SRW-SEED_ビアンSEED氏_第37話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 21:24:51

 ビアンSEED 第三十七話 刃折れて 後編

 
 

 ジャスティス・トロンベが駆ける。
 スレードゲルミルが駆ける。
 トロンベが、背のフォルティスビーム砲を放ち、二筋の緑の光の流れがスレードゲルミルの胸を捉えるも、マシンセルによって変貌したグルンガスト参式のVG合金はそれをものともしない。
 ビームライフルの効果の薄さに、エルザムはトロンベのコックピットの中で分かっていた事とはいえ、苦い色をわずかに浮かべる。せめてゲシュペンストのプラズマ・ジェネレーターを搭載出来ていれば……。
 もっともそれでさえも、この敵を討つには数十回以上の攻撃を仕掛けなければなるまい。もともと新西暦の世界で、パーソナルトルーパーでは打破できぬ状況・敵機を打ち破る為のスーパーロボットだ。目の前の機体は損傷こそ見受けられるが、その性能においてエルザムの既知の機体全てを上回る。
「核分裂炉ではこれが限度か!」
「どうした、おれの魂には届かんぞ!」
 トロンベの繰り出す無数の攻撃は、そびえ立つ岩壁に高い波がぶつかり飛沫を上げているようなものだ。頑強な岸壁を削り、崩すには途方もない時間が必要だろう。
 スレードゲルミルの握る斬艦刀は右下段に下げられ、切っ先を後ろに流しウォーダンは眼前の“正義”と“竜巻”の名を冠する漆黒の人型に斬りかかる。
 間合いを詰める途中で斬艦刀を大上段に振り上げ、青い軌跡を残して長大な刃は彗星の如く堕ちた。
 振われた斬艦刀が速かったのか、黒い竜巻の異名を持つパイロットの反応が遅れたか、天を割り大地を裂き海をも断つと見えた一刀はトロンベのシールドを鮮やかなまでに二つに切り裂いたにとどまる。
「踏み込みが足りなかったかっ」
「流石に、ゼンガーを思わせる男というべきか。だが、返礼は受けて頂く!」
 あまりに分厚くあまりに長い斬艦刀を振り抜いたわずかな一瞬を逃さず、トロンベの左足がスレードゲルミルの右こめかみを捉え、わずかに首を逸らした瞬間には返しの右足が左のこめかみに突き刺さる。
「受けよ! シュツルムアングリフ!」
 トロンベは、上半身のバランスを崩したスレードゲルミルの顔面にルプス・ビームライフルの銃口を突き付け、そのがらんどうの穴から光が幾度も炸裂する。
度重なる銃撃に死に体になったスレードゲルミルに、更にフォルティスビーム砲の連撃の後、抜き放ったビームサーベルを袈裟斬りに振り下ろし、装甲の表面をわずかに焦がす。
 こちらの火器の出力が低く、敵の装甲が厚いのならば、既に損傷している部分を狙うのみ。かつて大地のゆりかごでの決闘でスレードゲルミルが負った傷の中でも、大きく目立つ箇所――胸部に走る十字の傷にビームサーベルを突き立てる。
 プラズマカッターなどと違い、粒子を刃の形に整えられただけのビームサーベルの刀身は、スレードゲルミルの装甲表面で大きく散って戦士の胸板の様に逞しいスレードゲルミルの胸部を煌々と照らしだす。ダメージは極めて薄いという他ない。
サーベルを突きたてられながらも、スレードゲルミルの剥き出しの左目が輝いた一瞬を、エルザムの瞳は見逃さなかった。胸に秘めし闘志、わずかほどにも鈍らずと巨神の瞳は語っていた。
 スレードゲルミルの右手が動く。エルザムがそれを視認し機体に回避行動を取らせるまでコンマ1秒を切った。スレードゲルミルの片手一刀で振られる斬艦刀。
 あえてスレードゲルミルの懐に飛び込み、その長大さ故に持ち味を生かせぬ筈の斬艦刀の一撃は、エルザムの駆るジャスティス・トロンベに対し有効な一手とは言い難い。
 しかれどもスレードゲルミルを操るはウォーダン・ユミル。原初の巨人、そして隻眼の主神を名に持つ人ならざる剣鬼・剣神。
 スレードゲルミルの右手首から先のみの動きで斬艦刀が振るわれ、さながら風車の如く刃はトロンベと襲い掛かった。
 首切り台に落ちる無慈悲な刃の様に、ビームサーベルを突き立てる姿勢にあったトロンベに左真横から迫るマシンセルの刃に、エルザムが反応出来たのは歴戦の経験が培った第六感に依る所が大きい。
 スロットルレバーとフットペダルのミリ単位での神速の操作は、かろうじて迫る斬艦刀の刃圏からトロンベを退避させるが、左足首から先が間に合わず、元から別のものだったかの様な呆気無さでトロンベの左足首を斬り落とされる。
 モニターの正面を斬艦刀の幅広い刃が過ぎ去ったのと同時に、トロンベの背のフォルティスビーム砲から反撃の光が溢れ出す。ほぼそれと同時に、トロンベのモニターを埋め尽くすスレードゲルミルの拳。
「むっ、トロンベを捉えたか!」
★☆
☆★
 コックピットに襲い来るスレードゲルミルの拳の一撃の衝撃に、脳を揺らされながらもエルザムは歯を食い縛り、離れようとする意識をかろうじて繋ぐ。他者の入る余地のない最高峰の機動兵器の戦闘が何時果てるともなく続けられていたが、徐々に機体の性能の差が、勝負の明暗を分けようとしていた。
 残酷な美しい勝利の女神はどちらに微笑むか……。
「トロンベがこの程度で落ちるなどと思ってもらっては困る!」
「この一刀を持って貴様を斬るのみ!」 
 スレードゲルミルと言う途方もない壁を突破したシン達は、すぐさまメンデルに展開するアークエンジェルとエターナルとの交戦に入った。
 ヴィレッタのWRXチームとサーベラス、ザフト軍は連合の牽制に向かい、ウィクトリアにタマハガネとカタールがシュリュズベリイ、エターナルの相手を務める。クサナギとスサノオ、アークエンジェルは連合の艦隊と砲火を交えていた。
 R-1のイザークからシンの飛鳥に通信が入り、傷の跡が痛ましいイザークの端正な顔が映る。
『シン、おれ達WRXチームは連合を抑える。エターナルと足付きは任せるぞ!』
 足付きを追ってイザーク達がずっと戦っていた事は聞いている。その戦いで何人もの仲間が死んでいった事も。本当ならイザーク自身が、足付き――アークエンジェルと決着をつけたいのだろう。
「わかった。イザークさんも気をつけて!」
『ふっ、誰にモノを言っている!』
『ちょっとちょっと、私達には何も無いの?』
「ルナ、レイ。もちろん、お前達も死ぬんじゃないぞ! 絶対生き延びろよ」
『シンは分り易くっていいわよね』
『だが、これ位の方が付き合うにはちょうどいい』
