SRW-SEED_660氏_ディバインSEED DESTINY_第39話

Last-modified: 2010-05-06 (木) 14:19:22
 

ディバインSEED DESTINY
第三十九話 Gを殺すもの

 
 

「きゃあああ!!」

 

 耳にした者がまだうら若く美しい乙女を脳裏に思い描くような悲鳴が、無色の尾と残響を発しながら、ぎゃりいぃいん、とどこまでも透き通る様に高い済んだ音とともに彼方へと勢いよく弾き飛ばされてゆく。
 栄光の星を意味するグローリースターの一角を担う、美貌にまだあどけなさを残した女性セツコ・オハラがパイロットを務めるバルゴラ三号機が、襲い来たヴァルシオン改の一撃を受けて、あえなく打ち据えられたのだ。
 長方形の箱型武装ガナリー・カーバーの片端から、近接戦用のジャック・カーバーを展開してディバイン・アームの一撃を受けるも馬力の違いが如実に出て、ヴァルシオン改の半分にも満たないバルゴラ三号機は、風に散らされた一片の花びらの如く虚空を飛ぶ。
 機体越しに全身を襲う衝撃に、セツコが思わず柳眉をよせて耐える間に、ヴァルシオン改は追撃の一手を選択している。
 背中に負った大型のユニットに内蔵されたテスラ・ドライヴが魔物の咆哮を思わせる駆動音を上げながら、巨体からは想像もできぬ速度でバルゴラ三号機の正面へと動いていた。
 死に体になった三号機のコックピットの中では、脳を揺さぶられたセツコが苦悶の表情を浮かべ、一瞬のミスで生死を分かつ戦場で目を瞑り意識をそらすという致命的な失態を犯していた。
 当然、一部の容赦も無いヴァルシオン改は必死をきして隙だらけの三号機へと再びディバイン・アームを振り上げる。陽光を受けた刀身は銀色に鈍く輝き、命を刈り取る喜びに震えているかのよう。
 冬の時期の花の蕾のように閉ざしていた瞼を開き、目の前に青い魔王の満月の如く輝く無機質な四つの目を認めた瞬間、セツコは全身を貫く死の電流に体を震わせた。
 指先が触れたならそのまま消えてしまいそうな儚さを纏うセツコの美貌に、恐怖が色濃く浮かび上がり、かすかに開かれた淡い色の唇が凍りつく。
 野に咲く花の可憐さを愛でるよりも、踏みにじる衝動に駆られるのと似たどす黒いものを呼び起こす嗜虐の艶がそこにあった。
 女としての幸福を幾らでも望めそうな美貌であるが、セツコには不幸をこそ招き寄せるような背徳的な危うさが常に不可視の霧となって纏わりついている。
 恐怖に震える様こそ最も美しいかもしれぬ星色の瞳に写る銀刃が、コンマ一秒とかからずに大きさと圧迫感を増しながら狙い過つ事無くバルゴラ三号機へ、ひいてはコックピットの中のセツコへと振り下ろされる。
 肉片も髪の毛一本も残さずにこの世から消える自分を、この時セツコは鮮明に思い描いた。
 標準的なMSとさして変らぬバルゴラの装甲では、量産型とはいえ特機であるヴァルシオン改の振るうディバイン・アームの一撃は耐えられない。十分にオーバーキル足りえる一撃だ。
 回避行動も防御も間に合わない。三号機の右腕はガナリー・カーバーを手離してはいなかったが、それを操ってディバインアームを捌く事を可能とする技量と身体能力はいまだセツコに備わってはいなかった。

 

「させるかぁ!」

 

 ゆえに、セツコの窮地を救ったのは彼女以外の人間であった。ディバイン・アームの立てる風切る音を吹き飛ばす怒号にわずかに遅れ、ヴァルシオン改目掛けて虚空を切り裂きながら光の刃が襲い掛かる。
 高エネルギーを圧縮成型したエネルギー刃の脅威を即座に選定したゲイム・システムは、危険度の低いバルゴラ三号機よりも優先して回避すべきと判断を下し、振り上げたディバイン・アームを引き止め、機体を後退させる。
 高性能のテスラ・ドライヴの特性により、従来の推進機関では考えられない挙動の速さで、ヴァルシオン改は余裕を持って死角から襲い来た光の大鎌を回避してみせた。
 後退したヴァルシオン改とセツコの三号機の間に、救い主であるトビー・ワトソンのバルゴラ二号機が割り込み、三号機をその背中に庇う。
 ガナリー・カーバーの片端からは、湾曲した光の鎌――バーレイ・サイズが大気を焦がしながら輝いて、青き魔王の首を刈り取る時をいまかいまかと待ち望み、低い唸り声を上げている。

 

「中尉!」
「しっかりしろ、セツコ。気を抜いたら直ぐに落とされると思っておけ!」
「あ、は、はい。すみません」
「ミスはデブリーフィングでいやってほど指摘してやるから、集中しなおせ」

 

