SRW-SEED_ビアンSEED氏_第49話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 22:08:56

ビアンSEED 第四十九話 侵されし風 清らかなりし風

 
 

 ディバイン・クルセイダーズ総帥ビアン・ゾルダークを筆頭に、DC幹部連の主要メンバーと最新鋭の機動兵器達がはるか天空に座するアメノミハシラに上がってより数日。
 地底世界ラ・ギアスにおいて限りなき畏怖と恐怖と共に知られた邪神ヴォルクルスの使徒ルオゾールによる蹂躙から、徐々にオノゴロやヤラファス島は立ち直ろうとしつつあった。
 元は軍事兵器だったパワードスーツや時にはジャンク屋などから購入した旧式のジンや、キメラといった作業用のMAを休まず導入した成果だろう。
 しかし、この世の常識から外れた闇に属する魔物どもがもたらした破壊と凌辱の爪痕は深く、国民の間には自分達の未来に対する不安と恐怖が色濃く根付き、DC政権に対する不満は、目に見えぬ形で、確かに募りつつあった。
 ヤラファス島にある政治中枢を担う執政庁の庁舎の中に、その男はいた。
 かつてオーブの獅子として知られ、その威風と非凡な才気でオーブを平和の国として長らえさせたウズミ・ナラ・アスハその人である。
 偉丈夫と呼ぶに見合う長身、後ろに流した黒の長髪、丁寧に整えられて口元を覆う口髭。
 長らく監禁生活を強いられていたが、憔悴の色は微塵もなく、滲みだす雰囲気からは精気に溢れながらも激情を抑えきる理性が伺える。
 個々の人材の優秀さは折り紙つきのDCであったが、いかんせん人材の数そのものが不足している事と、先のルオゾールの侵攻による官民そろっての混乱の影響を鑑み、監視付きでウズミを一時的に官僚として復帰させていた。
 与えられた執務室で、かねてから持っていた各国に対する太いパイプを利用しての交渉事に当たっていたウズミは、非公式に面会を求めてきた者達を前にして、マホガニーの机に肘を着き、険しい視線を向けていた。
 ウズミの前には三人のDC、いやオーブ軍人が直立不動の姿勢で立ち尽くしていた。
 DC蜂起の際にオーブ国民防衛の為に敢えてDCに残ったアスハ派の者たちだ。
 ビアン・ゾルダークとその直属部隊ラスト・バタリオンが席を空け、正体不明の敵に国土を蹂躙されて混乱している現状を好機と捉えて行動に移ったのだろう。
 好機――果たして何の?
 真中に立っていた男が、一歩前に出て真一文字に閉ざしていた唇を開いた。
 如何にも軍人と言った、隙の無い振る舞いと顔をした男だ。襟の階級章は男が一佐の位階にある事を示している。
 軍部においてもそれなりの地位と派閥を持つ男であり、その男が旧オーブを牛耳っていたウズミと非公式の会談を行っている。
 当然、危険視され会談そのものが成り立たないか、監視が着く筈だ。
 その様子が無いと言う事は執務室の出入り口を固めている二人の兵は、元よりアスハ派の者なのだろう。
 元はアスハ内閣への支持率99パーセントという国家だ。
 今だ根強くアスハの復権を望む者がいる事はある意味仕方の無い事かも知れない。
 むしろ政権転覆時にほとんどDC政権への不支持や抵抗運動などが起きなかった事も奇跡的な出来事だったのかもしれない。

 

「ウズミ様、どうかご決断ください。確かにビアン・ゾルダークは地球連合の侵略行為を幾度となく防ぎはしました。ですが、今のオーブを見れば民は家を焼かれ家族を失い、明日へ希望を抱けずに嘆いています。絶望に打ちひしがれる彼らに希望と言う名の光明を指すには、ウズミ様とオーブの理念こそが必要なのです」

 

 男の熱弁の後半はともかく、確かに人々が嘆きの雨の中にいる事は確かだろう。だが、それが全てではあるまい。
 例え家を焼かれ、家族を失い、明日が不安の暗雲に閉ざされても、今を精一杯生き、未来への希望を捨てずにいる者達もまた多くいる。
 その者達の事は考えた事はあるのか? 今を懸命に生きる者達へ思いを馳せた事は?
 そして自らが口にする嘆く者達の事を心の底から案じているのか?
 自分達の正義と大義を成す為の道具として利用しているのではないのか?
 お前達が今ここにこうしているのは、真にオーブの民すべてを思っての事のなのか?
 ウズミは口に出さぬまま心の中で目の前の三人に問いかける。

 

「ビアン・ゾルダークとその取り巻き達が宇宙へ上がった今、残されているのは恥を知らぬ五大氏族の裏切り者達とわずかな兵のみ。
 残る我々真のオーブ軍ならば、一蹴にしてみせましょう。今こそ、簒奪者によって汚されたオーブの誇りを取り戻す時でございます。
 他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の戦争に介入しない。
 オーブが掲げ、ウズミ様がお導き下さった我ら崇高なる理念の輝きを、あの純然たる理念を取り戻す時なのです!!」

 

