SRW-SEED_660氏_ディバインSEED DESTINY_第31話

Last-modified: 2010-01-31 (日) 15:05:21
 

ディバインSEED DESTINY
第三十一話 苦境と苦難の終わり

 

 地球連合軍第二次オーブ解放作戦第三任務群所属ロアノーク艦隊と、ディバイン・クルセイダーズ親衛隊ラストバタリオン所属特殊任務部隊クライ・ウルブズの戦闘開始から、海と空は黒煙と鋼の雨に包まれている。
 ビームに、ミサイルに、銃弾に、砲弾に、刃によって撃墜されたMS達は幾百数千の破片となって四方に散失し、爆炎と共に溢れる煙は死の嘆きと共に海と空の青を黒と灰に汚し抜く。
 流れる筈の血が火群に飲まれて蒸発し、砕ける筈の骨はひしゃげたフレームによって押し潰され、戦うもの達の眼に己らが殺す相手の血肉を映す事は無い。唯一、殺された者が自分の死に行く体をかろうじて目にするのみである。
 聖十字を御旗に掲げる軍勢と地球上の勢力から抽出された英傑たちの血戦に、月の女神の名を戴く船が、水面下の戦友と共に砲を撃ち鳴らして参じたのは、血戦の流血に両雄が疲弊しきった時だった。
 ミネルバのグレイカラーの流線形の船体は、新たな乱入者である事を示すように傷一つなく陽光と爆発の光を浴びて燦然と輝き、女神の柔肌を傷付けた不埒者がまだいない事を誇っている。
 主砲トリスタン、副砲イゾルデ、ミサイル発射管を忙しく動かして、遅れた参戦をクライ・ウルブズに詫びる様に、あるいは傷ついた獲物を残さず平らげようとするように、恐ろしく大胆に戦場深くへと切り込む。
 そのミネルバ艦橋では艦長タリア・グラディスと副長アーサー・トラインがモニターの片隅に映るタマハガネのかつてないほど傷ついた姿に、同じく艦を預かるものとして痛ましげな眼を向けていた。
 タマハガネはよくも飛べるものと思わずにはいられないほど傷ついているというのに、相対するアークエンジェル級に対して残った火砲をありったけ撃ちこみ、最後の一線を保持している。
 悪鬼羅刹が取り憑いたかの如きタマハガネの奮戦ぶりに気圧されて、タリアの傍らに立つアーサーはごくりと生唾を飲み込んだ。
 人は良いがどこかとぼけた所のあるこの副長は、駆けつける間に心からタマハガネの危機を案じる言葉をいくどか口にしている。
 ザフトにとってDCは、表向きは前大戦時から濃密な軍事同盟にある友好勢力であるし、前大戦中にいくどか窮地を救われ戦場を共にしているから、アーサーの性格なら心配位はする。
 しかし、すこし考えれば分かる事だが、軍事力による世界統一を標榜するDCは厳密に言えば敵ではないが味方でもない微妙な関係にある勢力だ。潜在的な敵対勢力なのである。
 アーサーはそこまで考えを回していないのだろう。タリアはいざという時以外はまるで頼りにならない副長に、複雑な視線を向けた。
 弁解するわけではないが、いざという時は本当に頼りになるのは確かで、そこは評価している。
 ミネルバの艦橋の空気など知らぬタマハガネのクルーは闘将エペソの気迫が乗り移ったのか、死の淵に立ち背後には無限の奈落が広がっている状況だというのに、まるでそんな恐怖を感じていないような戦いぶりである。

 

「すごいですね、タマハガネ。あんな状況でアークエンジェル級と互角以上に渡り合っていますよ」
「見習いたいものね。ウチのクルーにもあれだけの気概が欲しいわ。メイリン、機動部隊を急がせて。後背を突いたのだからそれなりに結果を残さないとDCに恨まれるわよ」

 

 カーペンタリアから大洋州連合軍機動艦隊と共に出港したミネルバは、今回の戦闘にボズゴロフ級潜水艦三隻を伴い、クライ・ウルブズの窮地に駆けつけている。
 すでにボズゴロフ級ゴルデン、ガレーナ、カムリアの三隻からはアッシュとバビ、ザクウォーリアからなる全二十七機のMSが出撃し、ズタボロにされたDC部隊のカバーに入り、地球連合MS隊に銃火を浴びせはじめた。

 

 * * *

 