 本来ならここでセツコにフォローの言葉の一つもいってやりたかったが、トビーにはその余裕が無かった。
 もともとトビーは生前の世界でドクター・ヘルの機械獣軍団やジオン残党を相手に戦果を挙げて、エースと称された腕利きである。搭乗しているバルゴラもパイロットの実力を十二分に引き出すポテンシャルを持つ高性能のMSだ。
 バルゴラは宇宙世紀87年の技術を持って製造され、性能に癖は無く突出した部分もないが、経験地を積んだベテランやエースの実力をダイレクトに反映させ、高いパフォーマンスを発揮する事が出来る。
 またこの混沌としたコズミック・イラ世界に来てからは、異世界の技術が導入されてさらに高性能化している。地球圏各国の主力となっているMSよりも頭一つ抜けた性能を持っているといってよい。
 しかし、そのバルゴラとトビーの戦闘能力をもってしても目の前の完全無人機動兵器はあらゆる余裕を剥ぎ取られ、焦燥と緊張を強いられる難敵にして強敵であった。
 トビーの二号機が運用を担当する近・中距離戦闘用の格闘武器バーレイ・サイズを展開したガナリー・カーバーを構えなおし、トビーは庇った三号機が体勢を整えなおす間、親の仇を見るような目でヴァルシオン改の一挙手一動を見つめる。
 下手な戦闘用の人工知能の数倍も強力に感じられる敵の戦闘技能に加え、外見の威圧感も去ることながら自軍のフラッグシップ機の性能を知り、いままた身をもって味合わされて、トビーの神経は恒常的に磨耗している。
 本来、クライ・ウルブズ所属のメンバーたちの中で技量において下位に位置するセツコに、ヴァルシオン改を相手に無茶な近接戦を行わせるつもりは、トビーにもグローリースターのチーフであるデンゼルにも無かった。
 以前、シンはジャン・キャリーとの会話で接近戦に持ち込んでがちゃがちゃやれば、あまり技術に関係なく戦えるような旨の言葉を発していたが、刀剣を振るえる距離での戦いとなれば、むしろ技術の差が明白に出ると言えるだろう。
 水準以上の腕前はすでにセツコには備わってはいたが、さすがに装甲もパワーも段違いな特機と接近戦を演じるのはいくらなんでも無理というものだ。
 トビーとていざ特機を前にすれば、近距離での斬り合い・肉弾戦など丁重にお断りしたいというのが正直な気持ちだ。
 戦闘開始当初、セツコにはストレイ・ターレットとレイ・ピストルで、後方でレイ・ストレイターレットを使っての大火力砲撃と指揮を取っているデンゼルのバルゴラ一号機とともに援護に徹させていた。
 しかし、他の機体にくらべて動きの鈍いセツコ機の挙動に気付いたゲイム・システムが狙いを定め、バーレイ・サイズを展開してヒット&アウェイを繰り返していたトビーの隙を突き、冒頭のセツコの悲鳴へと繋がったのである。
 再び射撃による援護を再開したセツコの放つストレイ・ターレットの弾丸とともに、トビーはバーレイ・サイズを振り上げて眼前のヴァルシオン改へと二号機のメインスラスターを噴かす。
 その直上から膨大な破壊エネルギーを孕んだ赤と青、そして白に彩られた破壊光線が二条、バルゴラ二号機へと降り注ぎ、反射の領域で半身を翻した二号機の左肩をかすめてアーマーを融解させた。
 グローリースターそしてバラック・ジニンが戦っていた二機目のヴァルシオン改の一撃だ。そちらはジニンの操るアヘッドがかろうじて押さえに回っていたはずだが、まさか落されたか?
 最悪の結末が一瞬トビーの脳裏を掠めたが、すぐさまアヘッドの存在を示す識別と、パイロットであるジニンからの通信が届いてきた。

 

「すまん、ワトソン中尉!」

 

 GNキャノンを連射して二機目の動きを牽制しながらジニンが怒鳴る様にしてトビーに詫びた。

 

「なんとか抑えてください。こっちはこっちでなんとかします!」

 

 ジニンと同じ様に怒鳴り返し、トビーは再び目の前のヴァルシオン改へと意識を向けなおした。すでにトビーが外した視線の先では、アヘッドが一撃でこちらを消滅させる威力を持ったクロスマッシャーを紙一重でかわしながら、果敢に反撃を試みている。
現在ジニンのアヘッドが使っているGNキャノンは一駅の破壊力に重きを置いた武装で、一撃一撃の破壊力は高いが連射性ではGNビームライフルやオクスタンライフルのBモードにも劣る。
 そのために効率的に活用する為には使用者には高い技量と正確な狙いが必要とされ、また速射性に優れない点をカバーする為に、キャノンの砲身の左右それぞれにGNバルカンを備え付けている。
 GNバルカンで牽制しつつ、見越し射撃をGNキャノンで行いヴァルシオン改との間に猛烈な射撃戦を演じていたジニンが、ヴァルシオン改を抑えきれずにトビー達に横槍を入れさせてしまったわけだが、あまりジニンを強く責めることはトビーには出来なかった。
 刃を一杯に敷き詰められた床の上で、いまにも千切れそうな綱渡りをさせられているような緊張感が目に濃霧となって漂うような戦場に、歴戦の経験を持つジニンも集中力が途切れ途切れになっていると、よく理解していたからだ。
 再び正確な狙いを取り戻したGNキャノンとGNバルカンの連射に、二機目のヴァルシオン改の注意は再びジニンのアヘッドへと戻ったようで、背部ユニットからクロスマッシャーを返礼として、断続的に放ち続けている。

 

「デカブツなみの火力にハネツキなみの機動力、ミツメなみの精密射撃ケンシなみの近接戦闘能力! GNフィールドがないだけましだが、とんだバケモノの相手をさせられたものだ!!」

 

