STSCE_第08話

Last-modified: 2008-05-19 (月) 22:12:33

ミネルバは一度、アスランと共にザフト軍の基地へ向かった。
本音を言えば、そこでゆっくりとさせてもらいたいのだが、そうはいかない。
今の最優先事項は、マスドライバーで宇宙へ戻る事ではないのだ。さらに言えば、ここにはそれすら存在しない。
現在は完全に遊撃の専門、各地への協力戦力と成り代わっているミネルバである。
理由を考えてみると、やはり敵の手に渡ったのが自分達の艦に配属される予定だったモビルスーツだからであり、そしてもう一つ。
アスランがつけ、艦長のタリアがどこか忌々しげに受け取った『フェイス』という地位のようなものであり、勲章のせいだ。
それは実績を称える、喜ぶべきものなのに、実績という積み重ねられてきたものは本当に重いものなのだと、タリアは感じた。
期待をされすぎるのはあまりよろしくないのだが、された以上は動かなければならない。
ミネルバの戦力は特異である以上に、群を抜いて高いのは紛れもない事実なのだ。
 

 

 
 
「暇?」
「ん、結構。
 どうした?」
そんな状況下で休んでいたシンに、スバルが声をかけてきた。
「ううん、別になにか、って言う事もないんだけどね……。」
寝転がっていたシンである。
彼女が彼女である事も、声で気づいたに過ぎない。
だから、歯切れの悪い彼女に、思わず起き上がった。

 

そして、少しだけホッとする。

 

シンが懸念していたような表情ではなく、ただ気遣うような視線を向けていた。
少しだけ表情を和らげて、シンはスバルにただ続きを促す。
どうやらスバルは気遣いを出来るタイプの人間のようだと、心の端で思う。
「前の出撃のときのこと」
アスランのことだろう。 シンは思い当たる。
それとも、スバル自身の事かとも思ったが、それならばもう少し調子が違っただろう。
声の調子だけで、それぐらいはわかるものだ。
なのに、スバルは一言「アスランさんのこと」と付け加えた。
別に気にする事でもなかったので、シンは少しだけ考えるふりをする。
まともに考えるつもりなど、あの件に関しては毛頭なく、ただ「腹はたった」と応える。
勿論、それがシンの総意ではない。 ないのだが、付け加えるべき言葉を、シンは持たない。
『アスランが正しかった』と認めるのは憚られるし、『アスランは間違っている』というのも、また然りである。
一辺倒に自分の考えを定める気は、シンには無い。
あの瞬間、自分は確かに命を助ける事が、そしてその力があったのだ。
「けど、その先を考えろって、言いたかったんじゃないの?」
口には出していなかったのに、いつの間にか後ろからやってきていたティアナに言われる。
「その先……?」
不意を突かれたシンの変わりに、尋ねたのはスバルだ。
「そうよ。
 アンタ、あそこにいた人間の皆が皆無事で済むと、思ってるわけじゃないでしょう?」
そうだ。
うねるように応えるシンの胸には、その一点がある。
スバルと話す前から、いや、アスランに殴られたときから。 ともすれば、自分が行動に移ったときからあったかもしれない懸念。

 

――あそこでああして助けた人間が、本当に助かったのか?

 

半ば見て見ぬふりをしていた疑念だ。
それが、シンの胸で渦を巻いていた。 それもまた、一つの事実であった。

 

――なら、あの人はどっちを推奨しただろう?

 

自分の中の疑念をティアナに言い当てられる事で、シンは一つ、新しい事に興味が湧いた。
アスラン・ザラは、シンに『力を持つものなら、その力を自覚しろ』と言った。
なら、シンは自覚したその力で、何をなすべきだったのだろうか?
見て見ぬふりで通り過ぎろ、それが軍人としての答えかもしれない。
しかし、アスランは今、軍人と一色単で括れない数々の事象があった。

 

――もしかしたら、責任を取れって事だったのか?

