイズの単眼が輝きを強め、杖を振りかざした。本のページと、杖先端の宝石が輝く。

 

「出でよ、ファイアビー!」

 

 杖から溢れ出したのは、拳大の火球。夥しい数のそれはブレイズの真上で敵を探すよう旋回した後、二手に分かれて光る尾を描きながら崖の上の弓手へと迫る。

 

「ば、馬鹿な! この距離で……正確すぎる! 逃げ……」

 

 崖の2ヶ所で爆発が起こり、つがえていた矢を零しながらダークダガーの弓手達が崖を転がり落ちていった。

 

「よし、引き続き倉庫の守りを固めるぞ。恐らく敵の目的は……インパルス!?」

 

 ブレイズの声を無視し、インパルスは倉庫から離れ一直線に駆け出す。額の部分が青に染まり、それが全身に行き渡る。羽織っていたぼろぼろのマントがダークレッドのそれに変わって、突風が巻き起こって加速した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「こ、来ないで……」

 

 背中に短剣を突き立てられたジンが倒れ伏し、彼に守られていた人間族の女性が後ずさる。
 ダークダガーが順手に構えた短剣の切っ先で、彼女の胸元を狙う。

 

「忌まわしいジオン族と馴れ合わなければ、命を落とす必要など無かったものを」

 

 その短剣が服に食い込む直前、白銀に輝くサーベルがダークダガーの首筋に走った。火花を散らし、たたらを踏んで仰向けに倒れ伏す。吹き付ける風が収まるが、青いインパルスは構えを解かない。赤いマントを翻し、砦の惨状を一瞥した。

 

「どうしてこんな事になってしまったの? ここは安全と聞いたのに、どうして……」
「地下へ行ってくれ。そこが一番安全だ。今はな」

 

 背中越しに女性の嗚咽を聞きつつ、インパルスは苛立たしげに息を吐き出した。城壁の防衛隊は完全に排除され、正面の門が開け放たれている。砦の防備は滅茶苦茶だった。斥候兵のみでの見事な襲撃という事もあったが、何よりも頭上の雲が原因だ。視界を狭め、音を聞こえにくくする。ゲイツ達の大部分は明るい昼からの変化に対応できず、感覚を狂わされてしまったのだ。今はもう、人間族を守るバリケードの死守で手一杯のようだ。
 爆発と炎が上がり、インパルスがそちらを振り返る。燃えているのは倉庫。

 

「し、しまった!」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「く……やはり目的はデュートリオンの宝玉か!」

 

 燃え盛る倉庫内でブレイズとガナーが睨み合っているのは、ダークダガー2人を横に控えさせた、黒と赤を持つガンダム族。長剣で牽制しつつ、深い藍色の宝玉を左手に掴んでいた。呼吸するように光を明滅させるそれに、半身が照らされる。倉庫の壁には大穴が開き、宝玉を守る鉄の柵は無残にひしゃげていた。

 

「デュートリオンの宝玉……? 違う。これはグリフェプタン・インデックス。戦う、力」

 

 ガンダム族から聞こえた、幼い少女の声を聞いたブレイズが言葉を失う。ガナーが斧を握り締めて首を振る。

 

「な、なら盗むの間違えてるわ! ザフトの調査隊が見つけるまで、これに名前なんて……」
「グリフェプタン・インデックスなの」
「あーうー……ち、ちゃんと言ってやって、ブレイズ!」
「…………」

 

 幼い声で言いきられ、角飾りを力無く曲げたガナーが白い同僚を振り返る。が、博識な彼は何も答えない。無言のまま、宝玉を奪ったガンダム族を見つめているだけだ。強風が室内に吹き荒れ、やってきたインパルスがガンダム族にサーベルを向ける。

 

「ガナー! ブレイズ!悪かった。俺の所為だ」
「ああ、そうだな」

 

 心ここにあらずといった様子でブレイズが答えるが、インパルスは意に介さない。仲間の助けになれず申し訳ないとは思うが、あの場で人間族を助けた事も正しいと確信しているからだ。兵を指揮する権利を与えられていないのは、この性格ゆえである。

 

「だが、あいつから宝玉を奪い返せば済む話だろう?」
「悪いザフト、悪いジオン族……全部、やっつける!」
「やれるものなら、やってみろッ!!」

 

 挑発し、インパルスがサーベルを下段に構え、盾を持った左半身を前に突き出した。ダークダガーに宝玉を投げ渡した相手もまた、盾を掲げ長剣を上段に構える。

 

「き、騎士ガイア! 既に撤退命令が出ています!」
「こいつ、やっつけてから!」
「エグザス様のご命令ですよ!」

 

 その言葉に、ガイアと呼ばれたガンダム族の動きが止まる。剣を降ろし、一瞬身体から眩い光を放ったかと思うと、そこには一体の黒い魔獣がいた。

 

「あ、あれ? バクゥになっちゃった」
「細かい所が違う! 油断するな!」

 