 ソレスタルビーイングの四機のガンダムを一度に全て相手にしているような錯覚に陥りながら、ジニンはそれでもアヘッドを繊細且つ大胆な操縦で操り、ヴァルシオン改に必死の反撃を行っていた。
 クロスマッシャーの強光にカメラを焼かれながら、双眸は照準内にヴァルシオン改を捕捉し、トリガーに添えた指は油断して弛緩することなくトリガーを引くタイミングに敏感に反応して動く。
 アヘッドが構えたGNキャノンから野太い圧縮粒子が、左右のGNバルカンからは細かなGN粒子の弾丸がヴァルシオン改へと殺到し、わずかずつ、山を匙で崩すような徒労感と共に着弾の数を重ねる。
 ジニンが決死に近い心情でヴァルシオン改との戦闘を再開するのと同時に、セツコとトビーもまたヴァルシオン改との戦いを仕切りなおしていた。
 バルゴラの装甲を掠めるたびに寿命を削り取られる気持ちで、トビーはつかず離れず、近づかれれば等しく離れ、距離を取られれば同じだけ接近して距離を保ってバーレイ・サイズを振るい続ける。
 二太刀、三太刀と数を重ねるもディバイン・アームで受け止められ、あるいは躱され、バルゴラの二倍以上の巨躯を誇るヴァルシオン改に対して、確かな一撃があたる事が無い。

 

「セツコ、とにかく撃ちまくれ! おれに当たっても構わないくらいの気概でだ!」
「そ、そんな無茶な」

 

 もちろん、誤射を推奨しているわけではなくそれくらい大胆かつ意表を突く位の行動を取らなければ、目の前の強敵を倒す事はできないと理解した上でのトビーの言葉である。
 檄を飛ばしたとしても、臆病なまでに慎重且つ丁寧なセツコならトビーの二号機に紙一重のような至近弾を浴びせることは避けるだろう、と分かってはいたけれども。
 無茶な命令に悲鳴交じりのセツコの返事が鼓膜を揺らすのに僅かに遅れて、トビーは正面から横一文字に迫り来る白いエネルギー刃を視認し、咄嗟に操縦桿を傾け、同時にバーレイ・サイズのエネルギーをそっくりそのまま送り返す。
 ディバイン・アームから生じた飛翔するエネルギー刃の下をバーレイ・サイズの鎌の刃上のエネルギーが通過し、交差した一瞬、両刃のエネルギー間でスパークが生じたが、それ以上の干渉は無くそれぞれの射手の下へと迫る。

 

「きわどい狙いをつけてくれやがって!」

 

 戦闘が始まってから何度目になるかわからぬ冷や汗に背筋を濡らしながら、トビーはかろうじてディバイン・アームの一撃をかわし、またヴァルシオン改もまたバーレイ・サイズの一撃を回避したのを視認する。
 ヴァルシオン改が次のアクションを起こすよりも早く、トビーは二号機の腰裏にマウントさせたレイ・ピストルは二号機の左腕に握らせ、勢いよくトリガーを引き絞った。
 やや大振りの拳銃からは、たちまちの内に初代ガンダムのビームライフルよりやや劣る程度の出力で放たれた小さなビーム弾が、ヴァルシオン改へと光の軌跡を無数に描く。
 トビーの援護を再開したセツコも、三号機の右手にガナリー・カーバー、左手にレイ・ピストルを持たせ、正確な狙いよりも数を優先した援護射撃の弾幕を広げる。
 ヴァルシオン改は反撃よりも回避を優先したようで、大きく下方に弧を描く動きから航空ショーさながらのアクロバティックな動きへとつなげ、一発の被弾も許さない。
 有人機に存在する人体の限界点を一切考慮せずに済む無人機に、高度な戦闘用人工知能が搭載された場合の、理想的な回避機動と言っていいだろう。
 一般的にエースと呼ばれる力量の持ち主でも被弾無しは困難を極める連携射撃を浴びせかけても、錯覚ではあるだろうが余裕さえ感じられる機動で回避するヴァルシオン改に、セツコは知らず咽喉を鳴らして驚愕を飲み込んだ。
 心中の動揺や感情が如実に表情や行動に表れてしまうあたり、クライ・ウルブズに配備されて数々の激戦に放り込まれたとはいえ、少なくとも精神面においてセツコは新兵の域を出てはいなかった。
 連射に連射を重ねる二号機と三号機だが、当然そのような射撃を続けていればあっという間にマガジンやEパックは空となり、交換作業を強要される。
 二号機と三号機が同時に弾切れを起こし、火線が完全に途絶えるような事のないように、それぞれの交換のタイミングがずれるように注意を払ってはいるが、マガジン交換に要する数秒の間、確実にヴァルシオン改を拘束する火砲の鎖は弛む。
 トビーの援護のためにレイ・ピストル、ストレイ・ターレットともどもに撃ち続けてきたセツコの三号機の方が先にマガジンとEパックの残量注意の警告を発し、交換作業に入る。
 射撃中は勿論交換作業中も足を止めずに動き回っていた三号機だが、火線が単純に半減した好機を、ヴァルシオン改を制御するゲイム・システムが見逃すはずも無い。
 トビーの二号機に牽制のクロスマッシャーを見舞いつつ、青い魔王の四眼はセツコの乗る三号機を確かに瞳の中に捉えていた。
 二連射されたクロスマッシャーの回避に否応にも気を取られたトビーは、数瞬間トリガーを引く指の動きを絶やしたが、その中々端整な顔には悲観の色は浮かんではいなかった。

 

