SRW-SEED_ビアンSEED氏_第29話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 21:05:30

ビアンSEED29話 
秋風吹きすさぶCEの宇宙に少年の愛の花は実をつけるのか!?

 シン達が宇宙に上がる前――シュウ・シラカワとビアン・ゾルダークが、奇妙な縁で結ばれているかの様な再会を果たした後の事。
 連合が制圧した日本伊豆基地に帰投したゲヴェルの艦長室では、レフィーナとテツヤが互いに顔を突き合わせて首を捻っていた。
 すでにカオシュンから撤退したザフト兵掃討作戦を、無事“完了”した後だ。
 シュウの言ったとおり上層部への口添えはあったらしく、これと言って咎められる事も無く日々は過ぎた。
 では、なぜ今この二人が顔を突き合わせているかというと、シュウの残していった土産を前にしているからである
 伊豆基地に戻ったレフィーナ達に遅れる事数時間ほどでグランゾンが姿を見せ、事情の説明を求める連合の将校やレフィーナ達に取り合う事無く、すぐにまたどこかへと姿を消してしまった。
 そのさいに、どういうつもりなのか、レフィーナ達ゲヴェルのクルーに土産を置いていったのである。
 レフィーナのデスクの上に置かれた包みを見て、テツヤはその名を口にした。
「せんべいですね」
「ジャパニーズ・クッキーの事ですよね?」
 簡単に言えば米を突いて形を整えて焼いたものだが、それが確かに二人の目の前にあった。包みには『秋せんべい店ご長寿セット』と書いてある。
 ダイヤモンドみたいに堅そうで粒の大きい白砂糖がびっしりのざらめと、パリッと焼いた海苔を巻いた海苔巻き、厳選した国産大豆から醸造した醤油と魚沼産コシヒカリを使った厚焼きの三点セットだ。
「シラカワ博士の私用は、東京見物だったんでしょうか? テツヤさん」
「さ、さあ?」
 同じ日本人(という事になっている)とはいえ、そうそう他人の考えなぞ分かるものではない。
 レフィーナに可愛らしく小首をかしげて問いかけられても、テツヤには満足な答えなどありはしなかった。
 した事と言えばレフィーナの愛らしい仕草に頬に血を登らせた位である。
 せんべいを前に大の大人二人で首を捻っているという図も妙なものだが、土産を置いていった人物がシュウ・シラカワであるだけに安心できない。
 普段の行いがこう言う時にモノを言うという事だろう。
 ただ何時までもたかがせんべいを前ににらめっこをしていてもはじまらない。やおらに、レフィーナが名案を思いついた表情をして、にこやかにテツヤに笑みを向けた。
「ちょうどお茶の時間ですから、いただいてしまいしょう。おせんべい」
「は? はあ、確かに丁度の時刻ですが」
「おせんべいって、コーヒーでもあうんでしょうか? 紅茶とコーヒーならありますけど、どちらがいいですか?」
 コーヒーと紅茶。まさかせんべいを食べる時にその二択を提示されるとは。妙な感慨にふける自分に気付き、テツヤはいかんいかんと首を振った。
 なにしろ折角レフィーナからのお誘いなのであるからして、ふだんから奥手な自分達としてはこう言った何気ないスキンシップとて重ねていかなければ関係の進展というものはないのだ。
 ……けっして二人っきりでお茶をして良いムードになるといいなあなどとやましい気持ちを抱いてはいないのであって。
 まあ、奥手の達人とさえいわれる二人だが、こうして二人っきりの時には階級でも役職でもなく、お互いの名前で呼び合う程度には進歩しているのだ。
「……紅茶でお願いします(何を考えているんだ、おれは!?)」
「はい。すぐ淹れますから、待っていてくださいね」
 無垢なレフィーナの笑みがあまりに眩しくて、少し後ろめたいテツヤであった。

 ゲヴェル名物の一つである副長と艦長の関係に、意図せず一助を果たしたとは知らず、シュウ・シラカワとその使い魔チカは日本を離れ、遠くユーラシア連邦の旧チェコに居た。 
 太陽の陽ざしを遮り暗黒に閉ざしてしまうほどに濃密な森の奥深く。噎せ返るほどの緑の匂いを運ぶ風が獣鳴き声や小鳥のさえずりが吹き抜ける渓谷。岩にぶつかり白い飛沫をいくつも上げる激しい川の流れに足を踏み入れ、
 この時代にまだこんな場所があるのかと思わせるような、人の手が触れていない自然の中を突き進んだ果てにそれはあった。
 おとぎ話に出てくる魔女の館をそっくりそのまま持ってきたような屋敷であった。幾本も重なって壁の様に生える木の合間をすり抜け、開けた場所に立っている。煉瓦の煙突からは虹色の煙が絶え間なく立ち上り、蒼穹の空に溶けては七色に空を変えている。
 緑だけではない、赤や紫の苔が生した屋根に、成人男性の二の腕ほどもある蔦が絡まりあった壁。ガラスが入っているはずの窓は光を吸いこんでしまうのか闇に閉ざされて屋敷の中を窺い知ることはできない。
