Seed-NANOHA_547氏_第11話

Last-modified: 2008-10-18 (土) 17:59:32

 ザフト軍カーペンタリア基地の修理ドックでは、ミネルバの修理作業が行われていた。
 そのドックから少し離れた、海が望める空きスペースで談笑している一組の男女。両名ともミネルバ所属のMSパイロットであり、赤服を着ている。
「けどホント、あの時はどうしちゃった訳?」
 ルナマリアが弾んだ声でシンに尋ねる。
「急にスーパーエース級だったじゃない。火事場の馬鹿力ってやつ?」
 そう言われて、シンは先日の戦闘中に自分を襲った不思議な感覚について思い起こした。
「さあ……よくは分からないよ、自分でも。オーブ艦が発砲したのを見て、アッタマ来て……『こんな所でやられてたまるか!』って思ったら、急に頭ン中クリアになって……」
 考えながら言葉を紡ぐシンに、ルナマリアが首を傾げる。
「ブチ切れちゃったって事?」
「うーん……そういう事じゃないと思うんだけど――ん?」
 シンは上空を飛来してくる航空機に気づく。
「何だ……あの機体?」
 見慣れぬ形状の真紅の機体は、空中で素早くMS形態に変形すると、ミネルバが停泊しているドックへと降下した。

 

 アスランはカーペンタリア・コントロールの指示に従い、セイバーを降下させていく。ふと脇を見やると、ついこの前、カガリとともに乗艦した艦が視界に入ってきた。
(ミネルバ……やはりカーペンタリアに移動していたか……)
 よく見ると、その艦体は新造艦とは思えないくらい傷ついていた。
(艦体を修理している……戦闘があったのか?)
 その場に居合わせなかったアスランにも、激戦の跡が見て取れる程に。

 

 見知らぬ機体の正体が気になったシン達が格納庫の中に駆け込むと、先程の真紅からディアクティブモードの灰色に変化した機体から、パイロットが降りてくるところだった。
「何なの、この新型……いったい誰?」
 疑問符を浮かべるルナマリアの目が、そのパイロットの胸元にいく。
(フェイス……!?)
 初めて実物を見る徽章に驚くルナマリア達。ヘルメットを脱いだパイロットの素顔に、彼女達はさらに驚愕する。
「――!!? アスランさん!!?」
 驚きの余り、思わず声を上げてしまうルナマリア。
 そんな彼女達の視線をさほど気にすることなく――ある程度は予想していた反応だった所為だが――アスランは現在の自分の身分と用件を口にした。
「認識番号285002、特務隊フェイス所属のアスラン・ザラだ。乗艦許可を」

 

 知らない機体から降りてきたのは、オーブで別れたアスラン・ザラ。しかも、彼はフェイス――議長直属の特務隊で、軍部のエリートである――だと言う。急にもたらされた事実に、シンは混乱し、アスランへと詰め寄る。
「な……何でアンタが!? いったい、どういう事だ!?」
「シンっ!」
 ルナマリアが小声で窘めた。
 アスランはシンにはあえて取り合わず、この場での年長者であろう、マッド・エイブスに声をかける。
「艦長は艦橋ですか?」
「ああ……はい――だと思います」
 困惑気味に答えるエイブスをよそに、ルナマリアが進み出る。
「確認してご案内します!」
「あ……ああ。ありがとう」
 彼女の勢いにやや気圧されながら、アスランは頷く。
 ルナマリアに先導されてエレベーターに向かうアスランの背中に向かって、シンは抑えきれずに声を投げつけた。
「ザフトに戻ったんですか!?」
 シンには納得できなかった。相手がフェイスだからといって、おとなしく歓迎する気にはなれない。
 ルナマリアがはらはらとした感じで、アスランとシンの顔を交互に見やる。
 アスランはシンへと振り返って答えた。
「……そういう事になるね」
 その曖昧な返答がなんとなく癪にさわり、シンはさらに噛みつくように訊く。
「何でです!?」
 だが、アスランはケンカ腰なシンの言葉には取りあわずに立ち去る。
 ここでシンと論争をしてもあまり意味はない――彼への答えは、これからの行動で示そうと、アスランは思っていた。

 

