Seed-NANOHA_547氏_第05話

Last-modified: 2008-10-18 (土) 17:53:02

 オーブ連合首長国の首都オロファト。その市街地のとある建物――その地下施設。青年は自身の脳をフル稼働させていた。
 彼は『本島海岸付近にてMS戦が起きている』との連絡を受けて、すぐに自分の私設設備であるこの場所へやって来た 事前連絡で聞かされた戦闘場所が、例の屋敷のある場所付近だったからだ。あの屋敷周辺は他の民家からはかなり距離が離れている。
 襲撃側の目的があの屋敷の住人達なら、被害がむやみに広がることはないと判断し、国防本部の出動は抑えた。
 ――二年前に転がり込んできたものを厄介払いできるかもしれない。
 そう考えた彼は、少しばかりの不謹慎さを胸の奥に押しやり、状況を見守る事にしたのだ。

 

 そして現在。連なるモニターに映し出されているのは、炎上しているザフト製と思しきMS。
「……国防本部に通達。指定地にて事後処理に当たらせて。それと、今回の事、代表には僕から話す。それまでは代表の耳に入る事のないように根回しを」
 青年が出した指示に従う、彼直属の部下達。
「それにしても、いったいあれは何なのでしょうか?」
 青年の隣に立ってモニターを凝視していた黒服姿の男が困惑気に言う。
「……こちらの監視に気づいて、惑わそうとしているのかな?」
「しかし、あれは――」
 オーブ軍の次世代MSであるムラサメが全く歯の立たないザフト製MS。それを破壊したのは生身の人間が放ったMS並かそれ以上の砲撃。おおよそ受け入れがたい出来事を青年は否定する。
「君は、今の映像を信じるのかい?……あんなもの、何かのトリックに決まってるじゃないか」
「はあ……」
 しかし――青年の描き始めているシナリオは、その否定の言葉とは真逆のものだった。

 

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 なのはは、急に目の前に問題が山積みにされてしまった気分だった。しかも、そのいずれもが深刻なものとして、なのはの肩に圧し掛かっていた。
「……あ! そうだ、キラ君!」
 自分が足場にしている機体にキラが乗っている事を思い出したなのはは――自身の抱える問題を頭の隅に押しやり――それへと振り返りながら、一メートルほど先の空中へ移動する。
(たしか、お腹の辺りがコックピットになっていたはずだよね。)
 なのははコックピットと思われる辺りに大きな声で呼びかけてみる。
「キラく~ん、だいじょ~ぶですか~?」
 声が届いたのか――目の前にあったコックピットハッチが開く。
 中には、一見しただけなら外傷がなさそうなキラの姿が確認できた。
「大丈夫そうですね、良かったぁ」
 キラの無事に安堵するなのは。それだけでも飛び出した価値があったと思った。

 

 自分へと呼びかける声に反応して、キラがコックピットのハッチを開くと、こちらを覗き込んでいる天使が見えた。
 それにしても――。
「……この天使ってなのはちゃんにそっくりだ」
 思った事をそのまま口にするキラ。
 一方で、なのはにはキラの言っている事の意味が分からなかった。
「あの……そっくりというか……私、なのはですけど?」
「……なのはちゃんって天使だったの?」
「ふぇ?」
 キラの問いに、なのはは変な疑問符をあげてしまう。どうも大きな誤解を生んでしまっているらしい。
「……と、とりあえず自力で出てこれますか?」
「……うん。大丈夫みたい」
(死んじゃってるのに、『大丈夫』っていうのも、可笑しな話だけど)
 キラは苦笑しながらもコックピットから出る。

 

