STSCE_第09話

Last-modified: 2008-07-05 (土) 22:25:14

ガルナハンにて、難攻不落のローエングリンゲートの突破作戦に成功したミネルバ。
ガルナハンが開放され、それに伴っていくつかの近郊都市も開放された。
それだけ強大な戦力であったローエングリンゲート。
攻略したミネルバの評価も、相応に上昇したのは言うまでもない。

 

伴い、艦長の杞憂が増えたことも、いや。

 

それは本当に杞憂だけで済んだのか?と言われれば、必ずしもそうではないのだが……。
 

 

「歌……?」
カーペンタリアへ向かう途中、ミネルバは一度ディオキアに立ち寄った。
そこで艦を降りたシン達を迎えたのは、異様な熱気と歌声だった。
しかし、見るとそれだけではなく。
「ピンクのザク……。」
シンがコメントするよりも早く、隣から聞こえてきた絶望感を孕んだ声の主はティアナ。
同じ製造番号シリーズの機体のパイロットとしては、シン以上に思うものがあるのだろう。

 

 
メイリンもルナマリアもいないし、ヴィーノらはどうやらラクス・クラインに夢中なようだ。
だから、ティアナの鬱憤は当たり所がなくなる。
いや、本当にただの成り行きで。
スバルはシンという理解者を得たから、自分と言う記号が希薄になっているのだと思っていた。
事実、彼女がそう思う必要など、ありはしない。 ないのだが……。

 

自分の胸を覆う靄のようなものは、晴れずにただ広がろうとしていた。
 

 

スバル・ナカジマは喜びを隠せない部分があったものの、やはり十数年付き合ってきた自分の身体は呪縛だ。
尤も、自分の身体を呪っているのは他ならぬ自分であるのだが。 それは、仕方のないことだろう。

 

 『コーディネーター』と言うものが出来、当時失敗もあった。
 その中で、子供は生まれたときは何も言いはしなかった。
 しかし、その親は言うのだ。

 

 「ドウシテカミノイロガチガウノ?」と。

 

 正に狂気で、喜劇。 しかし、悲劇。
 親にその身体を呪われて、子はその身体をさらに呪う。

 

結局、一番辛いのは本人で、それ以外にはありえない。

 

だから、人は自分を呪う。
言葉それ本体ではなく。
その感覚が怖くて、人は耳をふさぐ。
言葉はつまり、誘発させるものでしかない。

 

自分が好きになれない彼女なのだ。
その部分で、彼女はとあるコーディネーターに似ていた。

 

「問題は山積みだな……。」
一人ごちる、オレンジ色の派手なパーソナルカラーの機体から降りてきた、赤服の男。
彼は新兵に非ず。 故に、この場の空気とはまた一風を画していた。

 

とりあえず、今後の予定に思考をめぐらす。
 アイドルが踊ってるから仕事を蔑ろにするのはアマチュアだ。
お堅い軍人であるつもりはなくても、そういう分別は必要最低限。
そういった部分を判らない人間が多そうなのは、恐らくあの艦の特異性ゆえか。
そんな、似合わないと自分で自覚できる事を考えていた彼の目の端に、銃を携えたザフトの制服を着た少女の姿が映った。
いや、一応隠してはいたのだが。
まだまだ、あれでは軍人相手ではバレバレだろう。

 

それも含んで、問題は山積み。

 

「なら、一つずつ崩していくしかないだろう……。」
 

 

暗闇の中、歩みを進めるのはティアナ・ランスター。
この場所はディオキアを監視していた地球軍のものだ。
「放棄が早いわね。 なんか、残ってると良いけど。 あるわけない、か……。」
それにしても、である。
薄暗く、足の踏み場もないほど乱雑になったこの場所。

 

足元にある資料も足で起した風力で見えるようにしているのだが、嫌になる。
七割方が血の着いたこの場所。

 

きちんと“大切な”資料はなくなっているようだ。
そういう部分も嫌になる。
暗い所為で目を凝らさないと見えないのに、疲れるだけだ。

 

「誰を煽ったのかしらね、今回は」
こういうことを考えるのも嫌になるが、仕方ない。 どうしても考えてしまうのだ。
「市民、かしら?」
先ほどここまで歩いてきたとき、笑顔を絶やしていなかった彼等。
むしろ、やっと笑顔になれたのかもしれない。
こうしてこの場所を乱雑にする事で。

 

支配者を、殺す事で……。

 

「それで、大切な資料だけは持ち去った。
 何処にいるのかしらね、狸は」
掴めない、その像。
何者かが市民を煽って、ここをこんな風に破壊させたのだとしたら、その何者かが誰なのか?
とは言え、前者は先ず間違いないだろう。 毎回『こう』だ。
ティアナが求めるものは、何者かの手によってなくなっている。 いつだって、こういう場所に来るたびに。
その前の段階で、ティアの邪魔をしている何ものかは自分ではない誰かの手を汚すのだ。

 

煽られたほうにも後ろめたさがあるから、それを隠す。
ここを破壊した人間に聞けば何かヒントがつかめるとしても、口を割る事は先ず間違いなくないだろう。

 

むしろ、真実に近づいた人間の口が二度と割れなくなる事請け合いだ。

 

物思いにふけるティアナだったが、入り口で物音がしたのを聞き漏らしはしなかった。
「誰!?」
金属の筒の先を向ける。
出来れば引き金は引きたくないが、命には代えられない。
軍とは関係ない場所でも携帯するものだから威力に自信はないが、命中制度なら折り紙付だ。
「出てきなさい!!」
あの町にいた人間が迷い込んだ可能性もある。
姿を確認しなくては、攻撃どころか過度な威嚇も躊躇われる。

 

案の定、物陰から姿を現したのは敵でも守られるべきものでもなかったのだけれども。
「ザフトの軍人が何の用!?」
その服装は、自分のものと似通っていた。
違いは、相手は男性だった事。 こうも暗いと、それくらいしか判らない。 世界に色がない。
「お前に用があったのさ、ティアナ・ランスター。 ここは?」
つけられたのか。
「答える必要はないわ。 なぜ、あたしの名前を知っているの?」
「仲間だからさ。 言いたくないんならそれで良いが、とりあえずここから出ないか?」
邪険に扱うのもおかしいだろう。
今、自分が彼に対してとっている態度は飽く迄『驚かされたから』の範疇を出てはいけない。
自意識過剰を装って『つけられた』まではしても良いが、それにしても拳銃を向けた時点で言い訳はなあなあになっているだろう。
「そうね、出ましょう。
 知識欲に駆られてこんなところに着たけど、精神衛生良くないわね」
しかしである。
まるで嘘とわかっていても、多少は言及を止める事が出来るだろう。

 

