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Last-modified: 2008-04-27 (日) 15:26:24

CE73年9月末日――


「やれやれ、地球連合との折衝は、疲れる」
オーブ連合首長国宰相ウナト・エマ・セイランは椅子にどっしりと腰を下ろすとため息をついた
「お疲れ様です。父さん」
息子の宰相補佐官、ユウナ・ロマ・セイランが労わりの声をかける。
「どうなのです? ブルーコスモスの新たな盟主、ロード・ジブリールという人物は?」
「なにしろ前大西洋連邦国防産業理事だったムルタ・アズラエルは基本が商人だったからね。利害と銭勘定で、交渉もできた。しかし、ムルタ・アズラエル以上にロード・ジブリールはプラント憎しで凝り固まっておる。やりにくいよ。もっともそこを突いて、プラント対策でオーブに大掛かりな援助を引き出せたのだから、そう悪い事ばかりでも、ないがね。有能な事は確かだな。ムルタ・アズラエル亡き後のブルーコスモスを見事に立て直した」
「さすがに、ダメージを受けていても大国の底力はすごいですね。まさかあっという間にマスドライバーが再建されるとは」
「このまま冷戦、と言うのがオーブの国益にとってはいい事なのかもしれんな」
コンコンっと音がする。
「失礼します」
ノックの音と共にスーツを着た男が入ってきた。セイラン家の家令だ。
ウナトに書類を渡すと、お辞儀をして退出していく。
「ほう」
ウナトは軽く驚いた声を上げる。
「なんなのです?」
「エリカ・シモンズが、極秘にモビルスーツを作っているらしいよ」
「へえ。それはすごい」
どこか実感のこもらない声でユウナは応じる。
なにしろジャンク屋がごろごろモビルスーツを所有している世界だ。一個人が趣味でモビルスーツを開発ぐらいしていても、いいのかもしれない。
「コストがすごいぞ。M1アストレイが20機は揃えられる」
「もしや、アスハ家が関わっているんでしょうか?」
以前、ヤキン・ドゥーエ戦後、アスハ家の財政から多額の使途不明金があった事をウナトが掴んだ事があったが、アスハ家の内部事情だからとそれ以上関わらなかった事があった。
「いや、財源は国庫だな。この会計からあちらの会計へ、あちらの会計からそちらの会計へ、巧妙にややこしく動かされて、いつの間にか消えていると言う手口だ。アスハ家が関わっていないと言う事は、エリカ・シモンズ個人の趣味かね?」
「そ、そりゃあ一大事じゃないですか! すぐに警察に知らせてエリカ・シモンズの身柄を――!」
「まぁ、待て……」
慌てだすユウナをウナトが制する。
「ふ……む。この機体の肝は、装甲な訳だな。『ヤタノカガミ』と言って、ビームを跳ね返すらしい」
「すごいですが、実体兵器には、どうなんです?」
「ははは。普通の、発泡金属と変わらないようだ。ビームサーベルにも、無力だよ」
「だめだめじゃないですか! やっぱり拘束……」
「待てと言うに……。ほう。このシールドはすごいぞ。中心部は表面にミラーコーティングをしてビームサーベル対策。特殊な力場を発生させて、陽電子砲の直撃にも耐えられるらしい。周辺部はPS装甲で、実体兵器対策も一応考えてあると言う訳か……。下部は鋭利に尖らせてあり、打突・投擲武器としての使用も可能とな。……いいだろう、開発を続けさせよう」
「いいのですか?」
「『ヤタノカガミ』、量産してコストが下がれば艦船にも貼れるかも知れん。そうなったら、すごいぞ。艦船ならば外殻と内殻の間に実体兵器用の装甲などを付ける様にすれば済む。なにしろオーブは技術で食って行かんとな。国益に沿うなら、多少の事は大目に見よう。日本のソニーのある人も「失敗はいちいち上司に言うな、成功してから報告すればいい」と言っているしな、それを実践したのかも知れんよ、ふふ。一応、エリカ・シモンズには細かい事には口を出さないから、秘密に勝手な事はするなと釘を刺しておく」
「父さんがそう言うなら」
「ところで、明日はアスハ代表が極秘にプラントに出発する日だったな」
「ああ、どうせ例のボーイフレンドと一緒でしょ」
どこか投げやりに、不貞腐れたようにユウナは答える。
「お前ね。自分の方に振り向かせてやるとか、気概は持てんのか」
「んー……」
「まぁ、いい。会談の内容は知っているな?」
「まぁね。『先のオーブ戦の折に流出した我が国の技術と人的資源の、プラントでの軍事利用を止めろ』でしょう? 前々からカガリがプラントに要求している」
「その通りだ。どうにも現実的ではないがな」
「あはは。『先のヤキン・ドゥーエ戦役で流出したプラントの軍事技術を使用するな』と言われたらどうしよう。モビルスーツ、使えなくなっちゃうよ」
「まぁ、アスハ代表が何を言おうが適当にさせておけ。と言う訳で、お前も行って来い」
「僕もですか!?」
「ああ。要は名目は何でもよい、ギルバート・デュランダル議長と顔を繋いどけと言う事だ。その他にもついでにやってもらいたい事もあるがな」
「了解しました。父さん」
……
ユウナが出て行ってしばらくした後、ウナトがふと部屋の隅に目をやると、一人の男が立っていた。
一体いつの間に部屋に入ったものか。
「やあ、こんにちは」
その男がしゃべった。
ウナトは驚く様子も無くその男性に声をかけた。
「ようこそ、灰田さん……」




