Sin-Jule-IF_101氏_第02話

Last-modified: 2007-12-28 (金) 03:41:56

  目隠しをされたアスランが通されたのは、営倉のような薄暗い個室だった。時計など
も無く、時間を知る術などは無い。付いていた見張りらしい兵士も、だんまりを決め込
んでいた。

 

「これじゃ、目隠しを外す意味なんて無いじゃないか」

 

 嫌味を一つ投げつけてみても、反応らしい反応は無かった。

 

 ユニウスセブンは破壊されたのだろうか。
 地球への被害はあったのだろうか。
 少しの間でも一緒だったミネルバは今どうなっているのだろう。
 そして、カガリは無事にオーブに帰ることが出来たのだろうか。

 

 孤独な中で巡らせる想像は、自然と暗い方向へと傾いていく。
 くしゃり。苛立つ手で頭を抱える。乱暴だったためか、何本か毛が抜けた。実際は数
日も経っていないのだが、まるで何年も経ったかのようにアスランには思えた。

 

「出ろ」

 

 声とともに小部屋の扉が開く。先の廊下の空気は冷たく乾いていたが、篭っていた部
屋のそれよりは少しはマシに思えた。扉を開けた兵に飛びかかろうかとも思ったが、後
ろに銃を構えた兵が二人いた。武器さえなければ三人相手でも不意を打って逃げること
はできるだろうが、銃相手に素手で挑むのは自殺行為でしかない。
 連れられた先では、巨大なモニターが何やら映し出していた。画質がやけに悪かった
が、どこかの工場の様子であるらしいのはすぐに見て取れた。巨大な腕やら脚やらが画
面の端々にある。つまり、MS工場なのだろう。
 見慣れぬシルエットがやけに多い。新型の製造だろうか。同じ腕が三対あった。ワン
オフ機ではなく量産機なのだろう。資金の潤沢な連合にしては規模が小さい。では、ザ
フトの新型だろうか。

 

「なんだ、これは……」
「それこそが、クラインの欺瞞よ」

 

 思わず口走ったアスランに応えたのは、いつの間にか背後に立っていたサトーだった。

 

 

 ZGMF-XX09T ドムトルーパー。
 ザフトで新たな戦力としてザクやグフなどと主力の座を争ったモビルスーツだが、そ
の扱いづらさからコンペティションから外された機体である。
 淡々と説明するサトーの剣幕に、振り向いたアスランは息を呑む。一度だけ怯みはし
たが、負けまいと視線だけは外さなかった。

 

「これがクライン派とどういう関係があるんだ」

 

 眼光に屈しそうな心を起こし、無理やり言葉をひねり出した。
 少し前の連合でも新型のダガーLが製造されていたし、非戦を謳うオーブでさえムラ
サメという機体が造られたばかりだ。主力では無くなったとはいえ、自衛のために量産
機を新たに造ること自体はさして珍しくはない。中にはじゃじゃ馬のMSと相性のよい
パイロットだっているだろう。
 ドムトルーパーの製造が下火であるザラ派に火をつけたとは、どうも考えにくい。

 

「話は最後まで聞いてもらおう」

 

 有無を言わせない口調に、アスランは黙るしかない。

 

「もう造られるはずがないのだ。この機体は」

 

 コンペティションで落選してしばらく経った後、この機体に関するあらゆるデータが
“消滅”していた。普通に考えればありえないことだ。重要機密として管理されていた
データが自然に消滅するはずがない。かと言って人為的なものであるならば、痕跡は必
ず残る。
 もっと不可解なのは、それに対する追求があまりに消極的過ぎる点にあった。疑問の
声に対しては、どうせ落選した機体だからデータなど必要ないと返された。お世辞にも
まともな対処とは言えない。真相を隠していると吐露しているようなものだ。

 

「でもそれだけじゃ!」
「確かに辻褄は合うが、決め付けるには早計だ。だがな」

 

 画面が新たに切り替わる。そこではまた、別のMSの製造が行われていた。
 アスランは目を見開いた。同じく製造途中のものだったが、今度はそのシルエットに
見覚えがある。

 

「フリーダム……、それに、ジャスティス……?」

 

 

 戦後におけるラクス・クラインの失踪は、ある意味でザラ派にとって幸運だった。大
罪を犯したパトリックの派閥は、戦争を治めたラクスを慕うものたちによって取り潰さ
れる――――はずだった。
 本来ならば、ラクスは疲弊した両極を纏め上げ、統べるべきだった。そこにきて、指
導者としての立場を放棄し、姿をくらました。その事実に対して、疑問を抱くものが僅
かながらに存在したのである。数少なくなってしまったザラの一派は、その綻びに付け
込んだのだった。
 彼らは綻びの中で再生した。蛇の毒のようにゆっくりと。されど、確実に。

 

「我々はそこで知ったのだ。ファクトリーという施設を」

 

 汚らわしいものでも扱うかのように、サトーは虚空を睨んで吐き出した。
 核の使用を制限しておきながらも、秘密裏にそこで最強の機体は製造されていた。

 

「だから我々は立ち上がった!」

 

 クラインの一派に、後に続く戦をさせるために。
 彼らの手は絵空事を描くためではなく、引き金を引くためにある。
 彼らの口は理想を語るのではなく、相手を呪うためにある。

 

 アスランは絶句した。組織の裏側が汚いことを彼は知っていたが、禁じられた兵器に
まで手を伸ばしていたのは全くの不意打ちだ。
 視覚が急に遮断されたかのような感覚に襲われたが、すぐに彼は立ち直った。MSの
製造が首魁を欠いたことによる暴走ならば、まだ止める手立てはある。

 

「……そうだ! ラクスは!? 彼女はこのことを知っているのか!?」
「今、別働隊が地球に下りている」

 

 対するサトーの返事は静かだった 

 

「奴らが所持するNJCは三つあった。そのうちの一つが送られたという場所へな」

 

 

