SEED DESTINY × ΖGUNDAM ~コズミック・イラの三人~ ◆1do3.D6Y/Bsc氏_第22話

Last-modified: 2013-10-30 (水) 03:00:51

 カガリがカミーユを伴って発令所に駆けつけた時には、既にユウナが事に当たっていた。
国民の緊急避難指示を出したり、国防軍の展開を急がせたりと、初動の対応はほぼ済ん
でいた。
 合間を見つけて状況を聞くと、「参っちゃうよねえ」と辟易した様子で肩を竦めた。
 前触れも無くザフトがオーブ領海の境界線付近に艦隊を展開した。オーブにしてみれ
ば青天の霹靂だったのだが、どうやらジブリールがオーブに逃げ込んだという情報があ
るらしく、それでザフトはその引き渡しを要求しているのだと知った。
 「僕には、あれは侵略をしに来たようにしか見えないけどね」
 ユウナは不愉快そうに言った。
 確かにオーブの復興にはロゴスの資金が流れ込んでいた。だが、このご時世にわざわ
ざジブリールを匿うような真似は、いくら何でもできない。国家元首の拉致事件が解決し
ても殆どメディアに取り上げられなかった小国のオーブが、時流に逆らうような真似をし
たらどうなるか、当人たちが一番良く分かっているからである。
 「言い掛かりじゃないのか?」
 全く身に覚えのない嫌疑に、カガリは苛立たしげにかぶりを振った。ユウナの言うとお
り、ロゴス動乱の先導者であり、破竹の勢いのプラントがオーブを侵略しに来たのでは
ないかと思えたのも、無理からぬ話だった。
 「先日の暗殺者はコーディネイターだった。尋問に対しては未だに黙秘を続けているそ
うだが、もしかしたら……」
 「……」
 しかし、カガリの呟きに対し、ユウナは何故か沈黙した。
 「ユウナ……?」
 ユウナなら、乗ってくると思っていた。しかし、現実には険しい表情で押し黙ったままで
ある。カガリにも、流石に何かあると分かった。
 「おい、何か心当たりがあるなら――」
 カガリが問うた、その時だった。「ザフトより入電!」と言う通信士の声が割って入り、と
ある画像が送られてきたと報告した。
 「正面スクリーンに出せ!」
 カガリは一旦、ユウナから目を離し、命じた。そして、スクリーンに表示された画像を目
にし、驚愕した。
 映し出されたのは、海中にあるオーブの秘密の入り口から侵入する潜水艇の様子だっ
た。更に次の写真にはヘブンズベースに保存されていた同型の潜水艇が写っていて、一
枚目の画像の潜水艇がジブリールのものであることを如実に示していた。
 「更に、同型の潜水艇が一隻ヘブンズベースから消えていたという、元ロゴス構成員の
証言もあるとのことです」
 オペレーターの報告に、カガリは唇を噛んだ。
 「……やっぱりか」
 そのユウナの小さな呟きを、看過するわけにはいかなかった。カガリはユウナに向き直
ると、いきなり掴みかかった。
 「やっぱりって、どういう意味だよ! まさか、お前!」
 「冗談じゃない。知ってるだろ、僕がロゴスを嫌っていることを」
 「だったら!」
 「落ち着きなよカガリ。忘れたのかい?」
 ユウナの目は、言外に伝えていた。その意味に気付いた時、カガリはハッと我に返って
その手を離していた。
 オペレーション・ラグナロクが同盟軍の勝利で幕を下ろして以降、姿を消している人物
がいる。その人物こそがジブリールをオーブに招き入れ、匿っているユダである。
 しかし、カガリは決してそのことを口に出さなかった。ここでは兵の耳がある。そして何よ
り目の前の優男の心情を思うと、声に出すのは憚られた。
 カガリは目で訴えた。どうするつもりなのかと。
 ユウナは腰に手を当てて小さなため息をつくと、周囲の兵の目を気にしつつ口を開いた。
 「おおよその見当はついている」
 「なら、すぐにでもジブリールを確保し、突き出すと言えば――」
 その時だった。ザフトはオーブの回答が遅れている理由を、ジブリールを逃がす算段を
企てているからだと反発し、宣戦布告。数秒後、遂に国防軍と衝突する事態になってしま
ったのである。
