SEED DESTINY “M”_第13話

Last-modified: 2009-03-08 (日) 01:54:38

『みなさん、どうか心を静めて、私の心を聞いてください』
 プラント、アプリリウス1。
 街頭の液晶ビジョンに、ピンクの髪の少女が映し出された。
「ラクス様だわ」
 誰かが言ったその言葉に、アスランははっと顔を上げる。
 ピンクの長い髪、あどけなさを残す顔、確かにラクス・クラインの姿に間違いない。
 だが、彼女はオーブにいるはずだった。
「ああ……」
 アスランは既に知っていた。彼女がデュランダルが作り上げたラクスの偽者、自らの政治的立場、主張を固める為の代弁者だと。
 ────君も……これで、いいのか? ミーア。
 ミーア・キャンベル。ラクスの偽者は、名をそう言った。

 
 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY “M”
 PHASE-13

 
 
 

「笑ってくれて構わんよ」
 訪問したアスランにそれを問われると、デュランダルは自嘲気味に薄く苦笑して、そう言った。
「我ながら小賢しいことだと情けなくもなるな。だが、仕方ない。彼女の力は大きいのだ。私などより、遥かにね」
「それは……」
 アスランは言葉を選ぼうとした。何せ本物は高い影響力を持ちながら、戦後は脱走犯の訴追を逃れてオーブに閉じこもってしまった。
「君に見せたいものがある。ついてきて欲しい」
「あ、はい」
 デュランダルが言い、アスランはそれに従って、彼とともにアプリリウス1の軍港施設へと向かった。
 アスランがデュランダルにつれてこられたのは、そこに立ち並ぶ、巨大な倉庫、MSハンガーのひとつだった。
 デュランダルが、コントロールルームに顔を出す。すると、薄暗かったハンガーのメインホールに、照明がついた。
 一瞬眩さに目が眩む。反射的に目元を手で覆ったアスランだったが、やがて目が慣れて
くると、そこにMSのシルエットを確認した。
 鉛色の外観……PS装甲、ツインアイの頭部、Gタイプのモビルスーツ。
「ZGMF-X32S、『セイバー』だ。機能は異なるが、ガイアやカオス、アビスと並行して製作された機体だよ。この機体を君に託したい、そう言ったら君はどうするかね?」
 悪戯っぽそうな薄い笑みを浮かべて、デュランダルはそう言った。
「…………」
 アスランはしばらく、セイバーとデュランダルとをゆっくりと交互に見て、逡巡する。
「配属先は、自分の希望を容れていただけるのですか?」
 アスランは、真摯な表情に淡々とした口調で、デュランダルにそう訊ねた。
「おいおい、私は何も君にZAFTに戻れと言ったわけではないのだが……それともそれが、君の判断だと思って良いのかね?」
 デュランダルが苦笑混じりに言う。だが、アスランの表情は真摯なもののままだった。
「はい……、自分は今、守りたい人がいるんです。救いたい人が」
「その者の為に、ZAFTに戻る……そういう意味かね?」
 アスランの言葉に、デュランダルも真剣な表情で聞き返す。
「その人は……ZAFTで今戦っている。でも、彼女は戦ってはいけないんです。人の弱さを知りすぎている。戦えば……辛い思いをする」
「ふむ……」
 アスランがそう言うと、デュランダルはじっと、アスランの瞳を見つめた。
「しかしその者は、同時に人の強さも知っているのではないかね?」
「そうかも知れません……いえ、だからこそ、彼女は戦ってはいけない」
 問い返すデュランダルに、アスランは少し表情を険しくして、そう返した。
「私の想定している人物と、君の言っている彼女とが、同一人物とは限らないがね」
 デュランダルはそう言ってから、一呼吸置き、
「解った。たった今から、というわけにも行かないから、準備の方は整えておこう。君はその間、プラントでするべきことをしておくと良い。やるべき事が、あるのだろう?」
 デュランダルに言われ、アスランは思考をマユから別のことに馳せた。
「はい、よろしくお願いします」
 デュランダルに向かって、アスランは真摯な表情でそう言った。
 ────セイバー、この力があれば。俺は、君を……

 