 

助けた責任を取って、全員を安全にする『力』。 それならば、望まれる『力』だ。
もし、アスランがシンに求めたのがその『力』ならば、そして今のシンにはそれが足りないと言う意味だったのなら、あの行動も、強ち怒りだけを覚えるべきではなかったのかもしれない。

 

 
翌日、艦内の全員に今後の事が報される。
それより前に艦が発進していたのは、恐らく時間の影響だろう。
時間が関わるような要因は、一つだけあった。
現状、奪取されたモビルスーツの追跡、およびその後の行動についてはミネルバにまかされているが、それは変わらず。
ただ、そこに戻る前に一つ、任務を任せられた。
それは、難攻不落の地球連合軍基地を落とすという物。
難攻不落というのは、勿論ただのものの喩えだ。 しかし、ザフトの駐留部隊がことごとく返り討ちに遭っている現状を鑑みるに、それも『ただの』というわけにもいかない。
そこにあるのは、巨大な矛と盾。 大きさに比例するかのように、その威力は大きい。
甚大な被害を敵に与え、敵は近づかせもしないという物で、ある意味理想の兵器である。
無論、理想の兵器云々に関しては多々意見はあるし、ティアナもボソッと何かを言ったのをレイは聞いていたが、とりあえず与えられた情報はそんなものだった。

 

そして、アスランを主軸としたブリーフィングが始まる。
再三の状況把握のための情報を話した後、彼は少女を一人、招きいれた。
アスランはその少女を、現地協力員といった。 名はコニール。 育ちの、良い意味で、良さそうな肌の色をしていた。
「とりあえず、戦力を説明する。敵のだ」
そういって、モニターを弄るアスラン。
主要な地球軍の兵器は、二つだった。
「これは大きな脅威になるわけだが、」
ゆっくりと一つずつ説明しようとしていたアスランに、
「そんなの、セイバーで飛んでいって壊してくれば良いじゃないですか」
と、シンが横槍を入れる。 しかし、そうは行かないのだ。
空中が死角となっていることは、敵もわかっているだろう。
「なら、キミにセイバーを貸すから、後は任せても良いのか?」
「えっ!? そんなの……!?」
慌てふためくシンに、アスランは半ば満足したように「冗談だ」と言った。
シンだって、弱点をそのままにするほど敵が甘くないとはわかっているのだ。
「そこで、彼女の持ってきてくれた情報だ。
 シン、君のインパルスなら、敵に気づかれる事なく懐に侵入できる」
「それこそ、セイバーで行けばいいじゃないですか」
「指揮を執るのは俺だ。
 陽動作戦になる部分が強いからな。 主戦場に俺がいないわけにはいかない」
そう言われ、シンは不貞腐れた様に返事をする。
どうにも気分が乗ってこないのは、ソリが合わないからなのだろうか?
これから出るのは命がけの戦場だというのに、これではいけない。
シンは気分を変えるためにも、もう話す事もないであろうブリーフィングルームから去ろうとしたが、その瞬間にスバルも立ち上がった。
またついてくるのかと思ったが、そうではないようで、シンも立ち止まる。 尤も、ついてきて欲しかったわけでも、それを拒むわけでもないのだが。
戦闘の前の仲間のコンディションだ。 把握していないわけにはいかない。
などと、もっともらしい理由をつけながら、内心穏やかではなかった。
先の出撃から、どうにもコンディションの整わない状況が続く彼女、そして自分である。
何を思い、何が起きているのか、それは、本人の口を介してしか、シンは知りえない。
だからせめて、それを知りたかった。
果たして、彼女は口を開く。
少しだけ、刺さるような沈黙の時間を、しかし、打ち破るかのように……。
 

 

「あたしを、次の出撃から外してください」
それが、スバルの言った唯一の言葉で、彼女はそのままブリーフィングルームから駆け出していった。
立ち上がるティアナに、しかし、レイは「座れ!!」と言う。
そして、ティアナが座ると同時に、「シン、何をしている? お前はもう何もないだろう?」と、言われる。
確かに自分の側は一機の単独飛行のため、これ以上話を聞く必要もないが、「勝手な人だよな、アンタ」ぼやいて、今度こそブリーフィングルームの出入り口まで行く。

 

「待ってくれ!!」
しかし、やはりすんなりとは出れない。
「なんだよ?」
声をかけてきたのは、先ほどの現地協力員の少女だ。
急ぎの足に縄をかけられ、シンもあまりよろしい感情を受けなかったのだが、「これ、地図のデータだ」と言ってディスクを渡される。
受け取るだけ受け取って走り出そうとするが、彼女は力を抜いてくれない。
「地球軍に逆らった人達は滅茶苦茶酷い目に遭わされた」
「え?」
徐に話し出した彼女の声に、シンの力が緩む。
「殺された人だって沢山いる。
 今度だって失敗すればどんなことになるかわからない」
その声は、
「だから……。
 だから、頼んだぞ!」
震えていた。

