Sin-Jule-IF_101氏_第01話

Last-modified: 2007-12-28 (金) 03:41:28

「シン・アスカ、本日付けでジュール隊に配属されることになりました。よろしくお願
いします」

 

 緊張した面持ちで、シンはやや堅い姿勢で敬礼をとった。
 彼の畏まる姿は、どちらかと言えば珍しい部類に入る。平素の彼は、相手が誰であろ
うと挑戦的な眼差しを送る不遜さを持ち合わせていた。普段の彼を知る者が今の彼を見
れば、噴出すことは必至だったことだろう。
 そんな彼が堅くなるのも無理からぬ話だった。たった一人ジュール隊に送り出され、
無自覚ながらも精神は疲労を促している。袖を通してから日が浅い赤の軍服も、決して
着心地がいいものではない。ヤキンの戦士の雷名に怯むつもりなど無かった彼だが、配
属初日にして状態は不調といえるものだった。

 

 シンに対面していた兵士たちの先頭の白服の男がシンの前に立つ。隊長であるイザー
クその人だ。

 

「歓迎しよう、シン・アスカ。――その力、期待しているぞ」

 

 付け加えた言葉とともに、堅くなっていた肩を軽く叩く。シンは小さく息を吐いた。
それで緊張は幾分かは解れたようだ。
 小さな気遣いがあまりに自然だったので、兵たちの中でディアッカ・エルスマンは表
情に出さず驚いた。昔から上からものを見るような態度をとりがちだったが、隊長とし
ての立場に就いて以降、イザークの対人の姿勢は少しずつ変わってきている。その変化
は本当に僅かずつのものなので、気付くものはほとんどいなかった。
 気付けるとすれば、腐れ縁である自分か、それとも。
 視線の先には一人の女性隊員の姿があった。イザークを慕う彼女ならば、その変化に
も気付いているはずだろう。もしかしたら、彼に関することにかけては自分よりももっ
と敏感に。

 

 

 新兵就任の挨拶は滞りなく終わった。
 いち早くディアッカが基地の案内と称してシンを連れ出した。他の兵も特に何も言わ
ずディアッカに任せることにした。彼のくだけたような人柄は部隊の中でも知れ渡って
いる。適任と判断してのことだった。

 

「ディアッカ・エルスマンだ。よろしく頼むぜ」
「え、ええ」

 

 部屋を出ての最初は自己紹介だった。差し出された手にシンは応じる。
 ディアッカの名前もまた有名だ。プラントに移住してからの日が浅いシンでさえ、幾
度となく聞いている。当時の新鋭機のうちの一つ“バスター”の武勇伝はむしろ知らぬ
ものの方が少ない。
 そんなことに萎縮するシンではなかったが、その心境は複雑だった。今度は部隊の前
に立たされた緊張はない。相手も堅苦しい雰囲気を取っ払ったような気配だ。それが気
遣いなのか生来のものなのかまでは分からなかったが、甘えていいものかシンには判断
が出来なかった。
 シンには目の前の先輩と仲良くできるか、非常に疑問だった。
 ディアッカは先の大戦でプラントに弓引いた人間だ。それも、よりによってオーブと
いう国に手を貸して。

 

 歩きながら、ディアッカは幾度となくシンに話しかけてきた。
 何故ザフトに入ったのか? アカデミーでの成績はどうだったのか? 学生時代の恋
愛模様は? など、発展しそうな話題を次々に振ってくる。シンはその一つ一つに当た
り障りのない答えで濁した。
 どんなMSに乗るのか? という質問が最後に出た。得意な間合いは特にないから決
まっていない、とシンは正直に答える。ひゅぅ、と対するディアッカは小さく口笛を吹
いた。運用が柔軟なオールラウンダーは貴重な戦力だ。

 

「でも、乗るならやっぱり射撃機体だろ?」

 