「ごごごご、ご主人さま。もんのスゴイ不気味ですよぉ!?」
 半分泣きそうなチカだ。これでもシュウの無意識から作ったファミリアだというのだから人間分からない。
「褒め言葉かもしれませんよ、この屋敷の主にとってはね」
 大の大人でも青息吐息の道のりだと言うのに、身に着けた白衣に似たコートや靴に汚れ一つなく、端正な顔立ちに汗の一粒も浮かび上がっていないシュウが、肩の使い魔の言葉を意に介さず足を進め、屋敷の玄関の扉の前で止めた。
 真鍮の輪を、同じく真鍮の獅子が加えている。シュウに手が輪を握ろうとした時、余ほどの腕を持った職人が彫琢したであろう精巧な獅子が、ぎょろりと目を向けて低く唸り声を上げた。
 チカは今にも泡を吹きそうなほどに怯えているが、シュウは小さな子猫が目の前にした存在が獅子であるとは気付かずに、無謀な真似をしている程度にしか映らなかっただろう。
 シュウが握った真鍮の輪がカッ、カッと音を立てて屋敷の人間を呼ぶや、獅子は仮初に吹きこまれた生命を失ったのか、元通りただの精巧な飾りに戻っていた。
「あ、あれ?」
「一種の幻覚ですよ。簡単なテストといった所ですか? お嬢さん」
「わ!? 何時の間に」
 シュウの目の前に、120センチくらいの少女が立っていた。握っていたはずの輪は内側に開かれたドアと共にシュウの手から離れている。
 少女の年の頃は高く見積もって十歳くらいか。純金の輝きをそのまま封じ込めたような繊細な髪に、何処までも澄み切って青く輝く瞳と、若さよりももっと純粋で無垢な幼さが持つ生命の活力がみずみずしい肌の張りとふっくらとした頬のあどけなさ。
 どんな凶暴な心の持ち主でも、この少女だけは何があっても手にかけてはいけないと思ってしまいそうだ。
 紫サテンのワンピースを着て、金髪を青いリボンで高く結った少女は、瞬きをせずにシュウの顔を見上げ、ワンピースの裾を持って淑女の礼を取った。
 どこの上流階級の人々や王侯貴族の前に出しても賞賛の目でしか見られない完璧さだった。
「遠く見知らぬ因果地平からようこそおいでくださいました。この屋敷の主も貴方様がお尋ねになられるのをお待ち申し上げておりました。シュウ・シラカワ様」
 掌中の玉と大事に育てられた姫君が、慎ましく鳴らした琴の音か鈴の音の様に美しく、どこか無機質で硬い少女の言葉に、シュウは分っていたというように頷いた。
「急な事になってしまい、申し訳ありません。しかるべき手順を踏むべきだったのでしょうが、何ぶん急ぎの用事でしたのでね」
「シラカワ様が通られた森は、かつて千の顔を持つ邪神を召喚しようとした者達を、邪神と敵対する火の神性の力でもって焼き尽くした森を移植したもの。
 残留する火の神性の力が、大地の上を歩む者すべてを焼くものでございます。
 次にとおられました渓谷は、かつてこの星が見守る中、人の善と悪が戦ったおりに絶対零度と無限熱量によって穿たれた跡を再現したもの。
 模造ではありますが極々低温と無限熱量が生命の存在を許しません。残る川の流れも扉の獅子もより強力な護り。それを超えられた方を無碍にはできません」
「そう言って頂けると、とりあえずの慰めにはなりますね。……すぐにお会いできますか?」
「はい。最後に私の質問に答えていただければ……」
 シュウを見上げる少女の瞳が、怪しく輝いた様に見え、チカがひえっと呟いて震えた。少女の唇からわずかに見える真っ白な歯が、鮫の様に鋭く獰猛な牙に見えたのだ。
 もとより妖の気を含んでいるかの様な大気が、その霊的な意味での濃密さを増し、エーテルの霧が立ちこみ始める。

「あなたの肋骨は二十六本ですか?」
「いいえ」
「あなたの心臓は二つ?」
「いいえ。一つですよ」
「では、お好きなように」
 それだけ言って、少女は金色の髪を滝の様に零しながら小さく頭を下げて、横にのいた。少女の背後の闇を見通すシュウの瞳には、恐れもおびえも無い。
 強いて言えば異敬の様なものがわずかにある。
 深い闇であり、濃い闇であり、余分なものを持たぬ純粋なまでの闇だった。シュウはそれでも、屋敷の中が明かりに照らされているかの様な足取りで淀みなく中に踏み入る。時間の流れも止まっているか闇に吸い込まれているような場所だ。
 主人たるシュウがいつもと変わらぬ態度でいるからこそ、チカもまたなんとかパニックを起こさずにいられる。
「ごご、ご主人さま、なんでしょうね。ここ? まま真っ暗闇なのに、なぜかこの霧みたいのだけはくっついてきますよ?」
「エーテルですよ。この宇宙で最も安定した物質にして絶対座標に対して静止しているエネルギー。この次元においてはいかなる場所にも存在していますからね。この光の空間でも存在しているのですよ」
「光? 闇じゃなくてですか?」