「AMA-953/M、『バビ』です」
 カーペンタリアの整備員が、ミネルバに搬入予定の資材が並べられている倉庫のひとつで、それを見せた。
「やったぁ! 新型機ー、新型機ー♪」
 ミレッタは子供の用にはしゃぐ。
 傍らで、マユが整備員の差し出したクリップボードの上の納品書に、サインを書く。
 カーペンタリア基地に配備される予定だった物だが、例によってミレッタが、
「今度こそD型、D型、D型……」
 と、マユの傍らで、もはや念仏の様に繰り返すので、辟易したマユがカーペンタリア基地側に頼み込んだところ、ゲイツDの余裕はないが、こちらなら、という事で、都合してもらったのである。
「へっへー、ショーンとゲイルには悪いけど、一足先に乗り換えさせてもらうもんねー」
 そう言って小躍りしたかと思うと、マユに抱きついた。
「むぎゅ」
「マユちゃん、ありがとー。やっぱFAITH様さまだね!!」
 一気に抱き締められて苦しそうにするマユに、ミレッタはキスまでした。
「げはげほ……よ、喜んでくれて嬉しいよ……」
 ようやく解放されたマユは、キャットウォークの手すりに掴って咽ながら、笑みを作ってそう言った。
「武装は右下腕部に装備された高分子振動対装甲セスタス、それにパワーローダー付155mmランチャーとビームのコンボライフル、頭部の20mmガトリングライフル2門、それに上翼部のペイロードに12発のAAMを装備可能です」
 ミレッタのはしゃぎ様を見て唖然としていた整備員は、ようやく気を取り直したかのように、2人に対してバビの武装を説明した。
「あれ?」
 マユはキョトン、として、バビを見上げてから、整備員に顔を向ける。
「なんか、武装がだいぶ違ってませんか? アカデミーで聞いていたやつと……」
「ええ、初期型はドッグファイト向けの武装が充実していたんですが、なんか開発中に駄目出しされたとかで、現行の生産型は武装が大幅に変更されたんです」
 マユの問いに、整備員はそう答えてから、呆れたようなため息をついた。
「それが笑っちゃう話で、なんでも駄目出ししたのが、アカデミーの生徒だったらしいですよ」
「う」
「へぇ、アカデミーにも気概のあるやつがいたもんだ」
 ミレッタは感心したようにそう言ったが、傍らにいたマユが硬直した。
「? マユちゃん、どうしたの?」
 ミレッタはキョトン、として、マユに問いかける。
「な、なんでもないデスよ?」
 ぎこちない笑顔で、じとりと汗をかきながら、マユはそう答えた。
 ────まさかそれって、私?
 心の中で、気まずそうに思う。
 最終研修過程で制式化が決まったばかりのAMA-953バビを、他のザフト・レッド候補と共に見学した。
 そこで「この機体について感想を書け」というレポートが課されたので、マユは躊躇わず素直に、
『モビルスーツなのに格闘戦武装がなく利点が半減している。射撃兵装だけでは、ドッグファイト主体の戦闘機が生産されれば出力重量比で不利は否めない』
 と、書いて提出した。
 もっとも、その時は教官から大目玉を食らったのだが……
「まさかね、アハハ……」
「?」
 いかにZAFTとは言え、11歳の子供にツッ込み入れられてMSの兵装見直しました、なんてことはないだろう。そう思いたい。どこぞの二次創作のように、外見はティーンでも中身が30過ぎのオッサン、とか言うならまだしも。
「?」
 ミレッタは事情が理解できず、小首をかしげていたが、
「ま、いいや。セスタスね。ビームサーベルじゃないのは残念だけど、ゲイツのF型で格闘戦やるよりはマシでしょ」
 と、にへら、と笑って、そう言った。
「マシなんてもんじゃないですよ。ま、大気圏内に限定するなら、Gタイプ相手でも互角ぐらいは張れるんじゃないですか?」
 整備員は笑ってそう答えた。
「それと、なんかもう1機、ミネルバには新型MSが補充されるらしいですよ? パイロット付で」
「新型? それって、ガイアの改修の事じゃなくてですか?」
 整備員の言葉に、マユははっと我に返って、聞き返した。
「ええ、なんでもやっぱり、Gタイプの新型らしいですけど……」
「へぇ、大盤振る舞いだね」
 整備員が答えると、今度はミレッタが、おどけたような口調でそう言った。
「ああ、そうだ、それそれ」
 答えてから、整備員は思い出したように言う。
「ガイアの改修、そろそろ終わってるんじゃないですか?」
「うわぁ!」
 今度は、マユの方がそれを見上げて、満面の笑顔になった。
 ビームブレイドをオフセットして、背面にバックパックの要領で、灰白色の翼が装備されていた。
 それに伴って背面スカートが小型の物に付け替えられ、ヴァジュラ・ビームサーベルが収まるサイドスカートも一部切り取られている。
「完全な固定翼ではなく、切り離し可能なシーリングリフターです。X56Sの換装システムのインターフェイスを流用したもので、ガイアからも、母艦からも遠隔操作が可能です」
 改修を担当した、女性の技術官はそう言った。
 妙齢の女性である技術官は、なぜか白衣の下にレースクィーンのようなレオタードスーツを着ていたが、もはやマユには、そんなものは目に入ってもいない。
「すごいすごい!」
 マユははしゃぐ様な声を上げる。
「X09A『ジャスティス』が積んでいた、ファトゥムに近いものになりますか。ただ、独自の兵装は分離時の機首部に装備されたビームラムと、ミサイルペイロードだけになりますが……」
「それでもすごいですよ! 空を飛べるようになるだけでも充分なのに!」
 興奮したマユは、無自覚に大きな声でそう言った。
「ただ、ソフトウェアの方が完全じゃありません。急な改造でしたから。飛行する為の基本動作しか組み込まれていない、赤ん坊のようなものだと思ってください」
「あ、はい。それは、なんとか」
 ガイアを初起動したときは、本体がその状態でいきなり戦闘になったのだ。それからすれば大したことはないと、マユは思った。
「不具合の確認はしてありますが、カーペンタリアにいる内に、マユさん自身の手でできるだけ飛ばしておいてください」
「はい!」
 マユは威勢の良い声で返事をした。
「それから、これも急造品だからですが、リフターはPS装甲ではありません。もちろん、それなりの対弾性は与えてありますが」
「了解です。大丈夫だと思います」
 こくん、とマユは頷いて、そう答えた。
「それでは、早速試してみていただけますか?」
「はい!」
 技術官につれられて、マユはタラップを上がり、コクピットに向かった。技術官がハッチの傍らに立ち、マユがコクピットのシートに収まる。
「ん」
 いかにも後付、といった感じの、液晶ディスプレィと簡易的なコンソールが増設されていた。
「操作に問題はないと思いますが、手、引っかかったりしませんか?」
 技術官はコクピットを覗き込み、そう訊ねてくる。
「えーと……」
 マユはシートで再度姿勢を正すと、元からのサブコンソールに手を伸ばしてキーボードを操作したり、レバーをから操作してみたりした。
「大丈夫です」
「それでは、起動させてみてください」
「はい」
 マユはイグニッションキーをONに倒してから、起動スイッチを入れた。