「すまないね、本当ならばすぐに追撃に向かいたいのだろうが」
「いえ、先の戦いでの被害は甚大です。建て直しの時間は必要かと」

 

 プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルの言葉に、ミネルバのMS隊の指
揮官であるレイは冷静に答えた。
 ミネルバに積み込まれていた避難用の小型艇に、三人の兵が集められていた。一人は
ミネルバMS隊の指揮官レイ・ザ・バレル、一人はジュール隊の隊長イザーク・ジュー
ル、そして最後の一人はシン・アスカである。
 ただの一兵に過ぎないシンにとって、この場は戦場以上に緊張をもたらす所だった。
いくらザフトのトップガンとはいえ、最高評議会の議長といえば一介の兵士に過ぎない
人間がさらりと話せる相手ではない。
 さらに元々シンは移民であり、純粋なプラント国民でさえない。場慣れしている隊長
や議長が身内同然らしい親友とは違うのである。

 

 三機の新型強奪犯の姿はまたもや消え去ってしまっていたが、レイは冷静に現状を把
握していた。もはやミネルバのMSは二機しかいなく、指揮官と言っても名ばかりの状
態だ。MSの性能だけでなく数でも劣る今、むやみに追撃に向かっても返り討ちに遭う
可能性のほうが高い。

 

「まず、ジュール隊には一つ頼みごとをしたくてね」
「それは任務、ということでしょうか?」
「公式のものではないよ。だから断っても構わない」
「いえ、受けさせていただきます」

 

 間をおかず、イザークは決定を下した。公に出来ないことを任せるということは、実
力を信頼している証でもある。隊長として模範的な行動をとるよう心がけても、功名心
は隠し切れるものではない。もっとも、それは彼の美点でもある。
 人一倍熱心な若き隊長を見、デュランダルは小さく唇の端を吊り上げた。

 

「助かるよ。私も君たちが適任だと思うのでね」

 

 デュランダルは一枚の写真を手渡す。イザークの目が、驚愕に見開かれた。
 オーブ首長の第一秘書アレックス・ディノの捜索、および救助が彼らに与えられた任
務だった。アレックス・ディノの出自と呼べるものを考えれば、大々的に捜索させるこ
とは不可能だ。かといって、これは無視してよいものでもない。
 苦々しい表情で、イザークは呟く。

 

「あの、馬鹿者め……」

 

 

「あ、あの……」

 

 事情をよく理解できていないシンがおずおずと口を開いた。
 実際、極秘任務を言い渡すだけならばイザーク一人でも十分だ。副官たるディアッカ
などが付き添うならばまだ理解もできるが、新兵が付くというのはどうにも腑に落ちな
い。

 

「シン・アスカ、君にはインパルスのパイロットになってもらいたい」
「……え?」

 

 思わぬ言葉に、シンの思考は一度停止した。頭の中を真っ白にしながら、思わず隣の
レイの顔へと視線を送る。レイの表情には動きはない。
 インパルスのテストパイロットをこなしたことはあったが、正規のパイロットの座は
レイに渡っている。当時こそ悔しさはあったが、認めざるを得ないものだ。レイの成績
はあらゆる面においてシンを上回っている。
 うろたえるシンに向け、レイが自ら辞退したのだとデュランダルは言う。かと言って
インパルスの誇る戦力は絶大なものであり、機体を遊ばせるわけにはいかない。そして
機体のもつ特殊性を考えれば、乗るべき人物は自然と決まってくる。
 最後にデュランダルは非常時ゆえにこんな形で申し訳ないと付け加えた。

 

「消去法のようで気に入らないかもしれないがね」
「いえっ、そんなことないです! ありがとうございます!」

 

 シンが思わず出した大声に、イザークは小声でたしなめた。少ししてから冷静さを取
り戻したシンは顔を真赤にする。それでも自分の実力を信じてもらえたような気がして、
無礼の恥ずかしさよりも嬉しさが勝っていた。
 まったく、とイザークは息を吐く。言葉ではたしなめこそしたが、シンの気持ちも分
からなくもない。むしろ昔の自分を見ているような微笑ましささえあった。

 

 ……が、それと礼儀は別物である。
 このあとでシンはこっぴどく小言の嵐に襲われるのだった。

 

 

「次にミネルバのことだがね」

 

 デュランダルはレイの方へと向き直る。
 インパルスの譲渡はミネルバの戦力をさらに脆弱なものにしていた。純粋に喜んでい
たシンだが、それを思い出しレイにすまなそうな視線を送る。

 

「当面はザクを使うつもりです」
「いや、相手はセカンドステージのMSだ。それに……」

 

 地球の連合を敵に回すかもしれない、と口にしかけ、デュランダルは口をつぐんだ。
 相手の目星がついているとはいえ、正体はいまだ不明の状態だ。そんな中で責任ある
立場の人間が不用意な発言はするべきではない。レイも言外の続きを察してか、それに
ついては触れなかった。

 

「君たちは皆、大事な部下だ。なるべく安全に事を進めて欲しいのは当然だろう?」

 

 また別の艦が一隻が現れたのは、その言葉の直後のことだ。

 

「思ったよりも速いものだね。せっかく避難艇を出してもらったが」

 

 デュランダルの送迎の艦に乗り込んでいたハイネ・ヴェステンフルスは、避難艇に現
れるなり恭しく礼をした。彼を新たにミネルバのMS隊に加えてはどうか、とデュラン
ダルは言った。ザフト特務隊FAITHの地位を持つ彼ならば、実力的にも申し分はな
い。ミネルバの戦力は乏しいのだから、レイに断る理由はない。
 窓の外に目をやれば、肩をオレンジに染めたザクたちがミネルバにMSを搬送してい
た。おそらく、それが彼の愛機なのだろう。

 

 運びこまれているのは、その一機だけではなかった。

 

「レイ、君には新しいMSを託そう。皆を護ってやってくれ」
「――はい!」

 

 敬礼とともに、レイにしては珍しい威勢の良い返事が飛んだ。

 

 