『レイの言う通りかも。じゃあ、私達WRXチームの初陣って事で! シホさん、気合い入れて行きましょう!』
 実戦を前に細かい事は考えない事にしたらしいルナマリアの反応に、シホも多少開き直った様子で瞳を閉じて溜息をつき、閉じた瞼を開いた時にはザフトのエースとしての自信と自負に満ちた顔に変わっていた。
『……ふう、そうですね。こんな恰好で死ぬわけにはいきません!』
『ルナマリア、レイ、シホ、イザーク、そろそろ射程内よ』
『了解!』
 あっちのチームもうまく機能しそうだと、シンは安心した。ルナマリアとシホがあのDFCスーツのままでコックピットに居た事にはあえて突っ込まなかったが、それは懸命だったろう。そして、シン達の前にもまた強敵が立塞がった。
 女性のシルエットを持った三十メートル超の機体――マガルガと、オウカのラピエサージュ。そしてシャニ達を振り切ったキラのフリーダム、アスランのジャスティスがエターナルへの進路を塞いでいた。
 シンは、進路を塞ぐ女性型の機体を見た。ヴァルシオーネと同じ系列の機体だろうか。だが、ヴァルシオーネほどには女性的ではない。陶器か石器のような装甲のシルエットはわずかながら有機的・生体兵器の様な雰囲気を持っている。少なくともまっとうな科学の産物ではなさそうだ。
 マガルガの搭乗席というよりは、まるで舞を舞うような舞台になっている内部から、ククルは向かい来るシン達に通信を繋いだ。
 シンはモニターに映った白い髪を黄金の飾りで留めた少女の美貌を見つめた。美しい造りの顔立ちだが、冷厳なまでの冷たい美しさだった。どこか嘲るような調子を含み、前に出ようとするアスラン達を手で制止して、名乗りを上げた。
『ここから先、お前達を通さぬは私の役目。私はククル……黄泉の巫女。ウォーダンと私とどちらと戦う事が災いであったか、存分に教えてやろうぞ』
 くっくっくと、小さな笑い声がククルの唇から零れる。舐められている。笑い声の一つで理解できた。マガルガが虚空を蹴った。同時に、戦場もまた動き出す。
「行くぞ、オウカ、キラ、アスラン!」
 真っ先にククルのマガルガが動き出し、キラ達もそれにつづく。DC側はシンとステラ、アウル、スティング。それにユウ、カーラ、テンザンが全体の砲撃支援を行っている。すでに抜刀したシシオウブレードを振りかぶり、シンは迫るマガルガに斬りかかった。
 機体のサイズで飛鳥を上回るマガルガは、しかしその滑らかな動きで、柔らかに飛鳥の肘を抑えてシシオウブレードを振りかぶった腕の動きをあっさりと封じてみせる。
「剣を振らせないつもりか? こいつ、剣を相手にするのに慣れている」
「ふん、伊達にウォーダンの相手を務めてはおらぬ。もっともあ奴であったなら、抑えたマガルガの腕ごと切り裂いたであろうがな。精進せよ、童!」
 飛鳥を揺さぶる衝撃に、シンはがはっとヘルメットの中で肺の中の息を吐きだした。ククルの薄い貝殻のような唇が、シンを童と罵った時にはマガルガの蹴りが飛鳥の顎先を吹き飛ばしていた。仰け反る飛鳥に、続いてマガルガの左肘が叩きつけられる。
 緩やかでいて、それでありながら決して回避できない不可思議な動きであった。武術と言うよりは神への奉納の舞の様だ。動きの全てが直線ではなく緩やかな曲線で描かれ、そっと触れる様な一撃が、すべて苛烈な威力を伴い襲ってくる。
「童って、あんただって大して変わらないだろうが!」
「こやつ、荒神の一撃を受けてもう立て直したか」
 シンは仰け反った姿勢のまま脚部のバーニアを点火し、加速してマガルガと向き合う。その勢いのままに、シシオウブレードをマガルガめがけ縦一文字に振り下ろす。シンの喉からそれだけで相手を切り裂かんばかりの気合いが迸った。
「きえええええいいい!!」
「ほう!」
 描かれた銀の一文字の鋭さに、ククルはシンへの評価を改めながら、感心の一声を漏らした。この小僧、思ったよりもやる。
 一切スラスターやアポジモーターの類が無いマガルガだが、物理法則とは異なる法に則って動くのか、何の予備動作もなくわずかに後退しシシオウブレードを避けてみせる。
 飛鳥と相対しながら後退するマガルガは、人間でいえば足の指先一つの動きで離れた距離を詰めて振り下ろした姿勢の飛鳥に更なる一撃を加えた。古代に用いられた金属によって形を成された指が手刀に形を整えられ、飛鳥の左頚部に叩きつけられる。
 これほど接近するとEフィールドが使用できないのが痛い。シンは鉈の重さとカミソリの鋭さで振り下ろされる手刀を下手に避けずあえて受けた。
 飛鳥の装甲の一部はPS装甲だ。そこに当てられるようにこちらで機体の位置をずらすのは至難の業だが、シンはそれを成功させた。
 振り下ろしたシシオウブレードの刃を返し、股間から頭頂まで切り裂く一刀に変えてマガルガへ放つ。機体のサーボモーターとリニアモーターが悲鳴を上げるが、間接に使われている人工筋肉と冷却機構がそれを緩和し、シンの望む斬撃へと昇華させる。
 しかし、シシオウブレードが捉えたのはマガルガの残像であった。虚空の闇にぽつんと残されたマガルガの幻影を切り裂く虚しい手応えに、シンは即座に一刀の無意味を悟った。
 目の前に、あくまで優雅に、どこまでも緩やかに回転するマガルガの姿が映る。回し蹴りか!? 斬り上げた腕を曲げ、咄嗟に飛鳥の機体頭部のカバーに入れる。途端襲い来る衝撃は、シンの予想通り後ろ回し蹴りだ。
「ぐっ、機体のパワーで負けてる!? バッテリー機じゃあるまいし、一体何を動力にしているんだ!」
「ふふ、まだ吼える余裕はあるようだな。マガルガの動力か? 黄泉路の土産に教えてくれよう。……供物じゃ」
「……クモツ、苦モ津、紅喪通。……供物? えええ!? そんな馬鹿な!! お、お供え物!?」
 シンの叫びは、周囲の機体の動きを止めた。
 もともと日本の風習が入りこんだオーブ出身、またオーブで暮らしていたシンやキラ、オウカにはククルの言う供物の意味が理解できたが、アスランやステラ達には分からない。ただ、キラやオウカ達の反応に戸惑い、思わず攻撃の手を止めてしまった。
「もともとマガルガは神像として崇められていたものゆえな。きちんと古式の儀礼に乗ったものほどによく動く。材料の調達には骨が折れるがな。
オーブでもなかなかに苦労したが、メンデルでは特に魚や神酒、生米には苦労する。後は私の祈りと奉納の舞の出来次第よ」
「………………ほ、本当なのか」
「嘘をついてどうする? 貴様に虚言を吐いても私が得るものはない。さて、納得したか? では行くぞ!」
