走った。
シン・アスカは走った。
突如鳴り響いた、平和な場所には似つかわしくない銃声。
まさか……とシンは駆ける。
スバル達がとめようとしていたが、そんな事は気にせず走り去っていく。
「おい、てめえら!動くなよ!!」
走っているうちに、何か人だかりのようなものが見えてきた。
そこに聞こえてくる人の声。
シンはその人だかりに入り、何が起こっているのかを見る。
「人質がどうなってもいいのか!?」
そこには、小さな子供を人質にとっている覆面姿の男がいた。
(どこの世界にもこういう奴はいるんだな……)
シンは呆れながらその男を見る。
どうみても、テレビのドラマなどで出てくる強盗そのものだった。
「お、お願いです!娘を放してください!!」
そのシンの横で、泣き叫んでいる女性がいるが、その子供の親だろうか……
それよりも、シンはその男が持っているものを見る。
それはこの世界にはないはずの拳銃。
この世界では、質量兵器を持つ事は禁止されている。
いったい、どうやって手に入れたのやら……
犯人を良く見ると、銃を握っている手は震えている。
おそらく、先ほどの銃声音で自分も驚いた、といったところだろうか。
という事は偶然で拾ったのだろうか……
「シン、一体どうしたの?」
そこに、シンを急いで追いかけてきたスバル達も合流する。
走ってきたのか、息を切らしながらシンが向いている方向を見る。
「なにあれ、強盗?」
「かもな」
ティアナはその強盗犯が持つ、自分が持つ銃型の何かを見る。
あれはいったい……
「そこの人、それを降ろしなさい」
そこに、悠然とギンガが強盗犯の前に出る。
お、おい!とシンはそれを留めようとするが、彼女はお構いなしにずん!と堂々と強盗の目の前に出る。
興奮している相手に、あいつは何をしてるんだ……
「何だてめえは!?」
強盗犯は、意外に思いながらも拳銃をギンガに突きつけて叫ぶ。
しかし、彼女はそれに臆することなくさらに前に出た。
「管理局です。手に持っているものを捨てて投降してください。今ならまだ弁護の余地はあります」
管理局、その言葉を聞いて、男の表情はこわばった。
さすが管理局……まあ、魔法がある分警察よりも恐ろしいのは当然か……
今ならいけるかもしれない……
そう思ったシンの足に、こつんと何かああたる。
「ん?」
それは、シンの片手で包めるくらいの少々大きい石ころだった。
シンはそれを見て、再度前を見る。
「ち、近づくな! 人質がどうなってもいいのか!?」
強盗犯はすっかり管理局のギンガにしか視線がない。
さすがに、一般人である(おそらく犯人には)自分には気付いていないようだ。
(まあ、普通はそうなのかな……)
相手には悪いが、シンはこれはチャンスだと思い、行動に移す。
向こうは自分に気づいていない今がチャンスだ……
シンは、すぐさま先ほど蹴った石を拾う。
「はぁ!」
そして、それを思いっきり強盗犯のところへ投げつける。
それは、ヒュッ!と風を切り、まっすぐ強盗犯へ向かう。
突然のことに強盗犯は驚き、反応が遅れた。
その石は、まっすぐ強盗犯の顔に直撃した。
強盗犯がひるんでいるうちに、シンは駆け出す。
そのまま強盗犯を投げ飛ばし、相手の腕を絡めとる。
これはアカデミー時代に習った白兵戦用の柔術で、シンが力を入れるとみしみし……と嫌な音を立てて相手の骨がきしむ。
「いぎゅあ!!」
「観念しろ」
冷たい声で強盗犯を締め上げ、相手は言葉にならない悲鳴を上げる。
その間にも、シンは腕に力を入れて、ぐぎぐぎ……と嫌な音を立てる。
結構体が固いらしい。
(これだけ痛めつければ大丈夫だよな……)
5分ほど締め上げ、もう大丈夫だろうと判断すると、シンは相手を放す。
シンの予想通り、相手はただぐったりと倒れたままだった。
……ちょっとやりすぎたかもしれない。
シンはそんな強盗犯を一瞥したあと、子供のところへ向かう。
「大丈夫か?」
「う、うん……」
どうやら怪我もしていないようで、シンはよかった……ほっと胸をなでおろした。
「助けていただいて、本当にありがとうございます」
深々と礼をしながら、少女の母親はギンガ、そしてシンに頭を深くさげる。
