SRW-SEED_ビアンSEED氏_第25話b

Last-modified: 2013-12-26 (木) 21:02:33

 第二十五話 邪念渦巻く世界b

 現在、ザフトが保有する大規模な地上の基地は大洋州連合領内のカーペンタリア、ジブラルタル基地、そして東アジア共和国のカオシュン基地の三つだ。
 旧オーブ首長国連邦からクーデターによって発生したディバイン・クルセイダーズが、ザフトと共闘姿勢を取っているため、カーペンタリアの守りはほぼ万全の状態といっていい。
 だが残るカオシュンとジブラルタルは、地上戦力の撤退と連合のMSを有する大反攻の前に、遠からず陥落する事は想像に難くなかった。
 ザフト・DCの共同作戦によってマドラスに集められていた大量の物資の多くは灰燼に帰すこととなったが、それも焼け石に水を多くかけた程度の効果に過ぎなかった。
 カオシュン・ジブラルタル両基地攻略に向けて、各方面軍からかき集められた戦力と温存されていた虎の子の部隊が編成され、まもなく出撃の時を迎えようとしていた。
 ユーラシア連邦、東アジア共和国の戦力を核とされたカオシュン攻略部隊の総司令官は、低軌道会戦で第八艦隊壊滅の憂き目にあいながらも、かろうじて生還した“智将”ハルバートン少将(今回の攻略作戦にあたって准将から昇格している)であった。
 傍らにはアガメムノン級戦闘母艦メネラオスの時と同様、コープマン大佐の姿もあった。
 レセップス級に対抗するために急ピッチで建造されていた、地球連合製の陸上戦艦ハンニバル級“アムネマチン”を旗艦に、大小無数の航空機や地上戦艦が地平線を埋め尽くしている。
 アムネマチンのブリッジで、ハルバートンはモニター越しに今回の攻略作戦の要を握る部隊の艦長達と話をしていた。
 整えられた口鬚に穏やかさと聡明さを併せ持った、壮年の男がデュエイン・ハルバートン。
 艦橋モニターに映る二人の人物の内、東洋系と思しい謹厳そうな顔つきの男がイアン・リー少佐だ。
 ハルバートンが毛嫌いするブルーコスモスの息がかかった男だが、能力については口を挟む余地はない。
 低軌道会戦の失態を拭う形で今回の作戦の指揮を任されたハルバートンに対する、監視か牽制。どちらにせよ、心情的には歓迎できぬ相手であった。
 リーに比べれば、多少贔屓目もあるかもしれないが、もう片方の相手に向けるハルバートンの眼は穏やかであった。
 まだ若い女性である。ハルバートンの半分も生きていないだろう、二十歳になるかどうかの女性だ。降り積もる白雪も黒ずんで見えそうな肌に、明るいオレンジ色の、やや癖のある髪と穏やかな美貌。青い瞳には今回の作戦で負う責任への緊張が見て取れる。
 レフィーナ・エンフィールド中佐。若干十九歳のうら若き才媛である。

「リー少佐、エンフィールド中佐。まもなくカオシュン攻略作戦を開始する。ゲヴェル・エスフェルは所定の位置で別命あるまで待機だ。己々奮闘を祈る」

 ハルバートンの言葉に、二人は口元を引き締め、短く了解と答えた。一息つくハルバートンに、傍らのコープマンが一声かけた。

「アークエンジェル級二隻を惜しみなく投じたこの作戦。失敗できませんな。失敗してよい作戦などありはしませんが」
「君も少し皮肉っぽくなったな。だがそれも事実だ。ジブラルタルとカオシュンを押さえれば、カーペンタリアのザフトも満足には動けまい。この戦争、一刻も早く追わせねばならんのだ」

 コープマンとてこの戦いの重要さは理解している。余計なひと言と取られかねない発言は、政治的な影響力から見ても崖っぷちに立たされているハルバートンの現状を、確認したものにすぎない。
 ハルバートンの提唱したMS開発計画が軌道に乗ったとはいえ、ハルバートン自身は第八艦隊を壊滅させられ、その責務を負われて閑職に追いやられかけていたし、これ以上ブルーコスモスの連合構成国への浸透を防ぐためにも、反ブルーコスモス派の主核である自分が、失態を重ねるわけには行かぬのだから。