「うわ、ちょちょ、ちょっと待って!」
「待つ愚か者がいるものか!」
 ククルの言う通りだとはシンも思うが、流石にマガルガの動力が供物であるというショックはなかなかに大きい。マガルガの流れるような、まさしく流麗と言う言葉で評する他ない戦いの舞踏に飛鳥は晒される。
「シン!」
 ステラとスティングの言葉が重なる。オクスタンライフルのBモード、続けてアーマリオンの両手に装備されたスプリットビームの集束モードが放たれた。最近の特訓と、低下したとはいえ強化された能力の残滓があいまった二人の精密射撃は、正確にククルのマガルガを狙い撃った。
「ククル!」
「ククルさん!」
 今度はキラ達がそのカバーに入る。スプリットビームをラピエサージュのABフィールドが、オクスタンライフルの実体弾をフリーダムのシールドが受け止める。残るアウルとアスランがお互いを牽制していた。
「邪魔すんなよ、てめえ!」
「これがDCのパイロットと機体の性能か!」
 エムリオンとしては限界までチューンされたアウルの機体が振り回したブーストハンマーを、ジャスティスのビームサーベルが切り払う。
 だが、その外された軌道を即座にアウルは修正し、ハンマー内部に仕込まれたブースターが点火して、今一度ジャスティスに襲い掛かる。
★☆
☆★
 レイダーのミョルニルよりも厄介なハンマーだ。二度目はシールドでたたき落とし、ジャスティスは機体を左右に捻る動作と同時に両肩のバッセル・ビームブーメラン二振りを投擲する。
 ジャスティスの手を離れると同時に光の刃を形成したバッセル・ビームブーメランは、鮮やかな弧を描いてアウルのエムリオンに襲い掛かる。視界の端に迫るビームブーメランを捉えたアウルの反応は速い。
 ビームブーメランの交差点を即座に見抜き、機体を加速させてジャスティスに突撃させ、エムリオンの左手に装備したプラズマ・ステークが雷光を纏う。PS装甲を打破しうる武装である事は、DCの開発陣が保証している。
「おらよぉ!!」
「動きは速いが、直線的すぎる。それでは!」
 アスランもまた、今までの彼ではなかった。虚空の使者が彼らに託したかつての銀河規模の戦いの記憶は、自覚なきままアスランの中に息吹いていた。あの戦いでの経験に比べればこの程度!
 エムリオンの左手をジャスティスの右足が蹴りあげ、そのまま中段蹴りに移行しエムリオンの胴をしたたかに打ちのめして、サイズの割には軽量級の機体を吹き飛ばした。コックピットの中、衝撃に揺られながらアウルはジャスティスへ向ける視線を決して外さない。
 少なくとも、相手を見ているうちはまだ自分は死んではいないと言う事だ。ならばできる事はいくらもあるだろう。腰にマウントしたルプス・ビームライフルを構えるジャスティスめがけ、リオン・パーツのレールガンとホーミングミサイルのトリガーを引く。
「ただでやられると思うなよ、赤いの! こちとらジガンは乗れねえわ、整備士にその椅子とられるわでストレス溜まってんだよ!」
 それこそアスランの知った事ではなかった。
 メンデルの戦闘を尻目に、ザフトのWRXチームは地球連合の部隊へと襲い掛かっていた。そしてそれは、同時に地球連合側のWRXチームとの衝突を意味していた。作為的に両陣営にて開発されたRシリーズが、初めて生まれた地を別とする兄弟達と対面を果たすのだ。
 最初に気付いたのは各センサーを強化した指揮管制機能を持ったザフト製R-3に搭乗していたレイだ。細部は異なるが、こちら側のRシリーズとほぼ同じと見える規格のMSに、わずかながら氷から削り出したような怜悧な表情に驚きの色が浮かぶ。
「あれは、Rシリーズだと?」
「どうした、レイ?」
 R-1を可変させたR-ウィングに搭乗していたイザークが、レイの呟きを聞き答えを求めたが、その答えはすぐに彼にも分った。R-ウィングのレーダーと光学映像も、地球連合の艦艇から出撃するRシリーズの姿を認めたのだ。
「なんだと!? あれは、Rシリーズ! どう言う事だ。情報が漏えいしていたのか!?」
「ヴィレッタ隊長、地球連合もRシリーズを出してきていますよ!?」
 やや遅れているR-2のルナマリアに、声には出していないがR-GUNのシホも、驚きを肯定する様に小さく首を上下させていた。
 一人、Rシリーズではなく漆黒のメディウス・ロクスに乗るヴィレッタは、イザークらの動揺とはまるで縁がない落ち着き払った様子であった。この事態を引き起こした張本人であるから、当然とは言えるだろう。
 いつもと変わらぬ感情の抑えられた声でヴィレッタはイザーク達に指示を出す。
「落ちつきなさい。ルナマリア、シホ。情報の漏洩の可能性も考えられるけれど、今はそれを追求しても仕方ないわ。各機、迎撃に移りなさい。これが私達WRXチームの初陣だと言う事を忘れないで」
「は、はい!」
「各機、自分と同じ機体の相手をなさい。ただし、シホは私組んで連合のR-GUNを抑えるわ。アクアは、各機のバックアップを」
「了解!」
 TEアブソーバーの、そして初めての実戦に息を飲んでいてアクアの様子に気付き、ヴィレッタは多少柔らかくした声音に変えた。
「落ちついて。敵機を落そうなんてはやらなくていいわ。私が全員に願う事は、誰ひとり駆ける事無く生還する事よ」
「ヴィレッタ隊長。……分りました」
 普段の厳しさの合間に時折見せるヴィレッタの優しさだ。イザーク達もこの不意討ちにはまだ慣れておらず、最近行動を共にしたばかりのアクアも、不意に硬さと厳しさが消えたヴィレッタの言葉に呆然とし、余計な肩の力が抜ける。
 なるほど、良い隊長だと、アクアは素直に思えた。
 各機がヴィレッタの指示通りに動く中、誰にも聞こえない声でヴィレッタは一人呟いた。
「貴方の選んだチームの力、見せてもらうわ。イングラム!」
★☆
☆★
 イングラム率いる連合のWRXチームも、ザフト側から出撃してきた異母兄弟機達の姿に気付き、驚きの声が零れ出る。
「な、R-1にR-2、R-3、R-GUNだと!? コーディネイターども、GだけじゃなくてRシリーズまで真似やがったのか!」
「あるいは、我々があちらのRシリーズを真似たか、です。グレン様。イングラム様、これは一体?」
「……」
「イングラム教官、どうするの?」
「おれ達の任務は変わらん、ザフトがRシリーズを開発した経緯に関して結論を出すのは情報部の仕事だ。今は目の前の敵に集中しろ」
