俺の……俺達の戦いは無意味だったのか……?
この4年間、俺は世界中を放浪しいろいろなものを見てきた。
俺達の戦いの末に、世界が平和になっている姿を見れるはずだと思っていた。
何もしなくても世界のどこかで戦争の為に人は死ぬ。ならば、戦うしか能のない俺が世界に大きな変革をもたらしてやる。
そうすればより良い方向に世界は変わるはずだと……そう信じていた。
だが現実はなにも変わってはいなかった。
確かに以前にくらべ少しはマシになったように見えるが、実際はさらに酷くなりつつある。
さすがの俺でも……絶望してしまった。
俺の事はいい。俺自身はどうなろうとかまわないし、いつどこで撃たれて死んでも悔いはない。だが……だが!
ロックオン……クリス……リヒティ……死んだ者達の願いはどうなる?
生き残った者たちも深く傷ついたままだ。彼らはなにも報われず、世界が捻じ曲がって再生していく様を見せ付けられている。
ソレスタルビーイングから合流してくれ、との連絡があの手この手で送られてきてはいるが……
俺にはどうにもエクシアと共に戻る気になれない。
俺が再びガンダムになったとして……何が出来るというんだ。
この命と引き換えに平和な世界が作れるのならば本望だ。
だが、本当にそんな事ができるのか?
たかがMSに乗って戦う程度で本当に世界が変えられるのか?
以前の俺ならば即座に「できる」と答えたろう。
だが、今の俺には答えるなどできない……それほどこの世界に失望しきっている。
俺の信念は……覚悟は……決意は。
今かつてないほどに揺らいでいる………
※ ※ ※
どこをどう歩いたのかわからない。
適当にバスに乗り、目的もなく歩き、気が付いたら見知らぬ街に来ていた。
喧騒を避け、人気のない公園のベンチにへたり込む。
俺は疲れていた。
生きる目的を見出せず、満足に生きる事も死ぬ事もできないもどかしさが、俺を生きる屍にしていた。
「おーい、そこの兄ちゃんちょっと~~」
………俺を呼んでいるのか?
顔を上げると、砂場でなにかを作っている小さな子供と俺より少し下ぐらいの年頃の少年がいた。
「悪いんだけどさ手を貸してくんないかな? 向こうから手を入れて掘ってほしいんだけど」
「手を……? お前達はなにをしているんだ」
「砂のお城をつくってるんだゾ。いまトンネル掘ってんの」
「……砂の城、か。わかった」
中東生まれの俺にとっては砂弄りなどお手の物だ。
瞬く間に掘りぬき、トンネルを貫通させた……と思ったとたん。
どしゃっ……
「うあ、トンネルが潰れて城が崩れちまった」
「ちょっと急ぎすぎだゾ。こういうのは慎重にやらないと~」
「……すまない」
「まあいいや、作り直そうぜ。手伝ってくれるよな?」
「……壊れたものを作り直して……どうなるというんだ」
思わず言ってしまった。
同時に、俺らしくないセリフだとも思った。
俺は誰かに愚痴を聞いてもらいたかったのかもしれない。
「壊れたものを再生させても……決して良くはならない。歪むだけだ……元の形にも戻らない。無駄だ、無駄なんだ……」
「いいじゃん。それで」
「え……」
「同じモノに作り直そうだなんて思ってないさ。壊れたら今度はもっと凄い砂の城を作ればいい」
「そうそう。一度手探り状態で作ってるからね~」
「経験ってもんが身についてるだろ? なら次はそいつを生かして、もっと上手くやればいいだけさ」
俺はハッとした。
俺達がしてきた事は無駄な戦い、無駄な死だと思っていたが。
そんなことはない? 意味がある? 意味が……あったというのか……? 俺自身がその「意味」を身につけていると……?
「ほら、作り直すんだゾ?」
「今度は一回り大きな城にしようぜ?」
「あ、ああ……やろう。手伝わせてくれ……」
三人であれこれ話し合いつつしかし真剣な顔で。砂を掻き分け、積み上げ、
俺と少年で両側から慎重に手をつっこんでトンネルを掘り……そして。
「お~~できた~~♪」
「……できた」
「俺としんちゃんで作ってた奴よりも立派な砂の城だ!」
「……」
何故かはわからない。
俺は確かに感動していた……何かをやり遂げた事にこれほど心を動かされたのは初めてかもしれない。
「兄ちゃん、あんがとね~」
「完成できたのはあんたのおかげだな」
「え……あ、ああ……それほどの事でもないが……」
「おっと!もうこんな時間か!? しんちゃん、早く家に帰らないと!」
「お?おお~~! そういえば今夜は待望の『アレ』だったんだゾ!」
「あんたも来い! 行くぜ!」
「な……?」
俺は少年に強引にひっぱられ……
気が付いたら、とある民家に連れてこられていた。
少年と同じくらいの年頃の赤毛の女が、俺達を出迎える。
「おっかえりィ~~~!」
「ただいま―――!」
「おかえり……て、その人は?お客様?」
「まあそんなとこ! この人も参加すっからさ…… ルナ、それより『アレ』は? まだ始まってないだろうな?」
「もう、心配しなくてもこれからよ」
「……すまない。『アレ』とはなんだ?」
「ん? ん~~~一言でいうと、まあ戦争だゾ」
「戦争!?」
※ ※ ※
……この感覚は久しぶりだ。
空気がピリピリしていて息苦しいほどの緊張感……
どいつもこいつも獲物を見つめる『戦士』の目つきだ……
互いに一分の隙も見逃すまいと息をこらす。
そして……動いた!
