SEED DESTINY × ΖGUNDAM ~コズミック・イラの三人~ ◆1do3.D6Y/Bsc氏_第08話

Last-modified: 2013-10-25 (金) 02:30:22

 ダーダネルス海峡は、ボスフォラス海峡と並んで黒海と地中海を結ぶ海上交通の要衝
である。ミネルバがそこを通って地中海に抜け、ジブラルタルを目指すという情報は、斥候
によってネオの耳にもたらされていた。
 洋上に展開するファントムペイン艦隊の傍らには、オーブ艦隊も轡を並べていた。大西
洋連邦との軍事同盟を締結後、始めての共同作戦である。その相手がミネルバであると
いう点に、ユウナは因縁めいたものを感じていた。
 「僕が苦労しなくちゃいけないのは、あの船のせいなんだからね」
 ミネルバが土足でオーブに上がり込んできたから、連合に目をつけられた。そして、そ
のお陰でオーブは連合の茶坊主になってしまったという思いが、ユウナにはあった。
 「それで、本当に来るのですかな?」
 艦長席に座している、オーブ軍旗艦タケミカズチの艦長であるトダカ一佐が、傍らのゲ
ストシートに座るユウナに訊ねた。ユウナは、「勿論さ」と返す。
 「彼女が乗ってるんだ。来るに決まってるだろ?」
 分かりきったことだろう、とユウナは軽い口調で言う。本当に上手く行くのだろうかと、
トダカは内心で勘繰っていた。ユウナの浮ついているような態度が、どうにも不安にさせ
るのだ。
 その時、J・Pジョーンズより連絡が入った。艦内に警報が鳴り響き、戦闘配備が敷かれ
る。
 「現れたようです」
 「ミネルバか?」
 ユウナは座席から身を乗り出し、双眼鏡で水平線の彼方に目を凝らした。そして、その
姿を認めると、双眼鏡を下ろして席を立った。
 「近くまで来てるはずだよ。僕たちは前に出過ぎず、まずは奴らにやらせるんだ」
 「はっ!」
 「――ファントムペインとかって、気取っちゃってさ!」
 ユウナはJ・Pジョーンズを横目で見やり、そう毒づいた。
 
 オーブ軍の進撃が鈍いことを、ネオは疑問視していた。一応、同盟関係であるから指揮
系統は別になっているが、どうにも共同戦線を張ろうとしているようには見えなかった。
 何か、思惑がある――ネオがそう直感したのも、当然であった。
 「そちらの出足が鈍いようだが?」
 ネオはタケミカズチに回線を繋げて、クレームをつけた。それに対してタケミカズチから
返ってきた答えは、ミネルバの横から仕掛けて連携を取る、というものだった。
 その返答が示すように、オーブ艦隊はファントムペインから離れて、確かにミネルバの
脇腹を攻めるルートに入っていく。しかし、ネオはそれが却って不審な動きのように見え
てならなかった。
 「何を企んでんだか知らないが……」
 しかし、まだ何も証拠は無い。今はまだ、彼らの行動を捨て置くしかない。オーブとの
同盟は紙の紐で結ばれているようなものなのだから。

 ファントムペインとオーブ軍の双方が戦力を展開して、ミネルバを待ち構えていた。
 オーブ軍の姿を見たシンは、例の如く癇癪を起こしていた。シンの出自を思えば仕方の
ない反応だとシャアは思ったが、せっかく英雄になれるかもしれない素質を持っているの
に、一々このような反応をしていては勿体ないと思った。

