SRW-SEED_ビアンSEED氏_第80話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 23:00:20
 

ビアンSEED
第八十話『鋼の救世主(メシア)』

 
 

 眼前で猛威を振るうヴォルクルス分身体の放った宇宙の闇さえも塗り潰す極彩色を纏った魔力の波に、左右からビームカービンを撃ち掛けていたジンHM2型二機が撃墜されるのを黙視し、アクア・ケントルムは心の水面を怒りと悲しみで乱した。
 その波紋が操縦にも影響を与えたのか、わずかに回避行動を鈍らせたサーベラスめがけて、次の獲物を見定めていたヴォルクルスが、その巨体からは信じられぬ素早さで襲いかかってきていた。

 

「っ!?」

 

 メインモニターを埋める醜悪という言葉のみでは足らぬ威圧感を放ち、ヴォルクルスの振り上げた十メートル近い鉤爪の動きを必死の思いで追う。
 サーベラスの左手のコーティングソードで必殺を期して振り下ろされた鉤爪と打ち合い、その表面を滑らせるようにして、鉤爪の軌道を狂わせた。万力を込めて握る操縦桿を震わせるヴォルクルスの膂力に、奥歯を砕かんばかりに噛み締める。
 受け流しきるのを確認し、喉の奥から込み上げてきた安堵の息を吐き出すよりも早く、今度は鞭のようにしなりながら迫る触手の束を、撃ち落とさねばならなかった。

 

「この!」

 

 生きているスラスターを全開にし、即座にヴォルクルスから距離を取ってラディカル・レールガンで牽制を試みるが、痛覚が無いのか、あっても然したる痛みにもならぬのか、ヴォルクルスは怯んだ様子もない。
 核動力MSさえ上回る出力を現実のものとしたTEアブソーバーの火力を持ってしても、やはりヴォルクルスの細胞の再生速度の方が上だ。
 生き残っていたザフトの部隊と連携を図って立て続けに攻撃を浴びせているものの、反撃によってこちらの手数は次々と減って行き、ヴォルクルスに与えた筈のダメージも癒えてきているのが見て取れた。
 WRXとまでは言わぬが特機クラスの火力が、ヴォルクルスを倒しきるにはどうしても必要だ。
 艦隊の主砲の集中砲火を浴びせる事でも代用は利くだろうが、ヴォルクルス以外にも無数に現れるデモンゴーレム達が雲霞の如く襲いかかり、こちらの思惑通りに行かせてはくれずにいる。
 ザフトでルオゾールの軍勢と互角に戦えているのは、目下スーパー級エース二人を抱えるブランシュタイン隊や、プロヴィデンスのドラグーンによる無数の砲火を浴びせているラルフ・クオルドくらいのものだろう。
 アズライガー撃破とAI1セカンド撃破までに被った被害が大きすぎたのだが、それを責める事が誰に出来ようか。アズライガーはまだしもAI1セカンドの出現などこの場にいた誰にとっても予想だにしなかったことであろう。
 だからといってこちらの非運を嘆くわけにも行かない。こちらの価値の目がどんなに小さくともまだ生きている以上、諦めるには早過ぎる。そう思って、アクアは自分自身を激励したが、絶望という名の黒い手は、確かにアクアの心を握りしめつつあった。
 再び放たれたスーパーソニックウェーブを、漂っていた戦艦の残骸を盾にして凌ぐが、ヴォルクルスの怨念を乗せた衝撃波にさらされた残骸は見る間に崩壊し、息つく間もなく消滅してしまう。
 崩壊と引き換えにスーパーソニックウェーブを受けきった事だけは救いであったろう。続けて破壊の咆哮を挙げようとするヴォルクルスに気づき、とっさにラディカル・レールガンの照準をヴォルクルスの頭部に向ける。
 白い能面の様なヴォルクルスの眉間に、電磁加速した弾丸が丸い穴を開け、ぶしゅりと青黒い血の球が数滴溢れだし、見る間に塞がった。細胞それ自体が持つ柔軟性が着弾の衝撃を吸収し、有効打と呼べるほどのダメージを与えられないのだ。
 ヴォルクルスの爬虫類の様な下半身から延びる大鎌を持った足が、サーベラスを抱きかかえるように広げられ、一気に交差される。ただ破壊への衝動に駆られた行為には、対象の生命を奪う歓喜のみが込められている。
サーベラスの装甲ではあの一撃には耐えられない。かといって不可視かつ効果範囲が広大なあの攻撃は回避が難しい。ましてや、今のこの戦場にはあまたの機動兵器達の残骸が浮かび、即席のデブリ帯が構築されつつある。
運悪くアクアの居る場所は、デブリの密度が濃い場所だった。全力で回避行動に移っても、そこかしこに浮かぶデブリが邪魔になる。明確な言葉にならない罵りの言葉を吐き、それでもサーベラスに回避行動をとらせようと操縦桿を動かした。
 深い皺を刻んでヴォルクルスを睨むアクアの瞳に、巨体をかすかに振るわせてスーパーソニックウェーブを放とうとしたヴォルクルスの横面を殴る特機の姿が映った。
 赤色を主に随所に蒼と金の装甲を纏った特機、ガルムレイドだ。両肩のファングナックルの牙の隙間や各所からターミナスエナジーを噴出させ、頭部の普段は隠されている二つの目が露わになっていた。
 ターミナスエナジーを最大にして突撃するバーニング・ブレイカーの一撃だ。燃え盛る炎の如く猛るエネルギーを纏った拳が、ヴォルクルスの頬肉を盛大に削り飛ばして口腔の内部の牙や舌が覗いている。
 これまで何度か戦った因縁の相手に窮地を救われた事態に、アクアは動揺を覚えていた。

 

「地球連合の特機、どういうつもり?」
「命令だ。ザフトとDCに協力して、このわけのわからん連中を倒す」

 

