SDガンダム外伝_865氏_01話

Last-modified: 2014-03-10 (月) 15:52:32
 

 ゲイツが降り下ろす剣に合わせ、ガンダム族が逆袈裟に斬り払い、武器を撃ち落とす。
 ひるんだ単眼を持った顔面に盾が叩きつけられ、数歩よろめいた。剣の柄でその胸を打ち、前に出ていた右膝を踏み付け、ゲイツの身体を訓練場に転がした。

 

「ま、待てっ! まいった! 降参だ!」
「いいや、駄目だ。まだ早い。デュートリオンの加護無しじゃ何も出来ないと言ったのはアンタだ。俺の実力、しっかりと確かめて貰わないとな」

 

 負けを認めたゲイツににじり寄るガンダム族は、全身が灰色と白に覆われていた。
 赤く縁取られた緑の目が淡く光る。剣を逆手に構え、突き刺すように高く掲げた。

 

「認める! 認めるからやめてくれ、インパルス! お前は俺よりも強い!」

 

 インパルスと呼ばれたガンダム族は、ゲイツが武具を手放したのを見て、自分もまた訓練用の剣と楯を投げ捨てる。

 

「フン……また疑いたくなったら、何度でも来い。何人でもな!」

 

 最後の言葉は、戦いを見ていた他のモビルスーツ族に向けて放ったものだった。訓練場の整備を受け持つジンを睨んで扉を開かせ、インパルスが立ち去った。直ぐに他のゲイツが駆け寄って、倒れた仲間を助け起こす。

 

「大丈夫か? だからやめろと言ったのに」
「か、勝てるとは思ってなかったさ。でも耐えられなかったんだ。あんな言い方、酷いじゃないか……デュランダル議長の気が知れないよ」

 

 先の戦いで敗れ、また破壊神ジェネシス降臨の際に甚大な魔力汚染にさらされたザフト帝国は、その力を失い《ザフト共和国》と名を改めた。帝政は廃され、政治は人間族で構成された評議会に委ねられた。その評議会をまとめる人間族が、デュランダルである。

 

「しょうがないだろ。今は力のある奴が必要なんだ。インパルスみたいなのでも、さ」
「乱暴な態度は我慢できる……でも、フリーダム様を虐殺犯呼ばわりしたんだ!」
「……いや、それは。まあ、デュートリオンに選ばれた騎士なんだから」

 

 自らに剣士、闘士、術士の力を自由に、瞬時に、無制限に付加する事で戦法を変える事ができる、『デュートリオンの宝玉』。騎士インパルスは今の所、その宝玉から力を引き出せるただ1人のモビルスーツ族だった。そんな彼が、重要ではあるが聖都アプリリウスから遠く離れた砦、このアーモリーワンに配属されている理由は主に3つ。
 騎士にあるまじき粗暴な態度が、周囲からの人望を損なっている事。
 硬い装甲を持たない脆弱な人間族が、政治の中心にいるのを度々批判している事。
 そして3つ目は、非公式ながら民衆から英雄として讃えられている騎士を根拠無く中傷する事。

 

 蒼天騎士フリーダム。破壊神ジェネシスとそれを降臨させた天帝プロヴィデンスを討つため、仲間と共にザフト帝国に戦いを挑み、見事世界の危機を救った救世の騎士である。
 その名前が出されるたび、インパルスは怒りを露にして彼への非難を叫ぶのだ。

 
 

『俺のいた村を滅ぼしたのは、そのフリーダムだ。あいつが放った金色の光が、何もかも奪い去ったんだ』と。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「また揉め事? インパルス」
「戦いを挑まれて、正面から叩き潰してやっただけだ。騎士らしく」

 

 兵舎へやってきたインパルスは、赤い身体を持つ女闘士ガナーの方を見ずに答え、壁に身を凭れさせた。右手の指が苛立たしげに、腰の装甲を叩く。

 

「事あるごとにフリーダム様をどうこう言わなきゃ、挑戦の数はもっと減るのに」
「自分の見たものにウソはつけない。俺はフリーダムをこの手で倒す為……」
「聞くたびに言ってきたが、インパルス。それは確かにフリーダム様だったのか?」

 

 インパルスの声を遮ったのは、椅子に腰掛け魔導書のページをめくっていた白い法術士ブレイズである。刃のようなヘッドドレスと、砂時計の意匠を彫り込んだ両肩の装飾が、彼の実力の高さ、術士としての名声を表していた。

 