「ええ。ところでそろそろお顔を拝見したいのですが? ミス・ヌーレンブルク」
「おやおや、鋭いね」
 シュウの声にこたえたのは、聞く者に数百年の時を生きた老婆を想起させるしわがれたものだった。その奥に潜んでいるのは人知の及ばぬ世界の理に挑んだものの知性だ。
 声と同時に闇は晴れ、古めかしいがこれまでの道のりからは考えられないごく普通の部屋だった。暖炉の中で、パチっと音を立てて火の粉が爆ぜた。
 そまつな木を組み合わせて作った椅子に腰かけた、先程の少女ほどの背丈しかない老婆がいた。
 皺に埋もれた顔の中に埋もれた青い瞳は、かわいい孫を前にした祖母の様でもあったが、決してそれだけではないとシュウの直感が告げていた。
「世界最高の大魔道士にお目にかかれて光栄です」
「社交辞令はおよしな。何をお求めだね? そこに掛けてあるSという男から巻き上げた姿見かい? あの男の名前、サタンのSだったかね。それとも、そこに寝ている黒猫かい? ちょいと機嫌を悪くすれば、カリフォルニア一帯を大津波が襲うね。
お前さんの横の棚に置いてある鏡が割れれば火星のアステロイドベルトから隕石が雨あられと注いで、地上が破滅するだろう。破壊神シヴァの使徒にはなかなか愉快な品だろう?」
「そこまでご存じで?」
「ふふ、アンタがもう使徒ではない事もね。でも本来ならこっちの世界と地球の中の人達との接点はないはずなのさ。なのに、あんたみたいに他所から来た連中の影響である筈の無いものがこの世界にはあふれ始めている。
特異点の所為もあるが、それ以前にどこかの誰かが、この世界でいろいろと実験をしているらしいからね。フラスコの中の実験を眺めている方たちが、ね」
「どうやら、ここに来たのは正解だったようですね」
 次々と語られる老婆の言葉に、シュウは満足そうに笑みを浮かべていた。老婆――ヌーレンブルクの言葉は地上の魔術にも見るべきものはあるという、自分の判断が正しかったことの証明だ。
「その知識を見込んで少々お願いしたい事があるのです」
「なんだい? あんたみたいな人は珍しいからね。それに私を紹介してくれた相手への義理もあるし、ある程度はロハでやったげるよ。
なんならアカシア記録操作装置でも貸してあげようか? 眠れる予言者エドガー・ケイシーも、この次元に劣化したレベルでしか読み取れなかったけど、この世界の過去も未来も現在も、すべての知識をかいま見る事が出来るだろうさ。
ま、すぐに忘れちまうけどね。邪神封印クラスの封印をしてあるから、解除するのにちょいと手間取るけど」
「学術的な意味でも惹かれますが、そのような大事ではありませんよ。ほんの少し星幽界への介入手段を構築する為に手を貸していただきたいだけですから」
「ふうん?」
 つまらなさそうに呟くヌーレンブルクに、シュウが小さなデータディスクを渡したのは、少女がお茶を運んできた後の事だった。

 ある日、アメノミハシラから出航したMS輸送艦二隻とジガンスクードを抱えた艦隊に、奇妙な連絡が届いた。
 アメノミハシラに向けて不自然な軌道で隕石が迫りつつあるというのだ。
 付近に友軍の姿はなく、ザフトと連合でも存在は確認しているかもしれないが、もっとも近くに居るのがこの艦隊だった。
 本来ならジガンスクードの調整が一区切り付き、最終的な動作の確認などを確かめる為にここまで足を運んだのだ。
 パイロットが予定されているアウルの他、護衛としてユーリアのトロイエ隊からガームリオン・カスタムとエムリオン二機、アウルの使っていたエムリオンが搭載されている。
 シンやいつものタマハガネ組はアメノミハシラで哨戒任務につき、連合の通商破壊や降下ポイントの守備などにも駆りだされていた。
 パイロットスーツに身を包んでいたアウルは、隕石調査に関する連絡に折角の新型の慣らし運転に水を差された気分になって頬を膨らませて、不機嫌そうにしていた。
 輸送船の格納庫の中で、70メートルもの巨体故に格納庫を占領してしまっているジガンスクードを見下ろしていた。
 整備の一人が、アウルに声をかけてきた。アウルよりも二、三年上の、十代後半の若者だ。頭に巻いたバンダナところころと表情の変わる闊達な性格をしている。
 タマハガネのメカニックの一人で、タスク・シングウジという。
「よう、アウル! どーしたんだ。そんな仏頂面でよ」
「ああ? 別に、余計な事しなくちゃいけないのが面倒なだけだよ」
「そうかあ? ステラやシン達と離れてさびしいんじゃねえのか?」
「バッカ! んなわけあるかよ。おまえこそなんだよ? ジガンスクードの整備終わったのか?」
「ん、まあな。アウル、お前あいつの使い方間違えるなよ。ありゃ敵を倒す為の剣ってより仲間を守るための盾だ。どうもお前の戦い方とジガンは合わねえんだよな」
「ハッ、メカニックならではの意見? 運動神経鈍くてパイロットの選考から漏れたひがみじゃねえよな」