 他国の戦艦の一室は、待つには広過ぎた。
 ミネルバであてがわれた一室で、カガリ・ユラ・アスハは数えるのも億劫になる程の
溜息をついていた。客人を通すための部屋とはいえ、戦艦の施設には快適さは求めよう
もない。

 

「失礼します、代表」
「あ、ああ」

 

 部屋のドアから現れたのはレイだった。彼のようなタイプは得意ではなかったが、息
の詰まるような空間に一人でいるよりはマシだと彼女は判断する。
 レイは意に介していないように口を開いた。内容はミネルバのこれからの動向だ。地
球に降り、オーブへと向かうことになったことを伝える。

 

「待ってくれ、私は……!」
「残ると仰るつもりですか。ご自分の立場を忘れて」

 

 ユニウスセブンが落とされ、地球ではプラントに対して不信が募っている。そんな中
でオーブの要人が長らくプラントに留まればどうなるか。カガリは政治は得意ではない
が、考えなくとも結果は明らかだ。
 カガリが視線を落としたのを見、レイは改めて言葉を発した。

 

「――アレックス、いえアスラン・ザラのことですが」

 

 カガリは転寝から目覚めた時のように目を見開いた。最強の機体の一つを駆って戦争
を勝ち抜いたとはいえ、ザフトにとって裏切り者である彼は、決して歓迎されない者だ
ろう。そんな彼に厚待遇を寄越すとは思えなかった。
 が、レイの続ける言葉は、カガリの覚悟とは全く逆のものだった。

 

「先ほど、ジュール隊に捜索の要請が入りました」
「ジュール隊……イザークたちか!」

 

 枯れ木が時間を遡ったかのように、抜けた力が戻っていく。カガリの瞳に光が点った
のが、傍目のレイからでも分かった。
 本来ならば極秘任務なのだから伝えるべきではないのだろう。それでも、自分の選択
は間違っていないとレイは思うことにした。傍らにはいない親友ならば、きっとそうす
るはずだ。
 たとえ、相手が彼の憎むアスハと言えども。

 

 

「グゥレイト」

 

 ひゅう。口笛を鳴らし、ディアッカは新たにボルテールに運び込まれたインパルスを
見上げた。セカンドシリーズの中でも特に汎用性に重きを置いたこのMSは、連合の名
機ストライクを手本としたような性格を持つ。
 ディアッカはストライクに搭乗したことは無いが、敵に回した場合の恐ろしさはよく
知っている。それと同じく、味方につけた場合の頼もしさも。その両方を知る人間は数
少ない。ザフトがストライクを模したような機体を作り上げたことは、自身の眼力が正
しいと証明されたようで悪い気はしなかった。

 

「何やってるんですか」

 

 インパルスのコクピットからシンが顔を出す。機体に為されていた設定を自分に合う
ものに変換する作業が、ようやく一区切り付いたところだ。休憩に入ろうかという時に
丁度ディアッカの感嘆の声が耳に入ったのだった。
 レイ専用の設定はかなりの難物だった。テストパイロットの経験で機体自体を知り尽
くしていたのがせめてもの幸いだったろうか。

 

「いや、いい機体だよなって思ってさ」
「ええ。……だから正直言って、重いです」

 

 シンはコクピットから降り、ディアッカと同じ視点からインパルスを見上げる。ボル
テールではインパルスを十分に運用するのは難しい。乗り手としては自分より機体を上
手く扱えるであろうレイ、搭載艦としては合体機構を存分に振るえるミネルバ、環境に
関しては明らかにボルテールは劣っている。
 レイは冷静かつ客観的な視点を持てる男だ。そういった事情を理解していないはずが
ない。それでも託したということは、自分を信じてのことなのだろう。言葉少なな男の
メッセージを改めて読み取り、シンは拳を堅くした。

 

「頑張れよ、熱血少年」

 

 ばしっと背中を叩かれ、思わず背筋を真っ直ぐにする。
 短く返事をし、シンは親友に感謝のメッセージを送るべく自室へと足を向ける。その
背中に、ディアッカが声をかけた。

 

「今度、コイツに乗せてくれよ! もちろんブラストでな!」

 

 

「馬鹿者め」

 

 若き隊長は、受け取った写真に向けて私室で一人うそぶいた。
 自分が抜けた組織に世話になるなど、恥以外の何物でもない。もし出会えるのならば、
その時は立場というものを解らせてやらねばなるまい。

 

 さしあたっての問題は人事だった。
 アスランの捜索は極秘任務だ。下手に規模の大きい部隊よりも、少数精鋭で動くべき
だろうと彼は判断する。
 ジュール隊には元々十数機のMSが配備されていた。内の何機かがサトーの一派に撃
墜されはしたが、それでもまだ数は多い。同じ作戦に参加していて被害の多いルソーへ
の人員補充という名目はあるものの、急な異動は不満を招くだろう。
 部下のデータを一つ一つ調べ、連れるべき人員を選出するのが彼の仕事だった。
 同じ場にいたシンがまず枠に収まる。インパルスの性能を考えれば当然のことだ。隠
密の作戦も新兵にはいい経験になるだろう。

 

「失礼します、隊長」
「シホか」

 

 ルソーの被害を纏めるよう頼んでいたことを思い出す。報告を聞き、すぐに補充に充
てる人員をルソー側に送信する。真相を公に出来ない以上は堅苦しい手順を踏まねばな
らなかった。

 

「手間をかけさせたな」
「いえ、仕方の無いことですから」
「――敵はユニウスセブンを落とすような連中だ。何をしてくるか分からん。だから」
「隊長」

 

 旧式機のジンでザクを次々に討ち取ったサトーたちの腕は恐るべきものだ。シホの実
力を疑うわけではないが、信頼する部下を危険な目に合わせるつもりもない。彼女はア
スランとの腐れ縁のある自分らとは違う。
 そんな考えを断ち切ったのは、ただ一言の宣言だった。

 

「私は、ジュール隊のシホ・ハーネンフースです」

 