 

もう一度、データを握る指に力を込める。 引き取ってしまわない程度に。
そうすれば、彼女はシンを見上げる。
だから一度だけ、シンはうなずいた。

 

「何があったんだ?」
「シン……。」
追いついたのは、いつかモビルスーツ乗りが全員集まって射撃訓練をしたあの場所。
今なら、全員がぞれぞれに、あのときのアスランの問いに対する答えを持てているだろうか?
多分、目の前で瞳を濡らしている少女には、聞かなければならないんだと思った。
「少し、疲れちゃっただけ」
嘘だ何て、すぐにわかる。
「そうじゃないだろ!!
 スバル、何でなにも話してくれないんだよ!?」
ずっと側で、ただなんとなく、シンの愚痴にも付き合っていたスバルだが、シンにとっては支えになっていたのも事実だ。
ブリーフィングの少し前だって、彼女はアスランに殴られた事を気遣って、気にしないように勤めたり。 器用な少女だと、シンは今更ながらに思う。
ミネルバ配属予定機が奪われ、オーブに裏切られ、それでシンの心は疲弊していた。 しかし、スバルはわからない。
彼女が諸所に何を感じ、求めたのかが、シンには全くわからない。
「なんで、軍に入ったんだ?」
現役の軍人に聞くにはあまりにも無神経に思えたが、シンは聞いた。
なにも話してくれないのなら、せめて何か話を出来る状態に繋がるモノが欲しかったから。
しかして、それが鍵とならば、話を始める。
「どうしても、入らなきゃいけなかったんだ……。」
「どういうことだよ!?」
それは、意思をも殺したものだったのか?と、問いかける。
しかし、彼女は応えなかった。
ただうなずき、「やっぱり、出るよ」と言う。
立ち去ろうとするのなら、今度はシンが引き止める番だ。
なにも問題は解決していない、シンはなにも知れてない。
「戻ってきたら、」
スバルの左手を掴んだシンの耳に、彼女の言葉だけが入ってくる。
それはとても不可解で、しかし、少しだけ拒絶したい気持ちがあって。
「コックピットを開いて」
混乱して、一度掴んだものさえ、シンは放してしまう。
「それでもまだ聞いてくれるなら、きっと話すから……。」
そこに何が広がっているのだろう?
どうしても、前進する方向へ思考が働いてくれなくて、シンは声にならない声を吐き捨てた。
 

 

「シン!!」
「わかっています。
 ちょっと行って、壊してくれば良いんでしょう?」
出撃の直前、コックピットの中で、シンはアスランから通信を受ける。
どうせごちゃごちゃ言われるのだろうと思い、言われる前に言い返しておこうとするシンだが、アスランは首を振る。
「そうじゃない。 ただ、礼が言いたかったんだ」
「礼? なんのです?」
予想外の事には素直になる彼である。 虚を突かれれば誰でも似たようなものであろうが……。
「彼女の事だ。
 よく立ち直らせてくれた」
彼女とは、スバルのことだろう。 予測しながらも、シンの頭の中には別のことが渦巻いていた。
「俺はなにもしていませんよ」
苦虫を噛み砕くしかないような苦渋を吐き捨てたシンだが、
「謙遜する事はない。 それは俺には出来ない事だからな」
アスランはしかし、シンの言葉をどこまでもプラスにとる。
だから、仕方ないとシンは思った。
聞こえないように、「本当に、なんにも出来やしなかった」と、呟いて……。

 

「シン・アスカ。 
 コアスプレンダー」
いつもの発進シークエンスから、いつもの出撃をする。
一つだけ違う事は、合体機能を使わない事。

 

――地球軍に逆らった人達は滅茶苦茶酷い目に遭わされた。
泣きそうだった、少女の顔がよぎる。

 

――今度だって失敗すればどんなことになるかわからない。
しかし、失敗するつもりなど毛頭もない。
これ以上、涙はいらない。

 

――だから……。
だから……。

 

――だから、頼んだぞ!
「いきます!!」
 

 

今思うべきは、勝利。
ここで勝ち、ここの人間を解放し、スバルの話を聞く。
三重四重に折り重なった状況も、一つずつ解決していけば良い。
その時は、そう信じていた……。
 

 