 まだ若い青年の声が返ってきた。ガルムレイドのパイロットのヒューゴ・メディオだ。殴り飛ばしたヴォルクルスの顔に、返す刀――ではなくて返す鋸とでも言うべきか、膝のサンダースピンエッジを叩きつけ、顔面を斜めに横断する斬痕を刻みこんだ。
 苦痛を露わにして、巨体を身悶えさせるヴォルクルスから離れたガルムレイドは、休まず額に赤色の光を灯してブラッディ・レイを見舞う。サンダースピンエッジの切り傷と十字に交差して、赤色の光線が奔り、ヴォルクルスに明確なダメージを負わせた。
 サーベラスやザフトの機体が塵が積もるように与えていたダメージの残りに、ガルムレイドの攻撃力が噛み合って、ようやく目に見えるだけのダメージが表出しただけなのだろう。
 だが、それまで徒労としたか思えなかった攻撃が無駄ではなかった事と確証を得るには十分だった。それまで黒々とした負の感情が溜まりつつあった腹腔に、新たな活力が湧いてくるのを、アクアは感じ取っていた。
 新たに見え始めた希望の光に気力を取り戻しながら、アクアは未だ苦痛に震えるヴォルクルスめがけて残るサーベラスの火器を向けた。この勢いのままにあの化け物を穴だらけにしてやるのだ。

 

「さっきまで傍観していて、その前は核ミサイルでプラントを攻撃しようとして置いて、貴方達ちょっと調子がいいんじゃない?」
「それもそうだがな。そっちだって地球を攻撃できる兵器を開発していただろう。それに今のこの状況で手を貸す事自体には文句はないだろう?」
「猫の手も借りたいのは本当だから、感謝はしてあげるわ。手を貸したんだから、あなた、きっちり最後まで協力しなさいよ!」
「分かっている!」
「私、アクア・ケントルムよ。何度か戦ったことあるわよね?」
「同じ機体だったか。おれはヒューゴ・メディオだ」
「いい名前ね。それじゃ、ヒューゴ、短い間だけど背中を預けるわよ」
「大した度胸だ。おれの背中も頼むぞ」
「任せておきなさい」

 

 本気で命を取り合った相手だ。それをこの状況とはいえ手を取り合う様に戦い、まして背中を任せるとまで本気で言っている事に、アクアとヒューゴの二人は不思議な感覚を覚えていた。
 ずっと前からこうして互いを信頼して戦ってきたような懐かしさを帯びた感覚。たしかに命をかけて数度戦ったこの上なく濃密な間柄ではある。仲間達を斃してきた敵に対して抱くべき憎しみ以上に信頼の思いが強いのはどうしてなのか。
 その答えを出す事は出来なかったが、胸に在る信頼のままにアクアとヒューゴは長い時を共にし、心を通い合わせたパートナーの様に息の合った連係を取り、ヴォルクルスへと立ち向かっていった。

 

   ▽   ▽   ▽

 

 残存兵力において最少となった地球連合残存艦隊であったが、撃墜されたアズライガーを除く精鋭部隊が欠員なく残存していた事が幸いし、ヴォルクルス分身体を徐々に追い詰めていた。
 地球連合WRXに加え、ジェネシスによって大量に発生した死者の思念を受けて戦線を離脱していた、アーウィン・ドースティンとグレース・ウリジンが戦線に復帰したのである。
 ストライクノワールやロッソイージス、ブルデュエルといった連合系MSの最高峰クラスの列に、量産型ベルゲルミルやヴァルシオン改が再度加わったのだ。
 周囲の宇宙空間を満たすルオゾールの瘴気は、いわゆるニュータイプ的な感受性に覚醒したグレースらにとって激しい悪寒を抱かせる毒めいたものではあったし、事実今も脳を内側か握られているような痛みが襲いかかってきている。
 しかし事態の急激かつ破滅的な方向への変化に際し、不調を理由に黙ってはいられないとアーウィンとグレースは、間断なく襲い来る痛みや悪寒を精神力で抑え込み、自機の高い性能を余すことなくヴォルクルスに教えていた。

 

「ウリジン、ドースティン、無理はするなよ」

 

 MS部隊の指揮を任されたカイが、体調の不良を押して出撃した二人に気遣いの言葉をかけた。
 本調子でないパイロットを出撃させることは本意ではないが、二人のパイロットとしての技量と機体の性能、そして状況を鑑みれば何が何でも出撃してもらいたい二人なのも確かだった。
 焼け石に水を掛ける作業の様なヴォルクルスとの戦闘に追い風を起こしてくれる存在であると、誰だって期待の一つもしている。

 

「そうしたいんですけど~、無理でも無茶でもしないとちょっとまずいと思いますぅ~」
「言い方はともかくグレースの言う通りです。キタムラ少佐、おれ達二人の事よりもあの化け物を倒す事が何よりも優先されるべき事でしょう」
「言ってくれるな、ヒヨッコが」
「できるヒヨッコのつもりですので」
「ドースティン、お前は大物になるよ」
「それはもう、私のダーリンですからぁ~」

 

 縦横無尽に飛翔するシックススレイブは高エネルギーを纏いながら高速で旋回し、ヴォルクルスの肉体をわずかずつではあるが削り裂く。
 苦痛と怒りに震えるヴォルクルスに、アーウィンと完璧といっていい連携を取ってヴァルシオン改のクロスマッシャーがここぞとばかりに降り注ぐ。
 見る見るうちにヴォルクルスのシルエットが歪な形に削られ、怯んだ隙を逃すわけもない戦巧者達からの追撃が加わる。
 カイ・キタムラのデュエルカスタムにギリアム・イェーガーの、正確無比なビームライフルの連撃が、再生を試みようとする箇所めがけて次々と着弾し、再生を阻んでいる。

 

「シャニ、クロト、オルガ、おれに続け」
「は、言われるまでもねえ!!」
「そろそろ滅・殺!!」
「もう消えていいよ、お前」

 