 イザークは、涼しげな眼差しを取り戻し、少し笑った。

 

「ならば、ついて来い」

 

 ザラの亡霊が巣食う、地獄の底まで。

 

 

 ヨップ・フォン・アラファスの部隊は全滅した。
 残るNJCの所在を聞き出すための襲撃に対し、答えは最も分かりやすい形で示され
た。禁じられた力を持つたった一機のMSによって、新型であるはずのアッシュ数機は
ほんの数分も経たないうちに壊滅に追い込まれた。
 この一連において、MSの被害と人的被害は全く釣り合っていない。全てのアッシュ
が腕やエンジンを破壊されたのに対し、戦死者の数はゼロだ。しかも、退却に対しても
青き翼のMSは追撃を仕掛けてきていないという。
 ヨップがもたらした報告は、アスランをさらに打ちのめした。フリーダムが起動した
ということは、NJCはラクスの手元にあったということだ。戦死者がゼロという事実
も、彼の僅かな期待を無残に切り裂くことを意味していた。そんな戦い方をする人間は、
彼の知る限りにおいてたった一人しかいない。
 知らぬのは自分だけだったということか、と震える拳を壁に叩きつける。

 

 アスランが決断を下すのに、時間は必要なかった。
 漆黒のジン部隊によるファクトリー襲撃は、それから間もなくの事件だった。もっと
も、その施設の関係上それが明るみに出ることは無かったが。

 
 

 座礁に乗り上げたアレックス・ディノ捜索任務に、イザークは頭を抱えた。ジン部隊
の活動時の記録に彼らの母艦は無かった。その点より、別の本拠地点が近くにあったと
推測できる。しかし、それに該当する地点をあたっても何の手がかりも無いのだ。

 

「こりゃ、まるで本当の幽霊だな」
「下らんことを言う暇があれば少しは考えろ」

 

 一層厳しくなったイザークの視線に、ディアッカはおどけて肩を竦ませる。黒いジン
を駆る一派の正体を知ることはできたが、その尻尾だけがどうしても掴めない。
 イザークたちがサトーたちの消息を知ることができない原因は、サトーたちをザラの
残りカスと決め付けている点にある。今のプラントにおけるザラ派はマイノリティとは
いえ、その再生力は水面下で徐々に広がり続けている。サトーたちが所属していた基地
は、そういった者たちの息のかかった場所だった。
 地球全体を巻き込むような事件を起こした以上、他に彼らに賛同するものはない。そ
の思い込みが捜査班に自然と発生していた。指揮官のサトーが実直な性格だということ
も、基地全体を疑う選択肢を潰す理由の一つだった。そういった人間は、思想を違えど
も公私を混同しない。性格に合わない指令に従っていても、不思議は無い。

 

 手間かけさせやがって絶対髪毟っちゃるぞあんにゃろう。

 

 そんな思いが腐れ縁の二人には生じつつあった。

 

 

 何度も行き詰まり陰鬱としていたボルテールだったが、仄暗い空気を吹き飛ばしたの
は本国からの緊急の伝令だった。連合よりプラントに向けての核攻撃、幸い被害は未然
に防いだとのことだったが、これは事実上の宣戦布告といえよう。ユニウスセブンの落
下が原因となったことは想像に難くない。
 一行の度肝を抜いたのは、その迎撃の映像だった。

 

「隊長、これ、まさか」
「ジャスティス、だと……?」

 

 一機の赤のMSが、次々に飛来する悪意の塊を撃ち落す。そこに存在するはずのない
姿に、味方さえもが立ち向かうことをしばらく忘れていた。
 ジャスティスは本来は近接戦闘を得意とする機体だ。ミサイルの迎撃には性能的に向
いていない。そうでありながら、映像の中のジャスティスは獅子奮迅の活躍を見せてい
た。
 射撃の面で劣る性能を背中のリフターがフォローする。核の爆風が届かない位置まで
高速で近づき、撃ち落しては急速に旋回し、次の標的に向かう。

 

「ジャスティス、こいつが?」

 

 シンは拳を握り締める。前大戦でフリーダムと並んだ機体の一つだ。このMSとパイ
ロットに恨みこそ無いが、自然と力が篭ってくる。
 映像の中のジャスティスの動きの一つ一つを記憶に焼き付ける。もっとも得意とする
ビームサーベルや、背のファトゥムを最大限には使っていないというのに、インパルス
を凌ぐようにシンには思えた。
 フリーダムを一つの目標としている彼にとって、ジャスティスもまた超えるべき壁の
一つだ。そこに横たわる“差”が、黒い炎を再び燃え上がらせる。

 

「イザーク、このパイロット」
「ああ、間違いない」

 

 そんなシンとは逆に、ディアッカは少しだけ笑みを浮かべて言った。言葉をかけられ
たイザークも声の調子に愉快さを含ませていた。
 長く離れていたとはいえ、ともに戦ってきた身だ。必死にミサイルを迎撃せんとする
姿勢、変わらない操縦の癖、忘れるはずが無い。

 

「目標は決まった。ジャスティスを追うぞ」

 

 経緯は全くわからないが、アスランは確かにジャスティスを駆っている。
 その理由を問いただすのは、それからでいい。
 ボルテールは、久方ぶりに光明を見出した。

 

 

「ああまで堂々と姿を現すとはな」

 

 ジャスティスのコクピットから降りたアスランにかけられた第一声はそれだった。サ
トーの声に核の攻撃に対する動揺はない。ユニウスセブン落下の報復が地球から来るの
は予想の範疇だった。大質量の規格外の一撃を叩き込んだのだ。それに対する大型の攻
撃を考えるならば、核が飛んでくるのは当然のことと言えた。

 

「仕方が無いだろう。プラントが撃たれていい訳じゃないんだ」
「ふん、確かにな。だが、放っておいても連中がなんとかしたろう」

 

