SEED DESTINY × ΖGUNDAM ~コズミック・イラの三人~ ◆1do3.D6Y/Bsc氏_第09話

Last-modified: 2013-10-25 (金) 02:30:52

 帰還したカミーユは、激しく疲弊していた。アスランとの戦いもそうであるが、シャアと
ハマーンが戦場に存在しているということも、カミーユの神経を大きく磨り減らす要因と
なっていた。
 出番が無かったステラが、出撃した三人を出迎えにハンガーに来ていた。弱り果てた
カミーユの姿を目にすると、ステラは一目散に駆け寄り、優しく気遣った。
 その様子を、アウルは横目で見ていた。
 「何でカミーユだけなんだよ。こっちも戦ってたっつーの。贔屓かよ!」
 「ひがむなよ」
 不満そうに独りごちるアウルを、スティングが宥める。「誰が!」とアウルが怒鳴った。
 「カミーユの疲れ方が異常なのは分かるだろ。ディオキアの奴らが出てやがったんだ、
多分な」
 「記憶が戻るかもしれないって?」
 アウルは視線をカミーユの方へと向けた。
 「だったら、戻しちまえばいーじゃん。その方が安定するならさ」
 アウルは、わざとらしく大きな声で言った。
 「バカ!」
 血相を変えたスティングが、慌ててアウルをコンテナの陰に押し込んだ。
 「てめえ、アイツの近くでそういうことを言うんじゃねえよ!」
 胸倉を掴み、凄むスティングであったが、アウルはそれを逆にからかうように笑みを
浮かべ、全く意に介する様子はない。
 「おー怖い怖い。麗しいねえ、男同士でさ」
 「何を言ってやがる!」
 へらへら笑うアウルの言い様が気に入らない。スティングはアウルを突き放して、コ
ンテナに叩きつけた。
 「何がそんなに気に入らねえ? ――ステラか?」
 スティングが思い当たるのは、そのくらいだった。しかし、指摘した途端に、今度はア
ウルが血相を変えたのを見れば、確証を得たも同然だった。
 「誰があんな幼稚な奴!」
 反発するアウルだが、慌てて否定する様が既に怪しい。
 (やっぱりな……)
 スティングは思ったが、それ以上は突っ込まない。それはアウルのデリケートな部分だ
と理解しているからだ。
 「ステラは女だからな」
 スティングの含蓄のある台詞に、アウルは言外に含まれている意味を読み取っていた。
 カミーユには不思議な雰囲気がある。言葉で言い表すことはできなかったが、それに触
れていると、会って間もないカミーユが何故か身近に感じられた。
 スティングは、その感覚を受け入れていた。上司であるネオの命令であるし、カミーユが
持つ雰囲気は嫌いではなかった。一方で、アウルはまだ抵抗があった。それは、ステラが
妙にカミーユに懐いているからだった。スティングが睨んだとおり、ステラに気があるアウ
ルは、それが気に入らなかった。
 ステラは女だから、カミーユの不思議な雰囲気を男の魅力に感じて惹かれている――そ
れがスティングの言葉の意味だった。アウルにも、それが何とはなしに分かっているから、
余計に悔しいのである。カミーユを認めてしまったら、自分がカミーユに劣っていることも
認めてしまうことになるのではないかと、恐れているのだ。
 それは杞憂でしかないのだが、ステラへの好意がアウルを頑なにさせていた。カミーユ
に対する認識がスティングと大きく隔たっているのは、そういう理由があるからだった。
 それは、スティングには如何ともしがたい。当人たちがどうにかして問題を解決してくれ
るのを待つしかなかった。

 スティングはネオにカミーユの状態を報告した。報告を受けたネオは、暫くの間の安静
をカミーユに命じた。
 ネオには、“ゆりかご”によるカミーユの再調整という選択肢もあった。そうすれば、カ
ミーユはより安定するだろうと科学技術班からも言われ、勧められていた。
 しかし、ネオはあえてその方策を採らなかった。
 “ゆりかご”の調整が行き過ぎれば、いずれは記憶の破綻により精神に異常を来す。そ
して、そうなったら感情を壊して、命令を聞くだけの戦闘マシーンにしてしまうしかない。
 それは鬼畜の所業だ。ネオの良心は、そうやって人を機械にしてしまうことを、強く拒ん
でいた。
 「ミネルバを相手に、カミーユはもう出すべきではないか……」
 ネオはそう呟いて、腕を組んだ。
 
