SIN IN ONEPIECE 82氏_第09話

Last-modified: 2013-12-24 (火) 03:50:18

 アーロンパーク。
 東の海に暮らす者達ならば、この単語を聞いただけで震え上がり、ある者は支配された村の人間達に同情し、ある者は平穏無事な己の身に安堵するだろう。
 他の海賊に支配されている地域に比べ、種族の違いから支配階級による婦女暴行事件が全く起きないが……そんなものは、常に晒され続ける命の危険に比べれば、鼻で笑ってしまうほどの差でしかなかった。
 他の支配地域は、まだ抵抗すれば倒せるという『希望』があるが……ここには、そんな希望すらないのだから。魚人と人間の能力差は、それほどまでに圧倒的だった。
 『一番弱い』と噂される、ある男にすら勝てない程に。

 その男は、ある女と連れ立ってココヤシ村の中を歩いていた。
 何故か満面の笑顔を浮かべ……まさに、『ホクホク』といった装飾語が似合う姿で。
 肌の色は銀色で、目のふちに赤い妙があるが、世界が白黒ならば、魚人ではなく人間なのではと思えてしまうほど、見た目が人間に近い。他の魚人たちが人間と比べてとてつもなく『デカイ』のに、人間と比肩しても小柄な体格も、迫力の無さに拍車をかける。
 アロハシャツにハーフパンツと、アーロン一味の魚人の例に漏れないラフな格好だ。こうして書くと、いかにも下っ端という風情だが……この男、一応はアーロン一味の幹部であった。
 海獣『ブローム』の飼育係、ニシンの魚人・ドニールである。ブロームの存在がなければ一味の末席にすら席を置けないと評判の男だ。
 抱えたかごには満載のみかん。連れている女は……

「いやぁ、悪いなナミ! いつもこんなにもらっちゃって!」

 ルフィたちの探す、航海士・ナミだった。
 からからと笑うドニールに対し、ナミは冷笑を浮かべた。それは、とてもではないが麦わらの一味にいたころには連想できないほどに冷たく、感情が無い。

「無料じゃないわよ」
「わーってるよ! 金なら後で払うさ!」

 凍えるような言葉に気分を害した風もなく、ドニールはよっこらしょとみかんかごを持ち直した。この程度の荷物を両手で運ぶなど、他の魚人では考えられない事だが……なにせこの男、一味一の非力野郎である。それでも人間に比べれば強いが。

「いやー、うちのブロームがお前さんのとこの蜜柑が大好きでねー」

 にしても。
 いつもの事ながら、ナミはうんざりとした目つきでドニールを見た。

「そのくせ皮が嫌いときてるから、一々俺が剥いてやらないとならん。けどまあ、これも俺の義務みたいなもんだし、あいつが喜ぶの見てると俺もうれしいからねー」

 喋る。
 この男、やかましいくらいに、やったらとフレンドリーに喋る。
 ドニールがやたらとフレンドリーなのは今に始まったことではない。一味の幹部であるナミどころか、他の人間達にも終始こんな感じである。
 それでいて、人間達の意見や悩みにもやたらと親身になって接するのだ。魚人を憎みきれないほど憎んでいるナミも、この男に対しては正直……憎しみよりも、うざったさが先立つ。ブロームが蜜柑が好物とかで、接する機会が多いだけに特に。
 間違っても親しみは感じていない。彼女にとって、魚人海賊団は親の敵であり、近隣の住民にとっても憎しみの対象なのだ……ただ、余りにフレンドリーすぎて、憎む事が出来ずに、苛立ちだけが募っている状態だった。
 なんで魚人海賊団なんぞに入ったのかよく分からない奴ではある。

「蜜柑の汁って目に染みるよなー。俺、こないだ目に入っちまってのた打ち回ったぜ。お前さんとこの蜜柑じゃないからブロームもへそ曲げちまうし、散々だったなありゃぁ。
 お、そうだ! 今度ブロームに蜜柑やってみるか!? 可愛いぞー」
「遠慮しとくわ」
「あ、そ、そう……俺はこのままアーロンパークに戻るけど、お前さんはどうする?」
「……アーロンのところに戻るわ」
「そ、そっか。じゃあ一緒に」
「必要ない」
「あ、さ、さいですかー……」

 取り付くしまも無いナミの返事に、ドニール意気消沈。
 立ち去っていくナミを前に地面にうなだれるその姿は魚人の威厳もヘッタクレも無かった。そうしてうなだれる事しばし。

「俺、ひょっとして嫌われてんのかなー」

 当たり前です。

「はぁ……なんで仲良く出来ないかね」

 グチグチともらしながら、ドニールは立ち上がろうとして空を見上げたその時。

 どぉぉぉぉぉんっ!!

