機動戦士ガンダムSEED side A
UC0093――
UCにおいて後に第2次ネオジオン抗争。あるいはシャアの反乱と呼ばれた一連の戦いも
終幕を迎えた中で一人の男が意識を取り戻した。
――名はアムロ・レイ。地球連邦軍、外郭新興部隊ロンド・ベル隊モビルスーツ部隊隊長。
UCにおいて最強のパイロットの一人に数えられるニュータイプ戦士。
「―――僕は?」
そうつぶやいて軽く頭を振った。
どうやら気を失っていたようだ。
意識が覚醒したばかりだからなのか思考の焦点がうまく定まらない。
彼は地球に落下していく巨大隕石―――アクシズを単身νガンダムで押し返そうとしていた。
それに呼応するかのように先ほどまで戦っていたはずの連邦、ネオジオン軍の両MSが
互いに協力し合いアクシズの落下を阻止せんと殺到した。
そして、彼らの意思、想いがνガンダムに搭載されたサイコミュとサイコフレームの共振による光を発現し―――
―――――そこで記憶が途切れていた。
状況を確認しようとモニター類を確認しようとするが、
「これは――!!」
目に映る光景に一瞬思考が途切れる。
彼の眼前には眩い翡翠色の光が流星のように流れておりその光の向こうには数多の星々が瞬いていた。
そして、同時にいま自分がモニターを介してではなく、
―――『肉眼』で直接その光景を視ている事に気づき彼は一つの結論に達する。
つまり『アムロ・レイ』は、もう―――
彼はその『結論』を冷静に受け止めていた。
今日に至るまでに自分が失わせてきた命の量を思えば、
代償を支払う時が訪れただけだと考えたからだ。
「――!! アクシズは!?皆はいったい!?」
今更ながらに思考の糸をつなぎ合わせると
眼前を流れていく光の粒子の向こうに目を凝らす。
そこでは、アクシズが地球の引力圏から離脱していく光景。
そして、いま自分の周囲を流れる光―――サイコフレームの輝きが地球の周囲を輪になって囲んでいるのが見て取れた。
ロンド・ベル隊旗艦ラー・カイラムが健在であることも彼の『感覚』が伝えている。
ニュータイプの少女、クェスもハサウェイを見つけることができたようだ。
それらを確認すると彼は深く安堵した。
自分はシャアのアクシズ落下作戦を阻止し災禍から地球に住む人々を守りきれたのだと。
「―――アムロ」
突然、彼の耳に声が響いた。
聞き慣れた声だ。今では夢の中でしか聞こえないはずの声―――
「ララァ・スン!!」
声のした方向に目をやると一匹の白鳥がこちらに向かって飛んでいた。
白鳥は近づくにつれその姿を徐々に変え――
眼前に降りたったときには少女の形を成していた。
褐色の肌に、灰色がかった水色の瞳。優しげな微笑。
何も変わっていない。
そう。自分がこの手で殺してしまった時から何も―――
「アムロ、あなたはまだ生きているわ」
「!!――どういうことだ。ララァ!?」
眼前の少女。ララァ・スンが発した言葉にアムロは半ば反射的に聞き返す。
先程、自分が至りそして受け入れつつあった結論を否定されたのだ。
恐らく既に肉体を失い、精神だけの存在に成り果てているあろう自分が
まだ、生きているだって?
「あなたの肉体は既に別の場所に流れたわ。あなたは今、意識だけが此処に引っかかっているのよ」
アムロが今、考えているであろう疑問を的確に読み取りララァは答える。
「別の場所に流れたって?」
「ええ。『この世界』から分かれた枝葉。その先に―――」
アムロたちの世界。『宇宙世紀』という『世界』から分かれていった『別の世界』へ―――
もっともアムロにはそれを理解する術は無かったのだが。
「?――ララァ。それじゃあ、よく解らないよ」
「『この世界』でのあなたの役目はもう終っているの。そしてあなたには次の舞台が用意されているのよ。すぐに分かるわ。アムロ」
ララァの表現は比喩に過ぎアムロはほとんど理解できていなかった。
ララァもこれ以上この件について話す気は無いらしい。
今の説明で解かった事といえば、どうやら『アムロ・レイ』は生きているという事だけだ。
ふと、彼の脳裏に自分が先程まで戦っていた『好敵手』の事が過ぎる。
自分が生きているということはもしかしたら『彼』もまた―――
「シャアは? 彼も生きて―――」
アムロは途中で言葉を紡ぐのを止めた。
シャアの名を出してすぐ、彼女は悲しげに目を伏せた。
その様子からアムロは質問の答えを察したからだ。
「そうか。シャアは・・・」
アムロはそう言い目を瞑ると宇宙を仰いだ。
互いに求めていた理想は同じものだったはずなのだ。
それなのに自分たちは結局相容れることなく戦ってしまった。
14年前からの因縁がこのような形で決着してしまった今になって思う。
本当に他に道は無かったのか。本当もう自分たちにはこの結末しか残っていなかったのかと――
「!!」
突如、彼らの周囲を流れていた翡翠色の流星がその速度を強める。
同時にアムロの視界が徐々にぼやけ始めていた。
「これは―――」
「あなたの意識が流れていく。『最後』に逢えてうれしかったわ。アムロ」
「待ってくれララァ。君は一体!?」
もう、アムロにはほとんどなにも見えない。
それでも目の前に存在(いる)であろうララァに向かって手を伸ばす。
「大佐の所へ行くわ。きっと、疲れ果てていらっしゃるから――」
「待て、待ってくれ――。くそ!!本当に俺の――『俺たち』の出会いはこんな――――――」
すべてがぼやけ消えていく―――。
そして、アムロの意識は再び途切れた。
―――アムロ・レイ。地球連邦軍、外郭新興部隊ロンド・ベル隊モビルスーツ部隊隊長。
階級は大尉。第2次ネオジオン抗争の際、消息不明となる。
捜索は数年間続けられたが、結局不明のまま打ち切りに。連邦軍の公式記録で戦死と認定。
CE70.2月23日――
大西洋連邦――デトロイト。
その地区でもとりわけ広大な面積を有するビルの最上階のオフィスで一人の男が子飼いの連合仕官から緊急で送られてきた通信文を確認していた。
床に敷かれたフカフカのカーペット。鏡のように表面が磨き上げられた木製の机。そして部屋に飾られた調度品の数々からもこの部屋の主てあろう男が只者ではないことが伺える。
『撤退中にモビルスーツの胴体部と思われる残骸を発見。本艦がこれを回収。パイロットの生存を確認するも現在、重度の昏睡状態。―――』
送られた通信文を確認し『彼』はすぐに手を打つ。
通信を送ってきた連合仕官に対する『口止め料』の振込み。情報の遮断の指示。
地球降下後の『パイロット』の搬送先の手配。
そして、関係者の中で口が軽いであろうと思われる者のリストアップ。適切な『処置』の手配。
「過去に回収した『ジン』とはまったく別種のタイプのMSのものと思われる残骸。そして―――」
『―――治療の際に行った遺伝子チェックにより、同MSパイロットが「ナチュラル」であることが判明』
内容の続きを口にすると『彼』は微かに笑った。
「なにやら思わぬ拾い物をしてしまったようですねぇ。煩い老人たちに気取られないよう進めなくては――」
『彼』―――ムルタ・アズラエルは、そう一人ごちると再び今後の対処を模索し始めた。