この数日間、アムロは『この世界』の把握に努めていた。
コンピュータ・ターミナルを操作し『この世界』の事象をつぶさに見て回る。
すでに机はプリント・アウトした資料が溢れ返っていた。
最初こそ落ち込み、悲観に暮れもしたが『アムロ・レイ』が例え用済みになったにせよ、放逐されたにせよ
生きている限りは現実に対応するための努力を行うべきだとアムロ自身が最終的にそう結論づけた故の行動だった。
―――どんなことがあっても俺は絶望になど溺れはしない。
もしかしたら彼の好敵手だった男へのなかば反発に近い感情が アムロの行動を建設的な方向へ突き動かしたのかもしれない。
―――結局、アムロは何処にいてもアムロ・レイだということなのだろう。
アムロはこの時にはもうすでに自分が何者かの監視下に置かれていることに気付いていた。
もっとも、気付いたというよりは無理やり気付かされたといった方がこの場合は正しい表現だろう。
実のところ退院を言い渡された直後にこのホテルに連れて来られ今日まで半ば軟禁状態の身の上なのだ。
ただ、ここにいれば生活する分には不都合は無かったので安易に外に出歩く事など出来ようはずも無い現在のアムロにとってはこれはむしろ渡りに船だったといえるのかもしれない。
そうしながらもアムロはそう遠くないうちに自分を監視している何者かからの招待が来ると見越し、その時をじっと待ち続けていた。
―――コンコン。
扉をノックする控えめだが確かな音が聞こえる。
直後に黒服の女性―――あの看護婦だった女性だ。が入ってきた。
「アムロ・レイ様。主がお会いになります。ご準備を」
「解った。少し待っていてくれ」
ついに来た。アムロはそう考え自らの意識を喚起する。
これからの展開次第で自らの運命が決まるかもしれないのだ。
―――鬼が出るか蛇がでるか。
アムロは用意されたスーツに身を包むと部屋を後にした。
アムロは案内と一緒にエレベーターで最上階に上がり、まず廊下の脇にいた黒服の大柄な男からボディ・チェックを受けると
一番奥の部屋に案内される。
扉が開くとすでに一人の男が椅子に腰掛けているのが目に入る。
人を食ったような笑みを浮かべる金髪色白の優男。
―――ムルタ・アズラエルだった。
「やあ、始めまして。君と話が出来る日を今日まで心待ちにしていましたよ」
「あなたは・・・?」
アムロは部屋に入るなりのアズラエルの大仰な言葉に若干呆れつつも言葉を返す。
「これは失礼。僕の名はムルタ・アズラエルといいます。どうかお見知りおきを」
そう言いつつ差しだされた手を握り返しながらもアムロは眼前に立っている男の名を既に何度も目の当たりにしている事に気付いた。
反コーディネーター団体ブルーコスモス。
その盟主の座に在る男の名だった。顔も調べたものと一致している。
これほどの大物が関わっていた事にアムロは内心動揺していたが、それをなんとか表に出さずに挨拶を返すことに成功した。
「こちらこそ。アムロ・レイです」
「ええ、もちろん存じていますよ。地球連邦軍、外郭新興部隊ロンド・ベル隊所属。アムロ・レイ大尉」
アズラエルは以前アムロが病院に居たときに話した内容をいささか不躾ながらも口にする。もちろんワザとだろう。
すでにアムロがここに来るまでに話した事は全て報告を受けている。
あからさまにアズラエルはアムロにそう伝えていた。
「まあ、堅苦しい挨拶はここまでしてと。どうです?まずは紅茶でも一杯」
そう言ってアズラエルは紅茶を出させるが何時までたってもアムロがそれに全く手をつける様子が無かったのでひとつため息をつくと仕方なく話を再開する。
「さて、と。では早速ですが本題に入りましょう。ああ、無理に敬語で話さずとも結構ですよ。
こちらがあなたを招いている立場なのですからね」
アズラエルはそう言いながらいくつかの資料を机に並べる。
「連合宇宙軍にはロンド・ベルという部隊。そして、アムロ・レイという名は登録されていませんでした。
そしてあなたが乗っていたモビルスーツ。あれはまだ連合には無い代物です。さらに技術的な面も考慮に入れるなら
おそらくザフトにも、ね。という事は存在しないはずの人間が存在しないはずのものに乗って現れたという事になる。
・・・・・・そろそろあなた自身答えが出ているのではないですか?」