 
 密閉された格納庫には、音がよく響いた。ドサッ、という鉄の床に人が転がる音が、高
い天井に鳴り響いた。
 シンが殴り飛ばされた音だった。ハイネは一寸だけ自分の拳を見やると、スッと背筋を
伸ばして倒れているシンを見下ろした。
 「お前には、これまでの功績がある。だから、今回はこれで勘弁してやる」
 シンは上体を起こし、袖で口元を拭うと、徐に立ち上がった。顔には苦汁が滲んでいる。
自分がどうして殴られたのか、理解して反省している顔に見えた。
 「すみませんでした……」
 反省の態度を見せているが、内心ではどうかな、とシャアは思っていた。理由は定かで
はないが、シンのフリーダムに対する憤りが、この程度で収まるとは到底思えなかったの
だ。
 ハイネは、格納庫では厳しい態度を見せたが、アフターケアを欠かさない気配り上手な
男だった。
 シャアは偶然、ハイネとシンが二人だけで語らっている場面に遭遇した。趣味が悪いと
思いつつも、耳を欹ててしまうのは俗人の性か。
 かつてオレンジショルダー隊という、ハイネのパーソナルカラーを象徴にした部隊が存
在していて、大層な活躍をしたらしいことをシャアは聞かされていた。あれは単なるハイ
ネの自慢話ではなかったのだと、この時シャアは理解する。
 シャアにはよくよく真似できない芸当だった。ともすれば仲間にドライなシャアと、相手
の懐に一歩踏み込んでくるハイネは、対照的な存在だった。
 「復讐か……」
 シンの動機を知ったハイネは、呟くように言った。
 シャアの記憶の中で、オーブの慰霊碑の前でシンが語った話がオーバーラップした。
 シンはアスハという一族のことを心底から嫌っていたが、復讐を考えているわけではな
かった。当初、シャアは勘違いしていたのだが、後にそのことが分かって、その点で自身
よりは利口だと思っていた。
 しかし、家族が死亡する直接的な原因だったかもしれない存在が今になって現れたこと
で、シンの中で燻っていたものが一気に燃え上がった。フリーダムは唯一、シンの無念を
晴らさせてくれる相手かもしれなかった。
 シンは項垂れたまま無言で頷いた。
 「そうだな。そういう事情か」
 理解を示したかのように、ハイネは言った。しかし、シンの表情は晴れない。それは、次
にハイネが口にする言葉を知っていたからなのかもしれない。
 ハイネは一呼吸置くと、「しかしな」と徐に続けた。

 「軍人は、私情で動いてはいけない生き物だ。作戦行動中は、特にな。――分かるな?」
 ハイネの言葉に、シンはもう一度頷いた。私情で動いた結果、殴られても仕方のないこ
とになってしまったのだから。それは、よく弁えているつもりだった。
 シンは、シャアが見くびるほどに愚かではなかった。
 「いい子だ」
 ハイネは笑って、子供をあやす様にシンの頭を撫でた。シンはそれを迷惑そうにしなが
らも、逆らうようなことはしなかった。
 「……それにしても、相手はフリーダムか。あれの強さは、半端じゃないな!」
 ハイネの語り口が変わる。まるで、フィクションの中のヒーローに興奮する少年のような
口調だった。シンはそれを感じ取って、怪訝そうに首をもたげてハイネを見た。
 「噂にゃ聞いてたが、実際に目にして良く分かったよ。単機で一個艦隊に匹敵する戦闘
力を持ってるって、お前、分かってるか?」
 「そりゃあ、勿論……」
 「じゃあ、勝つ自信があって仕掛けたわけだな?」
 ハイネの再度の問い掛けに、シンは戸惑いながらも「はい」と答えた。
 ハイネの表情に、柔らかい笑みが浮かんだ。
 「それを確認しておきたかった。俺は隊長だからな。部下をみすみす死なせるわけには
いかない」
 シンはまだ要領を得られていない様子で、きょとん、としていた。
 シャアには、ハイネの心積もりが分かっていた。こういうハイネを甘いと思うが、それが
ハイネの魅力なのだろうとも思った。
 「分かった。当たってみてやるよ」
 「何を?」
 その場を去ろうとするハイネを、シンが呼び止める。ハイネは振り返って、にやり、と口
の端を上げた。
 「フリーダムは強奪されたもので、元々プラントのものだったんだ。それが今更になっ
て出てきて俺たちの作戦行動を妨害するってんなら、奪還する義務を負うのがザフトだ」
 「戦うチャンスをもらえるんですか!?」
 ようやくハイネの意図を解したシンは、興奮して思わず声を上擦らせた。ハイネはそん
なシンを窘めるように、「落ち着け」と言う。
 「あくまで奪還だ。あれに搭載されているニュージャマーキャンセラーは、ユニウス条
約に抵触しているんだからな。そこを履き違えるなよ」
 「はい! ありがとうございます!」
 「だから、そういう堅苦しいのは止せって」
 シンが模範的な敬礼をして見せると、ハイネは煩わしそうに苦笑した。
 ――シャアは、まるで今通りがかったかのように装ってハイネとすれ違った。
 「ニンジャごっこってのは、楽しいものなのかい?」
 すれ違いざま、ハイネは不敵な笑みでシャアに言った。
 「参ったな……」
 ハイネは得意気に口笛を鳴らしながら去っていく。シャアは恥ずかしそうに後ろ頭を掻
くのだった。
 