 男の声は徐々に熱を帯び、自らの弁舌に酔いしれる様な響きを伴って行く。
 男の後ろにいる二人の軍人も、表情にこそ出さないが男の語る言葉こそが何より絶対の真実だと信じ切った瞳をしていた。
 男の弁舌がいよいよ熱を増し饒舌になるにつれ、その言葉を耳にするウズミの心は冷たくなっていた。
 男の言葉にウズミの心にある熱を奪い去られてゆくように、ウズミの心は男の言葉に対して何も感じなくなっていた。
 それでも最初に感じたものはある。それは、その感情は、恐怖に近いものだった。
 己自身が燦然と輝く太陽の様に絶対のものと信じ唱えてきたオーブの中立政策。
 それを絶対的に正しいと信じる者が口にした時、こうも恐ろしく感じるものかと。
 ナチュラルとコーディネイターの敵とならぬ為、両者の味方にも敵にもならずにいたかつてのオーブ。
 無論、敵と味方のみで分けられた世界だ。
 白にも黒にもならぬ道を選べばどちらかに染まる道を強要される事は火を見るよりも明らかだった。
 つまるところ支配と隷属を求める力に対抗する為には等しく力が必要であり、その真理を知っていたが為にウズミ自身も、M1の開発を認め配備を進めていた。
 そして、娘カガリの為、オーブの理念の象徴として守りに特化したMSアカツキの開発も行わせていた――今思えば平和を謳うオーブの象徴をMSにするなど、我ながらどうかしていたが。
 地球連合からの勧告を迎えたあの日、サハク姉弟が連れて来た男ビアン・ゾルダークに政権を奪われ、早数ヶ月、かつてウズミが唱え続けたオーブの理念の、崇拝者達が今目の前に立っている。
 それは、かつての主と国が掲げた理念に滅私奉公する忠義の者達と見る事も出来よう。
 だが、彼らの瞳を見、言葉を聞いたウズミの心理は、けしてかつての忠臣達変わらぬ忠誠と信頼に対して感動してはいなかった。
 ビアン・ゾルダークという異物がもたらした変化によって、五大氏族のみならず実弟であるホムラさえもウズミに反旗を翻してみせたのだ。
 その現実を前に、考える時間は腐るほどあったウズミは、逐一伝えられる世界情勢と共にオーブの在り方、娘カガリの事などを考え続けた。
 カガリは、あの猪突猛進娘が、と親ながらに思うほどうまく立ち回れている。
 在外オーブ人や、地球連合の勧告があった際に本土を離れたオーブ国民などの支持やなにがしかのカードとしてオーブの姫であるカガリを利用しようと言う者達の力を借りて、なかば廃棄されていたコロニーに、いまや小規模ながら都市と言えるだけの体裁を整えさせている。
 獅子の膝元を離れた事で否がおうにも変わらざるを得なかったと言う事だろう。
 それが頼もしくもあり、また悲しくもある。
 清濁入り混じる世界の洗礼を受けて、生来の純粋さを、カガリが無くさずにいられる事を一人の親として、また国政を司った先達としてウズミは祈っていた。
 世界の情勢が刻一刻と変わる事を、国を背負う立場から離れた目で見れば、確かに理念をいくら声高に叫び、国民に訴えかけ世界に唱えた所で時勢の荒波に飲まれるのは確かな事だとウズミにも理解できた。
 理解していたつもりではあった。
 それでも理念こそ守れればそこにまた人が集い、国が形を成し、再びオーブは蘇るのだと、それで良いのだと思っていたのだ。
 今もそれが絶対に間違った事だとは思わない。
 だが、これまで自分が固執してきた理念を振り返れば、それを守る為に、今オーブに生きている民が戦火に焼かれる事になってしまう。 それは為政者として、果たすべき義務の許容の範囲を超えた問題ではあるまいか。
 重ねて言うが自らが謳った中立と平和が間違ったものとは思わない。
 だが、それ以外の道があった事を、改めて考える程度にはウズミもまた変わりつつあった。
 こちら側の言葉を聞かず一切の問答無用で攻め入ってきた地球連合と言う手合いの強引さを別にしても、ウズミの求めるオーブのやり方は、この混沌とした戦争の世界ではいずれ崩壊していただろう。
 それを防ぐ為に、平和を謳いながらMSを開発したのは、皮肉と言う他ない。
 銃の引き金を引かぬと声高に叫びながら、自分達の身を守る為に銃を作っていたようなものだ。
 ビアンの要請を受けて、ルオゾールという者の放った超常的な存在に被害を受けたDCを纏める為に今一度表舞台に立ったのも、ウズミ自身の心理に変化があったからだろう。
 事実、彼はビアンがアメノミハシラに向かってから実に精力的に国民の為だけに働いていた。
 かねてから保有していた人脈を利用し、DCの現状が他国に漏れぬよう働きかけ、物資を都合し、官僚や兵達の動揺を抑える役に徹していたのだ。
 オーブの象徴そのものだったウズミが、DCの幕僚として働く姿は旧アスハ派としてDCに残った者達にも多大な影響を与えていた。
 無論、一時的なものであり、折を見て再び監禁生活に戻るだろうが。
 ウズミの姿が諸兵に与える影響もビアンの狙いの一つではあったろうが、今苦しみ民を助ける一助となれるならばとウズミは割り切っていた。
 だが、監禁されていたウズミが姿を見せた事でが、予想以上に強く影響を与えてしまった者達がいたのも事実だった。
 まさか今日の様に目の前に姿を見せて、アスハ政権復興を訴えかける者がいるとは。

 

「貴殿らは、この機に乗じてオーブの政権を取り戻せと言うのか」
「それこそオーブのあるべき姿に相違ありません。ウズミ様、ザフトと連合の目が宇宙に向き、ビアン・ゾルダークのいないこの時こそまさに天啓の如き好機!」
「……だが、政権を取り戻した所で再興なったオーブを守り抜く力が我らにあるのか? 連合の主力が宇宙に行ったとは言え地上に残った連合の戦力は馬鹿にはならん。加えて、アフリカと南米に残るDCの部隊の戦力もだ」
「奴らDCの持つ機動兵器を我らの手中に納めれば条件は五分。加えて我らには義がございます。民は必ずや我らの理念の元に目を覚まし、国外へ散り、DCの膝下に屈辱の涙を飲みながら着いた同胞もウズミ様の元へと馳せ参じましょう」

 

 確かな勝算などではない。どこまでも自己の都合に適した展開のみが起きると信じているだけだ。
 確かに、男の言い分がすべて間違っているわけではない。ウズミが現DC政権に不満を持つ者達へ呼びかければそれなりに集う者達はいるだろう。
 だが、それほどの気骨がある者の多くは既に宇宙に上がりカガリの元へ集っているし、オーブ国民防衛の為にDCに留まった者達が、この男達の様に理念に対して狂信的な者でなければ、この情勢下でDC政権を覆す事がどのような被害をオーブにもたらすかに思い到り、賛同はすまい。
 ザフトと連合のパワーバランスが、DCという小さな楔の撃ちこんだ罅を起点に絶妙なバランスを保っている現状で、そのDCの本拠地で今一度オーブ復興が成ったにしても、戦後の勝者――ザフト、連合のどちらかか、あるいは戦中に大西洋連合辺りにでも軍事力でもって制圧されるのが関の山だろう。
 士気と妄信では蟻と巨人ほどもある国力と物資の差を覆す事など出来はしないのだ。
 それ以前にDCとアスハ派の両者の激突で相撃ち、自滅してしまう可能性とて馬鹿には出来ない。
 彼らはそう言った破滅の未来を予測しているのだろうか?
 ウズミがそう危ぶんでしまうほどに、目の前の三人の男たちの瞳には迷いや躊躇が無く、オーブの理念を燦然と掲げる自分自身しか映っていないように見える。
 これが、ウズミが頑なに貫きとおそうとした理念が生んだオーブ国民の姿なのだ。
 それが極一部の者だけであると、心のどこかでウズミは信じたかった。
 ウズミは懺悔するように瞳を閉じ、眉間に深い深い皺を刻んでからおもむろに立ち上がり、直立不動の姿勢を維持する三人の目を見た。 その体から溢れる気迫に、我知らず三人が後ずさりしかけた。
 オーブの獅子と謳われたオーブ首長国連邦の傑物、ウズミ・ナラ・アスハの熟年の迫力だ。
 真にウズミの望む平和を曲解し、自己解釈した哀れな者達が真っ向から受けるには過ぎたる迫力であった。
 DCでもウズミの気迫に真っ向から対抗できるのは、ビアン、サハク姉弟、マイヤー、バン、フェイルロード位なものだろう。

