SRW-SEED_11 ◆Qq8FjfPj1w氏_第30話

Last-modified: 2014-01-03 (金) 00:57:43

 第30話「貫け、奴よりも速く」

 

「「「「「カンパ~イ!」」」」」

 

 大人数の歓喜を帯びた声とそれに続くグラスの衝突する音が一斉に響き渡る。
 音が響き渡ったのは本日貸し切りとなっているバルトフェルドの店、そこにいる面々は、これ以上ないほどに疲れを見せながらも長きに渡った創造活動を終えて仕事をやり遂げたことによる喜びを顔から隠していない。
 レイが主演をしていた特撮番組の撮影終わりの打ち上げがこじんまりと開始された。
 間もなくねぎらいの言葉が店に溢れ出し、打ち上げはすぐに大きな盛り上がりを迎え始めるのだが、ロケ中のアスランの襲撃やノイエDCの襲撃など順調に事が終わらないケースが多いレイ主演の特撮番組には、やはり今回もある意味では順調にアクシデントが起こる。
 付近に設置されたスピーカーから周囲の人間にくまなく伝わるように巨大な音で警報音が鳴り響き始め、続いてノイエDCの襲来の告知、避難所への避難を促す案内が店の中にも聞こえてきた。
 命あっての物種と、伊豆基地を見下ろす小高い山の上にあるバルトフェルドの店から泣く泣く避難を始める特撮番組のスタッフ達であったが、彼らとは異なり、こっそりと人気のない方向へと独り走っていく男がいた。

 

 もし触れたならば、その指の間から零れ落ちていきそうなほどにサラサラとした美しい金髪を向かい風になびかせつつ、全力で山道を駆け下りていくこの男の名はレイ・ザ・バレル。
 図らずもアルフィミィの気まぐれとアインストの力によって、生まれながれに所有を強制されていた身体的欠陥を克服しながらも、その影響で過去の記憶をなくした元ザフトのエースパイロットの1人であり、そしてこの世界においてアルフィミィから押し付けられたもう一つのペルゼイン・リヒカイトを駆る男である。
 避難の混乱からドサクサ紛れで他の人間を撒いたレイは、見晴らしのいい所からその眼下に広がる町並みに目を向ける。
 遠くから幾つもの爆発音が聞こえてきて、そこから幾つもの黒い煙の筋が空に向かって昇っていくのが見えた。
 幾度も撮影の邪魔をし、いきなり襲撃を仕掛けてきて軍に関係のない人間まで危険にさらしかねない市街地への攻撃も行うノイエDCへの怒りがレイの中に込み上げて来る。
 少なくとも以上のような妨害を加えてきたノイエDCには恨みもあるし、前回のように連邦軍が当てにならないこともある。そのため周りの人間が十分に安全なのかもわからない。
 そして他方では、正体不明のものではるものの、単独でロボットとも戦える力を持っていることは事実である。

 

 鼻から新鮮な空気を体内へと吸い入れ、それを数秒留めてから大きく息を吐いてレイは目を閉じる。そして呼吸を整え終えると同時に、三たび戦う決意を固めた。
 小道具担当のスタッフに頼み込んで作ってもらった変身ベルトのレプリカを懐から取り出して腰に巻く。続けてベルトのバックルにある赤いボタンに左手を伸ばす。
 電車が発車する時のような電子音が鳴り響き、続いて電子通貨貯蓄機能が付いた乗車カードの模造品をベルトのバックルへと近付けるとレイの体が黄色い光に包まれ始める。

 

「変身!!」

 

 くどいようだが実際には変身するわけではないのだが、もっぱら精神を集中させるためのレイの掛け声とともに、彼を包み込む光はさらに大きくなっていく。
 そしてその光が静かにふわりと浮き上がると、戦場の所在を確かめるかのように一瞬だけ動きを止め、一気に加速して戦場の方向へと向かっていった。

 
 

 今回のノイエDCの攻撃は、ヒリュウ改を包囲するように八方へ部隊を分割し、時間差で攻撃を仕掛けるというものであった。
 だがスレードゲルミル等これまでのノイエDCの攻撃部隊の一部がアルトアイゼンを個別に狙って来たことを踏まえて、ヒリュウ改の部隊は以下のように部隊を分けていた。
 つまり、まず囮となるアルトアイゼンとそれをフォローする機体、直接にヒリュウ改に仕掛けてくる部隊を個別に迎撃する機体、それにヒリュウ改の防衛に徹する機体に分かれて、ノイエDCとの戦闘を開始していたのである。

 

 そしてシンの乗るビルトビルガーはその機動力を買われて、ヒリュウ改の南東に現れたゲシュペンストMK-Ⅱと量産型ヒュッケバインMK-Ⅱの混成部隊の迎撃にあたっていた。
 高速で向かってくるビルトビルガーに向けて、まずゲシュペンストMK-Ⅱから3基のスラッシュリッパーが放たれる。
 ビルガーは素早く右に移動して1基目をかわし、そこに向かってきた2基目のスラッシュリッパーを、機体を上昇させて回避するとすぐに急降下して3基目から逃れ、水面ギリギリにまで降りていく。
 そしてビルガーは攻撃を仕掛けてきたゲシュペンストの真下に潜り込むのと同時に携行しているグラビトンガンの銃口を真上に向け、引鉄を引いた。
 紫の稲光を纏う黒色のエネルギー弾が銃口から飛び出し、その先にいたゲシュペンストへと向かっていく。
 そのエネルギー弾は、咄嗟の攻撃に反応が間に合わなかったゲシュペンストの脚部に命中して機体のバランスを崩すと、そこを狙った2発目のエネルギー弾が機体中央に直撃してゲシュペンストは爆発の中に散った。
 これに対して反撃とばかりに上空のゲシュペンストらは一斉にメガビームライフルの銃口を海面付近のビルガーに向けて引鉄を引く。

 

「ビルガーの機動性を甘く見るなよ!」

 

 海面スレスレにいたビルガーはテスラ・ドライブの出力を上昇させて水飛沫を上げながらビームの雨の隙間を縫うように移動して攻撃を回避する。
 そして今度はゲシュペンストを率いていた量産型ヒュッケバインMK-Ⅱの真下に潜り込み、ビルガーは急上昇を開始する。

 

「喰らえ!コールドメタルソード!」

 

 同時に、シンは空いているビルガーの右腕でコールドメタルソードを引き抜き、握らせるとヒュッケバインのボディ中央付近に、下から突き上げる形でソードを突き刺した。
 ビルガーは操者を失って動きを止めたヒュッケバインから素早く剣を引き抜くと、グラビトンガンでゲシュペンストらを牽制しつつさらに上空へと上昇していく。
 ちょうど太陽を背にできるほどにまで上昇したあたりで、太陽光により一瞬だけビームによる攻撃が弱まると、シンはその隙を逃さずに相対的下方にいるゲシュペンストに向けて剣をぶん投げた。
 投げつけられたコールドメタルソードは動きを鈍らせていたゲシュペンストの頭部へと突き刺さり、ゲシュペンストの動きを止める。
 同時に別のゲシュペンストにグラビトンガンから放たれるエネルギー弾を見舞いながら、シンは突き刺さった剣を引き抜くべく、動きを止めたゲシュペンストへと向かっていった。
 当然、残ったゲシュペンストは、ビルガーが剣を引き抜く隙を狙ってビームライフルの引鉄を引くのだが、シンは剣を引き抜きつつ動きを止めたゲシュペンストの背後に回り、そのゲシュペンストを盾代わりにしてビームの攻撃をやり過ごす。
 ビルガーは盾代わりとなったゲシュペンストの爆発から逃れると、友軍機に攻撃を命中させてしまい狼狽したのであろう、動きを鈍らせたゲシュペンストに銃口を向けてグラビトンライフルの引鉄を引いた。