 獣形態になったガイアが低く唸り、インパルスを睨む。顎が開いた。

 

「次はやっつけるから。……ばーか」
「なっ!?」

 

 子供のような悪態に乗せられ、インパルスがいきりたった時にはもう、ダークダガー2人と一緒に破壊された倉庫の壁から抜け出していた。無言のまま、インパルスの額が緑色に変わる。フード付きのローブが生まれ、先端に赤い目を持つ黒犬の頭がついた杖を持ち、追いかけた。杖全体に炎が灯り、崖を登っていく敵に向けられる。

 

「宝玉ごと吹っ飛ばしてやる!」
「やめろっ!!」

 

 ブレイズの叫びに、珍しくインパルスが自制した。去っていくガイア達から視線を外し、先程からずっと黙りこくっていた仲間を睨む。

 

「フン、敵に奪われた方がマシだってのかよ」
「奪われる原因を作ったのはお前だ。それに……そうだ、破壊はするな。議長のご指示だ」

 

 屋根の半分が焼け落ちた倉庫の中、火の海に立つインパルスは救助活動に奔走する人々の声を聞きつつ、急速に黒い雲が薄れ、昼の明るさを取り戻した空を見上げていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「黒い雲……黒い雲がまだ、目の前から晴れないんだ。それに、短剣と矢が……」
「ほら、ちゃんとした場所で休め。此処は俺が片づけるから」

 

 ゲイツの1人が剣と盾を捨てて地面に座り込み、ほかのモビルスーツ族が肩に手を置く。
 初めて実戦を経験した者も少なくなかった。しかも、完敗である。

 

「それにしても、インパルスはやっぱり普通じゃなかったな。あいつだって初陣なのにさ」
「ああ、凶暴で傲慢な奴だけど、こういう時は頼れる」
「ただ、デュートリオンの宝玉は奪われたらしいぜ」

 

 その凶暴で傲慢なインパルスは、ブレイズが復旧させた念話器の前で説教に遭っていた。

 

『騎士インパルス! 君は事態の重要性を把握しているのかね?』
「まあ、それなりに」
『宝玉を奪われたという事が何を意味するのか! 全く、日頃から大口を叩いていた結果がこれかね! 騎士にあるまじき粗暴な君に共和国の名前は相応しくないのだよ、本来!』

 

 赤い縁取りに収まった緑の目が、退屈そうに瞬く。デュートリオンの加護を受けていない今、インパルスの身体は目の部分以外、灰色とくすんだ白で覆われていた。半透明の人間族の議員が更に説教を続けようとした時、長い黒髪を揺らして別の男がやってきた。
 インパルス、ガナー、ブレイズが一斉に姿勢を正し、念話器の前に整列する。

 

『アーモリーワンをぎりぎりの所で支えてくれたそうだね、礼を言うよ』
「勿体ないお言葉です、議長。デュートリオンの宝玉が奪われたのは、ひとえに私の失態。責めはインパルスでなく、私にお与え下さい」

 

 議長と呼ばれたデュランダルは、柔らかい笑みを浮かべてかぶりを振る。

 

「原因を作ったのは俺なんだ。そう言えば良いだろ」
「黙っていろ。ところで議長、ユニオンのモビルスーツ族が、気になる事を言っていました。デュートリオンの宝玉を、グリフェプタン・インデックスと呼んでいたのです」
『うん、それは確かに気になる所だ。何にせよ、宝玉を取り返さねばならない。そこでだ。……騎士インパルス。ブレイズ、ガナーを連れて、宝玉探索、奪還の旅に出て貰いたい』

 

 笑みを浮かべたデュランダルに、インパルスが腕を組んだ。

 

「俺は構いませんが、こっちの赤いのに話を聞いてみないと」
「な、何であたしなの? い、行きますよ、お供しますよぅ……はーぁ」

 

 斧を持ったままガナーが俯いて、角飾りも前方に曲がる。アーモリーワンで勤めを果たせば、聖都アプリリウスの警備に就ける筈だったのだ。

 

『必要な装備、道具は、全てアーモリーワンから持っていってくれて構わない。……君は今回、責務を果たす事が出来なかった。しかし名誉を守った事は、ブレイズから聞いている。今後もその精神を失わず、頑張ってくれたまえ』

 

 半透明のデュランダルの映像が消え、念話器が立てていた低い唸りが止む。ブレイズとガナーを置いてインパルスが兵舎に歩き出した。その途中、人間族の男女が駆け寄ってくる。

 

「あ、あの……妻の命を助けていただき、有難うございました」
「礼なんて要らない。俺は自分の都合で動いただけだ。次は、ちゃんと奥さんを守れよ」

 

 目を合わせないまま、インパルスは歩き続ける。半分壊れた兵舎のドアを開けつつ、開門状態のまま閉まらない正面ゲートに視線をやった。青空と太陽に見下ろされた街道を一瞥し、建物の中に入っていく。肩を落としたガナーと、ゆったりした歩調で思考に耽るブレイズがそれに続いた。

 
 

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