 

「諸君らの話はよく分かった。近いうちに答えを出す。それまで、ウナトやホムラに悟られぬようにせよ」
「はっ!」

 

 ウズミの理解が得られたのだと、ウズミの瞳に浮かぶ苛烈な光から読み取った三人は、入室して来た時の思いつめた表情とは打って変わり、満足した顔を浮かべて部屋を後にした。
 その背を見送ったウズミは、重い溜息をついてやや乱暴に椅子に背を預けた。その顔に浮かぶのは、苦渋の色であった。
 やがて、ウズミの指はDCの政治中枢を任されているウナトへ連絡を取るべく、備え付けの電話機へと伸ばされた。

 

 

 オーブ領海に浮かぶ巨大な空母タケミカズチのブリッジで、三佐の階級章を着けた金髪の男が、偵察に出ていた部下からの報告を待っていた。
 刃で削いだような頬と、落ち着きはらった顔立ちに比べて苛烈な意志を秘めた瞳が印象的な男だ。
 DC本土の防衛を任されたテンペスト・ホーカー三佐だ。
 現在タケミカズチ艦長を務めるトダカ一佐と共に、本土を蹂躙されたDCを狙う禿鷹の目を潰すべく頻繁に領海のパトロールを行っていた。
 現在DC本土に残された切り札の一つヴァルシオン改を乗せたタケミカズチは、本土近辺にて小規模のパトロール艦隊の指揮にあたっている。
 程無くして、エムリオン三機とガームリオンの四機がタケミカズチに着艦し、隊長機であったガームリオンのパイロットがテンペストの元へと足を運んだ。
 DCのパイロットスーツに身を包んだ二十歳前後の青年だ。褐色の肌に黒い髪を持ち、落ち着いた雰囲気を持っている。
 元はオーブ下級氏族の出であるガルド・デル・ホクハ二尉だ。

 

「御苦労、ホクハ二尉」
「はっ」

 

 ガルドを一瞥し労いの言葉を掛けたテンペストに敬礼して、明朗な返事をする。
 少なくとも自分には厳しい性分なのだろう、真面目さが一目で分かるきびきびとした挙動である。
 テンペストの部下達の中でも特に信を置いている人材の一人だ。

 

「連合も、そうそう動きはしないようだな」

 

 ルオゾールの侵略によって大打撃を受けたDCの現状が大なり小なり連合やザフトに伝わっていないはずはないが、今のところハワイ基地からのDC制圧の為の動きなどは確認されていない。
 ガルドが任されている小隊も、今に至るまで戦闘を経験してはおらず一応の平穏が保たれていた。
 全員がオーブ下級氏族の出身で、ナチュラルながらもシミュレーターではそれぞれが優秀な成績を挙げている。
 ガルドから視線を外し、艦橋のスクリーンにを目をやるテンペストに、ガルドが控えめに問いかけた。

 

「やはり、南米とアフリカの動きが関係しているのでしょうか?」
「だろうな。ローレンス三佐とバン中将の二人とも極めて有能だ。それに加えて簡易生産仕様とはいえ、空戦機であるリオンタイプも大量に配備されている。南米とアフリカがうまくいかないわけはあるまい。実際はそうでなければならない、といのがDCの実情だがな」  

 

 わずかばかり苦々しいテンペストの台詞だった。
 アフリカと南米で展開しているどちらかの作戦が失敗に終われば、一挙にDCの戦力は激減し敗北の色は濃厚となるだろう。
 戦局の趨勢を握る新型兵器がロールアウトしたとはいえ、DCの現状は何時千切れてもおかしくない蜘蛛の糸の上を歩いているのと等しい苦境なのだ。
 現在、北アフリカ共同体の軍事の中枢にまで上り詰めたバン・バ・チュンが率いる北アフリカ共同体・DC・ザフトの連合部隊は、EフィールドやPS装甲をオミットした簡易生産型のリオンシリーズやエムリオン、更にランドグリーズとザフトのバクゥを始めとしたMS部隊を中核に、南アフリカ共和国に展開している地球連合の部隊と連日激戦を繰り広げている。
 自在展開式五連メーザー砲と超大型回転衝角カリバーンを装備したライノセラス級陸上戦艦改を旗艦とし、猛烈な攻勢を仕掛けている事が逐次伝わっている。
 一方南米の独立戦争は、南米最高のコーディネイター“地獄の戦士”ローレンス・シュミットと“切り裂きエド”ことエドワード・ハレルソン、“白鯨”の異名を持つジェーン・ヒューストンらの奮戦と、アフリカ以上に配備されたリオンシリーズ、連合から離反した南米出身の軍人の協力もあり、ポルタ・パナマ奪還も目前と言われている。
 だが、いくらタケミカズチの中で唸ろうとも現状に変化があるわけではない。
 どちらもテンペストの手の届かぬ場所での戦いなのだから。
 テンペストが成すべきは一兵たりとも本土に上げる事もなく、海の藻屑へと変え、地獄の獄火に焼かせる事だ。
 テンペストが、ガルドに休むよう言葉短に指示を出すのはそれからすぐの事だった。
 空を行く鋼の船が、南米の空に一つ、風の流れに逆らって空に帆を張っていた。
 現在地球圏において最強とされるスペースノア級万能戦闘母艦だ。
 巨額を投じられて建造されたその船はわずかに二隻のみしか存在していない。
 一番艦タマハガネは現在アメノミハシラに。そして二番艦アカハガネ――オリハルコン、ヒヒイロカネなどと呼ばれる金属の呼称の一つ――は、DC特殊任務部隊サイレント・ウルブズの母艦となっていた。
 静かなる狼の名を与えられ、反逆の牙を持つ事を許された者達は、今南米の空にあった。
 そして、その中にある通信室では輝く緑の髪を持った少年が、モニターの向こうの相手に向かって大きく怒鳴り声を挙げていた。
 不理解と怒りとで困惑を隠し、己れの意志を通そうとする理不尽に近い暴力の様な口調でだ。
 少年の激しい気性を考慮しても、荒れているのが分かる激しさだった。
 廊下を通っていたクルー達が、思わず足を止めてしまう事も珍しくない。
 声の主は、風の魔装機神サイバスターが操者マサキ・アンドーだ。
 彼が睨み殺さんばかりに見つめているモニターの向こうには、繊細な顔立ちをした少年が映っている。
 ジャンク屋ロウ・ギュールらと共にアメノミハシラを訪れているプレア・レヴェリーだ。
 彼こそマサキがサイバスターの操者となる事を引き受けた理由の一つだった。
 ある日、忽然と世話になっていたマルキオ導師の孤児院から姿を消した家族達、彼らを連れ戻す事が、マサキがサイバスターの操者となる事と引き換えにした条件だ。
 サイレント・ウルブズが南米の支援に出向いたのと前後してアメノミハシラを訪れたプレアに、マサキとの約束を覚えていたビアンが声を掛け、単独行動中のアカハガネに長距離レーザー通信で連絡を入れさせたのだ。