「くたばりやがれ、クソ野郎!!」

 

 時と場合によってはセツコが狼狽するような言葉と共に、三号機よりもさらに後方からクロスマッシャーに匹敵、あるいはそれ以上の莫大なエネルギーを持つ光の柱がヴァルシオン改へと襲い掛かった。
 三号機を目指してヴァルシオン改が動くその瞬間を狙い済ましたデンゼルのバルゴラ一号機が撃ったレイ・ストレイターレットの一撃だ。
 三機存在するバルゴラがそれぞれ担当するガナリー・カーバーの武装の中で、もっとも高い攻撃力を有する武装である。チャージに時間こそ掛かるが、威力は正しく折り紙つきだ。
 万物を飲み込む輝きを放つレイ・ストレイターレットのエネルギー反応に、ヴァルシオン改は即座に反応を見せた。訓練の見本にしたいほど素早い対応である。
 機体下部に推力を集中させて急上昇を行い、レイ・ストレイターレットの光が飲み込んだのはヴァルシオン改の左膝から下の部位のみ。
 重厚な上半身を支えるにはいささか心許無い脚部を失い、ヴァルシオン改はわずかに機体の重心バランスを崩して機動にかすかな乱れを生む。
 多量のエネルギーを消費してまで放った渾身の一撃の成果が満足ゆくものではなかったことに、デンゼルはヘルメットの奥の眉間に浅くはない皺を刻みこむ。
 レイ・ストレイターレットでヴァルシオン改を撃破し、ジニンが命がけで抑え込んでいる別のヴァルシオン改に動きたかったが、こちらの想像を上回ったゲイム・システムの回避能力によってご破算にされてしまった。

 

「アムロ・レイ大尉やシャア・アズナブルと戦った連中も似たような気分だったのかもしれんな。この場合はさしずめ青い巨星といったところか……と、これは別人の仇名だったな」

 

 レイ・ストレイターレットの砲身を収納して、ストレイ・ターレットの照準を再度定めなおしながら、デンゼルは余裕のない心中をごまかすように愚痴をこぼす。
 一年戦争のころからモビルスーツのパイロットとして最前線で戦い続けたデンゼルは、宇宙世紀の地球連邦軍軍人としては、最古参の部類に入るMSパイロットだ。
 熟練の技量と豊富な実戦経験を持つオールドタイプのパイロットは、下手なニュータイプのパイロットよりも脅威といえる。デンゼルの技量を考えればニュータイプクラスとも十分に戦える人物と判断できる。
 そのデンゼルにこうまで言わせるのだから、アードラー・コッホの完成させたゲイム・システムの脅威がいかほどのものか改めて理解できるというもの。
 自分たちはまだ三人がかりで戦っているからいいようなものの、一人で抑えに回っているジニンがいつまでもつのか。この状況で誰かが欠けようものなら、あっという間に戦線は崩壊し、敗北につながる階段を大きく登ることになるだろう。
 こちらの状況が好転する要素が何一つない現状を把握しつつ、デンゼルはセツコとトビーに檄を飛ばしながら、再びレイ・ストレイターレットのエネルギーチャージが終わるのを待つ。
 そしてそんなデンゼルの焦燥に呼応してか、ガナリー・カーバーの中央部に設置された緑色の水晶球の様なパーツが淡く鬼火のように明滅していた。
 全並行世界に十二種存在し、スフィアと呼ばれるそれが、自分が求めるものはコレではない、この感情ではないと訴えているのだと、このとき分かるものは誰もいなかった。

 

 * * *

 

 クライ・ウルブズが現在戦闘に投入している特機は、アクセル・アルマーのソウルゲインとステラ・ルーシェのグルンガスト弐式の二機のみ。
 本来ならタスク・シングウジのジガンスクードも名を連ねるところだが、目下大々的な修理のために後方へと下げられており、不在だ。
 タスクとジガンスクードは、別世界でゲイム・システムによって復讐心を過剰に煽り立てられたテンペスト・ホーカーの乗ったヴァルシオン改を撃破した実績がある。
 こちらの世界のタスクも別世界の自分と負けず劣らずの大激戦を戦い抜いた精鋭であることを考えれば、単独でも十分に勝利の可能性は高かっただろう。
 とはいえ、現在はタスクはヒュッケバインハーフMk-Ⅲを駆り、ギガンティック・アームド・ユニット装備のガーリオン・カスタムを操るレオナとペアを組んで戦っている。
 ジガンスクードではないとはいえ、レオナとタスクのペアの戦闘能力と息の合ったコンビネーションは有用で、彼らは三機のヴァルシオン改を相手取り互角の戦いを演じて見せている。
 そのほかのヴァルシオン改の中には、クライ・ウルブズの手が回りきらず各セプタ級やミネルバをはじめとした艦艇に襲いかかり、猛烈な対空砲火と撃ち合いを演じている機体も見られた。
 そんな戦況のただなかで、まだあどけなさをその愛らしさの中に残すステラ・ルーシェの駆るグルンガスト弐式は、十分にその力を発揮して同じ量産型特機のヴァルシオン改と激しさを増す戦いを繰り広げていた。

 

「ブーストナックル、うぇえーーーい!」

 

