0.
「……きみが正しかった……」
「……あなたも間違ってはいなかった……」
長い長い……私にとっては無限に思えるほど長い、それほどの時間を待ち続けた。
その時が来ないのではないかと半ば諦めてもいた。
間に合ったのだろうか。
ようやく訪れた「彼」との対話の時。
なにから話しましょうか。
なにから話すべきなのかしら。
話したいことは山ほどあるけれど……でも今は。
今はただ……彼の温もりだけが欲しい。
「……俺たちはわかりあうことができたんだ……」
「……そうね……刹那」
私は……間に合ったのだろうか。
間に合ったのだと…………信じたい。
1.
アザディスタン王国の某所にたくさんの花が咲き乱れる場所がある。
50年前、宇宙に咲いた大輪の花に模した種類を植えたその花畑の中に1軒の家がある。
決して豪邸とはいえないその家は、現在81歳となるアザディスタン元皇女マリナ・イスマイールの隠居場であった。
激動の戦乱の時代を生き抜き、祖国を辛抱強く復興させ、国民から聖母と謳われ尊敬される稀代の政治家は、すべての使命を果たし終え国政を引退。ここで余生を送っていた……
その優しさで静かに世界を見守りながら。
その日静かに彼女の演奏するオルガンの音色が響いていた。
演奏が不意に途切れる。
そしてしばし静かな時が流れた……
数時間後……マリナを尋ねてきたある人物が、床に倒れた状態の彼女を発見することとなる。
発見時にはすでに呼吸がなく心臓も動いておらず、肌からは体温が失われていた。
多くの国民から慕われたマリナ・イスマイールは誰に看取られることなく……ただ一人だけで静かに黄泉への旅路へとついていた。
だがマリナの表情は不思議と安らかであったという。
死因は他殺でも自殺でもなく、老衰だと後に診断されたが、こうまで安らかなのは何故だろうか。
苦しまずに逝けたからであろうか? それは誰にもわからない。
まるで長年待ち続けた待ち人に遂に出会えたかのような……そんな安らかな笑顔と共に。
アザディスタン王国と共に時代に翻弄された皇女マリナ・イスマイールは永久の眠りについた。
彼女が最後に何を見たのか?そして何を思ったのか?
その真相は風に揺れる花畑の奥で静かにたたずむ、ダブルオークアンタだけが……知っている。
2.
「そろそろいいか……マリナ」
私は静かに目をあけた。刹那に抱きしめられたのは一瞬だったかもしれない。
同時にずいぶん長い時間抱きしめられてたような気もする。
体を離し、改めて刹那を見る。
……あいからわずの美男子ね。
ウェーブがかかった黒髪の、まなじりのやや吊り上がった……あら?
「私……刹那の顔が見えるわ。もう随分昔に目は見えなくなっていたはずなのに」
「目だけじゃない。自分の顔も体も……よく見てみろ」
そう言われて自分の顔を手でさわる……鏡などなくてもそれだけでわかる。あれだけ深く刻まれたしわがまったくない。
その腕を見る……枯れ木のようなもう力も入らないしわだらけの細い腕だったはずが、白く美しい肌をしていました。
「小じわはあるようだがな」
「こじ……! 刹那?これは……いつの頃の私なの?」
「……俺がエルスと対話を始めたあたりの頃だ」
「すると三十を越えたあたり、ですか……どうせならもう少し若い頃がよかったわ」
「どうにでもなる。君は死という儀式を経て古い肉体を脱ぎ去った。だから今の君の姿は君自身が一番印象に残っている時期の君だ」
「死……?そう。やはり死んだのですね?私は……」
「すまない。俺なりに対話を急いだつもりだったが……結局間に合ったのか間に合わなかったのか俺にもよくわからない」
あのとき帰還した刹那と語り合う時間は充分に残されていた……そう思ってたけど……
でも……そうね…私の体がもたなかったのね。
「ではマリナ・イスマイール。名残惜しいだろうが……そろそろ君は君があるべき場所へと行かなければならない」
「まあ。死んだ私はどこへ行くべきなのでしょう?地獄かしら?それとも天国?」
「そうだな君はどちらへ行くべきか……だがその前に」
「その前に……?」
「腹ごしらえが先だろう」
3.
じゅ~!じゅじゅ~~!
……何故か私の目の前に熱くなっているホットプレートがありました。
ここはどこ?
一般的な庶民の民家?
私がいるのはその居間でしょうか?
