SRW-SEED_660氏_ディバインSEED DESTINY_第38話

Last-modified: 2010-05-06 (木) 14:00:46
 

ディバインSEED DESTINY
第三十八話 蒼穹の決戦

 
 

 熱核バーストタービンエンジンにより大気圏内ならば無限の航行距離を有し、三段階の変形機構の組み合わせによって、パイロットの技量次第ではテスラ・ドライヴ搭載機を上回る三次元機動を可能とするVFシリーズ。
 DCの手によってコズミック・イラの世界で本格的に量産が成ったVF-19エクスカリバーは、三輪艦隊との戦闘に置いてその性能を遺憾なく発揮し、ジェットウィンダムやフラッグと言った大西洋連邦の機体を翻弄していた。
 ブルーを機体の主色とするVF-19F型は、ビームと実弾を撃ち分けるオクスタンタイプのガンポッドを片手に、脚部をはじめ機体各所に搭載した小型のミサイル群と頭部レーザー機銃を持って、単機でも驚くべき弾幕を展開している。
 一機一機の火力、運動性、そしてパイロットの技量が高い次元でまとめられたエクスカリバーは、以降の戦いに置いて地球連合軍の前線の兵士、後方の将官たちを大いに悩ます事となる。
 後年傑作機として知られる事になるエクスカリバーだが、いまは遠方から放たれる正確無比な攻撃によって、一機、また一機と数を減らしていた。
 エネルギー転換装甲に加えて、Eフィールドを組み込んだ事で格段に耐久性を向上させたはずの天空を制する聖剣が、遥か彼方から放たれた目も眩む光の濁流にのまれて、見る間に四肢の輪郭を崩し、塵芥へと崩壊してゆくのだ。
 視界にかろうじて収まるかどうかという遠方から、強烈な発光が確認されるや、青と赤に彩られた暴虐と言える破壊力を備えた光が、二十を超す数で降り注いでDCの機体を瞬く間に食らい尽くして行く。
 エクスカリバーばかりではない。リオン、ガーリオンのみならずザクウォーリアやバビと言ったザフトの機体もまた、まるで自分から当たりに行っているかの様にして、光に飲まれてシグナルを消失させる。
 たなびく白雲を切り裂いて、それらは姿を見せた。深い海の底に封じられるうちに海の色を吸い込んだかのように鮮やかな青の巨躯。鋭利な角度の曲線で構成されるその巨躯は、まさしく異形の二文字が相応しい。
 背から延びる巨大な一本角の様なパーツと直接つながっているらしき頭部は、左右に大きく湾曲して伸び、宗教画に描かれるこの世で最も恐ろしい存在を思わせる造形で、暗い深淵の奥に輝く満月の様な金色の輝きは四つあった。
 星明かりの無い夜に輝けば、月が四つ増えたのかと見間違えてしまいそうなほどに冷たいその光こそが、それらの瞳であり、血の通わぬそれらの瞳には決して感情の光など浮かび上がる事は無い。
 仮に、なにがしかの感情が浮かぶとするのならば、それはきっと造物主から伝染した狂気と圧倒的な力によって弱者を蹂躙する嗜虐だけであったろう。
 造り出される時に定められた通りに行動し、制圧し、破壊し、粉砕する――純粋にその為だけに造り出されたそれらは、正しく機能し、敵と認識した存在へとその巨躯に秘められた力を振るい始める。
 かつてオーブへと侵攻した地球連合軍の前にその威容を露わにし、超絶の戦闘能力で持ってなみいる軍勢を屠り、恐怖のどん底へと叩きこんだ究極ロボ“ヴァルシオン”。その量産型にあたるヴァルシオン改、総数二十機の参戦であった。
 バンシー級空中空母から出撃したそれらは、右手に携えたディバインアームをだらりとさげたまま、後背部の大型テスラ・ドライヴによって巨体に似合わぬ高速で戦闘空域に突入する。
 大型熱源の接近と接近する敵機の機種の判明、さらにはこちらの反撃の手が届かぬ遠方からの、あり得ぬ精度の遠距離射撃に、DC・ザフトの両部隊は傍目に明らかに浮き足立ってしまう。
 精神を立て直して恐るべき敵に立ち向かう心構えを整える猶予が与えられる筈もなく、ゲイム・システムを搭載した無人ヴァルシオン改の軍団は、左手甲部ではなく背の猛禽類の爪の様な形状のパーツから、爆発的な光の螺旋を撃ちだした。
 レオナのギガンティック・アームド・ユニットを除けば、DCで運用されているヴァルシオンタイプが一門しか備えないクロスマッシャーを、アードラーの手からなるヴァルシオン改部隊は二門装備しているのだ。
 単純な話、二倍の火力というわけだが、それだけエネルギー消費量も増加し、一撃の威力に重きを置いたクロスマッシャーの連射は、機体にかかる負荷と発射直後に発生する硬直時間も大きくなる。
 それらのデメリットを考慮しても、まるで問題ではないというアードラーの自信の表れであったろうか。
 十機を越すエクスカリバーが撃墜され、リオン、ガーリオンら合わせて二十機が成すすべなく蒼穹を彩る爆炎花と変わってからようやく、ガヴォーク形態のエクスカリバーや、ガーリオンから反撃の火線が放たれる。
 ガンポッドの数百発を越す弾丸や、ブーステッドライフルの大口径弾丸、ザクウォーリアのビーム突撃銃、オルトロスらといった多種多様な反撃に対し、ヴァルシオン改は認識していないかの様に進行方向を変える事は無かった。
 ヴァルシオンクラスの重装甲といえども直撃を浴び続ければ、容易く許容範囲を超える損害を負う事が明白な砲火の雨の中を、深き青の魔王達は蝶の様に優雅に、鷹の様に雄々しく飛び交って回避してゆく。
 特機どころかMSやAMでもそうは行えない縦横無尽の――人体の限界点を無視した圧倒的な――機動を前に、DC・ザフト両軍のパイロット達は、喉の奥でばかな、という悲鳴を飲み込んだ。
 ヴァルシオン改に搭乗者がいたなら、どれだけ優れた慣性制御が成されていても、負傷は間違いないその動き。従来のMSであったなら確実に中のパイロットがミンチになっているだろう。
 そう考えれば行き付く結論は、目の前で驚異を通り越して脅威そのものであるマニューバーを見せるヴァルシオン改は、そのすべてが恐ろしく完成度の高い無人機であるという事だ。
 ベテランパイロットやエースクラスに匹敵するか、あるいは凌駕する戦闘用人工知能が完成し、配備されてゆくとするのならば、これは途方もない脅威だ。
 ただでさえ人的資源の母数では、地球連合とDC・ザフト間で事実桁が違うほどに開きがあるというのに、そこにさらにこれほど高性能な無人機が投入されれば、こちら側の人的資源を一方的に削られるだけだろう。
 こちらの攻撃が悉くすり抜けるかの様にしてヴァルシオン改に回避される光景を前に驚愕が指先までを満たし、目の前に陽光を跳ね返して燦然と輝く銀刃を見つめながら、あるパイロットは最後の言葉を呟いた。