 音声入力による武装選択システムが、即座にグルンガスト弐式の右腕部をヴァルシオン改へと向けさせ、自動追尾システムが照準を固定する。
 右肘にあるアタッチメントの外れる音に遅れて、外れた個所から盛大な炎と白煙を噴き出して、五指を広げた弐式の右腕部が時速数百キロの高速で飛ぶ。
 見る見るうちに視界の中で大きくなって迫りくる大質量の物体と、常識では考えられないマニュピレーターを射出するという攻撃方法に、有人であったなら驚愕に反応が遅れることもあるだろう。
 しかし一切感情による揺らぎの存在しないゲイム・システムはただただ効率的な選択をちゅうちょなく、間違いなく行使するだけだ。
 がぎん、と思わず耳を塞ぐ硬質の音が轟き、ヴァルシオン改に叩き落とされた弐式の腕部があらぬ方向へと飛んでゆく。
 さしものディバイン・アームとはいえVG合金製の弐式の腕部を切り裂くことはできず、接触面に白銀の金属粉と火花が繚乱と散り、瞬く間もなく消えてゆく。
 振りぬいたディバイン・アームの切っ先が、まだブーストナックルを叩き落とした余韻に震えている間に、ステラは次のアクションを起こしていた。
 弐式の数少ない射撃武装のアイソリッド・レーザーを撃ちかけながら、弐式の左腕には計都瞬獄剣の柄が握られ、液状金属が零れだして単分子の厚みしか持たぬこの世で最も鋭利な刃を形作る。
 純粋な刀剣としての切れ味は確実にディバイン・アームさえ上回る剣は、凶星の名を与えられるに相応しい脅威となってヴァルシオン改へと襲いかかる。
 アイソリッド・レーザーに加え、脚部ミサイルからも牽制程度のつもりでミサイルをランダム軌道で発射し、ステラはスミレ色の瞳に燃える闘志の炎の中にヴァルシオン改を飲み込まんと迫る。
 シンとの長い接触とディス・ヴァルシオンに搭乗したことで萌芽したステラの微弱な念動力者としての才覚が、頭蓋骨と頭皮の間に弱い電流の様なものを感知させるや、ステラは操縦桿をわずかに傾かせ、弐式の体勢を崩す。
 計都瞬獄剣の切っ先を左後方に流した構えで突っ込んでいた弐式が、右方向に機体を傾かせた直後に、一瞬前までいた空間をクロスマッシャーが薙ぎ払い、弐式の険しい顔を煌々と照らしあげる。
 シンと違い苛烈な精神修養を行っていないステラは、念動力者としての力は弱いもので、せいぜい野生の勘に少しばかり色を付けた程度の危機察知能力を有するにとどまる。
 それでもステラの念動力の萌芽を身体検査で確認していたDC技術陣が、弐式に突貫工事でカルケリア・パルス・ティルゲムを組み込んだことで念動力が強化され、身体能力以上の戦闘能力を発することが可能となっていた。
 クロスマッシャーの第二射が放たれるよりも早く、ステラは弐式の体勢を立て直し、地を蹴って跳躍したような動きでヴァルシオン改の頭上へと躍り出て、片手一刀の計都瞬獄剣を振り下ろす。
 銀に輝く切っ先が天を指したと見えたのもつかぬ間のこと。
 シンとゼオルート・ザン・ゼノサキス、ゼンガー・ゾンボルトなどの剣戟モーションをベースにしたOSが弐式に振るわせた一太刀は、片手で放ったにもかかわらず切先の剣速が実に時速五〇〇kmの高速に達していた。
 居合の達人の太刀が時速二五〇kmに届くといわれることを考えれば、機動兵器でありながらその倍の速度を誇る弐式の剣は常識を逸した一撃といえよう。
 もっとも、音速を超えた剣戟を自在に繰り出すレベルに到達しているシンやゼオルートからすれば欠伸が出るほどに鈍い一撃にすぎないだろうが。
 さしものゲイム・システムも刀の届く至近距離で振るわれた超高速の刃への対処は、防御と回避が間に合う範疇を超えていたために、単分子の刃に右腕をその肩口の付け根から斬りおとされてしまう。
 ヴァルシオンタイプの胸部と肩は一つなぎの装甲形状をとっているが、その分、厚い作りになっているのだが、計都瞬獄剣はものとものしない切れ味を発揮し、断たれた右腕の断面には視認できないほど微細な凹凸があるきりだ。
 斬り飛ばされたヴァルシオン改の右腕がディバイン・アームごと海に落下するのを待たず、ステラは振り下ろした計都瞬獄剣の切っ先をくるりと返し、飛燕を思わせる動きを見せる。

 

「お前なんか!!」

 

 左手一刀で振るう刃は万全な一太刀とは言い難かったが、その刃の鋭さに変わりはない。機体ごと後方にスライドするような動きを見せたヴァルシオン改は、かろうじてその切っ先の毒牙から逃れた。
 切り返した計都瞬獄剣の刃はヴァルシオン改の胸部に小さな傷跡を一つ刻んだきりであった。後方へのけぞるようにして回避するのと同時にヴァルシオン改の背部ユニットには、凶悪な光が輝きを灯す。
 命中すれば弐式の頭くらいは軽く吹き飛ばすだろう一撃を前にして、ステラは体に入れられたメスと薬物処置もあるが、培った戦闘経験によって心中にわずかに擡げた恐怖を踏み潰す。
 左手を振り上げた体勢から、そのまま流れる動作で弐式の鉄肘がヴァルシオン改の額をしたたかに打つ。首が捥げるほどの勢いでヴァルシオン改の機体そのものが傾ぎ、クロスマッシャーの発射プロセスが中断される。
 肘打ちの反動によって計都瞬獄剣を握る弐式の腕は、ちょうど右肩を跨ぐ体勢にあった。振り下ろせばヴァルシオン改の左首から刃が潜り込み、右の腰あたりから抜ける太刀になる。
 肘打ちを行えるほどの至近距離では刀剣を振るうに適した距離とはいいかねるが(至近距離用の技を習得していればともかく)、その肘打ちでヴァルシオン改との距離が空き、振り下ろすだけの距離が稼げた。
 三の太刀で決める、怒涛の連続斬撃は余計な横槍さえなければヴァルシオン改を真っ二つにしてのけたことだろう。
 しかし、計都瞬獄剣を振り下ろすよりもわずかに早くヴァルシオン改の右足が振り上げられ、猛禽類の爪のように鋭い爪先が斬りかかる姿勢にあった弐式の左横腹を思い切り叩く。

