SIN IN ONEPIECE 82氏_第15話

Last-modified: 2013-12-24 (火) 03:55:35

 人と魚人は根本から違うのだと、アーロンは言う。人間は下等であり、魚人は至高の種族なのだと……一味に入ったその日から今日に至るまで、耳にタコが出来るほどにいわれ続けていた理論である。ドニールとしては、コレに異を唱えたい。
 アーロンの理論が事実だとすれば、人間と魚人には、共通する点が全くないことになってしまうではないか。現実には、共通する特徴や要素が山ほどあるというのに!

 そう、たとえば……

「 ゴ ム ゴ ム の 風 車 ぁ っ ! ! ! ! 」

 信じがたいものを見た時に見せる反応とか。

『……!!!!?』

 襲い掛かってきた巨大な海牛と多数の魚人たちを、たった一人の人間が一瞬で撃退する。信じがたいその光景に度肝を抜かれ、目を見開くその姿は、魚人も人間も何一つ変わらなかった。
 しかも、方法が方法である。

 地面に足ぶっ刺して、胴体を一回転以上ねじった後、腕を伸ばしてモームの角を引っつかみ、そのまま勢い任せにぶん回す。
 ……突っ込みどころが多すぎて、何処から突っ込めばいいのやら。不条理すぎて、普通の人間の理解を超えてしまっている……ただ、たった一つだけ、全ての不条理を解決してしまう答えがあった。

「あ、悪魔の実の能力者か――!?」

 思わず漏れたクロオビのつぶやきこそがその答えだった。
 海の秘法にして悪魔が姿を変えた魔性の実。口にしたものの体を変質させ、強大な力を与えるといわれる果実……その種類は体がバラバラになるものや、獣に変身できるようになるものまで、多種多様。

「ゴムゴムの実の、ゴム人間とかそんなのりか……? こりゃ、確かに体が変わってるな」

 うろたえるクロオビに対して、ドニールの態度は平静そのものだった。腕組みして堂々と構え、感心したようにあごを撫でる……その姿には貫禄があり、余裕の笑みすら浮かべていて。

「だがなお兄ちゃん。いいか? 悪魔の実の能力者なんてものはな、グランドラインじゃゴロゴロいるんだぜ? そこからやってきた俺たちが、能力者風情にしり込みするとでも思ってんのかい?」

 ぴっと、人差し指を立てて、格好をつけるドニール。

(決まったぜ! 俺!)

 ……己の姿が光り輝いている事を信じて疑わないドニールだったが、周囲の反応は冷ややかだった。
 冷たい視線や呆れた目線、怒りのあまり血走った目線など、様々な目線に突き刺されるニシンの魚人に対し、クロオビは怒号一喝。

「そういう事はもっと近くで言えこの腰抜けぇっ!!」

 ドニール君、ルフィがモームを振り回すと同時に凄まじい気負いで逃げ出して、めっちゃと奥の安全地帯で踏ん反り返っていた。その逃げ足の速さといったらまあ、逃げ足の速さに自身のあるウソップが、思わず目を丸くしたほどだった。

「あ、あいつ俺より逃げ足速いんじゃねえか!?」
「あー、確かに早かったなー」

 シンも、逃げ出すドニールの姿を回想し、嘆息する。ココヤシ村の皆さんも、予想以上にへたれたその姿に、コメントのしようがないようで、形容し難い表情を浮かべて沈黙を守っていた。程度の差はあれど、その場に居た全員が、逃げ出したドニールに対して何らかの感情を抱いていた。

 ただ一人、この男を除いて。

「――ドニール、手前一体何やってやがる?」

 低い、確認の言葉だった……発言者は、ノコギリのアーロン。
 クロオビたちが意外に思ったのは、本来ならば一番怒り狂うべきである立場にあるアーロンの言葉に、何の感情も篭っていない事だった。放たれた言葉はドニールの行動に対する『確認』だ。

 真剣に問われた事で、ドニールは眉をひそめて、

「うわ、酷え。アーロンさんまで俺が逃げたと思ってんの?」
「そう思ってねえから、聞いてるんだが?」
「あー」

 そっけなく返されて、ドニールはがしがしと後頭部を掻いて、

「距離とって、全体を把握したかったんスよ。『あいつ』好き勝手に暴れちゃ、アーロンパーク建て直しなんて事態になりかねない」
「呼んでもいねえってのに出てくるってのか?」
「そりゃあねえ」

 アーロンとドニール、鮫と小魚という、本来ならば捕食する者される者であろう二人の会話が途切れた、その刹那――

 ぐ ら ぁ っ !