 

 一方、シンがゲシュペンストらの迎撃を行っている最中、後方で迎撃を掻い潜ってきた部隊との交戦を行っていたヒリュウ改には予期せぬ危険が襲いかかっていた。
 ジャマーによりレーダー反応を消していたエキドナのラーズアングリフが率いるランドグリーズの大部隊が、突如海中から姿を現してヒリュウ改への砲撃を開始したのである。
 一斉に放たれた夥しい数のミサイルがヒリュウ改へと襲い掛かり、みるみるうちに距離が詰まっていく。とっさにヒリュウ改もエネルギーフィールドを展開すると、ミサイルはフィールドに遮られて艦体に命中する前に次々と爆発していく。
 だが遮られたミサイルにより生じた爆発と爆煙は、ヒリュウ改の周囲全体を覆い尽くしてその視界を奪ってしまった。
 これにより、本来であれば第二波が来る前に反撃を開始すべきであるところなのだが、反撃に移るための指示に遅れが生じてしまい、また、密集した出現したラーズアングリフらをMAP-Wを持つサイバスター、ヴァルシオーネはそれぞれが別の部隊との交戦中ですぐにヒリュウ改のもとへは戻って来れそうにない。
 そして第二波のミサイルが再びヒリュウ改へと襲いかかってきた。

 

「クソっ!あいつらぁ!!」

 

 コックピットに鳴り響く警報音でヒリュウ改への攻撃を知ったシンが怒りの視線を襲撃部隊に向けながら、歯を食いしばる。
 だが、幸か不幸かヒリュウ改を襲う砲撃部隊の海中からの出現地点はビルガーの位置から比較的近くであり、現在のポイントから砲撃部隊の懐へ飛び込むことも不可能ではなかった。
 そこでヒリュウ改への攻撃に専念している敵砲撃部隊の奇襲を仕掛けるべく、シンのビルガーはグラビトンガンの連結パーツへと手を伸ばす。
 連射性を重視した短い銃身のグラビトンガンの先端に、アサルトマシンガンの代わりにビルガーに携行させている連結パーツを接続させることにより、大型で取り回しのよくない通常のグラビトンランチャーに匹敵するほどの攻撃力を持つ連結型グラビトンランチャーを敵の増援部隊へと見舞うためである。

 

 だがシンの目の前の敵は増援部隊だけではない。まだゲシュペンストMK-2らの部隊を殲滅し終えた訳ではないのである。
 当然ビルガーが連結作業を完了するのをわざわざ待っていてくれるはずもなく、プラズマカッターを携えて1機のゲシュペンストがビルガーへと突っ込んで来た。

 

「クッ!邪魔を…」

 

 シンはビルガーを後退させて距離を取ろうとするが、敵のゲシュペンストもそれにピッタリと追随してきて、なかなか距離を離すことができない。
 そして必然的に回避行動を取り続けることを強制され、ビルガーは反撃をすることもままならない。
 そんな中でヒリュウ改に目を向けると、今はガンドロがヒリュウ改の前に立ちはだかりGテリトリーを展開してなんとか敵増援砲撃部隊の攻撃をしのいでいた。

 

「邪魔をするなぁぁっ!!!」

 

 シンは腹の底から怒鳴り声を捻り出し、ゲシュペンストを睨みつけた。そしてビルガーは連結パーツを上空高くに放り投げると、空いた手にコールドメタルソードを握り締める。
 次いでコールドメタルソードでプラズマカッターを受け止めると、もう片方の手で持っていたグラビトンガンをゲシュペンストのボディに突きつけ、引鉄を引いた。
 すぐさまビルガーは後ろに下がって、機体中央に直撃を受けて消え去ったゲシュペンストの爆発から逃れるのだが、さらにもう1機のゲシュペンストがそこに向かってきていた。
 そのゲシュペンストは一定の距離を置いた上で3基のスラッシュリッパーを放つが、シンはそれを回避しながらビルガーのスピードを緩めない。
 むしろシンはビルガーのスピードを上げながら、その機動性を活かしてみるみるうちにゲシュペンストとの距離を詰めていく。
 その機動性の高さとスピードに十分に反応し切れなかったゲシュペンストとの距離を詰めたビルガーは、すれ違いざまにゲシュペンストのボディを右腕部のスタッグビートルクラッシャーで鷲掴みにした。

 

「スタッグビートル…クラッシャー!!!」

 

 シンの声とほぼ同時に万力に潰されるようにして、ゲシュペンストのボディは真っ二つとなってクラッシャーの中からこぼれ落ちていった。
 続けてビルガーはクラッシャーに引っ掛かっていた幾つかの破片を振り払うと、すぐにコールドメタルソードを収納して先ほど上空へと放り投げた連結パーツの落下地点へと向かう。
 そこへさらに別のゲシュペンストが立ちはだかるが、相手に攻撃をさせる前に距離を詰めていたビルガーはその顔面を力任せに蹴りつけた。
 ビルガーがスピードに乗っていた分だけ単なる蹴りであっても相当な威力が備わっており、ゲシュペンストの首が幾つかの破片を撒き散らしながら宙を舞う。
 しかしシンもそれを眺めていることはなく、首なしとなったゲシュペンストを踏みつけて上空へとさらに飛翔していく。そして落下してきた連結パーツを手に取ると、手早く連結作業を完了させた。
 すぐにエネルギーチャージが始まると同時に、連結に問題がないとの情報が機体のディスプレイに次々と表示されてくる。
 システムオールグリーンを機体が示すと、すぐにシンは連結型グラビトンランチャーの銃口を、ヒリュウ改を襲う敵増援砲撃部隊の中央へと向ける。
 そして照準のセットと補正が完了しシンはビルガーの安全装置を解除した。

 

「連結型グラビトンランチャーセット!喰らえ!グラビトンランチャー、ワイルドシュート!!」

 

 コックピット内でシンがトリガーを引くのと同時にビルガーもランチャーの引鉄を引く。
 ガンモードの時より1回りも2回りも大きな球状の重力エネルギーが銃身の先端で収束を開始し、黒色の重力球が帯びている紫の稲光が激しく輝くと、その重力球が破裂して内部から一斉に重力エネルギーが一直線に溢れ出した。
 上空のビルガーから放たれたそのエネルギーは波のように増援砲撃部隊の何機ものランドグリーズを飲み込んでいき、部隊中央とその周辺の敵を押し潰していく。
 そのエネルギーの耐え切れずに次々とランドグリーズが爆発へと姿を変えていく中、運良くグラビトンランチャーを逃れた者達は当然のことながら混乱に陥る者が続出した。

 

 突如脇腹を突かれたような不意打ち、しかも隊の何割かを一撃で撃破するような強大な攻撃を喰らえば、それは無理もないことであった。
 だが冷静さを保ちつつ攻撃が来た方向に注意を向けた1機のランドグリーズは、攻撃をしてきた機体を確認することなく動きを止める。
 右肩から左脇にかけてを冷たく一閃した刃により機体が真っ二となり、機体の上半身が滑り落ちたからである。
 そしてすぐに爆発して姿を消したランドグリーズを背景にして獲物を探す1機の機体があった。野生の百舌ことビルトビルガー。
 ビルガーはグラビトンランチャーを打ち込んですぐ、コールドメタルソードを両腕に構えてノイエDCの増援部隊に斬り込んで行ったのであった。