 ふうっとかすかな息を吐いて、レフィーナは艦長席に背を預けた。巻き癖のある茶色い髪の副長テツヤ・オノデラ大尉が、気遣うようにレフィーナの顔色を覗った。
 テツヤの視線に気づいたレフィーナは、頬笑みを浮かべて大丈夫ですと視線で答える。

「MS隊は?」
「既に第一種戦闘態勢で待機中です。エスフェルのMS隊も用意は整っていると」
「そうですか。それにしても、配属されたパイロット達の素姓、どう思いますか。テツヤさ……オノデラ副長」
「んん! そうですね。スウェン・カル・バヤン少尉、シャムス・コーダ少尉、ミューディー・ホルクロフト少尉。全員がブルーコスモスの息のかかったパイロット。しかも過去の一切の素姓や出自などはなし。 エスフェルのパイロット達は生体CPUと呼ばれているそうです。まるで人間がMSの部品扱いだ。……正気の沙汰ではないでしょう」
「スウェン少尉達は、まだクルー達ともコミュニケーションが取れていますし、既に何度か一緒に戦いましたから信用も置けますけれど。エスフェルのサブナック少尉を始め、三人のパイロット達はかなり難しいそうですね?」
「たしかに、キタムラ少佐も手を焼いてはいるようですが、それでも最初のころに比べれば大分ましです。スウェン達もコーディネイターに対する感情を別とすれば……まだ人間らしいと言えますが」
「どちらにせよ、キタムラ少佐には苦労を掛けてしまいますね」

 どこか済まなそうに苦笑するレフィーナに、テツヤも同じ笑みをこぼした。

 赤道連合がDCとの取引により、暗黙を持ってカオシュン基地から撤退するザフトの兵達を見過ごし、またカオシュンから宇宙への打ち上げも順調に進んでいたため、カオシュンに残された兵力は少ない。
 単にカオシュン基地攻略を目的とするならば、今のカオシュンに残された兵力を一掃する事は容易だ。まるでザフトの実情をよく知る者が、連合に情報をリークしたようなタイミングでのカオシュン侵攻であった。
 それでも撤退する友軍の時間を稼ぐために前線で奮戦するジンやザウート、グーン達を蹴散らす連合の勢いは止まらない。特に突出した戦果をあげているのは、二隻のアークエンジェル級強襲機動特装艦と、それに搭載されたMS達だった。
 月で建造が終えられたアークエンジェル級二番艦ドミニオンとは別に、地上で建造されていた白い船体に紫のラインが走る三番艦ゲヴェル、青い船体の四番艦エスフェルだ。
 一番艦アークエンジェルをベースに二番艦ドミニオンは通信・索敵能力が強化され、三番艦ゲヴェルは航行速度、四番艦エスフェルはMSの搭載・整備性が改善されるなど、艦毎に異なる方向性での改修が施されている。
 三番艦ゲヴェルには、ナイトメーヘン士官学校を首席で卒業し、ユーラシア連邦最年少で中佐となった才媛レフィーナ・エンフィールドが艦長として、同学校を過去に次席で卒業したテツヤ・オノデラ大尉を副長に迎えて指揮を取っている。
 四番艦エスフェルには、ブルーコスモスの息がかかった大西洋連邦からイアン・リー少佐が配属されている。
 アークエンジェルの交戦データから、ドミニオン以降のアークエンジェル級には、船底や各所にイーゲルシュテルンが十基増設された事で対空砲火能力が増し、ブリッジを守る防空ミサイル“ヘルダート”の数も増やされていた。
 艦橋窓全面に移るオレンジの火の玉に白皙の美貌を照らされながら、レフィーナがオペレーターのユンとエイタに指示を次々と出している。
 まだ十九歳という年齢にふさわしい幼さを残す顔には、眼前で繰り広げられる大規模戦闘への緊張と意気込みの色が強い。
 副長であるテツヤも、レフィーナのサポートに徹し、二十九歳と十九歳のコンビはまずまずの能力を発揮している。