「いえ、娘さんも無事でよかったです」
そういってギンガはにっこりと笑い、女の子を見る。
「大丈夫? 怖くなかった?」
「うん!」
えらいね、とギンガはその女の子の頭を撫でる。
なお、強盗犯はシンが厳重に縄で縛っている。
管理局のほうには、ギンガが連絡を入れたので、もうすぐ局員が駆けつけるらしい。
シンは、強盗犯が使っていた銃を見る。
「こ、これって……」
だが、シンはその銃に見覚えがあった。
さっきまでは犯人のほうに目がいっていたので詳しい銃の姿は見ていなかった。
しかし、そのフォルム。重さ。
ついでにマガジンを取り外し、銃弾を見る。
間違いない……
「俺の銃じゃないか……」
これは、自分が使っていた銃だった。
向こうの世界で、念のためにパイロットならば全員持つ、ザフト製の拳銃。
強盗犯が一発撃っていたので、それを除けばあのときのままだった。
「それ、素人が勝手に触ると危ないよ」
ふと、意外な再開を果たしていると、聞きなれない女性の声が聞こえたので、シンはそのほうを向く。
そこには、長くきれいな金色の髪をしている、自分と同じくらいの女性がいた。
「だれだよ、あんたは?」
シンは、見ず知らずの女性に目を細めて、逆に尋ねる。
「私?私はフェイト・T・ハラオウン。管理局の執務官だよ」
と、フェイトという女性はシンの物言いに何も反応を示さず、シンが持っている拳銃を見る。
「これは質量兵器で、まったく知らない人が持つと本当に危ないんだ」
フェイトの言葉にああ、とシンは頷く。
彼女は、これが自分の十立ちしるはぅがない。
この人にとって、自分はただの民間人にしか見えないのだろう。
「心配ありませんよ。マガジンからは銃弾は全部抜いていますし、ロックもかけてます。発砲の恐れはもうありませんよ」
「……え?」
はい、とビニールに入れた銃弾をシンは手渡す。
しかし、フェイトはぽけ~~っとシンをみつめていた。
彼女がそういう態度をとるのも当たり前だ。
質量兵器になじみのないこの世界の人間が、各部の名称まで言ったのだ。
驚いて当然である。
彼はいったい……
「あ、あの……フェイト・T・ハラオウン執務官!」
「ん?」
そこに、フェイトを呼ぶ声が聞こえて、フェイトはそのほうを向く。
「わ、私は……陸士108部隊のギンガ・ナカジマ陸曹と申します。きょ、今日は偶然この事件に出くわして」
「ああ、解ったよそれと、そんなに硬くならなくてもいいよ」
「あ、は……はい……」
フェイトは、緊張しているギンガに苦笑しつつ、彼女から事情を説明を受ける。
「シ~~~ン!!」
シンがそんな光景を見ていると、スバルが突然、後ろから思いっきりシンに抱きついた。
いくらスバルが軽くても、全速力で突っ込まれればそれなりの衝撃になる。
シンは、こけないように何とかバランスを保ちながら抱きついているスバルを見る。
「い、いきなり何するんだよ!」
「すごいね!ギン姉を差し置いて、一人で強盗を捕まえるなんて!」
「まったくよ」
「あれはすごかったですよ」
そこへ、ティアナとユマも駆けつけ、先のシンの行動に感嘆の言葉を並べる。
シンは、そんな3人をよそに、母親と抱き合っている子度をも見る。
その顔は、本当に喜んでいた。
(よかった……守ることができた)
シンは女の子を見てほっとする。
小さな事件だが、それでも小さな命を守ることができた。
シンはそれが嬉しかった。
「けど、これってランスターさんがもつデバイスに似てますね」
ふと、シンがユマを見ると、彼女はシンが持つ銃をまじまじと見つめる。
「これは拳銃っていって、まあティアナの銃形デバイスの元になったやつだな」
そういって、くるくると拳銃を回すシン。
なぜか、その姿はティアナよりもさまになっているようだった。
そこで、ふと思う。
「何であんたがそんなことを知ってるのよ?」
なぜ、彼はそこまでこの拳銃のことを知っているのだろうか。
同じ世界の出身者であるはずの彼が……
「俺の世界じゃ、これはありふれたものだからな」
「「「……はあ?」」」
突然のシンの言葉に、3人は声をそろえてぽかんとする。
い、いきなり何を言っているんだこいつは……といった疑惑の目でシンを見る。