 

「これ以上ヒリュウ改をやらせるかよ!!」

 

 既に戦意が最高潮へと上り詰めつつあったシンに呼応するように、勢いよくビルガーが最も近くにいたランドグリーズに斬りかかる。
 振り下ろされた剣を、シザーズナイフで受け止めたランドグリーズであったが、通常のパイロットが、ランドグリーズで高速戦闘が強みのビルトビルガーと接近戦を行うことは自殺行為に等しい。
 ランドグリーズが次の行動を起こす前に、空いている左腕のスタッグビートルクラッシャーがランドグリーズのほぼ剥き出しのコックピットを大量の破片を撒き散らしながら叩き潰していた。
 続けて今度はビルトビルガーの後方からショットガンを構えたランドグリーズが飛び出してきた。
 コックピットに鳴り響く敵機接近を告げる警報音に反応したシンはビルガーの左のウイングを急展開させ、機体を急速に右方向へ平行移動させることで広範囲に散らばっていく散弾を回避する。
 他方、多くの機体が密集する中で放たれた散弾は本来のターゲットに命中しなかったに留まることなく、周囲にいた友軍機に命中することとなってしまった。
 これによりさらに浮き足立ってしまった砲撃部隊であったが、他方のシンにとってそれは好機以外のなにものでもない。
 左右両ウイング及び機体各部推進器を調整して、右方向への平行移動からショットガンを放ったランドグリーズのいる方向への直線移動に素早く移行し、真っ直ぐに突っ込んで行く。
 かつては愛機デスティニーとアロンダイトで行っていたように、前面にコールドメタルソードの切っ先を向けて敵機へと突撃していくビルガーは剣を根元まで敵機に突き刺すと、今度は力任せに左方向へと剣を振り抜いた。
 そしてすぐにそこから離れて次のランドグリーズへと向かっていったのだが、ビルガーの横から1機の機体が真っ直ぐに向かってきた。
 ほぼ全身を覆う厚い装甲、そこに施された見るものの目を奪うような真っ赤なカラーリング。そして背部に背負った巨大な砲塔。
 シンは既に何度も戦ったことがあり、その度に激戦を繰り広げてきたノイエDCの指揮官機の1つ、ラーズアングリフがビルトビルガーへと襲い掛かって来た。

 

「またあの赤い戦車!今度はどいつだ!?」

 

 シンはアクセルにユウキという、ラーズアングリフに乗る複数のパイロットとの交戦経験を持つ。そのため厄介な奴が出てきたと舌打ちをしながら、突き出されたナイフを剣で受け止める。

 

「ユウキ・ジェグナンか、それともゼオラといた奴か!?」
「残念ながらそのどちらでもない」

 

 回線から聞き覚えのない女の声が聞こえて来るが、それに注意を向ける余裕はシンにはない。
 ラーズアングリフを駆るエキドナは、シザーズナイフが受け止められるとすぐに脚部のローラーにより機体を後退させると同時に、ビルガーからの反撃がなされる前にもう片方の腕に携えているリニアミサイルランチャーの引鉄を引く。
 シンは敵の攻撃の早さに機体をいったん後退させ、なおも発射され向かってくるミサイルを機体を左右に旋回させて潜り抜けていく。
 そして回避行動を取りつつも腰部にマウントさせていたグラビトンガンをビルガーに構えさせると反撃の引鉄を引いた。
 だが相手のラーズアングリフも脚部ローラーを巧みに使って機体を左右に移動させてグラビトンガンから放たれたエネルギー弾をかわしていった。

 

「早い!けど…ビルガーのスピードはこんなもんじゃない!!」

 

 降り注ぐミサイルを潜り抜けつつビルガーもグラビトンガンで反撃を行う。だがラーズアングリフはこれまでと同様に脚部ローラーによる高速移動で数発のエネルギー弾を難なく回避する。
 そしてさらに放たれたビルガーの反撃の銃弾はラーズアングリフに命中することはなく、その足元付近へと着弾していく。

 

「弾速計算、軌道予測…命中率0%。どこを狙っている……何!?」

 

 冷静にシンのビルガーの攻撃を計算して回避していたエキドナに焦りが生まれた。攻撃が命中した訳でも、機体トラブルでもないのに突然ラーズアングリフの姿勢制御に乱れが生じたのである。
 ラーズアングリフの足元を見たエキドナは、いつの間にか周囲の路面に幾つもの大きな凹みが作られていること、そしてシンの狙いに気付いた。
 シンは何の考えもなくただの反撃としてグラビトンガンによる攻撃を行っていたのではない。あえて攻撃を路面に向けて行い、地面に凹みを作り、路面を踏みしめて高速移動を行うラーズアングリフがバランスを崩す機会を待っていたのである。
 シンはこれまでラーズアングリフという機体とは2回の戦闘及び1回の共闘をしており、その経験があったからこそラーズアングリフの弱点を見出すことができたのだった。

 

「今だ!コールドメタルソード!!」

 

 音声入力システムによりシンの声を認識すると、ビルトビルガーはコールドメタルソードを構える。
 そしてシンはテスラ・ドライブの出力を上昇させながら背部のウイングを全展開し、ビルガーは姿勢を崩したラーズアングリフに突っ込んでいった。
 ラーズアングリフもビルガーを近づけまいと、姿勢を崩しながらもシザーズナイフを繰り出すがその刃が百舌へと到達するよりも先にビルトビルガーの剣が振り下ろされ、煌いた冷たい鋼の刃がラーズアングリフの腕部を斬り落としていた。

 
 

 その頃、囮になっていくつかのノイエDCの部隊と交戦していたアルトアイゼンの前に1機の特機が現れていた。
 先端がエメラルド色に輝く頭部ブレードアンテナ、青と銀2色の装甲に両肘から鋭く伸びたブレード、そして何よりも見る者の目を引く「髭」のようなブレード。
 対峙するキョウスケに見覚えはないが、先ほどヒリュウ改から転送されてきたデータだけは手元にある。
 コードネーム「マスタッシュマン」というオペレーションSRWの中に現れた正体不明の特機ということだけはわかっているのだが、その後に姿を消した正体不明の特機がなぜここに現れたのかはまったくわかっていない。
 その理由をキョウスケが考えていると、アルトアイゼンへ通信が入ってきた。

 

「む…通信だと?敵からだ?」
「聞こえるか、ベーオウルフ…いやキョウスケ・ナンブ」
「…!」
「俺はアクセル…アクセル・アルマーと言う」
「アクセル…?」

 

 聞き覚えのない声に、聞いたことのない名前。それに先日ヒリュウ改に攻撃を仕掛けてきたスレードゲルミルに乗っていたウォーダン・ユミルと同様に、自分のことを「ベーオウルフ」と呼ぶ謎の男の存在に、キョウスケの不審感は雪ダルマ式に大きくなっていく。

 

「あらら?地球人?キョウスケのお知り合い?」
「いや、初めて聞く名だ」
「そうだろうな。だが、俺は貴様のことをよく知っている。…どれほど危険な男なのかもな」
「何…?」
「もしかして…DC戦争のときにキョウスケとやりあったことがあるとか?」
「いいや、違うな。貴様に直接の恨みがあるわけではない」
「ではお前は何者だ?どうして俺を知っていて…俺を狙う?」
「それを話す前に…一つ聞きたい。得体の知れん力が、突然湧き上がる感覚はあるか?」
「…言っている意味がわからん。人違いではないのか?」
「いや、いい。それに…それならまともに会話が出来るはずもない、こいつがな」

 