 

「ば、化け物っ!?」

 

 ディバインアームの刃は、そのパイロットの体を容易く押しつぶして骨と血と肉の混ざり合ったジュースに変えた。

 

 * * *

 

 真っ二つになったガーリオンが新たに一つ増えた光景を前に、DC・ザフト諸兵に恐怖と動揺が広がり、反対に三輪艦隊の兵士達に歓喜と高揚が伝染する中、戦場を一陣の風が駆け抜けた。
 ヴァルシオン改に内蔵されたゲイム・システムは、直に接近するソレを優先レベルの高い脅威と認識し、それまで狩り立てていたリオンを放置し、ディバインアームを振り上げて脅威の回避に移行する。
 刃と刃の交差する高く澄んだ音は、どこまでも高く透き通った音を奏でた。ヴァルシオン改に比べれば、約十五メートル小さな特機の肘から延びた鈍い銀に輝く刃が、ディバインアームの刀身へぎりりと食い込んでいた。
 赤い髪に垂れた眼尻と目元の泣き黒子が特徴のアクセル・アルマーの駆るソウルゲインであった。ヴァルシオン改の青に比べ、晴れ渡った空の色に近い装甲のソウルゲインは、搭乗者の気迫を乗せ、その瞳を鈍く輝かせている。

 

「ち、いい反応してやがるぜ。こいつがな」

 

 十度行えば十度相手の首を落とす。そうアクセルが確信したタイミングでの一撃に、完全に対応したヴァルシオン改とそれを操るゲイム・システムに、アクセルは苦みを含む言葉を吐いた。
 厄介な事に、そう容易く落とせる敵ではない。いや、これは相当に手古摺らされるだろう。クライ・ウルブズクラスの戦闘能力でようやくまともに戦えるといったところか。

 

「これだけの数が相手となると、ちと、まずい……な!」

 

 最後の一語に力をこめながら、交差していた刃を引き、ソウルゲインは右肘を引いた姿勢で後方へ跳んだ。間合いを取らんとしたアクセルの意図は、しかしすぐに無駄とアクセル自身が悟った。
 ソウルゲインの影になったようにしてピタリと寄り添い迫るヴァルシオン改の姿が、アクセルの鋭く細められた瞳に映っている。

 

「仕切り直しすらさせてくれんかっ」

 