 

 こんな偶然があるものなのかと、ハマーンは自らの迂闊を悔やんだ。
 ミネルバは、エーゲ海沿岸の小さな港町の近海で停泊していた。
 何故か不穏な予感がして、ハマーンは下僕(?)のルナマリアを従えて街に繰り出してみ
たのだが、それが失敗だった。
 最初に気付いたのはルナマリアだった。雑踏に溢れかえる人波の会話の中から、耳聡く
“アスラン”という単語を聞き分けたのである。
 アスランというのがプラントの英雄の名であるということは知っていた。そして、アスランが
ラクスと婚姻関係にあるということも知識の中にあった。ハマーンはそれで、不穏な予感は
それが原因なのだと思いついた。
 ミネルバが停泊している海から、港町を挟んだ反対側の海中に、アークエンジェルは潜
伏していた。互いに気付かず、偶然にもこの小さな港町に寄港していたのである。
 それは運命だったのかもしれない。しかし、ハマーンはそれを運命だとは思いたくなかっ
た。寧ろ、不幸だと思った。ハマーンにとって、この巡り合わせは全く望まないものだった
のだから。
 気になるからと言って、ルナマリアは人込みの中に飛び込んでいった。それが、不幸の
始まりの合図だったのかもしれない。ルナマリアが去り、一人取り残されたハマーンの前
に、彼女が現れたのである。
 地味な身なりをしていたが、内から湧き水のように溢れ出る高貴なオーラは隠しきれて
いなかった。サングラスと帽子で顔を隠してはいるが、すれ違う人の誰しもが彼女を振り
返った。どんなに素性を隠しても、目立ってしまう。無意識に人々を魅了してしまう淫魔
のような女性――それこそが、本物のラクス・クラインだった。
 ラクスも道に迷っている様子だった。困った様子でおろおろしている姿は、庇護欲をか
き立てられる雰囲気を醸し出していた。しかし、あまりにも場違いなオーラを発している
ため、周囲の男性は声を掛けようとするも尻込みするばかり。――それでも、スケコマシ
のシャアなら迷わず声を掛けているだろうな、とハマーンは一人勝手に想像した。
 しかし、そんなラクスもハマーンの姿を見つけると、何故か急に顔が華やいだ。ハマー
ンには、それがどういった了見なのか判然としなかったが、ラクスが迷わずこちらに駆け
寄ってくる姿を見て、さっさとこの場を離れておけば良かったと後悔した。
 「以前、オーブでお見かけした方でいらっしゃいますね?」
 ラクスはハマーンのことを覚えていた。そして、アカツキ島の砂浜でほんの一瞬、しか
も言葉すら交わしていないのに、ラクスはハマーンのことをまるで旧知の仲であるかのよ
うな親密な態度で話し掛けてきたのである。
 衆目が、一気に二人に集まった。ハマーンがそれを睨みつけて威圧すると、その不快感
を察したラクスが、「こちらへ」と手を引いた。
 手を振り払って逃げることも出来た。見る限り、身体能力は平凡かそれ以下だった。しか
し、ハマーンは不思議と抵抗する気になれなかった。
 改めて向き合ってみて、ラクスの危険性というものを再認識した。しかし、一方でその危
険性に興味を惹かれる自分がいることも自覚していた。ハマーンは、そんな怖いもの見た
さの興味を、俗物の性だと切って捨てるが、それは人間が背負う逃れられない業のように
も思えた。
 人目を避けられる郊外までやって来た。辺りは岩山に囲まれていて、人が訪れた痕跡は
殆ど無い。
 ここならば安心だと、ラクスは変装を解いた。長い桃色の髪を振りほどき、サングラスを
外すと宝石のように煌くサファイアブルーの瞳が覗いた。ディオキアのラクスに比べると、
体型はよりスレンダーだったが、顔は寸分違わぬほどに同一だった。
 しかし、ハマーンの目には全くの別人に見えていた。
 本物は違った。いくら外見を同一にしようとも、本物が醸し出すオーラまではコピーできな
かったようだ。