 海面と地面が、揺れた。

『うわぁっ!?』

 不意打ち気味に地面から襲い掛かる振動に、海賊達の背後に居並んでいたココヤシ村の人々は、体勢を崩し尻餅をつくものや倒れるものが続出する。魚人海賊団や麦わら海賊団の一同も、腰を落としこそしなかったものの、立っているのがやっとという状態だった。

「な、なんだぁっ!?」
「地震か!?」
「違う!」

 地面に腰を落とし、恐れ慄くヨサクとジョニーを、シンは一喝した。

「こいつは、俺に任せてもらうぜルフィ!」
「ああ。別にいいぞ」

 立っているのもやっとな酷い揺れの中、シンは背中のインパルスをつかむと、それを覆う包み布を取りはずした。布が風に煽られ飛ばされて、日の光に晒された三色の槍を構え、彼は不敵に笑った。

「さあ……初陣だ『インパルス』!」

 場を文字通り『揺らす』その現象を前に、魚人海賊団の面々は思いっきりうろたえていた。地震そのものにではなく、地震から連想できるある化け物の存在に……

「ど、ドニール! 貴様まさか、『呼んだ』んじゃあるまいな!?」
「呼ぶわけないだろ」

 狼狽を隠そうともせず問い詰めるクロオビに対し、ドニールはひょいと肩を竦めて、

「勝手に来たんだよ。
 『巣』からでもはっきり見えたはずだからなぁ……お友達が海に向かって投げ飛ばされる姿がさ。あいつ、義理堅いんだよ」

 ――化け物に義理堅いもクソもあるか!

 全くといっていいほど事態を把握しているように見えないニシンの魚人の姿に、クロオビは怒りで視界が真っ赤になった。奥歯と奥歯が力の限りかみ締められて、今にもドニールに殴りかかりそうである。

 彼の行動を押しとどめたのは、彼の中に辛うじて残った理性が行動に伴うリスクに対して鳴らした警鐘だった。
 あの化け物が近くに居る状態でこいつに手を出せば……自分は間違いなく、死ぬ。

「な、なんなのだっ! この地震は!」
「そりゃあ簡単な話だ!」

 何とか立ち上がろうともがくココヤシ村の駐在……ゲンゾウの叫びを聞き、ドニールは単純明快に説明してのけた。

「ブロームが海底走ってんだよ! その振動さ!」

 その瞬間、

 ざばぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!

 ぶ ろ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ む っ ! ! ! ! 

 海面を割り、名の由来になった独特の咆哮で大気を揺るがして。
 真紅の海獣『ブローム』はその姿を現した。

「ま、また来たぁ~~~~~~~~~~~~~!!!!」

 いきなり現れた敵の姿を見て、ウソップは悲鳴を上げて腰を抜かした。
 モームと同サイズながらも、若干の愛嬌があったあちらとは違い、蟹独特のとげとげがそこら中から生えた紅い甲羅に、鎧兜のような頭部。目は落ち窪んだ穴の奥で光る紅い光としか表現しようがない。
 間近で見れば見るほど、ドニールの言う『おとなしい』という形容詞とかけ離れたものを感じる。その迫力に度肝を抜かれたらしく、ヨサクとジョニーは腰を抜かしたまま、

「あ、紅い海獣……まさか、こいつが『ブローム』!?」
「で、でけぇ……!」

 実際には、大きさにおいてはモームと然程変わらないのだが……モームが自分を倒した人間を前に萎縮しまくっていた上に、モームにはない迫力が相手に大きさを錯覚させるため、一回りほど大きく感じるのだ。
 不気味に明滅する赤い瞳は、ゆっくりと探るように海賊たちを見回し始める。

 ブロームにとっての敵は、魚人海賊団の敵ではない。
 彼は、飼育係であるドニールに良く懐いていたので、その彼を冷遇する魚人海賊団が余り好きではなかった。ドニールが命じるので仕方なく暴れたりはするが、本心から言えば魚人海賊団の方を叩き潰したいのである。何かにつけてドニールに絡んでくるクロオビなどは、その筆頭だ。
 彼の敵とは、彼に近しい者達の敵である
 ドニールや、自分に蜜柑をくれるナミとノジコ……同じように海底で暮らすモームたちを傷つけるものだ。
 彼には確かに知性が存在し、その知性は子供のような純粋なやさしさと残酷さを内包していた。

『ぶろ……』

 彼は今、その『敵』を探している。先ほど、傷だらけのモームを投げて苛めた、最低な奴を。
 ここで一つ言っておくと、ブロームがモームから聞き出した情報は、非常にあいまいだ。なぜぶっ倒される羽目になったのかと言う理由すら知らないし、相手の容姿についても『麦わらの男』『黒いコック』『紅い服着て槍持った奴』という抽象的な情報しか持っていない。ただ、『友達がぶっ飛ばされた』という事実だけがブロームの感情を刺激し、怒りの火種となっているのである。

 赤い瞳がゆっくりと麦わら一味の顔を眺めまわし……ある一点で停止する。同時に赤い瞳はその輝きを強くして、怒りで歪んだ。

 ルフィはトレードマークの麦藁帽子をナミに預け、サンジはパッと見コックには見えない……この状況でブロームがシンに注目するのは、至極当然の事だった。

 この場にモームを苛めた奴がいる。先ほどモームを投げ飛ばしたのも、こいつの仕業に違いない!