「なのはちゃ~ん!」
「ん?」
 自分を呼ぶ声のする方を見ると、マユがこちらに向かって駆けてくる。
 他の面々もマユに続いてきていた。
「キラ!」
「ラクス?」
 ラクスは思わずキラへと飛びつく。それに抗する事なく後ろ倒しにされるキラ。
 再び得ることのできたキラの温もりに、ラクスは喜びの嗚咽を漏らす。
 キラが辺りを見渡すと、バルトフェルドやマリュー達の姿も見える。
「……みんな、死んじゃったんだね。……ごめんね。ラクスも」
 キラは、大切な人たちを守りきれなかった事に落胆しながら、謝罪の言葉を口にする。
「は? 何を言ってるんだ、お前?」
 キラの言葉にバルトフェルドは訝る。
「え? だって、みんな死んじゃったんじゃ……」
「安心しろ、全員無事だ」
 キラに対して、そう言い切るバルトフェルド。
「でも……天使だっているし……」
 キラは、なのはの方を指差す。
「あは、あははは……」
 どう答えたら良いのか分からず、苦笑するなのは。
「……それについては――是非、俺からも聞かせてもらいたいな。……君はいったい何者なんだい、高町なのは君?」
 バルトフェルドは鋭い目つきをともなって、なのはに問いかけた。

 

 なのはは返答に窮して俯いてしまう――真実を語るべきか、否か。
 先程、飛び去ってしまった黒い水晶がおそらく――いや。ほぼ確実に、この世界に来てからずっと感じていた魔力反応の正体だろう。この世界の機体が傀儡兵化した現象も――もしかしたら、アースラとの音信不通の原因すらも、あの黒い水晶が関係しているのかもしれない。 
 だが、突如としてアースラと連絡が取れなくなった為、帰還する事もクロノ達に指示を仰ぐ事もできない。
 それ以外にも細かな問題まで挙げ出すとキリがなかったが――。
 最優先すべきなのは、あの黒い水晶の確保だろう。傀儡兵と化した機体に、この世界の兵器では対応できないらしい事は由々しき事態だと思う。
 なのはは、自分にできる事、自分にしかできない事――そして、自分だけではできない事を考えていく。
 ――いつでもどこにでも、世界には悲しい出来事に泣いている人達が大勢いて、そんな人達を少しでも多く救う為に自分の力が役に立つのなら。
 そんな想いから、魔導師として――また、一人の人間として鍛錬してきた。
 なのはは、自身の魔法の力が持つ意味を理解している――無論、自分一人の力の限界も。

 

 アースラチームの支援が途絶えている現状では、現地民である彼らの協力は必要だろう。
「……みなさんに聞いてもらいたい事があります」
 なのはは顔を上げて語りだした。

 

 次元世界の成り立ち。それを管理する司法行政機関。魔法とそれを扱う者。自分がこの世界にやって来た経緯。先ほど起こった出来事に対する自身の推測。自分自身が置かれた現状――成すべきだと思う事。
 合間に質問された事に関しても、なのはは答えられる範囲で正直に答えた。

 

 なのはの話を狐につままれたような顔で聞くマリュー達。
「……ちょっと……にわかには信じられない話ね」
「でも、本当の事なんです!」
 訝しげなマリューに――異世界を実体験してきたマユが強く訴える。
「あ~、つまりだ――」
 バルトフェルドが腕を組み、彼自身の理解を確認するかの様に話しだす。
「次元世界という名の宇宙みたいなものに、この世界や君の世界のような銀河ともいえるものがいくつもあって、それらを時空管理局とやらがまとめて管理している――ってイメージで合っているのかな?」
「まあ、大雑把にいえば、そんな感じで間違いないです」
「で――君はその管理局に所属している魔法使いで、異世界へ飛ばされたマユ君を助け、この世界にやって来たと?」
「はい」
「そして、この世界の異変を調べていたら、さっきの状況に出くわした。……この事に関しては君にも不透明な部分が多く、また君自身は組織からの支援が断たれ孤立してしまっている――といったところか?」
「……その通りです」
 他人の言葉で改めて確認させられた現状に、なのははどうしても気落ちしてしまう。
 だが、ここで挫けているわけにはいかない。
「それでも――このまま、あの水晶を放っておくわけにはいかないんです。でも、私一人じゃ……ですから、お願いします! 力を貸して下さい」
 なのはは深々と頭を下げた。
 そんななのはに、ラクスが問い掛ける。
「一つお聞きしたい事があります」
「なんでしょうか?」
「襲撃の折にわたくしの身を守ってくださったのは、なのはさんですね?」
「あっ……はい」
「やはりそうでしたか……助けて頂いてありがとうございます。それに――わたくしだけでなく、今ここにいる全員が生きていられるのは、なのはさんのおかげですわ」
「そんな――」
「それと、貴女は間違っていらっしゃいますわ」
「えっ?」
 ラクスの指摘の意味を掴みかねるなのは。
「今回の事は、わたくし達の世界で起こった、わたくし達の世界の問題です。ですから――本来、お願いする立場にあるのは、わたくし達の方です。問題解決の為に……どうか、なのはさんの知識とお力をわたくし達にお貸しください」
 ラクスは毅然となのはに懇願する。
「私にできる事なら」
 なのはもまた毅然と応えた。