「そうだとも……幻術とか何とか言う奴は多いが、あの金色の光が何よりの証拠だ。だが、誰も俺の言葉を信じない。フン、信じなければ良いさ」
「では、なぜこのザフトでさえ、フリーダム様が支持されていると思う? 敵として攻め込んできた相手だ。無為に街を滅ぼすような事をすれば、ザフト評議会はそれを大いに喧伝するはずだろう」
「ハ……そりゃあ、破壊神ジェネシスを鎮めた英雄だからだろう! 世界を救ったんだ、村のひとつやふたつ、お遊びで滅ぼしたって大して痛くない。大局的な視点って奴さ!」

 

 力さえあれば、功績を打ち立てれば。その思いがインパルスを突き動かす。

 

「……話にならんな」
「そうさ。何だって話になんかならない。……見回りに行ってくる」

 

 興味無げに視線を外したブレイズに言い捨て、インパルスは自分のロッカーからマントを取り出す。裾がぼろぼろになったそれを乱暴に羽織り、兵舎のドアを蹴り開けた。

 

「……ブレイズ。あなた頭良いんだから、もうちょっと上手く話せないの?」
「インパルスのいた村はオーブ領のはずれにあった。そしてフリーダムはラクロア軍による進攻を食い止めるため、オーブに急行していた」

 

 様をつけずにフリーダムと呼んだブレイズは、魔導書を閉じて革袋に突っ込んだ。

 

「でも、インパルスの村はアズラエルに……」
「そうだ。独断専行した宰相アズラエルによって、攻城兵器の実験台となり滅ぼされた。しかしそれはオーブ国が終戦後に発表したことで、当時のラクロア軍は攻城兵器など持っていなかったのだ。正確には、アズラエルに使える兵器が無かった」

 

 自分の理解を超えつつあるブレイズの説明に、ガナーが単眼を瞬かせる。彼女にもブレイズと同じく角飾りがあるが、風にそよぐように曲がっていた。本人いわく、事故で歪んでしまったらしいが。

 

「何で、そんな事知ってるの? ブレイズ」

 

 ブレイズは答えず、先端に赤い玉がはまった杖を取り出してそれを見つめた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「フン」

 

 見回りに出ると言った言葉通り、インパルスは重要な宝物が保管された倉庫の周囲の警備についていた。腰に差したショートソードの柄を弄る。辺境の地で発見された、デュートリオンの宝玉が此処にある。護衛として調査に同行したインパルスは、その場で加護を手に入れたのだ。
 今、この宝玉は聖都アプリリウスに持ち帰られようとしている。急造の研究所でなく、聖都に集まる優秀な術士達に分析させ、どのモビルスーツ族にも、否ゆくゆくは人間族にも、加護を与えられるような秘術を編み出すため、との事だ。

 

「誰にでも、分け隔てない力、か。勝手にすれば良い」

 

 宝玉そのものに、インパルスはもう興味関心を失っていた。遠く離れた場所にあったとしても、自分が加護を受けられる事は既に試してある。宝玉が他の誰の手に渡ろうとも、このデュートリオンの力は自分の物となっている事は解っていた。

 

「ん……?」

 

 晴れ渡っていた空が、にわかに曇り始めた。ひと雨来るかと鬱陶しそうに息を吐き出したが、途中で気付く。雲の位置が低い。アーモリーワンの左右にそびえる崖に触れそうだ。そして色も変だ。灰色で無く、黒煙のようにドス黒い色の雲。

 

「気をつけろ! 敵だ!」
「雨、だろ?」

 

 警告の声を上げたインパルス。監視塔の上で警備についていたゲイツが小馬鹿にしたように笑うが、その首筋から火花が散り、単眼の光が消え、倒れ込んで塔から落ちる。インパルスが右手を上げ、額が赤く染まった。それが全身へと広がっていき、上げた右手に現れたのは、身の丈を超える肉厚の大剣。

 

「何者だ!」

 

 インパルスの誰何への答えとして、横に伸びた黄色い光の群れが、監視塔の上や崖の縁に灯る。少し遅れてモビルスーツ族の身体が浮かび上がった。皆、一様に黒いローブで首から下を覆い隠し、光を反射しない塗料を塗った二振りの短剣を逆手に構え、あるいは短弓を構えている。先程の光は、彼らの目だったのだ。

 

「ユニオンのモビルスーツ族! まだ……まだ戦争し足りないのか! アンタ達は!」
「う、うわっ! ほんとに、敵……っ!?」
「鐘を鳴らせ! 襲撃を受けているぞーっ!」

 

 アーモリーワンを一望する高空に浮かぶ濃紫のローブ。かぶったフードの中から淡い光が漏れ、左右に浮かぶグローブは、それぞれ杖を握っていた。声が響く。

 

『マスターエグザス、作戦を開始しました』
「よーし。もちょっと気張れよ、ガーティー・ルーちゃん」

 

 エグザスの右の杖が下方を指す。巨大なエイのような魔獣が、ドス黒い霧を吐き出し続けていた。

 
 

 <つづく>

 
 

 戻る