「うぐ、人が気にしてる事を言う奴だなあ」
 歯に衣着せぬストレートなアウルの台詞に、タスクは小さくうめいた。
 メカニック業の傍らパイロット適正試験も受けたのだが、運動音痴であったために実技で落ちてしまったのだ。
「でもよ、その妙な隕石てのなんだろうな? 連合がんなことするわけないし、ザフトがやったにしても妙だよな。地球に隕石落として得するってのは、宇宙のプラントが本拠地のザフト位だろうけどさ。デメリットの方が大きいよなあ?」
「さあなあ。まあそれを確かめに行くんだから、行きゃ分るって」
「そりゃそうだけどね」
 そんな事を二人で言い合っていると、通路の方から今回の護衛部隊の隊長を務めるトロイエ隊のメンバー、レオナ・ガーンシュタインが姿を見せた。
 巻き癖の付いた金髪にややつり上がった意志の強そうな青い瞳の美女だ。人種の違いはあるが、年の頃はさしてタスクと変わらないように見える。
 若くしてDC宇宙軍のエースの一人として名を馳せている。
「何を話しているのかしら? タスク、アウル」
「レオナちゃ~ん、どうしたの? あ、ひょっとしておれに会いたくなったとか?」
 レオナの姿を見た途端喜色満面になって猫なで声をだしたタスクに、レオナは、はあ、と溜息を突いて首を横に振った。
 ずいぶんと慣れた仕草の様で、似たようなやり取りを何度も重ねているらしい。
「バカ、そんなわけないでしょ」
「いや、そんなしみじみ言われると怒鳴られるよりかえって辛いんだけど……」
 アウルは二人のやり取りを無関心に見つめてから口を開いた。
「で、何のようなわけ? 暇なのは確かだけどさ」
「そうね。タスクの所為で言いそびれたけど、そろそろ例の隕石と接触するわ。生憎ジガンの足は鈍いから、貴方もエムリオンで出るのよ。準備はよくて?」
 ジガンではなくエムリオンで出なければならないのも、アウルの機嫌がよくない理由の一つだった。なんだかんだでジガンスクードのデビューが遅れているのが気に入らないのだ。
「いつでもいいぜ」
 ふんと鼻を鳴らし、アウルはエムリオンが格納されている別のハンガーへと向かった。

 ブーストハンマー、オクスタンライフル、ビームサーベル、それに遠距離砲撃用の大出力ビームキャノンを装備し、核融合ジェネレーターにアウルの換装したエムリオン。
 そしてレオナの、オクスタンライフルとビームサーベルと最新の標準装備に、要塞攻略用ミサイルランチャーを装備したガームリオン・カスタムが肩を並べて輸送機から出撃した。
 残り二機のエムリオンは輸送船の護衛と、万が一の隕石への対応に後方に待機している。すっかり座り慣れたエムリオンのコックピットの中で、アウルは今回あまりに遅く警戒ラインに引っかかった隕石の不自然さに、ようやく気付いた。
「にしても小惑星規模の隕石だろ? なんで警戒ラインに引っかかんないでここまで来てんだ?」
「それが突然、警戒ラインの内側に現れたらしいわ。観測しようにも探査用プロープを搭載した衛星では捕捉が難しいのよ。それで私達に出番が回ってきたのよ。話は分って?」
「ふーん。ぶっ壊すんじゃないんだろ? 加速ベクトルはいじらずに遠距離砲撃で軌道をずらす、と。直径二キロか、でかくねえ? タマハガネがありゃ楽だったなあ」
「ほんの少しずらすだけで良くってよ。探査プロープはこちらで撃ち込みます。下手に壊すと質量分布によってはアメノミハシラのデブリスイーパーやMSでも対処できなくなるわ。なんでも壊せばいいというわけではなくてよ。
 今回の私達のミッションはあくまでアメノミハシラへの衝突軌道から遷移させる事。くれぐれも慎重に。調子に乗って余計な事を……」
 と言おうとしたレオナの耳に、後方で待つ輸送艦『バーナウ』から通信がノイズ混じりに入った。NJ影響下とはいえ、いささか影響が出るには早い。
『ガーンシュタイン三尉、ニーダ特尉。対象が加速を始めました!』
「加速……?」
「何で隕石が加速するんだよ」
『軌道に変化はありませんが、加速による……』
 そこから先は電波干渉により、耳障りな砂嵐の様な雑音に変わっていた。
「電波干渉? NJでもおかしくなくて?」
「おいレオナ! 電波干渉の正体、あれじゃねえの?」
「小惑星? もうこんな距離に!」
「怪しいってもんじゃねえな、コレ。放置するわけにもいかねえし、置いてったエムリオン連れて来た方が良かったんじゃねえの?」
「いまさら言っても始まらないわ。それにこのままではアメノミハシラに……」
 二人の機体の計器が、異常を示したのはちょうどその時だった。ピシ、という音が宇宙空間で伝わるわけもないが、視認できる距離まで近づいた二キロにも及ぶ巨大な隕石の表面に亀裂が走り、勢いよく砕けた。
 当たればタダでは済まない破片を避けながら、レオナは隕石の砕けた中心に何かがいるのを、視覚と、名状しがたい感覚で捉えた。