 シンはオーブ軍を叩きたがっていた。しかし、戦闘隊長であるハイネの命令は、進路上
のファントムペインへの対応だった。
 「あいつらを放っておいたら、碌なことになんない!」
 「そうは言うがな、奴さんたち、本気で仕掛けてくる気に見えるか?」
 ハイネの指摘どおり、オーブ軍の動きはあまりにも鈍い。大半の火器が射程外で使えそ
うにないような遠方でオーブ艦隊は固定され、一方のモビルスーツ部隊――ムラサメやM1
アストレイの編隊も積極的に仕掛けてこようとはせず、遠距離から散発的な攻撃をしてく
るだけである。
 「罠じゃ?」
 そう勘繰るシンを、ハイネは鼻で笑った。
 「そう見えるなら、お前の目は節穴だな。だったら、連合の奴らがあんなに苛立ちはし
ないぜ」
 オーブのちぐはぐな連携に、ファントムペインの攻撃部隊がやきもきしている様子が容
易に見て取れる。それは、錬度不足というだけでは説明がつかない、とてもプロとは思え
ない体たらくだった。誰の目から見ても、オーブ軍の消極的な姿勢は不可解であった。
 オーブに対する偏見が、シンの目を曇らせている。確かにオーブ軍を指揮するユウナに
は目論見があるのだが、それはシンが考えているようなことではない。
 流石にこれだけ動きが鈍いと疑われるだろうということは、ユウナにも分かっていた。しか
し、それを承知の上での布陣である。変に突っかかってタンホイザーを撃たれでもしたら、
元も子もないのだから。ユウナの目的は、オーブの戦力を極力使わないことにあった。
 「シン、クワトロ、オーブは相手にするな。連合の動きに集中しろ」
 「何で!」
 ハイネからの指示に、シンが声を上げる。オーブは敵になったのだから、動きの鈍い今
の内に叩くべきだというのがシンの主張だった。
 シャアはそれを聞いて、つくづく勿体ないと思った。シンが私情を捨て、もっと広い視野
で以って事に当たれるようになれば、それこそ本当に英雄になれるかもしれないというの
に。今のままでは、ただの扱いにくいハサミでしかない。
 「いいから連合を叩け! その後でなら、いくらでもオーブを叩きゃいい!」
 ハイネが強い口調で命令すると、シンは渋々といった様子で了解した。
 シンの中の癇癪は、未だ燻っている。それが、いつ火山のように噴火してもおかしくな
い状態だった。
 しかし、シャアにそれを気にしている余裕は無かった。相手がファントムペインということ
は、カミーユが出て来るということなのだから。
 ウインダムとの緒戦は、ハイネの活躍もあって難なく退けた。本番は、これからである。
シャアが予想していた通り、ウェイブライダーがカオスを伴って姿を現したのだ。
 シャアは一目散にウェイブライダーの相手に取り掛かった。ハイネはそれを認めると、
シンに援護を命じ、自身はカオスに向かっていった。
 「何で俺が援護なんだよ!」
 ストレスの捌け口を求めるシンには、ハイネの命令が不満だった。頭に血が昇っている
今のシンには、それがハイネの配慮であることなど気付くべくもなかった
 しかし、シンはまだ知らない。シンの神経を更に逆撫でする存在が接近していることに。

 

