SEED-IF_4-5氏_14

Last-modified: 2008-06-12 (木) 17:46:06

地球圏外縁L4――
そこにDSSD――深宇宙探査開発機構――の補給コロニーがある。
今、そこに一隻の宇宙船が接続しようとしていた。
「マーズシップ0357『アキダリア』認識コード確認! ドッキング許可のシグナル発信」
……
『ようこそマーシャン(火星人)、地球へ。火星からの旅はどうだった?』
管制官が尋ねる。
マーシャン――火星人とは、火星にコロニーを作り入植したフロンティアスピリット溢れる人々を指す言葉である。
火星は地球に年に一回使節団を送ってくる。そして希少な鉱物と引き換えに地球の珍しい食材――ウニ、カラスミ(ボラの卵巣の塩漬け)、このわたなまこの腸の塩辛)は元よりハチノコ、イナゴ、ザザムシ等と言った物まで持ち帰るのだ。
今回の使節団はオーストレールコロニーの人々が当たっている。
「順調でしたよ。でなければ、ここには到着していない。でしょ?」
使節団の副官、ナーエ・ハーシェルが答える。
『ははは。そりゃそうだ』
「地球の様子はどうですか?」
『うーん、あんまりいい感じではないな。ユニウス7が落下してからこっち、荒れちまってる。今すぐにでも戦争になりそうな雰囲気だ』
「……愚かな!」
ナーエの後ろに座っている男が吐き捨てるように言う。
『……!? なんだ?』
「いえ、大変ですね。世界は常に動いている、と言う事でしょうか?」
ナーエは取り繕うように言う。
『あんたらが来るのは一年に一回だもんな。最近じゃあ一年あれば戦争が終わるし、また始まるさ――ドッキング確認』
「積荷の転送リストを送ってもいいですか?」
『ああ。また地球のうまいもん持ってってくれ! じゃあな!』
管制官との交信が切れると、ナーエは後ろを振り向いた。
「……少し自重してください。アグニス。不信感を持たれたらどうします?」
ナーエの後ろにいるのはアグニス・ブラーエ。この使節団の団長である。
「また、戦争を始めようなど、愚かでないとしたらなんと言うのだ!」
「それをこれから調べる。それが私達の任務ではないのですか?」
「ああ。だが――DSSDの連中が、さも自分達は戦争に無関係だと言う態度も気に食わん! 俺達の世界で、他と無関係な所などないのだ!」
「アグニス。落ち着いてください。さあ、次の指示はなんですか?」
「惑星間航行ユニット及びコンテナ部切り離し! アキダリア、メインユニットで地球へ向かう!」
「了解です。まずはどの勢力と接触しますか?」
「まずはプラントへ――!」

 
 

「え? 本当?」
ヴィーノは嬉しそうに聞く。
「いやぁまだ分からないけどさ、修理で数日って事になるんなら案外出るんじゃないかって。上陸許可」
「出してあげるねって、タリアさん言ってたよ」
シンが答える。
「うわぁ。この艦長の恋人!」
「恋人なんて……息子代わりに可愛がられてるだけだよ」
「でも、キスはしたんだろう?」
「ん? ふふ」
シンは自慢げに微笑む。
「こいつぅ!」
「ちょっとここまできつかったからなぁ実際。なんか夢中で来ちゃったけどむっちゃくちゃだったもんなほんと。あぁ! ねぇオーブってさぁ……」
その休憩室から聞こえる声に、廊下を歩いているマユは眉を顰める。マユは、弟と艦長の関係にいい感情を持っていなかった。
「あ、お姉ちゃん!」
「あ。……何よ?」
「お姉ちゃん、なんだか顔が怖い……。もし、上陸許可が出たら、一緒にどっか行かない?」
「いいわよ」
「ルナはどうするのかな」
「お墓参り、したいとか行ってたけど。私の方で誘ってみるわ。……あんた達、ルナにオーブの名所とかおいしい物とか、浮かれ気分で聞かないようにね」
「えー。なんで?」
「……いい思い出ばかりじゃないのよ。ルナにとっては……」

 