暗闇の中、シンは少女から預かったデータを頼りに突き進む。
遅れては、ミネルバの全員と他の現地のザフト兵、さらにはあの少女を含む一般の人間までもを基地に陥れる事になる。
しかし、無心にはどうしてもなれなかった。
シンは、己の勘違いを呪わずにはいられなかったのだ。
勘違い、と言うほどのものではないのかもしれない。
しかし、シンはスバルがただ自分を気遣っていたのだと、勝手な思い込みをした。
(その結果が、あれかよ……。)
少しでも、スバルに自分のことを話すように促していれば、あんな形にはならなかったかもしれない。
落ち込んでいた事を、把握できなかった。
浅い付き合いであれ、スバルもティアナも既に幾つかの戦場を共にした仲間だと、シンは思っている。
無論、そこにアスランがいないわけではない。 多少毛色は違えど、その事を非難するつもりは、シンにはない。
しかし、このタイミングでこんな事をさせられ、出撃前には勝手な期待と羨望を向けられ、ついつい嫌気がさしてしまう。
「うわっ、危なっ!!」
さらには、相手は自然である。
データは固定、自然は日々姿を変え、コアスプレンダーの進路を害する。
ブリーフィングで、アスランが言っていた。 指揮を担当するからこっちは出来ないと。しかし、
「ったく、こんな事、アンタがしたくなかっただけじゃないのか!!」
少し、確信を持ってシンは怒鳴る。
こういうとき人は、太陽に焦がれるものだ……。

 

ミネルバの各モビルスーツ、さらには現地のザフト兵が、総出で囮役をしている。
シンの到着するタイミングまで、このまま粘らなければいけない。
付かず離れず、近づきすぎて打ち落とされず、離れすぎてばれない様に。
その中で、アスランはこの作戦について、他人にはない自信を持っていた。
シンに全てをゆだねた訳では、決してない。 もしも危険があるとすれば、アスランは自分でこの場を片付けるつもりであった。
それは、可能や不可能ではない。 責任なのだ。
そして、その責任のようなものをシンが自覚した事に、アスランは気がついていた。
それはコニールとの会話の中で生まれたものであり、そして、もう一つ。
シンはどうにも完璧を求める気概があるとも、アスランは感づいた。
こちらは、先ほどの会話で、である。
アスランが察するところ、シンはどうやらスバルに全てを打ち明けさせる事は出来なかった。
しかし、彼女は何らかの形でシンに心を開いたからこそ、今、出撃している。
そのことに、シンは気づいていない。
未だ成長の過程にある人間である、そういうことに敏感でない。
初めての印象で、スバルが何らかの要因ゆえに他人との関わりを巧くできていないように、アスランには感じられた。
笑顔の中に無理をするとは、よくあることだ。 彼女もその類だろう。
(だから、いつかこういうときが来ると思ってた)
周りに助けを求められないのなら、どこかで爆発する。 それが、スバルの場合出撃拒否だった。
それをシンが曲がりなりにも撤回させたと言う事は、シンはスバルの支えになる力があるということだ。
(しかし、なぜだ?)
アスランは、そこまで考えて自分と並ぶザクを見る。 武装の追加された、フライトタイプだ。
(なぜ、スバルはティアナを求めなかったんだ?)
彼女等が友人の関係にあるとは、アスランも知っていた。
だから、スバルが思い込む前にティアナの存在があったはずなのだ。
友人が解き飽かせれないものをシンが解いたとは思えない。 それは、彼の口ぶりからもわかった。
では、なぜ?
もしかしたら、スバルにとってのティアナか、或いはティアナにとってのスバルか。
その双方の関係に、語彙のレベルでの齟齬があるのではないだろうか……?
 

 

ティアナにとって、スバルは『必要』な存在だ。
群がるウィンダムを撃墜しながらローエングリンからの盾に巧く利用しながら、ティアナは考えていた。
元々、その『必要』は、決して心の支えだとか、そんな甘えの一面ではなかった。
ある一つの『目的』へのアプローチの『手段』としての『必要』だった。
しかし、そのあり方はだんだんと変化をしていった。
もしも邪魔になるのなら、この銃口を向けることも厭わないと思っていたティアナだが、ここに来て、その事を想像する事に嫌気が生じ始めていた。
迷っている自分を叱咤しても、拭えないもの。
拭えなくて、足元にはそれが積って、溜まって、重なって。 いつしか覆ってさえいたもの。
それは、情?
無論、自分を無情者だとは思っていない。 しかし、それが目的を著しく霞ませる事など、あるのだろうか?
前回の戦闘でスバルが見せたものは、ある特殊な技術体の結晶だ。 それによって、その技術を結晶にした人間がこれに気づくだろう。
そうなれば、『手を打たれる』。
その手は、スバル目掛けて下ろされるものだ。 だが、その存在は恐らく、ティアナにとっても害を及ぼす。
(助けたいとでも思ってるの、あたしは?)
自分の心は侭ならず、他人の心はもっと侭ならず。
さらに世界は、侭などという言葉の意味を知らずに、回り続ける……。