ついて来た人間に、今度はティアナがついて行く形で、戻った場所はミネルバ。
ティアナはバツが悪いから、そこにいる男の理由は知らないが、会話はまるでなかった。

 

男は見た感じ、なかなか社交的なタイプに見えたのだが、そうではなく。
と、言うよりも。
何か考え事をしているようにも見えた。
彼の本質そのものは、出会い頭ではやはりわからない。

 

 
そして連れられた場所には、長いテーブルが用意されていた。
それ以上に驚くべきところは、そこにプラントの議長であるギルバート・デュランダルがいた事か。
因みに、そのテーブルの席は片側にシン、ルナマリア、アスラン、スバルが座っていて、向かいに議長と艦長、それからレイが座っていた。
「やあ、君が最後か。 狙撃の名手と、今も音を聞いていたところだよ」
ティアナをここまで連れてきた男が「では」と言って退場するほうに右手で答えながら、席を立ってティアナのほうへ向かってきた。
「光栄です」
だが、寄られても困る。 手を出されたから断るのも無礼であるから握り返すのも早々に、宛がわれた席に着く。
スバルの隣で、最も外側である。 因みにここはベランダに位置する部分であるから、表現に多少の齟齬はあるのだが、ティアナにとって重要なのはそこではない。

 

議長が席に着くのを待ってから、椅子を引いて着席する。
遅れてきたことを咎められはしないようだが、艦長は目を鋭くしている。
勝手に出歩いたのだから当然だろう。 レイも、少しだけ怖い顔をしている気がした。

 

「とりあえず、君たちにこちらで聞き及んでいる戦況を教えておこうと思う。
 無論、そんな事だけのためにこの席を用意したわけではないが、聞いてくれるね?」
調べればすぐにわかる事だが、代表となる人間のフィルターを通した言葉ならばそれはまた違った意味合いを含むものになるだろう。
戦っているものと、それを見るもの。 経緯は様々だが、見方は違ってくるのだ。
「世界は依然、混迷のままだ。 元々宣戦から急なものだったから不幸中の幸いか、宇宙でも小競り合いはあるのだがね。 本格的なものは少ない。
 問題は、主に‘ここ’なのだよ」
地球。
ミネルバの戦闘する場所。
「連合のやり方は、あまり大げさに言わなくても無理がある。
 傘下にある地球の町や都市がザフトに助けを求める程度に、だ。
 これは異常だよ。 最早コーディネーターを駆逐するという名目でナチュラルさえ駒にしている」
「どうしようもないのですか?
 交渉の席を持てば……。 こんな異常、誰もが望むものではないでしょう?」
アスランが言うが、状況はそう簡単ではない。
「席を持っていないわけではない。 しかし、交渉では連合側は何一つ譲歩しようとしない」
無茶な請求があるだけだ。 デュランダルもこれには心底呆れていると言った表情だ。

 

「戦いを終わらせる、戦わない道を選ぶということは、 戦うと決めるより遙かに難しいものさ。 やはり」

 

それが、彼自身の感想だった。
(確かに、そうね。 ま、納得してないのがいるみたいだけど)
ティアナは位置が位置のため全員を見渡す。
釈然としない表情なのは、特にシンだった。
『戦わない道』。 その意味に、感受性が反応したのだろう。

 

「でも、敵の脅威があるときは……。」
ボソッと口走り、視線が集中してきたのにバツが悪くなって押し黙る。
そのどれもが急の発言に驚いたというものだったが、わり入られたデュランダルが真っ先に反応する。
「続けてくれて構わんよ。 元々、君たちの立場でのそういう意見が聞きたくてこの席を用意したのだからね」
独り言の範疇だったが、ならば言わざるを得ないだろう。
シンは一息をついて、口を開いた。
「戦わないようにするのは、確かに、これから一番大切なことになってくると思います。
 でも普通に……。 平和に暮らしている人達は守られるべきです。
 敵の脅威があるときは、それを何とかしないと……!!」
戦うべきとき。
その時に、手をこまねいていては自分達はおろか、誰も守れはしないのだ。
そして平和に。
かつての自分達のような存在は、やはり戦いとは遠い世界にあって欲しい。
自分が望んだ事であり、今、世界がそうであることを望む。

 

「だが……。」
シンの言う事は尤もだ。 それに、アスランが低い声で反応をしめす。
それはシンに向けられた言葉であったため、アスランもシンと同じく一息ついて言い直す。
「ですが、自分は以前、ある人物にこう問われたことがあります。
 『殺されたから殺して、殺したから殺されて、それで本当に最後は平和になるのか』と。
 今も、自分はその答えを出せずにいます」
そのまま、彼は復隊した。 答えを見つけるために。 延いては、本当の平和を掴むために。

 

そして、その言葉は小さな余波を生む。
誰も考えてはいなかっただろう、『最後』など。
戦って、守って……。 では。 終わりとは何処にあるのか?

 

「あたしは……。
 やっぱり、戦うのが嫌……。 です」
スバルも口を開く。
「でも。 でもやっぱり、隊長の言うように悩む事もありますけど……。
 そうしてる間に助けれない人が出るのが、もっと嫌です」
苦しんでいる人間。
今にも、戦禍が届かんとしている場所。
そういうものから守る力を持っているはずなのに、考えている時間は無いとも思うのだ。

 

「スバルの言うとおりだと思います。
 尤も、あたしなら及ぼうとする戦禍の根底を撃ち貫く事から入りますけどね」
次は、ティアナだった。
基本的な考えは変わらないが、立場はまるで正反対といえよう。

 

天井を直さない限り、雨漏りは止まらない。
スバルは、その水をせっせかバケツで受け取る考え方。
ティアナは、開いた穴を塞いでしまえと言う考え方。

 

無論、それだけではない。
「そんな事をやったら、本当に戦い続けるしかなくなるんだぞ!!」
アスランである。
穴を塞ぐ事で屋根に溜まった水は、いつか家を押しつぶす。
屋根の形など関係ない。 ここに、自然の蒸発作用は働いても微々たる物だ。 降り続ける雨を拭い去る事は出来ない。
「今と何も変わらないでしょう? 明確にゴールがあると思える分、楽かもしれませんよ?」
「冗談でもそんな事を!!」
怒りを明確にあらわにするアスラン。
『敵を倒せば戦争は終わる』。 その言葉がアスランに与えたのは、絶対の孤独だけだった。
『あれを撃てば』、孤独が待っている。 『あれを殺せば』、孤独が待っている。

 