 俄かに慌しくなる発令所内には、途端に複数のオペレーターの声がひっきりなしに飛び
交い始めた。それは開戦以降、ずっとオーブが恐れていたことだった。とうとう、二年前と
同じようなことが起こってしまったのだ。
 「ご覧よ。僕らの主権は侵害されてしまった!」
 ユウナはスクリーンに映る緒戦の様子を見やりつつ、言った。
 「こうなった以上、僕らも黙ってやられるわけにはいかない」
 「無論だ。このまま大人しくザフトの好きにさせるものか」
 「その意気だ」
 ユウナはカガリの肩に手を置いた。
 「頼んだよ、カガリ。僕がジブリールをしょっぴいてくるまで、何とか持ち堪えてくれ」
 カガリは驚いて、ユウナを凝視した。
 「お前が行くのか?」
 「そうだ。これは、僕の役目だ」
 ユウナの目は、いつもと違って悲壮感が滲んでいた。それは、覚悟している目でもある。
 「……分かった。任せる」
 だからこそ、カガリは全てをユウナに委ねた。その悲壮な覚悟を阻んではならないと感
じたからだ。
 「ありがとう」
 ユウナは一言だけ告げると、発令所を後にした。
 通路に神経質な足音が響く。軍靴が固い床を叩き、乾いた音を響かせていた。ユウナ
の、声にならない苛立ちだ。
 胸の内ポケットから通信端末を取り出す。それを操作し、発信ボタンを押すと素早く耳
元に当てた。コール音が鳴る。たった一回でも、その時間すら惜しいと感じた。こうしてい
る間にも、ザフトの侵攻は着々と進んでいるのだと思うと、居ても立ってもいられなくなる。
 三回目のコールで、繋がった。
 「仕事だよ、ネオ・ロアノーク。三人を連れて、今すぐ僕のところへ来たまえ」
 ネオにも分かっているのだろう。詳細を語らずとも、ネオは即座に了解の返事をした。
 ユウナは通信を切ると、端末を再びポケットの中に押し込み、足を速めた。
 
 
 モビルスーツデッキから、カタパルトデッキへと移動する。オペレーターのメイリンから
戦況を伝えられるが、シンにとってそれは特に重要ではなかった。これからすることは、
既に心の中で決まっているからだ。
 カタパルトハッチが開かれて、光が差し込んでくる。一瞬目が眩んだかと思うと、次の
瞬間、抜けるような青空が視界に飛び込んできた。――オーブの空だ。
 今は戦いの光が飛び交うオーブの空。それでも、シンはそこに郷愁の念を抱かずに
はいられなかった。
 (ただいま、父さん、母さん、マユ……)
 以前に訪れた時には言えなかった言葉を、心の中で念じる。天国の家族に背は向け
られない。そういう戦い方でなければ、力を求めた意味が無い。
 それはとても困難なことなのかもしれない。しかし、それがザフトである自分が、せめ
てオーブのためにできる精一杯のことであるなら、今こそやって見せるしかない。
 (見ててくれ……二年前と同じにはさせないから……!)
 迷いは無かった。シンは己を信じていた。だから、戦える。
 「シン・アスカ、デスティニー――」
 発進の体勢を取る。膝を曲げたデスティニーが、前傾姿勢になった。
 「行きます!」
 急激な加速とそれに伴う荷重。シンの目は、真っ直ぐに前だけを見ていた。
 ミネルバを飛び出し、フェイズシフト装甲を展開する。灰色だった機体が鮮やかな色に
染まり、背部の大型スラスターが光の翼を開いた。
 既に開かれている戦端。オーブ国防軍の守りは、流石に厚かった。海上に多数の戦力
を配置し、ザフトの本島侵入を防いでいる。当然と言えば当然であった。二年前もこんな
風に戦いになり、そして数多くの悲劇を生み出したのだから。
 「それにしてもアスハの奴、相変わらず対応が不味い……」
 オーブがジブリールの引き渡しを渋ったのは、きっとカガリのせいだと思っていた。
 シンは先日の記事を見逃さなかった。うっかり見落としかねないほどの小さな記事だっ
たが、誘拐されていたカガリがオーブに戻ったことを知って、それはきっとジブリールを
匿うためだと思った。
 だから、国防軍には同情する気持ちがある。愚かな主君を持ったせいで、命懸けで尻