 (それにしても……)
 ハマーンは思わず顔を顰めていた。ラクスの赤子のような純粋な眼差しが、酷く煩わし
かった。そして、頬を上気させているのは、何の冗談かと思った。
 「あの、改めまして、わたくし、ラクス・クラインと申します」
 「知っている」
 ラクスの名乗りに何の気も無い素振りで答える。しかし、ハマーンが答えた途端、ラク
スはその手を満面の笑みを浮かべて取った。
 「わたくしをご存知でいらしたのですか!」
 何事かと思い、ハマーンは絶句した。確かにラクスは眉目秀麗で、女でも思わず見とれ
てしまうほどの麗人だった。しかし、ハマーンが驚いたのはそんなことではなく、ラクスが
どうしてこれほどまでに歓喜するのか、皆目見当が付かなかったのである。
 ハマーンは気を取り直し、言う。
 「お前はプラントのアイドルなのだろう? 忘れたのか。私たちは一度、ディオキアで顔
を合わせている」
 ハマーンはディオキアのラクスと目の前のラクスが別人であると知っていながら、わざ
と鎌を掛けるように言った。
 ラクスはハマーンの手を放すと、一寸目を泳がせて躊躇う素振りを見せた。
 「あなたは理解していらっしゃるかと存じますが、その方は本物のわたくしではござい
ません。恐らく、デュランダル議長が仕立て上げられた方だと思うのですが……」
 ハマーンは斜に構えた。まるで、ハマーンが何でもお見通しであることを知っているか
のような物言いが、気に食わなかったのである。
 ラクスは、ハマーンが全てを見通していることを直感で分かっていた。かつて、日の傾
きかけた浜辺で受けた、一睨みされただけで全裸に剥かれてしまったかのような衝撃が
忘れられず、あれからずっとハマーンのことを心の中だけで求めていた。そんな鋭い洞
察力を持つハマーンが、本物と偽者の区別が付かないはずがないと確信していたのだ。
 ハマーンは、そのラクスの淀みの無い思い込みが癇に障った。
 「なら、お前は偽者の存在を知っていて、あえて放置しているというのか」
 「そうではありません。わたくしは、わたくしが今すべきことをしているだけです。必要と
感じた時には、然るべき行動を起こすでしょう。真実は、いずれ正さなければならないの
ですから」
 それは本気で言っているのか、とハマーンは思った。ラクスの言葉は、裏を返せばいつ
でも何とでも出来ると言っているようなものである。
 しかし、そんな傲慢とも思える言葉も、ラクスが言うと信じられるから恐ろしかった。
 そして、その純粋に過ぎる心が危険だとも思った。ラクスが純粋であるが故に、その力
を利用する者が現れた時、ラクスは自分でも思わぬ方向へと力を向けてしまうのではな
いかという危惧が、ハマーンの中にはあるのである。
 強い意志を持っているとはいえ、まだ若い。自分ではどうにもできないこともある。
 ハマーンはジッとラクスを観察した。その刃のような視線に晒されて、ラクスは心が解
放されていく感覚を楽しんでいた。
 戦役で、唯一の肉親であった父のシーゲルを亡くした。その一方で、キラ・ヤマトとい
うかけがえのない存在と巡り合うこともできた。しかし、キラはラウ・ル・クルーゼとの戦
いで激しく心を傷つけられてしまった。
 それから二年、ラクスはキラが回復するのを待っていた。
 だが、そんな時、ハマーンと出会ってしまった。その瞳は、まるで蹂躙するかのように
心の中に入ってきて、乱暴にかき乱した。名前も知らず、言葉も交わしたことのない女
性に、一瞬にして自分の全てを強引に曝け出されてしまった。その衝撃が、今もラクス
の中に居座り続けていた。

