SEED DESTINY × ΖGUNDAM ~コズミック・イラの三人~ ◆1do3.D6Y/Bsc氏_第35話

Last-modified: 2013-10-30 (水) 03:11:26

 ネオ・ジェネシスによって、二つに割れたユニウスセブンの半分は地球の重力圏か
ら離れようとしていた。しかし、残った片割れはメテオブレイカーによって砕かれたもの
の、破片は依然として十分な質量を持ったまま地球へ落ち続けていた。
 その破片を、更に細かく砕く作業が続けられていた。ザフト、連合問わず多くのモビ
ルスーツや艦船がギリギリまで高度を下げ、一つでも多くの破片を砕こうとしていた。
 その中には、ミネルバの姿もある。既にタンホイザーは三射目の準備に入っていた。
 「どうなっていくの!?」
 砕いても砕いてもキリがない状況に、タリアは絶叫するように声を上げた。アーサー
が計器を見つめながら、「芳しくありません!」と応じる。
 「数が多すぎます! このペースでは、地球への甚大な被害は免れません!」
 「何とかなさい! ここで地球を救えないようじゃ、戦争は永遠になくならないわよ!」
 「そんな無茶な!」
 タリアが発破を掛けるも、クルーを勇気付けるまでには至らない。状況が絶望的だと
いうことを、誰しもが認めてしまっているからだ。
 そんな折、メイリンが「もうっ!」と苛立った声を上げた。
 「回線不良! もう一度願います! ……えぇっ!? ジェネシス!? ユニウスの
破片群の後ろの方って言いました!? ――ゴンドワナが遠いからって!」
 メイリンはヘッドホンを耳にめり込ませるほど強く押し当て、通信相手を罵倒するよう
な怒鳴り声でやり取りを交わしていた。メイリンは何度も反芻するように確認を繰り返
し、内容を確定させてようやくタリアに振り向いた。
 「メサイアより入電! 三分後に地球から遠い方の破片群に向けて、五秒間のジェ
ネシスの照射を行うと言ってきています!」
 「ジェネシスを!?」
 「それで破片群の半数は、少なくとも大気圏で燃え尽きるとメサイアは言っています
!」
 タリアの座る艦長席のコンソールに、そのデータが送られてくる。メサイアが予定し
ているネオ・ジェネシスの射線軸は、ユニウスセブンの破片群を掠めるように合わされ
ている。それ以上射角を地球側に向けてしまうと、地球に被害を与えてしまうというギ
リギリの角度だ。
 「今さら!」
 タリアは肘掛けを拳で叩いた。
 「いくら連射が無理だからって、何でもっと早く動けなかったの!? やることが遅い
のよ、メサイアの連中は!」
 「やらないよりはマシです!」
 苛立ち、憤慨するタリアに、アーサーが言う。
 「そうだけど――!」
 「艦長!」
 反論しようとした言葉を遮り、メイリンが強く促すように伺いを立てる。
 タリアはもう一度肘掛を叩くと、「全部隊に警告!」と怒り冷めやらぬ様子で声を荒げ
た。
 「メサイアからのデータを一斉送信して、ジェネシスの射線軸には乗らないように伝
えなさい!」
 「了解!」
 「ザフト、連合、問わずよ! 分かってるわね!?」
 「やってます!」
 口喧嘩でもしているかのようなやり取りを終えると、タリアは立て続けにアーサーに
「アークエンジェルは!?」と訊ねた。
 「当艦同様、破片を砕きつつ降下を続けています!」
 「彼らも、そのまま地球に降りる覚悟ね!」
 画質が安定しないが、サブスクリーンには砲撃を続けるアークエンジェルの姿が映
されていた。タリアはそれを認めると、「私たちも続くわよ!」と告げ、ミネルバもいつで
も大気圏に突入できるようにと指示を出した。
 破砕作業は尚も続行され、大気圏突入能力の無い艦船が離脱できるギリギリの高
度まであと少しというところまで迫っていた。
 ネオ・ジェネシスは、予定より五秒ほど遅れて破片群の後部を撃った。しかし、その
ほんの少しの遅れが響いて、予想していたよりも成果を上げられなかった。
 現場に、強い焦燥感が満ち始めた。地球に落ち続けているユニウスセブンの破片は
未だ無数に存在し、次第に絶望感が押し寄せてくる。焦りと絶望が、冷静さと迅速さ、
正確さを奪い、破砕作業が思うように捗らない。
 だが、そんな中、その流れに抗おうとする動きが現れた。
 「モビルスーツのジェネレーターはな、強力な爆弾にもなるんだよ!」
 それは、誰が最初に始めたのかは分からない。それを最初にやった人物は、既に居
ないからだ。だが、いつの頃からか、特攻による自爆で破片を破壊するという行為が見
られるようになっていた。
 それは、自らの命と引き換えにする行為……
 「時間が無いなら、より強力な手段で岩をぶっ壊すまでよ!」
 「いいか! 年寄りの俺たちから率先してやるんだよ! 持てるだけの火薬を持って
な! 若い奴らはアモとか使えそうな武器を俺たちに回したら後退しろ! お前らには、
子孫を作ってこのことを後世に伝えていく役目があるんだからな!」
 現場のテンションが、そうさせるのだろう。眼下の地球を見た時、その美しさを失いた
くないと思った一人の兵士の誇りと思いが、それをやらせた。或いは、思い浮かべたの
は家族の顔だったのかもしれない。しかし、一人の兵士の誇りは周りの兵士にも伝播
し、パンデミックするかのように拡散して、次々と特攻が行われた。中には、巨大な破
片に対しては艦船が特攻するという場面もあった。
 「これ以上、俺たちの勝手で子供たちの未来に余計な禍根を残せるかよ!」
 「そこのコーディネイター! どこの誰だか知らねえが、一緒に行くか!?」
 「付き合うぜ、名前も知らねえナチュラル! カッコ良く行こうぜ!」
 そのムーブメントに、コーディネイターとナチュラルの垣根は無かった。その二人も、
競い合うように岩に飛び込み、光となった。モビルスーツが、命の光となった。
 破砕作業は、そこから一気に加速した。無数の命の光が、ユニウスセブンの破片を
道連れにして消えていく。消える命が、守るべき命を生かす。
 「ジェシカーっ! ジョーンっ!」
 命は繋がっている。妻と子を思い、また一つの命が輝いた。
 
 人の思惟で、空間が満たされていく。カミーユは、そんな感覚を味わっていた。
 「人の命が、地球を包んでいく……?」
 今消えていく命だけではない。地球を守ろうと命を捧げる魂に応えるように、ユニウス
セブンの破片に残されていた多くの魂が共鳴し、一つの大きな集まりとなって飽和しよ
うとしていた。
 「ああ……みんな、みんな地球を守ろうとしている……!」
 自然と涙が溢れた。それは切なく悲しく、しかし、力強く暖かでもある。押し寄せてくる
感動がカミーユの琴線を刺激し、そして更なる認識力の拡大を促した。カミーユは、そ
こで起こっていることの全てが分かるような気がした。
 「あっ……!?」
 ふと直感し、方向転換する。そして、ウェイブライダー形態に変形させると機首を地
球方面に向け、加速させた。
 「カミーユ!?」
 近くに居たシャアが咄嗟に呼び止めようとしたが、遅かった。ウェイブライダーはあっ
という間に小さくなって、ぐんぐんシャアから離れていく。
 追い掛けようとスロットルを入れる。だが、その時、間が悪いことにラクス派の残党の
ドム・トルーパーがシャアの前に立ちはだかり、足止めを食らった。
 「貴様ら、まだ抵抗を続ける気か!」
 苛立つシャア。怒りに任せてビームサーベルを抜き、ドム・トルーパーの迎撃を掻い
潜って一挙に肉薄すると、間髪いれずにコックピットを串刺しにした。そして、そのドム・
トルーパーをユニウスセブンの破片に向かって投げつけ、ビームライフルで狙撃して
爆発させる。ユニウスセブンの破片は、その爆発で粉々に砕け散った。
 シャアはそれを済ますと、即座にウェイブライダーの姿を探した。しかし、その時には
もうウェイブライダーの影も形も無かった。
 「チッ……!」
 ざわざわとした胸騒ぎのような感覚がある。カミーユほど確かではないが、シャアも
その場に集う大きな思惟の流れを感じていた。
 「カミーユは、この感覚から何かを感じ取っている……」
 ふと、そう思った。だが、シャアにはそれが何なのか分からない。
 「追いつけるか……?」
 確信は無い。しかし、本能は行けと命じている。シャアは、その大きな思惟の流れに
乗り、カミーユを追跡しつつユニウスセブンの破砕作業も並行して行っていった。
 