 ある意味息の合った掛声とタイミングで、オルガのカラミティが、クロトのレイダーが、シャニのフォビドゥンがそれぞれ持ちうる最大の火器を、ヴォルクルスへと浴びせかける。
 焼け爛れた皮膚や蒸発した装甲の下にある粘液に塗れた肉も焼き貫きゆっくりと、しかし確実にヴォルクルスへ、ダメージを積み重ねて行く。
 無造作に振るわれるヴォルクルスの鉤爪や鎌付きの触手をかわし、しなる鞭の様な尾を回避し、機体のエネルギーと残弾の許す限りの攻撃を加え続ける。
 残存艦隊の指揮を預かるレフィーナがω特務艦隊以外の部隊に、デモンゴーレムやゾンビーMSの対処を命じたお陰で、ヴォルクルスに集中できているのも戦いを優位に進められる大きな要因だ。
 潰された左目から毒々しい黒血を流すヴォルクルスが、ひときわ巨大なエネルギーを発生させている敵に気づき、視覚器官をそちらに向けた。
 50メートル超の巨躯に相応しい長大な銃身を構えたWRXだ。WRX本体の核動力とメタルジェノサイダー形態へと変形したR-GUNパワードのエネルギーが、相乗効果で高まり、凶悪なまでのエネルギーが解き放たれるのを今か今かと待っている。
 本能的にソレが自らにとって極めて危険なものであると察知したヴォルクルスが、他の機体から加えられる攻撃の一切を無視して、翼を大きく広げて飛翔した。
 死を運ぶ不吉な影の様な邪神の目的が、切り札の一枚である事を察知して、スウェン、それにリュウセイやアヤが動いた。
 TL105ダガーの背のコンテナから射出されたリッパーとストライクノワールの両手のビームライフルショーティー、連装リニアガンがヴォルクルスの移動に合わせて次々と命中してゆく。

 

「シャムス、ミューディー、ダナ、エミリオ、集中砲火を仕掛ける」
「オーケイ。こいつといい、さっきの化け物といい、余計な邪魔の所為でコーディネイター共の掃除ができなくなってんだ。その分のツケを払ってもらうぜ」
「見ていて気分が悪くなるのよね、こいつ。さっさと消しちゃいましょう」

 

 シャムスのヴェルデバスター、ミューディーのブルデュエルが補給を終えて満載していた弾薬を全て吐き出す勢いでオレンジやグリーンの火線をヴォルクルスとの間に幾筋もつないだ。
 両肩から生えていた捩じくれた角や、髑髏の様な文様を描いていた装甲が砕け、ひび割れてなお、ヴォルクルスは活動を停止せず、周囲にスーパーソニックウェーブを連続して放ち続けながらWRX目掛けて狂気の飛翔を続けていた。

 

「こんな冗談じみたこた、さっさと終わらせたいんでね。まあ、ここらで退場してくれや」
「終わりだ」

 

 ダナのネロブリッツが高性能炸薬を内蔵した特注のランサーダートを、エミリオのロッソイージスが最大の火力を有するスキュラを打ち込む。
 ヴォルクルスの首に突き刺さったランサーダートは即座に爆発を起こして内部からヴォルクルスの腐肉を吹き飛ばし、スキュラのエネルギーは下半身にある爬虫類に似た頭部の側面を貫いて、大きな赤い複眼二つに大穴を開けた。

 

「いい加減、しつこいんだよ。ここで終わっとけえ!」

 

 この戦場で誰もが胸に抱く思いを叫び、上方からヴォルクルスめがけて彗星の如く飛翔するのは、リュウセイのヴァイクルだ。
 テンザンとの因縁の対決を切り上げ、母艦に帰還して以来、その多数を相手にするのに適した武装を用いてAI1セカンド、ルオゾールの死霊軍団と激烈な戦いを繰り広げていた。
 ヴァイクルの左右の装甲から斜め後方へと延びる光の翼を、迸る念動の力と共に唸らせて、ヴァイクルがヴォルクルスと交差する。
 リュウセイの気迫が込められた光の翼は見事、ヴォルクルスの下半身のやや後ろ半分を縦に両断して見せた。ちょうど、上半身と下半身が接合している箇所の後ろ辺りになる。
 尾と無数の節足に下半身の大部分を失ったヴォルクルスがバランスを失って数瞬動きを止めた。
 おそらくは魔力を用いて宇宙空間での敏捷な挙動を可能としていたのだろうが、度重なるダメージと大きくバランスを失した事で、さしもの破壊の権化も自在に動き回る術をわずかな時間の間失っていた。
 そのわずかな時間の間に、地球連合残存艦隊と交戦していたヴォルクルス分身体の命運を分かつ一撃を放たれる事となった。
 エンジンの臨界近くまで高めた出力を秘めて、向けられるWRXの構えた砲口。ハイパー・ターミナス・バスター・キャノン――本来はハイパー・トロニウム・バスターキャノンと呼ばれるべき代物であった。
 トロニウムという物質の危険性故に主動力を偽ったR-GUNパワードが変形した砲身を、光の速さで莫大なエネルギーが通過させる為のトリガーに、ムジカの指が添えられる。

 

「ムジカ様、トリガーをお預けいたします」
「はずすなよ、ムジカ。この一発で決めてやれ」
「分かってる。いくらぼくだって外したりしないよ!」

 

 ジョージーとグレンの叱咤を受けて、手に握った汗の不快さを振り払ったムジカが、センターマークに捉えたヴォルクルスへと一際険しい視線を向けた。ごくりと、自分の喉から生唾を飲み込む音が聞こえた。

 

「いっけええええ!!! HTBキャノン!」

 

 ムジカの細い指がWRXのトリガーを引き絞り、ローエングリンさえ上回るほどのエネルギーが解放を許され、忌わしき怨念の塊へと放たれる。
 ジェネシスの輝きに比べればあまりにか細い光の軌跡であったが、その輝きの眩さ、見る者の魂を焼き尽くすかの様な神々しさはより圧倒的であった。
 トロニウムを用いた場合のHTBキャノンよりも出力それ自体は低い数値であったが、ムジカやグレンらの気迫が物理的に作用したとでも言うのか、R-GUNパワードの機体のあちこちから悲鳴の様な軋みが聞こえてくる。
 世界を呑みこむような洪水を束ねた様なターミナスエナジーの直撃を浴びたヴォルクルスの肉体が、即座に再生能力が追い付かないほどに破壊され消滅してゆく。WRXから延びた光の柱からわずかにはみ出ていた翼や尾も、TEの余波に晒されて崩壊していった。

 

   ▽   ▽   ▽

 