 

「どうしてだプレア! なんで何も言わねえで孤児院を出て行った」
『ごめんなさい、マサキさん。でも、それは紛れもなく僕の意志なんです。僕が望み、僕が選んだんです』

 

 マサキの言葉と想いはスクリーン越しであっても、プレアの心へひしひしと伝わる。
 それだけマサキが自分の事を案じてくれているのだと思うと、余計にプレアの心は痛んだ。
 華奢な自分の胸元を握りしめ、心の疼きを紛らわせた。
 マサキがそう簡単に納得してくれるとは思わない。だが、こればかりはプレアも譲れなかった。
 自分の命をどう使い切るか。残されたわずかな時間の中で自分が出来る精一杯の事をする。プレアの意思もまた固く、強いものだ。
 己の存在の全てを掛けるほどの覚悟に支えられたプレアを、マサキが果たして説得できるかどうか。
 マサキの望みが果たされる見込みは極めて小さかった。

 

『孤児院の皆やマサキさんに黙って出て行ってしまった事は謝ります。でも、もう少しだけ僕の我儘を許してください。どうしても、僕にはあの人に伝えなければなら無い事があるんです』
「誰に、何を伝えるってんだよ」
『決して、人は一人っきりではないと言う事を。そして、僕も教わった事をです』
「そんなに、そいつが大切なのか?」
『あの人は、カナードさんというんですが、道を違えた僕なんです。僕も運命が一歩違ったものだったならカナードさんと同じ道を歩んでいたでしょう。ですから、僕が伝えなければいけないんです。人は生まれ持った宿命に従うばかりが道ではない。王道ばかりが道ではない事を』

 

 マサキもまたプレアの気性をよく理解していた。
 人当たりが良くて物腰も柔らかく、一見頼りないように見えるプレアだが、その実一度決めた事をやりとおそうとしている時の彼は決して自分の意志を曲げる事はない。
 まだほんの子供だと言うのに、その在り方は生き急いでいるようにさえ見える。それが兄貴分であったマサキには危なっかしく思えていた。

 

「……分った。お前の気が済むようにしな。確認しとくが、お前が戦闘に出たりするような事は無いんだな?」
『……はい』

 

 プレアの返事が聞こえるまでの間を、嘘を着く事への罪悪感によるものと、マサキは聞き取る事が出来なかった。
 マサキもまた十五の少年だ。人の心の機微を知るにはまだ青い感性の持ち主だった。
 だから、マサキにできるのはその役目とやらを終えたなら、無事に帰ってくるよう約束させる事だった。

 

「いいか、プレア。お前の役目を終えたらすぐに孤児院に顔を出せよ。いや、その前に一回連絡入れろ。チビ共が寂しがってんだからな」
『はい。必ず』
「所で、お前は本当にオウカやククルの行方は知らないんだな?」
『ええ、途中までは僕も一緒だったんですが、今は別々です。ただ』
「ただ、なんだ?」
『ククルさんがラクス・クラインと呟いているのを聞きました』
「ラクス・クラインだあ? プラントの歌姫じゃねえか。ここの連中に聞いたけど、確かザフトの新型奪ってアスハ派の連中と手を組んで連合に喧嘩吹っ掛けているんだろ? なんでそんな危ない所にあいつらが!?」 
『……』

 

 それはオウカとククルに極めて強い戦う力があるから――プレアはその答えをマサキに告げる事は出来なかった。
 オウカとククルを止めなかったかつての選択に対し、後ろめたいものを感じているからかもしれない。
 ククルはともかく、オウカは戦場に出て良い人では無かった。
 あの優しい気性がいつか命取りになり、ひょっとしたら自分よりも早く命を散らしてしまうかもしれない。そんな予感がプレアを襲っていた。

 

(やはり、マサキさんには伝えておいた方がいいのかもしれない。オウカさんやククルさんが戦場に出ている事を)

 

 意を決したプレアが唇を開き、それを伝えた時、マサキの表情は見る間に強張っていった。

 

 

 ドレススーツの様な衣服を纏った赤い髪の美女がアカハガネの通路を歩いていた。
 腰まで届く髪の艶やかさと、ややつり上がった目や引き締められた口元の厳しさが印象的な、妖艶な美女だ。
 この宇宙を訪れた数多の世界の死人達の一人、テューディ=ラスム=イクナートである。
 テューディ同様にこちらに来た死人であり、アカハガネのクルーとなったヴィガジ、シカログ、アギーハの為に用意された機体の調整を行っていた帰りだ。
 元々ヴィガジらの乗っていた異星人の技術が結集された機動兵器達は、オノゴロやヤラファスでの戦闘によって大破し、今はオノゴロのモルゲンレーテ社地下ドックで修復と解析が行われている。
 ヴィガジらの母星の技術の解析が成功し、地球側の技術として応用できれば大いに役に立つだろうが、それには短くない時間が必要であり、現状を鑑みれば修復を待つ事は出来なかった。
 テューディは左手に持った掌サイズのPCの画面を熱心に見詰めていた。その熱心さで見つめられればたいがいの男は骨抜きになるような美しい瞳であったが、本人にその気がないのは一目瞭然であった。テューディの眼中にある男はこの世に一人っきりなのだ。