 

幼かった気持ち。 幼かった考え方。 幼かった自分。
未だ、それは変わらないのかもしれない。 少しは、変わったのかもしれない。
どちらであれ、自分はまだ成長の過程に立っている。 この先がある。 誰にも、否定なんかさせはしない。
自己を構成するのは、この身体と記憶。
 青い髪で、瞳は爛々と輝きを称えていて、成長した胸が、女性だっていうのを誇張してて。
 ティアナに会うまでは憂鬱で、悲しみばかりで、でも、彼女に会って変わって。
これが、スバル・ナカジマを構成するものだった。
これだけが、譲れないものだった。
でも、変わった。 いや、変わり続けてきた。
ティアナの考えに、スバルはなんとなく気づいた。 その関係が、ただの『友情』では済まないであろう事を知った。
それでも、彼女の側にいることだけを真実としていたスバルが、ミネルバに配属されて、自分を全く知らない人たちの下で過ごすようになった。
(あの時助けたシンに、あたしはついて行くようになった……。)
少しずつ、自分が変わっていこうとした。
その始めに、艦の人と仲良くなろうとした。
(ティアナが女の子だったから、次は男の子)
そんな安易な考えで、たまたま助ける形で出会ったシンと、友達になろうとした。
そして、そんな安直は成し遂げられ、それがとても心地のよいものだと知った。
(でも、卑怯だよね?
 その先を望んじゃうなんて……。)
自分を知らない人間に、自分を知ってもらう。 勇気を出して、秘密を教える。
その先にあるものがなんであれ、という思いを持つ。
(砕けるのはいやだ。 けど、あたらない事には何の結果も出てくれないよね?)
誰にともなく、スバルは語るように右手を構える。
連合のダガータイプを貫く、己が巨大な右腕。
この右腕は、いったい幾つの命を奪うのだろうか?
それだけの命を奪う右手は、彼と握り合わせていい物なのだろうか?
 

 

シンが着いた。
アスランが、見上げがちになりながらもそれを確認する。
狭い坑道を通って、怒りが心頭に達していなければいいがと、そう思いながらも、シンの戦闘のセンスのようなものには圧巻される。
(それが力だ、お前の)
間違いのない事を、思い描いたパズルの中に再度組み込む。 このパズルは、シンの行動一つでいかようにも解を変える軟体なパズルだ。
次のピースが、決して彼にとって悪しなものにならないように。
そう導けるのか、アスランは考える。 その答えは、自分の脳内での結果でさえ、芳しくない。
(なら、誰なら出来るんだ?)
先ほどのブリーフィングで、副艦長はシンを全く御せてはいなかった。
艦長はシンよりは一枚上手に立ちながらも、恐らく手を焼くだろう。
だが、レイ。 そして、ルナマリア。
それだけではない。 他にも、ヨウランであったりヴィーノであったり。
二度目の乗艦ながらも、アスランはシンが同年代によく心を開いている事が分かっていた。
(スバル・ナカジマ。 彼女に至っては、お互いにか)
まだよくは分からない。 まるで霞がかかったかのように。 しかし、シンの過去については、大体予測する事が出来た。
(あいつを突き動かしているもの。 それだけが、わからない……。)
まさか、本当に恨みや辛みからではないだろう。
もしかしたら、シンは悲しみの中で何かを見つけることが出来る人間なのかもしれない。

 

