SEED DESTINY “M”_第4話

Last-modified: 2009-02-26 (木) 04:17:24

 地球連合軍・大形MS搭載戦闘艦『ガーティー・ルー』。
 そのシルエットは、かの『アークエンジェル』の改良型であることを表している。
 だが、その性格は、主力艦たるアークエンジェルとは、まったく違った。
 ミラージュコロイドでその全身を覆い、大形艦であるにもかかわらず優れた隠密性を発揮する。
 地球連合軍第81独立機動群、通称『ファントムペイン』。特殊部隊である彼らが母艦とするために提供されたのが、このフネだった。
 実際、内部に侵入した3人を援護・回収するべく、ガーティー・ルーはアーモリー・シティのZAFTの守備隊に奇襲攻撃をかけ、軍港で待機していたナスカ級・ローラシア級数隻を沈黙させ、ZAFTの反撃を一時的に遅らせた。
 だが、さすがに時間を食いすぎた。新鋭艦と思われる大形戦闘艦がガーティー・ルーの迎撃に参加し、守備隊も体勢を立て直しつつある。
「艦長、撤収!!」
 ファントムペインの指揮官であるネオ・ロアノークは、着艦デッキに自機である量産先行型のGAT-04X ウィンダムを滑り込ませながら、艦橋にいる艦長のイアン・リーに向かって、そう叫んだ。

 
 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY “M”
 PHASE-04

 
 
 

 ガーティー・ルー艦橋。
「敵ミサイル、第二波来ます!!」
 オペレーターの声。
 CIWSが迫り来るライトハンド・対艦ミサイルを撃墜していく。だが、至近で炸裂したものもあり、ガーティー・ルーの艦体を揺さぶる。
 そこへ、さらにトリスタン・プラズマビーム主砲が、ガーティー・ルーを掠める。
「ぐぅっ」
 仮面の女、ネオ・ロアノークは、その口元だけでも解るほど、苦悶に表情を歪ませ、脂汗をかき、膨らんだバストが押し上げる胸元をかきむしるように押さえながら、艦橋に入ってきた。
「大佐」
 驚いたように、壮年の男性、艦長イアン・リー少佐が、ネオに声をかける。
「いらん!」
 こちらに向かってこようとしたリーを、一括するように突っぱねてから、
「それより、状況はどうなっている?」
 と、苦しそうに呻きながらも、はっきりと聞き取れる声でそう、リーに訊ねた。
「あまりよくありません。撤収のタイミングが遅れました。追いつかれるかもしれません」
 リーの説明を聞きながら、ネオは指揮官席に着く。
 すると、それにくくり付けてあった。ボックスの中から、使い捨て注射器型のアンプルを取り出し、針を覆うアクリルカバーを外すと、軍服の袖を捲り上げ、左の二の腕に無造作に注射した。
「もう少し引き付けてから……補助推進剤タンクを分離して爆破……敵のセンサー類を無力化して逃げる……! はぁ……はぁ……っ」
 後方警戒モニターに映る、ZAFT新型艦の姿を見つつ、ネオは歯を食いしばりがちにしながら、そう命令した。だが、さすがにそれを精神力だけで耐えるのは無理になってきたのか、荒い息をする。
「了解……」
 リーはそう言ってから、ブリッジクルーの方に向き直り、
「聞いたとおりだ、準備しろ!」
 と、声を上げた。
「了解!」

 
 