 

「ぐっ、こいつ!!」

 

 ある程度慣性制御がなされ、パイロットスーツとシートの保護があるとはいえ、特機の渾身の前蹴りをくらっては、さすがに衝撃を殺しきれず、口を開いていたら舌を噛み切ってしまうような振動がステラを揺さぶった。
 思わず前のめりになりながらステラの瞳はヴァルシオン改を下から睨みつけ、烈々と燃える闘志の炎がわずかも衰えていないことを証明している。
 腰だめに構えなおした計都瞬獄剣でヴァルシオン改の腹部を刺し貫く――と考えた瞬間、ステラの下腹部を冷たい氷の針が貫いた。無論錯覚であるが、ステラの生存本能が察知した危険が、肉体に伝達された証拠だ。
 ヴァルシオン改へ突撃を仕掛ける寸前だった操作をキャンセルし、回避行動へと行動のベクトルを急速にむけなおして、ステラは弐式を直上方向へと急上昇させる。
 やや斜め下方から放たれたクロスマッシャーは、弐式の右足の爪先をわずかにかすめて、空の彼方へと消えていった。
 ステラにとっては二機目のヴァルシオン改だ。完全な不意打ちの回避に成功したのは、ステラの野生の直感と微弱な念動力の組み合わせによる危機察知能力が、その役目を確かに果たしたため、というほかない。
 クロスマッシャーを発射したヴァルシオン改は、すぐさま弐式同様に機体を上昇させ、中破相当のダメージを負った一機目と弐式を挟み込む位置に移動する。
 左右をヴァルシオン改に挟まれた弐式の右腕に、ようやくブーストナックルが帰還して再接続を果たす。油断なく構えていたステラは、再びアタッチメントと連結した右腕を一機目のヴァルシオン改へ、計都瞬獄剣の切っ先は二機目に突き付ける。
 カルケリア・パルス・ティルゲムの恩恵か、機体の隅から隅まで自分の意志が行き渡る感覚に身を浸らせながら、ステラはあくまで油断なく左右の敵に視線を向ける。あるいは向けざるを得なかったというべきか。
 野生の直感、生存の本能がすっかり牙を抜かれた生物となった人間にも残されているとしたならば、いま、ステラの脳の奥深くで警鐘を鳴らしているモノこそが、その直感と本能だろう。
 単独で二機のヴァルシオン改を抑える活躍はアクセルに並ぶものではあったが、いかんせんパイロットとしての技量と乗機の戦闘能力ではアクセルに一歩譲る。その譲った分だけステラの状況は厳しいものに他ならない。
 だがそれはこの場にいる誰にでも言えることだ。自分以外の誰かに助けを求められる状況ではない。状況は常に最悪なものと考え、楽観的な視野を入れないのは当たり前だ。
 ステラはあくまで独力での状況打破に向け、浅く呼吸を整えながら神経をぎりぎりまで研ぎ澄ましてゆく。鋭く研ぎ澄ました鉛筆の芯がほんの些細な力で折れてしまうのに似た作業であった。

 

 * * *

 