 海面下に出撃しているDCMSが存在しなかったために、地味な働きに終始していたシャニ・アンドラスは、ようやく自分が好きなだけ暴れられる時間が来たのだと、飢えた蛇のように舌なめずりをする。
 じゅる、と水音がヘルメットの中で響いた。薄緑の髪の奥の、アレルヤとハレルヤと同じ金銀妖眼の瞳には、おもちゃの銃を与えられた子供のように無邪気で危険な光が宿っている。
 自分に与えられたアビスガンダムは、以前乗っていたフォビドゥンガンダムの様に自在に空は飛べないし、ビームを曲げる事も出来ないが、機体の性能それ自体はやはり最新鋭機とあって悪くない、とシャニは思っている。
 一方的な狩りほど楽しいものは無い。シャニは目の前に展開する蛙モドキのザフトMSを見つめていた時は、そう思っていた。
 それがいまは――

 

「ちい、なんだよ、おまえぇ」
「やらせませんよ!」

 

 苛立ちを露わにするシャニとアビスと相対しているのは、アビスと酷似したシルエットを持ち、全身をネイビーブルーのカラーに染めたアビスインパルスガンダムである。
 カーペンタリア基地に寄港していたミネルバに補充されたザフト製シルエットと予備のインパルス二号機が、今回投入されてシャニの前に立ち塞がったのだ。
 そして、水中下でもっとも戦闘能力を発揮するアビスシルエット装備のインパルスを駆るのは、元ザフト元ノバラノソノ所属のニコル・アマルフィだ。
 前大戦から一年半以上が経過しても、ニコルの中性的で美少年とも美少女とも見える優しげな顔立ちは変わっていない。
 アクア・ケントルムが、ストレスによる胃痛と頭痛と肌荒れと苦しい戦いを続けながら収集したザフトインパルスの稼働データが実を結び、ニコルのインパルスは搭乗を辞退したい駄目な子ではなかった。
 シルエットと合わせて四基も搭載していたプラズマ・ジェネレーターの数を一つにして、出力の安定と制御に重きを置き、パイロットにかかる負担を軽減する判断を、ようやく技術陣が認めたおかげである。
 最大出力は単純に言えば四分の一になってしまったわけだが、外したプラズマ・ジェネレーターの代わりに予備バッテリーを搭載しており、非常時には機体のパワーに回す事も出来る。
 アビスシルエットを装備したインパルスは、完全な局地戦用機であるアビスには、若干劣るもののパイロットの操縦技術の優劣には大きな差が無く、わずかな気の緩みが敗北につながる接戦となるのは必定であった。
 海中ではアビスの主武装であるビーム関連は使用できず、VPS装甲搭載機である両機は、手持ちのビームランスでの接近戦でしか相手を打倒する有効な手立てがない。
 魚雷や連装砲でも当てればダメージはあるが、射撃武装で決着をつけようと思えばどうしても長期戦となるだろう。
 漁夫の利を得るタイミングで姿を見せたミネルバとしては、敵を残さず殲滅して尽力した事を示したい。地球連合としては戦況が一気に悪化する兆候が見えはじめ、即座にでも撤退したいのが本音である。
 ネオから新たに姿を見せるだろうザフト潜水艦部隊の迎撃を命じられたシャニも、万全の状態で死闘に身を投じたニコルも、共に相手との決着を急ぐ理由があった。
 友軍機が魚雷を一斉に発射して海中が白く泡立って濁る中を、必然的にアビスとアビスインパルスは互いの機体にビームランスの切っ先を向けて、馬上の騎士の如く突貫する。
 地球連合もザフトも水中で使用可能なビーム兵器を開発してはいない為、せっかくのビームランスも、実体刃部分にわずかにビームを纏っているきりで思い切り突き込みでもしない限り、有効な武器足り得ない。
 ニコルとシャニが決着を急ぐ心であるというのに、戦闘フィールドと機体の特性がそれを許してはくれない。なんとも皮肉的な兄弟機の初対面であった。

 

 * * *

 