「・・・・・・だから俺自身に答えを出させるために」
「ええ、そういうことです。なにか目的があるにしては説明できない事の方が多かったので・・・」
アムロが艦隊に発見されたときνガンダムのコクピット内の酸素はゼロに近かった。
さらにその宙域も若干ではあるがニュートロンジャマーの影響下にあった為アムロが助かった事自体まさに奇跡といえた。
アムロの方も情報を収集できる環境を用意された理由に納得したが自身が辿り着いた結論を口にするのはいささかためらっていた。
目の前の男がブルーコスモスの盟主ならば、そのような男に安易に情報を渡してしまっていいものかと逡巡したのだ。
しかし、結局アムロは正直に考えを話す事にした。
この場の主導権は完全にアズラエルの方にあり、それこそ彼がその気になれば手段を問わずにアムロの口をわらせる事も容易であろう。
その様な状況下にあってこの場で意地になって黙秘をすることなど身を危険にさらすだけの愚挙であり、それよりは、この場である程度情報を開示しておく事で相手の反応を確認し、新たな情報を引き出しておいた方が得策であるとそうアムロは計算したのだ。
「・・・・・・異世界。とでも言うのかな。この場合は」
「異世界・・・ねぇ。つまり別の世界から『ここ』に来た・・・と。そういう事ですか?」
アムロの言葉を聞き返しながらもアズラエルは別の所で感心をしていた。
アムロのバイタリティの高さにである。
彼は既に現実を認識しさらにそれに対応しようとしている。
―――報告では随分狼狽していたとありましたが。この数日で持ち直した様ですね。
絶望し、悲観にくれるだけの男であればそれはそれで御し易かったのだがとアズラエルは考えていた。
もちろん表面上はそんなことはおくびにも出さずに会話を続ける。
「ああ、俺も『ここ』に来てから随分と調べさせてもらったが歴史も国の形態も俺の世界とは大分違っていたんでね」
「なるほど。解りました」
「・・・・・・ずいぶんすんなりと信じるんだな?」
「ええ、ここでこんな嘘をついてあなたに何らかのメリットがあるとも思えませんし。こんな物を見せられてはね」
そう言って、アズラエルはターミナルを操作しディスプレイをアムロの方に向ける。
「これは・・・・・・」
「いやぁ苦労しましたよ。あなたの乗っていたモビルスーツ。データがバラバラになってしまっていましてね。
結局修復できたのはこれだけです」
そこに移っていたのはνガンダムの戦闘記録。その映像だった。
モビルスーツ同士の戦闘―――
地球に落下しつつある巨大隕石―――
この世界では決してありえないものがそこには映っていた。
「じゃあ、νガンダムはあなたが?」
「へぇ。νガンダムというのですか。・・・・・・『G.U.N.D.A.M.』。ふむ、なかなかに良い響きじゃないですか」
「茶化さないでくれ。・・・それで今、νは?」
「これは失敬・・・。察しの通りあなたの機体、νガンダムは現在僕の管理下にあります。もっとも胴体部だけですがね。
いやぁ参りましたよ本当に。使われている技術力に差が有り過ぎて僕の部下たちが解析にも毎日四苦八苦している状態なんですから。・・・ところで―――」
アズラエルは一旦区切って言葉を続ける。
「こんな技術がある場所。『あなたの世界』に僕自身興味がありましてね。もしよければ教えてもらえますか?」
「・・・・・・ああ、別にかまわない」
そしてアムロは少しずつ自分の世界の事を語り始めた。
『一年戦争』、『グリプス戦役』、そして『ネオジオン抗争』―――
かつて起こった戦乱の事をアムロは自身の知る範囲で説明した。
アズラエルはアムロの『別世界の物語』を興味深げに聞き入り
そしてその中で何度か出現した『ある単語』に注目した。
「・・・・・・失礼。先程からあなたの口にしている『ニュータイプ』という言葉ですが。それが何なのか教えてもらえますか?」
「ああ、すまない。そういえば説明していなかったな」
ニュータイプ―――人類の新たなる革新。
かつでジオン・ズム・ダイクンが提唱した概念であり
宇宙という広大な生活圏を手に入れた人類は洞察力、認識能力が拡大し、肉体的、精神的にあらゆる物事を理解する事ができる様になっていくという進化であるとアムロは説明した。
!!―――進化・・・進化だと!?