 

 Generation
 Un subdued
 Network
 Drive
 Assault
 Module
 COMPLEX

 

 ZGMF-X88S/Custom GAIA

 

「X88S改……」
 マユは興奮した表情のまま、起動画面の形式表示を見て、呟く。
『行きます、退避してください』
 タラップをガイア自身に上げさせながら、マユは外部スピーカーでそう言った。
 技術官や、フロアにいた作業員達が、慌ててコントロールルームに駆け込んでいく。
 スラスターを静圧モードに設定したまま、マユはまずは歩行させて、ハンガーから外に出た。
「それじゃあ、いよいよ……」
 にんまりと口元で笑いながら、増設コンソールのキーを押して軽く設定すると、操縦桿に手を戻した。
 ドンッ
 シーリングリフターの4基のスラスターが咆え、ガイアは一気に空中に出る。
「ぐぅっ!!」
 一気にかかったGに、マユは一瞬、くぐもった声を出した。
『大丈夫ですか?』
 無線越しに、技術官の心配そうな声が聞こえてくる。
「大丈夫、ちょっと驚いただけです」
 マユはそう答えた。
 MS戦用の演習地に着地。そこで4脚体勢に入れ替える。
「ぐっ!」
 ガイアを4脚で駆けさせながら、リフターのスラスターを吹かした。ガイアの走りが、一気に増速する。
 再び2脚形態に変換、スラスターの出力を上げ、再び空中に躍り出る。
 マユはニヤリと笑うと、コントロールルーム側には聞こえないように、小さく呟く。
「この推力があれば……フリーダムだって……!!」

 