 カーペンタリア基地で補充されたインパルス一式は一組だけではなかった。もう一組、ディアッカ・エルスマン用にも配備されていたのである。
 ニコルと同じ元ノバラノソノ組であるディアッカは、その経歴から軍上層部の信用は篤いとはいえないが、能力は認められるところでありデュランダル議長の計らいもあって最新鋭機に腰かける事となった。
 ザクから乗り換える時には、アクアの心労を傍らで見ていたからどうすればインパルスに乗らないで済むか、とニコルと真剣に話し合ったディアッカであったが、実際に乗ってみると欠陥点が解消されているではないか。
 いつも何か粉薬や錠剤を飲んでいたアクアの苦労が報われたのだな、とインパルスがまともな機体であると分かった時、ディアッカはアクアとニコルの三人で泣いて抱きあったものだ。
 ディアッカはブラストインパルスに搭乗し、母艦ミネルバからやや先行した位置でケルベロス高エネルギー長射程ビーム砲と、デリュージー超高初速レール砲による火砲支援を始めていた。
 ブラストインパルスは海面上をホバー走行しながら、ロックオン・ストラトスのデュナメスにも匹敵する精度の砲撃を繰り出している。
 前大戦前半では砲戦用機であるバスターガンダムで前面に出るような真似をしていたディアッカも、流石に今は成長していて自分の役割と言うものに徹している。
 青い海を白く切り裂いて動くブラストインパルスから、極太のビームや視認できないほどの超高速の実体弾が射出され、浮足立つ所を見せはじめた地球連合のジェットウィンダムを捉えている。
 攻めても攻めても膝を折らずに激しい抵抗を見せるクライ・ウルブズ相手に、地球連合の精鋭達も多大な疲労を滲ませており、気力体力が充実しているザフト兵を相手にするには酷な状態だ。

 

「ジャンケンで後出ししたみたいでちょっと気が引けるけどさ、手加減は出来ないんだよな。悪いけど、落とすぜ?」

 

 ケルベロスの二条のビームを使って一か所にまとまる様回避させた敵機の集団へ、ブラストシルエットの四連装ミサイルランチャーを連続発射して叩きこむ。
 次々と白い尾を引いてミサイルの群れが敵機へと群がり、撃ち落とす為のビームライフルや、バルカンがおよそ半数を撃ち落とし、回避行動を取った者にはレール砲の弾頭が次々と命中してゆく。

 

「そらそら、まだミサイルはあるぜ!」

 

 ミサイルの発射音、レールガンの風切り音、ケルベロスの怒号が絶え間ない戦場楽曲を奏で、空中に醜い戦の花を咲かせて歪な花輪をつくってゆく。
 空中からの攻撃よりも海中からの攻撃の方が警戒に値するが、アッシュ部隊とニコルが上手く敵と渡り合っているようで、海面に浮上してくる敵の反応は今の所は無い。
 ディアッカは拡大された望遠画像を次々と新たに視認して、ザフトMSパイロットの中でもトップレベルの射撃センスを最大限に発揮し、故国の威信をかけて開発された機体に武勲を与えていった。
 この戦果だけでもザフト技術開発陣とディアッカは、デュランダルから称賛の言葉を掛けられてもおかしくは無かったが、それにはまずこの場を生き残る事が不可欠であった。
 より具体的には、海面ぎりぎりを疾駆し水柱を築きながらミネルバ船体真下に迫りくるガイアガンダムを撃退する事だ。
 四足獣への可変機構を有する漆黒のガンダムを駆るのは、ブーステッドマンの一人オルガ・サブナックである。どこか貴族的な気品の端正な顔立ちの青年であるが、他の例にもれずその性格は好戦的で凶悪だ。
 元々陸戦特化の機体であるガイアはさほど空戦能力を期待できるものではなく、空の戦闘にはあまり参加せずにいたが、オルガもいい加減暴れたかった。
 高度を取らずに低空で戦闘に加わっているミネルバはそういう意味では、オルガにとって願ってもない獲物であった。その甲板上で次々と味方を落としているブラストインパルスもまた。
 オルガ個人としては以前乗っていたカラミティの様な砲戦機のほうが好みだ。というのも圧倒的な火力でただ一方的に敵を撃ち落とす事が出来る。だからといっていまのガイアが不満と言うわけでもない。
 技術の進歩によって各勢力の主力量産機の有する射撃武装は、おおむね一撃で敵機を沈める事の出来る出力を持っているし、ガイアには通常のビームライフルに加えてビームキャノンが二門追加されている。
 平均的なMSよりは火力は上なのだ。

 

「は、プラントからわざわざおれらの尻を追っかけていたストーカーどもかよ」
「ガイアにカオス、アビスと全員揃ってお出迎えね? 歓迎してくれよな!」

 