 

「インスペクターとやらとの相性も意外と悪くはないか。意外と言えば意外だが……。デュラクシール・レイに私のイスマイルにマサキのサイバスター、それにあの男の為の機体まで私の管轄だと? 私を過労死させる気か、フェイルロードめ」

 

 忌々しそうに呟くテューディだが、その表情は満更悪いわけでもなさそうだった。
 かつて、この世界に来る以前ではテューディにとって行動の全ては復讐のベクトルを持ち、世界への破滅に向かっていたが、この世界では破滅以外むしろ破滅に抗う為の、世界を活かす為にベクトルを向けている。
 その違いはテューディの心の変化でもあった。
 アカハガネ内部に設けられたラボに戻り、データのチェックを行おうとした所で、テューディは自分を変えた大きな理由と出くわした。
 誰あろうマサキである。ただし、少年特有の闊達な雰囲気はなく、その表情は思いつめたモノに変わっていた。
 声をかけるのを思わず躊躇したが、それでもテューディは声を掛けた。

 

「どうした、マサキ?」
「テューディか。なんでもねえよ」

 

 マサキは足を止める事無く歩き続け、テューディはやや小走りでマサキの後に続いた。
 マサキはテューディに冷たく応え、一瞥をくれる事もない。思い人に冷たくされる悲しみが、テューディの心に冷たい風となって吹いた。
 だから、つい構って欲しくなってしまい、気付いた時には口が開いていた。
 まるで恋を初めて知った少女のような反応だと、テューディ自身は気付いていない。

 

「何でもない、と言う顔をしていないぞ?」
「お前には関係ねえ!」
「っ!? す、すまない。お前があまり思い詰めた顔をしていたから……」

 

 足を止めて怒鳴るマサキに、テューディはその体を小さく震わせた。
 三十路まであとわずかだと言うのに、少女の様なあどけなさを残していた顔は、今にも泣き出しそうに歪んでいた。
 想い人の心を苛立たせる事をしてしまったのか? どうしてマサキは怒っているのだろう? 自分がいけないのだろうか? 
 なにより、マサキに嫌われてしまったのだろうかという恐怖が、あっという間にテューディの心を満たした。
 テューディの声は震え、いつもは強い意志の光を湛えている瞳も力が無い。
 テューディの様子に、流石に鈍感なマサキもしまったという顔をした。
 自分の失策に気付いたのだ。テューディに当たった所で事態が好転するわけでもないと言うのに。
 こんな時にどう声を掛けて良いのかマサキには分からなかったが、非が自分にあるのは確かだった。
 バツが悪い思いをしながら、マサキはとにかく謝る事にした。てっとり早く自分の意志を伝える為の行動に移る事にしたのだ。

 

「わりい、テューディ。すこし、言い過ぎたみたいだ」
「いや、わ、私もマサキの事を考えずに声を掛けて済まなかった」
「ちょっとあってな。フェイルの所に用事が出来た」
「探し物が見つかったのか? たしか、お前の家族達だったな」
「ああ。プレアとオウカとククル、あいつらを見つける為にサイバスターに乗ったんだ。そいつらの事でな」
「そうか。なら、確かに私が口を挟める問題ではないな。……少し寂しい気もするが」

 

 マサキの家族に対する想いの深さは――たとえそれが血の繋がりの無い相手であっても――、実の両親をテロという理不尽な暴力によって奪われた事の反動に依る所が大きい。
 同時にそれは家族を失う事への恐怖も強いものとしている。
 失う事を恐れる程に想われる。自分自身もマサキのそういう存在になりたいと思っている事に、テューディ自身気付いてはいなかった。
 そして、マサキに付き合おうとフェイルのいるアカハガネ艦橋に足を向けようとした二人の耳に、第一種戦闘配置を告げる艦内放送が届いた。

 

「なんだ、敵か!?」
「この感じ……ヴォルクルス? いや、これは」

 

 テューディは、肌を舐めるようなおぞましい魔力の感触に、あの醜い邪神を想起したが、すぐにそれを否定した。
 その力においては匹敵するほどだが、何か、質の様なものが違うと、直感が告げていた。
 艦橋に行くのを中止し、すぐさま格納庫に向かった二人を迎えたのは既に用意された機体に乗り込んだヴィガジらだった。
 ガルガウ、ドルーキン、シルベルヴィントらが使えぬ彼らに用意されたのは、サイバスターの建造と同時に行われていた第一次魔装機計画の機体だ。
 テューディの手によって完成したサイバスターとは別に、CE世界及びビアンの技術によって形を成した半魔装機半MSとでも呼ぶべき機体だ。
 基本フレームなどは科学技術によるものだが、武装や動力機関はラ・ギアスの技術を主としている。
 フルカネルリ式永久機関を主動力とするサイバスターに対し、DC技術陣が複製しテューディが完成させた非永久機関であるフルカネルリ式機関がメイン動力だ。
 基本装甲はPS装甲で、魔術的な防御能力を持っていない。
 また精霊との契約も本格的なものではなく、霊的な力を持った石を媒体にしたもので、サイバスターや契約を強制しているイスマイルらに比べれば出力は小さいが、その分安定した性能を持っている。

 

「さっさと機体に乗りこめ、マサキ・アンドー!」
「るっせえ、言われなくても分ってるぜ、ヴィガジ」
「『さん』をつけんか、貴様! 年上への礼儀と言うものを知らんのか」
「相変わらず口を開けば言い合いだねえ……。マサキ・アンドーをガキだっていうあんたも大人気ないじゃない。ねえ? ダーリン」
「……」

 