 長距離ライフルを構えるようなジェスチャーを交えつつ、その透明の銃口をシンに向
ける。
 ガナーザクのオルトロスは一撃必殺の兵器だ。条件次第では戦況をひっくり返す。そ
の条件を引き寄せるのが彼にとっての美学であるらしい。直接斬り合う方が性に合って
いるシンは、素直には頷けなかった。

 

 

 ユニウスセブンが本来の軌道を外れ、地球へと向かっている。
 ナスカ級戦艦ボルテールに出撃命令が下ったのは、アーモリーワンのセカンドステー
ジ奪取騒動から日の経っていない頃の事だった。シンが戦艦ミネルバに所属する親友に
激励のメッセージを送ったのは、つい最近のことだ。

 

 宇宙を漂い安定軌道にあったユニウスの墓標が地球に向かっているなど、本来ならば
あり得ない話だ。亡霊の仕業さえ連想させたこの出来事だが、偵察隊はそれが人の手に
よるものだとはっきりと証明した。直後に撃墜されたその命を犠牲にして。
 ジュール隊に課せられた任務は、ユニウスセブンの破砕とその原因の排除である。奇
しくも、シン・アスカは親友たちの初陣の後を追うように戦場に赴くことになった。

 

「――以上が今回の作戦の内容だ」

 

 若き隊長は、テロリストへの憤りを押し殺しながら部下に告げた。
 スペックで勝るザクウォーリアが抵抗するだろうテロリストを迎撃し、ゲイツが破砕
のためのメテオブレイカーを設置する。シンプルな作戦だったが、地球に進み続けるユ
ニウスセブンは待ってはくれない。
 ジュール隊のMSパイロットが全員揃った中でのブリーフィングルームは、圧迫感さ
え生じていた。それは決してクルーの密度によるものだけではなかっただろう。誰もが
起きてしまった事実に対して言葉を失っている。
 時間がない以上、現状の戦力で最大限の働きをする以外に手立てはない。
 ルソー、ボルテール、そして後続にミネルバ。三隻もの戦艦で挑むとはいえ、破壊す
る対象の巨大さと比すれば、脆弱にすら思える戦力だった。

 

 兵たちに不安はあったが、それを表に出すものはなかった。最新のMSが渡されたこ
ともあったが、それ以上に隊長がイザークであることが大きかった。先の大戦を生き抜
いた若き隊長ならば、きっと自分たちの作戦を成功させるに違いない。実績に裏打ちさ
れた絶大な信頼がそこにはあった。

 

 

 他のボルテールクルーが出撃に備えんとする中、シンは最後までブリーフィングルー
ムに留まっていた。

 

「腑に落ちんか」
「隊長……」

 

 廊下で真っ先に顔を合わせたのはイザークだった。若き隊長は律儀にも部下の表情を
読み取っていたらしい。ひとり隊長の目に留まってしまったシンは、思わずばつの悪そ
うな顔をした。この後、部隊の規律を乱すつもりならば戦場に出るなと厳しい言葉が飛
んでくることだろう。

 

「貴様も不運だな。初任務がこんなものとは」

 

 かけられた言葉は、シンの予想とは違っていた。
 シンは思わず目を丸くする。確かに、身内の尻拭いから始まるスタートなど間違って
も輝かしいものとは呼べないだろう。
 その意外さのためだろうか。シンはぽつりと口にする。

 

「……あの人たちは、戦争がしたいのかって」

 

 言う前に、五指はゆるやかに折り曲げられていた。その指に、徐々に力が込められて
いく。
 発した言葉は静かだったが、その根底には深い憤怒が渦巻いていた。

 

「かもしれんな」

 

 イザークは短く返事をする。
 巨大質量のユニウスセブンの落下は、地球に大打撃を与えるだろう。しかし、それだ
けでは地球全体の人間を殺すには足りない。ナチュラルの死滅を実現させるには、さら
に続いての攻撃が必要となる。
 それが何を引き起こすか、答えは考えるまでもない。