 ゲイム・システムによって制御されたヴァルシオン改部隊との激戦を繰り広げていたのは、むろんクライ・ウルブズの面々だけではない。四隻のセプタ級やストーク級、ミネルバとその搭載MS部隊も力の限りを尽くしているのは確かだ。
 敵味方に分かれているイノベイター達はともかくとして、ではあるが、またクライ・ウルブズ以外のDC部隊――三機のメカ・ゴジラタイプと後世さまざまな意味で歴史に名を残すケロンタイプ部隊も、その見た目にそぐわぬ高性能ぶりを披露していた。
 五機に及ぶ生物類似型の準特機であるケロンタイプらには、AI1をベースにした高度に発達した戦闘用人工知能が搭載され、起動からさほど時間がたっていないにもかかわらず各個体に人格のようなものが形成されつつあった。
 戦闘に対する姿勢というものも五機それぞれで違いはあるものの、目下は一致団結して初陣にしては不幸というほかない強敵を相手に見事な戦いぶりを見せていた。
 ニュートロン・ジャマー、GN粒子、ミノフスキー粒子という三種の高性能ジャマーの複合効果によって、ほとんど有視界距離と変わらないレンジでしかレーダー関係が動かず、電子探査、熱紋探査も瀕死状態にある。
 その中でケロンタイプの内、黄色い体躯に渦巻き模様の古めかしい意匠のメガネ(おそらくは情報解析型の補助ツールであろう)をかけたクルルと呼ばれる機体は、先ほどからセプタ級の甲板の上に立ったまま微動だにしていなかった。
 一見すると何もしていないように見えるが、頭部の両脇から延びるピンポン玉のようなパーツから、この電波の混沌状態でもなお有効な妨害電波と情報解析支援、さらに超音波による不可視攻撃と目立たぬが極めて重要な援護を行っていた。
 クルルの妨害によって他の機体群と戦闘をしている同型機よりも、幾分敵機の認識に遅れが生じたヴァルシオン改へと、緑色の体躯に赤い星のマークが入った耳垂帽子をかぶったケロロという機体が勇ましく襲いかかった。
 その手にはケロンタイプサイズに調整された大型のビームサーベルが握られており、ヴァルシオン改の背後から斬りかかるその姿は、陳腐な任侠映画に出てくるチンピラに見える。
 一応ケロンタイプの指揮官機として高度な判断能力を有しているはずなのだが、どうにもそうは見えない小物臭がグリーンの機体全体からぷんぷんと放たれている。
 完璧なタイミングに近いケロロの不意打ちであったが、振り返りもしないヴァルシオン改の左手による裏拳が深々とケロロの顔面にめり込み、30m級のケロロを軽々と吹き飛ばす。
 メシャ、と肉袋に鈍器がめり込むのに似た音とともに吹き飛んだケロロのことは歯牙にもかけず、ヴァルシオン改は右側面に躍り出た別のケロンタイプに危険優先度を設定していた。
 赤い機体色、釣り上った左目にはなぜか斜めに横断する縫い傷があり、耳垂れ帽子には髑髏のデフォルメマークが施されたギロロタイプだ。
 基本的に全距離で安定した戦闘能力を発揮するが特に重火器による射撃戦を好み、圧倒的な火力に殲滅を得意とする。五種のケロンタイプの中では機動歩兵のポジションに位置している。
 旧来の技術で製造された1100mm無反動バズーカと準特機用の大型ビームライフルを構えたギロロは、背のバックパックから薄い刃に似たエナジーウィング四枚を展開し、ケロロに裏拳を叩きこんだヴァルシオン改に引き金を引き絞る。
 バズーカの砲口からMSの使用するものの倍のサイズの砲弾が、ビームライフルからも倍近い直径のビームが限界の連射速度で放たれて、青い血に濡れた魔王めがけて餓えた狼の群れのごとく襲いかかる。
 躱す余裕のある空間があるとは思えないギロロの弾幕の中を、ヴァルシオン改は、正確にはそれを操るゲイム・システムは経験を積んだ所で、果たしてどれだけの人間が到達できるのかという見事な動きを見せる。
 ギロロをはじめとしたケロンタイプには、異世界製のものも含めてC.E.の技術水準を大きく超えるレベルの人工知能が搭載されている。経験の蓄積とアップデートを繰り返せばGGGの有する勇者ロボにも匹敵する存在になる可能性も秘めている。
 とはいえ直に戦闘を経験するのは今回が初めてとあって、こちらの攻撃がまるで効果をなさなかった現実に、ギロロはあからさまに驚きを見せてしまい、射撃の手を緩めてしまった。
 ちい、と舌打ちをする素振りを見せたギロロは弾を切らしたバズーカを放り捨てて、腰にマウントしていた速射性の高いビームマシンガンを構えなおし照準を、目の前のヴァルシオン改に定め直す。
 ヴァルシオン改がディバイン・アームを振るう動作と、クロスマッシャーを放つ事前動作を見せる。ビームライフルとビームマシンガンの光の弾幕がどこまでヴァルシオン改の足を止められるか。
 彼我の火力、装甲、機体の耐久力の差を比較してギロロはあくまで冷静に自分の不利を明確に認識していた。
 その両機の間に青い物体が割り込みディバイン・アームに比べればちっぽけにも見える短刀が、はるかに巨大なディバイン・アームの刀身を完全に抑え込み、ヴァルシオン改の動きを止めて見せる。
 さらにはヴァルシオン改の突撃の力のベクトルを受け流して機体の進行方向をあらぬ方へと変える。その隙を逃さずギロロはビームライフルとビームマシンガンの狙いを再度直してビームの雨を降らす。
 青いカラーリングと灰色のマスクをしたドロロと呼ばれる近接戦・隠密戦闘用の機体の動きにすぐさま呼吸を合わせたギロロの射撃は、次々とヴァルシオン改の装甲に吸い込まれるようにして命中弾を重ねてゆく。
 ヴァルシオン改の巨体を揺らす連続の命中の効果は如実に表れて、表面装甲に罅が刻まれてゆく。
 命中弾に機体を揺らされながらも、ヴァルシオン改は反撃の機会を窺うことを忘れてはおらず、有効弾に心中で喝采を挙げたギロロめがけてクロスマッシャーが放たれる。
 戦闘に関してはもっとも厳格に設定されたギロロは、油断した己に一発ぶち込みたい衝動に駆られながらもかろうじて回避に成功し、かすめたクロスマッシャーの余波による負荷で左手のビームライフルが爆発する。
 爆発の直前で放り投げたビームライフルの爆風に煽られながらも、ギロロはビームサブマシンガンによる応射は怠らず、ヴァルシオン改にダメージを積み重ねることを忘れない。
 バックパックから延びるエナジーウィングを羽ばたかせ、ギロロは二頭身という特徴的極まりない機体で高速の空戦機動を披露し、絶え間なく射線を送り続ける。
 正確な狙いながら続く命中弾はなくヴァルシオン改はギロロ顔負けの動きの折々に、ディバイン・アームとクロスマッシャーの反撃を織り交ぜてくる。
 ヴァルシオン改の注意が完全にギロロに向いていると判断したある機体は、これを好機と見てとったようだ。
 ギロロが新たにとりだしたビームスナイパーライフルの長い銃身を片手で支え、ビームサブマシンガンの弾幕で牽制しながら必中を狙う中、ヴァルシオン改が海面すれすれにまで降下し、その真下から緑色の物体が飛び出した。
 青い海面を割り、勢いよくヴァルシオン改へと再び大型ビームサーベルで斬りかかったケロロである。先ほどの裏拳が決まった影響か、顔面の中央辺りがややくぼんでいた。
 蛙を模したとはいえその蛙でさえ挙げるとは思えぬ奇妙奇天烈きわまる奇声を喉の奥から絞り出し、今度はヴァルシオン改の股間めがけてビームサーベルの光刃をケロロは突き込む。
 傍目にも明らかに殺意と怒りがたっぷりと乗った一刺しだ。人工知能でありながらこれだけの殺意を放つの大したものといえた。感情を持ったと見えるケロロの動きは、ある種驚嘆に値した。
 ただしその顔面に今度はヴァルシオン改の爪先が突き刺さる。先ほどの裏拳よりもさらに深く鋭い一撃である。爪先がよくぞケロロの後頭部に抜けなかったものだ。
 飛び出してきた時の倍近い速度で再び海面に叩きつけられるケロロに、おい! とギロロは怒鳴ったが、ケロロを拾う余裕は無論ヴァルシオン改が与えない。
 ギロロの連続射撃で相当にダメージを積み重ねたと見えたが、まるでそのようなそぶりを見せないヴァルシオン改のタフネスはそのまま脅威につながり、敵対する側に心理的な重圧をかけてくる。
 ギロロとともにヴァルシオン改を攻め立てていたドロロであるが、彼もまた一機のヴァルシオン改にこだわっていられる状況ではなかった。
 ケロンタイプが相手取っているのは一機のヴァルシオン改だけではない。彼らは都合三機のヴァルシオン改を相手に戦っていたのである。
 ギロロのほかに藍色の体躯としっぽ、それに若葉マーク付きのタママという機体が三機のヴァルシオン改を相手にし、ドロロが状況に応じて両者のサポートに入り戦況を維持している。
 タママはヴァルシオーネタイプに使われている人工筋肉の発展型をふんだんに使用し、特定の電気信号を流すことで膨張・硬化させた機体――もはや肉体と呼ぶにふさわしい――を用いて肉弾戦を挑んでいた。
 トビーやデンゼルらでも忌避する特機相手の格闘戦を、タママはまるで恐怖する様子もなく、うったるぞぬしゃあああ!! とどこかの国の方言らしい叫び声をあげてタママは拳を振り上げる。
 筋骨隆々としたその肉体は圧倒的な肉の質感を備え、ディバイン・アームの刃圏をくぐりぬけて超接近戦を挑んでいる。さすがにヴァルシオン改の重装甲は拳の一つ二つあてたところで窪むこともないが、タママが優勢と見える。
 ギロロ、タママが一機ずつヴァルシオン改を抑える間、ドロロもまたステルスシェード、ミラージュコロイドをはじめとした各種ステルス機能と光学迷彩を用いて三機目のヴァルシオン改を翻弄していた。
 クルルは電子戦をはじめとした各種サポートを行い、ギロロ、タママ、ドロロといった高い戦闘能力を有する機体がヴァルシオン改を相手にし、ケロンタイプの五機は、エペソやアルベロたちが渋々認めた戦闘能力を発揮していた。
 隊長機である緑色のは別として。