 エターナルを中心として部隊を再度編成したラクスらの軍勢は、後方へと下がっていたザフトの部隊と合流し、襲い来るルオゾールの死霊軍団との戦いに死力を振り絞っていた。
 主力のまさに中核を担っていたスレードゲルミルが失われたが、その操者であった男の壮絶な最期は、残された者達の士気を否応にも高めている。
 群れなす死霊のMS達やデモンゴーレムはキラやアスランの核動力機を筆頭に、疲労にこそ苛まれてはいるが、これまでの戦いを生き抜いた戦士達の剣や銃が迎え撃った。
 だがその奮戦の様が災いしたか、ザフト・ノバラノソノ部隊へとヴォルクルス分身体が二体襲い掛かっていたのである。
 キラが合流した際にローエングリンによってダメージを負っていたヴォルクルスに加えて、無傷に近いヴォルクルスが加わりスレードゲルミルという規格外戦力を喪失した以上、大規模火力によるヴォルクルスの撃破が著しく困難なのだ。
 だがここで、一筋の光明が走った。HTEソードとTEBキャノンを装備したザフト製WRXの参戦である。すでにザフトの友軍と共に戦っていたヴォルクルスを仕留め、残る敵の掃討に動き回っていた所だ。
 フリーダムの有する全火器を用いたハイマット・フルバーストと、ジャスティスの保有する火器の二重攻撃にヴォルクルスが足を止めたのを狙い、イザークの駆るWRXが振り上げたHTEソードがヴォルクルスの左肩を付け根から斬り飛ばした。
 斬り飛ばされた腕をカーウァイのゲシュペンスト・タイプSの胸部から放たれたブラスターキャノンやアークエンジェルをはじめとした艦船からのミサイルや主砲が降り注いで吹き飛ばす。
 さしものヴォルクルスの超再生能力を持ってしても、四肢一つをまるごと再生させるのは容易ではない様子で、瞬く間に再生する様子はない。もっとも、十分もせずに元通りになるのは確実と見て良い。
 MSにはあり得ぬ再生能力は、先程のAI1でもそうだが散々見せつけられている所為でもはや苦笑い位しか浮かんでこない。
 TEソードを一振りしたWRXの左右をジャスティスとバスター、ゲイツ火器運用試験型が並ぶ。ザフトの核動力機とは別の切り札として開発されていた機動兵器のパイロットに、かつての戦友が選ばれた事はアスラン達もラクスから聞かされている。

 

「このままあいつをぶつ切りにして追い込むのがよさそうだな」
「アスランか。そっちのバスターは」
「おれだよ。久しぶりだな、イザーク」
「ええい、アスランばかりかお前までラクス・クラインの側か。というか、貴様、あの時アークエンジェルに落とされてからどうしたらそこにいるんだ!?」
「そう言ったってなあ。おれだって捕虜になったと思ったらオーブに居て、そんでそのまま宇宙に上がって、ていう流れに任せていたらこうなったんだよ。おれにはどうしようもなかったんだって」
「貴様、なんだその言い訳がましい言葉は!」
「まあまあ、イザークもディアッカも、話をしたいというのはぼくも同じですけれど、今は目の前の敵をどうにかしないと」
「な、ニコル!? お前までそっちの側なのか」
「ぼくは自分の意思で、ですけれどね」
「~~~まったく。かつてのクルーゼ隊に居た赤服のほとんどがザフトを離れるとは」

 

 ヴォルクルスという脅威を前にしてもまだ言い足りないらしく口を開こうとしたイザークを、ある意味大物だなと思いながらアスランが遮った。

 

「そこまでだ。話ならこの戦いが終わってからいくらでも聞く。ニコルの言った通り、今はあの化け物をどうにかするのが先だ。イザーク、お前の機体が鍵だ。頼りにさせてもらうぞ」
「ふん、まあいい。旧クルーゼ隊赤服の力、とくと見せつけてやろうじゃないか。シホ、レイ、隊長、こいつらは元ザフトですが人間と腕は信頼できる奴です、おれが保証します」
「そう言われても、どうするんです? 隊長」

 

 一応ヴィレッタに伺いを立てているあたり、イザークも少しは独断専行の傾向がおさまってきているのかもしれない。以前ならWRXに乗っている他の乗員の意見を聞く前に自分の意思を押し通していた所だろう。
 こちらの都合を顧みずに勝手に盛り上がって話をしていたイザークと、かつてクルーゼ隊に籍を置いていた戦友たち(配属されたアカデミー卒業者が議員の息子達と言う事で有名だった)に、呆れていたルナマリアが、恐る恐るヴィレッタの顔色を伺った。
 ヴィレッタが厳格な性格である事は十分に身に沁みている。さて時折妙に抜けていたり、天然めいた発言をしてこちらを驚かせる人だが、今回はどうだろうか。

 

「分かったわ。フォーメーションに関しては貴方に任せる。元同僚なら私が下手に口を出すよりはその方がいいでしょう」
「ええっ!?」
「あっさりと……」
「だろうな」

 

 ヴィレッタのあんまりと言えばあんまりに簡単な了承の返事に、女性陣二人の驚きの声の中で、レイばかりは淡々とした返事を返した。
 このヴィレッタの返事にイザークは我が意を得たとばかりに若い獣の様な笑みを浮かべる。口では文句を並べ立てていても、戦友たちの無事と再び肩を並べて戦える事に胸の内で喜びに震えているのだろう。

 

「援護は任せておきな」
「ぼくも援護に回ります。アスランとイザークは前衛を」
「ああ。イザーク、間違っておれを斬るなよ」
「ふん、お前こそ余所見をしておとされるような真似をするなよ。それに、お前達の機体は本元ザフトのものだからな。無傷で返せ」
「あ、バスターは地球連合のだけど?」
「それもついでに無傷にしておけ!」
「はいよ」

 

 良くも悪くも自分達のペースらしい四人は、目の前にまで迫りつつあったヴォルクルスへと向き直る。
 砲撃戦向けの機体であるバスターで接近戦を挑む真似はせず腰の長物二つを構え、ジャスティスとフリーダムの武装を備えるゲイツ火器運用試験型も、クスフィアスやルプスビームライフルを構え、迫りくるヴォルクルスへ牽制を仕掛けはじめる。
 背後からの援護射撃の中をジャスティスがWRXに先行する形で突出した。すでにアスランは全身の細胞一つ一つ活性化したかの様に鋭敏な感覚を覚えていた。
 脳裏にイメージされた爆ぜ割れた種子が水面に起こした波紋が、四肢の隅々まで行き渡り自分の思考や知覚器官を一段上のモノに上げている。
 ビームライフルを腰後ろ部にマウントして、ビームサーベルを両手に構えて一気にフットペダルを押し込みヴォルクルスへと肉薄する。

