SEED DESTINY “M”_第3話

Last-modified: 2009-02-26 (木) 04:15:46

 カオス、アビスの射撃やら、ガイアやゲイツDとの格闘戦の流れ弾やらで、無残な姿になった工廠地区を、アレックスの操縦するゲイツFが歩いていく。
 アレックスはちらりと視線を脇へやって、視界に入ったカガリの姿に、ギョッとした。
「大丈夫か、カガリ」
「ああ……たいしたことはない」
 カガリはそう言った。
 額が綺麗に割れて、一見出血が酷いように見えたが、深手といえる傷はなかった。
「くそっ、これと言うのもZAFTがあんな新兵器を作るから……」
 カガリは、憎々しそうに歯を食いしばり、そう言った。
 だが、アレックスにとって、それは心穏やかではない発言だった。
「あのパイロットの判断は正しかった。割って入ってきてくれなければ、射撃でもっと深手を負わされていた」
 少女パイロットを庇うように、アレックスはメインディスプレィから視線を離さずにそう言った。
「それは解っている。私にだって……」
 ────ん?
 アレックスは、カガリをわき目にちらりと見て、怪訝に思った。
 ────カガリは、パイロットの姿を見なかったのか?
 そう思いつつも、アレックスはゲイツFを進める。
 司令部施設か整備用ハンガーのある場所に向かい、カガリの手当てを頼もうとしているのだが、工廠地区は大混乱で、とてもそれどころの状況ではない。
『工廠施設は整備能力を喪失している! 稼動するMSはミネルバへ向かえ!』
 ミネルバ。
 デュランダル政権下のZAFT軍が建造し、翌日に就役式を向かえるはずだった最新鋭大形戦闘艦。
 ZAFTの軍拡に、端的に言うならイチャモンを付けに来たカガリにとっては、あまり快くない存在だろうが、仕方がない。
 アレックスは、ミネルバが就役式を向かえる予定だったドックの方へ、ゲイツFを向けさせた。

 
 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY “M”
 PHASE-03

 
 
 

 コロニーの底面で構築される地表から距離をとり、人工重力の影響が低くなったところで、アビスはコロニーの壁面、その1点と向かい合う。
 ドガァアンッ
 アビスのフルバーストが、コロニーの壁面に向かって打ち込まれた。
 しかし、それは中の環境を守る為の強靭な構造材だ。軍事的な装甲を考慮したものではないとは言え、MSの射撃ただ1度で穴が開くような代物ではない。
 だが、アビスは2度、3度と、一点に狙いを絞って何度も射撃を浴びせる。
 壁面はその熱量で赤熱し始めた。
『やめなさいよぉっ!!』
 追ってきたガイアが、アビスに向かって突進する。
「くっ、アウル、急げ!」
 良いつつも、カオスに乗るスティングは、ガイアの行く手を遮ろうと躍り出る。
 だが、そのカオスには、紅いゲイツDのドロップキックが突き刺さった。
『アンタの相手は、あたしよっ』
 適当な間合いが開いたところで、ルナマリアはパルチザンを構えさせる。
 ガァンッ
 ガイアのシールドタックルが、アビスを突き飛ばした。
「ちくしょー、いい加減にしやがれ!」
 頭に血が上ったような台詞を発しつつ、アウルはアビスにビームジャベリンを構えさせる。
「まて、アウル、俺が抑える。お前は早く穴を開けてやれ。でないとネオに叱られるぞ」
「ちっ」
 スティングの言葉に、アウルは忌々しそうに舌打ちをする。
 ガイアのコクピットに、後方からのロックオンアラートが響く。
「えっ!?」
 後方から、カオスのドラグーン・ビームポッドの射撃が、ガイアを掠める。
 そのカオス本体は、ルナマリアのゲイツDと絡み合っての格闘戦の最中だった。若干、ルナマリアが押してはいるが……
「テロリストが、どうしてここまでのことを!」
 マユはバーニアを吹かし、高速で一度ビームポッドを振り切ってから、瞬時に4脚形態に切り替えると、コロニーの壁面を蹴る。グリフォン・ビームブレイドを展開し、逆に、ビームポッドめがけて一気に迫る。
 ビームポッドは散開し、ガイアのビームブレイドから逃れる。しかしマユはそのままの勢いで、ルナマリアともつれ合っているカオス本体に迫る。
「このぉっ!!」
 2脚形態に戻しつつ、両手を組んだ状態で振り上げ、カオスの頭部めがけて振り下ろした。
 ガィンッ!!
「ぐぉっ!?」
 スティングは、突然相対的上方から受けた激しい衝撃に、呻き声をもらした。カオスのメインカメラの画像が乱れる。
 ガイアは紅いゲイツDとほぼ同高度に並び、カオスはそこからMS2機分ほど高度を落とした。
 だが…………
 ミシッ、グワァァァァン……
 ゴワァアァァァァ……
 その間も、アビスによって撃ち込まれたフルバーストにより、ついにコロニー外壁の一点が崩れ、直径20mばかりの穴が穿たれた。
 外へ向かって空気が流れ出していく。
「しまった!」
 マユはその穴を見上げ、険しい表情で声を上げる。
 コロニー全体からすれば、軟式飛行船サイズの紙風船に針で穴を開けたような程度で、直ちに中の環境がどうなるというほどのものではない。
 だが、その至近にいるものは別だ。漏れ出す空気は、外へ向かっての強烈な吸引力になり、周囲の物体を手当たり次第に吸い出そうとする。MSの推力程度では、これに抗うことは出来ない。
 猛烈な気流の中、カオスは2機の間を縫って、アビスと共に破口から外へ飛び出した。
「きゃあぁぁぁ!!」
 少し遅れて、ルナマリアの悲鳴と共に、ガイアと紅いゲイツDも、破口から外へと吸い出されてしまった。

