Seed-NANOHA_547氏_第03話

Last-modified: 2008-10-18 (土) 17:50:37

 私とマユちゃんがこの孤児院にきてから、五日目の朝。
 マユちゃんは、ここの子供たちとすっかり仲良しさん。子供達は、私の事も「なのはお姉ちゃん」と慕ってくれてはいる様なのですが……できれば、髪を引っ張るのだけは止めてほしいかな。
 あっちのテラスで椅子に座って海を眺めているのが、キラ君。
 落ち着いてるふうに見えるけど、実はボーっとしてるだけの様な気もしてきました。 話をしていると、たまにズレている所もあったりします。 時折、酷く悲しそうな眼をしている事があって、それがちょっと気になります。
 外で洗濯物を干しているのは、キラ君のお母さんで、カリダさん。
 ここの子供たちにとっても、とても優しいお母さんみたいです。
 そこから少し離れた所で、マユちゃんと子供たちの相手をしているのが、ラクスさん。
 なんだか、お姫様みたいな雰囲気の人。 突拍子も無い事を言い出したりするので、ついていけなくなる時も。 キラ君だけは理解できてるっぽい。さすがは恋人同士。
 リビングのテーブル。私の右側に座っているのは、この屋敷の主のマルキオさん。
 盲目の導師さんで、孤児になった子供たちの保護者。
 正面に座っているのは、アンディさん。
 戦争で左目と左腕と左足を失くしたそうで、顔に残る傷跡が痛々しい。見た目の精悍さに反して、すごく陽気な人。かなりのコーヒー通みたいなのですが、味の方は……。お父さんが淹れたコーヒーの方が美味しいかな。
 左側に座っているのは、マリアさん。モルゲンレーテ社っていう会社の造船課でエンジニアをやっているそうです。優しくて……胸の大きな人。…………はぁ。いや、私もこれからきっと!……たぶん。

 

 今、私はマリアさん達から、この世界のお話を聞いています。
 中でも――二年前に起きた戦争は悲惨だったみたいで……。それなのに――この世界はまた戦争に向かおうとしているそうです。
 この世界にはこの世界の歴史とか事情があって……。主義主張がぶつかって、争いが起きてしまうのは仕方の無い事なのかもしれないけど……。
 その結果――いろんな命が失われてしまうのは悲しい事だと思います。
 本人の強い希望とはいえ、不穏な情勢になりつつあるこの世界に帰って来たマユちゃん。本当は誰も傷つかないのが一番だと思うのですが、それが叶わないのなら……。せめて――マユちゃんやここの人達が、これ以上何かを失わないですめばと、願うばかりです。

 

「なのはちゃん」
「あ、はい」
 マリア達の話を聞きながら物思いに耽っていた所で、キラに呼ばれる。
「そろそろ行こうか?」
「わかりました」
 キラとラクス、マユを含めた四人で慰霊碑に行く約束をしていたのだった。見れば、ラクスとマユも準備はできているらしい。
 キラの運転する車に乗って、四人は孤児院を後にした。

 

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 港付近にある公園。四人はその遊歩道を歩いていた。
「……あ」
 急に歩みを止めるマユ。
「どうしたの、マユちゃん?」
 なのはの問いに呆然とマユは答える。
「……ここ……わたし、家族と一緒に逃げてて……それで――」
 唐突にフラッシュバックした記憶の恐怖からか、マユは小刻みに震えだした肩を自身の両手で抱く。
「大丈夫だから、もう泣かないで」
 なのはに抱きしめられて、そう言われて初めて――マユは自分が泣いている事に気づいた。
「戻りましょうか?」
「……大丈夫です」
 ラクスの気遣いに、マユは首を振ってから涙を拭った。ここが家族の亡くなった場所だとしたら――この先にある慰霊碑には、なおの事、行かなければならない。
「家族に……『わたしは無事に生きています』って伝えなきゃ駄目ですから」
「そうだね」
 マユは再び歩き出し、それについて行くなのは。
「マユさんは強い方ですのね」
「うん」
 ――自分達よりも余程。キラとラクスは、自分達に無いものをマユに感じていた。

 