 ラクスは、ハマーンの冷たい瞳に孤独を見出していた。ハマーンもきっと、寂しい青春
を過ごしてきたのだろうと感じた。同様に青春を犠牲にすることを宿命付けられてきたラ
クスには、何とはなしにそれが分かる気がしたのだ。ハマーンに、訳も無く親近感が湧く
のである。
 ハマーンも、ラクスが熱視線を向けてくる意味を、何とはなしに察していた。しかし、そ
れは見果てぬ夢である。孤高であろうとするハマーンにとって、馴れ合いを求めるラクス
は水と油の関係。所詮は、相容れない存在である。可能性は……無い。
 (万が一、この女に毒されるようなことが無ければな……)
 しかし、ふと思いついたその仮定に、ハマーンは内心で戦慄した。
 (まさか、恐れているのか? この女を、私は……)
 寒気がした。それは生理的な反応だ。ハマーンはその時、ラクスを避けたがっていた自
分の本能の意味を、論理的に理解した。ハマーンは、ラクスの生まれながらの愛され体
質が自身に影響を及ぼすことを恐れていた。
 (……そんなはずは無い)
 ハマーンは気を取り直し、ラクスを見据えた。
 「お前は、あの船に乗って何をしようというのだ?」
 問うハマーンに、ラクスは意味深長な微笑を返した。
 「何でも、お見通しでいらっしゃるのですね」
 ラクスは事も無げに言った。自ら服を脱ぎ捨てるような潔さは、あまりにも無防備だった。
 「成り行きというものもありますが、今はこうしていることがわたくしのすべきことだと認識
しております。オーブは戦うべきではありません。そして、それは連合軍とザフトにも言える
ことだと思います」
 「殊勝なことだな。戦いを止めさせたいのか」
 「誰しも、心の底から争いを望んではいないはずですから」
 「……愚劣な」
 吐き捨てるハマーンに、ラクスは朗らかに微笑んだ。
 「人々が、同じ平和への思いを共有することは不可能でしょうか? わたくしは、そうでは
無いと信じたいのです」
 ラクスの瞳に強い意思の力が宿ったことを、ハマーンは感じていた。
 嘘や偽善ではない。ラクスは本気だった。ハマーンが呆れるほどに純粋な言葉を並べ立
て、そして、それを心底から信じている。――ハマーンが最も嫌悪するタイプだ。
 「……なるほどな。よく分かったよ」
 ハマーンは、静かに言った。そして、徐に懐に手を入れ、銃の柄を握った。
 「――ハマーンさーん!」
 だが、その時だった。銃を抜き出そうとした瞬間、俄かにハマーンを呼ぶ声が轟いた。ル
ナマリアの声だ。ハマーンが持たされていた発信機の電波を辿って、やって来たのだ。
 ハマーンは舌打ちをして、銃から手を離した。事情を知らないルナマリアがパニックを起
こして、面倒を起こすとも限らない。
 「ハマーン・カーンさん! 一体、こんな所で何をして、る……?」
 岩陰から顔を出したルナマリアが、ハマーンと一緒にいるラクスの姿を見て硬直した。
 「ど、どうしてこんなところにラクス・クライン!? ま、まさか、ディオキアでのクワトロさ
んとの件で呼び出したとか……」
 慌てふためくルナマリアは、頓珍漢なことを言い出した。咄嗟のこととはいえ、まるで地
に足が着いていない。この娘は軍事訓練を積む前に、頭脳を鍛え直すべきだとハマーン
は思った。