「ウォンバット照準、二時方向のディンを撃ちます。ユン、キタムラ少佐は?」
「現在、三機のジンと交戦中です」
「ミューディーのデュエルとシャムスのバスターに艦の護衛に着くよう指示を。推力最大、エスフェルのMS隊と連携して、前方の部隊を突破します」

 凛々しさを纏い、艦長席から凛然と告げるレフィーナに答えるように、テツヤも負けじと指示を出す。

「イーゲルシュテルン、十四番、十五番、十九番、二十番下方のバクゥを近づけるな!」
 
 ゲヴェルの奮戦に促されるようにエスフェルや周囲の連合部隊も、一斉果敢にザフト軍に襲い掛かり、次々と蹴散らして行く。
 その中でも特に目立つのは、PS装甲の上から緑に染めた装甲を左肩に被せたデュエルだろう。フォルテストラは装着せずに戦っている。フォルテストラの火器や防御能力よりも、もともとの機動性や汎用性を選んだのだろう。

 先ほど三機のジンと交戦していると報告があったが、既に二機のジンを沈め、残る三機目のジンも切り結んでいた重斬刀を払いあげ、左手のシールドで突き飛ばした隙に、空いた胴に抜き放ったビームサーベルを突き立てる。
 パイロットの技量の差が明確に出る接近戦でコーディネイターを相手に鮮やかなまでの手並みだった。
 ゲヴェルMS隊隊長カイ・キタムラ少佐である。今では珍しい純血の日本人で、厳格さが滲む顔立ちは三十六歳の年齢よりはやや年配に見えるが、滲みだす活力は、後三十年くらいは機動兵器乗りとして第一線で活躍しそうだと思わせるほどだ。
 カイのデュエルの横に、動力問題が解決され実用されたI.W.S.Pストライカーを装備したストライクが降り立ち、レフィーナからの指示を改めて伝えた。パイロットはまだ十代後半の若者だ。少年と言ってもいい。
 灰色の髪をし、育ちの良さをうかがわせる品のいい顔立ちをしている。だが、アメジストから加工したような紫の瞳には、感情の起伏がもたらす意志の光はほとんど見られない。
幼い頃はともかく、それから後、今に至るまでの人生が決して常識的なものではない過酷なものでなければなる事の無い瞳だ。
 ゲヴェルMS隊に配属されたMSパイロットの一人、スウェン・カル・バヤン少尉だ。

「キタムラ隊長、エスフェルのMS隊と連携し敵MS群を突破の指示が出ました。支持をお願いします」
「スウェンか、分かった。……オルガ! クロト! シャニ! 聞こえていたな? オルガはシャムスとエスフェル、ゲヴェルと前方五〇〇のMS隊を薙ぎ払え。クロト、シャニ、フォーメーションを組み直す。β‐3で行くぞ!」

 カイがエスフェルのMS隊――オルガを始めとしたカラミティ、レイダー、フォビドゥンといった、オーブ戦でその実力を見せた新型機とパイロット達に呼びかけるが、返ってきたのは罵声に近い反発だ。

「うっせえよ、おっさん。おれらに指図すんな!」
「へん、僕らだけで十分さ。艦に戻ってな!」
「……」

 いつものやり取りに、スウェンは小さく溜息をついた。
 両親を反コーディネイターのテロで失い、孤児となって以来収容された施設で受けた洗脳と訓練で、本来の人間性を強く封じ込められたスウェンがこのような反応を示す事自体も珍しいのだが、まるで学習しない同僚には呆れを通り越して感心してもいる。
 オルガ、クロト、シャニは現在連合でもっとも戦闘能力の高い強化人間だが本人達の精神・倫理的な問題から彼ら同士どころか友軍との連携などまず望めない。
 その為、彼らの指導に本来ゲヴェルMS隊の隊長を務めるカイが駆りだされ、今回の作戦では両艦のMS隊の戦闘指揮官に任命されていた。
 ゲヴェルに配属されたスウェンの同僚である、根は陽気な皮肉屋シャムス・コーザや、エキセントリックだが社交性はあるミューディー・ホルクロフトなども癖はあるがカイの命令には従うし、それなりに人間性も残している。
比較論ではあるが、オルガらに比べればよほど扱いやすいだろう。
 そして、カイがそんな扱いにくいオルガ達に下した対応策は鉄拳制裁と説教であった。