 

「何で、やっと戦いが終わったと思ったのに……!」
「ならば、それを奴らにぶつけてやるんだな」

 

 イザークは、それだけを言ってブリッジへ向かった。
 シンの境遇については入隊の前に聞き及んでいた。元々民間人だった彼の力の源は、
燃え滾るような“怒り”だ。理不尽な痛みを知っているからこそ、彼は赤服を纏うまで
に強くなった。
 隊長職は損だ。溜息をつきながら、改めて彼は思う。
 傷を抉るような真似は、好きではなかった。

 

 

「退がれッ! ひとまず退がるんだッ!」

 

 オルトロスの怒号とともに、ディアッカはコクピットで叫んだ。
 声の先で巨大な破砕機を二機がかりで抱えていたゲイツが爆散する。ディアッカは更
にオルトロスを放つが、黒い機体群は全体でひとつの意思を持っているかのように同時
に散って回避した。
 敵は格闘能力に特化し機動性を大きく伸ばしたジン・ハイマニューバ2型。その確実
なヒットアンドアウェイの戦法は、僅かずつ、だが確実に破砕部隊の戦力を削いでいる。

 

 奥歯をかみ締め、イザークは艦橋から指揮官と思しきジンを睨む。
 完全な誤算だった。
 ゲイツはおろか新型のザクさえも次々に撃墜されている。何基かのメテオブレイカー
は既に設置されたが、未だ予定の半分にも満ちていない。手配された新型機への不慣れ
を差し引いても、スペック差を考えればほぼあり得ない事態だ。
 視線の先で、またメテオブレイカーを運ぶゲイツが襲われる。撃墜は免れたが、素早
い斬り返しにビームライフルを両断される。
 後続に控えているのは新兵ばかりというミネルバだ。戦力として勘定に入れるにはい
ささか不安定だ。

 

「ゲイツのライフルを射出する! シホ! ディアッカ! メテオブレイカーを守れ!」

 

 いらついた声で、イザークは叫ぶ。

 

「俺もすぐに出る!」

 

 それだけを言ってすぐ、イザークは自らの機体へと向かった。
 非常事態だというのに血は沸いていた。力の篭る拳は、決して意識してのことではな
かった。

 

 “お上品な隊長”から、今ひとたび“ただの戦士”に戻る。

 

 そんな不謹慎な考えが、彼の苛立ちをさらに促進させていた。苛立ちを存分にぶつけ
る相手がいることが、せめてもの救いだっただろうか。

 

 

「なんだってんだよ、こいつらッ!」

 

 シンの駆る白いザクファントムもまた、数機のジンに囲まれていた。
 ジンは専用機の証であるパーソナルカラーを持った機体を強敵と判断したらしく、他
の機体に対するほど果敢には攻めては来ていない。それが幸いしてか、シンのザクには
大きなダメージは無い。
 自機を囲む黒い機体群に向け、スラッシュウィザードのハイドラを乱射した。アトラ
ンダムな射線は敵への威嚇となり、ジンたちは一度距離をとる。シンはすぐさま近くの
一機を追い、ファルクスの大振りの一撃を見舞った。
 斬撃の動作から体勢を立て直そうとした時、別のジンが飛び込んだ。

 

「このひよっ子がッ!」
「……しまっ……!」

 

 スラッシュザクの弱点は武器が大きすぎることにある。
 格闘に特化した踏み込みの速いジン、斬り込みに富んだ斬機刀、ビームアックスの慣
性、この瞬間において、全ての条件がシンに対して不利に働いていた。
 メインモニター越しに敵機を捕らえ、シンの顔は凍った。間違いなく、殺される。

 

 ただし、それは一騎打ちでさえなかったならの話だ。

 