 ジョージーだけはイングラムの言葉に承服しかねる様子だったが、それでも今自分のいる場所が戦場であるという認識が、疑惑を思考の中から一時的に取り払う。
「メディウス・ロクス。ザフトの新型機か……。ヴィレッタの乗機だな。――各機、迎撃態勢を取れ。ザフトの新型とR-GUNはおれが抑える」
「了解!」
「はい!」
 口火を切ったのは互いのR-2だった。片やTEエンジン搭載のルナマリア機。イングラムの技術提供があったとはいえ、バッテリー機であるジョージーのR-2の方が機体出力の点では劣る。というより、機体出力で劣っているという点は地球連合側のWRXチーム機に共通している。
 ルナマリアのR-2に装備された500mmビームバズーカとジョージーのR-2の持つ320mm超高速インパルス砲アグニ二門から迸った破壊の光が交差する。
「同じ砲撃支援がコンセプトでも、あちらの方が機体の出力が上? ビーム兵器の開発に関しては連合の方が先を行っていたはずだと言うのに!」
 ジョージーはザフトのR-2の出力に、表には出さぬが内心で舌を巻き、対してルナマリアはDFCスーツを着用しての初めての実戦に勝手の違いを感じていた。
 パイロットスーツ無しでの宇宙空間での戦闘という状況に不安もあるが、なにより安定させるのが難しいTEエンジンの調整を、皮膚感覚で行うDFCに神経を使う。
「ん! く、新型のTEエンジンだからまだマシって言っていたけど、やっぱりやりにくいわね。しかも……なんでちょっと気持ち良いのよ!?」
 さわさわと触れるか触れないか程度に肌を愛撫されているような感覚に、頬をわずかに赤く染めて、ルナマリアは叫んだ。そうでもしなければやっていられなかったからだ。
 なかばやつ当たりに近い感覚で適当にバズーカの照準をつけて、ルナマリアは引き金を引いた。

 度を超えた出力のビーム兵器が乱舞する中を、グレンのR-3とイザークのR-1が駆け抜ける。
 R-3のビームライフルの銃口がR-1を確かに捉えたが、引き金に添えた指に力を込めた瞬間にはR-1が機体を左右に振って照準を外し、ビームカービンによる反撃を行っている。
 ビームカービンはエース用に少数生産されたジン・ハイマニューバの後継機であるハイマニューバ2型に装備が予定されている短銃身のビーム兵器だ。
 ゲイツ等に装備されているビームライフルほどの威力はないがとり回し易く、可変機構を持つR-1の特性の為、変形の邪魔にならぬよう小型の武装の方が好ましいとされている。
 また、核分裂炉を持つR-1の動力炉から直接ドライブしている為、威力の低さも十分にカバーできるため、装備されていた。
 グレンは、イザークのR-1を見て呟いた。
「機体はR-1だが、機体のコンセプトはおれのR-3と同じか? 同じ土俵なら負けないぜ!」
「ふん、連合にもそれなりに骨のあるのが残っているじゃないか」
 グレンの紫のR-3は、両手保持式の集束式レーザーキャノンを左手に抱え、右手のビームライフルでR-1を牽制しながら強化された機動性を活かす様に動き続ける。
 地球での数々の激戦をくぐり抜けたイザークは、グレンの攻撃をすべてかわし、こちらもR-1に装備されたビームカービンとGリボルバーの二丁拳銃で反撃の狼煙を上げた。
 本来ならばR-1とR-3の機体コンセプトは異なるものだが、パイロットの特性と技術的な問題から、本来のR-1と等しい仕様であるイザーク機とグレンのR-3は似通った装備と性能を持つに到った。
 機体の動力に核動力を用いているイザークのR-1の方が性能では一歩抜きんでていたが、それを考慮に入れてもグレンはよく戦っていた。
 R-3の左肩を掠めたビームに舌打ちを一つ零し、インサイトしたR-1にレーザーキャノンを撃ち込む。機体正面からの真っ正直な砲撃に、イザークは余裕さえ持ってこれを回避したが、次の瞬間、回避する方向を読まれていた事に気付かされる。
 上方に回避したR-1に向かって、ビームライフルを連射しながらR-3が突撃してきたのだ。グレンのR-3に照準を付け、銃口を定め、引き金を引く。この一連の動作を行う間に、R-3はビームサーベルを抜き放ち斬りかかる距離にあった。
★☆
☆★
「ちい! 機動性を強化しているというわけか、小賢しいぞ。連合のR-3!」
 Gリボルバーを握ったままの左腕でサーベルを握るR-3の腕を弾き、ビームカービンを右腰アーマーにマウント。グレンが機体の態勢を立て直す間に、腰だめにしたR-1の右拳に淡く緑に発光する力場が形成され、拳を包みこむ。
 DCから流出したエネルギーフィールドの技術を、ヴィレッタがもたらした技術によって攻撃に応用したR-1の接近戦における切り札――
「E・Fナッコオオォォ!!」
「何を!?」
 アッパー気味に放たれたR-1の光輝く右拳に、咄嗟に後退したR-3が左手に持っていたレーザーキャノンの長大な砲身が砕かれる。ギリギリの所でグレンの反射神経と反応速度が、彼の窮地を救った。
「くそっ、キャノンを」
「外したか、踏み込みが足りなかったようだな」
 ムジカとレイは互いに脳裏に突き刺さる感覚が増して行くのを感じながら、戦場で相対していた。人の思念と言うものが、より濃密に、鮮明に理解できる。
 見るのではない。聞くのではない。味わうのではない。嗅ぐのではない。触れるのではない。ただ、知るのだ。相手の思考を、感情を、思念を。
 極めて遠く限りなく近い世界においてムジカ・ファーエデンと言う少女の持っていた類希なる異世界の素養を、この世界のムジカ・ファーエデンもまたその身に秘めていた。その力が、この世界の亜種達に影響を及ぼそうとしているのを、彼女自身は知らずにいた。
 眉間に微弱な電流が流れるような感覚が、迫る敵の戸惑いを告げる。
「君は、一体?」
「何なんだこの感覚は? R-1のパイロットの思考とでもいうのか!」
 クルーゼとの間にしばしば起きる存在の知覚とも違う感覚に戸惑いながらも、レイは軍人としての理性を動かしていた。細見の機体であるR-3の両肩に背負った六枚の板の様な装備に、自らの意志を通す。
 無線量子通信による遠隔操作兵器ドラグーンとは異なる増幅した脳波による遠隔操作兵器ストライクブレード。単分子ブレードに、ビーム発生機を組み込みジンの重斬刀を凌駕する切れ味と、対PS装甲用にビームサーベルとしての機能も併せ持っている。
 斬撃のストライクブレードと打撃のストライクシールド。どちらが勝るか、またそれを操る者達の技量はどちらが上回るか。そして目覚めつつある“理解”の感覚の萌芽は?