「オラ、この肉も~らいッ!」
「あぁッ! コラしんのすけ! そいつはオレが大事に焼いてた肉……」
「骨付きカルビはあたしのものよ!」
「ちくしょ~みさえさんに取られた! ならば、この牛タンは俺んだ!」
「甘いわよシン! あんたは野菜でも食べてなさい!」
目の前で行なわれている狂乱の光景に、俺はついていけなかった。
なんでもこの家では……今日は数ヶ月に一度の『ヤキニク』の日なのだそうだ。
数多の肉が焼かれ、そして次々と壮絶な獲りあいの末みな食べられていく。
まさに戦争というに相応しい鉄火場がそこにあった。
呆然としている俺に、スメラギと同じくらいの歳の女性が話し掛けてきた。
「君は食べないの?はやくしないとお肉なくなっちゃうわよ~~?」
「いや……もう見ているだけで満腹というか」
「じゃあ、オラのピーマンあげるゾ」
「俺のタマネギもやるよ」
「オレのカボチャも美味いぞ~?」
「ど、どうも」
「ひろしさんまで……もう! みんなどさくさにまぎれて自分の嫌いなものをお客さんに押し付けないの~~~!」
※ ※ ※
なんだかよく分からないうちに『ヤキニク』は終わった。
結局、俺はただの一切れの肉も食えなかったが……まあそれはいい。
だが理解できないのは……その後風呂に入らされ、いつのまにかこの家に一晩泊まることになってしまってた事だ。
「俺の部屋でいいよな? ちょっと塗料臭いがそこは我慢してくれ」
……たしかに。
その部屋にはなにやら鼻にツーンとくるシンナー臭さがした。
本棚などを見るとエクシアにどことなくにているロボットのプラモデルがいくつも飾ってある………
シン・アスカか。もしかしたら俺と趣味があうのかもしれんな。
だが、今は……
「なんで俺にここまでしてくれる? お前等の狙いはなんだ?」
「別に……ただ、あんたが気になったってだけさ」
「見ず知らずの俺をか? 信じられん」
「……そうだな。強いていえば、あんたが何かに心底絶望しているのを感じ取れたからってとこかな?」
「!」
「俺も……昔似たようなことがあったしさ。そういうの見るとほおっておけないんだ」
「……余計なお世話だ」
「だな。でもそうやって意地を張ってても、弱ってる時は誰かに胸のうちを聞いてほしいって思うもんさ」
「お前に俺のなにがわかる? 俺の何を救えるというんだ」
「救う? 俺が? まさかあ……俺にそんな事はできねーよ」
「……? なら何故……」
「答えってのは誰かに教えてもらうもんじゃあない。のたうち回って、苦しんだ末に自分で見つけるもんだ……違うか?」
「ッ! ……シン・アスカ、お前は俺より年下のくせに生意気だ」
「よく言われるよ」
※ ※ ※
……翌日の早朝。
俺はこの家の住人に黙って家を出た。
礼を言わずにというのは心苦しかったが、この家にこれ以上いるのが怖かった。ここはあまりにも居心地がよすぎる。
今の俺にもう迷いはない。なぜなら俺は答えを見つけたから。
俺達の戦いはまだ終ってなかった。死んだ連中の遺志を引き継ぎ世界を真に変革するまで……俺の戦いは続いていくんだ。
まだなにも終わってはいない、今はまだ途中経過にすぎない、俺の罪もまだ償ってはいない。
全てを果たすか、それとも俺の命が尽きるか、どちらかを完全に果たすまで俺は戦う。
それともうひとつ……シン・アスカと野原しんのすけのおかげで理解したことがある。
俺は今まで世界を変革し戦争を根絶する、そして平和な世界を……と漠然に思っていた。
が、具体的にその平和というのがどういうものか、今ひとつ分かっていなかった。
だが、いま分かった。
平和……それは家族が全員揃って仲良く『ヤキニク』を食べることだったんだな。
あんな平和な戦争なら幾らでもしたい。まさにガンダムに次ぐ俺の理想だ。
だからそのためにも……俺は行く。俺の使命を果たすために
シン……そしてしんのすけ。
もし俺が生きて使命を終え、生きてまたこの街に来ることができたら、そのときはまたみんなで『ヤキニク』をやろう。
そのときは今度こそ俺も肉を喰わせてもらうぞ。野菜だけはもうたくさんだからな。
……行こう。歪んだ再生を破壊し今度こそ世界を変革する!
俺が……ガンダムだ!