 一筋の光の線が、黒い機体を貫く。ザクファントムのメインモニターがジンの爆発で
満たされる。爆風が晴れた後、シンは改めてモニターを確認した。敵も味方も周りは全
てザフト機の反応だが、特異な反応が一つある。仲間が、近くにいる。
 光を放ったのは、トリコロールカラーの“G”インパルスだった。

 

『無事か、シン』
「レイ、か?」

 

 インパルスの専属パイロットは彼しかいないのだから、確認する意味はない。それで
も、思わず彼は呟いていた。
 サブモニターから伝わる秀麗なまなざしは何事もなかったかのように整ったままだ。
確実に助けられる自信があったということか、とシンは少しだけ笑う。癪に思う気持ち
も少しだけあったが、それは無視することにした。
 ひとまず去った自分の危機に、シンは大きく深呼吸をする。一度凍った血が、再び脈
打ち始める。

 

「ああ、助かった」
『まだ行けるな?』
「当たり前だろ」

 

 短い受け答えの後、ザクとインパルスが並び立つ。
 パーソナルカラー機に加え、新型のG。新たな敵の出現に、ジンたちは再び陣形を組
み直す。メテオブレイカーを抱えるゲイツを落としにかかっていた機体さえもが強敵を
予感し、シンとレイへと標的を変える。
 敵の殲滅は目的ではないが、ここで暴れるのが得策だとレイは判断した。敵を討たず
とも引き付けられれば、その分メテオブレイカーへの攻撃は少なくなる。工作はルソー
とボルテールに任せればよい。
 二機に対して十数機。数の上では圧倒的に劣っているが、不安は全く無かった。

 

 今度は、アーモリーワンのときとは違う。最高の相棒が隣にいる。

 

 

 何機めかのザクとゲイツを斬り飛ばし、サトーは次の標的を探した。
 いくらかメテオブレイカーの設置を許してしまってはいるが、それでも半分は破壊し
ているはずだ。
 一撃離脱で急発進と急停止を繰り返し、既にスラスターにはかなりの傷みが生じてい
る。もし作戦終了後に生き残れていたとしても、この機体はもう使いものにはならない
だろう。ザフトに籍を置いている時から使っている機体に対する愛着はあったが、惜し
む気持ちはなかった。
 既に命は棄てている。地獄にMSは持っては行けないのだ。

 

 突如、レーダーが警報を鳴らす。三機の所属不明機が戦場へと飛び込んできていた。
 三機はザクもゲイツもジンも無差別に攻撃し、戦場を混乱させていた。好機だ、とサ
トーは笑みを浮かべる。最初に送ってきた通信の様子からすれば落下作戦に腹を立てて
いるらしいが、破砕機を一緒に破壊してくれるとはありがたいことこの上ない。

 

 次の敵はすぐに見つかった。
 メテオブレイカーを守るように飛ぶブレイズザクウォーリアだ。

 

「行くぞ!」

 

 二機のジンを従え、サトーは傷んだスラスターに再び火を灯す。
 ザクは巨大な盾でビームを弾き、トマホークを抜き放った。斬りかかる一機をトマホ
ークで両断し、素早く空いた手で腰の炸裂弾を投げつけビームカービンを叩き落す。
 このザクの乗り手は強い。一連の動作でサトーはそう直感し、腕を破壊されたジンを
他の機体の撃墜へ向かわせる。
 ジンは斬機刀を抜き放ち、けん制するかのようにザクと向き合った。直後、相手の機
体から通信が入る。サトーにはモニターに移る相手の顔に見覚えがあった。栄光あるザ
フトレッドの顔は毎年大々的に広報される。その中でも、もっとも輝かしい出身と経歴
をもつ男の一人だ。

 

「お前たち、なぜこんなことを!」
「なぜだと……? それはこちらの台詞だ!」

 

 モニターの顔が困惑に歪んだ。
 続けて、瞬時に沸点に達した感情を御することなくサトーはぶち撒ける。

 