「ああ、まだ言ってなかったな。俺はこの世界の生まれじゃない」
「え?……」
「俺は時空漂流者なんだ。俺の世界は、こんなものが普通にある」
そういって、シンはそれを見る。
これは、シンが入隊してからずっと持っているものだ。
あまり使用した覚えはなく、訓練のときに使ったくらいしか覚えがないが、それでもこの銃にも愛着はある。
「その話、詳しく聞かせてもらえないかな?」
ふと、さっきと同じような声が聞こえて、シンは振り向く。
そこには、既にギンガの話を終え、すでに強盗犯を連行した後のフェイトだった。
シンは、彼女を見て少し顔をしかめて、少し睨むように見る。
「管理局のほうに漂流者届けは出てます。確認したければそっちのほうを参照してください」
そういって、そっぽを向いてさっさと引き返す。
ただ、一応は管理局の上司になるかもしれない人なので、一応は敬語で受け答えをする。
この話は、あまり他人にはしたくない。
管理局のほうにあるデータバングに自分のリストが載っていたはずだ。
一応は、そこに自分の略歴を書いてはある。
ただ、自分が軍人で、コーディネーター……生まれるときに遺伝子を改造した人間ということは書いていない。
余計ないざこざを起こさないためだ。
コーディネート技術がない国に、「自分は遺伝子をいじくって生まれた人間ですよ」とわざわざ言う必要もない。
「だけど、私は、君自身から話を聞きたいんだ」
しかし、このフェイトという女性は、ずいっとシンへと近づく。
シンは、それを少し鬱陶しい目で見た。
「それに、君からさっきのことでの事情聴取もしてほしいんだ。話によれば、君があの強盗犯を捕まえたんだって?
だから、君たちも、ちょっとお話を聞かせてもらえないかな?」
事情聴取。
この言葉に、解りました、とシンとスバル達は仕方なく彼女についていく。
まさかの休日が、えらいことになってしまった。
その思いが、シンに大きなため息をつけた……
「えっと……つまり、突然大きな音が聞こえて、それが銃声だってわかった君は、すぐにそのほうへかけつけて事件に遭遇、
犯人が偶然居合わせた現地の局員に気が集中しているうちに、君が犯人を捕まえた。
それで合ってるかな?」
「はい」
108部隊のオフィスで、シンはフェイトから事情聴取を受けていた。
それを聞いて、フェイトは驚きを隠せなかった。
拳銃。
この世界には既に存在しない、魔力を伴っていない兵器、質量兵器。
それを、陸士訓練校に通っている、自分と同い年くらいの少年が、デバイスを持たず、すぐに強盗犯を捕まえた。
この世界の人間なら、質量兵器を見ただけで驚くはず。
しかし、話ではこの少年は怯むことなく、まるで対処法をわかりきっているかのように迅速で動いたという。
同じ訓練生に話を聞いても、「あんなものは習うはずがない」といっていたし、自分もそんな事は習っていない。
だから、少年の話を聞いて、少し驚いた。
彼が時空漂流者で、銃については知識がある、ということだった。
そりゃあ、次元世界は広い。
銃を持っている国なんてそれはもう腐るほどある。
だが、フェイトはこれが嘘をついている、とすぐに見抜いた。
彼の表情をみてると、なんとなくだが解る。
そうやら、嘘をつくのに慣れていないのだろう……
彼女は、このことについてはこれ以上追求しなかった。
どうやら、悪い人でもなさそうだから……
局員として、それでいいのか?とも思うが、それはまあ、彼女の人柄といったところだろう。
まあ、その場で考えた嘘っぱちにしてはまあまあ、といったところだろうか。
そして、嘘をついているシンも、少し顔を引きつらせている。
彼も、冗談を言うときはあるが、嘘をつくような人ではないし、何よりつけない。
もしついても、このようにすぐに顔に出てし合うのだ。
ふと、シンはこの部屋がいやに静かなことに気づいた。
普通なら、スバルがきょろきょろするか、もしくは念話で話しかけてくるはずだ。
ふと、シンは視線を戻すと……
「…………」
スバル、ティアナ、ユマ、ギンガの4名がカチンコチンになってフェイトを見ている。
フェイト・T・ハラオウン。
シンも名前は聞いたことある。
彼女もまた、管理局内でもかなりの有名人だ。