 エターナルには、ラクスが一人だけ残されている。
 エターナルはユニウスセブンの破片と共に地球に落ち続けていた。コンピューターは、
まだ生きている。これから辿る運命も知らず、画面には大気圏突入まで間もなくの警
告が出ていた。
 ラクスは艦橋の中央で佇んでいた。
 (少しだけど、重力を感じられるようになってきた気がする……)
 ラクスは、ふと視線を下に落とした。足元から燃えていくのだろうと思うと、身が竦ん
だ。
 (怖い……!)
 人間として当たり前の感情が沸き起こった。ラクスは自分の肩を抱き、背中を丸めた。
 その時、背後で自動ドアが開く音が聞こえた。ラクスは背筋を伸ばし、振り返った。
 「……来ると思っていましたわ」
 視線の先に立つはサトー。目は釣り上がり、鼻は膨れて、砕かんばかりに歯を食い
しばり、真っ赤に顔を染めている。稀に見るような憤怒の表情が、ラクスを殺すように
睨みつけていた。
 サトーは無言のまま床を蹴ると、ふわりと浮き上がってラクスに迫った。そして、前に
降り立つと、いきなり右手の甲でラクスの右頬を叩いた。
 「あうっ!」
 ラクスの身体が宙に浮き、コンソールパネルに叩きつけられる。サトーはそれを追い、
コンソールパネルに引っ掛かるようにして横たわるラクスをうつ伏せに押さえつけ、そ
の細い左腕を掴み、捻り上げた。
 「くあぁっ!」
 ゴリゴリと音を立て、ラクスの左肘のじん帯が伸びる。呻くラクスに、サトーは容赦を
しない。尚も腕を絞り上げ、ゴキンと乾いた音を立てて肩の関節が外れるまで腕を捻
り続けた。
 捻っていた腕を放すと、ラクスはダランとなった左腕を押さえてその場に蹲り、喉が
潰れてしまいそうな声で呻いて激痛に涙を流した。
 サトーはそんなラクスの背中を踏みつけ、銃を抜いた。そして、その照準をラクスの
脳天へと合わせた。
 「姑息な手を……!」
 ようやくサトーが口を開くと、ラクスは冷や汗と涙に塗れた顔を上げた。
 「貴様は、最初からあの偽者を本物にでっち上げるために謀っていたな!?」
 「き、気付くのが……大分遅かったようですわね……?」
 ラクスは息を荒げ、苦しみながらも笑みを湛えていた。サトーの顔面が、ピクッと引
き攣る。
 「貴様が口車に乗ってきたのも!」
 「あ、あなたは、単純な方です……わたくしが、ジェネシスでユニウスを弾き出すなど
というあなたの言葉を、本気で真に受けると思いましたか……? ですが、お陰で全て
が上手く行きました……ユニウスは、地球に何の影響も与えることなく消滅し、あなた
は、ここでわたくしと共に滅びるのです……」
 「許さんっ!」
 サトーは激昂し、銃を持つ手に力を込めた。人差し指が引き金を引いて、キリキリと
音を立てる。
 (キラ……)
 ラクスはそっと目を閉じ、うな垂れた。
 だが、その時だった。突如、再びドアが開き、そして次の瞬間、パァンという乾いた発
砲音がブリッジに木霊した。
 弾が当たった感覚はない。様子がおかしいと感じたラクスは、痛む左腕を庇いなが
ら首をもたげた。
 「あっ……!」
 ラクスの眼前を、拳銃が流れていった。それは、サトーが今しがたまで持っていたも
の。視線をサトーに向けると、案の定、持っていたはずの銃が無い。
 「何者だ、貴様っ!?」
 サトーは顔を上げ、ブリッジの入り口の方に身体を向けていた。ラクスはそれに釣ら
れ、同じ方に目をやった。
 「……!? ハ、ハマーン様っ!?」
 中央のシートの影に隠れていたが、その特徴的な桃色の髪と黒い服に身を包んだ
スレンダーな肢体を、見紛うことは無い。ラクスには、一目で判別できた。
 (何故……!?)
 信じられなかった。ハマーンが助けに来てくれるなど、予想だにしていなかった。
 ハマーンは銃を立てると、艦長席を飛び越えてサトーに躍り掛かった。サトーも床を
蹴って、弾き飛ばされた銃に手を伸ばす。だが、ハマーンの射撃が一足先にサトーの
銃に命中し、ブリッジの先端の方へと押し流した。
 「おのれっ!」
 ハマーンの銃口が、サトーを狙う。しかし、サトーはハマーンが引き金を引く寸前に
横っ飛びをして、辛くも銃弾から逃れた。
 「チッ……!」
 舌打ちをし、改めてサトーに照準を合わせる。だが、サトーは銃口に怯むことなく力
いっぱいに床を蹴って、勢い良くハマーンに飛び掛ってきた。
 意表を突かれた。ハマーンはサトーに接近を許し、組み付かれてしまった。
 サトーが、ハマーンの銃を持つ腕を掴んで上に向けさせた。銃が暴発し、天上を撃っ
た弾丸がそこら中を跳ね回り、火花を散らす。
 「汚い手で私に触れるな!」
 「ふざけるな!」
 サトーはハマーンに頭突きをした。ゴツッという鈍い音が響き、ハマーンが「うっ!」と
呻いて身を仰け反らせた。軽い脳震盪に、ハマーンは意識が朦朧としかける。
 サトーはハマーンから銃を奪い、顎の下に銃口を押し付けた。
 「ハマーン様っ!」
 ラクスが咄嗟に飛び掛り、横からサトーに体当たりをした。
 「くっ!」
 「うあっ!」
 体当たりの衝撃で、左腕に激痛が走る。ラクスの悲痛な金切り声が轟く。
 突き飛ばされたサトーはブリッジの壁に着地するように足を着き、ラクスに銃口を向
けた。
 「貴様はどこまでも邪魔を!」
 サトーの指が引き金を引く。しかし、無重力を流れるラクスは、ちょうどオペレーター
席の影に隠れるように倒れ、それに阻まれてまたも弾丸はブリッジ内を跳ね回った。
 サトーはグロッキーになっているハマーンを一瞥すると、壁を蹴って座席の陰に隠れ
ているラクスの上に出た。ラクスは座席の影で蹲り、激痛で身動きが取れなくなってい
る。
 「そんなに早く死にたいか!」
 サトーは銃をラクスに向け、引き金を引く指に力を込めた。
 しかし、その時またしてもドアが開いて、銃声が鳴り響いた。
 「ぐおっ!?」
 サトーが悲鳴を上げる。右肩から、鮮血が迸った。
 「ラクス!」
 飛び込んできたのはキラだった。キラは聡くラクスを見つけると、激痛に悶えるサトー
を銃で牽制しながらそちらへと流れた。
 「大丈夫!? ラクス!」
 ラクスは全身を震わせて蹲っていた。キラが肩を抱いて介抱しようとすると、ラクスは
「ううっ!」と喉が潰れたような呻き声を上げた。その、聞いたこともないラクスの濁声に、
キラは仰天して思わず出した手を引いた。
 「ラ、ラクス……!」
 「だ、大丈夫です……少し、左腕をやられただけですから……」
 そう言って、ラクスはキラを安心させようと顔を上げた。しかし、笑顔を見せてもキラ
の表情は益々強張った。ラクスの右頬が腫れ上がり、美しい頬のラインを醜く歪めて
しまっていたからだ。
 キラは込み上げてくる怒りに衝動が抑えられず、咄嗟に銃をサトーに向けた。
 サトーはその時、ブリッジを出て行こうとしている最中だった。キラは慌てて立ち上が
り、それを追い掛けようとした。
 「放っておけ!」
 その怒号に驚き、キラは中途半端に床を蹴った所で動きを止めた。
 サトーは一瞥をくれると、その間にドアを潜り、逃げていった。
 キラは天井に手を付いて、声のした方に目を向けた。
 「ハマーンさん……!?」
 ハマーンはくらくらする頭を手で支えながら立ち上がり、今頃気付いた様子のキラに
ため息をついた。
 「どうして止めたんです!?」
 キラは気を取り直し、ハマーンに訊ねた。口調こそ落ち着いているが、声音には非難
の色が混ざっている。納得できなかったのだ。
 「あの男を追う必要はない。お前はラクスの傍にいればよい」
 ハマーンはそう言いながらふわりと床を蹴り、無重力を流れてラクスに寄り添った。
 「立てるか?」
 「は、はい……ありがとうございます……」
 ハマーンはラクスの背に手を沿え、ゆっくりと立ち上がらせた。キラは、安心しきった
表情で身を任せるラクスを複雑な面差しで見つめながら、天井を押した。
 「ミーアを相手に、よくもやったものだな?」
 ラクスを座席に座らせながら、ハマーンは皮肉っぽく言う。ラクスはそんなハマーン
に童女のような微笑を返した。
 「ハマーン様なら、そのミーアという方をもう一度舞台に立たせると思っていましたか
ら……」
 「ん……大体は、私と考えが被っていたシャアがやったことだがな」
 「でも、気付いていらしたのでしょう……? だから、ミーアという方に、わたくしと対決
するように仕向けた……わたくしがやろうとしていたことを分かって下さっていたから…
…違いますか……?」
 「フン……ミーアにハンデが必要なかったのは、想定外だったがな」
 「フフフ……それも、ハマーン様は見越していらしたのでしょう……?」
 ラクスが愉快そうに返すと、ハマーンは少し不貞腐れたように顔を顰めた。
 キラはそのやり取りを聞いていて、二人がそこまで思惑を重ねていたのだと知った。
ラクスはハマーンがミーアを再び担ぎ出すだろうと読み、ハマーンはラクスがそれに
合わせて自らを貶めようとしていたことに気付いていた。
 頻繁に接触していた様子は無い。キラが知る限り、二人が接触したのはキュベレイ
と初めて遭遇した後に、一時ラクスが行方不明になった時が最後だ。だが、二人はそ
こまで通じていた。ラクスがキラと話し合って決めたことを、看破していたのだ。それを
見せ付けられると、キラは余計に複雑な心境になった。
 「あの様子でしたら、これから先、もう疑われるようなことは無いでしょう……」
 ラクスは呟くように言って、ふとキラを見上げた。
 「ごめんなさい、キラ……キラがハロに組み込んで下さったプログラムは、結局使い
ませんでした……」
 ラクスが謝ると、呼ばれたと勘違いしたのか、スカートの裾からピンクのハロが耳を
はためかせて出てきた。「ハロハロ」と鳴くハロの電子音は、元気がいい。キラは、そ
のハロがアスランのハンドメイドであることを思い出して、同じく自分も彼からロボット
鳥のトリィを貰っていたことを思い出した。
 キラはフッと笑って、「いいよ」と返した。
 「君と直接話して、君の思いはミーアって人に伝わったはずだ。直に話さなきゃ、伝
わらない思いはある。彼女がこれから君として生きていくなら、それは必要なことだ。
だから、使わなくて良かったんだよ、きっと……」
 キラは優しく慰めるように言う。ラクスは「ありがとう……」と返して、まだ物言いたげ
なハマーンに目を戻した。
 「――しかし、事前にあの男たちの粛清を済ませておけば、このような事態には陥ら
なかった」
 身も蓋もなく詰るハマーンに、ラクスの表情が曇る。
 「お前の甘さが、今回の危機を招いたのだ」
 「ハマーンさん! ラクスは――」
 追い打ちを掛けるハマーンに、キラが黙ってはいない。
 しかし、擁護しようと口を挟んだキラを止める声がある。他ならぬラクス本人だ。
 「待ってください……」
 ラクスは、訴えかけるような眼差しでキラを見つめると、徐にハマーンへと目線を移
した。その切なげな眼差しが、恋人でも見ているかのような感じがして、キラは嫌だっ
た。
 「でしたら、なぜ来てくれたのです……?」
 ラクスは呼吸を整えながら、ゆっくりと口を開いた。
 「わたくしは、ハマーン様の警告を聞き入れませんでした……その結果、このような
取り返しのつかない事態を起こしてしまいました……報いを受けて当然……ハマーン
様が呆れるのも当然でしょう……?」
 ラクスは自虐的に言って、目を伏した。ハマーンが、そんなラクスに手を伸ばす。
 「……呆れたら、来てはいけないのか?」
 「えっ……?」
 ハマーンの右手が、そっとラクスの頭を撫でた。その感触に驚き、ラクスは思わず首
をもたげた。ハマーンの手は髪を梳くように滑り、やがて左頬へと降りてきた。
 熱く火照ったラクスの頬を、ハマーンの少しひんやりとした手が労わるように触れ、そ
の手に熱が移った。冷たいのに、優しい感じがする。ラクスは、ハマーンの手が自分の
痛みを吸い取ってくれているのだと錯覚した。
 「うっ……ううっ……!」
 堪えきれなくなって、ぼろぼろと涙を零す。大粒の雫が無重力に踊って、その一つ一
つにハマーンの顔が映って見えた。
 ハマーンは、幼子のように泣くラクスを、怪我に障らない程度に優しく抱擁した。
 「お前のことは嫌いではないよ、ラクス――」
 耳元に息を吹きかけるように囁くと、ハマーンはその耳を甘噛みした。ハマーンの、マ
ーキング。ラクスの背筋がゾクゾクッと震え、甘ったるい吐息を漏らした。
 ハマーンが、ゆっくりと身体を離す。ラクスは、それを追い縋るような熱っぽい視線で
見つめた。
 ハマーンはそんなラクスの視線をかわすように、「だが、勘違いするな」と釘を刺す。
 「お前と共にあるのは、私ではない」
 ハマーンはそう告げると、キラに目を向けた。
 「――借りが出来たな」
 それは、先ほどの窮地にキラが駆けつけた時のことを指している。
 キラは、「いえ……」と謙遜気味に返した。
 「ハマーンさんが来てくれなかったら、僕は間に合いませんでしたから……」
 「そうかい。だが、お前は私の言ったことをよく守り、ラクスの傍を離れな――」
 その時、ハマーンはふと言葉を切って、遠くを見つめるような目で横を向いた。
 それは、見えないものを見ているような、不思議な目だ。キラには、その青い瞳が、
何か遠くの景色を千里眼のように見ているのではないかと思えた。
 ハマーンは数泊の間そうしていると、再びキラに目を戻した。
 「……ラクスを連れてフリーダムで脱出しろ」
 「えっ?」
 ハマーンは唐突に言うと、戸惑うキラを尻目に床を蹴ってブリッジの出口へと向かっ
た。
 「ハマーンさん!」
 呼び止めると、ハマーンはブリッジの出口で一旦足を止めた。
 「私が力になってやる。だから、お前たちは生きろ」
 ハマーンは背中越しにそう言い残し、足早にブリッジを後にしていった。
 要領を得ないキラは、暫しブリッジの出口を見つめて呆然としていた。
 ラクスが鼻を啜り、「キラ」と呼ぶ。キラは振り返り、そっとラクスに寄って慎重にその
肢体を抱き寄せた。
 その時、ブリッジが俄かに振動を始めた。一定で継続的な振動は、攻撃を受けたも
のではない。警報が鳴り響き、大気圏突入が始まったことを教えていた。
 ラクスの右腕が、キラの首に絡みついた。キラはラクスの左頬にキスをした。
 「キラ……あなたがいてくれて、本当に良かった……例え、ここで燃え尽きようとも…
…」
 「まだだよ、ラクス。僕たちは、まだ終わっちゃいない」
 涙を浮かべて観念したようなことを言うラクスを、キラは励ましながらブリッジの出口
へと導いた。キラの頭には、今しがたのハマーンの言葉が残っている。
 「行こう、ラクス……僕と一緒に生き延びてくれ……」
 「キラ……」
 キラはラクスの腰を抱き、急ぎ通路を流れた。ラクスはそのキラにしがみ付き、胸元
に額を押し当てて嗚咽を漏らした。
 