 真紅のR-1に乗るムジカもレイのR-3が持つ同系統の装備に気付き、同じ行動に出た。ストライクシールドの操作に有効なのはイメージ、想像だ。三次元を重力のくびきから離れてムジカの意志のままに飛ぶシールドのイメージ。
 レイとムジカの唇からそれぞれの武器の名が紡がれる。
「行け、ストライクブレード!」
「行って、ストライクシールド!」
 二人の機体から無限の虚空に飛び立った計十二枚の遠隔操作兵器達は、それぞれの操者達の思念に乗って、目まぐるしく飛び回り破壊の渦を形成する。
 ストライクシールドとストライクブレードの操作と回避を同時に行いながら、その渦の中心で二人の脳裏には次の瞬間、その次の瞬間の互いの動きが浮かび上がり思考が曖昧な夢の中の出来事の様に伝わり合う。
「うわっ、装備まで同じなの!?」
「高度な空間認識能力の持ち主か。連合にもまだ残っていたとはな!」
「ええい!!」
「舐めるな」
 機体の背後、左右、下部から順に襲い来たストライクブレードを目覚めつつある第六感に近い知覚能力でレイは見事にかわし、同じくストライクブレードの前後左右からの同時攻撃を三基まで機体の動きでかわし、ムジカは57ミリビームライフルで残る一基を撃ち落とす。
 三百六十度全てに空間が広がり、わずかな星明かりと戦闘の光を除けば何かもを吸いこんでしまいそうな暗黒の宇宙を飛び交う物体を捉えるのは非常に困難だ。ましてやMSよりはるかに小さなストライクブレードを捉えたのは、ムジカの持つ特異な素養の本格的な萌芽を意味する。
 しかし、撃墜したはずのストライクブレードが弾かれこそしたものの、再び飛び回る姿に、ムジカは驚きを隠さなかった。
「嘘! 直撃したのに」
 ストライクブレードはブレード面にビームを発生させる。ブレード表面を覆うビームが同時にシールドの機能を果たしていたのだ。驚きの声を挙げた隙を突かれ、ストライクブレードの一基がR-1の左肩を浅くではあるが、確かに切り裂く。
「うっ、当たったの!?」
「落ちてもらうぞ、連合のR-3」
「だけど、ボクはこんなとこで負けてられないんだ!」
 きいぃんと、耳鳴りの様な音と共に、二人の思考は言葉になる前に互いの脳裏を貫いた。互いの闘志を感じ取り、ストライクシールドとストライクブレードの動きはさらに激しさと鋭さを増していった。
★☆
☆★
「ヴィレッタの報告で分かってはいたが、あちらのR-シリーズの方が性能は上か」
 モニターの片隅に映るムジカ達の苦戦を見て、イングラムは感情の籠らぬ呟きを洩らした。NJCの開発によって核動力を搭載したザフトのR-1とR-3、更に連合でも開発されたTEエンジンを搭載したR-2は、連合製のRシリーズを上回る力を見せている。
 だがイングラムが傍観に徹していられたのはわずかな時間の事だった。ズームされたモニターの片隅に、R-GUNパワードに迫る二つの機影を捉えていた。
「来たか、ヴィレッタ」
「シホ、サポートを」
「了解!」
 ヴィレッタとイングラムはそれぞれツイン・マグナライフルとディバイデッド・ライフルの銃口を向けあい、まったく同じタイミングで引き金を引き絞った。
 そのタイミングをあらかじめ知っていたかの様な完璧さでメディウス・ロクスとR-GUNパワードは回避に移っていた。
「私だって!」
 ルナマリア同様にDFCスーツ姿で、シホはヴィレッタの援護を務めるべく触覚によるTEエンジンの出力調整と機体操縦を同時にこなし、R-GUNに持たせたルプス・ビームライフルの照準をイングラムのR-GUNパワードに合わせる。
 既にそれを察知していたイングラムは、R-GUNパワードの両肩に装備されたビームカタールソードを連結し、投擲する。あらかじめプログラミングされていたか、それとも遠隔操作によるものか、連結されたビームカタールソード―――T-Linkブーメランは変幻自在の動きでシホのR-GUNの周囲を旋回して襲い掛かる。
 ザフトレッドは伊達ではないと言う事か、シホは初めて目にする武装を相手に戸惑いを覚えながらも、機体を左回転させ一瞬前までR-GUNのあった空間を薙いでゆくT-Linkブーメランをかろうじて回避した。
「くっ、この武装、R-GUNには無いもの!?」
「悪くない動きだがな」
「私の選んだメンバーよ? イングラム!」
「むっ」
「ヴィレッタ隊長!」
 旋回し戻ってきたT-Linkブーメランをそのまま掴み取り、イングラムは振り下ろされたメディウス・ロクスのビームサーベルを受け止めた。そのまま互いの機体でのみ通じる秘匿回線をつなげる。
「その機体でよくやるものだな。ヴィレッタ」
「流石に、貴方のR-GUNを相手に一対一だと不利でしょう?」
「安心しろ。要らぬ疑いを抱かれぬよう連合には偽装したデータを提出してある。少なくともデータの上ではこのR-GUNもバッテリー機だ」
「だからこの戦いもバッテリー機どまりの性能で戦ってくれるというわけかしら?」
「ふっ、分かっているならば話は早い」
「そうなるかしらね。……シホ!」
 二人の機体が弾かれた様に離れ、ヴィレッタの鋭い声に反応したシホがビームライフルで立て続けにイングラムめがけて光の矢を放った。イングラムは必要最低限の、無駄に推進剤を消費しない動きで機体を左右に振り、軽やかにかわす。
 いっそ鮮やかなまでの操縦技術だ。たとえコーディネイターのパイロットでも同じ動きをしろと言われて出来るものは極わずかに限られるだろう。
 連合とザフト、敵対する二つの組織で行われているまったく同じ内容のWRX開発計画。その中心に居るイングラム・プリスケンとヴィレッタ・バディム。深い繋がりを持つ二人は何を思いWRXを開発し、それを若き兵士達に託すのか。