拭いをしなければならない羽目になったのだから。
 だが、無駄死には極力少なくする。それがシンの戦いである。
 全軍に向けて、通信回線を開く。
 「ミネルバのフェイス、シン・アスカより各機へ。デスティニーが敵防衛線に穴を開ける。
海上戦力への対応は直掩部隊に任せて、攻撃部隊各機はデスティニーの羽をフラッグ
に続け!」
 最大戦速で前線に向かう。オペレーション・ラグナロクにおいて十分にその実力を証明
して見せたシンに多くの兵士が従う一方、まだ少年であるその声に懐疑的な見方をする
者も少なからず存在していた。しかし、そんな一部の者も、デスティニーが前線に辿り着
くや否や、驚異的な活躍を見せ始めると、無条件で従う動きを見せ始めた。
 力だ。力があるからフェイスになれたし、みんなが信頼してくれる。そして、それが二年
前の悲劇を繰り返させないことに繋がるのだ。
 「敵防衛線を突破後、本島ヤラファスに向かう。狙いは、敵総司令部のみ。ジブリール
を匿う元凶を叩いて、この無意味な抵抗を早期に鎮圧する!」
 それがシンの考える、二年前と同じ悲劇を繰り返さないための方法だった。カガリだけ
を狙えば、一般民が犠牲になるようなことは無い。カガリさえ倒せば、オーブは抵抗を止
める。そして、デスティニーならそれができると信じている。
 ミネルバ隊を始めとして、シンの後には多くのモビルスーツが続いた。シンの命令は、
フェイスであったとしても出過ぎた真似であったが、その宣言は多くの共感を呼び、旗艦
のセントへレンズもこれを黙許した。
 自分は、決して間違っちゃいない――シンはより自信を深め、先陣を切って立ち向かっ
ていく。
 
 オペレーション・ラグナロクからの強行軍であるはずなのに、ザフトの勢いは止まること
を知らない。それでも国防軍は、十分に善戦していた。
 しかし、ある時を境にザフトが一点突破作戦を展開し始めると、それまで堪えていた前
線はたちどころに崩壊し、最終防衛ラインへの侵入を許してしまう。その先頭には、光の
翼を広げ、恐ろしいまでの戦闘力を見せ付けるモビルスーツ、デスティニーの姿があっ
た。
 「あのガンダムは……」
 カミーユはデスティニーを見て呟いた。ヘブンズベースで戦ったことのある相手だ。単
純に強いと感じたが、それ以上にパイロットの直情的に過ぎる感覚の方が印象的だった。
飽くなき力の探求――その力が、オーブを危機に陥れようとしている。それは厄介なこと
だと思った。
 あの勢いだと、最終防衛ラインが突破されるのも時間の問題だろう。デスティニーを止
めるなり何なりの対策を打たなければ、この発令所も近い内に落ちる。
 カガリもそれは分かっているだろう。だが、打つ手が無い。デスティニーを筆頭とするミ
ネルバのモビルスーツ隊に対抗できる戦力が、今のオーブ国防軍には存在しないので
ある。
 (クワトロ大尉……!)
 カミーユは、時折映る赤いモビルスーツを歯痒い思いで見ていた。
 少なくとも、自分が出れば多少の時間稼ぎができる。それまでにユウナがジブリール
を確保してくれれば、この戦闘は終わるはずである。
 「よし……」
 カミーユは意を決し、カガリに振り向いた。
 ところが、そのカガリは先ほどから誰かと交信中のようで、それに掛かりきりになって
いた。
 「どういうことだ、キサカ? 切り札って……納得のいく説明をしてくれなくては困るぞ、
エリカ・シモンズ」
 知らない女性らしき名前が出てきたが、どうやら相手は側近のレドニル・キサカ一佐ら
しい。キサカとは、カミーユも面識がある。だが、側近であるはずのキサカが、この緊急
時にカガリの傍を離れて何をしているのだろうかと思った。
 「……分かった。とにかく、そこへ行けばいいんだな?」
 怪訝に思っていると、やがてカガリの交信は終わった。カミーユはそのタイミングを狙っ
て、カガリへと近づいた。
 「カガリ代表!」
 「カミーユ、すぐにΖを出せ」
 カミーユが言う前に、カガリが言っていた。「えっ?」と驚くカミーユ。しかし、カガリは構
わずに出口へと向かった。