 

「先に仕掛けるぞ、イザーク」
「分かっている」

 

 ドレイク級駆逐艦なら一噛みで真っ二つにしてしまうほど巨大なヴォルクルスの下半身の大顎が開き、ジャスティスを噛み砕く為に動きをあわせてきた。その口内へと後方からレールガンやビーム、ミサイルが次々と飛来して大小の爆発を生む。
 痛痒を感じなかったようでヴォルクルスは怯んだ様子も見せなかったが、動きの鈍った隙を突いてジャスティスはヴォルクルスの左側面へと回り込み、二刀流のビームサーベルでわきわきと動く節くれ立った足をまとめて斬り飛ばしていった。
 一つ切り落とす度に噴出する青、黒、緑と様々な色の体液に装甲越しにも吐き気を催しながら、ジャスティスを追い払おうと振るわれるその他の足や触手を回避し続けひたすら斬撃を加え続ける。
 背後から弧を描いて振り下ろされた鎌をかわし、ヴォルクルス自身へと突き刺さったその鎌を半ばから斬りおとして、ヴォルクルスに突き刺さっている分を思い切り蹴り込んで、肉の中へと埋没させる。
 改修を施したファトゥムに装備したミサイルを全て発射してさらにヴォルクルスに痛打を浴びせる。他のザフトのエース達が登場したジャスティスと比較しても圧倒的な戦闘能力は、やはりアスランの技量と与えられた別世界での戦闘経験に依る所が大きい。
 ニコルやディアッカの援護射撃に合わせて背のフォルティスビームキャノンでヴォルクルスの顔面に穴をいくつも穿ち、十分に注意を引いた事を確認し友を呼ぶ。

 

「イザーク!」
「任せろ!」

 

 振りかぶられたHTEソードがヴォルクルスの顔面から下半身までを縦に切り裂く。超弩級のエネルギーを収束し大剣状に固定したHTEソードの刀身は、溢れる膨大なエネルギーをもって斬り裂くのみならず周囲の細胞を消滅させる。
 さらにその巨躯を蹴り飛ばして遠方に追いやりながら、左手のTEBキャノンの銃口を向けた。
 最初に相手をしたヴォルクルス分身体との戦闘で一気に消滅まで持ち込まなければ手痛い消耗を強いられる事は身に沁みて分かっていたから、間を置かずに撃破まで行く腹積もりなのだ。

 

「人間の戦いにバケモノごときが手を出すな!!」

 

 たとえ敵が神を名乗る存在であろうと、自分が背後に守る人々を傷つけようと言うのなら、容赦も躊躇もしない。そして放たれたイザークの激情を乗せたTEBキャノンの一撃が、宇宙に現れた邪神の分身のひとつを消滅させた。

 

   ▽   ▽   ▽

 

 すでに各軍の死霊軍団への対処は、ヴォルクルスの分身体には自軍の最精鋭部隊をぶつけ、それ以外の者達は雑兵の対応と割り振られている。
 二体の内一体は彼ら元クルーゼ隊の面々が相手に、残る一体はキラやムウらが相手をしていたのではなく、一匹の剣鬼が死合っていた。

 

「殺ッ!!」

 

 ヴォルクルスの頭部を過ぎ去った一陣の剣風。鍛え抜かれた鋼が体現した剣の技が、ぱっくりとその喉笛に一筋を刻み、瞬く間に様々な色の血玉が噴き出す。駆け抜けた鋼の剣士目掛け、ヴォルクルスの尾が跳ね上がって襲いかかった。
 大型戦艦でもなければ一撃で粉砕される圧倒的な肉の質量に走る剣光。
 ムラタの駆るガーリオン・カスタム無明の手に握られたシシオウブレードが、その根元までをヴォルクルスの尾に埋もれる。シシオウブレードに掛かる負荷を受け流し、刀身を捩じる動作と共に引き抜いて機体を回転させつつ回避する。
 こちらを振り向くヴォルクルスの顔面目掛け再びテスラ・ドライブの光の粒子を散らしながら突撃し、包み込むように四方から迫ってくる鉤爪や触手をまるで大輪の花の様に閃いた剣閃で迎え撃った。
 無明のシシオウブレードの刃圏に踏み込んだ爪も牙も触手も、視認できぬほどの超高速の斬撃の前に切裂かれ、血潮をしぶかせる。恐るべきはその斬撃のもたらした成果であった。
 ムラタの技を十二分に体現した無明によって斬られた時、ヴォルクルスの細胞は再生する事無く斬られたまま、どろどろと血液を零しながら痛みに震えているのだ。
 復活すれば世界が滅びると言わしめたヴォルクルスの再生能力さえ凌駕し、不死身とさえ思えるヴォルクルスの生命力を蹂躙するムラタの魔剣の冴え。もはや神さえ屠る域に達さんばかりの力量であった。

 

「神か。まだ斬った事が無かったのでな。楽しめるかと思ったが、そうでもない」

 

 ひどくつまらなさげに呟きムラタは醒めた目でヴォルクルスを見た。巨体のあらゆる場所を自ら流した血潮で醜悪に彩り、憎悪を湛えた瞳でこちらを睨んでいる。

 

「これならばゼオルートやウォーダン、シンの方がまだマシか」

 

 そう言う間も襲い来るヴォルクルスの魔手のことごとくを縦横無尽に翻るシシオウブレードで受けると同時に斬り裂き、ヴォルクルスにばかりダメージが積み重なってゆく。
 肉を切り裂く音も骨を断つ音もなく、刃が星明かりを反射して煌めかせる光のみが、無明の周囲を彩る。

 

「人を斬り機を斬り神を斬り、残るは魔か仏か。フン、人を斬るのが一番性に合う」

 

 終わらせるか。
 機械的に作業を続ける感覚で、シシオウブレードを両手で握り直した。じり、とわずかに後退する様を見せたヴォルクルスめがけ、無明の全推力を生かし飛翔。
 狙いは――

 

「御首、獲らせてもらうぞ。チェストオオオオ!」

 