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 議長用の執務室で仕事をしていたデュランダルのもとへ報告が入る。
『議長。緊急を要する通信会談をオーブが希望してきているのですが……』
「オーブが?」
 大西洋連邦との同盟へ向けて動き、ミネルバを事実上見捨てたあの国が、今さら何の用だというのだろうか。
『それでですね……会談希望者なのですが……』
「ん? どうしたのかね?」
 相手の戸惑っている様子に気づいて尋ねる。
『それが、オーブのアスハ代表と共に……〝ラクス・クライン〟の名前が使われているのです』
「……ふむ」
 なるほど、とデュランダルは納得した。公的には行方不明となっているラクス・クラインの名前が出てきたのなら、通信相手の戸惑う様子にも頷ける。
 だが、デュランダルを始めとするプラントのトップ達は知っていた。ラクス・クラインが、戦後はオーブに渡った事を。そのオーブからだというのなら、おそらくはラクス・クライン本人が絡んでいるのだろう。
「分かった……三時間後に通信会談を行えるように準備してくれ。オーブにも、そのように返答を」
『了解しました』
 デュランダルは机の上に肘をつき、顔の前で両手を組む。
(さて、どう動くかな? オーブは──そして、彼女は)

 

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 ザフトレッドの制服に着替えたアスランは、ルナマリアに案内されてエレベーターに乗っていた。
「……私も訊いてみたいんですけど……いいですか?」
 突然、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、ルナマリアが口を開く。
「え?」
「何で急に復隊されたんですか?」
「復隊したというか……まあ、うん……ちょっとプラントに行って、議長とお話して……」
 ルナマリアはその先を聞きたそうにしているが、簡単に話せる事でもないので、アスランは話題を変える事にした。
「それより、ミネルバはいつオーブを出たんだ? 戦闘もあったようだが?」
「え!?」
 ルナマリアは目を丸くする。
「オーブに行かれたんですか!? 大丈夫でした? あの国、今はもう――」
「警告だけで、攻撃はされなかったが……門前払いだったよ……」
 ――つい数日前までは、代表であるカガリのボディガードだった自分がである。 
 アスランは自嘲気味に答えた。
「メチャクチャですよ、あの国! オーブを出る時、私達がどんな目に遭ったと思います!? 地球軍の艦隊に待ち伏せされて!」
 それを聞いたアスランは耳を疑った。
 ルナマリアは怒りも冷めやらぬ様子で喚き続ける。
「しかも、後ろにはオーブ艦隊もいて! シンが頑張ってくれなきゃ、ホント、死ぬトコでした!」
「……どうなってるんだ、オーブは……カガリがそんな……」
 アスランは戸惑った。
(カガリがいるなら、そんな事だけは許すはずがないのに……)
 胸騒ぎすらするアスランをよそに、ルナマリアは大きく嘆息する。
「私も前は少し憧れてたんですけどねぇ、オーブのカガリ・ユラ・アスハ。でも、何かがっかり!」
 彼女の愚痴もほとんど耳に入らない程に、アスランの混乱は深まるばかりだった。

 

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 ラクスをカガリのもとに残し、キラ達は一度孤児院へと戻って来ていた。オーブを出立する前に、家族達に暫しの別れを告げる為と――
 もう一つ。マユになのはの事を伝える為だった。言い難い事ではあるが、マユに黙っておくわけにもいかない。
「その……なのはちゃんの事なんだけど――」
「お願いがあります」
 マユがキラの台詞を遮った。
「私も連れて行ってください」
「――え?」
 マユの申し出は、周りの者達を驚かせる。
「おいおい。マユ君、いったいどうしたっていうんだ?」
 バルトフェルドが怪訝そうに尋ねる。
「……ここに残っているよりは、なのはちゃんに会える可能性があると思うからです」
「――!? なのはちゃんが行っちゃった事を知ってるの?」
 マユの言葉に、今度は別の意味で驚かされるキラ達。彼女によると、なのははキラ達の前から去ってから、この孤児院に立ち寄ったらしかった。 
「マユちゃんにお別れを言いたかったのと……もしかしたら、孤児院が本当にセイランの手出しを受けていないか確認しに寄ったのかもしれないわね」
 キラからセイランの言動を聞いていたマリューが、自分の推測を述べる。
「しかしだな……だからといって君を連れて行くわけにはいかんよ」
「お願いです! 雑用とか……とにかく何でもしますから!」
 自分の願いを拒否するバルトフェルドに、マユは食い縋る。
「マユちゃん。私達と行けば、必ず戦闘に巻き込まれる。死んでしまう可能性だって、常にあるわ。だから、貴女を連れて行くわけには行かないわ」
 マリューが諭すように言うが、それでもマユは納得できない。
「……もういいです!!」
 マユは孤児院の玄関を飛び出して行ってしまった。

 それから程なくして――
 キラとマリューとバルトフェルドの三人は、モルゲンレーテへのドックへと戻る為、車で孤児院を後にする。その車に――四人目の乗員がいる事を、キラ達は気づいていなかった。

 