 セイバーには自由飛行ができるという利点がある。変形するのは機動力の上昇と航続距
離を稼ぐためのもので、変形が自在であるという意味ではウェイブライダーに対して有利
であるはずだった。
 しかし、そのシャアの見通しは甘かった。問題はモビルスーツではなかったのである。
カミーユ・ビダンそのものが、シャアにとって天敵だったのだ。
 かつての仲間とはいえ、敵となれば手心を加えるような甘さはシャアには無い。操縦技
術でもシャアの方が上だろう。しかし、ニュータイプであるという点において、シャアは
決定的に劣る。
 ニュータイプだからといって、それだけで強いわけではない。しかし、未来予測に近い
勘の良さを備えることで、ニュータイプはその生存確率を飛躍的に高める。カミーユは、
そんなニュータイプの最たる例だった。
 シャアの攻撃が当たらないのである。ウェイブライダーは的が小さく機動力が高いから、
というだけではない。シャアの狙いから、必ず少しズレるのである。それは、シャアの殺
気を確実に読み取っているカミーユの仕業によるものだった。
 ニュータイプという人種に、シャアは少なからずの苦手意識がある。アムロ、シロッコ、
ハマーンといずれも勝てた例が無い。
 カミーユが相手でも、その法則は成り立ってしまうのか――シャアは歯噛みした。
 シャアは苦戦した。カミーユは、微かな頭痛を感じながらも、シャアの焦りを感じ取っ
ていた。
 これは、チャンスだと思った。この敵を落とせれば、少しは頭の痛みも治まるかもしれ
ない――そう期待していた。
 しかし、カミーユが前掛かりになって積極的にシャアに攻撃しようとした瞬間、頭を刺す
ような痛みが襲った。次の瞬間、目の前をビームの奔流が穿ち、カミーユを及び腰にさ
せた。
 ただのビームだとは感じなかった。ビームと一緒に、人の意思も乗せてたように感じた。
だからカミーユは、寸前で回避することが出来た。もし、好機に目が眩んで気が逸るまま
に攻撃しようとしていたら、直撃を受けていた。
 今の一撃に、カミーユは底冷えするような恐ろしいものを感じていた。
 「またあの人か!」
 スンダ列島近海での戦いの時にも、同じ攻撃を受けていた。脳裏には、ディオキアで遭
遇した冷たい瞳の女が浮かんだ。
 果たして、カミーユが目線を向けた先には、白と紫のツートンのザク・ウォーリアが、
ルナマリアの赤いザク・ウォーリアからかっぱらったオルトロスを構えていた。
 カミーユがキッと睨むと、その思惟が飛んで、千里眼のようにハマーンの存在をカミー
ユに知覚させた。
 ハマーンはそれを敏感に察知していた。カミーユは、機械よりも正確にハマーンの存在
を見ている。
 「レーダーの有効範囲外の敵を狙撃するなんて……」
 ハマーンがオルトロスを突き返すと、ルナマリアが驚嘆の声を漏らした。
 ハマーンにとっては造作も無いことである。特に、カミーユのように自ら居場所を知ら
せてしまうような強力なニュータイプは、それを敏感に感じ取れるハマーンの格好の的で
ある。
 だが、当てられなかった。カミーユも、同じようにハマーンを感じられるからである。
 ウェイブライダーは機首をミネルバに向けた。厄介なのは、ハマーンの方であると悟っ
たのだ。

 「来るぞ!」
 ハマーンは、カミーユの敵意がシャアから離れたことを即座に理解した。
 ウェイブライダーは肉眼で確認できるところまでやってくると、ミネルバの砲撃を潜り
抜けて迫撃してきた。
 「やはり私を狙うか!」
 狙いは、ハマーンに絞られていた。はっきりとそれが見て取れる攻撃だった。
 ビーム攻撃を回避すると、ミネルバが傷つく。ハマーンは舌打ちをし、旋回して再び機
首をこちらに向けようかというウェイブライダーに向かってザク・ウォーリアを跳躍させた。
 ビームトマホークを抜き、それで斬りかかる。ウェイブライダーはテールスタビライザー
を連動させてかわすと、急旋回してビームライフルの銃口を向けてきた。しかし、ハマーン
はウェイブライダーの更に上に上昇すると、その上から圧し掛かるように絡みついた。
 「上につかれた……!? 何なんです、あなたは!」
 「自分で思い出すんだな!」
 咄嗟に叫ぶカミーユに、ハマーンは突き放すように返した。
 「思い出す……? 思い出すって……クッ!」
 ウェイブライダーは急旋回を繰り返し、強引にザク・ウォーリアを振り落とした。
 振り落とされたザク・ウォーリアは、中空でバランスを崩していた。カミーユは即座に
ビームガンの砲門を開き、ビームを撃ち込もうとした。
 しかし、再びそれを阻害するビーム攻撃を受けた。カミーユは慌てて旋回し、ミネルバ
から離脱した。
 ハマーンはその間にバランスを建て直し、再びミネルバの甲板に降り立った。
 「シャア!」
 ハマーンは上空を仰ぎ、叫んだ。そこでは、モビルアーマー形態のセイバーがウェイブ
ライダーを攻撃しつつ追い立てていた。
 「その機体で無理はするな! 空戦なら、私のセイバーで!」
 「私に指図するな、シャア!」
 シャアにできた空中戦が、自分に出来ないはずがない。しかし、相手は空中戦に特化し
たウェイブライダーである。自由飛行ができないザク・ウォーリアでは如何ともしがたい
のは事実であった。遺憾ながら、オーブ沖でシャアがやって見せたようにはできないのが
現実だった。
 シャアには、それが分かっていた。いくらハマーンが強がって見せたところで、ウェイ
ブライダーを相手にザク・ウォーリアではどうしようもないことを。寧ろ、一度でも組み
付けただけでも大したものである。
 カミーユをどうするか、シャアはまだ決めあぐねていた。ディオキアでの記憶を消され
た様子はなさそうだった。それなら、まだチャンスの目はあるかもしれない。しかし、戦
いの中でどうやってカミーユを正気に戻させるか、それが問題だった。
 しかし、カミーユにとって、シャアもハマーンも自分を不愉快にさせる敵でしかなかっ
た。カミーユがどれだけの敵意を持ってシャアとハマーンを見ているか、それを測りきれ
ないのがシャアの誤算だった。カミーユには、既にコズミック・イラでの居場所を与えら
れていた。
 出撃前、指揮官であり直属の上司でもあるネオから、今回の出撃を見合わせるように言
われた。ネオはスティングからディオキアで起こった出来事を聞かされていたのである。