 「アカツキ島へ向かう。この発令所は遠からず落ちる。遺憾だが、ここを放棄して態勢
を立て直す」
 「どういうんです?」
 「詳しいことは私にも分からん。だが、今のオーブに必要なものがあると言ってるんだ」
 そんなことで大丈夫なのかと、流石のカミーユも心配になる。しかし、現状を打破でき
る手段が無い以上、その可能性に賭けるしかないのも事実である。
 「新たな司令本部をタケミカズチに指定する。特例措置として最高司令権をソガ一佐に
委譲。伝達完了後、総員本発令所より退避だ。以後はタケミカズチの指示に従うこと。―
―以上だ、急げよ」
 命令を下すと、「ハッ!」という掛け声と共に全員がカガリに敬礼をした。カガリも敬礼で
以ってそれに返すと、カミーユを引き連れて発令所を後にした。
 アカツキ島はかつてキラたちが住んでいたカガリの別邸がある島だ。アークエンジェル
やフリーダムもそこに隠されていて、表向きは平和そのものの島であったが、地下では
色々と物騒なことになっていた。
 オーブ国領だけあって、ヤラファスからはそれほど遠くない。ウェイブライダーの機動
力なら、ものの数分で辿り着く距離にある。
 だが、その数分も現状ではとても長く感じられた。遠目からでもザフトの勢いが顕著で
あることが見て取れたからだ。
 事態は一刻を争う。カミーユはカガリの指定どおりのポイントに向かい、キサカの姿を
見つけると急いでカガリを降ろした。
 「代表、僕は少しでも敵の侵攻を遅らせるために前線に向かいます」
 「頼む。私もすぐに駆けつける。どうやら、モビルスーツらしいんだ」
 「モビルスーツ?」
 訝りながらも、カミーユはカガリが降りると直ちにウェイブライダーを発進させた。
 「本当にこの戦局をひっくり返せるモビルスーツがあるの?」
 懐疑的になりつつも、カミーユにできることは一つである。何とか持ち堪えている前線に
向かって、スロットルを全開にした。
 
 一方、カガリはキサカとモルゲンレーテの技術者エリカに連れられて、アカツキ島の地
下に案内されていた。そこは埃に塗れていて、暫く誰も立ち入っていないことを窺わせる
場所だった。しかし、厳重にロックされた扉が重々しく開くと、その先にカガリは眩く輝く信
じられないものを目にしたのであった。
 
 防衛線を突破すれば、ヤラファスまではあっという間だった。ヤラファスに配備されて
いる戦力は流石に多かったが、進撃を阻むほどではない。
 国防総省の建造物群が見えてくる。ここに至るまで、民間への被害は殆ど出していな
い。大方のシンの目論見どおり、この本丸を落とせば戦闘は終わる――はずだった。
 その期待が失望に変わったのは、司令本部であると見られていた発令所が既にもぬ
けの殻になっていたことが判明した時だった。カガリはいち早くシンの目論見に気付き、
脱していたのだ。
 まんまと無駄足を踏まされた。出し抜かれたと言ってもいい。
 「くそっ! こんな時まで自己保身か!」
 シンは激しく悪態をついた。これではまだ戦闘は続く。それは、二年前の出来事が再現
されてしまう恐れが強まったことを意味していた。
 「アスハめ! オーブの被害のことも考えないで、よくも!」
 目論見どおりに事が運ばなかったことだけではない。カガリが保身ばかりを考えて逃げ
回っているという思い込みが、シンを苛立たせていた。奇麗事を口にするカガリも、一皮
剥けば薄汚い政治家と同じではないかと。
 発令所の前で佇むデスティニーに、二発の熱光線が注がれた。建造物を避けたその狙
撃は、明らかにシンへの牽制だった。
 顔を上空へと振り仰ぐ。オーブの空に、航空機のシルエット。太陽を背にその航空機は
一瞬にしてモビルスーツ形態へと変貌を遂げると、シンの前へと降り立った。
 「Ζ!? 何でΖがここに……!?」
 シャアからカミーユが既に連合軍を抜けていることは聞いていた。そのカミーユが突然、
目の前に現れた。そして向けられた銃口は、カミーユがオーブに与していることの証左で
あった。シンには、それが全く理解できなかった。