しかし、彼にとっては大きなものがある。
心の中を支配する、獣。
その獣は、具象化されてモビルスーツとなり、彼の野生と、怒りと、そして望みを叶える。
咆哮は、普段なら敵を貫く光の銃。 今はないので、接近する。 そして、殴る。
スバルと違うので、それだけで機能を停止させる事は出来ない。 だが、時間的な問題で、止まる。 衝撃を受けたほうは、与えたほうよりも持ち直しに時間がかかる。
その隙を見極めて、掴み上げる。
ここには、ローエングリン砲台以外にも幾つかの砲門が設置されていた。
だから、そこに掴み上げたダガーLを投げ入れる。
地面に衝突した瞬間爆風が上がり、しかし、シンは既に次の敵を見定めていた。
胸部バルカンで足を挫き、頭部バルカンで腕を挫き、右手で殴りつける。
足場が悪いせいか、連合のモビルスーツの反応にタイムラグが生じ、それが巧い具合にシンの助けとなる。
遠方からは射撃を、セイバーとザクの内二機が行っている。
好き勝手に施設を破壊しているインパルス。 それを看過できるはずもなく、大型のモビルスーツが向かってくる。
「うおぉぁああ!!」
咆哮は、意味を有するものではなく、獣の左腕にある盾を向かってくる敵に水平に構え、突撃する。
ようは、戦いの歌。 歓喜、渇望、怒号。 全てが、戦場では力になる。
それらを絞り出すように、叫びながら打ち勝つ。
「こんのぉ!!」
盾を下の、生物でいう腹に当たりそうなところに潜り込ませ、押し上げる。
転倒させようとしたのだが、制動される。 これでも飛行能力を持っている点では、先のモビルアーマーと変わりはない。
しかし、シンも再び真正面から向き合うような事をするつもりもない。
倒れかけたモビルアーマーの横部に打撃を食らわせ、ミネルバの所有するモビルスーツの中で最も機動性に富むセイバーの到着と共に、相手を変える。
シルエット無しのインパルスでは火力の点で劣る。
時間をかけて不利になるのは、遠征軍のミネルバである。 という事での、舌打ちと、バトンタッチ。
アスランならば、数秒と経たずに何とかできるであろう。
このモビルアーマーは、パイロットの能力からお世辞にも高いとは言えなかった。
適材適所の結果と弊害であろう。
ここは地の利と機体の性能だけで生きていく事ができたのだから。
 

 

スバルの様子がおかしいと、ティアナが気づく。
シンに感心の念を抱くほどに快活になれていたスバルが、突如反応に遅延が現れたのだ。
(それでも、あたしなんかよりは十分強いんだけどね……。)
その微かな違いに気づける人間自体、ティアナぐらいであろうが、何かがあるのは事実だ。
果たして、スバルからティアナへ通信が入る。
「どうしたのよ!?」
通信がオンになった瞬間、先ず問う。
いつものことだ。 ティアナは自らに芽生えた疑念をそのままに出来ない。
「ごめんね、ティア。
 来ちゃったみたい」
「ごめんって、アンタまさか!?」
「うん、戦うよ。
 この居場所は、失ってはいけないものだと思うから」
来たのは、悪意すらもない純粋。
だけど、スバルを害するもの。

 

ここは、地形の起伏の激しい地帯だ。
だから、熱源をチェックしていないと敵に気づかない事もしばしば、ありえる。
(それでも、あたしはわかるから……。)
歩を向ける。
そこに居る自分。 その目に映るのは、敵だ。
「……ぁ!!」
――狙っている、銃だ、銃口は、シンを、狙っている。
頭に一瞬渦巻いた情報。
スバルはその全てを読み取って、反応する。
「振動、破砕!!」
その銃弾を、殴り落とす。 その弾はスバルの拳の振動によって、信管にあたる部分から潰されたのだから。
これでもう、逃げられない。
(だって、こんな反応が出来るのは、こんな芸当が出来るのは、あたしたちだけだもんね)
でも、そんな事はもう関係ない。
ティアナを、シンを……。 あそこに居る仲間達を。
「殺させは、しない!!」
――気づいた、あたしに、Rキャリバー、存在に。
何時にもまして、スバルは自分の頭の中に様々な情報が駆け巡っている事を感じる。
(共鳴してるの、あたし達が?)
だから情報が駄々漏れ。 遠距離射撃の意味がない。
――次の、狙いは、Rキャリバー。 それは、あたしだ。 それは、好都合。
ならばすべて自分で捌き切れば良い。
「振動……。」
振るえだす自分の腕で。
「爆砕!!」
叩き落せば良い!!