「こんな娘まで巻き込まれていたとはな……」
 ミネルバ。第1医務室。
 軍医長はベッドに寝かされているステラの様子を見て、そう言った。
「すみません……」
 マユは俯きがちに、申し訳なさそうに言った。
「あなたのせいではないでしょう」
 軍医長はそう言って、マユの方を見た。
「しかし奇妙な話だ」
 軍医長が、呟くように言う。
「なにがです?」
 マユはキョトン、として、聞き返した。
「この子、見た目からしてナチュラルだ。にもかかわらず、気を失ったままMSのデッドスペースに押し込まれて、打撲や内出血はあるものの、軽傷だよ。こんなことってありえるんだろうか」
 軍医長はもう一度ステラを見ると、頭を捻りながら、そう言った。
「一応、身体が暴れないようにはしましたし、それにOS未調整で、そこまで鋭い動きは出来ませんでしたから」
 マユは言い訳をするように言う。
「それでも、だよ……まさか、強化人間……なんてことは、無いだろうな」
 軍医長はその単語を口にしつつ、払拭するように軽く笑った。
「強化人間?」
 マユは、その単語を反芻し、聞き返した。
「ヤキンの時に、連合が使った、薬物によって身体能力を向上させた、兵士のことだよ。ブーステッドマンと言ったかな」
「薬物で、ですか」
「能力では平均的なコーディネィターを凌駕するものがあったようだが、情緒が不安定になって、統率に難があった上に、薬物依存症の状態で行動時間が限られた。つまり、成功とはいえなかったようだね」
「薬物依存……」
 軍医長の説明を聞いたマユは、哀しそうな表情で軽く俯いた。そして、自分の、白い長手袋に覆われた右手を見る。それから、視線をステラに移した。
「…………」
 何かを言おうとして、マユが口を開きかけたとき。

 

 グワッシャァァァン!! ズズズズ……

 

 突然、ミネルバが激しく揺さぶられた。
「うわぁぁぁっ」
「きゃあぁぁぁぁっ」
マユと軍医長は、衝撃に床から投げ出され、転がった。
「ふもふっ!!」
 さらに、マユの上に、ベッドから転げ落ちてきたステラが折り重なる。
「ぅ……ぁ……」
 その衝撃でか、ステラはマユの上に乗ったまま、目を覚ました。
「ステラさん、気がついたんだ?」
 マユはステラにのしかかられたまま、ぱっと表情を明るくした。
 だが、ステラは、そのマユの言葉にはまったく感応せずに、
「ここ……どこ? さっきのは、何……?」
 おずおずと、辺りを見回す仕種をしながら、ステラは不安げな表情で言う。
「あ……だ、大丈夫、ここはミネルバの医務室だから……うん」
 マユは慌てて笑顔になって、苦笑交じりにそう言った。
「ミネルバ……ネオ、ネオはどこ?」
 その単語を理解できなかったのか、ステラは不安そうな表情のまままたキョロキョロと辺りを見回すと、誰かを探すような言った。
「ネオ?」
 マユは聞き返すが、ステラはそれが聞こえなかったかのように、首を横に振って、声を出す。
「ネオがいない……ステラ、怖い……」
「え」
 ステラの態度に、マユははっとする。
「ステラ、怖い、いやぁぁぁぁっ」
「待って!!」
 ステラは上半身を上げて振り乱し、親とはぐれたことで恐慌状態になってしまった子供の様に、暴れかける。
 だが、咄嗟にマユは、ぎゅっ、とステラを抱き締め、押さえつけるように力を入れつつも、頭を交差させたステラの耳元に、優しく言う。
「大丈夫、大丈夫だから。誰もステラさんを傷つけたりしないから……」
 だが、ステラの力は幾分弱まったものの、なおも暴れようとする。
「いや、ステラ、怖い!!」
 駄々を捏ねる子供の様に、ステラは声を上げる。
「だ……大丈夫、ステラさんのことは……そう、私が守るから」
 マユは咄嗟に、そんな言葉を口に出した。
「守る……? ステラを?」
 ステラは力を抜き、マユの顔を見た。
 ステラを落ち着かせようと、勢いで言ってしまったマユは、決まり悪く笑いながらも、
「う、うん……大丈夫、私が誰にもステラさんを傷つけさせないから」
 と、途中から笑顔を明るいものにして、そういいきった。
「守る……ステラを……」
 ステラは、うわ言の様にマユの言葉を反芻する。
「さ、落ち着いたのならベッドに」
 軍医長が、そう声をかけてきた。
「あ、はい」
 マユは、軍医長に向かって返事をしてから、
「さ、ステラさん、怪我してるから……治さないと」
 と、言って、ステラにベッドに戻るよう促した。
「ステラ……守る……」
 うわ言のような言葉を繰り返しながらも、ステラは軍医長の指したベッドに戻った。
『マユ、マユ・アスカ』
 マユがほっと胸を撫で下ろすと、今度は館内放送が彼女の名前を呼んだ。
「ありゃ」
 マユは間の抜けた声を出す。
『ブリッジに出頭、報告をしてください』
「いけない、行かなくちゃ」
 呼び出され、マユは医務室を後にしようとした。
「ねえ」
 マユの背後から、ステラに声をかけられる。
「何?」
 笑顔になって、マユは振り返った。
「名前……」
 不安そうな表情で、ベッドに横たわったステラは、そう訊ねてくる。
「あっ、そっか」
 マユは決まり悪そうに苦笑して、一度ステラの方を向く。
「私はマユ。マユ・アスカだよ」
「マユ……」
 ステラは、マユの名前を反芻する。
「それじゃあ、また後でね」
 マユはステラに言い、再び踵を返した。
「うん……待ってる」
 マユはステラの言葉を聴きながら医務室をでる。その扉が閉まったところで、表情を重くし、はぁ、とため息をついた。
「ウソ、ついちゃってるよね……」