「なんでユウナまで来るんだよ」
プラントがL4に新規に建設したコロニー「アーモリーワン」に向かうシャトルの中、オーブの代表首長カガリ・ユラ・アスハは露骨に不機嫌な視線をユウナに浴びせる。
こいつ……ボーイフレンドとお楽しみ旅行でもする気だったのか?
ユウナはむかついた。
「父から言われたものでね」
「ウナト宰相が?」
ちっと舌打ちの音がする。
ほんとにむかつく……
更にユウナのむかつきが高まった。
「ところでカガリ、プラントとはどんな交渉をするんだい?」
「わかってるくせに。先のオーブ戦の折に流出した我が国の技術と人的資源の、プラントでの軍事利用をやめさせるんだ! 再三再四言っているのにプラントは応じようとしない!」
カガリは力説する。
「……おい、ユウナ。反対なのか、お前は?」
黙っているユウナが気になったのか、カガリは不安そうな顔をしてユウナに尋ねた。
「んー。受け入れられないと思うよ。論破されるよ、きっと」
「なんでだよっ」
「い、いやぁ……。あ、アレックス君」
「え? は? 自分ですか」
そうそう、驚いた顔をするサングラスをかけたカガリのボディーガードの君だよ!
ユウナはうんうんとうなづく。
「君は、どう思う? カガリの要求が、プラントに通じると思うかい?」
「は、えー。難しいでしょうね。確かに」
「お前までそう言うのか……。はぁ。私は何のために……」
カガリは、しょぼーんとして肩を落とす。
「まぁまぁ! でも言うのは無料だから、言ってみれば? どうせ要求は通らないんだろうから、代わりにプラントからの技術供与とかも申し込んでみたらどうかな?」
ユウナはカガリの肩を叩いて励ます。
どうせ顔繋ぎが目的だからね。
ユウナは心の中でペロっと舌を出す。
「そうか? じゃあ、言ってみる。何が欲しいんだ?」
「んー。水中用モビルスーツの技術とかどうかな? 一応地球連合からディープフォビドゥンとか購入して水中戦力を整えているけどね、我が軍の装備生産が他国に握られてるのはあんまりおもしろくないんでね」
「わかった」
そう言うと、カガリは通路を挟んだ反対側の席に行き、時々アレックスと小声でしゃべってる。
くそう、いちゃつきやがって!
ユウナは舌打ちをした。