 それぞれぼやくのはインスペクター四天王である。
 個々の星の軍事レベルと精神の成熟レベルを監査し、危険と判断した場合は武力行使も辞さない文明監査官の大義名分を盾にサイレント・ウルブズに属する事にした三人だ。
 実情はといえば、いや、彼らの名誉の為にここでは語るまい。
 ヴィガジは炎の魔装機スマゥグ、アギーハは風の魔装機ジャメイム、シカログは大地の魔装機プラウニーに搭乗している。
 それぞれが『火』『風』『土』の低位精霊と契約を行った魔装機だ。
 信じられる事によって存在する精霊はその特性上、ラ・ギアスと比較した場合、精霊信仰の衰退した地上では力を発揮しきれない。
 それでもテストでは並のMSを上回る力を発揮し、搭乗者のプラーナ(≒生命エネルギー)によって限界以上の性能を発揮する魔装機はDCの切り札足り得る機動兵器として着目され、事実こうして三機がロールアウトしている。
 他にも『水』のカーヴァイルという機体もあったが、それはDCに賛同した他国へ供与されている。
 なお、現在魔装機系の機動兵器に関する権限は全てフェイルとテューディに委任されている。
 外部スピーカー越しに怒鳴りつけてくるヴィガジに言い返し、マサキも急いでサイバスターのコックピットに乗り込み、その心臓部に納められたフルカネルリ式永久機関と対消滅エンジンに火が灯され、サイバスター五臓六腑に莫大なエネルギーを注ぎ込む。
 全天を見回せるモニターに格納庫の内部の様子が映り、イスマイルやブローウェル・カスタムが起動しているのが確認できた。
 DCにおいて最強戦力の一つであるデュラクシール・レイはパイロットであるフェイルがアカハガネの艦長も兼任している為、格納庫で眠りを貪るようだ。
 ちょうど、デュラクシール・レイの出番は無しか、と思っていた所に当のフェイルの顔がメインスクリーンに映し出された。
 生来の人徳と親しみやすい性格から、既にブリッジクルーからの信頼も獲得している。

 

「全員揃ったな。現在、前方の空域で戦闘を確認した。連合、ザフト、DCいずれの識別も出していない。おそらく」
「ルオゾールの手の者か」
「テューディの言う通りだ。だが、その戦っている相手が問題でね。連合でもDCでもザフトでもない。そして、ルオゾールと敵対している者となると」
「シュウ・シラカワか!? グランゾンと言うわけか」
「ああ、重力震を感知した。クリストフ、いやシュウが戦っているのだろう」

 

 シュウ・シラカワの名前に、マサキは自分でも理解できない不快感の様なモノを覚える。
 七つか八つほど年上のあの青年の常に他者を見下しているあの態度。全てを見透かすかのような物言い。
 それだけではない、なにかマサキの魂か、何かマサキ自身の深い所であの青年に対し警戒を抱かせるものがあるのだ。
 本人と彼を知るフェイルやテューディ、ビアンの言葉を信じるなら無闇に敵対する事はない相手らしいのだが。
 マサキの心中は知らず、ヴィガジにとってはかつての世界で月に建造された人類相続の為の揺り籠であるムーンクレイドルでシュウの操るグランゾンによって、ヒリュウ・ハガネ隊に敗北を喫する切っ掛けが与えられた事があり、面白い相手ではない。

 

「我々がシュウ・シラカワの手助けをする義理なぞ欠片もあるまい」
「そういうな、ヴィガジ。シュウとグランゾンの力はヴォルクルスとルオゾールを葬るには必要な力だ。それに、シュウも一応はヤラファス島での戦いでも助力はしてくれたしな。私の顔に免じて、今日の所は頼む」
「ふん。まあいい、奴らにはおれも借りがある。いずれあのルオゾールとかいう男を縊る為の練習とでも思ってやる」
「すまんな」

 

 なんだかんだでこちらの言う事を了承することの多いヴィガジの返答に、フェイルは小さく苦笑していた。
 それなりに異星からの監査官と地下世界の王族は人間関係を築けているらしい。
 発進シークエンスに入り、オペレーターとのやり取りを終えて、間もなくマサキの視界は格納庫の中から空の広がる外へと変わった。
 風の精霊との契約を持つサイバスターの操者として、鋭敏な霊的知覚能力を与えられたマサキは、タマハガネの外に出た事で世界に漂う邪悪な気配に気付いた。
 覚えがあるようでないようなこの感覚は

 

「あのルオゾールとかいうクッソタレじゃねえ。一体なんだ!?」

 

 それは魔装機操者となったヴィガジらも同様らしく、

 

「むう。なんだこの不愉快な感覚は、マン・マシン・インターフェイスの不調ではあるまい。これが精霊との契約による影響とやらか?」

 

 ヴィガジの乗るスマゥグは炎のような赤を基調とした、鋭角な装甲が特徴的な華奢な機体だ。
 重武装の砲撃戦を得意とする機体であり、斧の着いた槍バルディッシュで接近戦にも対応しているが、装甲は薄く中・遠距離での戦闘に真価を発揮する。
 シカログのプラウニーは四角いブロックを組み合わせて作ったような鈍重そうな機体だ。
 二門のブリジットカノンとブリッジトガンでの超遠距離戦機だ。
 ただその分厚い装甲と第一次魔装機計画機の中では最大のパワーを持つ事から、パイロット次第で接近戦もこなせるだろう。
 ドルーキンで接近戦もこなしていたシカログにはちょうど良い機体だ。
 アギーハが駆るのは、サイバスターにどこか似た機体である。
 白銀の輝きを爽やかな新緑に変え、背に負った翼を二枚一対に変えたようなシルエットを持っている。風の魔装機ジャメイムである。
 完成した魔装機の中でも高い機動性と出力を持つ優秀な機体だ。
 その分パイロットを選ぶが、シルベルヴィントの高機動戦闘に慣れたアギーハには、それでも物足りなく感じるほどらしい。
 この三機に加えて、サイバスター、イスマイル、飛行能力を得たブローウェル・カスタムを咥えた六機がアカハガネの甲板から飛び立ち、前方の空域へと天翔ける。
 突出した速度を持つサイバスター、続いてジャメイムがグランゾンのいる戦域へと到達する。
 漆黒の重力波が空を塞ぎ、海を戦慄かせ、その度にグランゾンに群がる土くれの巨人達が押し潰されていた。
 形そのものは変わらぬが、ルオゾールはデモンゴーレムに飛行能力を与える事に成功したらしかった。
 すでにレーダーの中にサイバスター達を捉えているだろうに、グランゾンは一向に構う様子は見せず、右手のグランワームソードでデモンゴーレムを両断している。

 

「やい、シュウ! あんたこんな所でなにをしてる!」
「マサキ、その物言いは直しなさいと忠告したはずですよ? それと質問の答えですが見て分かりませんか? ルオゾールの追手ですよ。今こうして相手をしているのですが? それが分からないほど貴方の目は節穴ですか?」
「うっ、そりゃ見れば分かるけどよ。なんであんたがここにいるのかって聞いてんだよ」
「意味はありませんよ。追手をいちいち相手にするのは効率が悪いですからね。グランゾンのネオ・ドライブと転移機能で世界中を転々としていたのですが、ついに捕まってしまいましてね。そればかりは私の落ち度ですが。貴方には関係ないでしょう?」