 これまでの最速を越えさらなる最速へ。迫りくる死の刃から逃れようとヴォルクルスの放ったスーパーソニックウェーブは音の速度をはるかに超えた刃の前に斬り裂かれ、ヴォルクルスの首は見事に刎ねられた。
 胴から切り離された首がくるりくるりと慣性のままに回り踊る。再生を許されぬ傷を無数に負わされたヴォルクルスの肉体がわずかに痙攣してから動きを止める。魔性の生命力は神域に達した人間の剣技の前に滅びの道へと突き落とされていた。
 シシオウブレードを構え直し、次の獲物を探そうとしたムラタの背筋に氷の針を突き立てられた様な感覚が走る。殺気だ。
 ヴォルクルスののっぺらぼうのような顔面に溶けていた口が亀裂と共に開き、断末魔の悲鳴をスーパーソニックウェーブに変えて放とうとしている。
 不可視の攻撃といえど、人間の限界を超えた領域に足をかけつつあるムラタの超直感とでも言うべき察知能力ならば、十分に回避し得る。無駄な足掻きと吐き捨てようとしたムラタは、しかし、無明に回避行動を取らせなかった。
 無明の背後に航行不能に陥っていたネルソン級の姿があった。回避行動を取っても取らずとも、スーパーソニックウェーブの直撃を受けて轟沈するは間違いない。かつてのムラタであったならそのまま見捨てていただろう。
 だが、なぜか、見捨てるという選択肢は選ばなかった。
 蘊惱やロウ・ギュール、シン・アスカだったら、そうはしないだろうと、思ったからかもしれない。機体を盾にした所であのネルソン級を守れはすまい。いや、そも自らの命を盾にするなどという発想が愚か。
 尋常な生を捨ててまで求めて来たのは何か。血反吐を吐き、骨を砕き、肉を割いてまで会得しようとしたものは何か。屍山血河を持って築いた道はどこへと通じる為のものであったか。

 

「斬る」

 

 剣だ。もっと速くもっと軽くもっと重くもっと鋭くもっと、もっと、もっと、飽くなき欲求のままに歩み続けて、死んだ後でさえも同じ道を歩み続けてきた。
 そうだ、剣だ。剣なのだ。それだけがこの無様で畜生になり下がった己の唯一誇れるもの。何者にも負けてはならぬ、劣ってはならぬ至高の輝きを放つモノ。
 再び無明の機体が両肩に増設されたブースターや内蔵していたテスラ・ドライブの出力を最大にし、それらの呼吸をムラタの技量が調整し、最小の時間で最大速度へと加速する。
 既に何度も斬った破壊の音波を斬る事も、邪神などと名乗る化け物を斬る事にも新たな感慨はない。

 

「貴様を斬るのはもう飽きた。疾く去ね」

 

 ひと振り。上段に掲げた獅子王の振り下ろしがスーパーソニックウェーブの真っ二つに両断し、込められた破壊力も魔力も霧散させる。
 ふた振りめ。振り下ろした刃を切り上げ、悔しげに顔を歪めるヴォルクルスの首を下方から縦に両断。内圧によって頭部の中身をゆっくりと露呈する邪神の首を、ムラタは石木を見つめる冷たい瞳で見つめた。
 つ、と口の端から零れた赤い流れが、ムラタの針金を植えたような髭をゆっくりと濡らした。

 

「ち、おれもまだまだ、未熟ものか」

 

 そう呟いたムラタの目は、背後から無明を貫くソードダガーLの握った対艦刀シュベルトゲベールが映っていた。ヴォルクルスがスーパーソニックウェーブを放つのと合わせて、周囲の撃墜機に死霊を取りつかせて潜めていたものだろう。
 全霊を乗せた一撃に没入していたムラタを仕留める為に、ヴォルクルスが自らの滅びと引き換えにして隠していたのだ。斬り上げた獅子王の太刀を逆手に持ちかえて、右の脇を通してソードダガーLの心臓部を貫く。
 ヴォルクルスの滅びと同時に操っていた魔力が消えたようで、そのままソードダガーLは動きを見せず、無明から離れていく。

 

「ふん、このような最期か。殺人剣にも活人剣にも道を選びきれぬおれには、似合いか」

 

 無明の胸部と背部からばちばちと放電を散らしながら、ゆっくりと脱力するように四肢がだらりと伸びて行く。操り糸を斬られた人形の様だ。背筋の方から熱がどんどんと引いてゆく。シートは赤く濡れそぼっている事だろう。

 

「ゼオルート、ウォーダン、シン・アスカ……。もう一度、貴様らと心行くまで剣を交わしてみたかったがそれも叶わぬようだ。まあいい、修羅道にて亡者どもと戯れてくるか。しかし、守るために剣を振るうのも、くく、思ったよりは面白い」

 

 無明のメインカメラが、漆黒の球体を映した。そこにネオ・ヴァルシオンとヒュッケバイン、そしてグルンガスト飛鳥が飲み込まれた瞬間を確かに見た。だが、それでもムラタはシンが死んだとは思えなかった。
 あのウォーダンが魂を託した男が、無様な死に方をするなど誰にも許されまい。

 

「なあウォーダンよ、貴様の死に様、どうやらおれは笑えぬようだ。まあ良い、一度死んだ甲斐はあったからな」

 

 どこか自嘲するように呟いて、ムラタは静かに瞼を閉じた。口の中の鉄の味は気にはならなかった。ああ、本当に、いい気分だ。

 

   ▽   ▽   ▽

 

 DC本土オノゴロ島の海辺を、一人の少女が歩いていた。早くに両親と死別し、記憶を失い、孤児院に引き取られてから適性があるからと軍に身を置いた少女であった。
 オーブからDCへと主を変えた軍ではあったが、そのまま籍を置き、来年には士官学校を卒業する。最初に教習用に登場した簡易型作業ロボット“ボスボロット”は、今では自分の手足の様に扱えるくらいにはなった。
 潮風に、夜の闇を糸にしたような艶やかな黒髪をなでられ、そっと白い指で髪を抑えながら少女は空を見上げた。まぶたに焼き付いて離れそうにないくらい星の奇麗な夜だった。
 わずかに涼しさを孕んだ風が肌に心地よい。星も月もきれいだった。ただそれに身惚れる様にして見上げ、とある一点になぜか注意を引かれた。

 

 星の瞬きがひときわ美しいから?
 なにか知っている星座を構成する星の一つだったから?