マユが部屋に入ると、ルナマリアがベッドに寝ていた。
「上陸……出来るのかな?」
「出来るらしいわよ。弟の艦長情報によると」
「ふーん。艦長もさぁ、いいかげん、ショタよね」
「やめてよ」
マユは服を脱ぎ捨てる。
先程のシンの自慢げな顔が甦る。
「不潔よ……」
不快な感情を洗い流すかのようにシャワーを浴びた。

 
 

暇が出来たアスランは、高波で家が壊されたラクス達が引っ越したと言う家を探しに車を出した。
「ん? キラ?」
海岸の砂浜に、キラらしき人影を見つけた。子供に囲まれている。ラクスもいるらしい。
アスランは車を止め、降りていった。
「あはは。こっちこっち! あ?」
「あーアスラン!」
「違うよアレックス!」
「アスランだよ!」
「アレックス!」
「どこ行ってたんだよねえ」
「どこ?」
「カガリは?」
「アスラン」
どこか、ぼんやりとした表情でキラはアスランに声をかけた。
「お帰りなさい。大変でしたわね」
ラクスも、アスランに声をかける。
「君達こそ。家流されてこっちに来てるって聞いて。大丈夫だったか?」
「そうお家なくなっちゃったの」
子供達が、アスランにまとわりつく。
「あぁぁ……」
「あのね見てないけど高波っての来て、壊していっちゃったって!」
「ばらばらー」
「おもちゃもみんななくなっちゃった」
「新しいの出来るまでお引っ越しだって」
「そうだよ、お引っ越しすんの」
「あらあら。ちょっと待って下さいなみなさん。これではお話が出来ませんわ」
「そうだな、ちょっと待っててくれ、みんな」
アスランはラクスをちょっと向こうまで連れ出すと、聞いた。
「キラは相変わらず?」
ラクスは悲しそうに頷いた。
「そうか……」
アスランはため息をついた。
「あいつは優しいからな。心が耐えられなかったんだろう」
「ええ」
「だけど、君は前に進まなけりゃいけない。捕らわれるな」
「……ふふ。キラのお父様とお母様にも同じ事言われましたわ」
「そうか……」
「もう少しだけ、時間を下さい」
「ああ」
「ありがとう」
そう言うと、ラクスはキラに向かって言った。
「キラー! 子供達を頼めます? 私は少し先にアスランと帰りますわ」
「うん、いいよ。気をつけてね。……さあ、遊ぼうか」
そう言ってキラは笑顔を子供達に向ける。子供のような純粋な笑顔だった。

 

「あの落下の真相はもうみんな知ってるんだろ?」
アスランはラクスに聞いた。
「ええ」
「連中の一人が言ったよ」
「え?」
「撃たれた者達の嘆きを忘れて、何故撃った者達と偽りの世界で笑うんだお前らは、って。」
「……戦ったのですか?」
アスラン ユニウス7の破砕作業に出たら、彼等が居たんだ。あの時、キラに聞いたんだ。やっぱりこのオーブで」
「ええ」
「俺達は本当は何とどう戦わなきゃならなかったんだ、って」
「ええ」
「そしたらキラが言ったんだ。それもみんなで一緒に探せばいい、って。……でも、やっぱりまだ、見つからない……」
ラクスが慰めるように肩に手を伸ばしてくる。
何をやってるんだろうな。
アスランは思った。
ラクスは、もう俺の婚約者じゃない。気持ちを吐き出すべき相手は、カガリだろうか。だが、カガリも……
やりきれない感情が募る。
俺はオーブに来て何がやりたかったんだ? ボディーガード? 馬鹿な!
「プラントへ戻るか……」
「え?」
「ああ、いや、なんでもない」
アイリーン・カナーバが半ば厄介払いのように自分をオーブに来る事を認めたのは知っている。
あの女!
あの女がいなければ父も死なずに済んだかもしれない。いや……自分の手で父を殺さねばならなかったかも知れない。
だが……。
アスランの胸の中で父に対する愛憎が渦巻く。
誰が、厄介払いなんかされてやるものか!
アスランはプラントに戻る事を決心した。