 迫りくるガイアに気づいたディアッカが、即座にデリュージーとケルベロスの砲口を、眼下のガイアへと向ける。乱雑に砲の向きを変えた様に見えて、実に正確にその照準はガイアを捉えている。
 ザフトのMSクラスでは最大火力のケルベロスが海面を貫いて、ガイアの眼前に滝の様な海水の壁を築きあげる。剛体の質量を持つ海水の壁をまっすぐにガイアは突っ切り、ミネルバの船首へとビームを放つ。
 ラミネート装甲の船首はガイアのビームライフルの直撃にも十分に耐えたが、流石にこれまで無傷で済ませて来た船を、これ以上傷モノにされたくはない。
 ディアッカは、不規則な回避機動を描きながら迫るガイアへ、さらに連続してトリガーを引いた。
 ミネルバの対空火器と主砲・副砲は強力だ。ブラストインパルスが火砲の標的を変えても、十分に味方の援護と自身の防御位は果たせるだろう。

 

「いい加減、おまえらとの縁も切らせてもらうぜ。アークエンジェルを追っかけていた時の二の舞はごめんなんでな」
「わざわざ殺されに来たかよ!」

 

 * * *

 

 そしてミネルバに配備された最初のザフトインパルスは、カオスガンダムの機動兵装ポッドを背負ったカオスシルエットを装備して、クロト・ブエルの駆るカオスガンダムとはやくも死闘を繰り広げていた。
 前大戦で着用していたダイレクト・フィーリング・コントロールスーツから一転、通常のパイロットスーツに豊満な若い肢体を包んだアクアは、サーベラスで扱い慣れた遠隔操作武装を駆使し、カオスと対等に戦っていた。
 機動兵装ポッドを武器として使用している間、カオスとカオスインパルスは大幅に推力を失い、機動性などに難が生じるものの単機で複数の射線と火砲を保持できる武装はやはり強力だ。
 前大戦に登場したドラグーンシステムは、単基あたりの火力は到底MSを撃墜できるようなものではなかったが、セカンドステージ以降のMSに装備されたドラグーンや機動兵ポッドは十分な火力を持つ。
 アクアほど機動兵装ポッドの扱いに長けていないクロトは、レイダーを操縦するのと同じ要領でカオスのMA形態とMS形態を使い分けて、緩急を自在に使い分けた機動でアクアを翻弄する。

 

「ちい、邪魔くさいんだよ、コイツ」
「ここで会ったが百年目よ。カオスは返さなくてもいいけど、落とさせてもらうわ」

 

 まるで少女の様に高く透き通った声で宣言し、アクアはMA形態へと変形したカオスが交差しざまに振ってきた右のビームクローをかわし、左のビームクローをABCシールドで受け流す。
 ABCの耐久限界を突破したクローにシールドを抉られるが、損害はそれだけだ。アクアはその場でカオスインパルスに左わきの下から銃身を覗かせ、カオスの背にビームを撃ちかける。
 後方警戒信号と後方モニターに映るカオスインパルスの射撃動作に気づいたクロトは、反射レベルの速度で操縦桿を傾かせ、後ろから迫りくるビームの矢を扱くあっさりとかわして見せる。

 

「はっ! ハードレベルのゲームの方がヤバいね」
「動きだけは速いわね」

 

 機体を上昇させて白い雲の中へと突入するカオスを追って、カオスインパルスも機動兵装ポッドを背に戻して、推力を最大値にして白い尾を引く。
 カオスの背後に着く、とアクアが決めた瞬間、複数の熱源反応がカオスインパルスの周囲を囲みこんでいた。クロトが雲に突入して機体の姿を隠したと同時に、ミサイルを放っていたのだ。
 美しい唇を歪めて舌打ち一つ、アクアはカオスインパルスの首を巡らせCIWSの弾幕を張り、迫りくるミサイルを撃ち落とす。モニターの向こうに広がる爆煙を、すぐさまコンピューターが排除した画面に映し直した。
 その画面の中に、雲の切れ間にカオスの機動兵装ポッドから噴出するスラスターの光の残滓がわずかに見えた。
 アカデミーをトップの成績で卒業したアクアの優秀な頭脳と高密度の戦闘を多数経験した事によって構築された戦士としての判断力が、カオスの未来予測位置を割り出し、そこへカオスインパルスの火器を集中させた。

 

「当たれっ!」

 