 エターナルを飛び出したサトーは、ユニウスセブンの破片が加速による断熱圧縮に
よって次々と燃え尽きていく光景を目にした。決死の破砕作業で粉々に砕け散ったユ
ニウスセブンが無数の流星となり、一つ一つが眩い光を放っている。
 「ユニウスで死んでいった魂たちが、無念だと言っている……!」
 サトーは右肩の痛みを忘れて怒りに打ち震えた。
 「許せぬ! 彼らの無念を――我らの怒りを、なぜ理解しようとせんのだ!」
 「間違っているからだ!」
 突然通信回線に割り込んできた声に、サトーはギョッとして目を見張った。
 スクリーンが示す警告に従って、その方向に目を向ける。仄かに赤みを帯びてきた
映像の中、サトーはジャスティスが肉薄してくる姿を見た。
 「サトー! お前が間違っていたから作戦は失敗したんだ! お前は、自分のエゴ
だけで地球を潰そうとした! 死んだ人間を口実にして!」
 「貴様さえ! 貴様さえまともであったなら!」
 サトーは絶叫しながらビームを連射した。そのビームがジャスティスの右肩を直撃
し、吹き飛ばした。しかし、ジャスティスはバランスを崩しながらもサトーの迎撃を掻い
潜り、接近を続けた。
 「俺はまともだ!」
 アスランは怒鳴り返してサトーのドム・トルーパーに組み付いた。
 「まともなものか! 父親と反対の道を行こうとする裏切り者の貴様が、まともであっ
てたまるものか!」
 「父も間違っていた! だから討たれた! けど、俺も間違えた! お前の真意に気
付けず、あまりにも迂闊だった!」
 絡み合うジャスティスとドム・トルーパーは、きりもみしながら真っ逆さまに地球へと
落ちていく。
 「ケジメは付ける! この、俺自身の手で!」
 「ザラの家督を継ぐ者なら!」
 「俺はアスランだ! パトリックじゃない!」
 ジャスティスがシールドの先端をドム・トルーパーの腹部へと突き込んだ。
 「恨んだから恨まれて、殺したから殺されて……それで平和はいつやって来る!?」
 「それはナチュラルが――」
 「俺は、ナチュラルとコーディネイターが共存していける未来を目指す! 過去に縛
られ、復讐に取り付かれた悪鬼は消えろ!」
 シールドの先端からビームソードが発生して、ドム・トルーパーのコックピットを貫い
た。ドム・トルーパーの単眼が不規則に瞬き、ブツンと消える。
 コントロールを失ったドム・トルーパーは、ぐらりとジャスティスから離れ、そのまま地
球に向かって加速していった。間もなく、ユニウスセブンの破片と共に流れ星の一つと
なるだろう。
 しかし、それはジャスティスも同じ運命だった。ファトゥム01を失っているジャスティス
には、もう重力を振り切るだけの推力は残されていない。再突入が可能な設計ではあ
るが、破損した状態で減速もできずに重力に引かれるままに落ちるのであれば、サト
ーのドム・トルーパーと同じく断熱圧縮によって加熱され、流れ星となる運命は自明で
あった。
 アスランは少しずつ燃え始めたスクリーンの映像を見つめながら、地球の中にカガ
リの顔を思い浮かべた。
 「カガリ……」
 念じるように、その名を呼ぶ。その途端、不思議な感覚が身体を包み、アスランはま
どろんでいるかのような境地に誘われた。
 誰かの声が、自分を呼んだような気がした。
 (母さん……?)
 幻を見たのだ。おぼろげな輪郭で顔もハッキリしないのに、アスランはその幻が、血
のバレンタイン事件で物故した母のレノアであると認識できた。
 そのレノアの肩を、いつとはなく誰かが抱いていた。隣に立つ、偉丈夫の幻。
 (父上……)
 パトリックは、微笑んでいるようだった。――否、そう思いたかっただけなのかもしれ
ない。しかし、二人が仲睦まじく現れてくれたということは、きっと自分を迎えに来てくれ
たのだろうとアスランは思う。
 (僕も、今そっちに――)
 アスランは両親の幻に向かって両手を伸ばした。しかし、二人の幻は徐に首を振り、
決してアスランを迎え入れようとはしなかった。
 (どうして……)
 ――駄目ですよ。アスランは、まだこちらに来てはいけません
 (ニコル……!?)
 その声が聞こえた次の瞬間、アスランは現実へと戻されていた。
 「――ラン! 生きてるか、アスラン!」
 「……カミーユ……?」
 我を取り戻すと、ジャスティスはいつの間にかウェイブライダーの背に乗っていた。
 アスランは首を振り、唖然とした。いつ、どのようにしてこうなったのか、とんと覚えて
いない。
 (俺は、あんな状況で夢を見ていたのか……?)
 アスランは、今しがたまで見ていた白昼夢のような経験を頭の中で反芻しながら、そ
んな自分をおかしく思った。
 (けど、夢にしては妙な現実味があった……)
 両親の魂と本当に再会したのかもしれないと、アスランは未だ半信半疑だった。そん
なオカルト染みた体験は到底信じられるものではないが、心に残る感触がそう錯覚さ
せているような気がする。
 「代表が心配したとおりだったよ」
 思案しているところに、カミーユの辟易したような声が届いた。アスランは気を取り直
し、「カガリの?」と聞いた。
 「前の戦争でも、自己犠牲的なことをやろうとしたんだろ? そういうの、待っていてく
れる代表とかに失礼じゃないの?」
 カミーユにそう言われて、アスランは、カミーユがカガリから自分に関して何かを言わ
れていたのだと察した。思い出したのは、カガリがΖガンダムのコックピットにカミーユ
と二人きりで篭った時のことだ。その時、密かに自分のフォローを頼まれていた。
 「そうか……」
 カミーユは、カガリに雇われている関係とはいえ、その君命に律儀に従ってみせた。
それも、再突入の最中という危険なコンディションの中で探し当ててくれたのだ。そう考
えると、途端にカガリとの関係を邪推していた自分が恥ずかしくなった。
 「すまない、カミーユ……俺のために……」
 「言いっこなしだぜ。――ん、アークエンジェルだ」
 湿っぽくなるのを嫌ったのだろう。カミーユは誤魔化すように下方に注意を促した。
 ウェイブライダーは滑空を続けていた。眼下には、再突入の初期段階にあるアーク
エンジェルが見えた。
 「帰れるのか、カガリの所に……」
 感慨深く呟くアスランに、「そうさ!」とカミーユは力強く告げた。
 「飛べ、アスラン! 今ならまだ大丈夫のはずだ!」
 「アークエンジェルに飛び移れと言うのか……!? カミーユは!?」
 「……軽くなったら行くさ!」
 アスランはそれを聞いて、ジャスティスの重量が邪魔をしているのだと思い込んだ。
だから、返答までに妙な間があったことを見逃していた。
 「分かった!」
 アスランはジャスティスを立たせ、脚力とバーニアをフルに駆使してウェイブライダー
から飛び上がった。飛び上がった瞬間、一瞬だけ機体のバランスを崩しかけたが、ア
スランは技術でそれをカバーし、アークエンジェルの真上に出た。
 「アークエンジェル、これより第二甲板にジャスティスを着艦させる!」
 アスランはそう告げて、アークエンジェルの衝撃波に触れぬよう慎重にジャスティスを
コントロールしつつ、甲板に着艦させた。
 「アスラン!」
 着艦するなり、通信回線が開いた。スクリーンには喜色満面のカガリが映し出されて、
喜びを爆発させるように声を上げた。
 アスランはそれに軽く微笑んで一瞥だけすると、すぐに上方を仰ぎ見た。カミーユの
Ζガンダムが続いているはずだと思ったからだ。
 しかし、そこには何も見えない。
 「……!?」
 アスランは思わず息を呑み、慌てて周囲にその姿を探した。
 「何で……!?」
 テールノズルから発する光の尾を見つけた時、それは既に遠くへと消えかかってい
た。アスランには、もう今さら追いかけることはできない。
 「今さらどこに行くって言うんだ、カミーユ!」
 ウェイブライダーは、アスランの叫びを他所に何処かへと滑空していく。アスランは、
それを見送ることしかできなかった。
 