 
 

「あーっ!? あいつら、勝手に!!」
 ガイアとゲイツDの識別シグナルが、アーモリー1の外に飛び出していったのを見て、ミネルバのブリッジでは、アーサーがそう叫んだ。
 2人が独断専行で深追いしたと考えたのだ。
「ガイアのデュートリオン電送システム、リンク断。稼働時間残り300です」
 オペレーター席のメイリンが、そう声を上げる。
「ミネルバ、発進シークェンス開始します!」
 タリアが、毅然とした言葉でそう言った。
「し、しかし艦長」
 アーサーはタリアを振り返り、困惑気に言う。
「2人を見捨てるわけにも、強奪犯を逃がすわけにも行かないわ」
 タリアはアーサーにそう言ってから、艦長席を回して振り返り、
「議長は退艦を」
 と、指揮官席に座るデュランダルに向かって、そう言った。
「タリア、とても報告を待っていられる状況ではないよ」
 デュランダルは、険しい表情でそう言った。
「私も行く。リスクは承知している」
 デュランダルは強い意志を感じさせる表情と口調で、そう言った。
「ドックのコントロールシステムオンライン、ミネルバ、発進シークェンスを開始します!」
 メイリンが宣言する。
 ドック内に警告灯が点灯し、作業員が退避し始めた。

 
 

 一方。
「これで最後だ! ハッチ閉じるぞ!!」
 自身の発進シークェンスに移り、それまで解放されていたミネルバの着艦デッキのハッチが閉ざされる。
 最後に、1機のゲイツFが滑り込むように、そこに降り立った。
「あの機体は!?」
 緑の制服を着た、スレンダーな体つき、東洋人系の肉体的特長に、金色のメッシュの入った栗毛をショートにした少女が、そのゲイツFを指差して、周囲の整備員達に聞こえるように声を上げた。
「!!」
 緑服の女性パイロット、ミレッタ・ラバッツは、そのゲイツFから出てきたのが、私服姿の人間と見るや、腰元のホルスターからオートマチックの拳銃を抜く。コクピットから床に降り立った男女の2人連れに、銃口を向ける。
 同時に、整備員の何人かがアサルトライフルを構えて、ミレッタに続くように、2人を取り囲んだ。
「抵抗しないで。指示に従えば命の安全は保障します」
 ミレッタは片手で銃を構えたまま、そう言った。
 そもそもこの事件は、テロリストが新型MSを強奪して起したものだという。正規のZAFTの制服を着ていない人間は、そのテロリストの仲間の可能性もある。
「待て!」
 男の方は、手でミレッタを制するように声を上げた。
「抵抗の意志はない。こちらは、オーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハ」
 アレックスは、寄り添っていたカガリを手で差し、そう紹介してから、
「自分は、随員のアレックス・ディノだ。デュランダル議長との会談の為訪れていたが、この戦闘に巻き込まれ、避難の為に1機拝借させていただいた」
 と、自らも名乗り、事情を説明した。
「オーブの……代表?」
 ミレッタは怪訝そうに眉間に皺を寄せ、困惑気に言った後、軽くため息をついてから、銃をおろした。そして、手で他のライフルを構えた整備員にも、それを指示する。
「自分は本艦所属のMSパイロット、ミレッタ・ラバッツです。艦内ではZAFTの指示に従っていただきます。よろしいですね?」
 険しい表情で、改めてアレックスとカガリの2人を見ると、ミレッタは毅然とした口調でそう言った。
「ああ、だが、ご覧の通りアスハ代表は負傷しておられる。治療をお願いしたいのだが」
 アレックスは、幾分口調を穏やかにして、頼み込む。
「解りました。ただしその前に、武器を預からせてもらいます。いいですね」
 ミレッタはそういい、銃口は下ろしつつも銃に手をかけたまま、アレックスに近づいた。
「解った」
 アレックスは言い、携行していた拳銃をミレッタに手渡した。
「それでは、医務室にご案内いたします。こちらへ」