「この、馬鹿ものが!! 艦に戻り次第、説教をくれてやるぞ! それともまたブン投げられたいか!!」
「げ」
「……まじ?」
「くそ、分かったよ!?」

 生身の身体能力・MSのパイロットとしての技量共にコーディネイターさえ凌駕するオルガらを相手にストライクダガー同士で演習を行った際、背負い投げを披露して三人を尽くぶん投げた光景はスウェンも覚えている。
いくらMSが人型とはいえ、まさか背負い投げを見る事になるとは思わなかったものだ。
 それ以来、何度も噛みつくオルガらがカイに投げられ、絞め技を極められる光景が日常茶飯事になったのは、ゲヴェルの一種の名物であった。
 まさしく肉体に刻み込んだ痛みで躾け、なんとかオルガ達に言う事を利かせる事に成功している。

「またあの三人、バカやっているの?」
「それが取り柄なんだろうさ、ミューディー」

 ゲヴェルの直属に着いた二人も、戦闘の最中のやり取りに程よく力が抜けたのか、小さく笑いながらスウェンに通信を入れてきた。
 この二人との付き合いはまだ長くも浅くもないが、ゲヴェルに配属されてから二人とも穏やかな顔をしている事が多い。
 あのおっとりとした涙もろい艦長と、生真面目で人の好い副長、厳格だが人格者のMS隊隊長のお陰かもしれない。
 そこまで考え、スウェンは、そんな事を考えるようになった自分に軽い驚きを覚えていた。
 どうやら変わったのは自分もらしい。なぜかそれに気付いた事が口元を綻ばせていた。

「あら、スウェン。笑った?」
「まじか? 珍しい事もあるもんだな。良くない事でも起きる前触れか?」
「随分と言うな」

 正直に言ってくれる二人にどこか憮然と答え、スウェンは30mmガトリング機関砲とストライクの右手に握らせている57mmビームライフルを構え直し、目の前のザフトに意識を集中し直す。
 アレは空の化け物だ。アレは人類の敵だ。アレは滅ぼさなければならない存在だ。アレは地球にとって害悪だ。コーディネイターは宇宙の悪魔だ。
 脳裏に教え込まれ、刻みつけられた言葉が反芻する。
 スウェンの瞳から感情が消え去った。ミューディーとシャムスの声からは冷徹な殺意が滲みだす。
 彼らは、ナチュラルの狂気が産んだコーディネイター殲滅の為の兵器なのだ。

「良いコーディネイターは死んだコーディネイターだけよ!」
「さあ、お仕置きの時間だ」

 フォルテストラを装備したミューディーのデュエルが、レールガンとミサイルポッド、ビームライフルでゲヴェルに迫るディンや戦闘機を容赦なくたたき落とし、その中のパイロット達の命を散華させる。
 その輝きこそがミューディーにとっては喜びに繋がる貴い光なのだ。
 シャムスの乗るバスターも6連装ミサイルポッド、350ミリガンランチャー、対装甲散弾砲、収束火線砲で地上から迫るバクゥやジンを鉄屑に変えてゆく。そこには一片の情の欠片も無い。敵は殲滅する。
 ましてや相手はコーディネイターなどという人の姿をした化けものなのだから。
 的確な狙い、咄嗟の判断力、瞬間の反応速度、オルガやシャニ達ほど特別な措置を受けていないながらも、高いレベルで纏められた優秀なパイロットと言えるだろう。
 だが、カイのデュエルと肩を並べて敵MSに突貫するスウェンの力量はその二人の上を行くものだった。
 30mmガトリング機関砲とビームライフルの射線は確実にジンの装甲へと吸い込まれ、それを回避した機体にはわずかな間をおいて115ミリレールガンの、音の壁を容易く超える弾丸が襲い掛かり、空中で地上で爆発は連なり、ただでさえ数で劣るザフトのMS達は瞬く間にさらに数を減らして行く。
 カオシュンに残されたMSの数は少なく、兵の質も決して高くはない。それでも一人でも多くの仲間を宇宙に逃がす為に踏みとどまり、奮戦するザフトの兵達を嘲笑うかの如き非情な猛攻は続く。
 キャタピラによる高速移動で迫るバクゥ三機に目掛けて推力を最大にして一瞬で飛び上り、右手に握った9.1メートル対艦刀を三機の内の一機の目の前に投擲する。
 勢いを殺せぬバクゥはそのまま直進して自ら対艦刀に突っ込む形で両断され、残る二機はキャタピラ走行から四肢での機動に切り替え、空中でスウェンのストライクめがけて背のミサイルとレールガンを立て続けに撃ち込んでくる。
 ミサイルをシールドに装備された30mmガトリング機関砲で撃ち落とし、レールガンを回避しながら、スウェンはストライクを片方のバクゥ目掛けて突撃させた。
 射線軸の向こうから敵が向かってくる事は滅多になく、その滅多にない事をされたバクゥのパイロットの判断が一瞬遅れた。優雅な弧を描いたストライクの足が思い切りバクゥの頭部を蹴り飛ばし、バランスの崩れたバクゥを踏み台にすると同時に残るバクゥ目掛けてスラスターを全開にする。
 空中にあるわずかな時間の間に、腰のアーマーシュナイダーを抜きだして、傍らをすれ違い様にバクゥの胴体に突き立てた。
 瞬く間に三機のバクゥを屠ったスウェンの耳に、戦闘に高ぶるシャムスやミューディーの声が届いた。