 アクセルの目を持ってしても残像としか映らぬほどの速さで、ディバインアームの切っ先がソウルゲイン腹部の緑色の球体へと突き込まれていた。
 一切の殺意を伴わぬ機械の攻撃は、人間の放つ殺気をはじめ意識を感知するアクセルの感知能力を活かして回避する事が出来ない。
 それを肉体に刻まれた数多の戦闘経験と、その経験によって構築した後天的第六感によって、アクセルは銀の尾を引く流星となったディバインアームの切っ先をソウルゲインの両掌で挟み止める。
 仏教で言う合掌の所作は、かろうじてソウルゲインの腹部にディバインアームの切っ先を数ミリ喰い込ませるに留めた。

 

「ぬうんっ!!」

 

 喉の奥から絞り出した気合いと共に、アクセルは合掌した手を捻りディバインアームを絡め取る。ヴァルシオン改は既にディバインアームを手放し、背のパーツに膨大なエネルギーを輝かせていた。
 一瞬、目も眩むような強い輝きを放った直後、二条のクロスマッシャーが破壊の意思を満々とたたえてソウルゲインへと放たれる・
 ディバインアームを手放し、なおかつ反撃の一手を講じるまでの一連の動作の速さ、機を逸脱しない判断力を前に、アクセルの顔からは完全に余裕が消えて、全力を持って打倒するという烈々たる闘志があるのみ。
 アクセルはソウルゲインの上半身を大きく屈め、前方に飛びこむようにして跳躍し、テスラ・ドライヴを一気に加速させる。
 全身に襲い掛かる急加速のGに対して、眉一つ動かすこともなくアクセルは上空を過ぎゆくクロスマッシャーの輝きにわずかに目を細めて、ヴァルシオン改の懐深くへと飛び込んだ。
 まさしくソウルゲインとアクセル・アルマーの距離。
 ボッ、と大気を抉る轟音と共にソウルゲインの両腕が霞にかき消える様にして消失する。人間の視神経では映す事さえ難しい超高速の打撃は、ソウルゲインの柔軟な人工筋肉によって寸分の狂いなく放たれる。
 初手に放たれたのは屈んだ姿勢からバネの様に跳ねあがりざまに、ヴァルシオン改の腹部を下方から細長い弧を描いてソウルゲインの右拳であった。
 最小限のモーションによって最大の威力を発揮するよう、幾度も調節と反復を重ねた果てに到達した完熟の一打。
 EG装甲が形作った握り拳は実に亜音速に達していたが、その一撃を重々しい衝撃と共にヴァルシオン改の左手が握りとめて見せる。
 アクセルが位置する技量の領域に、完成されたゲイム・システムもまた到達しているという事であったか。
 ソウルゲインに伝わる衝撃と圧力がアクセルにもフィードバックされ、かすかにアクセルは形の良い唇を歪ませた。機体の基幹フレームはもつだろうが、外装は確実に握り潰される。
 咄嗟の判断でアクセルは即座に右拳をひき、左拳に腰の旋回によって生み出されたパワーを余さずに乗せて、ヴァルシオン改の左側頭部へと風を引き千切りながら唸らせる。
 当たればグルンガストタイプのVG合金だろうと容赦なく拳の形に陥没させ、内部機器を粉砕する轟拳。気力充溢したアクセルの肉体は、生体電流をより活発なものとし、ひいてはソウルゲインも強化する。
 パイロットの生体エネルギーを動力の一つとするソウルゲインならではの、パイロットの状態がダイレクトに性能そのものを左右する特性の、好ましき発露といえよう。

 

「でぃいいやああ!!」

 

 コックピットの中のディスプレイが振動するほど力強い怒号と共に、ソウルゲインの左拳はヴァルシオン改の右肩のアーマーを青い狭霧へと変えて粉砕した。
 コンマゼロゼロ秒以下の差で、ヴァルシオン改が右半身を引き、頭部を刈り取る筈だったソウルゲインの一撃を躱したのだが、完全に回避できたわけではなく、右肩の装甲と装甲に保護されていた右肩そのものにも損傷を負った。
 W17並の反応速度か、コイツ――心中でそう考える間もアクセルの動きは、風のように淀みなく止む事は無い。振り抜いた左拳に引っ張られる様にしてソウルゲインに数歩を刻ませ、右半身を引いたヴァルシオン改と相対する。
 両者の動きは一秒を百に分かつ速さの中で行われた。ソウルゲインの右脇腹に引きつけていた右拳を、機体を捻る動きと共にヴァルシオン改の、巨体を支えるにはいささか華奢と見える腹部へと宛がう。
 拳撃というには優しく穏やかな動きに、ヴァルシオン改を制御するゲイム・システムは警戒レベルを低いものと判断した。ゴッ、と鈍い音を立ててソウルゲインの右拳がヴァルシオン改の腹部と触れる。
 すでにヴァルシオン改はクロスマッシャーのチャージを終えて、ソウルゲインの上半身を吹き飛ばすのに必要なだけのエネルギーを解放するだけでよかった。
 その解放が破滅と共にソウルゲインに訪れる一瞬前、アクセルは肺に溜め込んだ空気と気合を、すべて吐き出すように短くも鋭い呼気を裂帛の気合いに変えて放っていた。