 理解できないことばかりで混乱してしまいそうな状態のキョウスケとは対照的に、アクセルは「とりあえず」の満足と納得を得ていた。
 この世界における「キョウスケ・ナンブ」が今は極めて近く限りなく遠い世界にいる忌むべき宿敵とは異なるのであれば、アクセルの心配ごとの半分は取り越し苦労であったに等しい。
 それがわかれば後は目の前にいる存在が「呪われた力」を手に入れる前に倒すことで足りる。そしてソウルゲインの力を以ってすればそれはアクセルにとって決して困難なことではない。

 

「ちょっとちょっと!勝手に自己完結して満足しないでもらえる?」
「すまんな。…もう用は済んだ。キョウスケ・ナンブ…ゲシュペンストMK-Ⅲもろともここで消えてもらおう」
「わお!会話になってないのはそっちでしょうに!」
「ウォーダン・ユミルと同じくお前もアルトをそう呼ぶか…俺にもわかるように説明して欲しいものだが?」
「長くなる。……それに、貴様が納得する説明にはならんだろう。さて、おしゃべりはここまでだ。『こちら側』の貴様に、“その時”が来ていないなら好都合。ここで憂いを断たせてもらう、これがな」
「『こちら側』…?『その時』…だと?おい、どういうことだ?」
「貴様が知る必要はない…いや、その方が幸せかも知れん。おれはもう、人間とは呼べん存在だった…」
「…わけのわからんことを。だが、敵だと言うなら容赦はしない」
「そうだ、それでいい。お互いに理解する必要などないのだからな。敗れた方が消える…それくらいわかりやすい方がいい、これがな」

 
 

「さあ、ソウルゲインよ…再び俺にその力を貸してくれ。ベーオウルフ…キョウスケ・ナンブ!『こちら側』の貴様とMK―Ⅲの力…見せてみろッ!」
「いいだろう。ただし高くつくぞ…!」
「面白い…ソウルゲイン、貫け、奴よりも速く!」

 

 アルトアイゼンを見据えたソウルゲインは真っ直ぐ一直線にアルトアイゼンへと向かってきた。これに対してアルトアイゼンもステークを構えてソウルゲインへと突っ込んでいく。

 

「踏み込みの速さなら負けん!」

 

 背部スラスターから噴出す光が最大となったところでまずアルトアイゼンがリボルビングステークを突き出した。
 旧式の杭打ち機と揶揄されながらも連邦には多大な戦果を、DCには多大なる損害をもたらしてきた鋼の杭がソウルゲインの胸部へと向かっていく。

 

「甘い!」

 

 これに対してアクセルはソウルゲインを左方向へと飛び跳ねさせ、ステークの備わった右腕の軌道からソウルゲインを逸らさせた。
 次に、攻撃をかわされて隙の出来たアルトアイゼンの横っ腹に向けて今度はソウルゲインの蹴りが繰り出されと、アルトアイゼンは両腕をクロスさせて攻撃を受け止める。
 蹴りの勢いこそ殺すことができずに後方へと吹き飛ばされるアルトアイゼンであったが、姿勢制御を行いつつも左腕のマシンキャノンの照準をソウルゲインに向けて合わせた。
 キョウスケとしても射撃は得意でないものの、相手を牽制して呼吸を乱し、自らが攻撃に移るタイミングを掴むためには四の五の言うことはできなかったのである。
 他方のソウルゲインは周囲の建造物を利用してマシンキャノンから身を隠しつつ、徐々に徐々にアルトアイゼンとの間合いを詰めていく。

 

「チィッ!特機なのによく動く!」

 

 射撃による牽制に見切りをつけ、キョウスケは見通しのいいところまでアルトアイゼンを後退させる。そして建物の陰からソウルゲインが飛び出してきたところを見計らい、再びステークを構えて突っ込んでいった。

 

「やはり結局は突撃してくるのか。その癖はこちらも同じのようだな!」

 

 自分が予想した通りに攻撃を仕掛けてきたアルトアイゼンに向けてアクセルが言い放った。

 
 

 目の前の敵が、ゲシュペンストMK-Ⅲと己の倒すべき宿敵ベーオウルフ、
 つまり、異様な力を携えて自分達の世界で立ちはだかり、最終的に彼らシャドウミラーが自分達のいた世界から逃れることを余儀なくさせた最大の原因となった忌むべき存在とは異なるのだということはわかっている。
 理屈でわかっているからこそ、アクセルも度が過ぎるような無茶をしようとは思っていない。
 だが、それはあくまで理屈でしかない。
 理性や理屈とは対照的にアクセルの内にある闘争本能は、目の前にいるキョウスケ・ナンブのアルトアイゼンと、異世界にいる彼が本当に倒すべき敵ベーオウルフのゲシュペンストMK-Ⅲをさほど区別してはいない。
 アクセルの闘争本能はアルトアイゼンを視界の内に入れれば入れるほど激しく、そしてより大きな闘気を供給し続けていく。
 アクセルが拳を握り締める動作にDMLシステムが対応してソウルゲインも拳を握り締め、再びアクセルは愛機と共に目の前の敵へと突っ込んで行った。

 
 

 ソウルゲインは再び突き出されたステークに対して、その左腕をアルトアイゼンの右腕の内側に捻じ込んで弾き飛ばした。
 続けてアクセルはガラ空きとなったボディに渾身の力を込めた鉄拳を叩き込む。キョウスケの全身を揺さぶる衝撃とともにアルトアイゼンが後方へと吹き飛ばされていくが、キョウスケもさすがにタダでは済まさない。
 吹き飛ばされながらもアルトアイゼンはソウルゲインの正面を向く体勢を確保しながら、両肩の扉が展開を開始していた。

 

「この距離でこれだけのベアリング弾だ!もらったぞ!」

 

 左右の鋼の扉から一斉に飛び出した一発一発が特注の弾丸は、アルトアイゼンと相対するソウルゲインに向けて襲いかかっていく。
 しかしアクセルもこの攻撃を、宿敵に何度も煮え湯を飲まされたゲシュペンストMK-Ⅲことアルトアイゼン必殺の攻撃を予想していた。
 アルトアイゼンが吹き飛ばされ始めたのと同時に、ソウルゲインは後方へ飛びアルトアイゼンとの距離を取り始めていたのである。
 そして後方へ飛びながら開いた両手を前方へ向け、青白く輝くエネルギーのチャージを開始する。

 

「行け、青龍鱗!」

 

 中心へ青と白のエネルギーが渦巻きながら集まってゆき、アクセルの言葉とともに編み込まれた2色の光がスクエアクレイモアを飲み込んでいく。
 結局アルトアイゼンとソウルゲイン、両機の攻撃が終わったときに双方に与えたダメージはほとんどゼロに等しいものであった。

 

 単純な威力だけで言えばアルトアイゼンの武装の中でも最強クラスのスクエアクレイモアの方が勝っている。
 だがスクエアクレイモアは散弾を至近距離からばら撒くものであるがゆえに、相手との距離が開けば開くほど命中する弾丸の数は減少して破壊力も低くなるという弱点がある。
 そして極めて近く限りなく遠い世界のキョウスケと戦ってきたアクセルは、当然クレイモアの弱点を熟知していた。
 それ故に後方へ飛んでアルトアイゼンとの距離を開くのと同時に、向かってくるベアリング弾を青龍鱗で相殺し、さらに同時に青龍鱗の反動を利用してアルトアイゼンとより大きな距離を取ったのである。

 

「チッ!クレイモアを防がれるとは…!」
「フッ…操縦の癖は大して変わらんようだな、こいつが。それに機体はともかく…腕前は『向こう側』と比べればまだまだだな、ベーオウルフ」