 

 違う。なにか、そこに自分の運命を変えてしまう位とても大切な人がいる様な、そんな気がしたのだ。まるで白馬の王子様を待つ御伽噺のお姫様の様な気持で。

 

「怖くなるくらい、空がきれい」

 

 やがて栄光の星の名を背負う事になる少女――セツコ・オハラは、シン・アスカが居る彼方の戦場を、その星色の瞳に映すように夜空を見上げ続けた。

 

   ▽   ▽   ▽

 

 地球のどことも知れぬ島で、両腕に鳥の翼を生やした女神の様な巨像の前に一人の美女が祈るように指を組み、眼を閉じたまま立っていた。
 毛先に行くにつれ虹色を帯びる純金にも勝る黄金色の髪に、淡い笑みを浮かべた唇や閉じた瞼、鼻梁の配置は神に愛された者の手によるものであろう。
 絵画の中の女神がそのまま飛び出て来たような神々しさを纏う美女の周囲を、新たに三つの影が埋めた。ゆうに数十メートルを超す巨躯の三種の獣の巨影であった。ワシ、サメ、ヒョウと地球上の動物達を模したシルエットだ。

 

 美女がそれぞれの名を呼んだ。愛しさと親しみをこめ、詩を吟ずるように。

 

「優しいカナフ、気丈なケレン、無邪気なザナヴ」

 

 家族へと向ける優しげな声に、それぞれ獣の影達は母に向けるように優しい鳴き声で返事をした。
 間違って地上に落ちてしまった天上世界の芸術品の様な神秘的な美しさと人間性を超越した雰囲気の中に、時折幼い印象を垣間見せる不可思議な美女は、眼を閉じたまま神託を受ける巫女の様に厳かに口を開く。

 

「今、この世界そのものが招いた守護者が災厄となってしまいました。その者を退ける為に私達も力を貸しましょう。災厄と対峙している彼らはいずれこの星の守護者となるべき正しい心と力を持った者達なのですから」

 

 やがて地球の守護者として姿を現す事になるバラルの園の主、ナシム・ガンエデンは閉じていた瞼を開き、奇しくもセツコ同様にはるか頭上に広がる宇宙のある一点を見つめた。

 

 ただ一つのぬくもりが、シンを深い眠りから呼び覚ました。ほとんど意識を失って朦朧とした状態でステラの焦燥に焦れた声がかすかに聞こえていたのを覚えている。
 あの時一体何があったと言うのだろう。それに、今はあの体の細胞全てを引き裂くような痛みも、激しい喪失感もない。ひょっとして、死んでしまったのだろうか。

 

「おれ、は?」
「シン」
「ステラ?」

 

 隣にステラがいた。ステラの右手がシンの左手を優しく握りしめている。この繋がれた手のぬくもりが、シンの意識に覚醒を促していたのだ。二人ともパイロットスーツ姿でヘルメットは被っていない。
 いつもと変わらぬ無垢な笑みを浮かべるステラにつられて思わず笑い返しながら、シンは周囲を見回した。
 記憶の中から失ったあの空間に似ていた。ただし色は灰色がかった銀で粘度の高い液体が常に流動しているようだ。その癖足元には地面を踏みしているのと等しい確かな質感がある。

 

「ここは、どこだろう」
「分からない。ヒュッケバインのブラックホールエンジンが暴走して飛鳥とヒュッケバインが飲み込まれちゃったの」
「え!? じゃあ、おれ達……」

 

 死んでしまったのか、と、だいぶ快癒したとはいえ、まだブロックワードの後遺症が残るステラのいる前で口にしてはならない言葉を、シンが言うよりも早く二人にとってもっとも頼りになる男の声が聞こえてきた。

 

「かもしれんが、息もしていれば脈もある。生きたままなのかもしれんな」
「総帥」
「おとうさん」

 

 シン達の背後から、青ざめた顔色は変わらぬが口元を濡らしていた筈の血痕が消えたビアンが姿を見せた。泣いた子供がさらに泣き出しそうな威圧感を伴う顔には、二人の無事を確認した安堵が垣間見えていた。
 シンの手を握ったままビアンの方へと歩き出したステラにつられてシンも歩き、ブラックホールにのまれた筈の三人は再会した。

 

「二人とも無事で何よりだ。しかし。乗っていた筈の機体はなく、ここがどこかなのも分からぬのはいささか難儀だな。外ではまだ戦闘が続いている筈だ」
「それなら、ここにおれ達を呼び込んだ奴に聞けばいい」
「シン?」
「そこにいる奴、姿を見せたらどうだ!」

 

 ステラとビアンにあった事でやや緩んでいたシンの顔が瞬時に戦士のそれへと変わり、飛鳥のコックピットに積んでいた木刀・阿修羅が右手に顕現する。物理法則よりも思念が世界を左右する空間であるらしい。
 阿修羅の切っ先を背後に突きつけ、シンは呼吸と血流の流れを調整し、体内で気を練ると同時に七つのチャクラの内、自らの意思で稼働させる事の出来る四つのチャクラを回転させる。
 体の下方から上方へ行くにつれより高純度化し、質を向上させるチャクラのエネルギーがシンの全細胞と精神を澄んだものに変える。ただ、シンには態度ほど戦闘の意思はなかった。
 突きつけた阿修羅の切っ先の先から姿を現した少年の姿にどこかで見た様な感覚を覚えて、また向こうからも一切敵意が感じられなかったからだ。
 銀の髪と華奢な体躯が目を引く少年――クォヴレー・ゴードンは、その素顔を露わにし、まっすぐにシンの瞳を見返しながら言葉を紡いだ。

 

『大したものだ。この空間で他者の気配を読む事はひどく難しい』
「……あんた、どこかで会ったか?」
『さてな。それよりお前達に何が起きているか伝えておこう。ビアン・ゾルダーク、お前ならすぐに理解できるだろう』
「む」

 

 ここでクォヴレーは警戒の視線を向けてくるステラにちらっと眼をやった。得体の知れぬクォヴレーに警戒を抱いてはいるが、ビアンとシンが傍らにいるから、どうにも親犬の後ろに隠れた子犬位にしか見えない。
 すこしだけ、クォヴレーの口元も緩んだようだ。