「あはははは、貴方達みんな、私が良いコーディネイターにしてあげるわ!!」
「そらそらそら、宇宙の化け物は地球から出て行けよお!」

 スウェンは、同僚達の言葉にカイが苦い顔を浮かべているだろうと、なぜか思った。

 ゲヴェルとエスフェルに搭載されたMSは、すべてGAT-Xシリーズで揃えられていた。
 ダガーシリーズの開発・生産によりコストのかさむGAT-Xだが、PS装甲や基本性能の高さから、少数のエースや指揮用に今も生産されている。
 カラミティやレイダー、フォビドゥンもバリエーション機をはじめ徐々に生産がおこなわれている。
 今そのカラミティなどを操るオルガ達は、アードラーの手による強化がある程度の成果を生み、次の研究対象を見つけた――いや、本来の研究対象へと向き直ったアードラーの手を離れている。
 基地施設の奪還を試みる連合としては、砲撃能力が高すぎて破壊してしまうカラミティは少々困りどころではあったが、程よくカイの檄が飛び、オルガも味方ごと巻き込むような砲撃や必要以上の無駄弾を撃つような真似はしないでいる。
 シャニやクロトも、窮地に立たされた友軍機を援護するという、少し前までは考えられない真似をしている。
 カイの鉄拳指導とアードラーの手を離れた事が良い方向に働いているらしい。この二人の変化には、DCとの戦闘で出会ったオウカやシン、ステラ達もきっかけとなっていた。

「弱い奴らが出てくんじゃねえよ! 全部ふっ飛ばしちまうぞ!?」
「のろいのろい、ほら殺しちゃうよお? 滅殺・激殺・絶殺!!!!」
「お前ら……うざすぎ」

 シャニのフォビドゥンのフレスベルグが、二機のジンを纏めて粉砕し、クロトのレイダーが振り回した破砕球ミョルニルが、空を飛ぶディンを真正面から打ち砕き、オルガのカラミティはその圧倒的な火力で立塞がる者全てを破壊してゆく。
 移動要塞と称されるべき防御能力と攻撃能力を兼ね備えたアークエンジェル級二隻も、次々と補給を求める友軍機を収容しながら、群がるザフトを蹴散らす。
 DCとの戦いでは負けが続いていた連合が、その欝憤を払うかの様な圧倒的な攻めであった。この作戦にはバスターダガーやデュエルダガー、105ダガーとGAT-Xナンバー以外にもダガーシリーズの高性能機が無数に投入されていた。
 性能の面では、ザフト側の最新鋭機であるゲイツでなければ対抗できないMSの大部隊。パイロットの面ではそれでもまだ、ザフト側がわずかに優勢ではあったが、それもゲヴェル、エスフェルの二隻のMS隊と強化人間達が戦線に投入された事で覆され、カオシュンの陥落は、当初の予定をはるかに上回る短時間で終わった。