 しかし、カミーユはネオの命令を拒んだ。自分は足手纏いではないと主張して。
 「まやかしを使う敵なら、排除して見せます!」
 精神的な安定を得るには、シャアとハマーンを倒すことが第一と考えた。そして、何よ
りもスティングたちと共に戦うことが大切であるように思えた。彼らと共に行動すること
が心地よいことなのだと、カミーユは無意識の内に直感していたのである。
 シャアの誤算はそこにあった。今のカミーユに、過去を否定して現在の自分を安定させ
ているという認識は無い。記憶操作は、自らを過去から切り離すようにカミーユに仕向け
ていた。

 ――戦況が一変したのは、間もなくだった。シャアと戦いを繰り広げていたカミーユの
元に、J・Pジョーンズからの命令が下されたのである。
 「……戦闘の一時中断? アーク、エンジェル?」
 前肢が付いた戦艦のデータが表示される。見覚えは無かったが、相当なスペックを誇る
戦艦だということは読み取れた。
 目の前には倒すべきシャアがいる。しかし、お情けで出撃を許可されたカミーユに、こ
れ以上の命令無視はできなかった。
 カミーユはシャアに掣肘を加えて足止めをすると、スロットルを全開にして後退した。
 
 「――所属不明の船だと?」
 カミーユが去ると同時に、シャアの元にもミネルバからの情報が入っていた。
 アークエンジェルは、過日、オーブの国家元首を拉致した一味である。シャアの疑問は、
その一味がこの戦場に何をしに来たのか、ということだった。
 ――ふとインパルスの姿が視界に入った。
 インパルスは、立ち尽くしていた。シャアには、わなないているように見えた。その視線
の先には、アークエンジェルがある。否、シンの瞳は、アークエンジェルから出てきた一
機のモビルスーツに釘つけにされていた。シャアは、シンの感情がどす黒く逆巻いてい
ることに、まだ気付いていなかった。
 
 「あの女、どういうつもりか……!」
 ハマーンは忌々しげに呟いた。
 視線の先には、やはりアークエンジェルがある。しかし、ハマーンが見ているのはアーク
エンジェルそのものではなかった。ハマーンは感知していた。アークエンジェルに、“本物”
が乗っていることを。
 「モビルスーツに乗ると決めた途端にこれか……奇縁だな」
 奇しくもタイミングが重なった――そういう考え方はナンセンスだと思った。
 これは必然なのだ。ディオキアでラクスに遭遇したのは、偶然ではないとハマーンは
思った。
 
 アークエンジェルが突如として戦場に姿を現した時、ユウナは微かな苛立ちを覚えて
いた。
 「遅刻だろ、どう考えても」
 ユウナはアークエンジェルへの攻撃を命じると共に、J・Pジョーンズにオーブ軍の戦線
離脱の旨を伝えた。理由は当然、国家元首を拉致した凶悪犯の確保である。
 タケミカズチのミサイル発射管から、多数のミサイルが煙の尾を引いてアークエンジェ
ルに襲い掛かる。しかし、立ちはだかった一体のモビルスーツによって、全て撃ち落され
てしまった。