 

「僕も、なのはちゃんに聞きたい事があるんだけど……いいかな?」
 今まで、ラクスの隣で沈黙を守っていたキラが、なのはに問いかける。
「……先に言っておきますけど、私は天使なんかじゃなくて普通の人間ですよ?」
「あ、あれは少し混乱してて――」
 悪戯っぽく言うなのはに向かって、恥ずかしそうに弁解するキラ。だが、やがて彼の表情は真剣なものとなる。
 キラは答えを欲していた――二年前、キラ自身に投げかけられた呪いの言葉に対する答えを。
「なのはちゃんが元いた世界では、誰でも魔法が使えるわけじゃないんだよね?」
「ええと……私の世界もこの世界と同じで、一般的には魔法は存在しないものとされています。だから、私の世界に限っていえば、私みたいに魔法が使える人は稀ですね」
「……僕達の世界と同じっていうなら――君の世界にとって、君が持っている力は大きいなものだよね?」
「う~ん……そうかもしれません。科学とかだと、この世界の方が発展しているみたいですし」
「だったら、きっとみんなが思うだろうね。『なのはちゃんのように魔法が使えたら』って」
「……そういえば、私の世界で家族や親友に魔法の事を打ち明けた時に言われました。『私達にも魔法って使えるの?』って。『魔力資質がないと魔法は使えない』って言ったら、少し残念そうでしたけど」
「その友達と今は?」
「? 今も大切な親友ですけど?」
「……そう思ってるのは、なのはちゃんだけかもしれないよ? なのはちゃんだけが魔法を使える事を妬んでいるかもしれない……誰だって『他人より優れていたい』って思うものだから……」
 なのはは、キラの質問は酷いものだと思ったが――キラの顔にありありと浮き出ている苦悩の様相を感じ取ると、黙って問いに答える事にした。
「私、信じていますから――友達の事を。友達の想いを。それに、私より友達の方が優れている事だって、たくさんありますよ。魔法が使えるからって、私が万能になれるわけじゃないですから」
「……じゃあ、なのはちゃんは『自分は魔法が使える特別な人間だ』とは思わないの?」
「人にはそれぞれができる事、得意な事があって――私の場合、たまたまそれが魔法なだけで……周りのみんなと何も変わらない、ただの人間だと思っていますけど?」

 

 なのはの言葉と想いは、キラが悩み苦しみ続けてきた事に対する答えの形の一つだった。
(そうだ。僕だって、どこもみんなと変わらない――ただの、一人の人間だ!)
 キラは、自分自身の心が少し軽くなった気がした。
 その心に生まれた余裕が――たった今、目の前の少女にしたばかりの不躾な質問の数々に、罪悪感を覚えさせる。
「……ごめんね、変な事ばかり聞いちゃって」
「気にしないでください。それより、何か悩んでいるみたいですけど?」
「う、うん。でも、もう大丈夫だから。ありがとう、なのはちゃん」
(うぅ……これじゃ、どっちが年上か分からないな)
 そう思うキラの顔は少し赤くなっていた。

 

 ――この後。
 オーブ軍が遅すぎる到着ののち、事後処理に当たる。
 また、屋敷が全壊してしまった孤児院の面々は、旧アスハ邸にて一夜を明かす事となるのだった。