「落ち着きなさい、二人とも」
そんな二人を、タリアが止めた。
デュランダルはそれをありがたがって、そして、彼等の話をさらに拡張する話を始める。
「ティアナ。 君の考え方は確かに正しい点もある。 しかし、問題の根底はそれだけではない」
席を立ち、眼下を見張らせる場所へ向かい、手すりに手を置いた。
「なぜ、我々はこうまで戦い続けるのか。 なぜ、戦争はこうまでなくならないのか。
 戦争は嫌だと、『いつの時代も』叫び続けているのにね」
ここに居る人間もそうだ。
少なくとも、望んで戦っている人間のほうが明らかに少数だろう。
「キミはなぜだと思う、シン?」
「え?」
急に振られ、しかし、シンは誠実に答えを探し、発言する。
「それは……。 やっぱり、いつだって馬鹿で身勝手な『ブルーコスモス』みたいな連中がいて……。」
「ふむ。 まぁ、そうだね。
 おおっぴらに言えば、その程度だろう。 しかし……。」
デュランダルが席を立った理由。 それは、とあるものに近づくため。
「誰かの持ち物が欲しい。 自分達と違う。 憎い。 怖い。 間違っている」
まるで箇条書きしているかのように、戦争の原因の根底と考えられるものを羅列する。
しかし。
「そんな理由で戦っているのも確かだ。
 しかし、もっとどうしようもなく、救いのない一面もあるのだよ、戦争にはね」
それが、とあるもの。
顔を見合わせるか、「え?」と呟きを漏らすか。
レイとタリア、ティアナ以外のクルーはそんな感じだった。
「たとえば、あの機体。 ZGMF-X2000 。 グフイグナイテッドと言う機体だ。
 君たちなら、真っ先に目がいったんじゃないかな?」
それは、確かだ。
はじめて見る、派手な機体。
モビルスーツ乗りとして、いや、そんな事関係なく目が行くものだ。

 

そんなシン達の反応を見て、デュランダルはうなづいて続ける。
「つい先ほど、軍事工廠からロールアウトしたばかりの機体だ。
 あれだけではない。 ZGMF-X40A。 ディクライ。 どちらかと言うと接近戦用よりなグフイグナイテッドとは対照的な遠距離砲戦用の機体が、ミネルバで運用する事が決まっている。 ディオキア滞在中、いや、明日には搬入される予定だよ。
 そう、今は戦争中だからね。 驚くべき速さで新しい、強力な機体が次々と設計、建造される」
話の流れがつかめないと、思うのは当然で。
先ほどまでとは全く別の方向の話のような気がした。
しかし、彼はそんな事を知ってかしらずか、ただ続ける。
「そして、戦場ではミサイルが撃たれ、モビルスーツが撃たれ、様々なものが破壊されてゆく……。
 そのたびに、新しいものが補給されていく。 両軍ともに、ね。 生産ラインは追いつかないほどだ」
レイと、そして予め感づいていたタリアとティアナは言わんとしている事に気づく。
「その一基、一体の価格を考えてみてくれたまえ。
 これを、ただの『産業』として捉えるならば、これほど効率のいい物は他にないだろう」
シンたちの中でも、彼の話は繋がりはした。 しかし、それはあまりにも……。
そう、あまりにも『彼等が人として戦ってきた理由』を鑑みていない物だった。
「でも、それは……。」
「そう。 戦争ならば当たり前、仕方のないことだ」
このサイクルは。

 

しかし、卵が先か、鶏が先か、と言う話になってくる。
つまり、『この戦争に関して言えば』卵が圧倒的に先行していたのだ。

 

「人は儲かるとわかれば、逆を考えるものだよ」
それが、卵の先行。
「戦争が終われば兵器が売れない、儲からない。
 だが、また戦争になれば?」
彼等は、儲かる。
卵が、溢れんばかりに産み落とされる。
「ならば戦争は、そんな彼等にとって『ぜひともやって欲しい事』になるのではないのかね?」
「そんな……!!」
シンは言葉を漏らさざるを得なかった。
儲かる。 それは、違う。
シンの中に、言葉にならない感情が渦巻く。
だが、デュランダルは続けた。
「『あれは敵だ。危険だ。戦おう。』、『撃たれた。許せない。戦おう。』。
 人類の歴史には、ずっと人々にそう叫び、産業として戦争を作り続けてきた存在があるのだよ。
 唯一つ、自分達の利益のために、ね」
沈黙が辺りを包む。
アスランさえ、その表情は驚愕ばかりだ。

 

自分達のため、金儲けのために戦争を起す。
そんな事、彼等の常識では考えられなかったのだ。

 

「今回のこの戦争の裏にも、間違いなく彼等『ロゴス』がいるだろう。
 それこそ、『ブルーコスモス』の母体でもあるのだからね」
ならば、コーディネーターを勧んで化け物と誹り、そして戦争にしたのも、それらのせいと言う事になる。
一つ前の戦争から、踊らされていたのか?
その思いとともに、シンは少し前にスバルと話していた事を思い出した。
「『ロゴス』って、たしか……。」
「シン」
口に出しかけた彼を、止めたのはティアナだった。
「この場に相応しくない発言は、しないほうが良いわよ」

 

なんだ? 関係性を知られたくないのか?
いや、そんな筈はない。
スバルの話なら、デュランダルは全てを知っているはずだ。
ならば、スバルの事が知られると不都合があるということになる。

 

シンは、議長の言及を今度は丁重にかわした。

 

そして、考える。
確かに、スバルの事を大っぴらにするつもりはない。
隠しておきたいと言う思いすら、シンにはある。

 

だから、だろうか?

 

その時、シンは多少楽観してしまったのだ。

 

ティアナはやはり、ただスバルの事を思って発言しているんじゃないか、と。
 

 

そして、それ以外に、それ以上に彼の心にあるもの。
それは、やり場のない怒り。
実際、ティアナとスバルの事を考えれたのはこの数時間後だ。

 

シンからマユや両親を奪ったモノは、なんだ?

 

あの時は。
睨み上げた空には、モビルスーツが飛んでいた。

 

しかし今、その機体とは別に、悪意が見える気がした。

 

 
「だから、難しいのだよ。 本当に。
 彼等に踊らされるものがいる限り、戦いはこれからも続いていくだろう」
それぞれが、何かを考えるように黙る。
ティアナの言ったやり方は、この場合律的な補助がなければ成立しないのも、この問題の根の深さを物語る。
「出来れば、それをなんとかしたいのだがね。 私も。
 だが、それこそが、何より本当に難しい事なのだよ……。」

 

そうして、その席は解散された。
シンは勲章の受理などを議長に言われ喜んでも居たらしいのだが、話が話だけに沈んでいる。

 

戦争被害者は、特に知りたくなかった事実だろう。

 

(でも、ロゴスって……。)
言いようは言いようだったが、あれは明確に組織立ったものではない。
そして、ザフトと連合、延いてはナチュラルとコーディネーター。 そのそれぞれの深部に存在するのだ。

 

なのに、先ほど議長は『ブルーコスモスの母体』であるとしか言わなかった。
それ以上を匂わせもしたが、自分達の元にあるものには触れなかった。

 