 

いつしかスバルの瞳は、その色を変えていた。
蒼い瞳は、澱んだかのように、美しく。

 

その金の瞳に、映る物は戦火だけ。
目の前の敵を屠れよと、心が奮える。

 

しかし。

 

「逃げられ、た?」
砲撃に使っていた武器に乗って、射撃をしていたモビルスーツは踵を返して飛んでいった。
多岐に渡って用法がある物のようだ。
その能力を考慮したうえで、引き際は決めていたのだろう。
こちらに向かってくる―今回のスバルのような―存在が居たら引くのだ、程度に。

 

ピ-ピ-ピ-。
考えているスバルの耳に、エネルギー切れ間近を表すアラートが聞こえる。
それから目に映ったのは、ローエングリンゲートの最後。

 

「よかったぁ」
ホッと息をつきながら。
引いたのはどちらにとっても港運だったらしい。
スバルは足の力を抜いた。
それと共に、Rキャリバーもまた、倒れこんだ……。

 

「スバル!!」
ガンガンガンと、コックピットに音が響く。
今の声は……。
「シン?」
外に居るのだろうか?
寝ぼけ眼を擦ろうとして、止めた。
それは『危険』だから。

 

――でも、なんでそこにいるの?
少しずつ、頭のもやを払う。
ふと見た時計は、戦闘から十分に時間がたっていることを示していた。

 

――そっか、あたしが呼んだんだ。
全てを明かす、覚悟と共に。

 

少しだけ、辛い。
もしかしたらシンと口も聞けなくなるかもしれないと言う思いは、消えない。

 

それでも。
(それでも、開けて。 本当のあたしたちで居られるように……。)

 

自分の胸の辺りに力を入れる。
そうするだけで、コックピットハッチは開くのだ。
 

 

コックピットハッチの開く少し前、シンは走っていた。
Rキャリバーからの返事がないとミネルバから通信を受け、急いで艦に運び入れたのだ。
そして、インパルスを降りると同時にRキャリバーへ、スバルの元へ走り出した。

 

コックピット前まで来て、シンはティアナが居ることに気づく。
「行くの?」
と、問いかけられた。
その表情は、どこか悲痛だった事を、シンは印象深く感ぜざるを得なかった。
「ああ。 呼ばれたからな」
「そう……。」
その表情はさらに一層歪みを帯びた気がしたが、元から美しい彼女の表情は、それもまた一風変わった美しさにも見えた。
続く言葉をシンは待つべきかと思ったが、なんとなく、彼女がそれ以上言葉を発する事はないだろうと思い、歩き出した。

 

Rキャリバー。
謎の多い機体だ。
スペックだけならシンも貰っていたが、そこにはないような能力をスバルは幾つも引き出していた。
彼女のそういう部分に、シンは興味を持った。
それ以上に、人としての優しさに触れた。

 

そんな彼女の名前を、シンは呼んだ。
全然返事がなくて、心配になってモビルスーツを叩いて呼んだ。

 

そのせいでスバルは胸が痛かったなんて、次の瞬間まで知らなかった。
 

 

それ以上に。

 

‘知ること’の罪なんて、その時は考えもしなかった……。
 

 

果たして開いたコックピットの中を、シンは屈んで覗き込む。
心配していた。 だから、発する言葉なんて一つだった。

 

決まってた。

 

「大丈夫か?」

 

そう、尋ねたかった。

 

なのに。

 

言葉は空気中で形を成すことなく、消えていった。

 

小刻みに振えるシンの口唇は、意味を成せない空気の振動を起こす事しか出来なかった。
 

 

そこにいたスバルは泣いて居て。

 

何も着ていないのは判ったけど、肌の細部とかは見えなくて。

 

少し目を凝らすと、コックピットの内部から延びたケーブルが彼女と『直接接続』されているのが、判ってしまった。
 

 

そんなシンの表情を見て、スバルは少しだけ後悔した。
しかし、本当に少しだけ。
(驚くよね、こんなの)

 

わかっていたから。

 

こんな自分を受け入れてくれる人間なんかいないって、達観に似た諦めがあったから。
(だから、さ……。)
シンが数秒後、目を逸らしたのを見て、思う。

 

(もう、見ないで……!)
勝手な事だとは思う。
呼んだのは自分で、彼は来てくれただけなのだから。

 

でも。
(でも、辛いよ……!!)