「なにか……いる?」
 デブリ帯に新たに散らばる隕石群の只中で、それは悠然と冷たい宇宙空間に佇んでいた。光の届かぬ深く暗い海を泳ぐ魚の様に。
 大きい。体長は100……いや長く伸びた尻尾も含めれば200メートルを超すだろう。一言でいえばひらめの様な姿をしている。頭の部分と円形の胴から先細りになって伸びる尾の付け根のあたりにそれぞれ、四本と二本の触覚のようなものが伸びている。
 吐き気を催すまだら模様に、頭の部分から胴の中央にまで閉ざした唇の様な亀裂が走り、レオナに生理的な嫌悪を掻きたてさせた。
「気持ち悪いぃ! 何だこいつ、これが隕石の正体か。じゃあ、こいつをぶっ潰せばオーケーか?」
「巡洋艦? 機動兵器? こんなものを作れる技術なんて……。どうやらこのひらめかしら――の着込んでいた岩塊に撹乱剤になる物質が含有されているらしいわね。それにしてもこの熱源分布、まるで生物のような……!? アウル、回避運動!」
「!? なんだ、こいつ」
 アラートの音よりも早くレオナの直感に似て異なる感覚が、目の前のひらめ宇宙ひらめの体表から射出されたミサイルらしき物体を感知した。
 アウルも強化人間ならではの反応速度プラスこれまでの戦闘経験が培った観察眼が、動きを見せた宇宙ひらめを捉えていた。
「ミサイル!? やはり機動兵器」
 デブリ帯の中を飛び、大小無数の岩塊の破片と高速ですれ違いながら、レオナはどう言う原理でか精密にガームリオン・カスタムを追ってくるミサイル(?)に狙いをつけ、オクスタンライフルのBモードで撃ち落とす。
 途端に起きたミサイルの爆発は、直撃すればMSなど一撃で撃墜出来る威力があるものだった。

「一発抜けた?」
 爆発の中から飛び出してきたミサイルに気付き、レオナはビームサーベルで斬り落そうとしたが、なぜかデジャヴュの様な既視感に襲われ、そのままオクスタンライフルで撃ち落とした。その、弾痕が穿たれたミサイルの映像に、瞬間、レオナは思考を停止させた。
 それはまるで直立した男性の陰部のような外見をしており、何よりも異様だったのは所々毛が生えているような肉の表面に、ひどく醜悪な目と鼻と口が存在した事だ。
 ミサイルはモニター越しに見てしまったレオナの視線に気づいたのか、額に当たる部分からどろどろとした体液の様なものを溢れさせると同時に、ニイっと確かに笑い、一瞬膨らんだかと思うと、撃ち落とされたミサイルと同じように爆発した。
「くっ、ミサイルではない!? 本当に、一体何だというの!」
 爆発の余波をEフィールドで受け止め、その場から慌てて離れるレオナは、コックピットの中で理解し難い敵に困惑の叫びを零す。
「ぐちってねえで、攻撃しろよ!」
 ミサイルの標的になっていたレオナとは別に、アウルがオクスタンライフルのWモード――実弾とエネルギー弾の両方を射出するモードをセレクトして、宇宙ひらめに次々と撃ち込んでいたが
「くそ、こいつこんだけでかいのに動きが速いっていうか、くねくねしてて、ホントに魚みたいだな!?」
 何発かはその巨体の表面に当たるものの、決定的なダメージには至らず、おまけに海の中を自在に泳ぐ魚の様にひらひらとアウルの精密なはずの射撃をよけているのだ。
 宇宙ひらめの体の裏側、尻尾の付け根近くにある二つの円形の蓋の様な部分が開き、そこからあの、人面を持つ醜くおぞましいミサイルが反撃とばかりに次々と放たれる。
 アウルとレオナはそれを引きつけてまとめてEモードのオクスタンライフルで撃ち落として誘爆させ、あるいは周囲の岩塊を盾にしてしのぐ。
 意外に高い回避能力と、巨体から想像できるタフネス、高い攻撃力、外見からくる気味悪さもあるが、予想を覆す強敵だ。
「アウル、油断してはダメよ!」
「分かってるよ、しかし何だよこいつ! くそ、気持ち悪いし無駄に強いし! てめえなんざ刺身にも干物にも出来ねえし、ここで死んどけえ!」
 エムリオンの左手で振り回したブーストハンマーが宇宙ヒラメの眉間を叩き、内蔵されたブースターに火がついて回転し、そして弾かれてしまう。いかんせん質量が違いすぎる。
 ブーストハンマーの効果が薄い事を実感させられたアウルは、背に負った大出力ビームキャノンとオクスタンライフルでの攻撃に切り替える。
「レオナのミサイルはまだとっとけよ! こいつ何隠してるか分かったもんじゃねえ!」
「言われなくても! アウルこそ、この生物手強くてよ」
 悪態を突き合いながら、二人のエムリオンとガームリオン・カスタムは入れ替わり立ち替わり、めまぐるしく動いて宇宙ひらめにビームと実弾の雨を降らして行く。
 エース二人の連携攻撃に、さしもの宇宙ひらめも動きが鈍り始めるが、より激しく人面ミサイルを放ち、更にはどう先端部分を開き、四つに分かれた口を開きアウル達を噛み砕こうと凄まじい勢いで迫り、反撃してくる。