「なぜザラの後胤たる貴様がそこにいる! アスラン・ザラ!」

 

 怒りの一閃は、ザクの両腕を瞬時に斬り飛ばした。

 

 

 ルナマリア・ホークの駆るザクは、突如乱入したガイアを相手に一人で戦っていた。
 人型と四足獣型の二つの姿を持つガイアは変幻自在の運動性を誇り、次々に赤いザク
に攻撃を仕掛ける。
 接近戦に不利なガナーウィザードを背負った赤いザクは、仲間の援護にも向かえずガ
イアの攻撃を一手に引き受ける形となった。稀に二機を狙ったジンが巻き込まれて撃墜
されていたのがせめてもの幸いだろうか。
 主力であるはずのレイのインパルスは早急にシンの援護に向かってしまい、戦力とし
て頼りないアレックス・ディノは案の定と言うべきか敵の攻撃を受けている。何故か相
性の悪いG相手に孤軍奮闘する羽目になったルナマリアのフラストレーションは否が応
にも溜まりつつあった。

 

 もういい加減見慣れてきたガイアの突進に対し――、

 

「しつこいッ!」

 

 鼻っ面に鉄拳をお見舞いし、ザクの重量級の脚部を叩きつける。フェイズシフトを備
えた装甲を破ることこそ敵わなかったが、内部へ伝わる衝撃は殺しきれていない。怯ん
だ隙を見、使い慣れた愛用のオルトロスの銃口を向ける。
 射撃はお世辞にも上手いとは言えない彼女だが、ビームトマホークでも届きそうな距
離では外すはずがない。

 

「邪魔なのよッ!」

 

 オルトロスが火を噴くのとガイアの変形はほぼ同時のことだった。その機体のほぼ真
上を赤いビームの帯が通過する。パイロットの反応が優れていなければ、機体の真ん中
に見事な穴が開いていたことだろう。
 至近距離で隙だらけになった危険性は瞬時に理解したが、避けられた悔しさの方が先
に立った。奥歯をかみ締め、獣型になったMSを睨む。
 オルトロスの一撃は、ガイアの胴があった場所を通り抜け真っ直ぐ進んでいく。

 

 ガイアの方も完全に無事だったわけではなかった。獣型の背中を焼かれ、ビームブレ
イドが破壊されている。敏捷性こそ損なわれていないが、攻撃力は大幅にダウンしてし
まっていた。

 

「この……赤いのッ!」

 

 殺意だけが残った黒い獣は、その姿のまま赤いザクに飛び掛る――――。

 

 

 インパルスとザクの黒いジンとの睨み合いはまだ続いていた。
 痺れを切らしたシンとレイを取り囲むジンの数機が、スラスターに火を噴かせる。

 

 その直後、強烈な極太のビームが、飛び掛った機体を飲み込んだ。

 

「なん……だ?」

 

 突然の事態に、攻撃を受けたジンたちだけでなくシンとレイも驚く。周囲の味方には
援護に回れるほどの余裕は無かったはずだ。援護にしてもビームが一撃だけという点も
腑に落ちない。
 シンは通信しようとサブディスプレイを覗き込む。モニター先のレイは何かを察した
ように溜息をついていた。

 

「――まあいい。俺たちは運がよかった」
「まあいいって何だよ?」

 

 疑問を浮かべながらも、崩れた一角を塞がせないようハイドラを乱射する。
 撃ちながら、シンは歯噛みした。スラッシュウィザードのハイドラはあくまでも補助
的な武器に過ぎない。作戦時間の余裕がない以上、時間をかける戦い方は許されてない。

 

「レイ! それじゃ駄目だ! まとめて倒さないと間に合わない!」

 