 言葉の内容こそは非難だが、サトーの声に侮蔑の色は無かった。
 コーディネーターの現状を嘆いてはいるが、彼とて祖国を愛さぬわけではない。学生
の時分からの友、軍より離れたかつての戦友、亡くした妻の遺族、できることなら護り
たいと思う人間は、まだプラントに大勢いる。
 可能な限り被害を防がんとするアスランの行動は、彼に決して悪くはない印象を与え
ていた。正義の名を冠するMSを駆るには、勇猛果敢な者こそが相応しい。

 

「派手にやったものだ。追っ手がかかるな」
「討つさ、すべて」

 

 意地の悪い質問に向けて、アスランは短く答える。
 ジャスティスがここに存在することを知っている連中は、薄汚い正義を振りかざすも
のばかりだ。それらに向けて引き金を引くことに、最早なんの躊躇いも生じない。

 

 まずは決める、そしてやり通す。

 

 いい心がけだ、と彼は思う。迷いを捨て、立ち塞がるもの全てを撃ち抜く。もっとも
憎む相手のやり方だが、今やそれが彼の原動力となっていた。

 

 

 ジャスティスの追跡に当たっている戦艦ボルテールは、赤のMSが帰投したとされる
基地の目前に迫っていた。
 アレックス・ディノの引渡しを要求する度重なる通信に対し、幾度も拒否の返答がさ
れていた。反逆の意を示したと見てもいいのか、と脅しを含んだ声も何の結果も残して
いない。

 

「で、どう思うよ?」

 

 極秘任務を明かせず寄港すら許されないボルテールは、必然的に睨み合いを強いられ
る。お手上げの事態に、ディアッカは皮肉を込めた笑いを浮かべてぼやいた。
 戦艦の物資は限られている。現状を続けていても結果は良くならない。むしろ悪化の
一途だろう。相手が強行手段を誘っているのは考えずとも解ることだった。
 その言葉に対し、隊長の決断は早かった。

 

「インパルスを出せッ! ザクも準備しろ!」
「は!?」
「隊長、何を……!」

 

 副官の二人は思わず取り乱した声を出す。元来気の長い方ではない隊長は、この数日
間で着々とフラストレーションを溜め込んでいた。
 ゴールの見えない捜索に続いて、待っていたのは分からず屋との押し問答だ。募りに
募った苛立ちは堪忍袋の尾を引き千切って繋げ、もう一度引き千切ってもまだ釣りが来
るレベルにまで到達していた。

 

「なんなんだよいきなり、無茶苦茶じゃないか……!」

 

 語調を荒げて愚痴りながら、シンはコンソールをやや荒っぽく弾く。戦艦の構造上、
合体機構を持つインパルスは最初から合体状態で出撃せねばならない。特性である換装
機構も、本体への誘導システムをオフにしなければならない。そのため、出撃前にどの
武装を用いるか決めておく必要があった。
 今回シンが選んだのは砲戦仕様のブラストシルエットだ。目的が攻撃でなく威嚇なら
ば、視覚に訴えるのがもっとも効果的だろう。遠距離からでも大被害をもたらせられる
ことを相手に見せ付けるしかない。
 とはいえ、最強のMSの一つであるジャスティスに全く興味が無いわけではない。ほ
んの少しだけだが、楽しみでさえあった。
 スラスターに灯が点る。

 

「シン・アスカ、インパルス、行きます!」

 

 

 インパルスの出撃に呼応するかのように、いくつかの機影が基地より飛び立った。

 

「MS反応!? 機種は……」

 

 シンは目を見開いた。もはや旧式となった機体、ジン・ハイマニューバ。日本刀を模
した斬機刀を有するその独特なフォルムは、ボルテールの全ての人間の脳裏に焼きつい
ている。
 地球に向けて落ちていくユニウスセブンの姿が鮮明に脳裏に浮かぶ。一瞬にして体温
が上がったような感覚が身体を襲い、次にイメージは真っ白に染まった。両の手が、指
先が冷たさを帯びる。

 

「アンタたち、こんなところにッ!」
『シン!? 何をするつもりだ!』

 

 イザークの制止の声も聞かず、インパルスはボルテールから飛び立つ。対する黒いジ
ンは次々にビームカービンを放った。フォースシルエット装備時に比べ機動力に乏しい
ブラストインパルスだが、シンはそれらを避け、逆にミサイルを見舞う。何機かが、盾
を失った。

 

「撃ってきたのは、向こうですよ!」

 

 乱雑に返答しながら、シンはインパルスにビームジャベリンを構えさせた。槍を構え
つつも、敵との距離を詰めたりはしない。敵のジンは近距離戦向けのMSだ。距離をと
れば渡り合えないことは無い。シンはそう考えていた。

 

 ジンはその強化された機動性を活かし、次々に来るケルベロスの猛火を掻い潜る。当
たればMSごと飲み込まれるのは必至だが、新兵であるシンの攻撃は単調だった。近距
離の牽制としてはジャベリンを構えているが、それ以外はお粗末だ。せっかくの補助武
装のバルカンやミサイルランチャーもあまり用を成していない。
 取り囲み、隙を突く。悪意の毒蛇は、のったりとシンを飲み込もうとしていた。

 

 その直後、ジンたちの動きが止まる。足を止めたのは別方向からのミサイルの直撃だ。

 

「命令違反に機体性能依存。あとで隊長に謝っておきなさい」

 

 青紫のブレイズザクウォーリアが、ビーム突撃銃を構えていた。

 

 

「こちらに交戦の意思はありません。退いてください」

 

 今更だけど、と心の中で付け加えながら、シホはジンに向けて発信する。それに対す
る返事は複数のビームカービンだった。落胆は無い。威嚇のためだったとはいえ、MS
を先に出したのはこちらの方だ。
 左肩のシールドが攻撃を弾くとともに、ブレイズウィザードが火を噴く。

 

『おい、ミサイル撃ち尽くしたんなら一度さg』

 