 カオシュンと時期を同じくして行われたジブラルタルの攻略に投入された部隊は、カオシュン以上の精兵と言えたが、果たしてそれを人間と呼べたかどうか。
 アードラーを乗せたアークエンジェル級五番艦シンマニフェルの艦橋で、アードラーは目の前で繰り広げられる一方的な虐殺を愉快そうに見つめていた。
 本来コーディネイターの強靭な肉体と運動能力を持たねば操縦できないロングダガーや、GAT-Xナンバーの機体が、あまりにも滑らかな動作で動き、コーディネイターであろうとも耐えられぬ殺人的な機動で戦場を闊歩し、敵を遭遇した端から次々と破壊している。

「くくく、流石にわしのゲイム・システムはやりおるわ。まだ人間の脳を介さねばならん段階じゃが、あの生体CPUどもなんぞよりよほど役に立つじゃろう? アズラエル理事」
「確かに、宇宙の化け物共があんなに簡単に死んでゆくとは。いやはや、僕も投資した甲斐がありましたよ。コッホ博士?」

 オブザーバー席で、アードラーの笑い声に等しい声で答えるのはブルーコスモス盟主ムルタ・アズラエルだ。
 アードラーが研究していたゲイム・システムがとりあえずの完成と、その副産物的な成果を目の辺りにする為に、こうして実際の戦場まで足を運んだのだ。

「いやあ、やればできるもんですネエ? 脳直のインターフェイスですか。僕の所の研究所でも作らせてはいたんですけど、なかなかうまくいかなくてねえ。コッホ博士のお陰、というやつですか」
「ふふ、素体なぞいくらでも用意できるからな。死刑囚、人身売買、捕虜、それに戦傷で体を失った兵達。自分から志願する者もおったわ」

 今彼らの見るモニターに映るMS達の中には、ドーム状の金属容器に収納された人間の脳がパイロットとして搭乗している。
 対ショック構造のポッドに生命維持装置、周囲のチューブには脊髄の中枢神経が収められている。極限までコンパクトにまとめた“人間”だ。
 MSを構成する部品を生身の肉体の代わりとした、巨大なニンゲンが今そこに居る。生物的な滑らかな動作で銃の引き金を引き、戦場を闊歩してザフトのMSと渡り合っている。
 人間の肉体の面影をその動作の滑らかさに残しながら、鋼の肉体は、コーディネイターであるザフトのパイロット達を嘲笑うように次々と屠っていった。
 こんな自分達が生み出されたのは、お前達の所為だと言うように。あるいは、お前達も自分達と同じ化け物だろうと、嘲笑う様に。
 一人悦に入るアードラーを横目で流し見ながら、アズラエルは心中でほくそ笑んでいた。この老人の価値も、そろそろ無くなってきたと。
 そして、連合の切り札はまだこの老人の妄執だけではないのだ。

(さて? 地底世界とやらのお客人は、頑張ってくれていますかネエ?)

 アードラーとアズラエルの眼に映る戦場とは違う場所で、その地底世界の客人達は確かに働いていた。アズラエルの考える以上の働きを。
 展開していたはずの友軍が全滅したという情報を受けて急遽駆け付けた、ジン二個小隊を待ち受けていたのは、地面から突如生え、ジンの足を掴んだ巨大な腕であった。
 その腕は土から次々と生まれ、それは凹凸の激しい表面を持った肩を生み、胸を生み、腰を生み、足を生み、それは30メートルほどの、赤い複眼を持った異形の巨人となった。瞬く間に数十を超すその巨人は、デモンゴーレムといった。
 雄叫びや、自身を構成する岩を投げつけるなど、極めて原始的な攻撃方法ではあったが、元来土から生まれたデモンゴーレム達は、ダメージを一切考慮する事はなく、またそのパワーはMSを一撃で破壊する事も出来る。
 突然の異常事態の勃発と数で勝る異形達の攻勢に、平静を保てなかったジンは、ものの数分で壊滅の憂き目にあう事となった。
 その光景を、はるか上空から見下ろす巨大な影が二つ。人型の名残をわずかに留める、緑や金の角の様な装甲を持ち、見るだけでその禍々しさに心を殺されてしまいそうな異形と、
 紫色の装甲に両肩の大きなアームガードや、何枚も装甲を重ねた様な脚部、バックパックなどが特徴的な機体の二つだ。
 異形の機体は名をナグツァート、紫の機体はグランゾンといった。
 ナグツァートのコックピットの中で、緑色の波打つ長髪に死人の様な顔色をした壮年の男が、邪悪と形容する他ない笑みを浮かべていた。

