Sin-Jule-IF_101氏_第34話

Last-modified: 2007-12-26 (水) 20:45:15

 MSの模擬戦を特等席で眺めるデュランダルの傍らに、艦を失ったタリア・グラディ
スが近付いた。

 

「こんなところで油を売っている暇があって?」
「残る戦力の確認も大事な仕事の一つだよ、タリア」

 

 いきなりの言葉に、デュランダルは少しばかりの意地悪を含んで返した。残る、とい
う部分に、タリアは顔をしかめる。
 母艦を粉砕されたミネルバクルーだが、未だ別の配属先は決まっていなかった。多く
は地上のザフト基地に異動という形に落ち着いているが、中には決まっていないものも
いる。タリアもまた、その一人だった。
 若くして新型の戦艦の艦長の座に着いた女性、しかもかつては議長と深い仲にあった
とされる彼女を悪く評価するものは、決して少なくない。ミネルバを失ったことで、そ
れはさらに悪化の方向に向かっていた。

 

 二人の視線の先では、インパルスとフリーダムの剣戟が繰り広げられている。フリー
ダムの圧勝と見られていた戦いだったが、インパルスもまた食らいついていた。変幻自
在に装備を変えるインパルスには手を焼いているようだった。
 インパルスのシルエットの換装には無駄がない。シンの技術あってのことでもあるが、
キラにその隙を突かれまいとする戦いぶりは、見るもの全てを驚かせていた。

 

「彼は以前には似たようなMSに乗っていたはずなのだがね。敵に回すと嫌らしいとい
うことかな」
「ストライク、ね」

 

 タリアは連合の傑作とされる奇跡のMSを苦々しく口にした。セイバーやアビスでは
なくインパルスがあったなら、ミネルバを失わなかったのではないだろうか。ifを口
にしたところでどうなるものでもないが、眼前の獅子奮迅の戦いぶりを見るとどうして
も考えてしまう。
 レイも、ルナマリアも、ハイネも申し分の無いパイロットだった。黒いミネルバとの
差が合ったとしたなら、それはMSの差だ。タリアは、そう結論付けていた。

 

「タリア、一つ賭けをしないか」
「あら、どういう風の吹き回し?」
「ただ眺めているのも退屈だろう?」
「……意地悪な人」

 

 わざと聞こえるように呟きを漏らす。賭けとしても不利なものだ。半ば伝説と化して
いるフリーダムの優勢は変わらないし、白服である自分はザフト軍属のインパルスに賭
けざるを得ない。

 

「そう身構えなくてもいいさ。勝った方が負けた方の要求を聞く程度でどうだい?」
「ずいぶん子供っぽいのね。それで、あなたはどっちが勝つと思ってるの?」

 

 デュランダルはいつの間にか移っていた視線を戦闘の様子に戻し、短く言った。

 

「――インパルスなら勝てると信じているよ」

 
 
 
 

 結論だけで述べるならば、完敗だった。
 急にがくがくと震えだした手指や脚に自ら苦笑し、シンはぼうっと記憶を追う。
 記録では何度も見たが、実際に対峙したのは初めてだった。俊敏なフリーダムは全て
の動きを見切ったように回避し、シンの癖を熟知しているように苦手な部分を突いてく
る。気を僅かにも抜けば、即座に攻撃を受けてしまっていた。
 さらに嫌なことに、フリーダムは模擬戦だというのにも関らず実戦と同じ戦い方をし
ていた。武器を握る腕、地上で踏み込む足、フォースシルエットの翼、狙いは常に撃た
れても決定打とはならない場所ばかりだ。微妙な狙いをわざわざつける余裕まであった
のかと思うと、悔しさよりも先に呆れすら湧いてくる。

 

 観戦者たちの評価も、概ねはシンの予想していた通りのものだった。多くの隊員はや
はりフリーダムは最強と称え、それが味方についたことを歓喜する。稀にシンに言葉を
かけてくる者もあったが、多くは気休めのような褒め言葉を投げるだけだった。
 事実、シン自身も結果に満足などしていない。身体は重いのに、悔しさと情けなさで
一杯だ。一刻も早く場を離れようと重い身体を引きずり食堂へと直行する。