 

(この男、俺との戦い…いや、アルトとの戦いに慣れている…?以前のにやりあったことはないと言っていたが…それにしては俺の動きを知りすぎている…)

 

 攻防が一体となった対応で必殺の攻撃を防がれたキョウスケが内心で抱いた感想であった。
 他方でアクセルとしては直に戦ってみて、やはり自分達のいた世界におけるキョウスケとは異なり、キョウスケが脅威的な力を持たないことは確信できたが、それで憂いがなくなったわけではない。

 

「だが、この後貴様がどうなるかはわからん。後顧の憂いを断つ為にもここで果ててもらうぞ!ソウルゲイン、リミット解除!!」

 
 

「損傷度…中破。そろそろ潮時か」

 

 片腕を失いエキドナはラーズアングリフを後退させ始めた。ビルトビルガーから逃れるべくソウルゲインに通信を入れる余裕はないが、撤退する旨だけ報告して他の機体へも順次撤退するよう指示を出す。

 

「そう簡単に逃げられると思ってるのか!」

 

 だがエキドナ自身は現在もビルトビルガーとの戦闘の真っ最中であり、ビルガーの連続攻撃から逃れるだけで精一杯の状態にある。
 次々と繰り出されるコールドメタルソードによる斬撃を何とかシザーズナイフで凌いではいるものの、片腕で防ぎ続けるのには限界があった。

 

「こっちはその機体とやるのは初めてじゃないんだ!」

 

 なおも振り下ろした剣はまたも受け止められてしまったものの、シンはそのまま剣ごと機体を押し込める。
 機体重量やパワーにおいては勝るラーズアングリフであるので、ビルガーも力任せに敵機を斬り捨てることはできないのだが、シンの狙いはそこにはない。
 素早く左腕のスタッグビートルクラッシャーでラーズアングリフの残った片腕を掴み取ると、そのまま一気に握りつぶした。

 

「チッ!」

 

 両腕を失ったラーズアングリフは肩部のミサイルをばら撒きながらなおも後退を続ける。
 それで足を止められるようなシンとビルトビルガーではないのだが、直後に信じ難い光景がシンの目に入ってきた。
 何かが叩きつけられた大きな音が戦場に響き渡り、周囲の注目が一斉にそこへ集まっていく。
 そして視線の集まった先にあったのは、建造物に激しく叩きつけられて力なく尻餅をついたアルトアイゼンの姿であった。

 

「キョウスケ中尉!!」

 

 シンもその光景に目を奪われてしまい、その隙をついてエキドナはここぞとばかりに残ったミサイルを片っ端からばら撒いて一気に戦場から離れていく。
 これではさすがにシンとビルガーであってもラーズアングリフを追跡することはできなかったが、今はそのような状況ではないこともわかっている。
 シンはビルトビルガーのウイングを改めて展開すると、一気に出力を上昇させてアルトアイゼンの元へと向かっていった。
 一方、ソウルゲイン最大の必殺技「麒麟」を打ち込んたアクセルはゆっくりと、一歩一歩アルトアイゼンの元へと近付いていく。

 

「とっさに見切って直撃を避けたか…だがあと一撃で…!?」

 

 そう言い終える前にソウルゲインの足元を鞭のようにしなる1条のビームがなぎ払った。
 ソウルゲインはとっさにバックステップをしてそれをかわすが、さらにそこに連続して弾丸が打ち込まれ、ソウルゲインはそれを回避するためにアルトアイゼンから引き離されてしまう。
 アクセルが攻撃の方向を見やると、そこにいたのは銃口の先端からわずかな煙を上げるオクスタンランチャーを手にした白騎士ヴァイスリッター。

 

「はいは~い、自己完結君…いい加減にしてよね。いつ、どこで、どうやってキョウスケを知ったのかくらいは教えてくれない?こっちで勝手に推理するから」

 

 まるで男を追及する浮気調査でするような質問だな、と思えなくもなかったアクセルだったが、それよりも気になることがあったアクセルはそれを問いただすことにした。

 

「…さっきから割り込んできているが…貴様はベーオウルフの何だ?」
「…きゅ、急ねえ…なんかヘンに照れてきちゃったけど…パートナーってことでひとつ」

 

(奴に女のパートナーだと?確か『向こう側』では…)

 

 あの世界のキョウスケと幾度も命の奪い合いをしてきた自分の記憶にはない、ベーオウルフのパートナーを名乗る存在にアクセルもいささか興味が湧いてきた。

 

「貴様、名前は?」
「へ?ああ、私はエクセレン…エクセレン・ブロウニングよ」
「な…に!?」
「?」
「ブロウニング…!ブロウニングだと!?」
「もう、何なのよ?急にキョウスケに訳の判らないこと言ったかと思ったら私の名前に超反応するなんて…」

 
 

 その頃、エクセレンの後を追いキョウスケのフォローに入るべくソウルゲインへと向かっていたラミアは、どういうわけか内心で激しく焦りを感じていたのだが、ラミアの心理的動揺と同じ程度の同様をアクセルもしていた。自分の相棒と同じファミリーネームを持つエクセレンの名前を聞き、その有り得ないような偶然に大きく心を乱していたのである。

 

(もしや…こいつがレモンの捜していた…?だがその人間がベーオウルフのパートナー…そんな偶然が起こりうるのか?)

 

「!?」

 

 あまりに意外なところから得られた情報に、僅かに狼狽してしまったアクセルであったが、まるで彼の思考を現実に引き戻すためのように、警報音がさらなる敵機の接近をアクセルに告げる。

 

「まったく人形どもめ…足止めもできんとはな。ん?あの機体…」

 

 アクセルの見た先にいたのは、機体のカラーリングこそ異なるものの、背部の大型ウイングに左腕の大鋏、宿敵ゲシュペンストMK-Ⅲを連想させる1本角が特徴的な機体であり、
 それと同時に彼が先日ラーズアングリフに乗っていたときに交戦したのと同型機と思しき機体であった。そしてその機体から通信機越しに聞いたことがある声が聞こえてくる。

 

「これ以上はやらせないぞ、マスタッシュマン!」
「ほう、色は違うがやはりこの前のパイロットか!」
「その声!ゼオラといた赤い奴の…!」
「言っておくがあの人形がどこにいるかなど俺は知らんぞ」
「ッ!そう言うアンタは人形にされてる人間を見てよく平気でいられるな!?」
「俺達がやっているのは戦争だ。ヒューマニズムや救済を説くなら教会にでも行け。俺がお前を送ってやる、ただしお前を遺体にしてということになるがな!」
「何!?」
「ベーオウルフとの決着、邪魔した罪は重いぞ!」

 

 狙いをビルトビルガーに定めたのか、ソウルゲインはビルトビルガーに向かって突っ込んでくる。
 シンはグラビトンガンを構えさせてソウルゲインを牽制すべく引鉄を引くが、ソウルゲインは最小限に左右への移動を行うことでほとんど速度を落とすことなく距離を詰めてきた。

 

「こいつ…!速い!!」

 

 自分の知っている機体の中でも運動性能や機動性がかなり高い方だと判断したシンは、グラビトンガンを納めて、代わりにコールドメタルソードを引き抜かせる。
 同時に一気にテスラ・ドライブの出力を上昇させて左右のウイングを展開させると、ビルガーはソウルゲインに真っ向から突っ込んでいく。

 

「はああぁぁぁっ!!」

 