ふと見るとガラス戸があり、その向こうにさして広くもない庭が見えます。
白い犬……首輪があるから飼い犬でしょうか?私を不思議そうに見ていました。
「今日は年に数度あるかないかの焼肉パーティーだ!肉も野菜も俺が自腹でたくさん買い込んできたから遠慮なく食ってくれよな!」
黒髪で赤眼の少年は食事の支度をしながら楽しそうに言いました。
「なにを偉そうに……お肉はミネルバのタイムセールもので、お野菜はあんたの実家に頼み込んで送ってもらったものでしょ」
赤髪の少女は手伝いながら呆れたように苦笑していました。
「うひょ~♪カッコいいオラにはカッコいいヤキニクがよく似合う~~♪ぶりぶり~!ぶりぶり~~!」
……幼稚園児くらいの小さな男の子がテーブルの上でお尻をふっていました。
「あの君、危ないわテーブルの上でその……あの……なんていうのかしらそれ……」
「ん?これはケツだけ星人だゾ」
「その……ケ、ケツだけ……星人をしていては…………あのテーブルから落ちて怪我してしまうから……ね?」
「ほーい」
「マリナ見事な注意だ」
「……なんか誉められても妙に嬉しくありません、刹那」
「えーと、マリナさん……だっけ? はじめまして!俺この家に居候してるシン・アスカっていいますっ」
「私はルナマリア・ホークね。こいつと同じ居候で軍の同期……まあ腐れ縁といった感じかしら」
「あ、はい私マリナ・イスマイールと申します。中東のアザディスタン王国で昔は皇女……をしていました。よろしくお願いします」
「おお~皇女様なの~?すごーい!」
「まあ市井育ちで貧乏王国を立て直しに生涯かけて奔走した元皇女様……だがな」
「ほほーう……ガンダムにも不況の波という奴が押し寄せているんですなー」
「刹那……?あなた以前に比べて一言多くなってない?」
「気のせいだ」
「で、オラ野原しんのすけ5歳!ねえねえおねいさんニンジン食べれる~?納豆にはネギ入れるほう~?」
「え?あ、よろしくねしんのすけ君……あのニンジンとか納豆というのは」
「ああそれしんちゃん流の挨拶(ナンパ)みたいなものだから。あまり気にしなくていいからね~」
「はあ……そうなんですかルナマリアさん…」
「にしても……いきなり俺たちの前に現れてヤキニク食わせてくれとあんたが言ってきたのには驚いたよ」
「すまんな無理を言って」
「いいってことさ。にしても………刹那、あんた老けたなあ」
「シンはいつまでたっても子供のままだな」
「なにおう!俺はいつまでも子供じゃないぞ俺は……」
「永遠の十七歳か?」
「言うな!そんなわかる人にしかわからない声優ネタで俺の年齢のこと言うなあっ!」
「おお~素で会話してたらいつのまにかかけ合い漫才に」
「意外と馬が合いそうねあの2人」
「刹那……あなた……」
「まあ、さ。とにかく今日はマリナさんの歓迎会だからさ。たくさん食べてくれよな」
「足りなければもっともってくるからね。刹那さんも遠慮なくどうぞ」
「すまない。好意に甘えさせてもらう」
「んじゃさっそくお肉を焼くとしますか~♪」
取り皿にはタレ、プレートには次々と焼かれていくお肉にお野菜……
ヤキニクという料理はよく知らないけれど、そのまま材料をホットプレートで充分焼いて食すだけの料理なのかしら?
でもこの食欲をそそる香ばしい匂い……ついお腹がぐーと鳴ってしまいそう。
……まあ死んだのにお腹がへるというのも変な話ですが……
ともあれ、私も見よう見真似でお肉と薄きりのカボチャを焼いてみました。
……そういえばお肉なんて若い頃は贅沢すぎてとても普段食べられる代物ではなかったような……やめましょ……昔を思い出すのは……
「それではいただきます……んっ」
「どうだマリナ……?」
「おいしいでしょ~?」
「もぐもぐ……こ、これは……!刹那!?」
「ん?」
「私……!こんな美味しい物食べたの一生に何回もないですっ!」
「そ、そうか?」
「はい!」
「じ、じゃあどんどん焼くからたくさん食べてくれよな。ほら刹那も遠慮しないで食えっ」
「遠慮などしていない……言われなくても食べるさシン」
「しんちゃ~ん?タマネギとかお野菜も食べなさいよー?」
「タマネギ……?ルナおねいさん……そいつはオラには似合わないゾ」
「しんちゃん!それを言うなら似合う、だろ?」
「そうともいう……シンにいちゃんとタマネギは似合ってるゾ」
「く~……どうせ俺はタマネギがお似合いの男さ……!」
「!!ッ」
しんのすけ君は急に目を見開くと素早く焼けたお肉をとってタレにつけ、一心不乱にもぐもぐ食べ……あ、そのお肉……
「あひぃ~~~~♪」
「あ、あ~……そ、それ私が大事に焼いてたカルビだったのに……」
「マリナ。ここは戦場だ……そう食うか食われるかの、な」
「刹那?あなたそんな上手なこと言える人でしたっけ……?」
「……50年もエルス相手に対話してたらこうもなる」
それから私は刹那やシン、ルナマリアさん、そしてしんのすけ君とともに楽しく焼肉を食べました。
お肉の取り合いをするシンさんとしんのすけ君。
お野菜も食べなさいと山盛り2人の受け皿に入れるルナマリアさん。
自分が焼いてるお肉だけはきっちり守りつつ黙々と食べている刹那。
何かが満たされていく……欠けていたなにかが埋まっていく。そんな感じがして。
気がついたら、私は食べながら泣いていました。
何故だかわかりません。ただ涙がとめどなくでてきて……私の頬を濡らしていました。
そして不意に。すべてが理解しました。
仮に……私の人生が、長いときをかけ一個づつピースをはめて完成させるジグソーパズルだとしたら。
私が生涯をかけて作り上げた「絵」には一番重要で、一番大切なピースが抜けていた……ということに。
しかし私はその欠けた部分をあえて見て見ぬふりをしてきました。
それは……望んでも手に入らないものだと諦めて……いました。
大事なものは欠けているが他のものはすべて積み上げることができた。それが私の精一杯だと。
自分で自分に言い聞かせていました。
本当は欲しかったのに。
一番大切ななにかを。
でもここには
「ちょ!刹那にしんちゃんその肉は俺が……あれ?マリナ……さん?泣いてる?」
大切な物が欠けた……偽りの幸せではなく
「ほらあ!2人して焼いたお肉そっくりもってくからマリナさん泣いちゃったでしょ!?」
すべてが満たされた本当の……
「お、お野菜ならまだまだあるゾ!ニンジンにピーマンタマネギ、どれでもすきなのどうぞ~」
幸せがある……確かに私は感じました。
「刹那?」
「ん……?なんだ」
「さっきの言葉……訂正します」
「……」
「私…こんな美味しいお料理食べたの生まれて初めてです」
「……そうか」
私の言葉に刹那はわずかに微笑みました。
彼の笑うところ……はじめて見た気がします。
4.