 
 

「マユ・アスカ、出頭しました!」
 ブリッジに入って、直立不動で敬礼し、申告する。
「戦闘に巻き込まれた民間人を医務室に届けており、報告が遅れまして申し訳ありません!」
 敬礼したまま、そう告げる。
 その正面に立ったタリアがまず返礼する。
「いや、ご苦労だった。マユ・アスカ。糾弾の意図はない。楽にしてくれたまえ」
 デュランダルが、砕けた口調でそう言った。
「状況は君も理解してくれていると思うが、我々はこれを看過することは出来ない。解るね?」
「はい、当然です」
 デュランダルの言葉に、マユははっきりと答えた。
「ついては、君を正式にガイアの搭乗員に補し、このミネルバの搭乗員として参加してもらいたい」
「ええっ!?」
 デュランダルが言うと、今度はマユは目を円くして驚いてしまった。
 だが、声を出して割り込んできたのは、男性の声だった。
「議長、それはいくらなんでも。そもそも彼女は正式な実戦部隊の人間じゃないんですよ!?」
 アーサーが、慌てた口調で言う。
 マユは、本来なら正規のアカデミー卒業年齢までは非実戦部隊に配属されることになっていたし、ガイアにも本来の搭乗員がいる。
 タリアは直接口には出さなかったが、やはりあまり良い顔をしていない。
「だが、この状況で、彼女ほどの人材を遊ばせておくのは適切ではないと思うがね」
「ですが……」
 アーサーは言葉に詰まりながらも、なおも食い下がる。
「そうか、それならばこうしよう。
 デュランダルは悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言うと、懐から蓋の透明なプラスチックのケースを取り出した。
 マユに差し出されたそれは、プラスチックのケースの中に、Fをかたどった襟章が納められていた。
「マユ・アスカ、君をFAITHに任命する」

 

 FAITH。プラント国防委員会直属戦術統合即応本部特務隊。単に特務隊と略称されることもある。
 “隊”と呼ばれるものの、実際には個々において他のZAFT軍組織隊員を統率し、作戦の立案、戦力の抽出、実行の権限を有する、いわば上級将校である。

 

「議長、それこそ無茶な!!」
 アーサーが泡を食ったような表情で声を上げる。
 マユは、事態が理解できずに、目を円くして立ち尽くしていた。
「そんなことは無いよ」
 デュランダルは薄く笑いながら、アーサーにむかってそう言う。
「彼女はあの状況で、ガイアの強奪を阻止し、なお襲撃者の撃退という充分な功績を上げている。国防委員会も、私の決定に異は唱えないはずだ」
 デュランダルは自信ありげな表情で断言した。それから、マユの方に向き直る。
「襟章は予備のもので申し訳ないが、受け取ってくれるね、マユ」
「えっ!?」
 デュランダルは優しげな口調にして、マユにそう言った。
「あっ、は、はいっ、身に余る光栄、謹んでお受けいたします!!」
 我に返ったマユは、ガチガチに緊張した様子でわたわたとしながら、一度敬礼し、そして、おずおずと手を伸ばして、それを受け取った。
「FAITH……私が……」
 マユはまだ興奮した様子で、ケースに入ったままのFAITH襟章を見つめている。
『ブリッジ』
 ちょうどその時に、艦内通信で呼び出す声が聞こえた。
 通信用ディスプレィに、ミレッタの顔が映し出された。
『戦闘中のことで報告が遅れまして申し訳ありません。アーモリー1からの出港時、我が軍のMSに搭乗した民間人2名を拘束。詰問したところ、オーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハとその随員と名乗っています』
 びくっ
 興奮冷めやらぬ様子だったマユだが、軽く身体を跳ねさせ、硬直させた。
「彼女がこの艦に?」
 デュランダルが、怪訝そうな表情をする。
『負傷なさっておりましたので、その治療をした後、現在は士官用ゲストルームの方に滞在なさっています』
「解った。そのままくつろいでいただいてくれたまえ。私もそちらに行く」
 デュランダルはそう言った。
「そういうわけで、申し訳ないが私は失礼するよ。……マユ・アスカ?」
 デュランダルは、黙りこくって立ち尽くしたままのマユに、怪訝そうな顔をした。
「あっ、はっ、いえっ!! マユ・アスカ、任務に戻ります!!」
 マユは敬礼して、デュランダル達より先に、ブリッジを後にした。