 海辺にある小さな石碑の前に四人は立っていた。なのはとマユは慰霊碑の周辺を悲しげに見つめていた。眼前に広がる丘は高波の被害にあったせいか、芝生は赤茶け、花も色褪せている。
「ユニウス7の被害で……波をかぶっちゃったから……」
 キラはそう言いながら――先日、この場で出会った少年の言葉を思い出していた。
 ――「いくら綺麗に花が咲いても、人はまた吹き飛ばす!」
(でも、それならまた――)
「土を換えて、種を植えたら――また花と緑でいっぱいになりますよね?」
「うん。そうだね」
 キラはマユへ頷く。
(そうだ。吹き飛ばされたら、また植えればいい)
「それで、次は波をかぶらない様に防波堤とかも作らないと駄目ですね。そうでないと――このお花さんたちも、ただ悲しいだけになっちゃいますし。あ、いっその事――? キラさん、どうかしました?」
「う、ううん……なんでもないよ」
 不思議そうな視線を向けてくるなのはに向かって、キラは慌てて頭を振る。
(そうだ。当たり前じゃないか!)
 元通りに戻すだけでは、また同じ事が起きた時、結果は変わらない。そうならない為には、何らかの対策を講じなければならない。だが、キラは――
(僕は、そんな当たり前の事にさえ気づいていなかった?)
 ふと、キラがラクスの顔を見ると、彼女の顔にも複雑なものが浮かんでいた。
 ラクスはキラの視線に気づくと、彼へと微笑む。キラには、いつものラクスの微笑みが、無理をして笑っている様に感じられた。
「そろそろ戻りましょうか?」
「あ、はい」
 ラクスの呼びかけに、マユが一番に答える。
「ちゃんと伝えられた?」
「うん。『わたしは無事に生きてて、新しい家族もできて……だから、お父さんとお母さんとお兄ちゃんも安心して眠ってください』って」
「……そっか」
「……あ!」
「どうしたの!?」
「……肝心な命の恩人の事を紹介し忘れてた」
「……だったら、友達として紹介してほしいかな」
「うん」
 なのはに言われて、笑顔で答えるマユ。
 再び家族への報告を済ませたマユが振り返る。
「お待たせしました」
「それじゃあ、戻ろうか?」
「はい」
 キラへと頷くマユ。

 

 乗ってきた車まで戻ってきたところで、なのはが口を開く。
「私、ちょっとよりたい所があるので、先に帰っててもらえませんか?」
「だったら、送っていくよ」
「あ、大丈夫ですから。それじゃ、夕食の時間までには帰りますから」
 キラの誘いを断り、なのはは駆け出していった。

 

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 市街地のとあるビルの屋上。
 一振りの杖を携え、白い服を着た少女――なのはの姿があった。
「……ふぅ」
 展開していた広域探索用の魔法陣を閉じて、一息つく。 
「見つからない……結構、近くにありそうな気もするんだけどなぁ」
 どうしても位置が特定できない件の魔力反応。
「こんなことなら、もう少しユーノ君に教えてもらっておけばよかった」
 なのはにとって魔法の師でもあるユーノ・スクライアは、捕縛や治癒に結界や転送と補助魔法の優秀な使い手なのだが――なのはが彼譲りなのは、その強固な防御魔法のみである。
「それにしても……こうやってると、ジュエルシード探しをしていた頃を思い出すよね」
《Yes》
 手にする杖――レイジングハート・エクセリオンが答える。
 親友であるフェイト・T・ハラオウンやユーノ。相棒であるレイジングハート。それらとの出会い、魔法との出会い。当時のことは、今でも鮮明に思い出せた。
「――っと。そろそろ帰ろっか?」
《Yes my master. good bye》
 なのはの服が元に戻り、赤い宝石のペンダントへ姿を変えたレイジングハートは、なのはの首元へ収まる。

 

 西の空は既に日が沈み始めていた。

 

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 ラクスは孤児院の自室で悩んでいた。先程の慰霊碑でのなのはの発言を切っ掛けに、彼女は思考の海に迷い込んでいたのだ。それは常に頭の中を渦巻きながらも、目を逸らし続けていた事。
 ――コンコン。
 ドアをノックする音に顔を上げる。
「はい」
「僕だけど、入ってもいいかな?」
「はい、どうぞ。」
 ドアが開き、キラが部屋へと入っていく。彼はラクスの表情に、少しばかりの陰りがあるように感じた。
「……ラクス? 考え事してた?」
「……はい、少しだけ」
「……僕も」
 キラは苦笑しながら部屋のベットへ腰掛ける。
「二年前の事、今までの事――『僕達がやってきた事は正しかったんだろうか?』って。」
「……わたくし達は――確かに、核の打ち合いを止め、ラウ・ル・クルーゼを討ち、人類の破滅を止めたのかもしれません」
「うん」
「ですが――先の大戦は……わたくし達が終わらせたわけではないと思っています」
 思いがけないラクスの発言に、キラは呆けてしまう。
「……え?」
「全てを打ち尽くして、好戦派であったトップをも失ったザフト・連合の両陣営には、あれ以上戦争を続ける余力が無かっただけだと」
「そ……そんな!?」
 ラクスが述べる事に、キラは両目を見開いて驚愕する。
「だ、だって……もう、みんな……あんな事は嫌だって……」
「それも、人々が疲れきっていたから。もちろん、全ての人がそうだとは言いませんが」
 事実――二年間の休息を経た世界は、ユニウス7の一件以来、また悲しみと憎しみの赴くまま撃ち合おうとしている。
「……ラクスさえプラントに残っていれば――プラントだけは抑えられたかもしれない」
「キラ?」
 両膝を握る両手に力が入っていく自覚もないまま、キラは言葉を続けた。
「カガリだって頑張ってる。僕には何もできる事は無いかもしれないけど、ラクスにならできる事はある。少なくとも君を、こんな所に――僕の傍になんかに縛りつけていていいはずがなかったんだっ!」
「買いかぶりすぎですわ。それに……キラの傍にいる事は、わたくし自身が選んだ事ですから」
 キラの叫びを否定しようとするが、それはラクス自身が迷ってきた事でもある。しかし、キラの傍についていたかったのもまた、彼女の偽りなき想いだった。
「……本当は分かっていて、逃げていたのかもしれない。君が隣にいる事が心地良くて……離したくなかったから……」
「キラ……」
「まだ、間に合うかな? 何をどうすればいいのかすら分からないけど……」
「明日、カガリさんの所へ参りましょう。そして、みんなで考えれば良いのです」
「……うん、そうだね」
 まだ迷ったままだが、それでもキラはようやく歩き出そうとしていた。