カガリ達はアーモリーワンに着いた。
「服はそれでいいのか? ドレスも一応は持ってきているよな?」
アレックスが港のエスカレーターでカガリに声をかける。
「な、なんだっていいよ。いいだろう? このままで」
――!
ユウナの胸を電気が走った。
「そうそう! それだよ! いい事言うねぇ、アレックス君!」
「え。はぁ、必要でしょうから、演出みたいな事も」
「そうだよ! 若い女性が会談にスーツ姿なんてさぁ! 無理して突っ張ってるようにしか見えないよ? カガリはオーブの品格って物も代表してきてるんだ」
「お、お前ら~!」
「解ってるだろ? バカみたいに気取ることもないが、軽く見られても駄目なんだ。今回は非公式とはいえ、君は今はオーブの国家元首なんだからな」
「わ、わかったよ」
やったぁ! ん?
はしゃぐユウナの耳に階下かららしい、会話が耳に飛び込んできた。
「パパ! 船は?」
「軍艦なの? 空母?」
「やっぱり必要ですものね」
「ああ、ナチュラル共に見せつけてやるともさ」
……。
「はぁ。嫌な会話聞いちゃったな」
ユウナは眉をひそめた。カガリもアレックスも、眉をひそめている。
「……すみません」
突然アレックスが謝った。
そう言えば、こいつは元プラント……ザフトだったな。
ユウナはアレックスの出自を思い起こした。
本名アスラン・ザラ。元ザフトのエース。評議会議長の息子。戦争を終結させた英雄。
それが、自分相手に過剰に気を使っている。それはユウナにとってあまり面白い気分ではなかった。
「……いや、気にするな。考えてみたら、たいして悪意のある台詞じゃなかった」
ユウナは軽く手を振ってやった。




「明日は戦後初の新型艦の進水式ということだったな。こちらの用件は既に御存知だろうに。そんな日にこんな所でとは、恐れ入る」
港湾部から居住区へ向かうエレベーターの中で、カガリがプラントの警護人達に軽く皮肉を飛ばす。
おいおい、この人達に言った所でしょうがないだろうに。
ユウナがたしなめようとしたその時。
「内々、且つ緊急にと会見をお願いしたのはこちらなのです、アスハ代表。プラント本国へ赴かれるよりは目立たぬだろうと言う、デュランダル議長の御配慮もあっての事と思われますが」
「あぁ……」
アレックスにたしなめられ、肩を落とすカガリ。
なんか、萌えるぞー!
ユウナの心の中で妙な情熱が広がる。
「その通り。お……!」
エレベーターの通路が透明な材質に変わり、居住区の景色が眼前に広がる!
「見てみなよ、カガリ! 壮観じゃないかね!」
カガリが頭を上げ、ほぅっとため息を漏らす。
「綺麗だ……」
「ああ、綺麗だな」
「……君もだよ、カガリ……。オーブの海みたいでほんとに綺麗だ……」
青と白を基調にした細身のドレスが光に映えて、ユウナの視線を釘付けにする。
ヘアーエクステンションで長髪になった姿はまことにユウナの好みである。
一見少年のような凛々しい風貌であるが、男性のそれとは違う華奢な骨格、瑞々しく肌理細やかな光る肌、襟元から覗くふっくらと膨らみかけた白い双丘が醸し出す艶かしい青い色香が、その身体が少女である事を控えめに自己主張している。
ユウナはため息をつく。
「ば、馬鹿言ってんな! ユウナ!」
カガリは赤くなると、ユウナに向かって声を張り上げる。
「いや、ほんとに……」
「そんなに見つめるなっ」
「いや、ごめん。君から眼が離せなくて」
「変な台詞で謝るなっ」
「いや、ごめん……」
…………
……