(こっちも、一筋縄って訳じゃないみたいね……。)

 

 
「議長、少しよろしいでしょうか?」
会食、あまり食は進んでなかったが、その後。
アスランがミーアを伴ってやってきた。 紛い物の歌姫だが、アスランはきちんと気に掛けている。 そういう部分は、デュランダルとしても楽で助かる。
しかし、やはり姦しいのは珠に瑕だ。
だれもが『少し変わった』で通しているが、少し灸を添える必要も出てくるかもしれない。
「あぁ、君か。 私からも君に聞きたい事があったんだ。
 是非、時間をとろう。  よろしいですか、ラクス様?」
ならば、自分も気遣う必要があるだろう。
尤も、形式上だけで彼女はなんら選択の権はないのだけれども。

 

そのまま、吹き抜けに移動する。
その一回、噴水のある良い雰囲気の場所だ。
「それで、議長」
アスランは性急だ。 その性格がキラ・ヤマトの元から離れると言う選択をしたのだろう。
世界が混迷しては止まっていられない。
一刻も早く平和が欲しい。 その姿勢は立派だが……。

 

「アークエンジェルのことだね?」
判りやすいものだ。 アスランは顔色を変える。
「聞き及んでおられましたか?」
「私自身、興味があってね。 彼等はなぜ、また出てきたのか? わかるかい?」
わかればこれほどやりやすいものはない。
こちらに何の悪意もないと思わせることが出来れば善し、出来なければ悪し。 それだけだ。

 

「いえ、自分にも。
 なぜ、あいつはあんな……。 俺にも何も言わないで」
花嫁を連れ去った、か。
しかし、それは恐らくキラ・ヤマトの人間らしい考えに基づくものだろうと、デュランダルは推測する。
「渦中に置きたくなかったのではないかな?」
おっと、これは失言か? とも思ったが、アスランは納得するばかりだった。
深しい事情を知っているのはなぜか?とは、思わないのだろうか?
いや、既にラクスの事もわかっているのだ。 アスランにとって、可侵不可侵の境界が出鱈目になっているのだろう。
「ですが、やってることが出鱈目です」
こちらも出鱈目、か。
本当に出鱈目になっているのはどっちだろう? と、思う。

 

案外、こんな事を考えている自分なのかもしれないな。

 

デュランダルは苦笑する。

 

「では、何かわかったら教えてくれるかい? できることなら、安寧の内に済ませてしまいたいものだ」
手段はどうあれ。
「あ、はい。 議長も」
「約束しよう」
約束、か。 不確かなものだと、その言葉を発した自分でも思う。

 

それでも、信じるしかないときはある。

 

アスランは今、そうなのだろう。
友と別れて、少し、混乱もしていよう。

 

「本物のラクス・クライン。 彼女がプラントに戻ってくれれば、事は良い様に進むとも思うのだがね」
この二人が協力すれば……。 アスランもそう思う。 しかし、事は巧く運ばれていない。
「議長は、どうお考えですか?」
「推測で良いかね?」
アスランは頷いた。
「ふむ。 先ず間違いないのは、彼等は先の大戦の延長として、この戦いを捉えているだろう点だ」
「違う、と?」
「本質的には変わらないだろう。 しかし、今回は随分ロゴスが前に出ている気がしてね。
 時間がなかったのかもしれない、新しい依り代を作る時間が」
かつてのブルーコスモスのような。
今も存在はするが、あの時のような漢族はいない。
そのせいで、ロゴスは自ら進んで戦争しなければならなくなったのだろう。
「これは、危険な賭けだ」
アスランが頷く。
成功すれば今までどおり莫大な金が手に入り、失敗したら、その命が掛け金だ。
「ならば、こちらも賭けるとしよう」
「はい?」
驚愕、しかし、目に入らないかのように続ける。
「もしかしたら、これはチャンスなのかもしれない。
 あのティアナ・ランスターの言うように」
「ほ、本気ですか!?」
低い声で、しかし、驚きを覆えてはいない。
「それもこれも、全てわからない事だらけさ」
「はぁ」
「今後の事、あの艦がどんな陣営に着くのかでも、変わってくる。
 その時ロゴスをどうできるのか。 それは、君たちに任せるしかない」
「ですが、それは……。」
「無論、危険な賭けとは承知している。 しかし、それでも私は見たいのだよ。
 争いのない世界。
 誰もが当たり前に見る夢を、叶えてみるのはどうかな?」
「どう、って……。」
「いや、流石にそこまで己惚れてはいない」
よく分からないといった表情のアスラン。
実際、そういう状態にするために言葉を弄したのだ。

 

アスランが、どうするか。

 

それもまた、デュランダルにとっては懸念すべきものであるから。

 

「では議長、これで失礼します」
「ああ。 今日は、今日くらいはゆっくり休んでくれると嬉しい」
「はい、ありがとうございます」
その後は、当たり障りのない会話しかしなかった。
その中でも、わかった。

 

アスランはまだ迷っている、と。

 

断ち切ることが出来るか?

 

そんな事は、やってみなければわからない。

 

もし駄目ならば、捨てれば良いだけだ。 できれば拾ってやりたいとも思うけれど……。

 

眠れない……。
シンは宛がわれた部屋を出る。
レイは「女性と、勲章を貰うべきシン、それからアスランはここにいるべきだ」と言って艦に戻ったが、その役目はシンが貰いたいものだった。
別に、「枕が変わった」からとか、環境の所為にする気はないが。 涼むのも良いだろう。

 

数分を歩く。
夜中の、ちょっと古めの大きな建物。 雰囲気はあるな、と思う。
でも、ちっとも怖くない。 もっと、実際にある脅威と戦っているからか。

 

道中、岬が目に入る。

 

明日、時間があれば行っても良いな。

 

そう、思った。
 

 

そして、翌朝。

 

眠い目を擦りながら、しかし、頭はすぐに覚醒する。
随分ドタバタする音が聞こえる。
変な感じだ。 枕が違うからか?