 ビームライフルの先端から銃剣のようにビームサーベルが伸びる。Ζガンダムはその
ロングビームサーベルで襲い掛かってきた。
 ジャンプしてかわす。ロングビームサーベルが空を切ると、シンはその背中に向けてビ
ームライフルを連射した。しかし、Ζガンダムは上手く建物を利用してそれをやり過ごす
と、物陰から一気に跳躍して体当たりをしてきた。
 シールドがデスティニーのフェイズシフト装甲を叩く。シンはΖガンダムを突き放し、肩
のフラッシュエッジを抜いて、それで切り掛かった。
 ロングビームサーベルが振るわれ、交わる。ビーム刃の干渉波が眩い光を放ち、スク
リーンを白く濁らせた。
 「あんたはアスハを隠したな!」
 聞きたいことは他にもある。だが、シンにとって最優先すべきことは、カガリのことだっ
た。
 「アスハ……? カガリ代表? ――隠すって!」
 「白々しい!」
 あざとく戸惑うカミーユに、シンは益々声を荒げる。
 「アイツさえ押さえちまえば、こんな無意味な戦いはすぐにも終わるんだぞ!」
 出力を上げる。デスティニーの翼が、一段と大きくなった。
 強引にΖガンダムを弾き飛ばす。そして、そのままビームライフルの連射で追い立て
た。
 「抵抗すればするだけ、オーブの被害が大きくなる! 被害を大きくしてるのはアンタら
なんだぞ! どういう事情か知らないけど、アンタもアスハの片棒を担ぐっていうなら!」
 ホバー走行するΖガンダムが、地面を滑るように駆ける。上空からそれを狙い撃ちする
シンであったが、不思議と当たる気がしなかった。トリガーを引く瞬間に避けるので、照準
が殆ど意味を成さないのだ。
 シンは眉を顰めた。まぐれ当たりを期待するしかないのでは、埒が明かない。
 「アスハがジブリールを素直に引き渡してさえいれば、こんな戦いなんて起こらなかっ
たんだ!」
 高エネルギー長射程ビーム砲が火を噴く。強力なエネルギー弾が地面に着弾すると
爆発が起こり、大量の粉塵と土砂を撒き散らした。それを避けて、Ζガンダムが大きく跳
躍する。シンはそこに狙いを絞り突撃した。
 ビームライフルで迫撃する。当たらないのは百も承知。逆に迎撃されたが、Ζガンダム
に接近戦を挑みたいシンにとっては寧ろ好都合。ビームシールドでビーム攻撃を防ぎつ
つ、足を止めたΖガンダムにフラッシュエッジで切り掛かった。
 しかし、下からかち上げるようにΖガンダムのシールドがデスティニーの腕を弾く。フラ
ッシュエッジの刃は、またしても届かない。
 「言えよ! アスハはどこに逃げた!」
 拮抗する両者。シンが叫ぶと、Ζガンダムの双眸が淡く緑の光を放った。
 「代表は逃げちゃいない! こっちだって、ジブリールがいることなんて知らなかったん
だ!」
 「嘘付け! じゃあ、何でアスハはここにいなかったんだ! 逃げて戦いを長引かせて、
ジブリールが逃げる時間を稼いでいるのはアスハだろ!」
 「勝手なことを! 一方的に戦いを仕掛けておいて、言えたことか!」
 「アンタらが抵抗するからだろうが!」
 カガリがジブリールと繋がっていると思い込むシンと、ザフトの性急な侵攻に反感を覚
えるカミーユ。互いが相容れないのは当然の帰結であった。
 Ζガンダムは、かち上げている左腕を振り抜いて、デスティニーの右腕を弾いた。だが、
次の瞬間、蹴りを胴体部に突き込まれ、尻餅をついた。
 フラッシュエッジが、Ζガンダムの肩口を狙っている。瞬時に察知したカミーユは慌て
て後方へ飛び退いた。
 強い。だが、それ以上に――
 「何でザフトがオーブの被害のことを考えるんだ……?」
 カガリに対する強い憤りと、オーブという国そのものに対する強い愛着が綯い交ぜにな
った複雑な心情である。カガリへの怒りは、オーブへの愛情の裏返し。シンの強い言葉
と怒声から、カミーユが感じ取ったことであった。
 シンは、何とか大きな被害を出さずにこの戦闘を収めたいと考えている。
 それは、カミーユも望むところだった。しかし、手段は違う。カガリの護衛としてのカミー
ユは、カガリを守らないわけにはいかないし、ユウナがジブリールを確保するまでは何