そんな人物が自分たちの目の前でいる。
緊張しないほうがおかしい。
だが、シンには緊張という言葉は出てこない。
それは、彼を保護したのが、彼女よりももっと偉い人、というのもあるが、シン自体、こういう場には慣れているようにも思う。
何度、自分の軍のトップと面会をしたことや……
さらには食事までともにしたのだ。
そんなシンが、有名人と出会って緊張する、ということはあまりないのかもしれない。
「それで、君は時空漂流って話だけど、君は自分の世界が見つかれば、どうするつもりなのかな?」
「え?」
思案をめぐっているときに、突然の言葉にシンは驚くが、ふと考える。
おそらく、あの戦いでザフトは負けただろう。
じゃあその先、あの世界の未来などうなってしまったのか……
「解りませんよ、そんなこと……」
正直な話、シンはこの世界が心地よい世界だと思う。
広域犯罪というものが確かに多数あるが、かといってむやみな戦争なんてものもない。
人々は、普通に平和に暮らしている。
ある意味、シンが夢にまで見た理想の世界に近いものだった。
人々が暖かく暮らせる世界。
まだこの世界に来て1年も満たないが、シンはこの世界を気に入っていた。
「そう……だけど家族の人かは心配してないの?」
何も事情を知らないフェイトだが、家族という言葉を聞いて、シンは黙り込んだ。
フェイトの質問はもっともである。
ここに一人できたという事は、家族や友達を置いてきた、ということになる。
もしかしたら、ここに居座るかもしれないといえば、まあ確認はするだろう。
だから、シンははっきりといった。苦い表情を浮かべながら。
「家族は、もういません」
既に、自分には家族がいない。
スバルたちがいることもあり、戦争で死んだ、ということは伏せた。
フェイトは、そんなシンの気持ちを知ってかしら図画、そっか、と小さくつぶやくだけだった。
「ごめんね、変なこと聞いて」
「いえ……」
この話以降、シンは何も言わず、フェイトも何も追求しなかった。
ただ、この場には重い空気だけが漂っている。
「あ、あの……」
「ん?」
フェイトから開放され、シン達は寮へと帰っていく。
その帰り道でのこと。
スバルたちは、少しためらいながらシンを見る。
その理由はおそらく、フェイトと話していたことだろう。
「あのことなら気にするなって」
「だ、だけど……」
「私、アスカさんの事あんまり知らなかったですから……時空漂流者っていうことも初耳ですし」
ユマの言葉に、そういえば、とシンは思い返す。
シンはスバルたちの事はある程度は聞いているが、自分の事は話していなかった。
「悪かったよ、寮についたら、いろいろと話してやるから」
そういって、シンはスバルの頭に、ぽんと手を置く。
「俺の世界も、良かったっていてば良かったからな」
「本当ですか?」
「ああ」
そういって、シンはティアナをみる。
「お前も聞くか?」
「あたしはいいわよ。あんまり興味ないし」
そうか、とシンは苦笑して前を見る。
意外と素直じゃないな、と興味がありそうな顔をしていたティアナの顔を見る。
だが、それが普通なのかもしれない。
自分たちが知らないところの話。
子供にとって、それは夢見るものだと思う。
そこに、ユマが満面の笑みでティアナを見る。
「アスカさん、問題ありません。後で私が話しておきますから」
「な……ちょっとユマ!私は別にいいって……」
「え~~、だってそういう顔してましたよ~~」
突然の言葉に、彼女は顔を真っ赤にしながらユマを見る。
シンはそんな二人を見て、不意に笑みをこぼす。
そういえば、自分もこんな時期があった。
それは、学生時代でもそうだし、アカデミー時代でもそうだった。
(友達、か……)
シンはもう夕暮れにもなる空を見る。
もう言えば、向こうにも仲間を置いてきたままだ。
おそらく、もう戦争は終わっているだろう。
みんなは元気でいるのだろうか……
そんな、年に似合わない哀愁が、シンを包み込んだ。
だが、場所がわかったとしても、この世界とおさらばしてもいいものなのか、シンにはまだわからないものだった。
ただ、上を見ると、夕暮れ時とあってか、うっすらと、二つの月が見えていた……