 「ああもう、何やってんだよ! 一発二発は当たって見せなきゃ、僕たちがわざと外して
るって分かってしまうだろ!」
 ユウナは癇癪を起こして、頭を掻き毟った。
 しかし、全てはユウナのシナリオどおりだった。アークエンジェルにカガリの狂言誘拐を
演じさせ、オーブが参加する作戦に乱入させる。そうすれば、オーブ軍が戦闘から離脱す
るための名目が立つ。表向き、アークエンジェルは国家元首を拉致した凶悪な国際指名
手配犯である。オーブ軍が国の根幹を揺るがす凶悪犯の確保を優先するのは当然なのだ
から。
 その時、全周波通信でアークエンジェルからの声明が発表された。
 「我々は、オーブの理念に則って立ち上がった有志である。我々の要求はただ一つ、オー
ブ軍の即時撤退である。オーブには中立の理念がある。それを破って連合軍の作戦に隷
従する現在のオーブ軍に正義が無いことは明白である。我々はカガリ・ユラ・アスハを人質
に取っている。要求が受け入れられない場合、同盟の決定を下した諸悪の根源である彼女
の命の保障は無いものと思え」
 変声機で声を変えているが、語り口がカガリ本人であることはユウナとトダカには丸分か
りだった。しかし、義勇軍を気取ってくれたのは都合が良かった。これでオーブ軍は、アーク
エンジェルに対しても、ミネルバに対しても迂闊な動きを取れなくなった。
 これで戦闘は膠着するはずだった。しかし、それをぶち壊したのは、一機のモビルスーツ
だった。
 「あいつだ! 俺たち家族を無茶苦茶にした奴だ!」
 アークエンジェルの出現で時間が静止したはずの戦場で、ただ一人だけ復讐の炎を燃や
す人物がいた。シン・アスカの瞳には、その姿が記憶の中の姿と重なっていた。青い六翼
を持つモビルスーツ、フリーダム。二年前のオーブ解放作戦の時、オノゴロ島から逃げる
シンの目に映ったのは、紛れもなくフリーダムだった。
 ビームサーベルを抜き、一足飛びに斬りかかる。ザフトが攻撃してくるとは思いもしなかっ
たフリーダムのパイロット、キラ・ヤマトは、戸惑いながらもシールドで受けた。
 「こんなものでーっ!」
 「どういうことなの!? 何でザフトが!?」
 シンは理性を失ったかのように、何度もフリーダムに斬りかかった。
 キラは対応に戸惑いつつも、攻撃をかわした。しかし、シンの狙いが自分だけであるこ
とに、キラはまだ気付いていない。
 インパルスの怒涛の攻撃が、フリーダムを追い詰めていく。甘く見たらやられる。キラ
がそう懸念するほどに、シンの勢いは凄まじかった。
 ブランクがあったとはいえ、腕が錆付いてしまったとなどとは思いたくない。徐々に高
まっていく集中力が、キラにかつての力を取り戻させる。
 覚醒――フリーダムの動きが、一瞬にして変わった。それは、シンがショックを受ける
ほどに劇的な変化に見えた。インパルスが振り上げた右腕を、フリーダムは腰から居合
い抜きのようにビームサーベルを抜いて斬り飛ばしたのである。
 絶望的な斬撃だった。シンは、その太刀筋を見ることすら叶わなかった。
 呆然とするシンに、フリーダムはすかさず組み付いてきた。
 シンは接触による振動で我を取り戻し、尚も抵抗して胸部のチェーンガンを撃った。フ
リーダムの装甲に、火花が飛び散る。しかし、フェイズ・シフト装甲はものともしない。
 「あんただ!」
 接触回線が繋がって、シンの声がキラに届けられた。地の底から這い出てくるような、
深い憎しみに染まった声色だった。