 

涙が流れる。

 

好きでこうなったんじゃない。
同じ境遇なのに理解者に囲まれたやつらが羨ましい、嫉ましい。
あたしにも命があるんだよ。

 

どうしようもない思いが。
駆け巡って、涙が止まらない。
 

 

「…ル。……スバル」
「ほぇっ!?」
そんな風に悲観してたから、もうそこにはいないだろうと思ってたシンの言葉に驚く。
見上げると、そこには本当に彼が居た。
右手を突き出して、その手には街頭で配られてるようなポケットティッシュがあって。

 

そんな風だから、今まで考えていた事が吹っ飛んでしまって。

 

「ふふっ、ありがと」
だから、まだケーブルとつながれている事も忘れてそれを掴もうとしてしまった。

 

 
大惨事の後。
と、言うほど酷い事は起きなかったのだが、スバルにつながれたケーブル全てを抜いてとりあえず降りようとシンがしたのだが。
長ったらしく体中を巻いていたケーブルを取り払うと、真っ裸になってしまい。
シンの制服を上から羽織ってその場から去って。
「でも、あのケーブルってそういうものだったんだな」
「うん。 あたしの動きをトレースするの。
 人型機動兵器初期設定案からあった発想なんだけど、簡単にはいかないらしくて」
簡単でない代わりに、その有用性は高く評価されていた。
反応のタイムラグなどを極限までなくせるのだから、当然と言えば当然だ。
そのくせ、搭載は何度も先送りにされてきた。
「でも、人は求めた」
耳が痛いと、シンは思う。
力を我武者羅に求め続ける事との差が、ないように思えるから。
「それをしたのが、ロゴス」
「ロゴス?」
「戦争を商売にしている人だよ。 あたしの死にかけの体は、そこで新しく生まれ変わった」
人をベースにしているから、ロボットではなくサイボーグ。
「死にかけ、って……?」
「戦争に巻き込まれたの。 あたしと、ギン姉」
爆撃になすすべなく、何とか呼吸だけできていると言った感じだった。
そして何の因果か研究者に目をつけられ、死にかけの身体ゆえにその選択をする事は出来ず、遠慮無しにこうなった。
「感謝はしてるけど、あたしの未来まで好きにはさせたくなかった」
だから、宛がわれたRキャリバーというモビルスーツで脱出してきた。
デュランダルはその事情を考慮し、Rキャリバーを特機として一機だけ製作したという嘘の情報も流した。
「それが、あたしの過去。
 シン、あたしね……。 普通の人間じゃないの」
タイプゼロと呼ばれた過去。 それは、絶え間なく彼女を苦しめてきた。
「そんなの、生きるためだったんだろ?」
選んだことでなくとも。
それでだれかに迷惑がかかったわけではない。
スバルは、往々にして被害者だ。

 

「なんで、そういう考え方が出来るの?」
暫く、シンはスバルにいろいろな事を聞いていた。
それが終わって、彼女は疲れを取るために休む事になった。
普段ならどれだけでも起きていられると言っていたが、モビルスーツに乗ってからはそうはいられない。
それから自分も部屋に戻ろうとしたシンに、ティアナから声がかかった。
「なんでって、アンタも知ってて付き合ってるんだろ?」
スバルはそういっていた。 ティアナが自分の行動のサポートをしてくれる、と。
「あたしは、スバルを利用してるだけ」
「利用?」
「シン、スバルがアンタを求めたのは、あたしじゃ役不足だったから。
 あたしは、自分の目的のためならあの子を切り捨てれるし、あの子もそれに気づいてた」
だから、別の人間に理解してもらおうと考えた?
「もっといろんな事を知っておいたほうが良いわよ。 あの子の近くにいるの、時と場合によっては危険だから」
「……たとえば?」
「今日の出撃の記録、あの子が何と戦っていたのか、見ておきなさい」
そう言って、ティアナは去って行った。
忠告は受け入れよう、今日あった事を知るという部分だけ。

 

もっと、気になる部分があったから。
「利用、している?」
なら。
「なら、なんでそんな顔するんだよ……!?」
苦しんでいるのは、スバルだけじゃないのかもしれない。
 

 

 

次回予告

 

知るということ。
命がけで掴む事もあるそれは、人の命をさらに脅かす事もある。

 

中途半端な知識ではいけない。

 

少年よ。 あのモビルスーツのパイロットを知ることの意味を、知れ。

 

NEXT「それでも、俺は人の心に悪意を見たんだ!!」