 

とりあえず、気だるい身体を起す。
可も不可もない、普通の状態のようだ。
寝違えたりしなくてよかった、と思うべきか、良いベッドなのに、と思うべきか。

 

まぁ、悩んでも仕方ないし、別段悩むところでもない、と思う。
とっとと着替えて他のクルーに合流するのが一番だろう。

 

その後の行動は、早かった。
 

 

ティアナの朝は早く。
エアガンで空き缶を狙い打ってたりしたのだが。
(軽いわね)
握り締めたものが、である。
少なくとも金属とプラスチックの差があるし、これは人の命を左右しない。
だから、軽い。

 

軽いのは、嫌いだった。

 

「貴方の事も、あたしは嫌いよ」
「そうかい。 そりゃあ、気をつける」
背後にいた人間は、昨日会った軍人。
名は「ハイネだ」といっていた。
「ティアナ・ランスター。 尤も、知っててついて来たんでしょうけど」
話しながらもモデルガンを発砲するが、すっかり気が白けてしまう。
元々、こんなものは実銃の腕を落としかねないものなのだ。
「根に持っているのか?」
「別に。 でも、貴方はあたしに言うべき事があるんじゃないの?」
「皆目、見当も……。」
「ふざけないで!!」
ハイネの言葉を遮って、あたしは叫んだ。
その声は、自分でも面白いくらい滑稽さがあったような気がする。
それくらいに、あたしは真剣だった。
「人の事を言っておいて、お前も調べたのか?」
「‘仲間’、ですものね」
昨日の通り言い返してやる。 が、本当はそんな筈もない。
自分は調べ物が大好きなのだ。 ミネルバに乗ってからは一度、メイリンに感づかれかけた事のあるほどディープな物まで。
因みに、ティアナはそのメイリンを恐れていたりする。 彼女の能力は、正直言って格が違った。
その気になればミネルバのクルーの大半を手玉にとって遊べるだろう。 情報とは、そういうものだ。

 

それで、今は彼の話。
ハイネ。 彼が持つ過去は、ティアナと一つの共通項があった。
「ティーダは、優秀なパイロットだった」
ティーダ・ランスター。 その存在。
「だった、にしたのはあなたでしょう?」
「そう、だな」
だから、昨日であった段階から、彼はティアナへの接し方を見つけられないでいる。

 

彼は、公の記録においてティアナの兄を殺した存在だ。

 

だから、銃を向ける。
簡潔で、それだけだ。
「なにか、言い残すことはある?」
しかし。
「死ぬつもりはねぇよ」
ハイネは銃を掴んで、先端を自分の方向から変えた。
そうされると同時に、やっぱりかと、ティアナは思う。

 

コーディネーターには敵わない、と。

 

でも。

 

その程度で諦められるはずもない!!

 

「言いなさい、全部!!」
左手から、命中精度も発射速度も落ちると承知で、もう一つ。
向けられても怖くなんかないだろう。 彼はコーディネイターだから。
それでもやらずにはいられない。 命を、そして人生をかけて、ここに来たのだ。 たどり着いたのだ。

 

「言うべきことは何もない。 知りたくは無いだろうからな、お前も」
「それは、あたしのために言っているの!?」
語気が荒くなる。 仕方ない。
「そうだ」
「へぇ、優しいのね。 なら……。」
多分、今の自分は平生でないのだろう。 が、仕方ない。
「ここで、銃を撃つわ。
 当たらなくても良い。 あたしは困る。 人が来て、‘仲間’に銃を向けているんだから。
 どう? 優しいのなら、止めるために話してよ?」
馬鹿な事を言っている。 が、全て、仕方がない。
「そこまでしてやる義理はねぇよ。 やりたいんなら、やれば良い」
そんな馬鹿なことはいくらなんでもしないと、分かっているかのような口ぶり。
腹の立つ話だが、その通り。 ティアナは負けを確信する。
落ち着きを失っていることにも気づいたし、折角のヒント、手繰り寄せない術はない。
去っていくハイネの背後を睨みつけるように、ティアナは今後の事を考えながら銃をしまった。
 

 

そんな事があった後、ハイネがティアナと揃って食堂へ行ったら、既に全員が朝食を取っていた。
それと、ラクス・クラインの姿もあるのを、ハイネは確認する。
彼女の事は、あまり抱きたくない意識だが、苦手だったりする。
女と言えば、このティアナもだ。
全く、昔あったときはあれほど可愛かったのに(まぁ、本人は覚えてないだろうが)今はと言えば、この豹変ぶり。
ギクシャクしてると確かに言及されるかもしれないだろうが、これはすごいね、本当にそう思う。

 

まぁ、それはさておき。
この中で一番‘まとも’に話が出来るのが誰かは知らないが、とりあえずラクス様に絡まれて困ってるフェイスを助けるとするか。
そう思ってそちらに足を向けると、ティアナは別の席へさっさと歩いていった。
「おはようございます、ラクス様」
「あら、おはようございます」
一言だけ向けてから。 これも礼儀だ。
そう思ったが、急に立ち上がって敬礼したアスランがおかしくて、少しだけラクス様と話をする事にした。
「昨日はお疲れ様でした。 基地の軍人達も、喜んでいましたね」
「お役に立てたのならば、光栄ですわ。 ハイネさんも、楽しんでいただけましたか?」
「ええ、それはもう」
そろそろ良いか。 この社交儀礼も、アスランを硬直させておくのも。
あまり礼の形ばかりで接しられるのもぞっとしない。
「昨日はごたごたしてて、まともに挨拶も出来なかったな」
アスランのほうを向いて、フランクに話しかける。
虚を突かれたようにして形の崩れたアスランを見て、笑いがこぼれそうにもなる。
どっかの席の金髪の少女は噴出していたが、まぁ、ばれてないみたいだ。
「特務隊のハイネ・ヴィステンフルスだ。 よろしくな」
そういって、右手を差し出すと、それを見てすぐにアスランはこちらの意図を汲み取ったようだ。
つまり、頭の良い奴。
「こちらこそ。 アスラン・ザラです」
戸惑いの表情は消えていないが、右手に確かな温かみが伝わる。
「知ってるよ、有名人。
 復隊したって聞いたのは、最近だったけどな」
そうして、適当に話をする。
前大戦の話など、ちょっと危険なこともして見たが、彼はきちんと応対して見せる。
やがて、ラクスはお付のものに連れられて去っていく。
スーパーアイドルとは、往々にしてそういうものだ。
「仲良いんだな、結構」
「え? あぁ…いや……。」
ちょっと驚く。 なるほど、自分の立場の話よりもこういう話のほうが弱いのか、と。
考えてみれば、多分珍しい人種だろう。
「まぁ、良いじゃないの。 良いことよ、仲良いってのはさ」
「ええ。 はい、まぁ……。」

 