 
 

 ────私は、何故ここにいるのか……
 MSのコクピットの中で、自問自答する。
 MSの操作法は解っている。このGAT-04X ウィンダムは、自らの手足の様に動かすことが出来た。
 だが、それが馴染んでいる様に感じられない。というより、MSパイロットである自分に馴染むことが出来ない。
「私は、……どうして」
 呟きかけた瞬間、予定されていた識別信号を持つMSが2機、アーモリー1の外壁に内側から開けられた穴から、飛び出してきた。
 ────それは、後だ!
 意識を切り替える。少し離れた場所に取り付いていた、ガンバレルストライカーを背負ったウィンダムを、その2機に向けて発進させる。
 少し遅れて、2機のMSが、最初の2機、カオス、アビスを追いかけるようにして飛び出してきた。
 1機はZAFTの新主力MS、ゲイツD。紅いパーソナルカラーで塗られている。
 しかし、もう1機は……
「ガイア、だと!?」
 “彼女”、ネオ・ロアノークは、その光景に軽く驚いた。
 ほぼ同時に、ウィンダムにカオスからの通信が入る。通信用ディスプレィに、スティングの顔が映った。
『ネオ、すみません』
「ステラは失敗したのか」
 ネオは仮面をつけた顔で、淡々と問いかける。
『はい……』
 哀しげな表情で、スティングはそう言った。
「ならば……仇ぐらいは、とってやらんとな!」
 ネオはそう言うと、ウィンダムの背後のガンバレルを切り離した。
「MS隊、紅い奴を引き離せ。新型は、私がやる!」

 

 ガイアのコクピットに、複数のロックオンアラートが鳴り響く。
「え、ええっ!?」
 同時にロックオンされた、だがその相手の姿が見えない。いや、見えた。
「ドラグーン!?」
 困惑したマユは言う。踊らされるガイア。
 だが、それすらもまだ、本気で狙ってはいなかった。
「その機体、悪いが我々が頂いていく!」
 ネオは言い、ガンバレルに牽制させながら、ウィンダムでガイアに接近する。
 だが、その時。
 パ・パ・パ・パ・パ・パ・!!
 飛び交うガンバレルを、的確に狙って、ビームライフルの光芒が奔った。
 命中こそしなかったものの、ガンバレルは動きを止められ、一旦母機に集束する。
『待たせたな、マユ』
 ガイアの通信ディスプレィに、金髪の美形パイロットが映し出された。
「レイお兄ちゃん!」
 マユの表情が明るくなる。
 ガイアの傍らに、灰白色のゲイツDが立っていた。
 一方、ルナマリアは────
「こいつら……この機体!?」
 カオスとアビスを追っていたが、別のMSの反応があったかと思うと、ルナマリアのゲイツDに襲い掛かってきた。
 それは、低反射剤塗料で黒く塗られているものの、格闘戦に持ち込めば、そのシルエットを確認することが出来た。
 識別表のデータを信じるなら、それはGAT-02L2 ダガーL。すなわち、
「それじゃこいつら、まさか、連合なの!?」
 ルナマリアはパルチザンとシールドでダガーLをいなしながら、怒鳴るように呟いた。
「母艦がいるの?」
 メインカメラ越しに前方を見て、マユは呟いた。アビスとカオスが離れていく。
『マユ、行け!』
 射撃でけん制しながら、レイがそう声をかけてくる。
「うんっ」
 アビスとカオスを追って、スラスターを吹かす。
 だが、そのガイアの行く手に、連合の新型機──ウィンダムが立ちふさがるように割り込んできた。
「おっと、そうはさせんっ」
 ガンバレルを切り離し、ガイアを狙う。
 ────全包囲攻撃、でも、その唯一の死角は……
「そこだぁぁぁっ」
 マユはガンバレルがその射点を占めるより早く、ガイアをウィンダムめがけて突進させていた。
「マユ、思い切りすぎだ!」
 レイは軽く驚き、怒鳴り気味に言った。
 懐に飛び込めばガンバレルの射撃は来ない。だが急機動の直後でガイアにも攻撃手段がない。レイはそう考えた。
 だが、ガイアは胴を捻らせ、グリフォン・ビームブレイドを展開。ウィンダムの胴に向かって押し付ける。
「くっ!?」
 バチバチバチバチッ!!
 間一髪、ガイアの一撃はウィンダムのビームコーティングシールドに遮られる。
「!?」
 ビームブレイドでの攻撃を凌がれたマユが、間髪いれずビームサーベルを抜こうとした時、ウィンダムは腰元に装備されているスティレット・ロケットハンドグレネードを投げつけてきた。
 反射的にガイアにシールドを構えさせる。
 ドドドドンッ
「きゃっ」
 シールドを貫通することこそなかったものの、表面に突き刺さった状態で炸裂し、大きくガイアを揺さぶった。
 ガンバレルの有効射程に収める為、ガイアの動きが止まった隙に、ネオはウィンダムをガイアから離し、間合いを取る。だが、その次の瞬間。
「!?」
 自らの後方で、閃光が走った。