 R-GUNパワードのコックピットの中、イングラムは呟く。
「来るべき時の為に、今はおれ自身が試練となろう。ヴィレッタ、手加減はせん」
 メディウス・ロクスのコックピットの中、秘匿回線を通じて伝えられたイングラムの意志にヴィレッタが応える。
「そう、ね。私達の断つべき因果といずれまみえる時の為に。私もまた貴方の選んだ子達の試練となるわ。シホ、同時に仕掛けるわよ」
「はい!」
「来い、ヴィレッタ!」
 ザフトのWRXチームの援護に出撃していたアクアのサーベラスも、機体の出力調整に四苦八苦しながら、ストライクダガー二機撃墜と、初陣としては上等過ぎる戦果を挙げていた。
 コックピットの中のアクアも、緊張の糸を緩めると言うほどではないが、程よく肩の力が抜け、自分が戦えることを実感していた。今頃、ルナマリアやシホも、このDFCスーツの特性に困りながら戦っているのか――そんな事を考える余裕も生まれていた。
 周囲を見渡し、優勢に戦いを進めるヴィレッタ達の姿がモニターに映る。
「イザーク達は頑張っているわね。他の味方もなんとか互角に戦えているみたいだけど、ひどい乱戦状態。ヤキンの防空隊を蹴散らしたスーパーロボットまで出撃しているなんて。
レーダーに反応……接近する熱源? 五十メートル級の人型兵器!? まさか、連合もスーパーロボットを完成させていたの!?」
 アクアが驚きの声を上げるのとほぼ同時に、近くに居たホイジンガーから出撃したジンが、彼方から飛来した、眼も鼻もない代わりに鋼も噛み砕く牙を持った獣の首の様な物体に上半身を噛みちぎられて爆発した。
 瞬く間に撃墜されるその様子に、アクアは自分が息を呑む音をひどくはっきりと聞く事が出来た。
 磨き抜かれた宝石の輝きにも劣らぬ美しい瞳は、サーベラスが捕捉した敵の姿を映し出していた。射出した右拳と肩アーマーを装着し、サーベラスめがけ一直線に突っ込んでくるのはガルムレイド。地獄の番犬の名前を持つ鋼。
 青い胴体に金色の鋭い逆三角形のパーツを重ね、手や足は青。膝からはMSも両断できるだろう大型の鋸が覗いている。肩と腰のアーマーには獣の牙の様なものがしっかり噛み合わされた形をしていた。
 ガルムレイドのコックピットで、ヒューゴ・メディオも未知の機体であるサーベラスに気付いていた。
「ザフトの新型か! ……だが何故だ、あの機体を知っているような気がするのは? まあ、いい。おれはおれの仕事をする。ブラッディ・レイだ!」
「仕掛けてきた! くっ、私が、私が抑えないとっ!」
 ガルムレイドの額から放たれた鮮血の光は、サーベラスのわずかに数十センチ横を通過し、アクアはMSをはるかに上回る性能を持つスーパーロボットとの戦闘に、緊張を強いられた。
 マシンガン・ポッドの銃口は突進してくるガルムレイドを照準内に捉え、無数の鉛弾がガルムレイドの装甲に群がるが、流石にスーパーロボットの装甲は容易く貫く事は出来ない。
 ヒューゴがサーベラスの射撃を回避できないと瞬時に判断し、ガルムレイドの装甲を頼りに、突撃を敢行したのだ。
「喰らえ、サンダースピンエッジ!」
 ガルムレイドの右膝の鋸が唸りを上げて回転し、ガルムレイドと共にサーベラス目掛けて大地に落ちる流星の如く堕ちた。
「っ!? サーベラスの機動性を甘く見ないで」
 だが、ヒューゴが選ばれたガルムレイドのパイロットであるように、アクアもまた選ばれたサーベラスのパイロット。コーディネイターとしての基礎的な能力の高さに加え、人為ではない天賦の才と後天的な努力によって得られたアクアの回避能力はかろうじてサンダースピンエッジの刃からサーベラスを逃す事に成功する。
「こっちの番よ、受けなさい。ラディカル・レールガン!」
「機体の性能もパイロットも悪くないな! だが、多少の無茶は承知の上だ!」
★☆
☆★
 モニターの捉えたクロトの乗るレイダーの姿に、一瞬ステラは気を取られたがすぐに視線を目の前のラピエサージュに戻した。ステラの様子に気付いたスティングから通信が入る。クロトの元へ向かうのを諌めるつもりなのだろう。
「ステラ、分かってるな?」
「うん。わがままは言わない」
「……良し、分かった。仕掛けるぞ」
 スティングのガームリオン・カスタムとステラのアーマリオンが同時にオウカのラピエサージュにビームの雨を走らせた。アーマリオンの両手に装備されたスプリットビームの拡散率を上げ、ABフィールド表面に弾かれるのを見たスティングは、オクスタンライフルのセレクターをBモードに切り替える。
「装甲の方も並じゃないが、ビームよりは効けよ!」
 DC特製の高性能炸薬をたっぷり詰め込んだ実弾を、ラピエサージュはめまぐるしい回避運動で事如くかわす。
「くっ、DCの部隊、連合よりも機体もパイロットも上!?」
「うええええいい!」
 オウカはこれまで戦ってきた連合の部隊の錬度をはるかに超えるステラとスティング達の戦闘能力に目を見張る。わずかだが、隙が出来たその瞬間に、ステラはアーマリオンの脚部に装備された折りたたみ式のブレードを展開し、機体を縦に回転させてラピエサージュに斬りかかった。
 超人的な反射で、オウカは下方から迫るブレードをスウェーバックの要領で回避するが、アーマリオンはそのまま回転を続け、かわした筈のブレードがほとんど間を置かずにもう一度ラピエサージュへと迫る。
 それに対するオウカの反応は神がかった速さで行われた。メガ・プラズマカッターでブレードを受け、その衝撃を活かしてラピエサージュを後方に逃がし、同時にO.Oランチャーの砲口はアーマリオンを捉える。