 
 

「本当にこんな設定にしていいのかよ」
 格納庫。
 正式に自らの愛機になったガイアを、マユはヴィーノと共にOSの初期設定をしていた。
「良いんだって」
 VPSの設定を見て、怪訝そうにするヴィーノに、マユはにんまりと笑いながら言う。
「4脚MAの弱点って手足でしょ、胴体は少し抑え気味でも良いんだよ」
「だからって、ここまで極端な設定にしなくても……」
 得意そうなマユに、ヴィーノは苦笑気味に反論する。
「ええい、この襟章が目に入らぬか」
「へいへい、フェイス様の言うとおりにいたしますよーだ」
 マユがおどけた様子で襟章を見せ付けると、ヴィーノも冗談交じりにそう言った。
 艦内からの外部電力で、ガイアのVPSに通電する。四肢が白に、胴体がやや暗めの青に染まった。
「ふへへへへ」
 マユは自慢げに顔を綻ばせて、得意そうに笑う。
「次は、オートバランサーの……」
 マユが、キーボードに手をかけたとき、
「ZGMF-1600(シックスティーン・ダブルオー)、ゲイツDはもうご存知ですね」
 と、格納庫壁面のキャットウォークの方から、デュランダルの声が聞こえてきた。
 ちらり、とマユはそちらに一瞬だけ視線を向ける。
 その隣に、カガリ・ユラ・アスハと、その随員と思しき男性の姿を見た。
 マユはさりげなくを装って、シートに深く座りなおし、その相手から顔を隠した。
「ねぇ、マユちゃん?」
 ガイアの間接に取り付いたヴィーノと入れ替わるように、ルナマリアが、ガイアのコクピットに近づいてきた。
「見た? オーブのカガリ・ユラ・アスハだって」
「ふーん……」
 ルナマリアの問いかけに、マユは無関心を装って、そう言った。
「ふーんて、気にならないの? ヤキン・ドゥーエの英雄って言われてる人だよ?」
「別に」
 マユは、ルナマリアの顔を見ようともせず、キーボードを叩き続ける。
「どうしちゃったのマユちゃん? なんか様子が変だよ」
「そう?」
 後ろでデュランダルとカガリのやり取りが聞こえる中、マユはルナマリアに対してそっけない反応を続ける。

 

 だが────

 

「だが、それでは今回の事はどう説明するのだ。あの新型機の為に貴国が被った被害のことは!!」
 カガリの怒声が聞こえてきた。
 ビキッ、と、マユの額に血管が浮く。
「だいたい、どうして力が必要なのだ! 今更!」
 カガリは血が滲みかねないほどに力を入れて拳を握りながら、デュランダルに食って掛かる。
「我々は誓ったはずだ! もう悲劇は繰り返さないと! 互いに手を取って歩む道を選ぶと!」
「誓っていません!」
 カガリがデュランダルに向かって、啖呵を切る如く言うと。
 別の声が、カガリの言葉を否定した。
「マユ……ちゃん?」
 ルナマリアが、唖然としたように見上げている。
 マユはガイアの胸元に立ち、憎悪すら感じさせる険しい視線で、カガリを見つめていた。