 

「憤ッ!!」

 

 直にヴァルシオン改の装甲に触れていたソウルゲインの右拳にどのような動きが加えられ、そして破壊の為の力が伝達されたのか、ソウルゲインの右拳はその手首までをヴァルシオン改の腹部へと沈める。
 装甲を穿ち、粉砕する破砕音が響き渡り始めると同時に、ソウルゲインの右拳はそのままヴァルシオン改の背へと抜けて、思い切りよく右手側へと振り抜かれる。
 腹の三分の二近くを破壊されたヴァルシオン改は、自重を支える事が出来ずに轟音と共に上半身と下半身が別れを告げ、その機能を停止させながらいくつもの金属片が浮かぶ海へと落下を始める。

 

「ワン・インチ・パンチならぬゼロ・インチ・パンチってな。上手く行ってよかったぜ、こいつがな」

 

 寸打とも呼ばれる超至近距離での打撃のことだ。超をつけるに値する高等技術であるが、アクセルはそれを可能とし、さらには機動兵器で実行に移してみせた。
 二十代前半としか見えぬこの若者は、はたしでどれほどの密度でどれだけの時間を鍛錬に費やしたというのか。
 集中力の限りを費やしてはなった渾身の一撃が、見事敵の撃砕に繋がった事に、かすかにアクセルの張り詰められた緊張の糸がわずかに弛み、その弛みが死に繋がる事を知るアクセルは直ちに是正しようとし、そして失敗した。
 肺に新たな酸素を供給しようとした矢先、動物ではあり得ぬ戦争を経験した兵士だからこそ身に着いた第六感が、乱雑に危険を告げる警鐘を鳴らしだす。
 ソウルゲインのその後ろには、また別のヴァルシオン改の姿があり、すでにクロスマッシャーの発射体勢にあった。いかにアクセル・アルマーとソウルゲインであっても、回避は不可能なタイミングであった。
 それでもダメージを最小限にとどめるべくアクセルの体は動いていた。電光の速さでソウルゲインは動き、背中に直撃するはずだった一撃を、左肩への命中にとどめた。

 

「ぐうう、ちい、おれとした事がっ!」

 

 根元から砕かれる様な事は無かったが、クロスマッシャーの一撃を受けたソウルゲインの左肩はフレームを覗かせ、青白い雷火をいくつも噴き出しだらりと垂れさがっている。人間なら肩の肉がごっそりと吹き飛んで、白い骨が見えている様なものだ。
 二十分の一をようやく撃墜したと思った矢先にソウルゲインの武器の片方を奪われてしまうとは。

 

「油断大敵クロスマッシャー、てか。笑えんが、やるしかないか」

 

 ソウルゲインコックピット内に表示される周囲の戦況に目を走らせれば、ソウルゲインを目標と定めて行動しているのは、眼前のヴァルシオン改だけだ。少なくとも二対一以上の悪条件にはならずに済みそうだ。
 とはいえ全方位への警戒を再構築して、二機目のヴァルシオン改と拳を交えんと意識を切り替えるアクセルの瞳に、ソウルゲインめがけて右手のディバインアームを大上段に構え、突撃してくるヴァルシオン改の威容が飛び込む。

 

「ちい、呼吸が読みづらいぜ、コイツはな!」

 

 * * *

 