 引き金を引けばあの機体のパイロットは死ぬ――頭の片隅で自分の声がしたが、トリガーに添えた人差し指は止まらなかった。
 二度目の攻撃をかわされたと理解したとほぼ同時に、ステラは頭のてっぺんから爪先までを走り抜ける感覚に襲われ、思考よりも早く肉体はコントロールスティックを捌き、至近距離で放たれたO.Oランチャーの一撃を回避していた。
 シンが開花させた能力に触発されるようにしてステラ自身にも芽生えつつある、誰もが持ちながら眠らせている異能がステラを死の危機から救った。
「外した? いえ、回避されたの?」
 アーマリオンはロシュセイバーを展開してラピエサージュに迫る。アーマリオンの加速とステラの思い切りの良さの相性は良く、互いの機体が握る光の刃が切り結び、細かな光の粒子が絢爛と散り零れる。
「落ちろ!」
「そ、その声は……ステラ!?」
「! オウカお姉ちゃん?」
 聞こえてきた聞き覚えのある幼い少女の声に、オウカは戸惑いを覚え、ステラもまた記憶の中にあった声に、戦闘中での激しい気性を忘れる。オーブで出会い、そして別れ、数か月が経った今、戦場で二人は再会した。
「なんでオウカお姉ちゃんがここにいるの?」
「わ、私は、それよりも、ステラこそどうしてそんなものに乗っているの?」
「ステラは、もともとそうするのが普通だった。今は、シンやお父さんの役に立ちたいから乗っている」
 “もともとそうするのが普通だった”と言う事は、MSを運用する為のパイロットだったという事だろうか。ラクスやメンデルに駐留していた艦隊の幾人かに、連合が戦闘用のコーディネイターや強化人間を生み出していた事を耳にした事があったが。ステラもその類だったという事なのだろう。
 だが、ステラの明確な意思とオノゴロ島で接した時の事を振り返るとステラ自由意志を奪われて戦っているようには見えない。暗示、催眠術や薬物の類もあるかもしれないが、少なくともオウカにはもうステラが乗っていると分っているアーマリオンを討つ事は出来そうに無かった。
「シンもスティングもアウルも、一緒」
「シンや、アウル達も!? そんな、あんな子供達が……」
「皆、自分で決めたこと。お父さんの役に立ちたい、家族を守りたいから、オウカお姉ちゃんはどうしてここに居るの? 誰か守りたい人がいるの? それとも命令されたから? 答えて!」
「わ、私は……」
 ステラの糾弾する様な、それでいて懇願にも近い言葉に応える事がオウカには出来なかった。マルキオに半ば諭されるようにしてラピエサージュに乗り、今までマリュー達に力を貸していたが、心に抱えた迷いを捨てる事ができず、ここまで来てしまった。
「オウカさん!」
「キラ!?」
 動きを止めてしまったオウカに気付き、すかさずキラのフリーダムが二人の間に割り込んだ。
「動きを止めないで、的にされますよ!」
「キラ、私は……」
「……オウカお姉ちゃんを戦わせる奴――お前たちか!」
 オウカの戸惑い悩む姿に、ステラは彼女が戦場に居る事は本意でないと気付き、オウカを戦場に誘うものとしてフリーダムを狙った。
 ――こいつらがオウカお姉ちゃんを戦わせているんだ!
「くっ、接近戦用? いや、汎用機か!?」
「だめ! キラ、ステラ、戦っては……フリーダム!?」
 アーマリオンとの戦闘に突入したキラを止めようと声を上げるオウカは、しかし二人を止める事を許されなかった。この戦場に存在するもう一機のフリーダムが、ラピエサージュの姿に気付き、バラエーナ収束ビーム砲を浴びせかけてきたからだ。
「あの時のフリーダム!?」
「やはり、ラクス・クラインの一派だったか」
「邪魔をしないで! キラとステラを止めなければならないのです!」
「PTかMSかは知らんが、ここで落ちてもらう」
★☆
☆★
 オウカがライに足止めされる間、ステラとキラの戦いは瞬く間に白熱した。砲戦用MSであるフリーダムに対し、オールレンジに対応できる武装を持ちながら、接近戦において真価を発揮するアーマリオンは相性の悪い相手だった。
 加えて、機体性能そのものアーマリオンが上回り、フリーダムの機動性・運動性に勝るとも劣らぬ動きで距離を離されまいと挑んでくる。
「手強いっ」
「落ちろ! 落ちろ!!」
 アーマリオンの繰り出す二つの光刃を、時にシールドで、時にビームサーベルで捌きながら、キラはなんとか距離を離そうと苦心していた。
 オウカのラピエサージュやカーウァイの乗るゲシュペンストに装備されていたプラズマカッターの原理は聞いていたから、サーベルで捌く事が可能と知っていたのは不幸中の幸いだ。もっとも、出力が違いすぎて真っ向から受けるとこちらが両断されてしまう。
「僕達はまだ、負けられないんだ!」
 三つ巴の戦場で旗色が悪くなっている仲間達の姿に気付いていたキラは、ここで時間をかけるわけには行かないと持てる全力を尽くす判断をした。既に、このような敵味方の勢力が入り混じった状況での不殺の無意味さは、カーウァイやムウ、ウォーダンに文字通り叩き込まれている。
 機体の戦闘能力を奪い自己満足してその場を後にしても、他の敵が、キラが戦闘能力を奪った者達を嬉々として、鴨撃ちの様に撃ってゆくだけだ。キラは倒した後の敵の事を、考えていなかった事に、今更ながらに気付かされた。
 これまでの戦いだったら一勢力のみとの戦闘だから、不殺のスタイルで戦っても、味方に救助されると功弁出来たかも知れないが、DC、ザフト、連合と一度にまみえた今のような状況ではまず、意味がない。
 かつて連合に属していたジャン・キャリーも憎悪の連鎖を断つ手段の一つとして不殺を貫いていたが、これは無力化した敵機を救出に来た部隊を一度に相手する事が出来、友軍への被害を減らすなどと言った効果も狙っての上だ。