とかして時間を稼がなくてはならない。だから、シンがザフトとして作戦に従うのと同じよ
うに、カミーユも抵抗するしかないのだ。
 しかし、生半可ではない。国土柄、戦力が充実している海軍と違って陸軍の規模はそ
れほど大きくはない。故に海軍によって他の三島が守られる分、陸軍部隊の大半がヤ
ラファスに配置されていたわけだが、日の出る勢いのザフトの猛攻に飲まれて戦線は崩
壊しつつある。この状況で、デスティニーの他にもシャアを始めとするミネルバ隊の面々
もいるのだ。彼らまで押し寄せてきたら、カミーユ一人がいくら意地を見せたところで何
分も持たない。
 「――来たっ!」
 噂をすれば影。シャアの気配と、レジェンドのパイロットの気配が近づいている。
 「あのガンダムだけで手一杯だってのに……!」
 その他のザフトの侵攻は、陸軍部隊が瀬戸際で食い止めている。なら、腹を括るしか
ない。シャアやレジェンドを今まで足止めしていたことを考えれば、マイナーチェンジの
M1アストレイで彼らはかなり善戦したと言えるのだから。
 しかし、覚悟を決めたはいいが、やはり手強い。間もなく三機が揃うと、状況はますま
す苦しくなった。三機の高性能機に、その操縦桿を握るのはそれぞれスーパーエース
級のパイロットなのだ。どれだけカミーユが奮闘しようと、三対一の条件の前では虚しい
抵抗に過ぎなかった。
 デスティニーはレジェンドと連携することで、更に手強くなった。パイロット同士の呼吸
が、抜群に合っている。荒削りだがガンガン攻めてくるデスティニーと、その粗の隙間を
埋めるように冷徹なレジェンド。まるでダブルスの選手のような連携だった。
 その二機の攻撃だけで、既にカミーユは困窮していた。建造物や地形を利用して逃げ
るのが精一杯で、反撃の糸口さえ見つからない。
 その上、シャアもいるのだ。シャアの狙いは流石に鋭く、上手く身を隠しても直撃と紙
一重の狙撃をしてくる。他の二人を若さによる勢いと呼ぶなら、シャアはベテランらしい
経験則に基づいた“巧撃”と言えた。そして、それが最も厄介であった。
 シャアは気配を消す。ニュータイプとの戦いにおいて、殺気の類は相手に気取られる
最たるものであることを知っているからだ。それゆえカミーユは、シンやレイの狙いは読
めても、その二機の攻撃に紛れて接近を目論むシャアの気配にまでは気が回らなかっ
た。
 気付けば、セイバーが肉薄していた。そのビームサーベルが、Ζガンダムが持つビー
ムライフルを狙っていた。咄嗟に左手にビームサーベルを取らせて振るうも、まるでそれ
を待っていたかのように中空で制動を掛けてかわされる。「フェイクか!」――声を上げ
た次の瞬間、セイバーのキックがΖガンダムの頭部を蹴っ飛ばしていた。
 「うわぁーっ!」
 コックピットを襲う激しい衝撃。キックのダメージで一時的にセンサーに障害が起き、全
天スクリーンが乱れる。
 「今度は誰を助けたいというのだ、カミーユ?」
 冷たく突き刺さる、皮肉めいたシャアの言葉。
 シャアは諦観していた。
 カミーユの洗脳は解け、連合軍からも既に離れている。そして、カミーユが共に軍を抜
けた仲間に愛着を持ち、行動を共にしたがっている気持ちにもシャアは理解を示してい
た。だが、それでも尚、カミーユが敵として立ちはだかる運命であるなら、シャアは本格
的に覚悟を決めなければならないと考えていた。
 カミーユの才能は宝であっても、ララァ以上の価値は無いのだから……
 「カミーユ。私はザフトだ。お前が自分の意思でその立場にあるというのなら、私はお前
を討たなくてはならん」
 ――お前はもう、カミーユを始末する方向に傾きかけているんだろう
 かつてハマーンに指摘され、何度も頭の中にリフレインしては否定してきた言葉。それ
が今、実体を持ち始めている。
 Ζガンダムは蹲っていた。しかし、カミーユの声は些かも力を失っていなかった。
 「僕は、そういう道を選びました。――大尉こそ、独善的なモノの見方で善人ぶって!」
 「私が独善的だと?」
 思わぬ指摘に、シャアは一寸怯んだ。