「!?」

 重い衝撃が地面と空気を揺らし、ドニールの足元を掬い上げた。中途半端な体勢を襲った振動に、彼の体が大きく傾ぐ。

「わたっ!」

 しりもちをつくまいと、慌てて体勢を立て直すさなかに、

『ぎゃぁぁぁぁぁっ!?』
「うっほほー!」

 ……ドニールは、悲鳴と歓声が入り混じった音を上げながら、『何か』が空を飛んでいく姿を見た。
 どう見ても帆船であった。

「…………は????」

 アーロンパークの方角、村とパークの間に広がる田園地帯上空に、空飛ぶ小型船。
 余りに白昼夢じみた映像だった。ドニールは呆然と、弧を描いて空を飛ぶその船を眺める。その小型船は、滑空しながら森へと吸い込まれていき……

 どぉぉぉぉぉんっ!

 豪快な着地音を最後に、空から姿を消す。
 しばし、その場で固まってから、彼は気付いた。

 ……このままアーロンパークに帰ったら、間違いなくあの飛行物体に関わる事になるだろう。

「……泳いで帰ろっと」

 ドニールは、全てを見なかったことにして、港への道を歩き出した。
 賢明な判断である。

 ドニールを現実逃避へといざなった怪現象。
 そのあらましを説明するのに、しばし時計の針を逆に回そう。

 見渡す限りの大海原。
 風も少ないその海を、一隻の船が疾走していた。
 進む、ではない……まさしく、疾走である。爆走と言い換えてもいいかもしれない。余りの勢いに船体が海を離れたり着水したりを繰り返し、飛び石のごとく上下にせわしなく動くくらいに。
 原因は、その船体を牽引する生物にある。グランドラインに生息する、海獣と呼ばれるその生物だ。
 その船の乗組員のために、命を懸けるといわんばかりの形相で泳ぐ海獣。そんな彼の背中に、笑顔をたたえた船員からの励ましのエール。

「遅いぞ牛。コレで角磨いてやろうかー?」
「……牛のレバーは血なまぐさく、それを取り払うには下拵えが重要だ。脂肪や血管を抜き取り、水にさらして……」
「俺ー、レバーより骨付き肉のほうがいいなー。あ、けどレバーもいいかもなー!」
『も゛、も゛~~~~~~~~~~~~っ!!!!』
「お、鬼が……鬼が、三人いる」

 ……まあ、そういう事である。仔細は聞くな。あえて言うなら、海獣のほうは本当に命と名誉がかかってる。切実な意味で。
 海獣のほうも情けかけてくれた相手を飯ごと食おうとしたり、船沈めようとしたりで潔白というわけではないのだが……傍から見てる分にはかなり哀れだった。頭の上に載ってるシンに、今にも角を磨かれてしまいそうなあたりが特に。

「お! 陸地が見えてきたぞ」
「ホントか!?」

 モップ片手にモームの頭の上に座っていたシンが声を上げると、ルフィがその後ろから首を伸ばして、そちらを覗き込む。
 文字通り、片腕で頭をつかみ、引っ張り上げて首を引き伸ばして……ゴム人間でなければできない芸当だ。

「うっひょー! あれがアーロンパークかぁっ!」
「……随分とまた、『人』を舐めたつくりだな」

 はしゃぐルフィと対照的に、シンは目の前に広がる光景に眉をひそめた。
 海岸線に沿うようにつけられた防壁と、その中に建造物が見えるのだが……シンが苛立ったのは、その造りだった。彼の中の軍人としての知識と照らし合わせると、余りにも理に適っていないのである。
 砲台はないし、建造物の高さは壁より高いし……要塞としてのあり方をありとあらゆる意味ではみ出しており、攻める側としては楽な事この上ない。この距離からでは分かりにくいが、防壁も基礎から強化したわけではなく、元々あった岩礁に壁を載せただけのように見えた。

「この距離から大砲撃てば、そのうちぶっ壊せそうだな……砲台一つないっていうのはどういうつもりだ?」
「必要ないんだろ」

 シンの至極最もな感想に、サンジが返した。

「海側から攻められる分にゃ魚共はめっぽう強いからな……人間侮ってるってのもあるんだろうが、今まで墜ちてないっていう実績のほうを考慮すべきだと思うぜ」
「…………凄いな」