ハイネと同じ事を思ったのは、シンもだった。
尤も、角度はちょっと違うのだが。
要するに、『作戦のときの彼』とのギャップがあるのだ。
そんなシンたちを、ハイネは呼んだ。
行かぬわけには行かないので、シンは先ほど一人増えた事でいよいよ肩身の狭くなったテーブルからの脱出に喜んだ。
「で? この5人と、昨日の金髪だな、ミネルバの所属パイロットは?」
そういわれ、数え上げるようにハイネに見られるシン。
「インパルス?」
「あ、はい」
「ザクウォーリアに、セイバー。 昨日の金髪がファントムだろ?」
「はい」
シンの隣でルナマリアが答える。
アスランはそれを好として黙っていた。
「あぁ、それから、君たち二人がアレだろ?
 色物機体」
「え? えぇ。 でも、色物って言えばシンのだって……。」
スバルは突然そういわれて驚く。
色物と言うならばインパルスもそうだと思うのだが、当のハイネの中はそうではなかったらしい。
と言うか、彼なりに‘色物’という言葉の確立がされているのだろう。
「まぁいいや。 で、だ。 お前と艦長、フェイスだろ?」
なんだろうか?
返事をするアスランを見ながら、シンは戦力の再確認をされている気がして嫌だった。
何が嫌なのかは、多分心の中では分かっているのだろう。 もっとも、それは言葉にはならなかったが。
「あぁ、それから。 さっき、ディクライは搬入されたよ。
 どうだかねぇ。 戦力的には、十分じゃない?」
ディクライ。 議長の言っていた機体か。 尤も、パイロットがいないのだけれども。
「なんで、俺にこの艦に行けって言うのかねぇ?」
「そうですねぇ。 って、乗られるんですか!?」
誰もが驚いている。
シンにはわからないことだったが、ずっと澄ました顔をしていたティアナもだ。
「おお、そうそう。 休暇明けからな」
「では、ディクライは貴方が?」
「いいや? なんだよ、パイロットいないの?」
「はい。 なのに、ここに最新鋭機を持ってくるなんて……。」
「あたしはRキャリバーしか乗れないし……。」
スバルが確認するかのように言うと、
「俺も、インパルスで満足してる。 いや、砲専モビルスーツなんて、乗りたくない……。」
シンが続く。
「セイバーを遊ばせておくのも……。」
アスランが言えば、
「俺も最新鋭機だぜ?」
ハイネもそう言う。
「あたしには勿体無いわ。 今でさえ、ねぇ?」
ルナマリアは技量的に御免こうむると言い、その実は深刻そうだ。
「と、なると……。」
全員の視線が集中する。 ティアナに。
「え、あたし!? 嫌よ、そんなの。 レイがいるじゃない?」
結局、初顔合わせからそんな感じ。
ディクライのパイロットは決まらず。
多少不安も残ったままお開きになってしまった。
今日は休暇との話なので、その足でシンはバイクを借りに言った……。

 

「俺の部屋に、入るだけ入れれば良い!!」
「ばれるなよ、すぐだ、すぐ!!」
ヨウラン達が何かやっている。
シンがある事情で夜まで艦に戻れなかったのだが、その間に随分馬鹿なことになっているようだ。
「隠したいなら声を出すなよ」
近づいていく。
ヴィーノがちょっと驚いていたが、シンだと確認してすぐに笑顔を浮かべる。
「ノリだよ、ノリ」
大勢で、まるで馬鹿みたいに必死になったようなフリ。
「それでばれてたら世話ないけどな。 何だよ、これ?」
で、大きな荷物に目を向ける。
「アッチ系の本だよ、シン。 お前もご無沙汰だろ?」
「ヨウラン、お前はまたそんな事ばっかり……。」
彼は少しばかり硬さが足りない。 勿論、柔軟な考え方は重要だが、柔らかすぎるのはどうだろう?
「まぁ、いいけど。 黙っておいてやるから、お前等も隠す努力をしろ」
「あれ、シンは要らないの? 折角お前の好きそうなムガムガ」
後半は名誉のために口を塞いだ訳である。
しかし、人が優しさで接してやっているのに……。
「なんで、俺が、こんなものを!?」
怒気を込めて詰め寄る。
いくら恩人と言っても遜色のないほど、友人も何もなかったシンに接してくれた彼等とは言え、不名誉な気がする。
「だってお前、ラッキースケベじゃん」
口を塞ぐ前にヨウランが喋り終わったおかげで、ヴィーノもシンの手から開放される。
しかし、である。
「あれは、本当に偶然……。」
「だから、ラッキーなんだろ?」と、ヨウラン。
「羨ましいなぁ、シン。 俺たちがこの戦い終わってアーモリーワンに戻ったら、紹介してくれよ」とは、ヴィーノ。
若干危なげなセリフな気がする。
そう、こんな考えで良いのか?とも思うのだ。 それを言えば「硬すぎ」と言われるだろうが、自分達は決して先を見れるような立場じゃない。
「だからって……。」
「へ?」
口に出てたのだろう。 飄々とした感じのなくなったヨウラン。
「全部他人任せにしていて良いわけないだろ?」
それに、ヴィーノも真面目。
彼等なりに、考えてきた事があるのだろう。
それは、整備とか、シンとは違う戦いをしながら、シンとは違う立場から出された答え。
「俺たち一人一人の力がどんなものかはわからないけどさ。
 けど、用意された事だけやってたんじゃ、軍人でしかないだろ?」
「……俺たちは、軍人だろ?」
「でも。 お前は、シン・アスカだ。 ラッキースケベ、嫌なんだろ? だったら、ラッキーじゃなくせば良い」
そんなところからか、と思う。
これだけ真面目な雰囲気出して、言う事はこれか。
でも、その積極性は、確かに見せてやっても良い。
「確かに、俺は俺、だよな」
今日あった事も、結構大切かも知れない。

 

「また会いに来るから」と、彼はとある少女に伝えた。
戦争で心が傷ついた、ある金髪の綺麗な娘だ。

 

「と言うわけでこれとこれ。
 もっておきんしゃい、餞別じゃ」
すっかり気の抜けたヨウランが二冊。
「あ、これもこれも」
ヴィーノが一冊。
「いや、要らないから」
断ったけど、ごり押しで渡された。
妙に『妹』って文字の目立つこの三冊、どうしよう?
 

 

「あ、シン?」
あの時以来、直接的には話してなかったティアナが、シンを呼び止めた。
「どうしたの?」
それに対して、明らかに挙動が不振になったシンに、ティアナが聞く。
さっき受け取らせられた本が三冊。 後ろ手に隠しているが、これはヤバイ。
「あ、いや…。
 なんでもない。 何か、用か?」
一旦部屋に戻ろうと思ったが、とりあえず聞くことにした。
「ねぇ、シン?
 あんたにとって、『妹』ってどんな存在だった?」
見られた、かと思ったが、そんな気配は彼女にはなく。
「あ、ええっとね。 ほら、あれよ。
 色々、あったんでしょ? 携帯電話とか。 残された方としては、兄ってどう思うのか聞いてみたくて」
誤魔化すかのようにてんぱったあとで、彼女は尋ねたいのだと言った。
「どう、って。 兄なんだから、大切だと思ってた。
 そうするべきだって、母さんも父さんも行ってたし……。」

 

不思議だ。
そして、卑怯だ。 感情は。
この目の前にいる彼女も、自分と同じ苦しみを知るものだと、スバルに聞いていたから。
普段だったら自分の傷をえぐるだけのその言葉が全然心地よい。
だから、卑怯だ。