 まだジャン・キャリーが連合に居た頃には、MSを扱えるパイロットは彼くらいのもので従来の戦車などの兵器では、悪戯に被害が増すだけで、ジンやバクゥと言ったMSと対抗できるのも、やはりジャン・キャリーだった。
 戦場で目立つ、監視の意味も込められた専用の白いカラーリング、不殺を貫いた上での高い戦闘能力は、彼を前にしたザフト兵士達の士気を削ぐ事さえあった。
 そこまで考えていた上での不殺ならまだしも説得力はあったろうが、キラの場合は幼いヒューマニズムと戦場での彼の経験のみによって到達した結果が、『不殺』だったのだ。人間的な――感情的な結果だが、それ故に反発を覚えるもの多いだろう。
 そして、今キラは、場合によっては不殺というスタイルを捨てなければならない事、不殺と言う行為で憎悪の連鎖を完全に断つ事は出来ないと言う事、かえって倒した相手に憎悪を募らせる事になると言う事を理解する程度にはなっていた。
 それが成長か、変化かは彼自身にも分らない。ただ、今目の前で戦っている仲間達を助ける為にもこの敵は倒さなければならなかった。全力で。
 キラの脳裏に、水面に波紋をあげながら弾ける種子のイメージが浮かぶ。起きた波紋はそのままキラの思考、体の隅々まで行き渡り、先程までは知覚できなかったささやかな変化が理解できる。
 機体の軋み、リニアモーターの駆動音、ドライブされるエネルギーの流れ――。
 横薙ぎに、フリーダムの首を刈ろうとしたアーマリオンの左腕の一閃を、首を後ろに倒すだけで回避し、アーマリオンの振り上げられた右腕をシールドで殴りあげ、バランスを崩す。
 フリーダムとアーマリオンの機体の間にフリーダムの右足を入れて勢いよく蹴り飛ばすと同時に、両腰に折りたたまれているクスフィアス・レールガンを展開。狙いは過たずアーマリオンの胴体だ。
「! きゃあああ!?」
 アーマリオンに採用されているPS装甲でなかったら、ステラはそのままコックピットごと醜い肉の塊になっていただろう。甲高い悲鳴を上げながら、しかしステラは恐怖に捉われて我を見失うような事はなかった。
 しっかりと操縦桿を握りしめ、スミレ色の大粒の瞳は衝撃に揺れるモニターに映るフリーダムを睨みつけていた。
「お前達がいるからーー!」
「まだ、戦うのか」
 開いた距離は決して長くはない。ステラは躊躇せずにアーマリオンのバーニアを全開にし、フリーダムめがけて突撃させる。速度は凄まじく距離がゼロになる時間は短い。エースクラスでも対処はほぼ不可能と言えるステラの行動だったが、彼女の相手はキラ・ヤマトだった。
 マニュアルでアーマリオンに狙いをつけ、クスフィアス・レールガン、バラエーナ収束ビーム砲、ルプス・ビームライフルが一斉に光を噴いた。どれもがアグニに匹敵するかそれ以上の火力を持つ火器だ。アーマリオンの展開していたEフィールドと装甲に施された対ビームコーティングを突破し、アーマリオンの機体を無慈悲に破壊し蹂躙する。
 ブレードを備えた三角形の脚部をクスフィアス・レールガンの連射が破砕し、コックピットをカバーしていた両腕をバラエーナ収束ビーム砲とビームライフルの光が、次々と撃ち抜き、ズタボロに変えて、遂には肘の関節部から先が吹き飛ぶ。
「手足を失くしてもまだ動けるのか!?」
「うえええいい!!」
 アーマリオンの勢いはとどまらず、五色の光の破壊を突破すると同時に、ステラはアーマリオンの両肩に残された切り札を切る。ばくん、と両肩の装甲が中から外に開き、収納されていた無数のブレードが姿を現す。一枚一枚がチタン製のブレードだ。如何にPS装甲とて受けきれるものではない。
「なっ!?」
 これが狙いか――キラがそれを悟った時にはスクエア・クラスターの無数のチタン刃は、フリーダムの装甲に突き刺さり、絶え間ない衝撃がキラを襲っていた。如何にスーパーコーディネイター、そしてSEEDを発現したとはいえ、懐まで飛び込まれ未知の、広域攻撃用の武装を使われては防ぎようがない。
 スクエア・クラスターの刃の雨を受けきった頃には、核動力によって制限がないとされるフリーダムのPS装甲も、供給される電力量よりも消費が上回り、わずかな間ではあるが落ちてしまい、白い装甲が灰色に変わる。
 そして――それを見逃すステラでは無かった。キラの視界に、頭部の分厚い肉切り包丁の様な角を振り上げるアーマリオンが映る。四肢を失い、肩に仕込んだ切り札を使い、最後の最後まで残しておいた鬼札が、フリーダムに対して切られようとしていた。
「しまっ」
「落ちろ!」
 ハードヒートホーンと名付けられ、アーマリオンの頭部に装備された角兼刃がフリーダムの頭部にめり込み、人間でいう顎先までを鮮やかに両断して見せる。本来ならそのままコックピットを裂き、機体の胴にまでめり込むはずであった。
 そうならなかったのは、ハードヒートホーンを備えたアーマリオンの首が斬りおとされた為だった。
 フリーダムの頭部にハードヒートホーンの切っ先が触れた時、ほとんど無意識、反射のレベルでキラは機体を操作し、腰のビームサーベルを抜き放つ動作でアーマリオンの首を逆袈裟気味に斬り落として見せたのだ。
 首を落とされ一瞬、制御を失ったアーマリオンはそのままフリーダムと衝突し、コックピットの中のステラとキラも、立て続けに襲ってくる衝撃に強かに頭を打ってしまう。
 特に両腕両足、頭部を失ったアーマリオンの被害は甚大で、ステラの状況に気付いたアルベロやアウルの呼び声に応えるステラの声はなかった。
 そして、アーマリオンが鉄屑に変えられてゆく瞬間を、シンの赤い瞳ははっきりと映していた。
「ステラ?………………ステラァアーーーー!!」