 エペソの指示が飛んで空戦部隊と発艦した部隊が艦周辺に後退して守りに入る中、ヴァルシオン改に向けてクライ・ウルブズの精鋭達が挑みかかる。
 アクセルが一機撃墜し、十九機となったヴァルシオン改に対してクライ・ウルブズ各員は各個ないしは少数のチームを組んで戦いを挑むが、全員が群れなす魔王との戦いに戦意を傾注できたわけではなかった。
 三輪艦隊に同道していた二人のイノベイター、ヒリング・ケアとリヴァイヴ・リバイバルに目を付けられたロックオン・ストラトスと刹那・F・セイエイの二人が、ヴァルシオン改との戦いに赴く事が出来ずにいたのである。
 額部分にある精密射撃用のセンサーを露出した状態で狙撃に専念していたロックオンは、あきらかにデュナメスを狙い襲い来る一機のカスタムタイプのフラッグに気づき、即座に照準を動かす。
 敵機の接近を認識した瞬間には狙いをつけている。GNスナイパーライフルをリヴァイヴのフラッグカスタムへ向けて構えると同時に狙いは付き1アクション、呼吸と意識を整えて1アクション、引き金に添えた指を引き絞るのに1アクション。
 ロックオン・ストラトスが狙撃を敢行するにあたり必要とする動作は、最短でこの三動作になる。
 経験豊富な狙撃手であっても、構えるのに1アクション、狙いを定めるのに1アクション、呼吸を整えてさらに1アクション、そして引き金を引くのに1アクションで合計4アクションと言った所か。
 それにたいしハロに回避運動を任せてあるとはいえ、常に動き回っているMSのコックピットの中で、敵機に狙いを定め、呼吸を整え、引き金を引く、の3アクションで実行に映るロックオンの技量は並はずれている。
 しかし、動作を一つ省略したロックオンの驚異的な狙撃をもってしても、リヴァイヴのフラッグカスタムが狙い撃たれる事は無かった。
 GN粒子の発光の変化か、あるいはデュナメスの指の動きに反応したのか、リヴァイヴの駆るフラッグカスタムは、胸部を貫く筈だった圧縮GN粒子をひらりと左に動いて躱した。
 フラッグ特有の大推力によって、天井から糸で吊り下げられている人形の様なふわりとした動きを前に、ロックオンは動揺する事無く新たな狙いをつけ直し、再び狙撃を行う。
 GNスナイパーライフルの長銃身を通って放出された高圧縮高威力のGN粒子は、亜光速で虚空を貫きながら、いまいちど漆黒のフラッグカスタムの装甲めがけて放たれる。
 闇の穴に吸い込まれるようにGN粒子の槍は、一直線に光の軌跡を描くが最小限の動作でフラッグカスタムは、光の槍の穂先から逃れて右腕に抱えた大型ビームキャノンで反撃の一射を加える。
 直径が四メートルを超す巨大な光は、傍目にも過剰な破壊力でデュナメスへと襲いかかる。
 デュナメスのモスグリーンの装甲が一瞬白々と照らし出されるが、ハロの制御による回避が間に合い、上方に浮かび上がったデュナメスの足元を高エネルギーが通過してゆく。

 

「おれが外した? アザディスタンの時のフラッグじゃあるまいに!」

 

 生前の西暦二十四世紀世界のアザディスタン王国でさる宗教指導者が拉致され、クーデターに至りそうになった緊急事態に武力介入した時、ユニオンから派遣された一機のオーバーフラッグとロックオンは戦闘した事がある。
 それまでの武力介入で百発百中の精度を誇っていたロックオンの狙撃を華麗にかわし、ついにはデュナメスの懐に飛び込んで、ビームサーベルを抜かせたあのオーバーフラッグ。
 その機体にこちらの世界にも居るグラハム・エーカーが搭乗していた事までは知らぬが、ロックオンは過去の記憶を一瞬脳裏によみがえらせて舌打ちを一つ打つ。
 明らかに他の機体とは動きの異なるフラッグカスタムに、否応にもロックオンは集中を強要される。新たに姿を見せたヴァルシオン改と言う悪夢的な怪物どもと戦わねばならぬというのに!

 

「速攻でケリを着けたい所だが、そうも行かない相手かよ」

 

 電子義眼が認識した映像に対し素早く脳内で最も的確な狙撃位置とタイミングの算出を行い、ハロ及び狙撃プログラムによる補正を受けながらロックオンは新たに引き金を引くが、GN粒子の光が虚しく天空に吸い込まれてゆくだけだった。
 ロックオンがじりじりと焦燥を胸の中で焦がしつつある一方で、フラッグカスタムを操るリヴァイヴもまた、ガンダムの性能もあるとはいえ、自分を手古摺らせる敵パイロットに対し不快感を抱いていた。
 ティエリアの情報では、たしかロックオン・ストラトスとかいう男がパイロットだというが、ふざけた名前だ。成層圏まで狙い撃つ男とでもいうつもりなのだろうか。
 自身を含めイノベイターそれぞれの名前もたいして変わらないが、とリヴァイヴが自嘲する事は無く、大型ビームキャノンを連射しつつ、フラッグカスタムにビームサーベルの柄を握らせる。
 近づかせまいとするデュナメスと斬り込まんとするフラッグカスタム両機の距離は、いまや至近距離と呼べるまでに詰められていた。
 鼓膜を低く揺らす音と共にフラッグカスタムの握る刃の無い柄に、ミラージュコロイドによって桜色の光が収束されて七メートルほどの光刃が形作られる。まったく同時にデュミナスも腰裏からGNビームサーベルを抜き放つ。
 デュミナスの右頸部から左脇腹までを切り裂かんとしたフラッグカスタムの一太刀をデュミナスのGNビームサーベルが受け止め、異なるエネルギーによって刃を成す両刃の間でけたたましくスパークが迸る。

 