 その憎悪に気付いた時、キラはようやくインパルスの敵意が自分だけに向けられてい
ることに気付いた。
 フリーダムがオーブを守るために戦っていたことを、シンは分かっていた。オノゴロ島
の避難が間に合っていれば、或いはフリーダムを見る目も変わっていただろう。
 しかし、現実にフリーダムが戦っている傍で家族は死んだ。つい今しがたまで生きて、
話して、動いていた大切な家族が、次の瞬間にはただの肉片に変わり果てていた。
 突然奪われた悲しみは、当然のように憎しみへと変わっていった。憎しみは、オーブを
含めた、あの場で戦闘を行っていたもの全てに向けられた。フリーダムは、その象徴だっ
た。
 キラは、シンの事情を知らない。だからこそ、必要以上に動揺した。
 「君は一体、どうして僕を――!」
 「あんたがどんな思いで戦ってたのか知らないけどーっ!」
 フリーダムを蹴り飛ばし、インパルスは強引に逃れた。そして、残った左腕にビームサー
ベルを持たせ、再び躍り掛かる。シンの紅い瞳には、フリーダムの姿しか見えていなかった。
 
 アークエンジェルの登場で、一旦は膠着状態に陥りそうだった戦場は、再びざわつき始
めていた。原因は勿論、インパルスとフリーダムの戦闘である。
 「このままでは不味い……!」
 様子見をしていただけで、元々ファントムペインに戦闘を停止する理由は無い。それが
インパルスとフリーダムの戦いが始まったとなれば、ファントムペインがそれに乗じるの
は当然だった。
 ミネルバ防衛の要の一機が、離脱したのである。機を見るに敏。ファントムペインがそれ
を好機と捉えるのは火を見るよりも明らかだった。そして、混乱が残る戦場で攻撃が再開
されれば、場は荒れる。場が荒れれば、数で劣るミネルバは不利である。
 「シンめ……!」
 シャアは操縦桿を傾けて、インパルスとフリーダムが戦いを繰り広げているところへ向
かう。懸念した通りにファントムペインが攻撃を再開させる動きを見せ始めた以上、シンを
このまま暴走させて置くわけにはいかなかった。
 
 ネオはユウナの目論見をおおよそのところで看破していた。国家元首の拉致事件から端
を発するオーブの諸々の混乱が、マッチポンプであることを見抜いていたのだ。
 しかし、確証は無い。アークエンジェルがユウナの差し金で動いていることを立証でき
れば、或いは訴えることができるかもしれないが、ユウナは尻尾を掴ませるようなヘマは
しないだろうとも思った。オーブ軍の動きがあからさまに鈍いのは、そういう自信がユウ
ナにあるからだ。
 それならば、少し困らせてやろうと思った。小賢しい小細工を巡らせると、どういう目に
遭うか、思い知らせる必要があると思ったのだ。
 「――それにしてもフリーダムか。まだあんなものが動いていたとは……」
 ネオはタケミカズチに通信を繋げ、アークエンジェル確保のための援護を申し出た。
 「このままではオーブは動けないだろう。折角、犯人の方から出てきてくれたのだ。貴
君らは迂闊に動けないだろうから、我々が代わりに代表殿をお助けして差し上げよう」
 ユウナはネオからの通信を受け取って、自分の策略が見破られていることを悟った。ユ
ウナはマイクを握り締め、白々しい奴め、と内心で歯噛みしつつ、慎重に言葉を発した。