「ふふふ、御覧ください。シュウ様。地上の兵器達も、たかがデモンゴーレムにさえ満足に抗う事もできずにおります」
「……たかがと呼ぶモノに頼っているのが私達なのでは? ルオゾール」
「だめですよ、ご主人さま! それを言ったらルオゾール様の血圧が上がっちゃいます」

 男をルオゾールと呼んだのは、紫の髪を持った二十代前半の若者だ。どことなく憂いを帯びた端正な顔立ちは、薄靄の様に捉え難い気品と危険な魅力がある。
 ルオゾールの恭しげな態度からして、この若者が主なのだろうか。
 不可解なのはこの若者をご主人さまと呼んだのが、青い文鳥の様な鳥だったことだ。かなり流暢に人間の言葉を話している。極めて精巧に作られたロボット鳥……だろうか?

「しかし、この戦いに介入する事が本当に必要な事なのですか、ルオゾール? 記憶がないせいか、どうもにも必要性が私には感じられないのですが」
「無理もありませぬな。私の蘇生術は不完全なものでした故、シュウ様の記憶に欠落が出来てしまいました。我らの崇めるサーヴァ・ヴォルクルス神の復活には億を超す生命と憎悪が必要なのでございます。
すでにこの地上にでは十億を超す生命が死に、その残留思念を取り込むことでヴォルクルス様のご復活は間近なものとなりましたが、
 確実にする為には信徒たる私達自身が生贄を選別し、捧げる事が肝要なのでございます」
「そうでしたね。ですが、あのムルタ・アズラエルという男、気に入りませんね。私達を利用しよう言う魂胆があからさまです」
「所詮、我らの真意もヴォルクルス様の偉大さも分からぬ地上の俗物でございます。ですが奴がこの地上の軍勢を牛耳るものである事も事実。ヴォルクルス様の為にせいぜい利用するのが、今は必要な事かと」
「貴方がそういうのなら、そうなのでしょうが。……まあ良いでしょう。周囲にザフトの反応もありませんし、私とグランゾンがこれ以上ここに居る必要もないでしょう。私は引き上げます。後は貴方の好きになさい」

 どこか腑に落ちない表情を浮かべるシュウだったが、それだけ言うと、ルオゾールの返事を待たずして、グランゾンを後方へと向けて動かした。
 疾風さえも追い抜くのではないかと見える速度で見る見るうちに遠ざかるグランゾンの姿が消えてから、ルオゾールはナグツァートのコックピットの中で、袖の長い法衣に隠れた左腕を強く握りしめていた。
 今死んだばかりのザフトの兵士達の断末魔の悲鳴と絶望、そして死した後にさえ苦痛に苛まれる事を知った恐怖が、ルオゾールの魂に湧き立ち、歓喜を尽きぬ泉の様に生み出す。
 捲り上げられた左腕は、人のものではない極彩色の瘤が蠢き、吐き気を催す色で脈動する異形のものであった。

「間もなく、もう間もなく御身の再臨の時ですぞ。ヴォルクルス様、この私自身が貴方の代弁者として世界に破壊を齎す時が。……く、くははっは、ああはっはっははは!!」

 もはや人の心では造りえぬ狂気と憎悪と妄執が織り描く狂気絵画を、その心に飾り、破壊の神ヴォルクルスと一体となったルオゾールは、いつ終えるとも知れぬ笑い声を、長いこと上げ続けた。

 

 地球連合に以下のキャラクターが加わりました。
レフィーナ・エンフィールド(CE生まれ)
テツヤ・オノデラ(CE生まれ)
ユン・ヒョジン(CE生まれ)
エイタ・ナダカ(CE生まれ)

シュウ・シラカワ(EX)
チカ(EX)
ルオゾール=ゾラン=ロイエル(LOE)