 「自覚が無いんですよ、大尉は! そういうのが、一番性質が悪いんです!」
 「……」
 カミーユの指摘は少なからずシャアの動揺を誘っていた。だから言葉を返さなかった。
 それがニュータイプの洞察力というものなのだろう。カミーユが別の道を行くのは、偶
然や成り行きだけではなかった。シャアの中に巣食う魔物のイメージが、カミーユには
見えていたのかもしれない。
 「……しかし、それがジブリールを匿う理由にはならん」
 シャアの声は冷徹だった。
 「カミーユ、お前がやっていることは明らかに間違っている」
 「大尉っ!」
 シャアはΖガンダムに銃口を向けた。
 「昔の誼だ。命を奪うことまではしない。だが、Ζは破壊させてもらう」
 「そうやって! 何でもかんでも自分の好きに出来ると思うな、シャア!」
 カッとなったカミーユが叫ぶ。シャアはその罵倒を受け流すように、まるで取り合わず
にビームライフルのトリガーを引く。
 だが、撃ったビームはΖガンダムを外れた。否、外されたのだ。カミーユは、セイバー
の指がトリガーを引くタイミングに合わせて、Ζガンダムを飛び退かせていた。
 Ζガンダムは回避すると、間髪いれずにシールド裏のミサイルを放った。
 対し、シャアはセイバーに上昇をかけて回避した。だが、一発を脛に受けてしまった。
 「……?」
 違和感を持った。自分の操縦ミスにしても、あまりにもセイバーの反応が鈍かったよう
に感じられたのだ。
 フェイズシフト装甲のお陰でダメージは無い。だが、次はそうは行かない。逃れたセイ
バーを、Ζガンダムはビームライフルで狙っていたのだから。
 ビームがセイバーを襲う。紙一重で外れた。
 シャアも反撃を試みる。だが、ここでもセイバーの反応は明らかに鈍かった。
 「伝達系に支障? こんな時に! ――くうっ!」
 Ζガンダムの撃ったビームが、セイバーのビームライフルを貫いた。シャアは慌てて
ビームライフルを投棄し、シールドを構えて爆発から身を守った。
 シャアが明らかに劣勢に立たされている。初めて見るその光景に、シンは驚きを禁じ
得なかった。
 「昔の仲間だからって!」
 セイバーが動きに精彩を欠いていることは、見た目からも明らかだった。シンは、相手
がカミーユであることが原因であると思い込んでいた。
 「レイ!」
 「分かっている!」
 ビームライフルで牽制をかけながら、レイがシャアの援護に向かう。シンはその合間を
縫って高エネルギー長射程ビーム砲で狙撃した。
 まだ完全にセンサー機能が回復したわけではないのだろう。Ζガンダムの反応も、先
ほどよりは鈍くなっている。
 「クワトロさんには悪いけど、これで!」
 Ζガンダムを照準に収める。今度は当たる予感がしていた。
 だが、その時だった。発射ボタンに添えた指を押し込む直前、新たな敵の出現を知らせ
るアラームが鳴り響いたのである。
 「えっ?」
 ボタンを押すと同時に、信じられない外見のモビルスーツが間に滑り込んできた。発射
された高エネルギー長射程ビーム砲の強力なビームは、そのモビルスーツに直撃した。
 刹那、シンは妙な違和感を覚えた。直撃したはずなのに手応えを感じないのである。
 何かがおかしい――本能がその違和感に反応して、自然とシンの身体に回避動作を
行わせていた。次の瞬間、自分が撃ったはずのビームが自分に向かって襲い掛かって
きた。
 辛うじて外れた。だが、シンの心の内に生まれたのは安堵ではなく、驚愕だった。
 目の前に立ちはだかったのは、冗談としか思えない金色のモビルスーツだった。だが、
ただの悪趣味ではない。そのモビルスーツは、デスティニーの撃ったビームを跳ね返し
て見せたのだ。
 そして、驚くべきはそれだけではなかった。
 「ザフトに告ぐ! 私は、オーブ連合首長国代表カガリ・ユラ・アスハである! 当方に
は、現在、我が国に潜伏中と目されている密入国者、ロード・ジブリールを発見次第、こ
れを引き渡す用意がある!」
 「アスハ……!?」
 操縦桿を握る手が震える。強い憤りが、シンの身体を支配していた。