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 ミネルバの艦長であるタリア・グラディスは、アスランが預かってきたデュランダルの命令書に一通り目を通すと、小さく息をついた。彼女はアスランが命令書とともに携えてきた小箱を開く。そこにはフェイスの徽章――アスランのものとは別にもう一つ――が輝いている。
「貴方をフェイスに戻し、最新鋭の機体を与えてこの艦に寄越し……その上、私までフェイスに?」
「……」
 その意向はアスランも聞かされていたが、その意図するところまでは彼にも分からなかった。
 タリアは命令書を副長であるアーサー・トラインにも見せながら言う。
「それに、この命令書……いったい、何を考えているのかしらね、議長は?」
 書面の指令内容を目にしたアーサーが、あっけにとられた顔になる。
「……我々がスエズの支援にですか?」
「……そうよ。ユーラシア西側の……連合の制圧から独立しようとするレジスタンスの紛争もあって、地上では今一番ゴタゴタしている場所ね。何の意図があるのか知らないけど……ともかく、準備が整い次第、出航する事になるわね」
「ミネルバは地上艦じゃないんですけどねぇ……」
 タリアとアーサーの会話に、アスランは遠慮がちに口を挟む。
「あの……」
 こちらへと向く二人の視線に、アスランはきまり悪く感じながらも、問わずにはいられなかった。
「オーブの事情について……艦長は何かご存知でしょうか?」
「え?」
「私は戦闘の前に、すでにオーブを出ていまして……」
 タリアは意外に思ったが、アスランの説明に納得した。
「……そうだったの。あの戦闘での事は代表の意思じゃないわ。私達がオーブを出る時、彼女は直接私のところにきてくれたもの」
 タリアの脳裏に、深々と頭を下げるカガリの姿が思い出される。
「そうですか……」
 あまりにカガリらしい話に、アスランは少し安堵した。
「でも、今は大変よね。『オーブが大西洋連邦との同盟を拒否する』だなんて話が湧いてきちゃって……」
「は?」
 思わず間抜けた疑問符を上げてしまったアスランに、タリアは説明する。
「私も正確な事は分からないわ。だけど、流れ的に有り得ない話だけに、単なる噂とも思えないでしょう?」
「は、はあ……」
 アスランの混乱は増々深まってしまう。オーブの内情は、アスランの予測を完全に脱してしまっている様であった。

 

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 中国西部に位置する崑崙山脈の中の一山。その中腹辺りに建てられている小さな山小屋に、なのははいた。
 登山者用の休息場なのだろう──というか、そういった説明書きがあった。簡易ベットや非常食なども備えつけられてある。しばらく利用者がいなかったようであり、ベットには埃が積もってあったが、この世界の金銭を持っていない身では贅沢はいっていられない。レトルト食品とはいえ食事にありつけ、屋根のある小屋のベットで寝れる。
 数年前に経験した訓練校でのサバイバル研修の時と比較しても、そんなに悪くない居心地であった。
 ──が、この世界で一人ぼっちという状況には、やはり孤独感を感じてしまう。
 もちろん、なのはとの連絡が途絶えた時空管理局──その中でもなのはと親しい者達は、彼女を助ける為に懸命に動いてくれているはずだし、その事を彼女は疑ってもいない。
「だから……助けが来るまでは、私達だけで頑張らないとだね」
《Yes》
 なのはの意思に応えるレイジングハート。
 ダーククリスタル──いつまでも呼び名がないのも不便なので、こう呼ぶ事にした──をなんとかできるのは、今はこの世界で自分一人だけ。
 その事実に、なのはは必要以上に奮い立っていた。これは、彼女の長所であると同時に、問題を自分一人で背負いこみ過ぎてしまう欠点でもあった。

 

 なのはは、ダーククリスタルの魔力波動を辿ってきたのだが、現在地付近でその魔力波動が停滞していた。そして、現在はこの山小屋を基点にして探索を行っている。
 ダーククリスタルがこの世界の兵器を取り込んで活動する性質を持っていると判断した為、軍事施設や都市部を重点的に探策したのだが――成果は上がっていなかった。だが、この近辺にダーククリスタルが潜伏しているのは確かなのである。
(いっその事、発動しちゃってくれた方が――)
 ――と、なのはは考えかけたが、頭を振る。その場合、周囲にもたらされる被害を考えると、それは好ましくなかったからだ。そんな発想をしてしまった事への後ろめたさを誤魔化すかの様に、なのはは思考を切り替えようと、ふと思いついた事を声にする。
「ねえ、レイジングハート?」
《Yes my master》
「レイジングハートは、どうして私の事、気に入ってくれたの?」
《…………》
「うぅ……お返事がない……相変わらず、必要以外の事は喋ってくれないんだね」
 愛杖からの答えは返ってこず、なのはは少しへこんだ。
《Sorry master》
「わっ……ううん。こっちこそゴメン。謝ったりしなくていいんだよ」
 すまなさそうにするレイジングハートに、なのはは驚いて慌ててフォローを入れた。くだらない事を訊いてしまったと反省する。そもそも、質問の内容自体が、我ながら今さらなものだった。
 なのはは再び思考を切り替える。
「明日は砂漠の方を探してみよっか?」
《All right》
 なのは達は、この地域で探索を後回しにしていた北の砂漠地帯に行ってみる事に決めた。