 

「すごいね、シンは」

 

 ようやく落ち着いたと思ったところで声をかけてきたのはルナマリアだった。保護さ
れた基地での取り乱した様子は陰もない。
 落ち着きを取り戻しているらしいと納得し、シンは素振りに出さずに胸を撫で下ろす。
もともと気遣いとは無縁な性格だが、今は穏やかに話し相手をできる自身はなかった。

 

「すごいって、負けたんだけどな、俺」

 

 手に持ったコーヒーを煽り、不貞腐れた声色で言う。純粋に悔しい思いを抱いている
中で褒められても、あまり嬉しくはなかった。
 自身や周囲の評価は芳しくはなかったが、実際のところのシンの成長はめざましいも
のがある。学生時代から肩を並べていたルナマリアは、その伸びを誰よりも理解してい
た。
 シンの態度など意にも介さず、ルナマリアは言葉を続ける。

 

「なんか、差をつけられたーって感じ」
「それ、ルナが鈍ったんだろ」
「なによそれ。……そう言うなら次、あたしと戦って」

 

 言うが早いが、ルナマリアはシンの腕をがっしりと掴む。

 

「ちょっ、今からかよ!」
「いいじゃない。実戦じゃ敵は待ってくれないのよ」

 

 模擬戦とはいえ超一流の乗り手の相手をした直後だ。疲労困憊の身で連戦は、あまり
にも非道だろう。そんな不満の声を無視し、ルナマリアはシンを強引に引っ張っていく。

 

 後にシンは語る。
 予測不能のザクの誤射は、ある意味でフリーダムより怖い。

 
 
 
 

 少し後、キラもまたようやく人混みから解放されていた。フリーダムの雄姿は心の垣
根も一緒に壊してくれたのだろうか、とぼうっと思う。直後に、それを思考から掻き消
した。ザフト隊員の羨望と好奇の入り混じったような視線を思うと、とても仲間になれ
たとは思えない。
 戦闘が終わった時、キラの息は上がっていた。インパルスの動きは鋭く、常に攻撃的
だった。致命的な打撃だけを確実に避け、僅かでも攻撃の機会を見つければ飢えた獣の
ごとく攻撃を仕掛けてくる。武器破壊による戦闘力の低下を狙うしかなかったというの
が現実だ。それでも勝ちを掴み取れたのは相手が防御を疎かにしている部分が少なから
ずあったおかげに他ならない。

 

「強かったな、彼」

 

 口にして、初めて名前も知らないのだということに思い当たった。考えて出てくるも
のでもない。仕方なく、インパルスとの戦闘を回想する。粗は多かったが、それを補う
だけの反応と速度を持っていた。迷いのない証だ、とキラは思う。
 他にも驚かされる要因はあった。ストライクを模したようなその機体は、あてつける
ように自分とは全く異なる戦い方をやってのけていた。少なくとも、キラにはエールス
トライクに大剣シュベルトゲベールを持たせる発想はない。バッテリーなど、リスクが
大きいという危機感が邪魔をするからだ。後先を考えない必殺を狙う姿勢は、どこか眩
しさを帯びてキラの記憶に焼きつく。
 回想を続けていくうちに、心が弾んでいることにキラは気付いた。口では「殺されて
もいい」とまで言ったはずなのに、本音は全くの真逆である。戦いに愉悦を覚えるよう
な趣味はないはずだったが、動悸は跳ねるように激しい。原因が自分への憎悪にあると
思うと、否応にも身は震えた。

 

「シン・アスカとの戦いは、どうだったかね?」
「……シンって言うんですか、彼」

 

 歩み寄ってきたのはデュランダルだ。昔の女と賭けをしていたことなどおくびにも出
さず、彼は疲労しているキラに話しかける。

 