歓迎会が終わった後……刹那は私の前から去りました。
まだ連れてこなければならない奴らがいる、とのことです。
私の前からいなくなってばかりの彼でしたが、私はもう刹那のことを心配していません。
すれ違ってばかりの私たちでしたが……もうわかりあえているのだから。
近い将来、すべての対話を終えた刹那もここ……カスカベに永住することになるでしょう。
私はシンさんの紹介で近くのアパートで暮らすことになりました。
『またずれ荘』……という名前らしいです。
さしあたって敷金や礼金、当面の生活費をまったくもっていない私でしたが、さるお方が出資してくださったとのことですべての準備はすでにできているという状態らしいです。
歓迎会の場所……野原家のすぐ近くということなので、その足でまたずれ荘に向かいます。
関係ないですが自分の足で軽快に歩行できるというのは本当にいいですねえ……若いって素晴らしいわ。
またずれ荘にはすぐ到着しました。なにせ本当にすぐそこですから。
ただ……私はアパートの前で思わず足を止めてしまいました。
門の前に見知っている人たちがいたからです。
何らかの形でお会いしたことのある人……テレビで見たことのある人……記録でのみ知っている人。
そう、彼らは私が元いた世界の人たちでした。
ニール「やれやれ……やっときたか。映画公開第一号の移住者が、な」
マリナ「あなたは…」
ニール「ようお姫様。刹那やCEのみんな、ああ後出来の悪い俺の弟は元気してたか?」
マリナ「え?ええ……コロニー建造現場で危ない所を助けてもらいましたし。
あの……もしかしてあなたも死んだから…ここへ?」
ニール「ああ。みんな貴女と同じさ」
ネーナ「あたし理解できない!」
マリナ「え?」
ネーナ「あんな醜いババアになるまで身を粉にして働くなんてあんたバカなの?死ぬの?
私だったらイノベイターに覚醒するか、もしくは美貌が失われた瞬間に自殺するわ!」
マリナ「……と言われましても」
留美 「まあまあ落ち着いてネーナ。これから一つ屋根の下で暮らす仲間なわけだし。よろしくねマリナ・イスマイール」
マリナ「あなた?確か……あっ!そう王家の当主の」
留美 「思い出した?そ、王留美よ。あなたにとっては半世紀前に死んだバカな女だろうけど。
ここでは皇女様より若いわよ」
ニール「ちなみにお姫様の生活費と向こう半年分の家賃払ったのこいつだから」
マリナ「え、そうなのですか?」
留美 「勘違いしないでね?これは貴国への有償支援よ。利子は勘弁してあげるからちゃんと後で返してね~♪」
マリナ「は、はい…………ううっ、タダじゃないのですね……」
ネーナ「ね?大金持ちのくせにセコいでしょこいつ~」
紅龍 「セコいのではなく経済観念が発達している、とお言いください」
ニール「ともあれ、さ……とにかく!
マリナ・イスマイールさん。俺達は俺達の世界で自分の使命を見事果たし終えた貴女に敬意を表しここに歓迎する!」
留美 「ようこそ春日部へ。よぼよぼのお婆さんモドキでヒロインの成りそこないさん」
ネーナ「そしてようこそこのスレへ!新たな仲間達と……新たな対話を始める為に!」
マリナ「みなさん……はい!これからよろしくおねがいします!」
こうしてまたずれ荘にまた一人、新たな入居者が住むことになった。
その部屋のドアにはプレートが貼られておりこう書いてある。
《アザディスタン王国・春日部大使館 責任者マリナ・イスマイール》