「おれに剣を抜かせるとは!」
「良い反応だが、デュナメスに君は相応しくないな」

 

 余裕の笑みを浮かべるリヴァイヴは、デュナメスの援護に入ろうとするヒュッケバイン・ハーフMk-Ⅲとガーリオン・カスタムGAUの動きに気づき、右手の大口径ビームキャノンを動かす。
 しかし、俊敏に反応したレオナとタスクをほかならぬロックオンが制止する。

 

「ロックオン!」
「手を出すな、お前達は早く行け!! こいつはおれがお目当てらしいからな」
「……」
「悩んでいる暇はねえ。あのヴァルシオン相手に戦えるのはお前らだけだ。こうしている間にも味方がやられてんだ。迷うな」

 

 レオナ達に厳しい声で伝えると同時に、ロックオンは素早く操縦桿を動かし、スイッチの一つを押し込んでいた。デュナメスの腰前部アーマーが開かれて、収納していたGNミサイルを至近距離からフラッグカスタムへと発射する。

 

「小細工をしてくれる」

 

 リヴァイヴはビームサーベルを突っぱねて十メートルと離れていない距離から発射されたGNミサイルを、フラッグカスタムの20mm機銃で撃ち落として無力化する。
 絶え間ないマズルフラッシュが、三秒ほど輝いた後、六発のGNミサイルは全て撃ち落とされて、弾頭に蓄えていた大量のGN粒子を拡散させながらまき散らす。
 敵機動兵器内部にミサイル内部のGN粒子を流出させることで膨張させ破壊するGNミサイルの爆発は、光輝く翡翠色の洪水となってデュナメスとフラッグカスタムの大質量物体を押し流して距離を離す。
 ロックオンはフラッグカスタムが体勢を立て直す様を注視しながら、GNスナイパーライフルを右肩にマウントして、デュナメスの左右の手にGNビームピストルを二挺握らせた。
 取りまわしにくいGNスナイパーライフルよりも、眼前のすばしっこいフラッグカスタムを相手にするには適した武装選択である、とロックオンは判断した。
 ロックオンの判断を是として、レオナとタスクが猛威を振るっているヴァルシオン改へと向かってゆくのを視界の端に認め、ロックオンは頬に一粒の汗を流しながら、唇の端を吊り上げた。

 

「向うでもガンダムとフラッグの性能差が、これだけだったら、武力介入は出来なかったかもしれねえな」

 

 二十四世紀の地球に比べれば格段に縮められたGNドライヴ搭載機と非GNドライヴ搭載機の性能差に、ロックオンは苦く笑う事しかできなかった。

 

 * * *

 

 ロックオンがリヴァイヴに執着され一対一の戦いに持ち込まれたのと同様に、海中から空中へと飛翔したガンダムエクシアを駆る刹那・F・セイエイもまた、もう一人のイノベイターであるヒリング・ケアに執拗に迫られていた。
 プラーナの自然回復を待ち、戦闘可能な状態に持ち直した刹那が、上空で行われる決戦に参戦すべく、何十万もの海の滴をエクシアに纏わせながら海面を突破した時、エクシアを待ち構えていたヒリングに捕捉されてしまったのだ。
 肉付きが薄く形のよい天使の彫像の様に整った唇をぺろりと猫めいた仕草で舐めて濡らし、ヒリングはリヴァイヴ機と同じ大口径ビームキャノンの照準をエクシアに定めて、トリガーを連続して引き絞る。
 本来、ザ・データベースの予定ではエクシアの搭乗者はヒリング・ケアであったから、エクシアの性能を一から十まで把握しているのもヒリングである。ただし、搭載されるGNドライヴがザ・データベース製のものであるという前提が要る。
 緑色の粒子を発生させるDC製――イオリア・シュヘンベルクの残したオリジナルGNドライヴが、はたしてどのような未知の力をエクシアに与えているのか。
 ロアノーク艦隊との戦闘とつい先程三輪艦隊を氷の世界へと封じ込めようとした一撃など、不可解で理解に苦しむ謎な力も得ている。
 いまやエクシアはザ・データベースの知る既知の機体ではなく未知の機体へと変わっている。しかし、それに臆する様な精神をヒリングは有してはいなかった。
 戦闘用として生み出された経緯故かヒリングの精神にあったのは、自分の玩具を奪った不遜で愚かで思い上がったニンゲンに思い知らせてやろう、という上位種としての優越と傲慢から発する考えのみであった。

 

「ワケ分かんない力を持っているからって、怯んだりはしないよ。それに射撃が苦手な機体なのは変わってないんじゃないの!」

 

 急速にエクシアに迫り機体越しにも迸る戦意を見る事が出来るフラッグカスタムの気迫に、刹那の闘争心が刺激されて即座に意識のベクトルをヒリング機へと向ける。
 エクシアの爪先が海面に触れるほどの海上すれすれの位置で左右に細かく回避運動を取りながら、GNソード・ライフルモードの銃口をフラッグカスタムへと向ける。