 

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「──我々はオーブの意志を受け入れたいと思います。大西洋連邦の強引な政策に従わざるを得ない地上国家の中で、正しき平和の為にと立ち上がって下さるオーブには尊敬の念を持って止みません」
 モニターに映る男は、プラント最高評議会議長であるギルバート・デュランダル。そして、彼の後ろには評議員の面々。
 そのモニターの前には、カガリとユウナ、そしてラクスの三名。
 彼らは、アメノミハシラを中継したオーブ・プラント間での通信会談を行っていた。通常ならば、オーブがプラントへ同盟の意を伝えた後、プラント側は評議会でその可否を決議し、オーブへ返答――と、いった形式を取るはずである。
 だが、今回の会談内容は、オーブ・プラントの双方共が結論を急ぐ為に、このような形で行っている。オーブ側は、早急に他国と手を取り合わなければ、大西洋連邦を主とする連合の脅威に再び呑み込まれてしまう。一方で――プラント側も、地球連合への報復を望み憤る市民を落ち着かせる事に四苦八苦していた。
 また、ブレイク・ザ・ワールド事件後の地上は、〝反コーディネイター・反プラント〟の気運が強まっている。〝親プラント〟を表明してくれた大洋州連合のような国もあったが、プラントの立場は地上の世論では劣勢だった。
 オーブとプラントがそれぞれ抱える問題を思うと、この会談で得られるものは、両国にとって魅力的なものであったのだ。

 

「では、引き受けて頂けるのか?」
「ええ、もちろんです。それと、我々にとっては願ってもいない戦力と人材の提供……姫のお心遣い、感謝いたします」
 モニター越しにデュランダルが一礼する。
「……議長。以前にも申し上げたと思うが、その『姫』というのは止めて頂きたい」
「これは失礼しました、アスハ代表」
 不快さを露にするカガリに、デュランダルは素直に詫びる。

 

「それにしても……貴女が再びプラントにお戻りになられるとは。正直、我々としては助かりますよ、ラクス嬢」
「いえ。わたくしの方こそ、今さら身勝手ではあるとは思いますが……」
「そのような事はありませんよ。今でも、プラントの市民は貴女の事を大変慕っています。大西洋連邦の核攻撃で憤る市民を宥める為に、貴女の偽物を用意しようなどといった話まで出る程です」
 デュランダルはやや自嘲気味に続ける。
「ですから、貴女が戻ってきて下さるというなら、我々プラントは歓迎いたしますよ」
「それは……オーブに亡命する事は、もう決めてしまった事ですから」
「先の大戦での貴女の行いを気にしておられるのですか? 貴女は世界を平和に導いた英雄なのです。いったい、何の気兼ねが必要だと言うのです?」
 デュランダルの言葉は、先の大戦でのラクスの罪状が、プラント国内では不問になっている事を暗に示していた。
「それでも……わたくしは、あくまでナチュラルとコーディネイターが共存するオーブという国で立ち上がりたいのです」
「そうですか……些か残念ではありますが、そこまで決意なさっておられるのでしたら仕方ありません」
 デュランダルが嘆息する。

 

 この会談が、ここまでとんとん拍子に進むとは、ユウナにとっても意外であった。
(どうやら僕の予想以上に、プラントも苦労しているみたいだね)
 ユウナの推測は図星だったのだろうが──
 プラント市民の感情を抑える為とはいえ、ここまで素直にラクス・クラインを欲するとは思っていなかった。
 経済面では、ブレイク・ザ・ワールド事件以降滞っていた輸出入の再開を。軍事面では、デュナメイスの分を除けば、カーペンタリア基地の防衛協力を──今のところではあるが──要求された程度である。
 他にも細かな調整が必要な項目はいくつもあるが、続きは双方の議会でさらに詳しく煮詰めてから、という事になった。

 

 
「では、今回はこれで失礼させて頂きます。先の大戦の〝三隻同盟〟のように、国境を越えて平和の為に集い戦う。そして、ミネルバとデュナメイスの働きが、再びこの世界が平穏に向かう手助けとなる事を切に願います」
 この後、一言二言の社交辞令を交し合ってから、オーブ・プラント間の首脳会議は閉幕した。