「やぁ、これは姫 !お美しいですなぁ! 遠路お越し頂き申し訳ありません」
「やぁ。議長にもご多忙の所お時間を頂き、有り難く思う」
ほう。さすがに一国のトップに立つ男だ。驚いた顔は見せても……目は平常心か。
日ごろ政治家、官僚との腹の探り合いに慣れているユウナは見て取った。
「御国の方は如何ですか? 姫が代表となられてからは実に多くの問題も解決されて、私も盟友として大変嬉しく、また羨ましく思っておりますが」
「まだまだ至らぬことばかりだ」
「で、この情勢下、代表はお忍びでそれも火急な御用件とは? 一体どうしたことでしょうか? 我が方の大使の伝えるところでは、だいぶ複雑な案件の御相談、と言う事すが」
「……私には、そう複雑とも思えぬのだがな。だが、未だにこの案件に対する貴国の明確な御返答が得られない、と言う事は、やはり複雑な問題なのか? 我が国は再三再四、彼のオーブ戦の折に流出した我が国の技術と人的資源の、そちらでの軍事利用を即座に止めて頂きたいと申し入れている。なのに何故、未だに何らかの御回答さえ頂けない?」
「……ふぅむ」
デュランダルは考え込む様子を見せた。
「あ、そろそろ式典の時間です。歩きながら話しましょう」
「ああ」




ザフト軍人、ルナマリア・ホークはうきうきしてアーモリーワンの商業地区をショッピングしていた。
なにしろ明日進水式が行われる戦後初の新型艦『ミネルバ』の乗員に選ばれたのだ。それも、新型機のパイロットとして。
これが喜ばずにいられようか。
ルナマリアは鼻歌を歌った。
「お前もバカをやれよ、バカをさ!」
曲がり角の向こうから、声が聞こえて来る。
なんだろう?
ルナマリアは好奇心のままひょいと顔を出した。
……そこには、くるくる回って踊ってる? グレイの髪の青年が笑いながらくるくる回ってこちらに向かってくる。
「……あ」
変なのと目が合っちゃった。
「……あ!」
その青年がバランスを崩す!
「あ! ……きゃー! てめー! なに人の胸握ってんだよ! いてーんだよ!」
ルナマリアは、倒れこんだ拍子にルナマリアの胸を握り締めたその青年を蹴り飛ばす。
その青年は慌てて逃げて行った。
「ラッキーだったわね、あの青年」
新型艦で同僚になる、マユ・アスカがルナマリアの後ろから声をかける。
「ラッキーって?」
「ルナの胸触れた事と、ルナの暴力から無事に逃げられた事の二つ!」
「あんたねぇ……」
「ふふふ!」
マユは笑うと駆け出した。
「あ、待ってよー!」
ルナマリアも手早く落ちた荷物をまとめると、マユの後を追って駆け出した。




「お兄様、日本からいいお茶が手に入りましたのよ。お飲みになりません?」
セトナ・ウィンタースはロード・ジブリールに言う。
「ほう、それはいいな。一杯もらおうか」
ジブリールは答えた。
『お兄様』と呼ばれていても本当の兄妹ではない。セトナは火星のオーストレール・コロニーの生まれである。
火星から地球へ密航して来て、ひょんな事からジブリールの世話になっているのである。
「じゃあ、今日はちょっと贅沢な飲み方をしましょうか」
セトナは鼻歌を歌いながらお茶の用意をする。
ジブリールはくすりと笑った。
実はセトナはコーディネーターである。しかも、プラントの歌姫ラクス・クラインに生き写しときている。
ジブリールも最初は微妙な感情だった。しかし、今はジブリールは断言できる。セトナの方がずっと可愛いと……!
妹とはこんな物かな、と思う。
コーディネーター嫌いの自分が、皮肉な事だ、とジブリールは思う。だが、それも悪くないかなとも思う。
まぁ、自分が出資したプラントを乗っ取った奴らは今でも憎ったらしいが。
ジブリールは目を閉じ猫のフェリックスの背中を撫ぜながら、セトナがお茶を運んで来るのを待った。






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