 ビルガーは、飛び道具による牽制のような小細工を一切せずに突っ込んでくるソウルゲインとの距離を一気に詰めると、なおも回避行動すら取らない敵機に対して、その勢いをも活かして一気に剣を振り下ろす。だが次の瞬間にシンの目に入ったのは斬り落とされた敵の機体の一部ではなかった。
 金属同士が思い切りぶつかり合う音が当たりに響き渡るが、ソウルゲインの握り締められた拳はコールドメタルソードを正面から受け止め、わずかな損傷すらしていない。

 

「剣が効かない!?」
「フ…ソウルゲインの近距離戦闘能力を舐めるなよ!」
「ならコイツでどうだ!」

 

 剣ごと弾き飛ばされたビルガーは再びグラビトンガンを手に取り、ソウルゲインとの距離が広がる前に連続してトリガーを引くのだが、ソウルゲインは左右に小刻みに移動して攻撃をかわしつつ、両腕を機体前で交差させて青と白2色のエネルギーを練り込み出す。

 

「もらった!!」

 

 ソウルゲインを照準に納めたシンがグラビトンガンの引鉄を引き、銃口から放たれたエネルギーがソウルゲインに迫っていく。

 

「甘い!青龍鱗!!」

 

 アルトアイゼンに放ったものと比べてやや小型でエネルギー量もさほど大きいものではなかったが、ソウルゲインの放った青と白のエネルギーは、グラビトンガンから放たれた黒色のエネルギー弾を相殺して役目を終えて消えていった。
 だが「役目」を果たしたことに変わりはない。自分の間合いにビルガーを捕らえたソウルゲインから鋼の拳が繰り出され、ビルトビルガーへと迫っていく。
 それをなんとか剣でガードしたシンであったが、戦いの流れはアクセルが引き寄せつつあることを否定はできなかった。
 シンが反撃に出るより先にソウルゲインが仕掛けてきた格闘戦は、ビルガーに防戦への専念を余儀なくさせる。
 パワーや機体重量などを踏まえれば、繰り出される拳撃や蹴撃がまともに当たったときの大ダメージは必至である。
 そのためシンはビルガーを後退させつつ、機体を上下左右に激しく動かして攻撃を掻い潜る。
 ソウルゲインの繰り出す攻撃はスレードゲルミルと比べれば威力は小さいが、スピードはこっちの方が遥かに上であり、また、デストロイと戦ったときのように防ぎきることもできない。
 ビルガーの顔面に向けて放たれた、轟音とともに風を切り裂く右ストレートを、機体を左にそらすことでギリギリ回避したシンは、目の前で伸びるソウルゲインの腕をクラッシャーで掴み取る。

 

「!」
「もらった!!」

 

 シンはクラッシャーで掴んだ腕部を潰そうとビルガーに一気に力を込めさせると、先ほど剣が通らなかった拳と異なり手応えがあり、徐々にではあるがヒビも入っていく。
 そしてそのまま握りつぶしつつ、今度は敵を投げ飛ばそうとするが地力が違うのか、ビルガーは逆にソウルゲインに引っ張られてしまう。

 

「くっ!」

 

 シンは咄嗟にクラッシャーを離してもう片方の腕から繰り出された拳を回避すると、ソウルゲインが引っ張ろうとした力をそのまま殺さずにいったん距離を置く。

 

「拳、肘以外ならいけるか!」
「行けい、玄武剛弾!」
「!?」

 

 ソウルゲインが改めて拳を握り締めると、その手首付近のリングと肘先のブレードが回転を開始した。
 そしてグルンガストのように拳を突き出すと先端の拳が発射され、回転を加えられて威力を高められた鉄拳がビルガーへと向かってくる。
 シンは機体を上昇させて攻撃を回避するが、回転する拳は上空のビルガーを追って上昇してきた。
 そこでさらに機体を上昇させつつ、ソウルゲインから距離を置いて一気に追跡してくる両拳を振り切って敵機を見ると、先程クラッシャーで握り潰し損ねたソウルゲインの腕の修復が進んでいる。

 

「クソ!再生するなんてこいつもアインストなのかよ!」
「残念ながらこれはソウルゲインが元々持っている力だ!原理はよくわからんがな」

 

 そう言ってアクセルは再びソウルゲインとビルトビルガーの距離を詰めて行く。

 

「そろそろ決着をつけさせてもらうぞ!…クソッ、またか!?」

 

 今度ソウルゲインに向かってきたのは4条の緑色に輝く矢。だがこれまでと違うのはアクセルがすぐに邪魔をした犯人の正体を突き止めることができたということである。
 シンがアクセルの相手をしている間にエクセレンとキョウスケの回収を終えたラミアがシンの援護に駆けつけたのであった。

 

「ラミアさん!」
「W17か!さすがに嫌な邪魔をしてくれるな!だが貴様相手では手加減せんぞ!」

 

 立ちはだかる相手は意思を持たぬはずの操り人形だが、実際に戦ってみたことのあるアクセルはその「人形」の実力の高さを最もよく知る人間の1人である。
 理由の如何を問わず、それが自分の敵として立ちはだかるのであれば最早気持ちの余裕を確保したまま戦うことなど愚の骨頂に他ならない。
 ラミアの乱入は一時的にソウルゲインの足を止めることはできたものの、同時にアクセルを本気にさせることになってしまった。
 他方、アクセルがラミアに意識を持っていかれていた隙に体勢を整え直したシンは改めてビルガーをソウルゲインの元へと向かわせる。
 そしてビルガーのフォローをするように、その後にラミアのアンジュルグもミラージュ・ソードを携えてソウルゲインへと向かっていく。
 ビルガーは地表付近を高速で駆け抜けてゆき、ソウルゲインに向けてコールドメタルソードを振り抜いた。

 

「甘い!」

 

 だがソウルゲインは後方の上空へ飛び上がってビルガーの斬撃を回避する。さらにそこにアンジュルグが追撃を仕掛けるが、これはアクセルも読んでいた。
 ソウルゲインは飛び退いた先にあった建造物の頂上に足をかけると、さらに上空へと飛び上がる。

 

「いや、甘いのはアンタだ!」

 

 飛行能力のないソウルゲインであれば上空に飛び上がった時点で、空中戦が得意なビルトビルガーやアンジュルグの方が有利だとシンは踏んでいた。
 しかしビルトビルガー、アンジュルグの上空を取ったのはシンの考えとは裏腹に、アクセルの思う通りのものであることを、シンはこの直後に知ることとなる。

 

「しまった!?アスカ様、防御を!」
「だから甘いと言ったんだ。リミット解除!行けい!!」
「え!?」

 

 上空へ飛び上がりながらエネルギーの収束を既に開始していたソウルゲインは、その跳躍が頂点に達した時にはチャージを終えていた。
 そしてソウルゲインの両腕の先で最大にまで高められたエネルギーは通常の青龍鱗発動時とは異なり、アクセルの言葉とともに弾け飛び、無数の散弾となって下方にいるシン達に襲いかかっていく。
 ラミアに言われて防御姿勢を取ったシンであったが、ビルガーへと降り注ぐエネルギーの散弾はビルガーを大きく揺らし、地面へと叩きつけた。
 青龍鱗命中の衝撃と地面に激突した時の衝撃とで小さからぬ肉体的ダメージを受けたシンは、体勢を整え直すべく辺りを見回すが、状況認識が完了する前に新たな衝撃がビルガーとシンを襲う。
 その衝撃で大きくビルガーは吹き飛ばされるが、その犯人は激しい回転を続ける拳、ソウルゲインが放った玄武剛弾であった。
 つまりソウルゲインが最初に放った青龍鱗は足止めと目くらましに過ぎず、エネルギーの散弾の中に本命の両拳を紛れ込ませた上で、
 ビルガーやアンジュルグが青龍隣で動きを止めた所にその拳を叩き込んだというわけであった。