 「我が国の代表の命が掛かってるんだ。凶悪犯を悪戯に刺激する貴官の申し出は、受け
入れられない」
 「だが、彼らの要求は貴官らの即時撤退だ。我々に対しては何も言及していない。なら、
問題は無いと見るが?」
 「そのような屁理屈で、我らの代表の命を危険に晒せと言うのか!」
 「他ならぬ同盟国の国家元首殿の危機だ。まあ、上手にやってご覧に入れよう」
 ネオは一方的に告げると、通信を切った。同時に、ウインダム部隊がミネルバへの攻撃
を再開し、カオス、アビス、ウェイブライダーの三機にアークエンジェルへの攻撃命令を
出した。
 ユウナは、「くっそー!」と制帽を床に叩きつけた。
 「わざとらしく言いやがって!」
 「気を落ち着けてください」
 取り乱すユウナに、トダカが冷静に言う。「分かってるよ!」と、ユウナは制帽を拾い
上げ、再び頭に乗せた。
 「当然、この僕がこうなることを想定してなかったわけじゃない。そのためのフリーダ
ムなんだ」
 モニターに表示されているフリーダムの姿に、ユウナは苛立ちを向ける。
 「それなのに、あのザマは何だよ! 最強のコーディネイターじゃないのか!」
 目算が狂うことを嫌うユウナにとって、インパルスに苦戦するフリーダムの姿は、あま
りにも見苦しいものだった。
 そんなユウナの苛立ちも露知らず、キラは混乱していた。シンが、どうしてこれほどま
でに強い怒りを持って襲い掛かってくるのか、全く分からないからだ。
 「聞いてくれ! 何で君は僕をそこまで憎むんだ!」
 キラは必死に呼び掛けた。しかし、インパルスは問答無用で襲い掛かってくる。
 抵抗できないようにしてしまうしかない。原因が分からない以上、やられるより先にや
るしかない。
 しかし、キラが反撃に転じようとしたその時、別方向からの強力なビームがキラを襲っ
た。
 辛うじて回避するキラ。カメラが、セイバーの姿を捉えた。
 好機と見たシンが、フリーダムに躍り掛かろうとする。しかし、その前にセイバーが回
り込んで、インパルスを制止した。
 「邪魔するな!」
 シンは叫ぶ。しかし、セイバーは退かない。逆にその双眸に睨まれると、殺気のような
強い重圧を感じて、シンの方が怯んでしまった。
 シャアはフリーダムに攻撃の意志が無いことをジェスチャーで示すと、インパルスへと
向き直った。
 「我々はまだ彼らを敵と認定していない。勝手な行動は慎むんだ!」
 「雇われが、俺に命令するな!」
 シンはシャアの言葉に強く反発した。
 「いい加減にしたまえ!」
 しかし、シャアも負けじと強い言葉でシンに怒鳴り返した。シンはその迫力に驚いて、
思わず息を呑んだ。
 「分からないのか! 君が戦場を乱しているんだぞ!」
 シャアにそう言われて、シンは初めて周りの様子に気付いた。

 戦闘を中断していたはずのファントムペインが、再びその動きを活発化させていた。ミネ
ルバはいつしかすっかりウインダムに包囲され、迎撃する三機のザク・ウォーリアは苦戦
を強いられていた。ハイネのグフ・イグナイテッドも、ミネルバの砲撃に晒されるというリス
クを背負いながら、少しでも敵をミネルバから遠ざけようと奮闘している。
 全ての原因は、ウインダムの進撃を食い止める役割だったインパルスが――シンが抜け
たからだった。
 「君が勝手な行動をしなければ、ああはならなかった」
 「お、俺が……俺のせいで……」
 シンは、体から力が抜けていくのを感じた。ミネルバが危機を迎えている。その責任が
全て自分に降りかかってくる思いがした。
 「ミネルバを守る。いいな?」
 「……了解」
 シャアに命令されるいわれは無い。しかし、今のシンはそれに従うしかなかった。
 