「くそ、こいつだけでストライクダガー何機分の戦力になるって話だよ! どこの馬鹿がこんなもん造りやがった!」
 何十と飛来するミサイルに辟易しながら、アウルはなんとか宇宙ひらめに一撃を加えるべくつとめて冷静になろうと、操縦桿を操りながら周囲の状況を観察する。
 その行為が、予想だにしなかったモノを見つけた。
 それは宇宙ひらめが姿を見せた時に散らばった岩塊の一つだった。問題はその片面にびっしりと貼り付けられた、いや産みつけられた卵の様なもの。
 あの人面ミサイルと同じ赤子を醜く歪めたような顔を持った卵。それがミサイルと同じものか、宇宙ひらめの卵かは分からない。だが、見逃せる代物ではない。血の気が引くのを確かに感じながら、アウルは舌打ちした。
 今日は厄日だ。そうに違いない。
「レオナ、これ見てくれ!」
「……!」
 卵の並ぶ岩塊の映像を見たレオナが息を呑むのが、通信機越しにも聞こえた。
「こいつをほっとくわけにはいかねえだろう。お前のミサイルで一発花火上げてくれ! おれが援護する」
「なにを、貴方一人では!」
「そうするしか……、やべ!?」
 二人が卵の産みつけられた岩塊に気を取られた隙を突き、宇宙ひらめがあの毛が人面ミサイルを集中させたのだ。たちまちデブリを飲み込み宇宙に花咲く炎の花弁。
 その炎を見つめ、すぐさま宇宙ひらめはアメノミハシラへの衝突軌道へと戻り、宇宙を泳ぎ始めた。

「ぐっ……頭いってえ。レオナ、生きてるか」
「っええ。EフィールドとPS装甲のお陰ね」
 かろうじてEフィールドの最大出力展開で耐えきった機体の中で、二人が痛む頭を押さえながら意識を取り戻した。
「まずい、あの生物に引き離されている!」
「ちい、待機しているエムリオンじゃ抑えきれねえ」
 すでに宇宙ひらめは二人から遠ざかり、後方で待機していた輸送艦に迫っていた。出撃していたエムリオン二機も、宇宙ひらめを何とか倒そうと躍起になってはいるようだが、DCの誇るエース二人と互角以上に戦う相手では、足止めにもならない。
 人面ミサイルの爆発をEフィールドで防ぎながらも、その勢いで吹き飛ばされる友軍のエムリオン。機体の各所から火を噴いてはいるが、まだ機体そのものは死んでいないようで、なんとかバランスを保とうとあがいている。
 テスラ・ドライブを全開にして宇宙ひらめを追うレオナとアウルの目の前で、戦闘能力を失ったエムリオンには目もくれず、輸送艦に向けて宇宙ひらめからいくつものおたまじゃくしの様にも見えるミサイルが放たれた。
 輸送艦に搭載された対空砲火をくぐりぬけ、脂ぎった笑みを浮かべるミサイルは、ほどなくして爆発した。
「ちくしょう、あのナマモノ、ぶっ殺してやる!!」
「ああ、タスク……」
「へへ、おれの名前呼んだ? レオナちゃん」
「タスク!? それは、ジガンスクード!」
 ミサイルの爆光から姿を見せたのは、赤い巨躯にいかなる暴威からも守るべきものを守り抜く盾を持った守護機神ジガンスクード。
 シーズシールドでおたまじゃくしミサイルを受けきり、背後に庇った輸送艦を見事に守りきったのだ。
「貴方なにしているの、整備員がパイロットの真似事なんて」
「大丈夫だって。おれふだんからジガン扱っているし、運動神経以外は試験もパスしてるんだぜ? 自分の恋人を信じなって」
 と、タスクの恋人云々の発言に頬を赤らめて、その場の緊張感を忘れてレオナは咄嗟にこう言い返した。
「だ、誰が恋人よ!?」
「そんな怒鳴らんでも~」
「おい、夫婦漫才は後でやってくれよ」
 ほどよく肩の力が抜けたアウルが、そんな二人の声を掛け、宇宙ひらめと、ひらめとは別の軌道を取る卵付き岩塊に目を向ける。
 タスクが乗りこんだジガンスクードならば、あの宇宙ひらめも抑え込めるかもしれない。
「レオナ、タスクお前らその宇宙ひらめなんとかしろ。おれはあの卵を潰してくる! レオナ、ミサイルとビームキャノン交換してくれ!」
「貴方一人で大丈夫? あの岩塊にもまだ何かあるとも限らなくてよ?」
「任せとけって。それよりあのひらめマジで欠片も残さずぶっ潰せよ。あんな気持ち悪いのは二度と見たくねえ」
「それは私も同感ね。タスク、話は聞いていたわね?」
「オッケー。レオナちゃんとの共同作業……く~~燃えて来たあ! さあ来いよ、ひらめ! ジガンで叩き潰してミンチにして、肉団子にしてやる!」
 レオナとの初の共同作業という発言からして気合いの入りまくったタスクが、威勢よくジガンの片手を上げて、ちょいちょいと宇宙ひらめに向けて五指を曲げる。
 それを挑発のジェスチャーであると理解する知性があるのか、宇宙ひらめがゆらりと尾をくゆらせてタスクのジガンスクードと対峙する。
 レオナのガームリオン・カスタムも間もなく追いつく――そのタイミングでひらめが動いた。