 機動兵装ポッド内のビーム、ミサイル、ビームライフル、カリドゥス改複位相ビーム砲とガイアガンダムよりよほど充実した火力の集中砲火である。まともに当たれば駆逐艦ていどなら一分と持たずに沈む。
 白雲を集中した火器が貫いたと同時にアクアは狙いが外れた事を悟った。ほぼ同時にカオスからビーム突撃砲とファイヤーフライ誘導ミサイルが放たれていたからだ。
 機体が似たものだから相手の打つ手も大体分かるが、これではイタチごっこだ。アクアはそう罵りたい気分を――下品だと思いつつ――堪えて、操縦桿を手繰らなければならなかった。
 アーモリーワンでもその後のデブリ地帯でも逃がしてしまった敵との決着を、いい加減付けなければと焦りながら。

 

 * * *

 

 ミネルバに配備されたMSはインパルス三機の他にも同じく三機あった。ただしその三機のパイロット達は正確にはザフトの兵ではなく、民間からの出向者達である。
 イナクトやフラッグ同様に可変機構を備えた赤いMAが、背後から迫りくるイナクトを引き離し、MSへの変形によってくるりと背後を振り返ってビームライフルを浴びせかけた。
 遠心力によって振り回される視界と肉体を完璧に制御しきり、命中させるのが極めて難しい状況で、見事命中させる。パイロットの肉体面も技量も並大抵のコーディネイターの範疇を越えている。
 獲物と狙い定められたイナクトは、空戦使用特化の為薄い装甲の胴体に大穴をあけられて、すぐさま爆発を起こした。
 赤いザフトMS――セカンドステージの一機、セイバーガンダムのパイロット、長い赤髪のブリング・スタビティは周囲で熾烈な戦いを繰り広げる友軍敵軍に感情を向ける事は無かった。
 戦闘タイプのイノベイターと言う事もあるがもとからして彼は自分の感情を表に出さない性格だ。
 セイバーの傍らにややくすんだ同じ色のプロトセイバーガンダムが寄り添った。パイロットは外見上の違いといえば、耳前の髪の長さが短い事くらいのデヴァイン・ノヴァが務めている。
 一卵性の双子といえば誰もが納得するパイロット達の外見に相応しく、乗っている機体も外見は全く同じだ。
 ブリングと同じ遺伝子データをもとにして生み出された戦闘型イノベイターであるデヴァインにとって、疲弊しきった敵を相手に戦う事は、年を経た獅子が子兎を狩る程度の労苦で事足りる。
 デュランダルの要請によってミネルバに援軍として送られてきた彼らも、今回の戦いにザフト陣営として参加し、地球連合艦隊の精鋭部隊との戦いに尽力する事となっていた。
 背中合わせのまま機体を不規則な速度で回転させ、楕円軌道を描く様にして戦場を飛びながらセンターマークに捉えた敵に、ビームライフルやスーパーフォルティスを浴びせかける。
 万全の状態であったら、ブリングやデヴァインを多少はてこずらせたであろう地球連合のパイロット達は、不死身の化け物のように奮闘し続けたDCとの戦闘ですっかり疲労の泥に塗れている。
 鴨撃ちかと思うほど呆気なく被弾してゆく姿に、二人の戦闘用イノベイター達の心に、わずかながら憐憫の情さえわき起こる。
 戦闘用ながら無益な争いを嫌うブリングなど、さっさと銃を引けば見逃すものをとつい思ったほどである。
 イノベイターは脳量子波を解する事でダイレクトの思考を交差させる事が出来るが、同じ塩基配列から作られたブリングとデヴァインは、距離や時間差を無視して脳量子波通信を行う事が出来る。
 言葉を用いずに会話した二人は、すぐちかくの空域で戦っている同胞に目を向けた。ザフト製のセイバー・プロトセイバーとは明らかに異なるシルエットのそれは、DC所属と言われた方が、よほど納得がゆく。
 初見の者が受ける印象は中世世界の中から飛び出してきた青い鎧の騎士だろう。ただ人間であれば腕を四本も持ってはいないだろうし、有機的に羽ばたく天使の翼もない。
 それぞれの腕に剣や槍を持ち、それらを縦横無尽に振るって量産型ガルムレイドの一機をばらばらに解体していた。ガルムレイドに比べればはるかに小さいサイズながら、戦闘能力では同等以上といえよう。
 あの気弱な少年ラリアーが搭乗するデュミナス製の戦機人形ヒュポクリシスである。実体剣の切れ味は、特機の重装甲をものともしないものでそれは驚愕に値すると言っていい。
 イノベイターではないラリアーとは思考での会話はできず、直接言葉で意思をかわさなければならないが、ブリングとデヴァインはその手間を厭うような事はしなかった。
 彼らは同族であるイノベイターのみならず同じ陣営に属する仲間に対しては、気づかいや身の無事を案ずることを惜しまない。戦闘用に作られたとはやや思い難い性分である。
 最初にラリアーに声をかけたのはブリングだ。周囲の敵機を排除し終えているのはすでに確認済みだ。多少話をしても問題は無い。