 ディアッカからの通信を無視し、シホのザクは炸裂弾をジンに向けて投げつける。
 ブレイズウィザードの真価はファイアビーの広範囲攻撃ではない。二基のブースター
が、ザクの速度を飛躍的に上昇させる。動きを止めた一瞬を見計らい、盾から引き抜い
たビームトマホークがジンを切り裂く。
 次に出撃したのはパーソナルカラーを持たない緑のザクウォーリアだ。出撃の直後に
放ったオルトロスの一撃が狙いを過たずジンを打ち抜く。

 

「……すごい」

 

 シンはインパルスのコクピットの中で思わず言葉を漏らした。
 赤服を纏い、推薦があったとはいえインパルスを託されたことで自分が強くなってい
るのだと信じていた。
 旧式の機体に翻弄され、危うく包囲を許してしまうところだった。その現実が重くの
しかかる。自分が撃墜されるだけならばまだいい。インパルスが敵に渡る可能性だって
ある。そうなれば、レイとデュランダルの期待を裏切るだけではない。更なる悲劇が彼
らによってもたらされるだろう。

 

『余所見とは余裕だな小僧!』
「……っ!」

 

 サトーのジンの斬機刀がインパルスを襲う。ビームジャベリンの柄を盾に、インパル
スはそれを受け止める。
 サトーの攻撃は正確にPS装甲の隙間である関節を狙っていた。初撃でジャベリンが
切断されなかったのは、幸運としか言いようが無い。ディアッカもシホもジンにかかり
きりだ。助けは期待できない。そう考えた直後、シンは頭を振った。
 いや、たった一機すらも自分で倒せなくてどうするのか。
 レイならば、きっと鮮やかに敵を撃ち抜く。彼から機体を託された自分には、親友の
愛機とともに戦い抜く義務がある。
 シンは、敵を睨んだ。

 

 

「あいつは……」

 

 ジャスティスのコクピットのモニターで戦況を見ていたアスランは、緑のザクウォー
リアに注目した。
 ザクは明らかに砲戦仕様だというのに、何故かどんどん前に出ては敵を撃ち抜いてい
く。隙だらけの癖にやたら精度の高い特殊な戦闘スタイルは、彼の脳裏に一人の友人を
思い起こさせた。
 ディアッカ・エルスマン、成り行きでバスターに乗ることになるも機体に合った戦闘
方法などに縛られず、自らのやり方で戦い抜いた男だ。
 デュランダルの計らいで復隊したという話はかつて聞いたことがあったが、MS戦に
おける彼の素行は直っていないようだった。懐かしさと微笑ましさを少しだけ感じ、ア
スランは僅かにほほを緩ませる。
 通信では、自分を迎えに来たのはジュール隊と名乗っていた。ならば、後にはもう一
人の友が控えているはずだ。
 あの二人は強い。おそらく、ジンでは太刀打ちも出来ずに落とされてしまう。

 

「俺が出る。出撃準備を」
『は?』
「それと、あれの準備をしておけ。俺たちもすぐに向かう」

 

 基地からの返事は無視し、ジャスティスのエンジンを走らせる。奪取した時からOS
の書き換えは一切行われていない。奪ったMSには前大戦で彼が搭乗した際と全く同じ
データが仕込まれていた。
 それが何を意味するか、気付かないほど彼は愚かではない。
 これを造ったものは禁断のMSを秘密で造り、そして何も知らぬ彼に戦わせようとし
ていたのだ。

 

 立ち塞がるものは全て斬り、穿つ。
 それが彼に求められた役割だというのならば、その役を演じてみせよう。変わるのは、
その相手だけだ。

 

「アスラン・ザラ、ジャスティス、出るッ!」

 

 憎悪を手に。

 

 

「なっ、ジャスティスだと!?」

 

 基地から現れた思わぬ姿に、デッキから戦況を見定めていたイザークは取り乱した声
を上げる。
 リフターを青紫のザクに向けて飛ばし、ジンへの追撃の牽制とする。ザクは盾で受け
止めるも、巨大な盾はそのまま根こそぎ吹き飛んだ。防御の手段を奪われたシホのザク
に、ジンたちがモノアイを光らせる。
 残った本体は緑のザクにビームライフルを撃ち、オルトロスを構えさせまいとした。
 回避に徹させてしまえば、巨大なガナーウィザードはデッドウェイトに過ぎない。リ
フターを除いて機動力を落としたジャスティスでも十分対応が可能だった。

 

「おいおい、ちょっと待てよ!」

 

 正確なビームの射撃の中を逃げ回りながらディアッカは喚いた。いつの間にやら射撃
にジンたちが加わっていたりするからタチが悪い。機動性に優れている訳ではないザク
の腕を、脚を、光のラインは次第に少しずつ掠めていく。
 動きを鈍くしたザクに照準を向けた直後、ジンは爆発四散した。別の機体が来たのだ
と他のジンが気付くとともに、また一体が破壊される。
 躍り出たのはライトブルーのスラッシュザクファントムだ。

 

「ディアッカ! 一度下がれ!」

 

 通信を送るとともに、さらに別のジンにハイドラを撃ち込む。
 先のシホとディアッカの善戦によって、既に半分以上のジンが撃墜されていた。アス
ランは味方の機影を確認し、撤退の命令を下す。
 生じた隙を見逃さず、ファルクスがジャスティスを襲った。盾が極大の一撃を受け止
める。光が散る。

 

「貴様ッ! 俺たちに攻撃するとはどういうつもりだッ!」
「イザーク……!」

 

 イザークの問いには答えず、アスランは歯噛みした。対峙している友は討つべき敵で
はない。できることならば追い払うに留めたかったが、実力に開きがないだけに手加減
すら不可能だった。
 まだ彼はこちらを殺す気でいる訳ではない。付け入る隙があるとしたら、そこだけだ
ろう。ファルクスの攻撃を捌きながら、ジャスティスは防戦に徹していた。

 

「軍を抜けたお前が何故MSに乗る!」

 

 

 一撃。ジャスティスはそれを避ける。

 

「一般人は一般人らしくしていろッ!」

 