 

 * * *

 

 クライ・ウルブズ各隊員の奮闘は状況をかろうじて膠着状態に持ち込ませて、数機のヴァルシオン改を撃墜することにも成功していた。
 しかし抑えきれぬヴァルシオン改とクライ・ウルブズという最大の枷がない状況で戦える三輪艦隊の機動部隊がDC・ザフトの母艦群へと猛攻を仕掛け、水際での戦いだったはずのものが、いまや膝にまで水が浸かった戦いへと変わりつつあった。
 そしてその戦場へとようやく宇宙から舞い降りようとする者たちの影が届かんとしていた。マッハの壁に迫る速度で戦闘空域へと向かう400mクラスの大型艦艇から20m前後のMSらしい影が飛び出す。
 シンプルといえばシンプルな、しかしどこか奇妙なデザインの機体である。額や両側頭部からは湾曲した牛の角のようなパーツが伸び、両肩の先には菱形を長く伸ばした刃が装着されている。
 G――ガンダムタイプに似た顔面の造形ではあったが微妙に、そう、まるで漫画かアニメに出てくる主人公ロボットの偽物みたいに歪められた顔をしている。
 その機体のコックピットでは、肥満体形の根性がひん曲がっているのが顔にもろに表れている男、テンザン・ナカジマが鼻歌交じりに機体を加速させていた。

 

「待ってろや、シン、ステラ、スティング、アウルゥ~。おれが助けてやっから恩に着ろってのよ、このガンキラーでな。がはははははは!!」

 

 助けられる側が見てもどうにも味方とは思えない形相とセリフを吐きながら、テンザンはSDスピリット指数1000の怪物とともにようやく戦場へ到着しようとしていた。

 
 

――つづく

 
 

  戻る