 

「ラリアー、戦闘続行に問題はないか」
「ブリングさん」

 

 ブリングとデヴァインは戦闘時、当然のことだがヘルメットを被っているので髪の毛の長さによる判別がさっぱりできないが、ラリアーは判別が出来るらしく答える声に迷いは無かった。
 ま、モニターに映ったディスプレイにパイロットの名前が映し出されているし、機体で判別もできるのだから間違う訳もない。

 

「はい、問題ありません。このまま戦い続けられます」
「なら構わない」
「あの、ティスは今回は連合艦隊にはいないはずですよね?」
「ああ、私もデヴァインもティスは確認していない。君のその調子では、デスピニスの心配もしなければならないな」
「デスピニスの事はやっぱり心配です。ティエリアさんの方はどうですか?」
「彼もイノベイターだ。脳量子波は検知されているから死んではいない。私とデヴァインがバックアップに回る。君は戦いに集中したまえ」
「はい!」

 

 できればデスピニスと一言二言かわしたかったが、陣営が異なるし戦闘中に無理をして接触する必要もないかもしれない、とラリアーは思い直し、ヒュポクリシスの握る四本剣の操作に専念する。
 戦いを覚悟すればラリアーは強い。ブリングとデヴァインはこれで彼に戦いを任せても大丈夫だと、頷き合う。
 デスピニスはティエリアのヴァーチェと共に戦っている様子は確認できている。あの二人のコンビはデスピニスがティエリアの意見に押し流されてばかりだが、なかなか強い力を発揮する組み合わせだ。
 赤髪の二人はヒュポクリシスで量産型ガルムレイドとの戦いを再演し始めたラリアーを援護すべく、二機のセイバーを巧みに動かして援護に入ろうとする敵側のMSを次々と撃墜し邪魔をしてゆく。
 その最中、デヴァインの瞳が黄金の色彩を帯びてティエリアとデュミナスを介した脳量子波の通信を結ぶ。DCにくれてやった二機のガンダムの変化に、デヴァインもまた気付いたのだ。

 

(ティエリア・アーデ)
(! デヴァイン・ノヴァか。ブリング・スタビティとラリアーも来ている様だな)
(いまはザフト陣営だ。ところで、エクシアとデュナメスだが、アレはどういう事だ?)

 

 アレ、とは無論エクシアとデュナメスが背中から放出している翡翠色のGN粒子の事に違いない。イノベイターとDCが運用する擬似太陽炉は、これまでその全てが赤い粒子を発生させるものだったはずではないか。

 

(私にも分からない。つい先程あの二機が戦場に到着したばかりなのだ。おそらくはヤラファスかオノゴロで太陽炉を換装したのだろう。DCオリジナルか改良を施されたものだ。重力制御機能に特化している)
(お前が見ているのなら、リボンズも既に目にしているだろう。ならば遠くないうちに対応策も練られるな)
(そうなるだろう。我々は、いまは目の前の敵を叩く事に集中すればいい)
(了解した。では健闘を祈る)

 

 結局エクシアとデュナメスに関しては分からないという事が分かっただけだった。デヴァインはティエリアとの脳量子波通信を遮断し、完全に意識を戦闘に集中させる。
 ロアノーク艦隊は、展開した戦力を再集結させて、撤退に動く前兆を見せ始めている。常識的な戦闘であったならもっと早くにそうすべきだったろうに、とデヴァインはやや呆れながら思った。

 

 * * *

 

「メディオ、まだ戦えるか!?」
「問題ありません、大尉は!」
「エンプティ寸前と言った所だ。サーベルとライフル位しか残っておらん」

 