 エターナルを出る時に、少しだけ衝撃波に煽られた。しかし、ハマーンは細かく操縦
桿を操作し、すぐにキュベレイのコントロールを取り戻した。
 「――来たか!」
 閃きが走って、ハマーンは目をそちらに向けた。底部のフライングアーマーを仄かに
赤く光らせながら、こちらに向かって滑空してくるウェイブライダーの姿が見える。
 ウェイブライダーはある程度までキュベレイに接近してくると、変形を解いて腕を伸ば
した。
 どうすればいいのか、ハマーンにも分かっている。キュベレイも腕を伸ばした。
 「ハマーン!」
 「力を貸せ、カミーユ!」
 Ζガンダムの右手とキュベレイの左手が、がっちりと繋がった。同時に、カミーユと
ハマーンの思惟もコネクトした。それは、ハマーンが初めてカミーユをありのままに受
け入れた瞬間だった。
 繋がった二人の認識力は急激に膨張を始め、やがて弾けた。そして、そのオーバー
フローした二人の認識力は、二人を中心に空間を満たしていき、どこまでも拡大して
いった。
 
 シンは、レジェンドを発見していた。燃え始めたユニウスセブンの破片の上で、レジェ
ンドは横たわっていた。四肢の殆どをもがれたレジェンドは、大気圏突入の中で動け
なくなっている。
 デスティニーも右腕と右翼を失っており、更に再突入の影響もあってコントロールが
困難になっている。それでも、シンはどうにかレジェンドの傍らまで辿り着いた。
 「レイ!」
 呼び掛けると、レジェンドの頭部がこちらを向いて双眸を瞬かせた。
 「……何をしに来た?」
 のっけからの冷たい仕打ち。シンは戸惑い、眉を顰めた。
 「何をって……レイを助けに来たんじゃないか」
 「いらん、帰れ。俺は、そんなことを頼んだ覚えはない」
 「はあ!?」
 その言い草は無い。レイの不遜な態度に、つい頭に血が昇りそうになる。
 だが、シンはすぐに気を落ち着けて、冷静になろうと努めた。レイが不機嫌な理由に、
思い当たる節があるからだ。
 「……もしかして、俺がフリーダムを倒し損ねたから怒ってるのか?」
 レイは捨て身でフリーダムのミーティアを破壊し、シンが対等な条件で勝負ができる
ようにお膳立てをしておいてくれた。全てはシンがフリーダムを倒すと期待してのこと
であり、だからシンはそれを果たせなかった自分にレイが腹を立てているのではない
かと考えた。
 しかし、レイは「そうじゃない」と答える。
 「じゃあ、何で!」
 他に理由は見当たらない。計りかねたシンは、声を荒げるしかない。
 レイはそんなシンを気にも留めず、「いいから行け」と突き放すばかり。
 「行けったって……」
 ユニウスセブンの破片に横たわるレジェンドは、どう見ても絶体絶命だった。右腕を
残して他の四肢を失っているレジェンドは、大破寸前のダメージを負っているように見
える。最早、この場を離脱することも叶わないし、このまま再突入すれば破片と一緒
に燃え尽きるのは火を見るよりも明らか。どうひっくり返っても、レイが自力で助かる
見込みは無さそうなのだ。
 「だったら、レイはどうするんだよ!?」
 詰るように訊ねる。レイの態度に、納得がいかないのだ。
 レイは、その問いに対しては少しの間を取った。不安を煽るような、嫌な間だった。
 「……俺に構うな」
 諦観したような声音。思わず、ドキリとさせられる。シンの中の不安が、風船のように
一気に膨張を始めた。
 「シン、そのデスティニーの状態では、俺を連れてミネルバまで辿り着けるかどうか
怪しい。だが、お前一人ならまだ帰れる可能性はある。だから――」
 「な……ちょっと待てよ!」
 シンは咄嗟に口を挟んで、レイを止めた。その先が、自ずと察せられたからだ。
 「俺に、レイを置いて一人で戻れって言うのか!?」
 レイは反論しなかった。図星だからだ。
 「ふざけんなよ! そんなこと、できるかよ!」
 シンは赫然と怒鳴った。生存を諦めたようなレイの態度が、気に食わなかった。いく
らクールで少し冷血な印象があるレイでも、これだけは許せない。
 「怒るな、シン。俺のことは、もういいんだ」
 「いいわけあるか!」
 超然と言うレイ。それもまた鼻につく。シンは益々前のめりになった。
 こうなったら、何が何でもミネルバに連れ帰る。何があったか知らないが、仲間を見
捨てられるわけが無い。レイの意思など、知ったことではない。しかし――
 「聞け、シン」
 レイが放った次の一言が、熱くなっていたシンを一瞬で凍りつかせた。
 「俺は、クローン人間なんだ」
 「……は?」
 シンは、一寸何を言われたのか分からなかった。
 「……くろーん? くろーんって、あのクローン?」
 バカのように聞く。そんなシンに、レイは「そうだ」と事も無げに頷く。
 「それも、生まれつきテロメアが短く、普通よりも老いが早い失敗作なんだ」
 「失敗作……? クローンって……レイが!? 何で!? だって、そんなの今まで
何も……!」
 上手く言葉にならない。土壇場になっての唐突な告白に、完全に気が動転した。
 レイは、追い打ちを掛けるように「隠していたからな」と告げて、話を続けた。
 「――最近、薬の服用量が増えてきた。老化を抑制する効果のある薬なんだがな、
シン、その意味が分かるか?」
 「……」
 言わんとしていることは分かる。だが、答えたくない。
 レイは、そんなシンの心情を察している。しかし、容赦はしない。
 「身体に誤魔化しが利かなくなってきているんだ。つまり、そういうことだ。俺は、そん
な明日をも知れぬ命なんだ。だから、こんなことで未来あるお前を巻き込みたくない。
分かってくれ、シン」
 淡々と語るレイに、シンは圧倒されていた。絶望的な自分の運命を当たり前に受け入
れて語るレイの心境を、シンは垣間見ることすらできなかった。健常体のシンに、レイ
の境遇や運命を理解することなどできはしないのだ。
 シンは沈黙した。レイの言葉に対する適切な返しが思いつかない。シンは、レイに言
い負かされた。
 「さあ、分かったなら早く行け。もう、時間も迫っている」
 黙るシンに、レイが告げる。
 「元気でな。ルナと仲良くやれ」
 これが、今生の別れになる。レイは、シンに最期の言葉を伝えた――つもりだった。
 レイには、誤算があった。デスティニーはジッとその場に佇み、いつまで経っても立
ち去ろうとしない。「シン!」――強く言って促しても、微動だにしない。
 それは、シンの諦めの悪さ。何度キラに返り討ちにされても、決して屈したりしなかっ
た。そのシンが、言い負かされたくらいで素直に引き下がるほど、お利口であるはずが
ないのだ。
 「……分かるかよ、そんなの」
 シンは、吹っ切れた。あれこれ考えるのが面倒になった、とも言う。
 「聞き分けのないことを言うな!」
 「お前の理屈なんか知るか!」 
 咄嗟にたしなめるレイ。だが、最早心のままに動くと決心したシンには通用しなかった。
 デスティニーは高エネルギー長射程ビーム砲をパージし、レジェンドに左腕を伸ばし
た。
 「明日死ぬかもしれないのは、みんな同じだ! でも、だからって今死んでいいって
ことにはならないだろ! 助かる可能性が残っているなら、それに賭けてみろ! 俺た
ちは今まで一緒に死線を潜り抜けてきた仲間だろ! 巻き込みたくないとか言うな!」
 「止めろ、シン! 俺のことは!」
 レジェンドが抵抗する。しかし、デスティニーはそれを上手くいなして、強引に脇の下
から手を差し込んだ。
 「うるさい! 俺は、守れるものは守るって決めたんだ! それが、力を手に入れた
俺の義務だ! だから、レイが何と言おうと、俺はお前を必ずミネルバに連れ帰る!」
 「お前にはルナが待っているだろう!」
 「死ぬかよ!」
 レジェンドを担ぎ、片方だけになったウイングを広げる。そして、岩を蹴って勢いよく飛
び上がった。が、その岩から放出されていた衝撃波に煽られて、大きく揺さぶられた。
 「言わんこっちゃない! 無茶だ、シン!」
 「この程度で!」
 「今からでも遅くない! 俺を捨ててお前だけでも――」
 「黙ってろよ!」
 デスティニーは、意地でもレジェンドを放さなかった。乱気流に煽られるように不規則
に回転しながらも、デスティニーは少しずつその歩みを進めていく。
 驚異的だった。翼を半分もがれ、直進も儘ならないはずなのに、デスティニーの歩
みは何故か力強い。それは、シンの気合が為せる業なのか。
 しかし、それも一時的なものだった。地球の重力の影響を受け、やがて機体のバラ
ンスが安定しなくなった。
 「だから、無理なんだよ……!」
 レイは、激震するコックピットで操縦桿を握り締めたまま固まっていた。地球に引っ
張られているという感覚がある。赤く燃え始めたカメラスクリーンの映像を見て、機体
が燃え始めたのだと知る。
 天を仰ぎ、眉を顰める。少し前から、身体が浮くような感覚がある。無重力帯の感覚
とは違う。ぬるま湯に浸かって浮いているような感覚である。それが、時間を追うごと
に強くなってきていた。
 「このままだと、一緒に燃え尽きるだけなんだぞ……? 俺に構わなければ、お前は
まだ助かるんだ……! 俺は捨てていいと言ってるんだ……! それが分からないの
か、シン……!?」
 しかし、レイはそう言いながらも、握った操縦桿を動かそうとはしなかった。この不安
定な状況で抵抗すれば、片腕のデスティニーなら流石に振り解くくらいのことはできる
だろう。それなのに、そうしようとしない自分を、レイは酷く浅ましいと思った。
 ――嬉しいのだろう?
 瞬間、レイは、咄嗟に目を見張った。不意に、何処からか自分の心情を見透かした
かのような声が聞こえた気がした。
 (幻聴……? 今のは、僕の声……?)
 それは、聞き慣れた声のように感じた。そして、その声が一瞬自分の声なのではな
いかと疑った。
 だが違う。その声は、確かに聞き慣れた自分の声である。しかし、レイの声ではない。
 ――分かるよ。彼が自分のために必死になってくれることが、嬉しいのさ
 (ラウ……!)
 よりハッキリと声が聞こえた時、レイにはそれが分かった。分かった途端、レイの視
界に宇宙が広がった。そして、星の輝きの中に一人の青年の影を見た。
 ――いい友人を持ったな。彼は純粋にお前を助けたいと思っている。なら、それに甘
えて全てを委ねてみるのも悪くない
 「ラウ! でも、アイツは! ……それに、ギルはもう……」
 ――今、ここで諦めるのは勿体ないな。もう少し、生きてごらん
 クルーゼは、微笑んでいるように見えた。その優しい微笑を、レイは久しく忘れてい
たような気がした。世界を憎悪していたクルーゼも、同じ宿命を背負ったレイや盟友の
デュランダルの前では、そのような顔をするものだった。
 ――私はギルを頼りきれなかった。いい友人であったのに……お前は、私のように
はなるな
 「ラウ!」
 叫んだ瞬間、幻は消えた。
 ぬるま湯の感覚は続いていた。コックピットの激震も続いている。スクリーンは、もう
大分赤く染まってきている。デスティニーは、まだレジェンドを抱えているようだ。困難
な状況が続いているのは、間違いなかった。
 しかし、ふと正面スクリーンの中にその姿を認めた時、レイは不意に溢れてくる涙を
止めることができなかった。
 「見えるか、レイ!」
 ノイズ混じりのシンの声が聞こえる。レイは、暫し言葉にならなかった。
 「ミネルバだ! ミネルバが、俺たちを迎えに来てくれたんだ!」
 「あ、ああ……ああ! 見えている、シン……見えている!」
 レイはヘルメットを脱ぎ捨て、涙を拭った。幻ではない。乱れたレーダーにも、辛うじ
てその表示が出ている。ミネルバは、現実に目の前に存在しているのだ。レイは、不
思議とそれが心底から嬉しくて堪らなかった。
 