 フォースシルエットを装備したインパルスは機動性に富む。その反面、武装はオーソ
ドックスなものしか備えていない。一度に敵を薙ぎ払うには、あまり向いているとは言
えなかった。
 レイはシンの言う通りにブラストシルエットをミネルバに要求する。既に敵は十分に
引き付けた。この場面ではシンの言うとおり敵に集中するべきだ。囲まれて脚を削がれ
るより、壁を粉砕する方が効率的だろう。
 直感的なものとはいえ、シンの決断は早い。
 無意識に羨望を抱いていたことは、レイ自身も気づいていなかった。

 

 

「この腰抜け共がぁッ!」

 

 ファルクスの一撃がカオスの腕を構えた盾ごと切り裂く。カオスは機動兵装ポッドを
切り離す。ディアッカとイザークが同時に投げつけた炸裂弾がそれを叩き落した。
 アビスがビームランスを構えて突進する。標的はカオスにオルトロスの照準を合わせ
たザクだ。大振りの一撃はザクに回避を許すが、ターゲットロックされていたカオスは
その場を逃れた。アビスはザクへの追撃に向かおうと銃口を向ける。そこにミサイルの
雨が降り注いだ。放ったのは青紫のブレイズザクウォーリアだ。

 

 何度斬りかかっても、Gの攻撃はザクには届かない。そこには歴戦の士と慣れない機
体を駆る犯罪者の確固たる差が存在していた。
 と、そこに所属不明の信号弾が撃ち込まれ、輝きを放つ。カオス、アビスが帰艦に移
るが、ジュール隊の三機はそれを追わなかった。優先すべきは強奪された機体の確保で
はない。

 

 メテオブレイカーの破砕作業によって、ユニウスセブンは既に半分程度の大きさにま
で削られていた。それでも大質量な事には変わりない。工作隊の中の残った機体の中に
は、諦め悪くメテオブレイカーを設置するものもあった。
 だが、既に時間は無かった。

 

 工作隊のMSの装甲版が赤熱しているのが肉眼でも見て取れる。離れた箇所にいるイ
ザークたちのコクピット内部にまで熱は伝わっていた。実行部隊の方は蒸し風呂どころ
ではなくなっているだろう。
 半分が削ぎ落とされても未だ巨大なユニウス睨み、イザークは眉間に皺を寄せた。

 

 一度目を閉じ、見開く。共通の通信回線を開き、彼は叫んだ。

 

「全員、退がれッ! 各艦に帰艦せよ!」

 

 

 燻った火種に盛大な炎を灯せるのなら、ここで死ぬのも悪くは無い。
 そう思っていたサトーだったが、アスランの出現は死を覚悟していた彼の心を大きく
乱していた。

 

 そのアスラン・ザラに対し、彼は失望の念をぶつけた。
 失望したということは、即ち、まだ期待があったということだ。
 彼は本来、ザフトの赤を身に纏い、そして誇りを抱いていたはずだ。ザラを信奉する
者としては、それを再び呼び戻してやらねばならない。

 

 ――死ぬわけには、いかぬ。

 

 不毛な睨み合いから先に動いたのはアスランだった。
 両腕の無いザクは最後の武装であるファイアビーを展開し、サトーに向けて放つ。絶
対的に不利な状況からでも、相手を打ち崩さんとする。その戦意は、紛れも無くサトー
の求めていたものだ。彼もまた燻ったものの一人だと理解し、表情に出さずに笑みを浮
かべる。

 

「我々とともに来い。そのザラの血を蘇らせてやる」

 

 ミサイルの雨をかいくぐり、ジンはザクを担ぎ上げた。
 傷みと熱にやられ、スラスターは悲鳴を上げる。意に介さず、サトーは力強くペダル
を踏みつける。指揮官機が動くとともに、残っていたジンたちもまたその後を追った。

 

 同時刻、ミネルバ。
 新造戦艦に乗り合わせていたオーブ首長カガリ・ユラ・アスハは、連れ去られるザク
を見つめる。次に、愛しい男の名を叫んだ。

 

 叫びは、小さく宇宙に掻き消えた。

 
 

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