 もう一撃。またも攻撃はジャスティスには当たらない。

 

「答えろッ! アスラン!」

 

 回避しながら、アスランは自分に向かう攻撃が命を狙ったものではないと気付いてい
た。狙いは全て腕や脚、戦闘力を奪わんとするものだ。当然のことだった。イザークは
アスランを敵だとは思っていない。
 思いはアスランも同じだ。敵と認識しない友を撃ち抜くのは本意ではない。
 その一方でアスランの苛立ちは募っていた。
 腕や脚を狙う攻撃が、どうしても一つの機体を連想させる。

 

「お前に……」

 

 ファルクスを盾で受け、ラケルタ・ビームサーベルを引き抜いた。
 頭の中で何かが弾ける。視線が凍る。全身の代謝が活性化する。

 

「お前に何が解るって言うんだ!」

 

 憤怒の一撃が、右のハイドラごと右腕を斬り飛ばす。

 

 シンはサトーを相手に苦戦を強いられていた。サトーの攻撃は速く、精密だ。機体の
出力差やPS装甲の差など意に介していないかのように攻撃を仕掛けてくる。装甲にこ
そ傷はないが、内側への衝撃は殺しきれていない。
 実力の差に開きがありながらも生きていられるのは、ひとえに機体のおかげだった。

 

『その機体を我々に渡せ!』
「誰がアンタなんかに!」

 

 広範囲にミサイルランチャーを放つも、ジンは突撃し、インパルスに体当たりをぶち
かます。バランスを崩し、インパルスは転倒した。同時に、染まっていた装甲が灰色へ
と変化していく。

 

『勝負はあったようだな』

 

 ジンがゆっくりと斬機刀をインパルスに向ける。その狙いはコクピットだ。

 

 ――死ぬ? 俺が――?

 

 

 ユニウスセブンの時とは違う。今度こそ助けはない。シンは、死を直感した。一瞬の
間に、短い己の人生がフラッシュバックされる。

 

 自分に力を託した親友のこと。
 英雄の部隊に配属された時のこと。
 プラントに移り、友と出合った時のこと。

 

 赤い液体に浸って無残に転がる、腕の欠けた小さな死体。

 

「こんな、ことで……」

 

 その上空で、悠然と翼を広げる一機のMS。

 

「こんなことで俺はあああああああああああッ!」
『何だと!?』

 

 灰色のインパルスが立ち上がり、ケルベロスを放つ。不意のことで、サトーのジンは
回避しきれず右の腕と脚、さらにスラスターまでもを失った。

 

「指定ポイントにソードシルエットを!」

 

 通信をボルテールに送り、インパルスが飛び立つ。本体に誘導する機能が使えないな
らば、本体をシルエットを受け取れる位置に移動させる。
 射出されたソードシルエットを受け取り、同時にインパルスに対応させるために急遽
取り付けられたデュートリオンビームを受ける。装甲が真紅に染まり、インパルスは大
剣を引き抜いた。

 

「うあああああああああああああああああああッ!」

 

 雄叫びを上げ、ザクに群がっていたジンに突撃する。エクスカリバーの威力の前に、
逃げ切れなかったジンたちは薙ぎ払われるしかできない。対艦刀を逃れたジンも、ビー
ムブーメランとビームライフルの餌食となった。

 

「お前たち、よくも、よくもおおおおおッ!」

 

 全身が力強く脈打ち、眼差しは凍て付く。その根底に根付くのは“怒り”だ。

 

 ――もう、誰も失わない。失わせない。

 

 

 別人のようなシンの戦いぶりに、アスランもイザークも動きを止めた。
 特にアスランの受けた衝撃は大きい。一度やられただけにサトーの実力をよく知って
いた。
 ジャスティスの出撃前の様子からして、ミネルバにいたレイではないだろうと思って
いたが、アスランはレイよりも劣ると評価していた。インパルスとジンの性能差を考え
ても、なおサトーが勝る、そのはずだった。
 先頭で指揮していた黒いジンは機動力を失い、それだけでなく他のジンが何機も落と
されている。他のジンのパイロットも熟練の兵たちだ。インパルスの猛攻はサトーの隙
を突いただけでは説明がつかない。

 

「シン……!?」

 

 通信を繋いだままだったサブモニターから、同じく驚愕を隠せていないイザークの声
が届く。アスランは、そこで自分を取り戻した。
 ビームライフルに持ち替え、ザクの左腕を撃ち抜いた。アスランは仮にも一度は乗っ
た機体であるザクの基本的な武装は知り尽くしている。ザクは両腕とウィザードを失え
ば効果的な攻撃手段を失う。
 ウィザードを破壊してザクを蹴り飛ばすと、アスランは残っているジンに通信を繋い
だ。インパルスから逃れ、戦域から退避するようにと。
 通信の直後、ジャスティスはジンと逆の方向へと向かう。

 

 ジャスティスが突進するインパルスにフォルティスビーム砲を放る。インパルスはそ
れを盾で受けた。盾は吹き飛んだが、突進の勢いを殺さず斬りかかる。逆にジャスティ
スが盾を構えた。対艦刀が質量に任せて盾ごと叩き切らんとする直後、赤い脚がインパ
ルスに叩きつけられる。
 距離が取られるとインパルスは間をおかずにフラッシュエッジを引き抜いた。ビーム
の刃が生じるよりも先に、アスランは武器の特性を見抜く。半歩遅れ、ジャスティスも
またブーメランを投げつける。両機の間で、ビームブーメランが激突し、四散した。

 

「アスラン・ザラ! なんでアンタはこんなことをッ!」

 

 先に飛び出したのはシンの方だ。
 追跡中のボルテールの中で聞いたアスラン・ザラは、目の前の人間とは全く別の人間
だ。直接の面識はないが、イザークやディアッカから聞いた話では、少なくとも平和を
あえて乱すテロリストに加担するような人間ではなかった。

 

 軍から逃げ、友を裏切り、今は多くの人を殺そうと禁じられた力に手を染めている。
 シンからすれば、アスランは外法者でしかなかった。

 