 限界までユニウスセブンの破砕作業を続けたシャアは、いつの頃からか不思議な
感覚に包まれていることに気付いた。ユニウスセブンはいよいよ粉々になり、破砕作
業に携わった者たちも各々に撤収を始めている。その中で、シャアはその不思議な感
覚に囚われ、思わず立ち尽くしていた。
 「何だ、これは……!?」
 シャアは、目の届かない遠くの景色を知覚できてしまったことに戸惑いを覚えた。ミ
ネルバが見えた気がしたのだ。それだけではない、ミネルバ艦内や、その付近の様子
までもが知覚できた。
 ミネルバのブリッジでは、粛々と再突入の段階が踏まれていた。その中で、一人ミー
アがすすり泣いていた。シャアは、ミーアが自分を求めて泣いているのだと分かった。
 そのミネルバの近辺には、レジェンドを担ぐデスティニーの姿が見えた。身体を打ち
震わせるレイは、珍しく感傷的になっているようだった。
 「どうしたというんだ、私は……!?」
 俄かには信じられない感覚に、シャアは思わず自問した。眼下では多くのユニウス
セブンの破片が流星となって消えていき、リニアシートに座るシャアの周りの景色も
次第に赤らんできていた。しかし、シャアはそんなことよりも、自分に起こった異変の
方が遥かに空恐ろしかった。
 「ララァ、教えてくれ! 私は、ララァのようなニュータイプになったのか!?」
 その時、ふとカミーユとハマーンのイメージが浮かんだ。刹那、シャアは無意識に横
を向き、大気層の境目の辺りを凝視した。一瞬、幻のようなぼんやりとした光が見えた
気がする。シャアは、それでその方向に二人がいるのだと直感した。
 「そこに行けというのか……?」
 百式は、金色のボディをほんのりと赤く色づけながら加速を始めた。周りに、艦船は
見当たらない。もう、百式は単体で大気圏に突入するしかなくなっていた。
 
 ルナマリアは、何度目かの再出撃に備えていた。インパルスにはワイヤーが繋がれ
て、いつでも巻き戻せるようになっている。
 「凄い! 本当にお姉ちゃんの言ったとおりだった!」
 サブスクリーンの中のメイリンが、愕然とした様子で声を上擦らせた。ルナマリアは
それを一瞥しながら、素手で耳元のピアスに触れてみた。サイコレシーバーに触れる
指先に、微かな振動が伝わってくるのが分かる。その上、仄かに温もりも感じる。発熱
もしているようだ。
 (サイコレシーバーは機能している……でも、吐き気や頭痛はない……暖かくて、優
しくて……)
 それは、ハマーンの感覚なのだと思った。先ほど、カミーユの精神波から守ってくれ
ていた時と似たような感じを受けたからだろう。
 キュベレイが傍にいた時、ルナマリアは確かに安らぎを覚えていた。そこには、自我
を侵食されるような不快感や恐怖は無かった。それと同じような感覚が、先ほどからず
っと続いている。
 (だから、二人を見つけられた……ハマーンさんが教えてくれたから……)
 前方のハッチが開かれていく。その先には、デスティニーとレジェンドが見える。
 ルナマリアは手を戻して操縦桿を握った。そして、メイリンから発進の合図が出ると、
スロットルを開いてインパルスを加速させた。
 ミネルバを飛び出し、姿勢制御用のバーニアを何度か吹かして機体をコントロール
する。重力に引かれる感覚はあるが、まだ落下していると感じるまでには至っていな
い。しかし、時間があるわけでもないので、ルナマリアは手早く収容作業を済まそうと
少し急いでデスティニーとレジェンドに接近した。
 傍まで寄ると、相対速度を合わせてデスティニーが支えている反対側からレジェンド
をホールドした。途中で何かの拍子にホールドが解けてしまわないようにと、念入りに
アームとマニピュレーターを固定させる。
 「メイ!」
 スクリーンのメイリンが、「うん」と頷く。ミネルバがワイヤーを巻き取り始めた。
 「シン、レイ、もう大丈夫よ」
 インパルスに括り付けられているワイヤーに牽引され、凧のようにゆらゆら揺られな
がら、三体はゆっくりとミネルバへと手繰り寄せられていく。
 「よく見つけてくれたな?」
 接触回線が開いて、シンが「助かったよ」と感謝を述べる。意外だったのは、同じよう
に「ありがとう」と礼を言うレイの表情が、驚くほど清々しく見えたことだった。ポーカー
フェイスのレイも、笑顔くらいは見せることもある。だが、今サブスクリーンに映ってい
るレイの表情は、まるで憑き物が落ちたかのように華やいで見える。
 (頭の打ち所が悪かったんじゃないの……?)
 失礼とは思いつつも、ついそんなことを思ってしまうルナマリア。
 激戦があったことを想像させるデスティニーとレジェンドのダメージに、何かがあった
のだろうとの察しはつく。きっと、それはレイの心境を大きく変えるほどのものだったの
だろう。
 しかし、ルナマリアはそれに興味を惹かれながらも、今はそのことに思考を割きたく
はなかった。サイコレシーバーは、依然として反応し続けている。それは、まだハマー
ンからの何らかのメッセージが送られ続けていることの証左。
 (やっぱり、キュベレイの姿が見えない……)
 ミネルバに手繰り寄せられている間、ルナマリアは懸命にキュベレイの姿を探した。
 わけもなく鼓動が高鳴り、不安に駆られる。サイコレシーバーを介して意識の中に流
れ込んでくる思惟の感覚は、穏やかで優しいものなのに、それが却って怖かった。ハ
マーンが無理をするはずがないと確信しながらも、頭のどこか片隅でそれを否定する
意識がある。それは、勘だ。勘が、もしかしたらハマーンはどの艦にも収容されずに、
今も再突入を続けているのではないかと想像させた。
 それは万が一の可能性なのに、居ても立ってもいられない衝動に駆られる。気持ち
が落ち着かない。居ないと分かってるのに、ついキュベレイを探してしまう。
 シンがその様子をモニタリングしていたのだろう。「どうしたんだ?」と不意に訊ねられ
た。ルナマリアは咄嗟に、「う、ううん、何でもない」と返した。
 「それより、あと少しなんだから、気を抜いてはぐれないようにしなさいよ、シン」
 笑顔で言い繕って、ルナマリアは自らの不安をも紛らわそうとした。しかし、気を紛ら
わそうとすればするほど、余計に気になる。サイコレシーバーの反応が、止むどころ
か更に強さを増していることも、不安に拍車を掛けていた。
 ハマーンは、何かを訴えようとしている。それは、サイコレシーバーの反応が強くな
るに連れて鮮明になっていった。そして、不安もそれに比例して大きくなっていった。
 そして、ミネルバまで残り五百メートルほどになった頃、ルナマリアはとうとう分かっ
てしまった。
 「えっ……!?」
 それは、ルナマリアをピンポイントで狙ったメッセージではない。不特定多数に向け
られたメッセージで、多少のその手のセンスがあれば、いずれ誰にでも理解できるも
のだった。サイコレシーバーを身に付けている分、ルナマリアが早く理解できたという
だけの話である。
 しかし、ルナマリアの不幸は、その感覚に慣れていないことだ。
 「ラクス・クラインとフリーダムのパイロットがまだ……!?」
 ルナマリアは、つい口をついて出た言葉にハッとなった。慌てて口を塞いだが、もう
遅い。口から出た言葉は、二度と戻らない。接触回線を通じて、他の二人に聞かれて
しまったと思った。
 恐る恐る顔を上げる。先ず目に入ってきたのは、神妙な顔つきに戻ったレイだった。
 「そうか、この身体に纏わり付くような生温い感覚は、そう言っているのか」
 その口振りから、レイも半ば理解しかけていたのだと知る。
 「しかし、気にする必要はない。ラクス・クラインは自ら降板し、ミーア・キャンベルに
役を譲る道を選んだんだ。キラ・ヤマトがそれに付き合うというのなら、好きにさせてや
ればいい」
 レイは否定的な見解を示した。レイらしい意見だと思う。しかし、それだけではルナマ
リアは安心できない。
 ふと、シンに目を移す。シンは、横を向いて遠くを見ていた。それを目にした瞬間、ル
ナマリアは先ほどから感じていた不安の本当の意味を理解した。
 「そうか……勘違いじゃなかったのか……」
 「違うの、シン! お願いだからこっちを向いて!」
 ルナマリアは、つい感じたままを口走ってしまった自分の迂闊さを呪った。こんなに
自分が許せないと思ったのは、初めてだった。
 「何となく、誰かが呼んでるんじゃないかって気がしてたんだ」
 微かに振動する。数泊の間があって、気付いたレイが「まさか!」と叫んだ。
 「シン、お前――!」
 「ルナ、レイをしっかりミネルバに連れてってくれ」
 ルナマリアは、心の中で何かが音を立てて崩れていくのを感じた。それを、絶望と呼
ぶのだろう。デスティニーはレジェンドを掴んでいた手を放し、離れようとしていた。
 「待ってよシン! 今から助けに行ったって、一緒に燃えちゃうだけよ!」
 「やっぱ、助けが必要なんだな?」
 「……っ!」
 ルナマリアは思わず口を押さえた。だが、もう遅かった。シンの決意は固まっていた。
 デスティニーが、波にたゆとうようにゆっくり遠くなっていく。デスティニーとの回線状
況は、再突入の影響で瞬く間に乱れ、ノイズ塗れになった。
 不快なノイズが、ルナマリアの耳を激しく害する。しかし、ルナマリアは必死にマイク
に向かってシンを呼び続けた。
 「行かないで! あたしたち、デートだってまだじゃない!」
 耳がおかしくなりそうなほどの激しいノイズが飛び交う。そのノイズの嵐の中に、ルナ
マリアは懸命にシンの声を探した。
 ――帰ったら、しよう
 その約束の言葉だけ、辛うじて聞き取れた。
 その時、デスティニーが背を向けて、スラスターのウイングを開いた。
 「ルナ、俺に構わずシンを止めろ!」
 レイが叫ぶ。ルナマリアはその声に一瞬突き動かされそうになったが、しかし、グッ
と我を押し殺して堪えた。レイが、その様子に眉を顰めた。
 「どうしたんだ!? シンが帰ってこられなくなってもいいのか!? お前とシンは―
―!」
 「ダメ! シンはあたしにレイを任せるって言った! だから……!」
 「バカな……!? そんな理由でアイツを諦めるのか!?」
 「そうじゃないっ!」
 デスティニーは加速を始めた。炎を纏いながら、徐々に小さくなっていく。
 「あたしは諦めてない! 諦めたわけじゃない……! だけど……」
 喉を詰まらせながら、懸命に言葉を搾り出す。自分を責めるように。
 「あたしじゃ、シンを止められない……!」
 「ルナマリア……」
 「シンは、必ず帰ってくる……そう願うしかないのよ……!」
 涙で視界が霞む。デスティニーの姿は、もう見えない。
 (シン……ハマーンさん……)
 ルナマリアは目を瞑り、心の中で強く祈った。
 