 

自分に対して、そんなふうに思っていたからか、気が抜けていたからか、例の本が一冊、シンの手から滑り落ちた。
ティアナが気づかないはずも無く。
「最ッ低!!」
弁明する暇もなかった。
 

 

――あの娘は、どうしただろうか?
シンはミネルバが発発進すると言う放送を聴きながら、自室にいた。
最後、ステラを連れて行った兄と思われる人たち。 でも、そうじゃないのかもしれない。
あの子は、シンと似ていた。
少なくとも、シンは自分との共有性を見出した。 だから、抱きしめた。
女の子にあんな事をするのは、やはり気恥ずかしい。

 

抱き締めたい。 そう思ったことは、過去にも何度かあった。
でも、あるときは気丈な振る舞いが行き過ぎてそんな事できなくなったり。
またあるときは、その子の姉がきちんと面倒を見てたり。
それから、自分で立ち直った強い子もいた。

 

妹以来か、実行に移したのは。

 

抱き締める、なんてこと、欲望からしたわけじゃない。
抱きとめなくちゃ、その子が駄目になってしまいそうで、怖くて。

 

それなのに、本当にそれを必要としていたのが自分だと。
抱き締めたいって言うのが、自分の欲望に過ぎないのだと、マユの携帯を見るたびに思う。

 

自分にはそれが必要だった。
妹が、誰かが、必要だった。

 

繋ぎとめて欲しい。
それは、自分の感情に過ぎなくて。

 

「誰かを求めてる……。 それは、俺も同じだ……。」
喪ってしまった悲しみ。 共有したいのか?自分は?
そして、スバルは。 慰めて欲しかったのか?ああして、仲間のいない状況を作れば誰かがそうしてくれると?

 

先ほど、ティアナの瞳を見たからか。 あの瞳は、シンを糾弾していた。
彼の中にある欲望を見たのだと思ったのだろう。 そんな目をした。
そんな目で見られたから。 シンは、自室で悶々とそんな事を考えていたのだ。
自分の中にあるものが見透かされた気がして、自分の本心を考えただけ。
驚くほど、自分勝手で汚れていたけど。 それが、自分だと思う。

 

 
そして、言われた事はその前にも。

 

『けど、用意された事だけやってたんじゃ、軍人でしかないだろ?』『お前は、シン・アスカだ。』

 

嬉しい言葉だった。
プラントへ渡って出来た友人。 だと言うのに、もう十年来の親友のような感じである。
共にいた期間は短くとも、考えていてくれるのだ。

 

そんな人たちを守るための力が、シンの求めたものでもあったから。

 

そんな事を考えながら、シンは眠りについた。
 

 

翌日。
数々の思いを乗せ、一人の思いを増やして、数々の波乱をも綯交ぜにして、ミネルバは再度出航する……。

 

そして、その航路の先には、地球軍と。
「オーブ!? 何でこんなところに!?」
「アークエンジェル」
レイがデスクの映像を指す。
「隠し持っていた、と咎められたそうだ。
 飽く迄同盟関係、こんな所で崩したくもないんだろう」
「それで、のこのここんな戦場まで?」
会敵までそう時間はない。
アスラン、ハイネ、スバル以外の全員がデッキで話していた。
「ルナマリア、これは国の問題だ。
 来ざるを得ないのだろう」
「わからないわね、そんな事。 わかりたくもないわ」
良い国だった。 それは、彼女も認めていること。
「そうね。 理解してくれ、なんていわれても、絶対無理」
ティアナも続く。
それでも、命を脅かすものに、変わりはないのだ。
「シン?」
「戦うさ。
 相手が何であっても、どれだけの正しさを持っていても。 いや……。」
そんな生ぬるいものではない。
「あの国が自分達を正しいと言うのなら、あの国が自分達を悪くないと言うのなら、俺が裁いてやる!!」
怒りは、燃え滾るものだ。

 

彼の目の隅に。
あそこで搬入された、ディクライが、灰色の体を遊ばせていた。
 

 

艦内に放送が届き渡り、全機にスクランブルがかかる。
「ハイネ・ヴィステンフルス。
 グフイグナイテッド、先に行くぜ!!」
誰よりも先に出て行った、この艦では初めての出撃に当たるハイネ。
「シン・アスカ。
 コアスプレンダー、行きます!!」
続く、シン。
「アスラン・ザラ。
 セイバー、出る!!」
アスランが出撃し、シン、ハイネとの通信をオンにする。
「アスラン!! 何の話してたんですか、さっき」
デッキにいなかったアスランとハイネ。
スバルもいなかったが、その理由は知っている。
因みに、『隊長』ではなく『アスラン』と呼ぶのはハイネのご意向。
「お前に言うような話はしていない。
 強いて言うのなら……。」
アスランの言葉が途切れるうちに、スバル・ティアナが出撃する。
シンも、インパルスをモビルスーツ形体へ移行させた。
「そうだな。
 俺も、お前と変わらないって事か」
「え?」
わけが分からない。
そんなシンを傍目に、アスランはルナマリアとレイがミネルバの上に出てきたのを確認した。
「行くぞ、シン!! 遅れるな!!」
「あ、はい!!」
まったく偉そうに。 結局、何もわからなかったじゃないか。
全機がスタンバイを終えているのをアスランよりワンテンポ遅れて確認し、シンもインパルスのスラスターを噴かせる。

 

 
「C.I.W.S.機動、弾幕を張って。 トリスタン一番二番照準と回避運動を厳に!! 目標、敵モビルスーツ軍!!」
ミネルバ艦内。 多勢に無勢、先ずは道を開く。
前回とは違ってオーブ軍も遠征軍。
(アレから時間もたっている、甘くはないわね)
気も引き締めてかかってくるだろう、少なくとも半端ではないと思った。

 

「座標軸固定、セイバーを突撃させる!!」
ミネルバから斜線軸の座標が送られてきたアスランは、モビルアーマー形体へ移行させたセイバーが敵陣を乱す。
敵をミネルバから放す意味でも、固める意味でも。
「シン、続け!!」
「そう簡単に言いますけどね、こっちは!!」
スピードが違うのだ。
障害物も、モビルアーマー形体だからかいくぐれると言う。
「なんて速さだよ、それでも!!」
ぐんぐん距離を開けていくアスラン。
それでいて、セイバーはきちんと道を開いていってる。
「狭すぎる!!」
「着いてきていれば、十分だろう?」
聞いていたのか、この人は。
「もう遅れてるんだ、考えろ!!」
近くにいるウィンダムを切り払いながら、毒づく。 口は悪くなるが、戦闘中。
アスランも咎めることなく「そうだな」と呟く。 と、瞬時にセイバーをモビルスーツ形体に切り替えした。
「座標を送る、巻き込まれるな!!」
刹那、シンが制動をかけて送られてきた座標を参照する。
アムフォルタス。 振り向き様に二連の大型ビーム兵器が火を吹き、さらに道を拡張する。
さらにモビルアーマー形体に変形し、一瞬の停止の後に全加速をする。
(あんなんで、どうやって制動とってるんだよ!!)
シンも加速をかける。
「もう遅れるなよ」
「わかってます!!」
広がった道、そうそう遅れはしない。
丁度トリスタンが真横を通る。 危ない、とも思ったが、それと同時に。
(座標軸を受け取って、ギリギリを通ってきたのか!?)
確かに、そのほうが圧倒的に効率的だ。 しかし。
(その軸に俺が入らないように道までコントロールしてたのかよ!?)
本当に圧倒的なのは、なんだろう?