 

「く…そ……!」

 

 今の攻撃のダメージで身動きが取れなくなったビルガーの中でシンがうめく。

 

「今フォローに…!」
「行かせはしないぞ、これがな」
「!」

 

 このままではいい的でしかないシンのビルガーを援護すべく、救援に向かおうとしたラミアのアンジュルグの背後にソウルゲインが現れた。
 機密回線越しに聞こえてきた上官の冷たい声に驚いたラミアが背後への対応をしようとするが、その前にソウルゲインの回し蹴りがアンジュルグのボディを直撃する。

 

「だから甘いと言ったろう?」

 

 アクセルは戻ってきたソウルゲインの両拳の接続を確認しつつ、地面に横たわるビルトビルガー、アンジュルグを一瞥しながら言った。
 次に先ほどアルトアイゼンを叩き付けた建造物の方に目を向けるが、既に宿敵は僚機によって回収された後らしく、建造物には凹みが残されているのみである。

 

「ビルトビルガーのパイロット、W17…この際、きちんと落とし前だけはつけてもらうぞ」

 

 止めを刺すべくソウルゲインがビルトビルガーに向けて近付いていく。だが2度あることは3度ある。アクセルの中ではまた邪魔が入るのではないかという妙な胸騒ぎがしていた。
 しかし、その胸騒ぎは邪魔が入るのではないか、という単純なものだけではなかった。
 何か自分の全力を以ってしてもどうにかできない可能性がある危険なものが迫ってきているような、自分のいた世界でゲシュペンストMK-Ⅲが現れる前によく感じていた不安感がアクセルの心を徐々に埋め始めていた。その時であった。

 

「!?」

 

 大きな音とともにすぐ傍の海中から何者かが飛び出してきた。
 全身を返り血のような真紅の赤で染め、巨大な剣を片手に握った、頭から2本の鋭い角を生やした鬼のような顔を持つその機体は、アインストの力を得て復活を遂げたレイ・ザ・バレルの力を媒介にして、アルフィミィから譲受けたペルゼイン・リヒカイトの力を具現化した、もう1つのペルゼイン・リヒカイトである。
 アクセルは諜報部経由で『クライマックスに拘る所属不明のアンノウンがいる』という情報は得ていたし、アスラン・ザラから僅かながらに話も聞いていたので驚きはなかった。
 とはいえ「驚き」はなかったものの、その姿を直に目にして、機体を通じてではあるが直接対峙して、先ほど感じていた不安感が気のせいではなかったことを確信して強い警戒心を抱き始めていた。
 アクセルが感じていた感覚、それは彼が『呪われた力』を会得して彼らシャドウミラーを追い詰めた真の宿敵ベーオウルフとゲシュペンストMK-Ⅲと対峙している時に感じていたものと同じであった。
 気のせいであろうか、彼の愛機ソウルゲインもそれを伝えようとしているような感覚すらある。
 だが同時にまた自分の前に邪魔者が立ちはだかったのか、という極めて不愉快な気分にもなっていた。

 

「俺!ようやく!参上!」

 

 ペルゼイン・リヒカイトから恐るべきアインストの力を感じ取って気を引き締めるアクセルとは対照的に、レイはやっと戦場に到達して自分達の(宴とこれまでの撮影の)邪魔をしたノイエDCと対峙できて急激に戦意を高めている最中であった。
 普段は片腕だけのところだが、今回のレイはまず両腕を前後に旋回させて左右の腕で自分を指差し、普段よりも強く激しく左腕を突き出し、右腕を後ろへ伸ばしてポーズを取る。

 

「また邪魔が入ったか…いきなり現れて貴様は一体何者だ!」
「邪魔だぁ?テメェ、DCの奴だろうが!」
「だとしたら何だ?」
「いいか、そこの髭男爵!俺は最初から最後まで徹底的にクライマックスだ。その髭切り落として二次会の小道具にしてやるから覚悟しやがれ」
「クライマックス…そうか、貴様が噂の『アカオニ』か。まさかいきなり会えるとは思わなかったぞ」
「いいタイミングで出てやっただろう?おかげでこっちもテメェをぶっ倒してストレス発散できそうだぜ」
「そうか。だがこっちは最悪の気分だ」

 

 またも邪魔をされたことによる強い不快感、そして宿敵と対峙したときに感じていた対峙する者全てを呑み込み消し去らんとするような圧迫感が混ざり合って、アクセルの気分は今まで味わったことがないほどに面白くないものとなっていた。

 

「へへ…そいつは悪かったな。だが悪いついでだ…行くぜ!いきなり俺の必殺技パート2!!」
「何!?」

 

 ペルゼイン・リヒカイトが大剣を正面に構えると、ペルゼイン・リヒカイトとそれを操るレイの力が腹部の桃型のバックル、頭部の2本の角を通じて銀色の刀身へと集まっていった。
 エネルギーが増大していくにつれて、銀色だった刃は徐々に機体や鍔のような赤色の輝きを帯びていき、刃が纏うメタリックレッドの輝きが刀身全体を被いつくす。
 そしてペルゼイン・リヒカイトがより強く大剣を握り締めると、腰を捻りながら大剣を肩の前まで移動させ、さらなる重心の安定と踏ん張りを効かすべく僅かに腰を落とす。

 

「でりゃあぁぁっ!!」

 

 レイの叫び声とともにペルゼイン・リヒカイトが真紅の大剣を振り上げそのまますぐに振り下ろすと、刀身が纏っていたエネルギーの刃が真っ直ぐにソウルゲインへと向かっていく。
 だがアクセルもペルゼイン・リヒカイトの必殺技モーションを突っ立ったまま黙って見ていた訳ではなかった。
 ペルゼイン・リヒカイトが必殺技モーションに入るとすぐに、ソウルゲインも左右の拳に青く輝くエネルギーを集め、その量と濃度を高め始めていたのである。
 自らの動物的な勘とソウルゲイン自身が告げているかのような感覚にしたがってアクセルはソウルゲインのリミットを解除し、ペルゼイン・リヒカイトの大剣から放たれたエネルギーの刃を見据えると、アクセルはソウルゲインの間合いに侵入した赤い斬撃を、最大速度で繰り出す青い拳撃で迎え撃つ。

 

「はああぁぁぁぁ!!!!」

 

 ソウルゲインはその膨大な赤いエネルギーにジリジリと後ろへ押しやられつつも、青いエネルギーを纏う拳を連続して叩きつけていく。
 そしてほんの僅かずつではあるものの、赤い斬撃の勢いが弱まっていくのを感じ取ったアクセルはソウルゲインの両手を近づけてそれぞれが纏うエネルギーを球状に押さえ込むと、自らを斬り裂こうと向かってくるエネルギーの刃に一気に捻じ込んだ。

 

「行けい!白虎咬!」

 

 髭の青鬼が放つ青い輝きと、呪われた力を振るう赤鬼が放った赤い輝きが互いにぶつかり合い、2色のエネルギーが居場所を失って周囲へ破壊を伴って漏れ出し始めた。
 そして一瞬だけ静けさが戻ってすぐに合わさったエネルギーがはじけ飛んでソウルゲインとペルゼイン・リヒカイト双方を吹き飛ばした。
 派手に倒れ込んだ両機であったが、まずは腕をつきながらゆっくりとソウルゲインが立ち上がり、次いで大剣を地面に突き刺してそれにもたれながらペルゼイン・リヒカイトが立ち上がる。

 