 アークエンジェルのカメラが捉える映像は、まだ辛うじて様子が分かるくらいには鮮
明だった。帰艦したネオたち四人はラウンジに集まり、大型スクリーンの映像に釘付け
になっていた。
 「何だって!? カミーユがまだどこにも回収されてない!?」
 内線でブリッジに確認を取るネオが声を上げると、スティングとアウルの二人が一斉
に振り向いた。
 「おい、そりゃどういうことだ!? ジャスティスと一緒だったんじゃないのか!?」
 スティングがネオを押し退け、マイクを奪って画面の中のミリアリアに詰め寄った。し
かし、ネオがすぐさまスティングからマイクを奪い返し、「確定なのか?」と念を押した。
 「アスランを送り届けた後、どこかに向かって行ったって……」
 「何考えてんだ、アイツは……!?」
 「こちらでも手は尽くしているんですけど、再突入の影響もあってなかなか……」
 「ウェイブライダーには、突入能力があったはずだ。地球で拾えるとは思うが……」
 ネオは難しい顔をしてかぶりを振った。「それは確かなんだろうな!」とスティングが
迫る。
 アウルはその様子を傍で眺めながら、ふとステラが大人しいことが気になって、そち
らに目を向けた。ステラは一人、大型スクリーンの前で佇んで、ジッとそれを見上げて
いる。
 カミーユのこととなると騒ぎ出すステラらしくないと感じた。アウルは怪訝に思って、
それとなくステラの前に回りこんで表情を窺った。
 「……っ!」
 一瞬、息を呑んだ。
 ステラは、スクリーンを見つめながら涙を流していた。呆然と立ち尽くし、直立不動
のままひたすら涙を流していた。
 「ステラ……?」
 「アウル……カミーユが、カミーユが帰っちゃう……」
 「帰るって――」
 映像の乱れが、少しずつ強くなっていく。アウルはステラがしているようにスクリーン
を見上げ、その中に何が見えるのか探してみた。
 「……光?」
 ノイズが暴れる中、アウルは淡く煌いている光点を見つけた。それは、紅と白の光が
絡まり合っているような光だった。
 「あれが、カミーユなのか……?」
 ステラは答えない。アウルは、それが肯定の返事なのだと直感した。
 「そうか……だったら、さっきから続いているこの感覚も……」
 きっと、カミーユのせいなのだろうと思った。
 ステラが「うん」と頷き、アウルの手を握った。微かに震えている。アウルはその手を
握り返し、少しでもその切なさを紛らわせてあげたいと思った。
 (言ったじゃねーか、カミーユ……! ステラを泣かせやがって……くそっ!)
 心中で悪態をつきながらも、アウルの視界も霞んでいった。
 
 シャアはヘルメットを脱ぎ、汗を拭った。コックピット内は、既にかなりの高温になっ
ている。百式の外装も、焼け始めていた。しかし、それでもシャアは紅白の淡い光に
向かい続けた。そこにいるカミーユとハマーンが呼んでいるような気がしたからだ。
 「――見えた!」
 断熱圧縮と輻射加熱で赤く色づきながら、百式はΖガンダムとキュベレイの斜め下
方向に出た。Ζガンダムとキュベレイは手を繋ぎ、その周囲に鱗粉のような紅白の光
を撒き散らしていた。Ζガンダムは紅の光を放ち、キュベレイは白い光を放ち、それが
複雑に絡み合って一つの光に纏まっている。
 「ハマーン、カミーユ……何を起こそうとしているんだ……!?」
 Ζガンダムとキュベレイには、百式は見えていないようだ。ただ手を取り合い、地球
に向かって落ち続けている。光がバリアのようになっているが、二体とも百式と同じよ
うに断熱圧縮の影響は受けているようだ。
 ふと、訴えかけてくる感覚がある。シャアは、その感覚に促されるままに二人が見て
いる方向へと目を向けた。
 「あれは――!」
 目を見張る。シャアはそこに、紅と蒼の翼が邂逅する様を見る。
 