 インパルスは去っていった。しかし、キラに息つく暇は与えられなかった。
 「――次から次へとよくも!」
 キラは立て続けにカオスとアビスの同時攻撃を受けていた。空中を自在に飛び回り、機
動兵装ポッドやカリドゥスといった砲戦兵器を持つカオスと、海中を泳ぎ回り豊富な火器
を持つアビスの連携攻撃には、さしものキラも手を焼いていた。
 ファントムペインが仕掛けてくることは織り込み済みだった。それゆえ、待機していた
アスランとバルトフェルドは、ムラサメで即座に出撃した。
 「俺が戦闘機タイプを抑えます。バルトフェルドさんはキラの援護に入ってください」
 アスランが告げると、バルトフェルドは了解してキラの援護に向かった。
 ウェイブライダーは、ムラサメのモビルアーマー形態にシルエットがそっくりだった。
ムラサメの技術が連合に漏れてたのではないかと、思わず疑ってしまうほどである。
 「モルゲンレーテにロゴスの金が流れてたっていうのは、こういうことなのか!」
 ユウナの言葉を思い出したアスランは、思わず独り言を叫んでいた。
 だが、それはすぐに勘違いなのだと思い知らされた。
 まず、ビームの威力が明らかに違った。アークエンジェルはラミネート装甲という、ビー
ムの熱を艦全体に拡散して軽減するという特殊な装甲を持っているのだが、その排熱が
追いつかないほどの強力なビーム兵器を持っていたのである。
 フリーダムのバラエーナと同程度の威力はあるだろうか。それだけでもムラサメとは全
くの別物であるということが分かった。
 既に、アークエンジェルの装甲には複数箇所の溶解した痕が残されていた。全てカミー
ユの仕業である。そして今、再びアークエンジェルの砲撃を掻い潜って攻撃を加えようと
機首を向けた。
 「これ以上はやらせるか!」
 アスランはムラサメの機首をウェイブライダーの横っ腹に向け、ミサイルを放った。カ
ミーユはアスランの攻撃の意思を察知し、咄嗟に方向転換してやり過ごした。しかし、そ
れを更に予測していたアスランは、カミーユの回避先を読んで、最短距離でウェイブライ
ダーに迫った。
 「何っ!?」
 今までの敵とは明らかに質の違う動きに、カミーユは不意を突かれた。
 ムラサメはモビルスーツ形態に変形すると、ビームサーベルで斬りかかってきた。カミ
ーユはそれを辛うじてかわすと、スロットルを全開にして間合いを開いた。アスランはそ
の背中に追い立てるようにビームライフルを撃ち、再びモビルアーマー形態になって追撃
した。

 「この敵、強い!」
 圧倒的な操縦技術と確かな読み。アスランの駆るムラサメは、カミーユを強く警戒させ
るほどの威力を発揮していた。カミーユによるアークエンジェルへの攻撃は、アスランに
完全に封じ込まれてしまったのだ。
 他方のカオスとアビスも、途中まではフリーダムを相手に優勢に戦いを進めていたもの
の、バルトフェルドが援護に入ったことで完全に形勢が逆転していた。
 ネオはJ・Pジョーンズの艦橋からその様子を眺め、次いでミネルバの方へと視線を移し
た。
 「う~ん、どうしたもんかねえ」
 ウインダム部隊は良く攻めていた。しかし、インパルスとセイバーが戻ったことでミネル
バの防御力が上がり、攻守のバランスが反転しそうな気配を見せていた。戦局が微妙な
タイミングに差し掛かろうとしていることを、ネオの肌は感じていた。
 「どう見る、イアン? ミネルバはその内、主砲を使ってくると思うが」
 ネオは艦長席に座る男に語りかけた。イアンと呼ばれた男はネオの言葉に頷き、「おっ
しゃるとおりだと思います」と答えた。
 「そうか。仕方ない。なら、これまでだな」
 ネオは、勝機を逸したと判断した。迂闊に戦闘を長引かせて、ミネルバにタンホイザー
を撃つチャンスを与えてしまってもおもしろくない。それならば、ここは一旦退くべきだ
とネオは決断した。
 大見得を切った手前、非常にみっともないことだとは思うが、ユウナはこの状況をも想
定に入れていたということなのだろう。今回は見事に彼に一本取られてしまった。
 それに、アークエンジェルももっと簡単に攻略できるものと思っていた。それをさせな
かったのは、アークエンジェル自体の戦闘能力もさることながら、それに搭載されていた
モビルスーツの活躍によるところが大きい。ネオの自慢の三人、すなわち、スティング、
アウル、カミーユが完封されてしまったのだから、これでは手詰まりだ。
 「さあて、次も出てくるんだろうなあ、やっぱり」
 ネオは呟く。ミネルバがジブラルタルに入る前に、もう一度くらいは仕掛けるチャンス
がある。そして、その時もまた、今回のようにアークエンジェルは介入してくるはずだと
感じていた。
 「だが、物事はそうそう上手く運ぶものじゃないぜ、お坊ちゃん?」
 タケミカズチを見やり、ネオは不敵に笑った。J・Pジョーンズから撤退信号が打ち上げ
られたのは、間もなくだった。