 

キラは、子供達を連れて帰るとマルキオ導師にあずけて、自分の部屋へ帰る。
いつもなら、すぐに出迎えてくれるはずのラクスが現れない。
「ははは……ついに、見捨てられたかな」
でも、それがいいかもしれない。僕なんか……。
少し落ち込んだ気分で、自分の部屋のドアを開ける。
――そこに……いた。
「フレイ……」
椅子に座って、向こうを向いている。
長い深い赤色の髪、ぴんと伸びた背筋……。
カーテン越しの淡い陽光が、傾いだ柱を何本も作る。
その光の柱を浴びるようにして、フレイは座っていた。
「フレイ……どうして……生きて……?」
微妙な均衡を保ってきた認識が、ぐちゃぐちゃに混乱していくのかわかる。
これは一体どういうことだろう? フレイが、フレイがここにいるなんて。
だってフレイは……そうフレイは……。
「フレイ……僕は……。ずっと昔から好きで、守りたくて、大切で……傷つけてしまって……。だから、だから……僕が言いたいのは……」
言葉に、ならない。
「わかってるわよ、キラ……」
窓を向いたまま、フレイは言う。
「大切に思ってくれてるって、知ってるから」
「ああ、フレイ……」
キラはふらふらと近寄る。背後から、そっと肩に手を触れる。
「……だから、もう終わりにしましょう、キラ」
フレイがゆっくりと立ちあがり、頭に手をかける。する……と髪が流れた。
ヘアピース?
下から、薄い赤色の本物の髪が現われる。
そして、ゆっくりと振り返ったその顔は。
「……ラクス……?」
「……」
神妙な顔で、じっと僕を見つめるラクス。
改めて見ると、どうして間違えたのかさえ疑問に思えてくる。
「フレイじゃ……なかったのか……」
「体格だって違うし、雰囲気だって違うだろうし……ただ、かつらをかぶっただけ。それだけですわ、私がした事って」
「どうして、そんな事を……」
「そのくらい、キラの目は曇ってたって事ですわ」
「……」
意識が、また暗く深い場所に沈んでいきそうだった。
一歩、下がる。
「また、逃げるのですか? キラ?」
目ざとく察したフレイが、少し厳しい口調で告げる。
「もう……逃げるのやめにしましょう……。フレイさんは……もう死んだんですよ」
「……何言ってるんだよ……そんなことない!」
むきになって怒鳴ると、ラクスはもっと声を張り上げて、僕の胸倉をつかんだ。
小さい手で。力いっぱい。耳がびりびり痺れるほど、大声でまくし立てて、叫びながらラクスは泣く。
「ぅぅぅ……」
目頭が熱い。これは……涙?
僕が、泣いているのだろうか?
キラは頬に手をやる。
びしょびしょだ。
「僕……」
これは、まるで子供の泣き方だな。
そんな自覚をしながら、キラは泣いた。まっすぐに喋れないほど、激しい嗚咽をいくつもこぼして。
話した。
フレイとの事を。
わずかの間だったけれど恋人と呼べた、大切に思っていた、かけがえのない存在だった少女の事を、嬉しかった事を、救われた事を、傷つけてしまった事をキラはひたすら話した。
ラクスは、そんなキラの頭を抱いて、上手にあいづちを打ってくれた。
それだけの事が、死ぬほど嬉しくて、キラはさらに泣いた。
今まで、自分を偽装していたため、流れる機会を失っていた涙を、全て出しきるように。
すべての呪縛から……解き放たれるように。
やがてラクスは、キラの肩を叩いて、言った。
「やっと、私を見てくれましたね」
そう言えば、人をしっかり見るのは久しぶりかもしれなかった。
「明日、慰霊碑に行きましょう。フレイさんのお墓はオーブにはないけど、気持ちは伝わりますわ。……ね?」
「うん……うん……」
キラとラクスは、濡れたまぶたをぬぐって、立ちあがる。
長い悪夢は終わりを告げ、ようやく、キラは自分の時間を歩き始める――かに思えた。

 
 
 

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