 こんなザルみたいな居城を、難攻不落に変えてしまった魚人の能力が。
 そういうニュアンスをこめてつぶやくシンに、サンジはふと思い立ち、

「お前、元海軍なんだろ?」
「海軍じゃないよ……『国軍』だ」
「どっちでもいい。お前さんならアレをどう墜とす?」
「俺なら……」

 本来ならサンジの質問は戦術・戦略に分類される質問であり、『戦闘』に特化したMSパイロットであるシンからすれば、畑違いもはなはだしい例題である。
 だが、自分が攻める側に立った今、専門じゃないからと逃げてはいられない。

「そうだな」

 だんだんと近づいてくるアーロンパークを見据えながら、シンは双眸を細めて、

(海に面してるのは、魚人たちが即座に海に展開できるようにか? 成る程、自分達の能力に自信を持ってるわけか。今までの襲撃は、その自信の源を打ち崩す事が出来なかった……ネックは魚人の海中戦闘だな。さて、どうすれば……?????)

 そこまで考えたところで。
 シンはようやく、船に起こっている異変に気が付いた。
 視界の中にあるアーロンパークが、左へ左へとずれていく……船の針路が、それているのだ。

「って、オイ牛! 逸れてる! 逸れてる!」

 慌てて、手にしたモップの柄で海獣の頭部をトントン叩くも、反応が無い。さっきまでは頭を叩くと面白いぐらいに加速したのだが……全くといっていいほど反応が無い。

(おい、まさか……)

 脳裏をよぎった可能性に、背筋が凍る。事実を確かめるべく、身を乗り出して海獣の表情を伺ったシンだったが、その視界が捉えたのは安上がりな希望ではなく無常な現実だった。

 海獣君……目が、 逝 っ て ま し た 。

 そんな遠い目してどこを見つめているのやら……どうやら、体験した事のない恐怖と過剰な長距離全力疾泳のせいで、意識があっちに飛んでいってしまったらしい。
 恐怖のせいで意識を失っても体は泳ぐのをやめないという皮肉……! そうこうしている間にも、舟は陸地へと近づいているのだ……猛烈な勢いをそのままに。
 今の海獣は、ブレーキの欠如した暴走特急。そんなものに乗っていればどうなるか……!

「ルフィ! サンジ! 縄切れ縄ぁっ!」

 このまま海獣が壁に突っ込めば、最悪船はばらばらだ。船の破損は免れないまでも、それを最小限にとどめるための指示をシンは出した。海獣と船を繋ぐ縄を切れば、道連れは免れるはずだ。
 急げとばかりに、後ろにいるルフィたちに向かって声を張り上げ、自分も船に戻ろうと身を翻すも……間に合わなかった。

 ど ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ん っ ! !

 鼓膜を劈く轟音とともに、シンの体を衝撃が襲い――慣性の赴くまま、その体が投げ出される!
 とっさに身を翻し、体勢を整えてから着地するシン。目の前に立ち上った巨大な水柱から、小船の沈没という最悪のシナリオを連想してしまう。
 カナヅチのルフィにとって、海に落ちることは致命的だった。

「――くっ! ルフィぃぃっ!」

 ともかく船長を助けるため、駆け出そうとして……

 ざっぱぁぁぁぁぁぁんっ!

「いやっほー!!!!」

 その頭上を、水柱を突き破った『何か』が飛び越えていった。

「は?」

 その物体から聞こえてくる我らが船長の愉しそうな声に、シンは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
 破壊されていないということは、縄を切るのは間に合ったようだが……慣性の法則に逆らえず、空を飛んでしまったようだ……投げ出されたシンと同じように。
 仲間の無事を確信し、ほっとするシン。海に落ちたのならばともかく、空に投げ出されたくらいで自分の仲間がどうにかなるはずが無いと、彼は知っていた……ヨサクが一寸心配ではあるが、そこはルフィが何とかするだろう。

(あーもー、この船長は!)

 心配が晴れたら晴れたで、今度は能天気な船長に対する怒りが湧き上がってきた……自分のこの感情を理不尽と言い切れる人間は、多分いないだろう。

「俺はやる事がある! 先に行け!」

 こちらに手を伸ばして回収しようとするルフィに、シンは声を張り上げた。船長は満面の笑みとともに手を下ろし、引き続き空の旅を楽しみ始める……空飛ぶ船を見送って、シンは背負った『インパルス』を手にし、海岸線へと歩いていった。

「さて、と」

 置いて行かれた……いや、自分から残ったのは、サンジからの宿題を片付けるため。
 海岸線に立つシンの視界に、アーロンパークが異様な迫力を放っていた……

 以上が、ドニールがみたUFOの正体である。
 ……一連の現象で一番悲惨だったのは、やはり海獣君だろうな。

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