 怒鳴り散らす様に言葉を交わすのは、ユーラシア連邦所属モーガン・シュバリエとオリジナルガルムレイド専属パイロットのヒューゴ・メディオの二人である。
 月下の狂犬の異名を取る連合有数のエースと連合最初期の特機のパイロットである二人は、同じ陣営として前大戦で轡を並べて戦った事もありぴたりと合った息で、激烈なこの戦場を戦っていた。
 ヒューゴの乗機は改良が施されたガルムレイドであるが、モーガンの機体はジェットストライカーのリミッターを解除し推進力を増加したジェットウィンダムである。
 パーソナルマークがペイントされている以外は、カラーリングもノーマルのままで外見から通常機との違いを判別する事は出来ない。
 長時間の戦いに推進剤の残量は少なく、年齢的な問題からさしものモーガンも疲労の牙に深く肉を抉られている。
 ヒューゴの方はまだまだ若い盛りと言う事もあって息切れをしている様子もない。ただ量産型ガルムレイド部隊が集中砲火を浴びて数を減らす中で、生き残った数少ない特機として奮闘しており、機体の負荷が大きい。
 機体に戻ったらメカニックが涙を流すに違いない。下手をすればしばらく整備庫に籠って大人しくしている他なくなるだろう。
 膝のサンダースピンエッジは刃にひびが入って切れ味を失っているし、バーニングブレイカーを一回使用するだけのエネルギーも残ってはいない。
 ターミナスエナジーは永久機関の一種であるから、放っておいてもある程度は回復が見込めるが、この乱戦では消耗の方が圧倒的に大きい。
 新たに姿を見せたザフトのバビやザクウォーリアはモーガンとヒューゴの疲弊に反してまだまだ元気いっぱいで、士気も高く出番が来るのを待っていたに違いないとヒューゴは心中で罵った。
 口には出さないがモーガンもヒューゴもとっくに撤退の指示を出すべきだ、と何度か考えていた。
 前大戦時からクライ・ウルブズの底力を知っている二人だけに、追い込んだ所からの異常な粘り強さに、こちらの被害が収まる所を知らない数字になる事を危惧していたのだ。
 そしてその危惧は現実のものとなって、当初三桁を越えていた友軍の数はいまや半数を割っているではないか。対クライ・ウルブズ用に惜しみなく投入された新型MAも一機残らず落とされかねない勢いだ。
 人も、機体も、金も、なにもかも失われ過ぎている。それに比べて得られた対価はあまりにもわずかだ。
 クライ・ウルブズ以外のDC部隊こそ被害は甚大だが、壊滅させなければならないクライ・ウルブズの機体がいまだ一機も落ちていないではないか。
 セルゲイ・スミルノフが三機がかりで落としにかかっているガンダムタイプこそ大破寸前まで追い込んでいるが、そこから先に追い込む事が出来ず逆に手痛い反撃によって徐々に撃墜の危機さえ生じている。
 軍上層部が――余計な口出しをする盟主殿が――連中の力を見誤ったという事だろうが、モーガンやヒューゴは現場に出て実体験しているから分かるが、数字と記録映像でしか知らない連中には無理のない事だ。
 彼らの立場になって考えればこれほどの大規模戦力を与えられて、目標としているのがわずか三隻程度の小規模部隊にすぎないのだ。人類の戦争の歴史と軍事的教訓、法則からすれば、損害等ないに等しい状態で勝利を迎える筈なのだ。
 近年、これまでの人類の戦争の歴史に反する事態が頻発しているが、ことにDCが関わるとそのようなあり得ない戦闘の結果が生じている。
 場合によっては放置する事がクライ・ウルブズを相手に被害を最小限にとどめる術なのかもしれない。
 愚にもつかぬ事を、とモーガンが自分自身の考えに苛立ちを感じていた時、漆黒の砲撃が空を貫いてロアノーク艦隊の機動空母の一隻を直撃した。
 歪む空間と重力の悲鳴と共に機動空母の甲板を穿ったのは、決着を急ぐために超長距離狙撃を敢行したデュナメスが放ったGインパクトキャノンである。
 より高出力高威力広範囲を誇るブラックホールキャノンを使わなかったのは、残存GN粒子の消耗などを考慮したためだろう。
 地球の発する引力その他もろもろの影響を最小限にとどめる為に、射撃範囲を絞り貫通力を重視した一撃は、機動空母の甲板から船底までを押し潰し、船体に戦闘続行と航行不可能なダメージを刻みこむ。
 かろうじて被害の少なかった機動空母にも、ついに大きなダメージを負った艦が出た事になる。護衛艦やアークエンジェルがさんざんに攻撃を浴びせられて沈み、残存艦は十、十一隻そこらだろう。
 無事軍港に帰港できたとしても、二度と使い物にならない艦と機動兵器、パイロット達の数は増えるに決まっている。失ったものと得たものがこれほど釣り合わない戦いも、ずいぶんと珍しい。
 ファング・ナックルで斬り掛かってきたスラッシュザクウォーリアの上半身を噛み砕き、ブラッディ・レイで三機編隊を組んでビームを浴びせかけて来たバビを牽制する中、ヒューゴは、旗艦から射出された信号弾に気づく。
 空中で三色の輝きを放つ信号弾が意味するものは撤退だ。あまりに苦しい戦いに疲れ怯えていたロアノーク艦隊の面々は、すぐさま機体を翻して背を見せ始めている。