 

 どういうわけか突っかかってくるマサキを鬱陶しく思いながら、シュウは律儀に答えた。
 自分と同じ世界のマサキ・アンドーならともかく、この世界のマサキが自分に執着するのに合点がいかない気持ちがある。
 まあ、サイバスターの力を完全に引き出せていないこの世界のマサキにはさして興味はない。
 すぐにモニターの向こうのサイバスターから目を離し、先程放ったグラビトロンカノンとワームスマッシャーで随分と数を減らした筈なのに、包囲網が解けた様子の無いデモンゴーレムの群れに向き直る。
 まあ、こいつらを片づける手間を思えば、マサキやテューディらの加勢はありがたい。
 最も、グランゾンの力を持ってすればデモンゴーレムを片づけるのは造作もないが。

 

『久しぶり、というほどもないか。シュウ』
「フェイルですか。私をもうクリストフとは呼ばないのですか?」
『ああ、そちらの名前の方が好みなのだろう? そうする気持ちも、分からなくはない。それと状況は見た通りの様だからな。必要ないかも知れんが、加勢しよう』
「ふ、礼は言っておきますよ」

 

 どうやらルオゾール本人やヴォルクルス分身体はいないらしく、周囲にはデモンゴーレムのみである。
 サイレント・ウルブズのメンバーなら造作もなく一蹴できる戦力だ。
 事実、スマゥグやプラウニー、ジャメイムでの初の実戦となるシカログらも思うがままにデモンゴーレムを破壊しつづけている。
 プラーナを砲弾状に変換したドラグショットやバルディッシュがデモンゴーレムの頭部を吹き飛ばし胴を両断する。
 ジャメイムが手に握った白銀のロングソードも幾度となく翻り、飛行能力こそ得たものの鈍重なデモンゴーレムをいくつもの土くれに斬り分け、かざした掌に浮かんだ魔法陣からアートカノンを連続して放ち、風の魔装機として相応しい戦いを見せている。
 シカログのプラウニーも要所要所でブリジットガンを放ち、味方に損害が出ぬように援護に徹していた。
 また、その分厚い装甲に守られた拳で容易く土の巨人を握りつぶし、殴り潰している。
 オールトのブローウェル・カスタムなど魔装機神にも匹敵する能力で、C級魔装機としてはあり得ぬ戦闘力を見せている。
 オールト自身はさして有能なパイロットとは言えなかったが自ら手掛けただけあり機体の性能をよく把握し闘っていた。
 マサキのサイバスターとテューディのイスマイルに関しては言うまでもなく圧倒的な戦闘能力で、デモンゴーレムを寄せつけていない。 自由に吹く風を捉える事は何人にもできず、復讐の女神の名を持つ機神は触れる事も汚らわしいと全身に仕込んだ火砲を雨の様に降らしていた。
 シン達の属するクライ・ウルブズにも匹敵するかそれを上回るとてつもない戦闘能力だろう。
 それに加えてアカハガネの砲撃も加わり、戦場は一気に決着が着こうとしていた。
 アカハガネ艦橋で具体的な指示は副長に任せて、戦場の様子をつぶさに観察していたフェイルは違和感を覚えていた。
 あのシュウとグランゾンがこの程度の戦力に梃子摺るだろうか?
 わざわざ追手を撒くまでもなく殲滅するのもほんの一瞬でできるだろう。
 その程度の事にグランゾンを消耗するのを嫌ったのか?

 

「シュウ」
「言いたい事は分ります。この程度の敵を何故私が葬らずにいるのか、ですね? いくら湧いて出てこようがグランゾンの力を持ってすれば造作もありません。ですが……」
「ご主人様、来ました! 例のアン畜生です!!」

 

 と、これまで沈黙を守っていたシュウの使い魔チカが、やかましく金切り声を挙げた。
 耳元で騒がれたシュウは、端正な眉を顰めて一瞬だけ不快そうにしたが、チカの言葉の意味する所を汲み取り、グランゾンのレーダーが捕らえた転移反応を認めた。

 

「フェイル、その答えが来ますよ」

 

 シュウの言葉と、アカハガネのレーダーが捉えた重力震の反応から、何者かが出現しようとしている報告を受けたフェイルが、全機に通達する。

 

「全機警戒しろ、敵の増援が来るぞ!」

 

 不意に、マサキはコックピットの中に噴いていた風が淀んだのを感じた。
 水底まで見通せる清水が、不意にどす黒く染まったような変化だった。
 風が、穢された?
 泣いている。サイバスターが。
 苦しんでいる。サイフィスが。
 サイバスターの動きが唐突に止まり、空中のある一点に翡翠色の瞳を向ける。
 すでに周囲のデモンゴーレムは掃討し終えていた。
 サイフラッシュを使うまでも無かった。テューディがマサキの様子に不審なモノを覚えて声を掛けようとし、しかし背筋を襲った悪寒に口を閉ざした。
 ヴィガジやアギーハ達も、機体の動きを止めてサイバスターが目を向ける空間に注意を払っていた。
 本来、精霊とは縁もゆかりもない彼らがここまで鋭敏に反応するのは、戦士としての直感と、明確な意思を持たぬ筈の低位精霊たちが怯えている事を敏感に悟った為だ。
 それぞれの機体にカルケリア・パルス・ティルゲムを応用した専用のマン・マシン・インターフェイスを搭載し、機体との融和性を高めてある副作用だろう。
 黒い色を帯びた風が、サイバスターとグランゾンの視線の先で内から外へと広がる渦となり、瞬く間にそれは巨大になり、瞬き一つする間に数百メートルもの巨大な規模に広がってゆく。
 黒き風が運んだのか、空には日の射す事を許さぬ暗雲が垂れこみ青かった海は血の赤に濁って波を立てて荒れ始める。
 見よ、邪悪な風に天が慄いている。聞け、魔性の吐息に海がざわめいている。
 風よ、風よ、汝を穢すは何者か?
 ソレを見た瞬間、マサキは言葉を失った。目の前に現れた存在を認められなかったからだ。
 ソレは、ソレは、ソレは――

 

「黒い、サイバスターだと?」

 