 

「そんなものにッ!」

 

 激突を制したのは迎え撃ったジャスティスだった。対艦刀を避けるとともに、二刀の
ビームサーベルが対艦刀をビーム刃の逆側から破壊する。

 

「――俺も“帰艦”する。準備を」

 

 武器を破壊されたシンが呆ける僅かな間に、アスランは基地に向けて通信を開く。
 ジャスティスはインパルスに背を向け、基地に向けて移動した。

 

「逃がすかァッ!」

 

 少し間を空け、最後のフラッシュエッジを手に、インパルスはジャスティスの背を追
う。追いながらビームライフルを構えるも、ジンとの戦いで既に撃ち尽くしていた。

 

 ひとしきりアスランに対する毒を吐いた後、壊れたザクファントムの中でイザークは
インパルスから逃げるジャスティスを目で追っていた。おかしい、と眉をひそめる。イ
ンパルスが装備しているのは近接戦闘向きのソードシルエットだ。ファトゥム00の恩
恵を得ているジャスティスの機動力をもってすれば、簡単に振り切れるはずだ。だとい
うのに、両機の距離には全く変化がない。
 ジャスティスは基地へと戻っていく。それは退避行動に他ならない。他の機体があら
かた逃げ終えてから戻ることには納得できる。インパルスを落とさず、わざと追わせて
いるのは何故か。
 思い当たったのは一つの仮定だった。

 

「戻れ、シン!」

 

 アスランは追跡を誘っている。
 イザークは、両腕のない機体のスラスターを噴かせる。本体に受けたダメージは大き
くはなかったはずだが、インパルスとの距離は離れていく一方だった。
 ディアッカやシホはジンとの戦いで既に帰投している。ブレイズウィザードに換装し
ている暇はない。壊れているハイドラはただの重りでしかない。マイナス要因が多すぎ
る状況だが、イザークは足掻いた。シンを制止すべく通信を送るも、インパルスの猛進
は止まらない。

 

 ジャスティスより少し遅れてシンが目標に近づく。
 直後、基地はインパルスを飲み込んで爆発した。

 

 

「う……」

 

 シンが目を覚ましたのはベッドの上だった。白い照明が妙にまぶしい。身を起こすと
激痛が全身を走った。痛みで目は覚めたが、状況は飲み込めない。痛みに苦しみながら
も身を起こすと、そこは見たことのある部屋だった。そこで初めて自分がボルテールの
医務室に置かれているのだと理解する。なぜ医務室にいるのかまでは解らなかったが。
 先の戦いを思い起こす。ソードインパルスでジャスティスを追った覚えはある。その
あとから、急に記憶はぷつりと途切れていた。横から砲撃でも受けたのか、それとも別
の何か攻撃があったのだろうか。考えども、答えは出ない。まさか基地そのものが爆発
したなどとは、思いも寄らなかった。
 次に自分の身体をチェックする。痛みはあるが、それほど介抱の痕はない。全身は主
に打撲にやられているのだろう、とシンは判断する。いくらザフト脅威の科学力といっ
ても、怪我を消し去る医療法はないはずだ。

 

 シンがそんなことを考えていると、医務室の扉が開けられた。現れたのは、部隊の中
でもっとも気さくな緑の先輩だ。

 

「おっ、目が覚めたのか」
「ディアッカ、さん」

 

 挨拶を返そうとしたシンに向け、ディアッカは赤い制服を投げてよこす。それが自分
のものだと理解するのに時間はかからなかった。シンはディアッカに比べれば小柄であ
るし、何より制服の色が違う。
 ディアッカは目が覚め次第ブリーフィングルームに集まるように、というイザークの
言葉を伝える。シンは少しだけ顔色を悪くした。医務室に運ばれていたような人間を呼
び出すあたり、隊長は相当おかんむりなのだろう。最初に命令にない行動をとったこと
までもが思い出される。

 

「どうした?」
「いえ、別に……」

 

 仮病は逆効果だろう、と思いながら、シンは自分の制服に袖を通した。

 

 

 シンが意識を失っている間に事態は動いていた。基地を爆破したアスランの部隊は、
どこに隠していたやら高速艇で逃げ去っていたという。
 事の前後を全く覚えていないシンは、初めて自分が勝てなかったのだと実感する。そ
もそも対艦刀を折られた時点で負けていた。性根が腐っても前大戦の英雄とまで称され
るだけの実力は有しているということだ。全身を傷めただけで済んだのは、むしろ幸運
だったのかもしれない。
 だが、負けっぱなしでいられるほどシンは穏やかな気性の持ち主ではない。

 

「それで、あいつは……!」
「慌てるな。すぐに次の任務だ」

 

 はやるシンを、イザークは軽くあしらう。

 

「次って言ったって!」
「いいから話を聞け馬鹿者!」

 

 自身を上回るイザークの剣幕に、シンは思わず引き下がった。ただでさえ先の戦いで
は失態を演じている。シンが強く出ることは出来ず、できることは視線を足元に逸らす
しかない。
 シホは表情は変えていなかったが、ディアッカは小さな笑いを堪えていた。この二人
はどこか似たもの同士だ。

 

「指令は下っている。アスラン・ザラとその一派を討つ。それが我々の次の任務だ」

 

 目を伏せて言ったイザークの言葉に、シンだけでなく他の二人も固まる。特に一人気
楽に構えていたディアッカの動揺は大きい。イザークがそんな任務に了解するなどとは、
彼には到底思えなかった。

 

「各員、すぐに準備しろ。奴は地球に降りると言っていた」

 

 アスランは去り際にメッセージを残していた。
 それが意味するのは彼からの挑戦なのか、それとも止められることを期待しているの
か。イザークには解らない。
 彼の真意を問わねばならない。
 もし彼の心に迷いがあるのならば、正してやることができる。

 

 もし、そうでなかったのならば。
 その時は、自分の手で討たねばならない。イザークは、そう感じていた。

 
 

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