 エターナルは加速を続け、真っ赤に燃え上がっていた。焼け焦げてボロボロになった
パーツが飛び散り、少しずつバラバラになっていくその姿を、キラとラクスは数千メー
トル上方から見ていた。
 フリーダムは、エターナルを脱出してからずっと上昇を掛け続けていた。しかし、ウイ
ングの半分を失い、推進力が半減している上にバランスまで損なっている今のフリー
ダムでは、どんなに力を尽くしても重力に引っ張られる一方。キラも何とかならないか
と手は尽くしているのだが、フリーダムが上昇する見込みは無さそうだった。
 コックピットは、灼熱化し始めていた。フリーダムの外装も、かなり燃え始めている。
 その熱と腕の痛みに、ラクスが呻いた。
 「大丈夫?」
 「は、はい」
 ラクスは汗だくの顔で微笑んで、強がって見せた。
 (ラクスも厳しい……やっぱり、このまま燃え尽きる運命なの……?)
 絶望的な状況が、キラを弱気にさせる。頭の中が、燃え尽きる瞬間や死のイメージ
で埋まっていく。
 (……いっそのこと……)
 一思いにラクスと心中するのも悪くないと思い始めた。
 しかし、そうやって絶望に心を挫かれそうになった時、その振動は起こった。
 「まだまだ、もう少し粘れますよ!」
 それは、幻聴ではない。確かに通信回線から聞こえてきた声だ。
 「あ、あなた方は!」
 鮮明な音声は、接触回線だから。その女性の声に、ラクスは急に前のめりになり、
目を見張った。腕の痛みも忘れていたのだろう。急に動いて左腕に走った激痛に、「う
うっ!」と顔を顰めた。
 「お身体に障ります。ラクス様はご安静に願います」
 「お助けに参りましたよ、ラクス様!」
 今度は、二人の男性の声が聞こえた。後方を映している画面には、三体のドム・トル
ーパーがフリーダムを下から支えている様子が見えた。
 「ヒルダさんたちが!?」
 「そうだ、キラ・ヤマト!」
 キラが驚いて声を上げると、真ん中のドム・トルーパーが不敵に単眼を瞬かせた。
 「悔しいが、ラクス様はお前に任せる! その代わり、何としてでもお救いしろ!」
 「ヒルダ・ハーケンさん……!」
 「私たちでフリーダムを上に押し出す! いいな、こちらとタイミングを合わせるんだ
!」
 ヒルダはキラに告げると、「ラクス様!」と呼び掛けた。
 「最後なので言わせてください。私はあなたが好きでした。高潔で麗しいあなたのこ
とを、許されぬことと知りながら愛してしまったのです」
 「許します! 全て許しますから、早く離脱を!」
 ラクスは必死に呼び掛けた。しかし、ラクスの言葉も、最早決意を固めているヒルダ
たちには届かない。ヒルダたちは、初めてラクスの言葉に逆らったのだ。そして、それ
が最初で最後だった。
 ヒルダが、フッと笑った。
 「お元気で! ――ヘルベルト、マーズ! 出力全開だ!」
 ヒルダが号令を掛けると、ヘルベルトとマーズが「おう!」と威勢良く応じた。
 途端、フリーダムに下からググッと押す力が加わり、キラはそれに合わせて一気に
スロットルを全開にした。
 「ヒルダさん! ヘルベルトさん! マーズさん!」
 ラクスは後方カメラの映像を見つめ、絶叫した。
 三体のドム・トルーパーは、暫くの間フリーダムを押し上げ続けていたが、やがて一
体ずつバーニアが焼き切れ、煙を噴いて地球に落ちていった。そして、最後まで残っ
ていたヒルダのドム・トルーパーもやがて力尽き、微笑むようにモノアイを瞬かせると、
身を投げ出すように落下していった。
 ドム・トルーパーは断熱圧縮と輻射加熱による加熱で真っ赤に燃え上がり、腕や脚
をもがれながらゆっくりと分解していった。ラクスは、最後の一体が燃え尽きるまで、
その様子をジッと目に焼き付けていた。
 「お父様……!?」
 全てのドム・トルーパーが燃え尽きた瞬間、ラクスはふとそこに父シーゲル・クライ
ンの面影が垣間見えたような気がした。ラクスはそれで、ヒルダたちにシーゲルの思
いが乗り移っていたのではないかと思った。
 「……でも、そうだとしたらお父様は、何とむごいことをやらせるのでしょう……」
 ラクスは涙を流し、呟いた。キラには何の脈絡も無い呟きに聞こえたが、そういうこ
とを呟きたくなる気持ちは分かる気がした。高濃度のスピリチュアルな感覚が水のよ
うに空間を満たしていて、その中に浸かっているという認識がある。それが脳を刺激し
て、幻のようなものを見せているのではないかと思った。
 何か、得体の知れない力に導かれている――フリーダムはドム・トルーパーの勢い
を借りて、少しだけ高度を上げていた。
 「……! これが、ハマーンさんの言っていたことなのか……!?」
 キラは激しいバイブレーションを起こす操縦桿を力で押さえつけながら、正面のメイ
ンスクリーンを凝視した。そこに、紅く光る片翼の羽ばたきを見たのだ。
 
 シンに、不思議と迷いは無かった。そこに近付くほどに感覚が濃くなっていくのを実
感できたからだ。シンの本能は、正しい方向に向かっていることを知っていた。
 そして、キラが見たように、シンにも蒼く光る片翼が見えていた。
 「あれか!」
 デスティニーをそちらに向かわせ、接近する。しかし、それは地球に積極的に落ちて
いく行為であり、マッハ3を軽く超えた速度を出すデスティニーは、熱の壁によって著し
く加熱され、全身から炎を発するように激しく燃え上がった。
 「デスティニー! 持ってくれぇーっ!」
 全身が焼かれるような高熱の中、シンは絶叫し、フリーダムに向かって腕を伸ばした。
 「掴まれ! 生きたかったら、俺の手を取れぇーっ!」
 デスティニーは懸命に腕を伸ばし、フリーダムに迫った。
 キラは、そのシンの叫びを認識した。物理的に聞いたのではない。頭の中で理解し
たのだ。手を伸ばすデスティニーの姿から、シンの思惟をダイレクトに汲み取ったのだ。
 「キラ……!」
 ラクスの右手が、操縦桿を握るキラの手に添えられる。青い瞳が、真摯な眼差しで
キラを見詰めた。ラクスも生き延びたいのだ。
 キラは頷き、操縦桿を押す腕に力を込めた。しかし、激しく暴れる操縦桿は、キラと
ラクスの生存欲求を拒絶するかのように強い抵抗を見せた。
 「くそっ!」
 出力を上げられない。フリーダムは、再び高度を下げ始めた。
 だが、そんな時だった。キラはふと、自分の両手にラクスとは別の誰かの手が添え
られているような感触を得た。そして、その感触に気付いた時、キラの意識の中に知っ
た声が聞こえてきた。
 ――力を貸すぜ、キラ!
 「トール……!?」
 少年の声に反応し、キラは咄嗟に右を見た。一瞬、知っている少年の幻が見えた気
がした。
 ――大丈夫、あなたはまだ飛べる
 今度は少女の声が聞こえて、キラは左に首を振った。赤毛の少女の幻が一瞬だけ
現れて、微笑んだように見えた。
 ――私たちの思いが、あなたたちを守るから
 「フレイ……!」
 驚きも戸惑いも無かった。こういうことが起きても不思議ではないと、何故か思えた。
 「……ありがとう」
 それまで頑なに押し込まれるのを拒んでいた操縦桿が急に軽くなる。キラは、スッと
スロットルレバーを奥に押し込んだ。
 蘇るフリーダム。不死鳥の如く、再び力強く舞い上がる。
 「届けぇーっ!」
 フリーダムがデスティニーに向かって上昇する。シンは、それがキラの生き延びた
いと願う魂の叫びなのだと感じた。
 懸命に伸ばすフリーダムの腕を、デスティニーのマニピュレーターが掴んだ。フリー
ダムのマニピュレーターもデスティニーの手首を掴んだ。しかし、地球の重力は容赦
なく二体のモビルスーツを引きずり込もうとする。
 「上がれぇーっ!」
 全ての画面は真っ赤に染まり、シンの身体も燃えるように熱くなって大量の汗が噴き
出していた。水分と塩分が急速に失われ、シンの身体機能も瞬く間に低下していく。
 だが、不思議と恐怖は無かった。誰かが、シンを上に引っ張り上げようと懸命に腕を
引いてくれている感覚があったからだ。
 ――頑張って、お兄ちゃん!
 「マユ! もう少しだけ……もう少しだけ力を貸してくれ!」
 自分が一人ではないことを実感できる。だから、まだ頑張れる。
 ――お前の力は、こんなもんじゃないだろ?
 胸のフェイスのエンブレムが、輝きだした。それは幻覚だ。しかし、シンの目は、意識
は、その輝きをハッキリと認識している。
 ――まだ、翼は残っている。お前は、もっと飛べるはずだぜ、シン・アスカ
 「ハイネ!」
 フェイスの、羽の形をしたエンブレムが巨大化して、デスティニーの欠けた翼を補う
イメージが頭の中に浮かんだ。刹那、シンは全てを悟った。
 「デスティニー! 力を……力を見せてみろぉーっ!」
 シンの絶叫が、デスティニーの限界を超えた力を呼ぶ。紅に輝くデスティニーの光
翼が彗星の尾のように長く伸び、巨大な翼となった。直後、それに呼応するようにフリ
ーダムの蒼く輝く光翼も、同様に長大化した。
 デスティニーとフリーダムに一枚ずつ残された翼が、一対の翼となる。それは、さな
がら一羽の鳥の羽ばたきの如く――
 
 ハマーンは、紅い運命と蒼い自由の双翼が羽ばたく様を目にして、涙を流していた。
そんな自分を信じられないと思いながらも、この光景を目にして感動している自分がい
ることにも気付いていた。
 「これは、お前が見せているものなのか?」
 微かに震える声で、カミーユに問う。カミーユは、「違う」と答えた。
 「これは、ハマーンが望んだ光景だ。ラクスを助けたいと願ったハマーンの――」
 「そうか……」
 最早、カミーユの言葉を否定する気にはならなかった。
 「ラクス……やはりお前は私の思ったとおり、恐ろしい女だったよ」
 今こうなってみて、ハマーンは改めて思い知っていた。初めてオーブの海岸で遭遇
した時に抱いた脅威、あれは、こうなることを予見したものだったのではないかと。
 「この私に、こんなことまでやらせてしまったのだからな……」
 ハマーンはそう言って、くっくっと笑った。それは、当初の心境からは到底考えられな
いような結末になったことに対する自嘲だ。ハマーンは、つい先刻までこのような場面
を想像だにしていなかった。
 「それに、私にこんなことができるとも思わなかった……」
 誰かを助けるためにニュータイプの力を使うことになるとは、思いもしなかった。しか
も、かつては激しく拒絶したカミーユと協力してまでである。
 だが、ハマーンは今、それがニュータイプの正しい在り様なのだろうという気がしてい
た。好意を抱く誰かを助けたいと願った時、人はこれほどまでに力を発揮できるものな
のだということを、ハマーンは知ったのだ。それは、正に感動だった。
 しかし、そうして感動するハマーンを、カミーユは不幸な女性だと思った。ハマーンは
今まで、そんな当たり前のことすら知らなかったのだ。多感な十代の青春を、そういう
優しさを奪われた環境で過ごしてきたのだろうと想像する。
 (親父にもお袋にも放って置かれた俺と、どっちが不幸だろう……?)
 カミーユはそう考えて、ふとファ・ユイリィを思い出した。
 両親が仕事で不在の時は、お隣さんの彼女の家族によく面倒を見てもらっていた。
ファも、よくカミーユを気にしてくれる優しい女の子だった。時に鬱陶しく思うこともあっ
たが、カミーユとっては大切なガールフレンドである。お陰で道義心だけは失わずに
済んだという実感があった。
 「きっと、大尉はハマーンに何もしてあげなかったんだ……」
 カミーユはそう呟いて、斜め下方向に位置している百式を見やった。百式は先ほど
からジッとデスティニーとフリーダムを見つめたまま、カミーユの気も知らないようで
ある。
 だが、百式の向こうに見える地球の模様が、不意に二重になって見えた時、そんな
ことは問題ではなくなった。カミーユは、それで何とはなしに悟ったのである。
 「ああ……これで帰るのか……」
 作戦の開始前、カガリからアスランのフォローを頼まれていた時、ステラが必死にそ
れを阻止しようとしていたことを思い出す。カミーユは今になって、あの時、ステラが既
にこうなることをおぼろげに予感していたのだと気付いた。
 「だからか……」
 カミーユは得心した。そして、このような唐突な別れになって、多少の名残惜しさも感
じた。しかし――
 「みんな、ゴメン。僕はもう、動かなくちゃ。だって――」
 ――カミーユ、大丈夫よね!?
 ファ・ユイリィの懐かしい声が呼んでいるのだから……
 