 わずかに形こそ違うのだが、それは確かにサイバスターと呼ぶ他ない姿をしていた。
 鋭い刃の様な装甲と曲線を描く装甲が形を成す騎士甲冑の様な姿。白雪と磨き抜かれた銀の色を持っていた装甲は深い闇の底に蟠る暗黒の色に変わっていた。
 真紅に輝く瞳は無機物でありながら生物のみが持ちうる寧猛さと凶暴さを輝かせ、よく見れば装甲に血管の如く浮いた筋と同時に脈動し、明滅している。
 黒いサイバスターの全身には、生物の者としか思えない、その癖この世の生物にはあり得ぬ極彩色の血管が絡みつき凄まじい異臭とおぞましさを撒き散らしている。
 変容はそれだけでは終わらぬようで一部の装甲は肥大化し、角を生やしている。
 湾曲した赤い刃の曲刀を持ち、刃自身にも蒼と紫の血が流れる血管が絡みついていた。
 曲刀を握る左手とほとんど融け合い、時には黒い霧を装甲の隙間から噴き出している。唯一、その右手のみが原形を保っていた。
 マサキに続き、テューディが擦れた声を漏らした。

 

「サイバスターの右腕だと!? バカな、既にマサキのサイバスターに使っているのだぞ! 何故アレがもう一つある」
「アレがルオゾールの出した切り札のようでしてね。なかなか手強い相手なのですよ。少なくとも、マサキの乗るサイバスターよりもね」
「っ、言ってくれるぜ。サイバスターが泣いていたのはコイツの所為かよ……。あの黒いサイバスター、泣いているぜ」

 

 自分の体を切り刻まれるような苦痛と共にマサキが呟く。
 シュウの言葉に対し反発を覚えていないのは、眼前の黒いサイバスターから感じる途方もない邪気の所為だろう。
 そして何よりも自身のサイバスターから伝わる苦痛と悲しみ、救いを求める声が、マサキの心に訴えかけていた。

 

「イズラフェールというのだそうですよ。ルオゾールが自慢気に言っていました。どうやや私達の知るサイバスターとはまた別の神の右腕が元になっているようです。サイフィスとの契約も、ヴォルクルスの呪力で強制しているようでしてね。グランゾンの力でも手強い」

 

 忌々しげだが、事実は認めざるを得ないと不承不承言っている風である。
 シュウにここまで言わせると言う事は、やはりその通りなのだろう。
 黒いサイバスター=イズラフェールのコックピットの中で、ルオゾールによって移植されたヴォルクルスの細胞によって埋め尽くされたその中で、その男はほとんど意志を奪われながらも、漆黒の魔装機神と相対する白銀の魔装機神をその瞳に映した。

 

「サイ……バス……ター」

 

 ヴォルクルスの細胞に首から下、さらに頭部さえも侵食されてわずかにその顔面のみを残している或いは残されている男は、かろうじて動かせる唇で、風の魔装機神の名を呟いた。それこそが救いであると知っているが故に。
 イズラフェールの右腕がわずかに白く発光し、サイバスターの右腕もまた共鳴するように輝く。
 それは、すなわち両者が源を等しくする存在であると言う事の証明に違いなかった。
 やはり、そうなのかと、テューティとフェイルは確信せざるを得なかった。
 どうしてサイバスターがもう一機存在しているのかは分からないが、アレもまた確かにサイバスターなのだと。
 イズラフェールの心臓から、低い唸り声が零れ出る。
 それは、血肉を分けた兄弟にも等しいマサキのサイバスターとの出会いの為であろう。
 紛れもなく邪神の呪縛からの解放を求める救いの声であった。

 

「来ますよ!」

 

 シュウにしては険しい声と共に、イズラフェールは背の翼から膨大な赤い光を零して空を駆けた。
 狙いは、やはりというべきだろう、サイバスターだ。
 ルオゾールの魔術とヴォルクルスの力によって鍛造された曲刀バニティスラッシュを振り上げ、烈風の激しさでサイバスターへと叩きつける。

 

「っ!?」

 

 咄嗟に反応出来たのは、マサキの戦士としての能力よりも、サイバスター同士の共感によるものだろう。
 振り上げられたイズラフェールに呼応するようにサイバスターの右腕もまた動き真紅の刃を白銀の刃が受け、エーテルの火花を魔風と聖風が吹き散らす。
 マサキだけでなくその場にいた全員がほとんど反応できずにいたほどの神速。
 風の加護を邪神の怨念が束縛し、凌辱し、屈服させ、イズラフェールの右腕に使われたオリジナルサイバスターの力を限界以上に引き出しているのだ。
 受け合った刃が、切り結んだ時以上の速さで離れ、マサキは牽制のアートカノンを連射する。
 引き絞られた弓弦から放たれた矢の様にイズラフェールに向かうが、その全てをイズラフェールの左手が動くだけでその全てを切り払ってみせる。
 イズラフェールから放たれる暗黒の気配は周囲の風を淀ませ、空間そのものさえも汚辱し始めていた。
 対してサイバスターの体より吹く清らかな風が、イズラフェールの邪悪と触れ、互いを互いの色に染め上げるべく争い始める。
 サイバスターとイズラフェールの距離が離れた事により、シカログ達は即座にイズラフェールに向けて砲門を向ける。
 マサキの援護の意識よりも、眼前の敵を一刻も早く消滅させなければならない――危険を訴える直感が最大に働いていた。
 ブローウェル・カスタムの肩部リニアレールガンが、ジャメイムのアートカノンが、プラウニーのブリッジトカノンが、スマゥグのドラグショットが、そしてイスマイルのバスターキャノンが殺到する。
 イズラフェールの瞳が一際強く輝き、邪神の血肉に侵された体から光輝く霧の様なものが溢れ出して、自らに群がる殺意の全てを呑みこみ、粉砕する。
 デスフォッグプリズム。イズラフェールが持つ広範囲射程の魔法兵器である。
 それをルオゾールの力によってさらに強化され、改竄された強化版だろう。
 黒に、紫に、白に、黒に、灰に輝く霧に触れると同時にあらゆる攻撃は喰らい尽くされて消滅し、イズラフェールに傷の一つを付ける事も叶わない。

 

「サイフラッシュモドキか。あちらはヴォルクルスの影響で体力も魔力も無尽蔵だろうから、厄介だな」

 

 妹ウェンディがサイフラッシュの開発と調整に手間取っていた事を思い出しながら、テューディはどこまでも忌々しく吐き捨てた。

 

「サイ……バ……スター、神の、右……腕、わた……しを……ろせえ……」

 

 イズラフェールのコックピットで、かつて英雄として称えられ、そしてそれ故に世界から放逐された男が、かすかに残された意志でそう呟いたのをイズラフェールの右腕に宿る風の精霊だけが聞いていた。