「それじゃあ、搭載よろしくね!」
「はいはい」
 マユがニコニコと笑いながら言うと、ヴィーノが苦笑交じりに適当に返事をした。
「戦場に出る前に傷物になんかしたら、許さないんだからね!」
「わかってるって」
 マユが言うと、ヴィーノは少し辟易したように、そう言った。
「ちぇっ、調子良いんだから」
 スキップしていくマユの後姿を見送って、ヨウランが呆れたように言った。
「♪」
 マユは腰に手を当てて、満面の笑顔で、ハンガーのフロアをスキップしていた。
「ん、新しいMS……」
 ミレッタに与えたバビの隣に、もう1機、PS装甲のMSが搭載を待っているのを見つけて、一度足を止める。
「パイロット、ってどんな人なのかな」
 それさえも楽しみなように浮かれた口調で呟く。
 さらにその奥に、パッケージングされた様な機械の塊が、2つ、置かれているのが見えた。どう見てもMSのサイズである。
「…………換装パック? でも、あれはパイロットがいないし……」
 マユはそれを見て、小首をかしげたが、
「ま、いいか」
 と、軽く言うと、小躍りするような足取りでハンガーを後にした。
 鼻歌交じりの上機嫌で、通路を歩く。
 だが、前方から来た一団を見て、はたと立ち止まると、急に顔色を変えた。
「ステラさん!?」
 白衣姿の医師風の男性数人──そのうち1人はミネルバの軍医長だった。そして緑服の兵士2人に囲まれるようにして連れられた、ステラがいた。
「あ、マユ……」
 ステラは口元で笑いながらも、弱々しそうな表情でマユを見た。
「軍医長! どういうことですか!?」
 マユは慌てて一団に駆け寄ると、声を荒げて軍医長に詰め寄った。
「お、落ち着きたまえ……」
 軍医長は背を仰け反らせつつ目を白黒させながら、そう言ってマユを少し離した後、
「検査と手続きの為だ。ミネルバの中だけでは、出来る検査は限られているからね」
 と、説明した。
「でも、手続きって? ミネルバから下ろすんですか? 彼女を……」
 マユは困惑気な顔で言い、ステラに視線を向けて、申し訳なさそうに眉を下げた。
 いつまでもそうはしていられないと解ってはいたが、いざそれを目の前にすれば、強く後ろ髪を引かれた。
「……マユ、大丈夫」
 ステラは苦笑気味に微笑んで、そう言った。
「ステラ……大丈夫だから」
「でも……」
 マユは困惑気な表情で、何かを伝えようとして、言葉を詰まらせる。
「こほん」
 マユとステラが気まずそうに向かい合っていると、軍医長が注意を自分に向けさせるように、軽く咳払いをした。
 マユは軍医長を振り返り、見上げる。
「手続きというのも、議長からのお達しで、なにやら複雑な事になっているのだが、とにかく悪いようにはならない、との事だ」
「は、はぁ……」
 マユは困惑気な表情で、曖昧な返事をすると、軍医長とステラの表情を交互に見た。
「……大丈夫」
 ステラは眉を下げた表情をしながらも、逆にマユを元気付けるように、そう言った。
「ごめん、ステラさん」
 マユは力なく頭をたれて、そう言った。
 それから、軍医長の方を向くと、真摯な表情で、
「すみません、よろしくお願いします」
 と言い、頭を下げた。
「ああ、解っている」
 そして、手振りでマユと軍医長が挨拶を交わしてから、一団は基地の医療棟の方へ去っていった。
 マユは、それを見えなくなるまで見送ってから、踵を返し、とぼとぼとミネルバの方へ向かって歩き始めた。
 先程までと異なり、気力なく、ふらふらと歩いてくると、タラップのすぐ近くで、
「おおい、マユ! マユ・アスカ!」
 と、声をかけられた。
 力なく振り返ると、アーサーが駆け寄ってきた。
「待っていたよ」
 アーサーははぁはぁと息を整えながら、マユに言うと、クリップボードに留められた書類を見せた。
「とても重要なことだから……良く見て、同意できるならサインをして」
 アーサーに言われ、やる気をなくしかけていたマユだが、渋々と書類に目を通す。
 だが、その内容を読んで、驚愕に目を円くした。
「い゛っ!?」
 マユにとってあまりに衝撃的なその内容に、とても年頃の少女のものとは思えない奇声で、リアクションをしてしまった。