 

「牽制だけでも」

 

 自分が射撃を得意としていない、むしろ苦手であるという自覚が刹那にはある。フラッグカスタムの猛攻といってよい大口径のビームの連射を回避しながら、反撃の射撃を行った所で到底当たる事は無い。
 そうはっきりと分かり、刹那は口にした通りに牽制になればよいと割り切って、粗雑な狙いでトリガーを引く。
 ある程度戦場を経験した機動兵器乗りとなると、正確な狙いであるほど攻撃のパターンを予測しやすくなり、回避が容易となる。
 逆に稚拙な乗り手の照準の乱れた射撃の方が、かえって正確な狙いではないが故に予測が立てづらく回避が難しくなる。
 もっともあまりに乱雑が過ぎればそもそも当たるわけがないと割り切られてしまうが。
 成長の余地は大幅にあるものの、いまだ機動兵器操縦者としての技量が高いとは言い切れぬ部分を抱える刹那の集中を欠いた射撃では、ヒリングに避けて下さいと言っている様なものだ。
 視界の先で乱舞するフラッグカスタムの動きを必死に眼で追いながら、刹那は大口径の砲を抱えた敵機が、あえてエクシアが得意とする接近戦に移行しようとしている事に気付く。

 

「このフラッグ、おれとエクシアの距離に!」
「そらそら、お得意の接近戦をしてあげようじゃないさ」

 

 フラッグカスタムの腕よりも長い大口径ビームキャノンを腰裏にマウントして、ヒリングは左右両手にビームサーベルを構えて、GNソードの刀身を展開しはじめたエクシアへと大上段からX字を描いて光刃を振り下ろす。
 小気味よい金属音を立ててライフルモードからソードモードへと移行したGNソードの刀身が、エクシアの頭部頭上で横一文字を描いて、フラッグカスタムのビームサーベルを二本とも受け止めた。
 切断力を高める為に刀身表面に流れるGN粒子と、ミラージュコロイドによって形成されたエネルギーが激しく衝突し、食らいあい、両機の装甲に青白い火花を散らす。
 機体の馬力では流石にエクシアの方が上回り、刹那はフットペダルを押し込み所定の動作を踏まえて、一気にフラッグカスタムを押し返した。

 

「うおおおお!!」
「はは、さっすがアタシの機体、フラッグよりは上よね。でも機体頼みのパイロットじゃあ!」

 

 風切る音を轟かせて振り抜かれるGNソードに合わせて、ヒリングはフラッグカスタムをふわりと風に吹かれた布のように柔らかな動きでバックステップを踏ませ、刀身を振り抜いた姿勢のエクシアへと一気に襲い掛かる。
 左右からそれぞれ弧を描いてエクシアの胴を両断せんと迫るビームサーベルに対し、刹那は咄嗟にエクシアの左腰にマウントされているGNショートブレイドの柄を後方へと押して、その反動で刃を半回転させて左方向から迫るビームサーベルを受け止める。

 

――もうひとつ!

 

 エクシアの右腰を狙うもう一刀を、刹那はエクシアの右飛膝蹴りで迎撃して見せた。くの字に折り曲げられたエクシアの右足が、ビームサーベルを握るフラッグカスタムの左手首にめり込み、大きな衝突音を奏で上げる。
 もともと華奢なフラッグカスタムの左手首はその衝撃に耐えきれずに装甲を窪ませて、内部から火花を散らしつつビームサーベルを手放してしまう。
 ひざ蹴りを受けた衝撃でフラッグカスタムが後方に倒れ込む様にバランスを崩す瞬間を見逃さず、刹那はGNショートブレイドを引き抜いて、フラッグカスタムの右のビームサーベルもはじき返す。

 

「貰った」
「このくらい!」

 

 両手を広げた大の字の体勢でバランスを崩したフラッグカスタムを十字に切り裂かんと刹那がエクシアを動かそうとする寸前、フラッグカスタム脚部の装甲が開かれて、収納されていた二発のミサイルが射出される。
 奇しくもデュナメスとは逆の構図になったわけだが、刹那にはこの至近距離からの攻撃をかわす技量はいまだ備わってはいなかった。ヒリング機目掛けて機体を突撃させようとした瞬間であった事も、回避できなかった大きな要因であるだろう。
 エクシアの腹部へと命中したミサイルの爆発によって、コックピットにもそれなりの振動が伝播し、刹那は歯を食い縛って衝撃に耐え閉じようとする瞼を抑え込んだ。
 メイン・サブ両方のカメラを爆煙が覆い隠し、コンピューターが煙を是正した画像を投影するまで一秒とかからない。
 外にはまだミサイル爆発の煙が漂う中、コックピット内部に投影される画像はすでに済み渡ったものに置き換えられる。フラッグカスタムの姿を探そうと視線を動かす刹那は、すぐに標的の姿を見つけた。
 馬上槍を構えた重装騎士のごとく、右手で握る大口径ビームキャノンの銃身下部に左手を添えて突き出した構えで、フラッグカスタムが黒煙を割いてエクシア目掛けて吶喊してきたからだ。