 キュベレイとΖガンダムを取り巻いていた紅白の光が、拡大していく。それは、百式
にも及んでいた。シャアはその光に包まれて、コズミック・イラとの別れの時を悟った。
 夢が覚めていく――そんな感覚だった。シャアはデスティニーとフリーダムが共に
羽ばたこうとしている姿を見つめ、せめてこの光景だけは忘れまいと目に焼き付けて
いた。怨讐を超えたシンの姿に、感じるものがあったからだ。
 しかし、シャアはそうしながらも、既にユニバーサル・センチュリーの世界へと思いを
馳せていた。
 「……随分、長い夢を見ていた。コズミック・イラの宇宙(そら)に、ララァはいない。私
は、私の宇宙(そら)に還るのだ。そして、アムロ……お前ともいつの日か――」
 シャアの意識は、その言葉と共に覚醒していった。
 
 その光景は、ミネルバ、アークエンジェルの双方で観測されていた。一同はその光
景を固唾を呑んで見守り、或いは涙を落とした。
 ミネルバのブリッジの奥に控えていたミーアは、乱れる映像の中にシャアの光を探し
た。ノイズが暴れまわる中、霧のような紅白の光が膨張して、収縮していくのが見えた。
 ミーアはそれを目にして、床にへたり込んだ。既に、完全に重力を感じられるようにな
っていた。
 サングラスを取り出し、見つめる。それは、いつぞやの時にシャアが置いていったも
のである。そのサングラスの表面に、緩やかな曲線で歪んだ、自分の泣き崩れた顔が
映り込む。
 「キャスバルぅ……!」
 ミーアはその名を呼び、サングラスを見つめ続けた。零れた涙がサングラスの表面
に落ち、伝った。しかし、どんなに目を凝らそうとも、もうその奥にシャアの眼差しを見
ることはできなかった。
 同じ頃、ミネルバの甲板に着艦していたルナマリアは、成層圏の空に羽ばたく鳥の
姿を見ていた。そして、ミーアと同じように霧のような光が消えていくのを目の当たりに
していた。
 その霧のような光が弱くなっていくにつれて、サイコレシーバーの反応も弱くなって
いく。
 ――さらばだ
 「行ってしまうんですか、ハマーンさん……? シンは……シンはどうなったんです
か……?」
 「ルナ……?」
 うわ言のように呟くルナマリアを、インパルスの傍らに横たわっているレジェンドのレ
イが訝る。しかし、ルナマリアはそれを気にも留めず、ただのピアスに成り下がろうと
しているサイコレシーバーに縋るように触れ、問い続けた。
 「教えてください、ハマーンさん……教えてください……」
 霧のような光が消えると、サイコレシーバーの振動も止まった。熱も、少しずつ冷め
ていく。そして、それ以降、サイコレシーバーが反応を示すことは、二度と無かった。
 
 「――あっ、鳥さん!」
 空を見上げていた男の子が、指を差してキャッキャ、キャッキャと喜んだ。地球で情
勢を見守っていた人々は、光が降り注ぐ天を仰ぎ、その美しさに、ただただ目を奪われ
続けた。
 その日、北アメリカ大陸上空に無数の流星が降り注ぎ、その中を紅と蒼の翼を持った
一羽の鳥が飛翔していった。C・E(コズミック・イラ)74、とある一日の出来事だった……
 
 ~~~~~~
 
 条約締結に向けた首脳会談のためにオーブを発したシャトルが、無事にプラント首
都アプリリウス・ワンの宇宙港に入港しようとしていた。
 ルナマリアがその出迎えの警護の任務を言いつけられたのは、つい先日のことだ。
停戦後に退役し、現在はデュランダルのもとで秘書見習いとして働いているレイから、
直前になってから急に伝えられたのである。
 月のダイダロス基地攻略戦後に行方不明となっていたデュランダルは、ユニウスセ
ブンの落下が未然に防がれた直後に、最高機密扱いではあるが、生存が発表された。
サトーの差し金で潜入していた暗殺者に襲撃され、凶弾に倒れたデュランダルであっ
たが、そのサトーの素性を調査する目的で同じくプラントに潜入していたバルトフェル
ドの腹心、マーチン・ダコスタが偶然にその場に居合わせてくれたお陰で、何とか一命
を取り留めていたのである。しかし、ダコスタも密入国した身分であったため、潜りの
医者しか頼る伝は無く、治療を受けている間は身動きが取れない状態だった。
 そんな縁もあり、療養を終えたデュランダルはオーブとの関係改善に積極的に取り
組み、政務復帰後の最初の会談相手にカガリを指名した。そして今日、その日を迎え
たのである。
 出迎えの参列者の中には、今や本物のラクス・クラインとして完全に認知されている
ミーアの姿もあった。ミーアが偽者だということは、ラクスと近しい関係だったカガリも
知るところであったが、会談前の調整段階でそのことは議題にしないことが決定され
ていた。
 後にレイを通して知ったことであるが、停戦後間もなく、事前にラクスが遺していたメ
ッセージがカガリのもとに送られてきたのだという。その内容は、かいつまんで言えば、
自らは身を引き、ミーアにその役目を譲るというものだった。それを知ったカガリはラク
スの意思を尊重し、ミーアのことに関しては金輪際、問題にしないことを決めたのだと
いう。
 そのカガリを乗せたシャトルが、今ゆっくりと港を進んで接舷しようとしていた。
 杖をつくデュランダルの傍らには、レイが控えている。ルナマリアはそれを一瞥して、
クスッと笑った。政務服姿が板に付いてないからというだけではない。ネオ・ロアノーク
=ムウ・ラ・フラガと顔を合わせるかも知れないと思うと気が滅入る、とぼやいていたこ
とを思い出したからだ。
 (でも、どうしてあたしが出迎えの警護要員に駆り出されたのかしら? どう考えても
ミネルバ付きの仕事じゃないと思うのよねえ……)
 いまいち納得できないのは、直前になって強引に捩じ込まれるように警護に当たるこ
とになったという点である。しかも、正規の命令系統からの達しではなく、レイから口頭
で伝えられたという点も腑に落ちなかった。
 (レイが言ってきたってことは、デュランダル議長の勅命なんだろうけど……)
 考えても答えは出ない。そうしている間に接舷作業が終わったようで、ルナマリアは
警護の任に集中するために思考を切り替えた。
 シャトルのドアが開き、カガリが姿を現した。他の帯同者らが無重力の感覚に苦戦す
る中、アスランを従えたカガリは物慣れた様子で宇宙遊泳を行い、デュランダルの前
に降り立った。
 「順調そうで何よりだ、デュランダル議長」
 「お陰さまで、アスハ代表」
 笑顔で握手を交わす両者ではあるが、カガリの方にはまだ少し蟠りが残っているよ
うで、やや笑顔がぎこちない。オペレーション・フューリーのことが尾を引いているのだ
ろうなとは想像できたが、それでもカガリはプラントとの未来志向の関係構築には前
向きな姿勢で臨んでいるように見えた。蟠りも、これからの対話で少しずつ解消され
ていくのだろう。そう期待させてくれる雰囲気だった。
 ルナマリアは不審者を警戒しながら、チラチラとデュランダルとカガリの様子を窺っ
ていた。それというのも、二人が何やらこそこそと話して、こちらを指差しているようだ
ったからだ。
 どうにも落ち着かない。が、カガリは二言三言、言葉を交わすと、徐にルナマリアの
所にやって来た。
 金色の髪をふわりとさせて、床に降り立つ。小柄なのに、どこか大きさを感じさせる
少女だった。これが、国家元首の威厳というものだろうか。
 「ルナマリア・ホークか?」
 「は、はい。そうですけど……」
 「お前に、会わせたい奴がいるんだ」
 戸惑うルナマリアを他所に、カガリはシャトルの入り口に向かって、「降りて来いよ」
と声を掛けた。その声に、ルナマリアは何故か緊張して胸を高鳴らせた。
 シャトルの入り口から、誰かのシルエットが現れた。背丈はそれほどあるわけではな
い。ルナマリアと同年代の、身体つきから言えば少年のようだ。
 その少年が一歩足を踏み出して、シャトルのハッチを蹴った。刹那、その足元から日
が差すようにサッと影が取り払われた。
 私服のパーカーに身を包んだ少年が、無重力を流れた。ルナマリアは、その姿に目
を見張った。黒い髪に、紅い瞳。驚きと喜びが同時に押し寄せて、ルナマリアの瞳が濡
れる。
 「シ、シン――!」
 声を絞り出し、その名を呼ぶ。
 「ルナ……? 来てたのか!」
 ルナマリアが驚いたように、シンも驚く。デュランダル、レイ、カガリが示し合わせたよ
うに顔を合わせて、笑顔を見せた。
 見たかった顔、聞きたかった声。笑顔で向かってくるシンが、両手を広げた。
 「シン!」
 ルナマリアは全身を震わせ、かぶりを振り、全身全霊で感情を表現すると、思うまま
に床を蹴って一目散にシンに飛びついた。シンは空中でルナマリアを抱き止め、優し
く頭を撫でた。
 「何で……ううん、今まで何してたのよ?」
 間近で目を見つめて、問い掛ける。
 「怪我の治療とか、家族の墓参りとか、オーブで色々」
 「そう……でも、無事だったんなら連絡くらいしなさいよね……!」
 ルナマリアの手が、シンの頬をいとおしむように撫でる。シンが、こそばゆそうに目を
細めた。
 「すぐに会えると思ってたんだけどさ、色々してる内に時間ばっか経っちゃって……
ゴメン、遅くなって」
 「いいの、いいのよ……だって、ちゃんと帰って来てくれたんだもの……シン……!」
 ルナマリアはシンの背中に手を回し、その胸に顔を埋めた。少し汗臭いシンのにお
いがした。
 
 SEED DESTINY × ΖGUNDAM ~コズミック・イラの三人~ fin