 「……ん?」
 ハマーンは、ふと上空を仰いだ。遠くの方から何かが飛来してくる音が聞こえる。かと
思うと、それはあっという間に近づいてきて、爆音が耳を劈いた。モビルスーツのバーニ
アスラスターの音だ。踏ん張らないと飛ばされてしまいそうな強風が吹き、ハマーンとル
ナマリアは顔の前で腕を交差させて何とか堪えた。
 爆音を伴って降り立ったのは、フリーダムだった。フリーダムが着地して地面に手を差
し出すと、ラクスはよじ登るようにその上に乗った。
 「えっ!? 何でフリーダムが……っていうか、ラクス・クラインって……あれーっ!?」
 案の定、ルナマリアはパニックを起こしかけていた。気持ちは分からなくはないが、ル
ナマリアはもっと冷静に物事を見定める目が必要だとハマーンは思った。
 「ハマーン・カーン様、とおっしゃられるのですね……」
 フリーダムの手の上に乗ったラクスが、ハマーンに振り返った。
 「わたくしたちは、お友達にはなれないのでしょうか?」
 「愚問だな!」
 ハマーンは当然のように即答する。
 「そうですか……」
 ラクスは顔を俯けて、眉尻を下げた。しかし、すぐに気を取り直すと、気丈に顔を上げ
た。
 「そちらの方をお見受けする限り、ハマーン様はザフトに身を置いていらっしゃるようで
すね?」
 ラクスはルナマリアを指して言った。
 そのルナマリアは、ラクスに見とれて頬を上気させ、呆然としていた。ディオキアのラ
クスの時には無かった反応である。
 ハマーンは視線をラクスに戻した。
 「ミネルバだ。先日、お前たちが介入してきた時に見ているはずだ」
 「そうだったのですか。ですが、ハマーン様。どうか、わたくしたちの邪魔をなさいま
せんよう、切にお願い申し上げます。わたくしは、ハマーン様と事を構えたくはありま
せん」
 「それはどうかな? そのガンダムの出方次第では、お前たちの船は潰す!」
 ハマーンが強い口調で言うと、ラクスは徐にかぶりを振った。
 「いいえ。わたくしには分かります。ハマーン様は、そのようなことをなさる方ではな
いはずです」
 ラクスの最後の言葉は、はったりである。ハマーンとは敵対したくないという、ラクス
の強い気持ちの表れだった。
 フリーダムの手がラクスを優しく閉じ込める。そうすると、次にチラと頭部カメラがハ
マーンたちを見た。まるで、その存在をよく記憶しているかのようだった。
 フリーダムは徐に中空へと舞い上がって、西日に向かって飛び去っていった。ラクス
のみならず、ハマーンたちをも気遣った優しい動きである。そういうパイロットが乗って
いるのだろう。戦場では鬼神のようなフリーダムの紳士然とした態度がまた、ハマーン
には面白くなかった。
 フリーダム去りし後、静かになった荒野で、ハマーンは服に付いた埃を手で払った。
 

 強い西日が輝いていた。空は快晴。あと数十分もすれば日は沈むだろうが、まだ空の青
は強かった。空気が澄んでいる証拠である。
 「アスランたちとはぐれたって聞いたから……どういう人たちなの?」
 キラは、鋼鉄の手の中で腰を下ろしているラクスに問いかけた。
 風を受け、桃色の美しい髪が舞い踊っているかのように靡いていた。顔に掛かる髪を、細
くしなやかな指がかき上げて、美しい顔を露出していた。西日に目を細めた表情は、仄かに
朱色がかって神々しいまでの輝きを放っている。キラはふと思い立ち、密かにラクスを収め
るカメラの録画ボタンを押していた。
 ラクスは、キラが見たことも無いような表情をしていた。憂鬱の中に充足感を混ぜ込んだ
ような、複雑な表情だった。西日や風といった自然の演出もあるだろう。偶像的な麗しさを
持ったラクスは、心を骨抜きにされてしまいそうな美しさを醸していた。
 ラクスはキラの問い掛けに答えなかった。心ここにあらずといった様子で、ジッと西日を
見つめていた。キラは、そんなラクスを見つめているしかない自分をもどかしく思った。
 それは、ラクスが会っていた女性のせいかもしれない。――キラは思った。相手は女性
なのに、と。
 キラは胸の内にしこりのようなものが出来たのを感じた。それがジェラシーなのだと気付
くのに、そう時間は掛からなかった。
 
 「――ルナマリア・ホーク」
 突然呼び掛けられて、ルナマリアは「ひゃいっ!」と条件反射的に背筋を伸ばした。
 「ここで見たことは、口外するな」
 「ど、どうしてですか?」
 一大事ではないのかと、ルナマリアは思った。プラントの人気アイドルが、フリーダムに
連れ去られたのである。そのフリーダムはオーブの国家元首を拉致したアークエンジェル
一味の構成員で、国際指名手配犯である。
 点と点の繋がり方が、ウルトラC級の難易度である。ルナマリアには事情がさっぱり飲み
込めなかった。
 「説明してください! どうしてラクス・クラインがこんなところにいたんですか? ハマー
ンさんは彼女と親しいんですか? そもそも、何でフリーダムがラクスを連れて行ったんで
すか?」
 ルナマリアは立て続けに質問を投げかけた。
 「後で説明してやる。ただ……」
 ハマーンは西日の強さが気に食わなくて、太陽に背を向けた。
 逆光になったハマーンの姿が黒く塗り潰され、冷え切った刃のような青い双眸だけが、嫌
にはっきりと目に付いた。その鋭い眼差しに、ルナマリアは思わず生唾を飲み込んだ。
 ハマーンは、徐に歩き出した。
 「あれは敵だ。私にとってはな」
 重苦しい声には、それ以上の追及を阻む威圧感があった。