 

「……撤退信号? いまさらか!!」

 

 口の中で苦虫を百万匹も噛みつぶしたようなモーガンの怒声であった。確かに退くべきとは思うが、ここで死んだ連中は一体何だったのかと。ここまで被害を出しておいてと、そう思うのは仕方のない事だ。

 

「大尉、おれが背中を守る。はやく行ってくれ!」
「DCは追ってこないだろうが、ザフトはしつこく来るぞ」
「まるでハイエナだな」

 

 ハイエナの行為は生きる為にする事だ。そう考えればザフトの行為がそれ以上に卑怯なものに感じられるのは、苦境に追い込まれたヒューゴの感性が皮肉の色を帯びていたからかもしれない。

 

 * * *

 

 モーガンの言ったとおり、DCの部隊は撤退の動きを見せるロアノーク艦隊を追う余力を欠片も残していなかったが、余力ばかりのザフト艦隊は足の遅い損傷艦や機体を追いまわして毒牙にかけている。
 殿を無傷だったシロッコのジ・OⅡと、撃墜された所を回収してくれたイナクトを強引に奪ったコーラサワー、頂武・オーバーフラッグス残存部隊が務めて退くロアノーク艦隊を、エペソは疲労をにじませた瞳で見つめた。
 豪胆でなる人造の武将も流石に疲れの色を隠す気力も残ってはいないらしい。
 クライ・ウルブズ壊滅寸前まで戦い抜きながら、ロアノーク艦隊が退いたのは苦境に陥ったところでのザフトの援軍も大きいが、やはり本隊同士の戦いでDCが地球連合艦隊を退けた事が要因なのだろう。
 フォールド通信で報告されたDC本隊と地球連合艦隊の戦闘決着の知らせは、ロアノーク艦隊の撤退とほぼ時を同じくして届いていたのである。
 重力アンカーを看破された際の切り札として用意されていたメカゴジラ三体と、初めて実戦投入されたバルキリーの力による所が大きい。いずれにせよ本命艦隊も別動艦隊もあまりにダメージが大きすぎる。
 いずれ損害がまとめて報告されるだろうが、エペソの私見ではタマハガネは一ヶ月か二ヶ月はドック入りを必要とするだろう。機動兵器部隊のダメージも大きい。
 かろうじて着艦事故などは起こしていないが、ステラのエルアインスやアウルのエムリオンRCは使いものにならなくなるほど損傷しているし、ジガンスクードは装甲の八割近くを新装しなければならない。
 もっともダメージを負ったシンのインパルスは幸いにしてコアスプレンダーは無事だったから、チェストとレッグを交換すればすぐさま実戦に再度出撃できる状態にある。
 ただ、パイロットの方の消耗が激しすぎて、二日か三日は休養を取らせないと戦闘のコンディションを維持できないだろう。
 キャリフォルニアベースから出港した地球連合の増援艦隊が合流し、艦隊の再編成と指揮系統の再構築を考えると数日は余裕があると見えるが、こちらがそれまでの間に体勢を立て直せるかどうか。

 

「難しい所だな。ビアンとミナが増援を寄越すと言ってくれれば助かるがな」

 

 もっと言えば本土で改造中のネオ・ヴァルシオンⅡかミナシオーネRごと本人たちが来ればいい、とエペソは偽りでも何でもなく思った。
 ビアンの思考形態はエペソにはいまいち理解しかねる所がちょこちょこあるのだが、こと兵器開発に関しては――趣味に走り過ぎる悪癖があるが――絶大の信頼を置ける。
 開発と完成に至るまでの過程と動機に大きな問題を孕むビアン印の兵器であるが、結果に相当する性能に関して言えば、軍事関係者なら誰もが目玉をひんむくものを持っているのだ。
 思案に耽るエペソの耳にどおん、と大きな音が届いた。主推進機関である八基のロケットエンジンの内のいくつかが、爆発を起こしたらしい。
 徐々に高度を下げて行く外の光景を見ながら、エペソは淡々と呟いた。

 

「ままならぬものだな」

 
 

――つづく

 
 

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