「先程の話に戻るがね。才能の優位性、私はそれを再び彼に打ち砕かれた」
「彼に?」

 

 意外そうな声色でキラは尋ねる。軍人のコーディネーターであるだけに、オーブ軍の
縁者と勝手に納得してしまっていた。

 

「もともと彼には才能などない。悲しいほどに、ただの凡人だった」

 

 キラは愕然とした。自分では厭いながらも、どこかで最強のMSと、そのパイロット
という自負があったのだろう。対するデュランダルは表情からそう察する。
 シン・アスカは、戦闘など無縁の民間人の立場から、たった二年足らずでトップクラ
スのエースにまでのし上がった。なし崩し的に戦う羽目になった自分とは、決定的に違
う。彼にあるのは意思と執念だ。
 デュランダルは少しだけ安堵した。虚無的と思われたが、キラの表情にはシンへの畏
怖がはっきりと浮かんでいる。見た目だけならば、ただの若者だ。

 

「着いてくるといい。ラクス・クラインより、君に贈り物だ」

 

 そこに立つのは、対照的な風貌の二機のMSだった。
 片方はフリーダムの面影を残しながらも体型を強固なものに修正した姿をしていた。
 もう片方は禍々しささえ感じるシャープな翼、巨大な武器を背に負っていた。
 あえて例えるならば、並び立つ天使と悪魔だ。図らずもシンとキラは同じ感想を抱く。

 

「壮観なものだ、そうは思わないかね?」

 

 デュランダルはうっすらと笑みを浮かべ、喜色に満ちた声色で言う。傍らのキラと呼
び出されたシンは何も言えなかった。同じ無言でも、二人の表情は明らかに別の感情を
灯している。それを返事と受け取り、デュランダルは言葉を続けた。

 

「すごいものだな、クライン派は」

 

 デュランダルは率直な感想を口にした。 
 戦いを厭うはずのラクスが、最強のMSを作り出した。一連の中に潜む矛盾は、今の
キラに心に深く突き刺さる。

 

「でも、ラクスは関係ありません……!」
「そう、どちらかといえば連中は彼女を祭り上げているだけだ」

 

 キラの絞り出すような声での反論を、デュランダルは軽やかに受け流す。本来は穏健
派であるはずのクライン派は、防衛の名目のもと大手を振って新型の兵器開発に勤しん
でいる。
 既に戦争となった今、もし勝利すればプラントでの主流の地位に加え地球連合を傘下
に入れることが出来る。その算段でもあるのだろう、デュランダルは臆面もなくそれを
言ってのけた。穏健とは名ばかりの陰湿なやり口を耳にし、キラはさらに混乱する。
 最高のコーディネーターとて、一人の人間に過ぎない。世界を相手にするには、キラ
はあまりにもちっぽけだった。

 

「わかったかね? 君の信じたものが、どれほど危ういものだったか」
「――考えさせてください。少し、気分が悪くて」

 

 シンは黙り、その様子を睨むように伺っていた。
 いい気になっていた影で人の家族を死に追いやったと知った時も、彼は反応らしい反
応を見せていなかった。その直後、穏健派閥の横暴を知った途端にショックを受けてい
る。怒りをぶつけたことすら一人相撲だったようで、面白くないことこの上ない。
 模擬戦の疲労や隊長からのダメ出しのせいで、神経は余計にささくれ立っていた。そ
れを見越してか、デュランダルはシンに向き直る。

 

「どうかな、シン。私としても、君に気に入ってもらえると嬉しいのだが」
「はい、ありがとうございます!」
「君はインパルスで見事に期待に応えてくれた。これからも、期待しているよ」

 

 瞳を輝かせる姿は、歳相応の少年のそれだ。もしかしたらレイがここに立っていたか
もしれない可能性をふと考え、デュランダルは目を逸らす。
 過ぎてしまったものはどうにもならない。ifの無意味さを、彼はとうに悟っていた。

 
 

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