 白煙を引くおたまじゃくしミサイルをジガンスクードめがけて射出し同時にジガンスクード目掛けて泳ぎ出した。
 迎え撃つジガンスクードの胸部の逆三角形が展開し、搭載された広域攻撃用光学兵器ギガ・ワイドブラスターを放つ。
「つりはいらねえぜえ! くらっときな、ギガ・ワイドブラスター!」
 ギガ・ワイドブラスターの光の中に飲み込まれたミサイルが次々と爆発するが、宇宙ひらめはするりとその光を交わして、瞬く間にジガンスクードとの距離を詰めていた。
「うお、ひらめの癖に速い!? ひらめが遅いかどうかなんて知らんけど!」
 イメージ的に動きが俊敏である事に驚き、つい余計なことを口走るタスク。宇宙ひらめの甲殻がある頭部の部分が開かれ、また口腔が覗く。
「っておい、ジガンを食うつもりか!?」
 ジガンスクードさえも飲み込めそうなほどに大きく開かれた宇宙ひらめの口に、思わずタスクはばりばりごっくんと食べられてしまうジガンスクードと、自分を想像して顔を青くさせてしまう。
 勢いよく飛び出たモノの、初陣の相手がこんなわけのわからないナマモノだけに、色々な意味で精神的なプレッシャーは並ではないはずだ。

「タスク!」
 そこにセレクターをEモードに合わせて乱射されたオクスタンライフルのビームが降り注ぎ、宇宙ひらめの体の表面を焼く。
 追いついたレオナが咄嗟に放った援護攻撃だ。
 流石に積み重なったダメージは効果があったのか、宇宙ひらめはジガンスクードへの軌道を逸らし、ジガンスクードの傍らに寄り添うレオナのガームリオン・カスタムを憎々しげに睨んだ。
「レオナちゃん!」
「まったく、初めての実戦の相手があんななのは同情するけれど、勢いよく飛び出たからには相応に格好をつけるべきでは無くて?」
「面目ないっス」
「岩塊の方はアウルが上手くやってくれるでしょうから、私達はあの生物の撃破に集中するわよ」
「了解! 地球圏最強の盾は伊達じゃないってとこ見せてやるぜ!」
「ほんと、口だけは達者……でもないわね」
「とほほほ。っと、レオナちゃんとの会話を楽しみたい所だけど、お客さんが待ちくたびれてるぜ」
「まったく、こんな経験二度としたくないわね」
 ちいさな溜息がガームリオン・カスタムのコックピットに零れ落ち、二人は同時に宇宙ひらめに仕掛けた。
「行くわよ、タスク!」
「オッケー、いくぜ、本日二度目のおぉ、ギガ・ワイドブラスター!」
 デブリを消し去りながら迫るギガ・ワイドブラスターを、生物的な動きでかわす宇宙ひらめに迫るレオナのガームリオン・カスタムは、回避行動を予測しBモードの実弾を連続して撃つ。銃口から零れたオレンジの炎が一瞬、宇宙に輝き機体をかすかに照らす。
「いつまでも貴方などに構ってはいられなくてよ!」
 宇宙ひらめの上(?)のポジションを取ったレオナがすかさずWモードにセレクターを合わせたオクスタンライフルを構える。
 だが宇宙ひらめは、その銃口の向きとモーションの出掛かりから弾道を予測し、射線上から体を翻して見せる。
「へへ、おれの事忘れてねえか! シーズサンダー!」
『!?』
 振りかぶったジガンスクードの右腕が宇宙ひらめを捉え、シーズシールドから膨大な量の電流が流れ込む。
 青白い電気が宇宙ひらめの全身に絡みつき、更にジガンスクードの左腕も唸りを上げた。
「もういっちょ、サービスしまっせえ、お客さん!」
 確かに効果はあるのだろう。宇宙ひらめは尾を激しく振りながら苦悶の様を露わにし、このままいけばこのナマモノを斃せると、タスクとレオナは確信した。
 悶える宇宙ひらめの尾の付け根から、自爆覚悟のミサイルが放たれるまでは。
「なに!? こいつ、自分のダメージ覚悟で」
「タスク、よけなさい!」
「!」
 おたまじゃくしミサイルが宇宙ひらめごとジガンスクードを巻き込んだ爆発の中から、限界まで開いた口から、鋭い角を出した宇宙ひらめがジガンスクードを串刺しにした。ジガンスクードの分厚い装甲さえも貫き、その巨体の人体で言う右脇腹を深く抉っている。
「タスクっ!!」
 にいっと、宇宙ひらめの瞳が笑みに歪む。それだけの知性と残虐性を併せ持った生物を誰が作り出したのか。だが、その瞳が驚きに見張る事になった。
 機体中央部を抉られたジガンスクードの両腕が、宇宙ひらめの頭部をがっしりと抑え込み、シーズサンダーを再び放ちはじめたのだ。
「へ、へへ。こんなでやられちゃ地球圏最強の盾の名が泣くだろうが……! おれとジガンをなめんじゃねーぞ、ナマモノ!! レオナちゃん、このお客さんに特大のビーム食らわしてやってくれ!!」
 ジガンスクードに動きを止められた今ならアウルから渡された大出力ビームキャノンを容易に当てる事が出来る。だが、ジガンスクードが抑えているとはいえ、もがき暴れる宇宙ひらめへの照準をミリ単位で間違えればジガンスクードも巻き込んでしまうのは明らかだった。