 
 

「ネットワークリンク確認、全システム異常なし。気密正常、各推進器正常」
 ブリッジに、オペレーターのメイリンの声が響く。
 アーモリー1のドックから宇宙空間へと出た『ミネルバ』は、ガイアとルナマリア機、レイ機のシグナルを感知すると、その宙域へと急行する。
「前方、3機が複数の不明MSと戦闘中……その先、フネがいます、大形艦!」
 メイリンと背中合わせに座る男性オペレーターが、叫ぶように告げる。
「それが母艦ってわけね……」
 歯噛みしたようにタリアは呟いてから、矢継ぎ早に指示を出す。
「主砲戦用意、トリスタン、イゾルデ起動! ライトハンド装填!」
「ブリッジ閉鎖します」
 メイリンがそう告げる。ブリッジのガラス面が装甲で遮蔽された。
「アーサー、何やってるの!?」
「え、あ!?」
 前方の戦闘の様子に目を奪われ、ボーっと立ち尽くしていたアーサーに、タリアの檄が飛ぶ。アーサーは慌てて、本来の席に着いた。
「照準、不明の大形艦! よーく狙って!」
「タリア、彼らを援護する方が重要じゃないのか?」
 タリアの指示に、背後で座っていたデュランダルが、ふと気付いて問いかける。
「そうですよ、だから、母艦を撃つんです」
 タリアはデュランダルを振り返り、そう言った。
「照準よーし!」
「ライトハンド全弾発射! 主砲撃ち方始めーッ」
 プラズマ主砲が回避運動をとる“母艦”を掠める。ミサイルが次々に迫り、CIWSで何とかそれを撃退していく。
「くっ、ここまでか!」
 ネオは忌々しげに呟くと、一気にガイアを引き離す。
「! 待て!!」
 ウィンダムの攻撃を想定していたマユは、逆に退いていく相手に、一瞬呆気に取られた。
 慌てて追おうとするが、
 ポーン・ポーン・ポーン!
 と、ミネルバから3色の発光信号が打ち上げられた。
「帰還信号……」
 それを見て、マユは一気に緊張が緩んだ。
「はふぅ……」
 脱力するように息を抜いて、シートに全身を預ける。
「あーもう、しつっこい!!」
 紅いゲイツDに、なおも絡み付いてくるダガーLを、ルナマリアは蹴飛ばすと、適当な間合いが出来た瞬間に、その腰部に対装甲パルチザンを突き刺した。
 ダガーLの動きが止まると、相対的にミネルバに近い、ガイアの方に向かって近づく。
『マユちゃん、大丈夫?』
 ルナマリアが、ガイアに対して呼びかけた。通信用ディスプレィに、心配そうな顔が映る。
「え、あ、えっと」
 マユは、そのルナマリアの問いかけがきっかけで、失念しかけていたそれを思い出した。
「う、うん、大丈夫、ありがとう」
 苦笑交じりの、若干引きつった顔で、ルナマリアにそう答えてから、つつ、と視線をわきに逸らした。
「私は……ね」
 小声で呟く。
『マユ、ルナマリア。ミネルバに帰還するぞ』
 通信にレイが割り込んできて、そう言った。
「う、うん」
 マユは、多少焦って返事をしつつ、ガイアをミネルバに向かわせた。