アズラエルは沈黙しながらというより絶句しつつもアムロの説明の中で発せられる
ニュータイプという概念に強い衝撃を受けていた。
アズラエルにとって進化とは己の『敵』であるコーディネイターの専売特許だった。
それゆえに『弱い生き物』である自分たちナチュラルは彼らの存在を否定し続けなければならないというのが
彼の人生における信念だっただけに。
「そ、それでは、もしかしてあなたもその・・・ニュータイプなのですか?」
アムロはつい先刻までと様子が異なるアズラエルをいぶかしげに見つつ答える。
「いや、どうなのかな。確かに世間じゃ俺のことをニュータイプと呼んでいたが・・・
俺はたぶん中途半端なまま失敗してしまっているんだろうな」
アムロは自分をそう評価していた。
自身の感覚はいつの間にか戦いという一面にのみ先鋭化されすぎてしまっており本来のニュータイプという意味からはあまりにもかけ離れてしまったとアムロ自身そう感じていたからである。
「そう・・・ですか。まあそれでも、この映像でのあなたの強さの説明にはなりましたよ」
そう言いながらアズラエルはディスプレイの電源を切った。
「今日は実に有意義な時間を過ごさせて頂きましたよ。アムロ君」
「ああ・・・。それで俺はこれからどうなるんだ?」
「見かけによらずせっかちですね・・・。君は僕の客人としてもうしばらくここに滞在していてください。
もちろん費用の心配は無用です」
「・・・・・・ああ、わかった」
「逃げないでくださいよ。僕個人としては君とはもっと話をして・・・口説く時間が欲しいのですから」
「なんだよそれは・・・?」
呆れながらもアムロは若干笑みを浮かべそう言い残して退室していった。
だが先程の言葉は冗談でも何でもなくアズラエルの本心から出たものだ。
―――『この世界』ではあり得ないほどのモビルスーツ戦の経験。稀有な戦闘能力。そして運用のノウハウ。
それを得るチャンスなんて二度とあるものじゃない。
それにしてもニュータイプ。ニュータイプか・・・・・・
「クックックッ・・・」
もう、アズラエルしか居ないはずの部屋に笑い声が響きだす。
―――環境に応じた感覚の習得。それはまさに『進化』だ。
それに比べれは能力だけを無理に押し上げただけの紛いモノなど!!
「ハハハハハ・・・アハハハハハハッ!!」
―――これは痛快だ。たまらない!!最高じゃないか!!
アズラエルの血が滾る。気分が高揚して計器を振り切っていく。
「アーッハッハッハハ!!!ざまあみろジョージ・グレン!!
あんたのやった事は結局ただのバケモノを造りだしただけだったってことじゃないか!!!ハハハハハ―――ッ!!!」
アズラエルは歓喜に顔を歪ませながら彼自身にも理解し得ない何かをずっと嘲笑し続けてた。
『プラント』―――コーディネイターが居住するコロニー郡である。
今日、そのプラントの最高意思決定機関。プラント最高評議会で一つの重大案件が採決の時を迎えつつあった。
「だが、それではナチュラルたちの被害も尋常なものでは・・・」
アイリーン・カナーバが異議を唱える。
しかし彼女自身すでに場の雰囲気から徒労に終わるであろう事を察していた。
「しかし、これから出る犠牲はナチュラル達のいわば自業自得というもの」
「そうです。カナーバ議員。我々は既に核を撃たれているのですぞ」
「血のバレンタインで喪われた多くの命の―――」
他の議員がカナーバに対し反論する。
「クッ・・・」
カナーバも『血のバレンタイン』の事を持ち出されてはそれ以上反論出来ようはずも無い。
「それでは意見も出尽くした事ですし・・・クライン議長。ご決断を」
これ以上長引かせるのは無駄であるとパトリック・ザラが口を開く。
「・・・・・・・・」
CE70.3月15日――
プラント評議会は、『オペレーション・ウロボロス』を可決。
――2つの異なる人類は泥沼の憎悪の渦に自ら飲み込まれようとしていた。