 トリガーに添えたレオナの指は、凍りついたように動かなかった。
「っ、自分に当たるとは思わないの?」
「レオナちゃんはおれの惚れた女だぜ? そんなヘマしないって。おれの女性を見る目を信じてくんないかな? あ、でででも、もしジガンに当たったら、ごめんねのキキキッスをしてくれるとか!?」
「はあ、まったく。貴方はこんな時でも変わらないのね」
「あ、ひょっとして見直してくれた? 惚れ直したとか?」
「呆れただけよ。しっかり捕まえておきなさい」
 そして、ガームリオン・カスタムの構え直したビームキャノンの砲口の奥から、膨大なエネルギーの光が奔流となって溢れ出し、奔流となって宇宙ひらめを貫いた。
 もちろん、ジガンスクードには掠りもしなかった。

 神に愛された職人が繊細に彫りあげ、才能をひとしくする画家が刷いた赤色をした唇から安堵の吐息をついて、レオナはタスクのジガンスクードに通信を繋げた。
「もう放しても構わなくてよ、タスク。……? タスク?」
「……」
 通信機の向こうから答える声はない。その沈黙に、レオナの元から白い美貌から理の毛が音を立てて引いた。それは最悪の結末を想像したからか。
「タスク、タスク!?」
 ガームリオン・カスタムが手にした装備を放り捨て、ジガンスクードの巨体に取りつき、急いで輸送船に衛生兵と医師の用意をするよう手伝える。
 後はジガンスクードの中で意識を失っているタスクに負担にならぬよう着艦させなければ。
 その間にも、タスクに呼びかけるレオナの声は途切れる事はない。
「タスク、タスク! 返事をなさい、いつもみたいに、私の名前を呼びなさい!」
 輸送艦の一隻にジガンスクードを無事着艦させ、盛大に右脇を抉られた巨体の中から引き摺る様に助け出されたタスクの姿に、レオナは息を呑んだ。
 宇宙ひらめの一撃を受け止めた時だろうか、コックピットの内で破裂したコンソールの一部でヘルメットのバイザー部分が破損し、頭部のどこかを斬ったせいでおびただしい出血が、顔を赤く染めている。
 血の玉がいくつも浮かび、その一つがレオナの頬で弾けた。
 ぴちゃ、と小さな音がして、レオナの頬に生暖かいものが広がる。血、タスクの血だ。レオナの頭の中が真っ白になった。考えるよりも早く体が動く。救護班を掻きわけてタスクの体に縋りついていた。
「タスク、返事をなさい! タスク、聞こえないの!?」
「ガーンシュタイン三尉、危険です! 動かしては」
「タスク、タス……」
「……」
 タスクに向かって泣き叫んでいたレオナが、唐突に時がとまったかのように見事なまでに停止した。
 何事かと、レオナを静止していた衛生兵も彼女の視線の先にあるタスクを見た。
「……」
 血で染まるバンダナ。赤い雫を纏う黒髪。閉ざされた瞼。そして……チュバチュバと音を立てて突き出された唇。
「……」
 静寂のハンガーに、タスクの唇のチュバチュバという音がやけに大きく響いた。
 ヘルメットを握るレオナの右手が高く振り上げられた。タスクの運命を悟り、その場にいた二人以外の誰もが目を逸らした。
 ひゅ、という風切り音と、ごん、という硬いものが肉に叩きつけられる音。
「ぎゃああああ!?」
 レオナの振り上げたヘルメットは容赦なくタスクの脳天に叩きつけられた。 

「ジガンスクードが使えない!? なんで!」
 岩塊を見事レオナと交換したミサイルで宇宙の藻屑に変えたアウルが、アメノミハシラに戻った後魂から絶叫した。
 新型と内心小躍りしていたジガンスクードが、しばらく出撃できないと整備士長に告げられた為である。
「わりい、アウル。ひらめの攻撃を受け止めた時にだいぶやられちまってよ」
 あちこちに包帯を巻いたタスクである。無事輸送艦を守り抜いたものの、宇宙ひらめの一撃でコックピットの中で爆発し破片で頭や体の一部を傷つけてしまい、全治二週間ほどの怪我を負っている。
 なお、例の一件以来、レオナは一言もタスクと口を利いていない。
「マジかよ。じゃあ、またしばらくエムリオン?」
「ああ。ほらまあ、エムリオンだって正直、量産されているMSじゃ最高水準の機体だぜ。良い機体なんだから、な?」
「……あーもう分ったよ。タスク、さっさとその怪我直せよ。おれが乗るはずだったジガン壊したんだから、後で穴埋めさせっかんな!」
「うへえ、怪我人は労わろうぜえ~」
 頬の筋肉を崩壊させて垂らしたタスクの、勘弁してくれという呟きが、ハンガーに木霊した。

 タスク・シングウジが仲間になりました。
 レオナ・ガーンシュタインが仲間になりました。

 ジガンスクードを入手しました。でも壊れました。
 ガームリオン・カスタム(レオナ専用機)を入手しました。
 宇宙ひらめのサンプルを手に入れました。