 

「……なのはさんですか?」
 ラクスに問われ、キラは自問してから答える。
「え?……うん。お陰で目を逸らしていた事と向き合えた」
「なのはさんには感謝しなくてはいけませんね。わたくしたちは貴方をただ気遣っているだけでしたから」
 キラが本当の意味で前を向いて立ち上がろうとしている事が、ラクスにとっては大変喜ばしい事であり、その切っ掛けとなってくれたなのはに彼女は感謝していた。
「うん。……それにしても、ラクスの方が僕より色々考えてて……驚いた」
「そんな事はありませんわ。それに……逃げていたのは――貴方の傍が心地良いのは、わたくしも同じですから」
「ラクス……」
 二人はそっと唇を重ねた。それは――迷いを振り切り、歩き出すための誓いでもあった。

 

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 真夜中――屋敷内の誰もが寝静まっているはずの時間帯。
 なのはは、マユと他四人の女の子たちと同じ部屋で寝ていた。
 ――が。
《(警告、非常事態です)》
「――!?」
 レイジングハートの発する警告により、なのはは睡眠から半強制的に覚醒する。
《(屋内で銃撃戦が起きています)》
「えぇっ!?」
 レイジングハートが伝える事態は、物騒極まりないものだった。
「足音!?――誰か来る!」
 近づいてくる足音が二人分。
(――だったら!)
 なのはは二人分のバインドを準備する。もし、この館の住人以外の者が入ってきたら、即座にバインドで縛る算段だ。また、自身だけではなく、マユや子供達もレイジングハートのオートガードの対象に設定しておく。
 ドアノブが回り、ドアがこちら側へ開く。その向こうから姿を見せたのはマリアだった
「――!? なのはちゃん、起きてたの?」
「物音が聞こえたので……何かあったんですか?」
 なのはは何も分かっていない振りをした。まさか、『レイジングハートから警告されて知っている』などと言う訳にもいかないからである。
「何者かに襲われているの! 子供たちを起こして、早く逃げないと!」
「!――分かりました!」
 なのははマリアへ返答し、マユたちを起こしにかかる。
(それにしても『マリュー』って?)
 先程、ラクスがマリアの事をそう呼んだのが気になるなのはだが、それに構っている場合ではなさそうである。

 

 部屋を出て廊下を曲がった所で、キラたちと合流する。マルキオ、カリダ、五人の男の子たち――
「――あれ? アンディさんが!?」
 なのはは、アンディが一人不在な事に慌てる。
「彼は襲撃者を食い止めてくれてるわ。私たちは……こっち!」
 そう言うマリアになのはが食い下がる。
「そんな!? 一人でなんて無茶です!」
「なのはさん、彼を信じてあげてください」
「ラクスさん……」
 状況すら把握できていないなのはには、それ以上の反論ができなかった。
 マリアを先頭に、キラを殿にして全員で廊下を駆け抜ける。子供たちも涙を浮かべながらも懸命に走る。
 廊下を突き当たった所で、マルキオが壁面のパネルを操作し始めた。アンディが駆けつける頃には、マルキオの作業が終わり、壁面が重い音を立ててスライドしていく。
「早く、シェルターの中へ!」
 マリアに促されて、子供たちから順番に入る。
 アンディとマリアは、尚も周囲を警戒する。
「さ、ラクスも」
 マユとなのはを先に入らせてから、ラクスの手を取ろうとするキラ。
 ――だが。

 

 廊下の窓の外。そこに立つ木の上の狙撃者に気づく者はいない。
 ラクスを狙った凶弾は、窓ガラスを突き破り、彼女の頭へ目掛けて吸い込まれていった。