 

 
「タンホイザー、起動!!
 消火活動を急がせて!!」
「了解。 タンホイザーを起動!!
 左翼前方ブロックの7番から11番を閉鎖します」
敵のモビルスーツの数が多すぎて、さばききれない。
オーブと地球のまさしく連合軍。
これほどまでとは、まさか……。
「タンホイザー、斜線軸固定!!」
「よし。タンホイザー照準、敵護衛艦群。
 セーフティ解除、撃てー!!」
これで、少しは楽に戦況を動かせる。
陽電子砲の一発、軽いものではない。
その虎の子の一門は、普段は見えない位置からせり上がってくる。
それと同時に発射するのだ。
あと一刹那で、撃たれるというその時に。

 

しかし。

 

光が一条。

 

そして、蒼天の剣が舞い降りる!!
 

 

「タンホイザーが!?」
シンとアスランの元に通信が這入る。
(いや、ここからでも見えたさ、今のは)
そこまで離れているわけじゃない。
ただ、モビルスーツに阻まれて敵の艦までの道が開けなかっただけ。
そして、今尚目視している。

 

それは。

 

「フリー…ダム……?」

 

「シン!? 何処へ行く!!」
アスランからの通信が入るが、これを消す。
必要なのはそんなものじゃない。
「あれは……。 あれだけは……!!」
見た瞬間。
何でも良い。
あれに、近づいて。
叩き落したい!!

 

そのシンを追うか、否か。
アスランも必要以上に惑う。
(なんで、フリーダム!? キラが、今!?)
それだけではない。
ストライクルージュ。 フリーダムと共に来た、その機体の存在。
パイロットは、アスランも信じたくはなかったが、それは声を発した。

 

『わたしはオーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハだ!!』

 

「何で君まで、カガリ!!」

 

『オーブ軍は、直ちに戦闘を中止せよ!!』
 

 

「うおぉぉぉぉぉ!!」
背中のビームサーベルを引き抜き、フリーダムへ切りかかるインパルス。
しかし、その機動はあっさりかわされ、もう一機、ストライクルージュへの攻撃を巧みに防いでいた。
「眼中にないってのかよ、あんたは!!」
体勢を持ち直し、横に薙ぐ。
が、それすらもかわされる。
『軍を引け!! もう止めろ!!』
「くそッ、何で!!」
続けられるカガリの言葉にも、シンは気を揉まれる。
しかし、それも些細な事だった。

 

そこにいた蒼い機体は、違う。

 

シンにとって、カガリとフリーダムは恨みの度合いが違う。
直接的なものだから。
余計に、濃くなる。

 

「あんたは、俺のぉ!!」
ビームライフルを撃ち、牽制する。
しかし、左腕につけられた盾でそれを器用に防ぐフリーダム。
「マユも!!」
切りかかる。
避けられる。
また、切りかかる。
「父さんも、母さんも!!」
頭部と胸部から放つバルカンだけが、フリーダムのフェイズシフトを揺るがせる。

 

奪うもの。
それが、シンにとってのフリーダムだった。
「なんでまた、それがここに!!」
ビームサーベルを大きく振り上げる。
そして、それを振り下ろす軌道に、フリーダムの盾ではないものが立ちはだかった。
 

 

「なんなんだよ、こいつは!!」
その立ちはだかったモビルスーツは、白かった。
何よりも先ず目に付いた、白さ。
シンの乗るインパルスと同じく、所々には白以外の色もあるのだが、それは白のイメージを際立たせる程度しかなく。
だんだんと目が白に慣れてくると、それが淡く発光している事もわかった。
装備しているのは、大きな砲を一門両手持ち。 それだけだ。
(だけど、硬い……。)
ビームサーベルを防いだのだ。 外面はアンチビーム装甲なのだろう。
『…て……』
(通信!?)
敵を把握する事に努めていたシンは、若干の混乱からかその通信に合わせてしまう。
(でも、あれ? この声……。)
もしくは、一瞬聞こえたその声に惹かれて。
『止めて!!』
その声が言う言葉は多分、カガリと同じ事。
だけど、なぜか聞いてしまう。
それは、
(なの…は……?)
面識がある人の声に酷似していたから。

 

『止めて!!』
「なんで、邪魔をするッ!!」
返事をしなければ、繋がっていると気づかずにいつまでも同じ言葉を続けていただろうか?
そんなこと、考えるまでもなく無意味だろうと思う。
でも、その懐かしい声を、止めずにじっと聞いていたかったと言うのも事実だ。
そう。
その声の持ち主は、そういう存在だった。
『シン!?』
案の定、それはその人で。
驚きようは、多分、シンが乗っていたことへではなく、ようやく繋がったと言うもの。
シンのそれの比ではなかった。
『シンくんでしょう!? もう、止めようよ!!』
「なんで!?」
なんで、アンタがそれを言う?
戦っている、アンタが。
『なんで、って。 だって、戦いなんて、似合わない!!』
「そんなのアンタだって!! 似合えば戦うのかよ!?」
『そんな事ない!! でも、戦いに正義はないよ!?』
高町なのはは。
正義ではなく、自分がたとえ悪魔と罵られようとも、前大戦を止める側に立った少女だった。
その彼女は、ある事柄を経て、そういう立場に立ったのだが。
「それでも、俺は!!」
シンはそんな事知る由もなく、叫ぶ。 いや、知っててもそれは変わらないだろう。

 

戦う。

 

それが自分だから。

 

それで、守れるものがあるから。

 

そして、なにより。
「俺は、人の心に悪意を見たんだ!!」
知ったから。
戦いのその意味を、歪める存在を。

 

剣は、白いモビルスーツを切り払って輝き続けた。
 
 

 

 
次回予告

 

戦火に舞い降りた剣は、新たな戦禍を呼ぶ。
その先に見つかるものを、今のシンに見ることは出来なかった。

 

だから、少年は咆哮する。

 

NEXT「ヤキン・ドゥーエの亡霊が!!」