「いきなり決め技か。最初からクライマックスだというのは嘘ではないようだな…!」
「やるじゃねえか…ハアハア…この髭野郎…!」
「そういう…お前もな…だがダラダラやっていたのではまたいつ邪魔が入るかわからん。何よりも貴様のその力…理由はわからんが野放しには出来ん。次で決めさせてもらう、これがな!」

 

 極めて近く限りなく遠い世界のキョウスケが持っていた「呪われた力」と同質と思しき力を持つ相手と偶然にも対峙することになったアクセルは深く息を吸って呼吸を整える。
 そして明確な根拠こそないものの、目の前の赤鬼を倒せと告げる本能に従って闘気を練り上げていった。
 他方のレイもこれまで闘ったことのない強敵との遭遇に、記憶こそないものの戦士の本能に従って闘気を高めていく。
 再びペルゼイン・リヒカイトが大剣を体の正面に構え、巨大な刀身に真紅のエネルギーを集中し始めると、対峙するソウルゲインも両腕をクロスさせて両肘先端のブレードに青く輝くエネルギーを集中させ、鋭く延びたエネルギーの刃を形成させた。

 

「大サービスだ。とっておきの…俺の必殺技パート2ダァァァッシュ!」
「リミット解除!コード麒麟!これで極める!!」

 

 先にエネルギーチャージを完了させたソウルゲインがまず第一歩を踏み出し、一気にペルゼイン・リヒカイトとの距離を詰めていく。
 当初の両機の距離が半分ほどになったあたりで今度はペルゼイン・リヒカイトが大剣を振り上げると、一気にエネルギーを纏う刃を振り下ろした。
 ソウルゲインへと近付いていく真紅の斬撃であったが、それがソウルゲインに命中する直前、アクセルは機体をやや左に傾けるとともに右肘のエネルギーブレードを突き出した。
 続けてソウルゲインをやや前屈みにさせてなおも前進を続けると、エネルギーブレードから弾かれた真紅の斬撃は後方へと弾き飛ばされてしまった。
 攻撃を弾かれてしまったペルゼイン・リヒカイトは大剣を再び振り上げるが、既にソウルゲインはペルゼインのすぐ傍にまで迫ってきていた。
 とっさにレイは機体を右へと大きく飛び跳ねさせたのだが、ソウルゲインが振り下ろした左腕のエネルギーブレードはペルゼインの左腕をまるで豆腐を斬るかのようにあっさりと斬り落とす。
 これに対して左腕を失ったペルゼイン・リヒカイトはやや体勢を崩して、よろけながらも大剣を振り下ろすが、それはソウルゲインにあっさりとかわされてしまった。

 

「出鱈目な攻撃なぞ当たらん!これでトドメだ!!」

 

 片腕を奪い勢いに乗ったアクセルとソウルゲインはエネルギーを右のブレードへ集中させて最後の一撃を見舞うべくなおもペルゼイン・リヒカイトへ向かってくる。
 だが絶体絶命のピンチと言っても過言でない状況の下に置かれているはずのレイは、ここで驚くほど冷静に事態に対処していた。

 

「ダッシュだと言ったはずだ。もう少し注意すべきだったな」
「何!?」

 

 新西暦の世界に来てからのレイの口調とは明らかに異なる、静かでわずかに嫌味っぽい台詞が飛び出した。まるで、本来の記憶と人格が戻ったかのように。
 そしてアクセルが上に目を向けると、レイの言葉を裏付けるように、数秒前に弾き飛ばされた斬撃が上空からソウルゲインに向かって急降下して来ているのが見えた。
 左腕を失った直後にペルゼイン・リヒカイトが剣を振り下ろしたのは、その斬撃をソウルゲインに見舞うためではなく、飛ばした斬撃を操作するためのものだったのである。
 迫ってくる斬撃の速度と距離、ソウルゲインのスピードとペルゼイン・リヒカイトとの間の距離、既に攻撃態勢に入ってしまっている自分の機体の状態から、このまま攻撃を続行したのでは相手を貫くよりも先にソウルゲインが真っ二つにされると判断し、アクセルは現状の姿勢で可能な限りソウルゲインの上半身を捻らせる。
 だが必殺のタイミングで降下してきていた斬撃をそれで完全回避することはできなかった。
 首ごと斬り落とされるのは避けられたものの、トドメを刺すための右腕の肩から先が綺麗に斬り落とされてしまったのである。

 

「貴様、やってくれたじゃないか!」
「だから注意しろと言ったんだ。今の攻撃を凌いだことは驚いたがな」

 

 追撃をもらう前に瞬時に後退の判断をしてアクセルは距離を取ったが、彼の戦意はまだ萎えてはいない。片腕を失ったのはレイもアクセルも同じである。
 そして互いにまだ敵を倒すための武器がある以上、戦闘をやめる必要性は大きくない。

 

「決着を付けるか?まぁ結果はわかりきってるけどな」
「ああ。次で本当に最後にしてやる」
「悪いけど、そこまでよ」
「レモン!?」
「機体の無断持ち出しに無断出撃、命令違反…ヴィンデルがカンカンよ?」

 

 まるで中断するタイミングが来るのがわかっていたかのように、数時間前に寝付かせたはずの相方から入ってきた通信にアクセルが驚きの声を上げた。
 だが男の勝負に水を差されたアクセルの機嫌はあまりよろしいものではない。

 

「奴の小言は後で聞く!…あと一撃だ。引っ込んでいろ、レモン!」
「そうもいかないのよ、アクセル。今そこで頑張り過ぎてもらっちゃ困るの」
「チッ…ミッション・ハルパーの件か…だがこいつやベーオウルフ達がいなくとも…」
「ところがそうも行かなくなったの」
「どういうことだ?」
「インスペクターがこっちの予想よりも早く動いたのよ。もうハワイが彼らの手に落ちたわ」
「何…!?」
「だから、ヒリュウとハガネというカードが必要になったわけ……おわかり?」
「くっ…わかった」
「次の機会はすぐ来るわ。だから、お楽しみは後で…ね?」
「…今回はここまでだ、帰還する。貴様が力を得ていない…それがわかっただけでも来た甲斐はあった…また会うぞ、キョウスケ・ナンブ…呪われた力を得た男よ」
「てめえ、この野郎!俺を無視してんじゃねえぞ!」

 

 露骨に放置されたことから、怒りのあまりレイはこの世界での素の口調に戻っていた。

 

「ああ、すまん。忘れていた」
「んだと!?てめぇ!」
「フッ、冗談だ。貴様もいずれ消してやるアカオニ。どういう訳かは知らんが、その力…妙な胸騒ぎがするのでな」

 

 そう言ってアクセルはソウルゲインを後退させ、戦場からの離脱を開始した。
 他方のレイも追撃をすることは不可能ではないと思っていたのだが、片腕を失うという今までにない損害を受けていたこともあって、的確に今の状況を判断して離脱をすべきだと言っている冷静な自分の意見を採用することにして、ペルゼイン・リヒカイトを海中へと飛び込ませた。

 

 そして今の戦いをビルガーのコックピットから見ていたシンはまたもや理性と本能の葛藤にさいなまれ、言葉を失っていた。
 ペルゼイン・リヒカイトの細かい動きにやはり見覚えがあること、そして何よりも通信機から聞こえてきた、アクセルと会話していた聞き覚えのある声から、「アカオニ」の正体がやはりレイなのだと声高に叫ぶ本能がある一方で、あのようなアンノウンに記憶を失った民間人に過ぎないレイが乗っているはずがないという理性がぶつかり合っていたのだった。

 
 

 ―つづく―