 おいおい一寸待てと突っ込みどころ満載の理論展開であるが、ブロームにとってはそれが事実だった。あながち間違っても居ないのだが……

『 ぶ ろ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ む っ ! 』
「やっぱこうなっちまうか……やり難いな」

 傍から見たら吼えるだけのブロームだが、飼育係であり子供の頃から付き合いのあるドニールには、ブロームが誰に対してどうして怒っているのか、どうしてそう考えたのかという過程にいたるまで、正確に把握する事が出来た。

 確かにやり難いが、それ以上ではない。
 ドニールは静かにシンを殺す事を決意すると、軽い足取りでブロームに歩み寄り、

「そういうわけだ兄ちゃん。アンタのお望みどおり、あんたの遊び相手は俺とブロームでする事になった」
「にゅ~? ブロームでたった一人しか相手にしないのか?」
「こいつら全員相手にしてもいいんだが」

 ハチの最もな疑問に、ドニールは居並ぶ麦わら海賊団を一瞥して、

「……んな事した日にゃ、アーロンパークを基礎から作り直す羽目になりかねん」
「人間相手に何を臆病な……一方的に叩き潰して終わりだろ?」
「モームぶっ飛ばした奴相手にか? 少なくとも、苦戦はすると思うがな」

 チュウの言葉を聞き流し、ドニールは片手を上げて、

「ブローム」
『ぶ ろ ぅ !』
「スイング」

 ブロームが自分に注目するのを確認して、上げた片手をおもむろに横に振りぬき。

「!? 不味い! 伏せろ!」

 ゾロが叫ぶのと、ブロームが右腕を振りかぶるのは、全くの同時だった。

『 ぶ ろ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ む っ ! ! ! ! 』

 ぶ お ん っ ! ! ! !

 豪腕一閃。
 ドニールの腕の動きを模倣するかのように振りぬかれたブロームの紅い腕は颶風を伴い、伏せた麦わら海賊団の頭上を通り過ぎる! 
 アレだけたっぷりと狙いを定める間があったにもかかわらずはずしたのはマヌケとしか言いようがなかったが、交わした当事者達は笑う気にはなれなかった。
 ふりぬかれた速度といい質量といい、笑っていられるレベルではなかったのだ。戦艦を粉々にするほどの一撃は、間違っても人間に対して使用を許される範疇を超えていた。ゾロやサンジ、シンは頬に汗を流し、ウソップにいたってはゴキブリよろしく地面にへばりつき、失神寸前だ。

「条約に引っかかるぞ、これ……」

 思わず前いた世界の常識を口走り、シンは視線を仲間達のほうへ走らせて……固まった。

 視線の先には、ルフィ……が、居たはずの場所。
 そこにルフィの姿はなく、代わりにルフィが足を突き刺した穴から、肌色の何かがブロームに向かって生えていた。
 嫌な予感が胸を満たす中、シンは伸びるその物体を目で追って……その正体を知った。
 降りぬかれた後のブロームの指に引っかかって、全身伸びきったルフィだった。足首はゴムゴムの風車発動時に突き刺さったままであり、そこからブロームの指先まで、肌色の細長いものが不気味に伸びている。指先の、蟹独特の突起物の隙間に首が挟まったらしく、胴から首から手足から、全部が力の限り引っ張られていた。

「ん、んぎぎぎぎぎぎっ!」
「何やってんだお前はぁっ!? 伏せろよ!」

 うめくルフィに、突っ込むシン。状況からして、ルフィがブロームの水平チョップをよけることもせずに食らったのは明白だった。

「そ、それが困った事に……」

 ゴムゴムの腕を伸ばし、必死に首を抜こうともがきながら、ルフィは絶望的な事実を告げた。

「なんと動けねえんだ。足が抜けなくて」

『は?』
「なんでお前は……」
「てめぇ自分で足突っ込んだんだろうが!!!!」

 思わず声をハモらせるサンジとシン。呆れるゾロに叫ぶウソップ……
 殴りこんでぶっ飛ばす。困難ながら単純な行動で終わるはずの事態が、ややこしく絡まり始めた瞬間だった。

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