 

「なんだとっ!?」
「動揺しちゃって」

 

 打突武器では決してないはずの銃器の予想外の扱いに対して、刹那の反応が一瞬遅れ、それを見逃さぬヒリングではなかった。エクシアの頭部めがけて突きだされた砲口からすぐさまビームが放出されて、大気を焼き焦がす。
 かろうじて首を右に傾けたエクシアの頭部を掠めたビームは、エクシアの左側頭部の耳あてのように斜め後ろに伸びるパーツを砕いただけに留まる。
 動揺を一瞬で沈め、刹那はエクシアを傷付けられた怒りと共に左手のGNショートブレイドを下方から上方へと振り上げて、フラッグカスタムの右腕を根元から斬り落としにかかる。
 しかし銀色の刀身の軌跡が美しい半月の形を描くよりも早く、フラッグカスタムの左ストレートがエクシアの頭部を殴り飛ばす方が早い。
 フラッグカスタムの左手は真空飛び膝蹴りを受けた影響で指型のマニュピレーターが繊細な動きをできない状態にはあったが、拳を握らせて打撃に用いる事は出来る。
 エクシアと共に後方へと殴り飛ばされ、死に体となったエクシアにさらにヒリングの猛攻が続く。

 

「ニンゲンの手が入ったエクシアなんていらないね。またリボンズに作ってもらうか、新型を貰うんだから!」

 

 自分の力を発揮する為の道具としてしかエクシアを見ていないヒリングの言葉が、もし刹那の耳に届いていたならば、刹那の感情が爆発していた事は確かだったろうが、あいにくと両機の間で通信は繋がれてはいなかった。

 

 * * *

 

 三輪艦隊とクライ・ウルブズとグラディス隊を筆頭とするDC・ザフト連合部隊の戦闘が、ヴァルシオン改部隊の参戦によって新たなステージに移行した事を知っていたのは、実際に戦闘に参加している当事者ばかりではなかった。
 低軌道から大気圏へと現在突入し、外殻を灼熱させている400メートルほどの巨大な物体の中に居る者達が、その戦闘の様子をつぶさに見つめていたのである。
 ゴーグルを掛けて目元を隠した長いブロンドの髪の男と、理知的な輝きを瞳にともし、ゴーグルの男よりもいくぶんか若輩と見える青年、それに目つきが悪く肥満気味の体を無理にパイロットスーツに押し込んだ青年の三人だ。
 典型的な欧州風の端正な顔立ちの二人に対し、肥満気味の青年は純東洋系、それも極東と呼ばれた地域の民族である事が色濃く顔立ちに出ている。
 前者二人は美形の二文字を惜しみなく与えられるものの、最後の一人に関しては目つきは悪いわ、ひねくれた根性と性根の悪さが顔に出ていてとてもじゃないが人に好かれる人間とは見えない。
 ヴァルシオン改が猛威をふるい、後退するバルキリー・AM部隊に変わって前面に出たクライ・ウルブズ各機がかろうじて互角に渡り合い苦戦する姿に、リーダーらしきゴーグル男が顎に手を添えて呟く。

 

「あまりのんびりとは構えていられんな。これほど完成された部隊を連合が投入してくるとはな」
「け、おれはどうにもこの青ヴァルシオンが気に入らねえっての。パクリの上に量産化しやがって。普通は弱体化するもんだってのに生意気だぜ」

 

 と肥満気味の青年が言うが、言葉以上に何かヴァルシオン改に対して生理的な嫌悪感を覚えているようで、ただでさえ悪い目つきがさらに人嫌いのするモノに変わっている。

 

「おれたちも可能な限り急ぐ必要があるな」
「ふむ。ミルヒー、テンザン、お前達は機体に搭乗して待機していたまえ。戦域に突入次第即座に出撃するぞ」

 

 ゴーグル男にミルヒーと呼ばれた青年は、なぜもっとましな偽名が思いつかなかったかと激しく後悔し、テンザンと呼ばれたシン達の元上司はあいよ、と短く答える。
 オーブ正統政府へと逃げ込んだアイビスらプロジェクトTDのメンバーを助けて以来、宇宙で異星人勢力を相手に戦いを繰り広げていたレーツェルらは、いま、母なる地球へと新たな戦場を求めていた。

 
 

――つづく

 
 

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