 

『彼女のヒュッケバインが生み出したブラックホールを媒介にこの空間への扉を開いた。今この場にいるのはお前達の精神だと思ってくれ』
「おれ達の精神?」
『ああ。さて、お前達をここに呼んだのは、ヴォルクルスを斃すためだ。このままでは奴に地球が滅ぼされ、後に現れるだろう奴らに対処する事が出来ない。ヴォルクルス自身も強力だが、奴にはまだ届かない』
「あの化け物より強い奴がいるってのかよ!?」
『そうだ。ヴォルクルスもそしてお前も、あの世界にいる者達はすべて奴と『門』の向こうから現われる者に対抗するために呼び込まれたのだ』
「え、ビアン総帥が?」

 

 ビアンは目を細め、クォヴレーの言葉を吟味する様に黙っていた。ステラやシンはクォヴレーの言う事に理解できず、きょとんとした眼を向けている。

 

「ならば、私のやろうとしてい事は都合が良かったか」
『そうだな。だが、それだけでは間に合わない事態になってしまった。呼びこんだ存在の力を世界が見誤ったと言うべきか』
「だったらおれ達に負けろって言うのか!」
『そうはいっていない。おれと、それと彼女達も手を貸してくれる』

 

 シン達がクォヴレーの視線にあわせ、その隣に目を向けるときらきらと虹の様に美しい光の粒子と共に、美の女神の降臨かと思うほどに神々しい美女が姿を露わにした。
 びし、とその姿を見て固まるシンの両眼をさっとステラの小さな手が覆った。

 

「シンは見ちゃダメ!」
「ええ、もったいな……」

 

 と言ったのにはわけがある。ガンエデンの巫女たる美女は一糸まとわぬ姿だったからだ。美しさと艶とがこの上ない比率で構成されている乳房の先も、年齢の割に薄いブロンドの秘所も、惜しげもなく晒しているのだ。
 これにステラが本能的に女としてまだ自分では勝てないと悟ったのか、シンの視界を封じたのである。その二人の様子にガンエデンはくすりと小さな笑いを零した。

 

『はじめまして。ですが自己紹介をしている時間もありません。私が貴方達に問うのは一つだけです。力を望みますか? ならば私と因果律の番人が力を貸しましょう。本来世界間の均衡を崩しかねぬ行為ではありますが、止むを得ないでしょう』
「力か、よかろう。私はそれを望む」

 

 ビアンが重々しく頷く。その返事に、なかばじゃれついていたステラとシンも、表情を改めてクォヴレーとその隣のガンエデンを見つめた。
 クォヴレーとガンエデンが同時に口を開き、彼らの背後にそれぞれ巨大な影が浮かびあがる。
 冥府の底より現われた魔王の如き異形はクォヴレーの背後に。三体の獣を従えて、玉座に腰かけた天上世界の女神の様な威容はガンエデンの背後に。

 

『テフィリンの解放を……』
『唱えよ、テクラトュス』
「テクラトゥス……」

 

 ビアンが、シンが、ステラが、ガンエデンが、クォヴレーが、その言葉を唱える。

 

「グラマトン」

 

 そして、その世界は光と共に弾けた。

 

   ▽   ▽   ▽

 

「ぬ?」
「この力は……」
「なんだ!? サイバスターが」

 

 機体の全身にダメージを負った精霊憑依状態のサイバスターと、左腕を失ったネオ・グランゾン、そしてこの二機を追い詰めていた真ナグツァートが動きを止めた。一瞬の気の緩みも死につながる筈の戦闘状態であった三者が、皆等しくある一点に目を向ける。
 彼ら三人のみではない。もと死者であったウェンディや、精霊との親和性を高められたサイレント・ウルブズのメンバー達、そして念動力の素養を持ったカーラ、ユウ、タスク、レオナ、リュウセイ、アヤ、クォヴレーと因縁のあるイングラムやヴィレッタ達が気付く。
 ネオ・ヴァルシオン、グルンガスト飛鳥、ヒュッケバインを呑みこんだ暗黒の子宮の中から現われようとしている何かに。
 ヒュッケバインのエンジンによる暴走によって生じた疑似ブラックホールは、不自然な安定さを見せていた。三機を呑みこんだあとはそれ以上拡大する事も縮小する事もなく、ただそこにあり続けたのである。
 斥力も引力も、いかなるエネルギーも発生させずどんな探査装置を持ってしてもなにも観測されていなかった。
 見る事は出来ても存在していない筈のブラックホールの表面に、びしりとひびが入る。目にしたもの全ての耳に聞こえる様な大きな罅。直径百メートルほどに安定していたブラックホールの殻を内側から、腕が突き破ったのだ。
 薄いガラス片の様に物質として安定したブラックホールの破片がパラパラと毀れ落ちる。殻の縁に手をかけて残る体を引き起こし、ソレが姿を現した。
 光さえ逃げられる宇宙の奈落の底たる暗黒星の内側より生まれ落ちたのは、実に全高240メートル、頭頂高200メートル、重量9800トンを越す新たな姿を手に入れた大魔王であった。
 57メートルを誇っていた真紅の巨躯を、冥府の銃神の漆黒と黄金、地球の守護者の純白を纏い、その姿はより有機的な印象を受けるものに変わっていた。
 右手のディバイン・アームはディス・アストラナガンの持つZOサイズ、シンがウォーダンより受け継いだ斬艦刀を取り込み、左腕部のクロスマッシャーはヒュッケバインのブラックホールキャノンと融合している。
 背から延びる巨大な翼はカナフとガンエデンのものだろう。右肩にはヒョウの頭部をした増加装甲、左肩にはサメの頭部を模した増加装甲が追加されている。
 ネオ・ヴァルシオン、ナシム・ガンエデン、ディス・アストラナガン、カナフ、ケレン、ザナヴ、グルンガスト飛鳥、ヒュッケバイン、その全てを集約した機神がそこに現れた。
 ネオ・ヴァルシオンのシグナルロストを確認し、胸の中に無限に溢れる激情を堪えて、部隊の指揮を執っていたミナは、モニターに表示された機体名に息を飲んだ。

 
 

「ディス・ヴァルシオン……だと?」