「艦長、地上表面、目標の基地が見えてきました!」
降下を続けるミネルバの艦橋で、オペレーターのメイリン・ホークが報告をする。
「いよいよか……」
タリアの副官であるアーサー・トラインが、来るべき戦いに眼を細め、シートから艦長へ向き直った。
「艦長、予定通り有効射程に入り次第トリスタンの斉射、その後、地上用ミサイルパルジファルで基地を牽制します」
「えぇ、よろしく頼むわ。初撃さえ成功すれば、流れはこちらが掴める。モビルスーツ隊のほうも良いわね?」
タリアは、既にモビルスーツに搭乗して待機中のパイロットたちに声をかける。
『えぇ、こちらは準備満タンですよ』
『最善を尽くします』
『…………』
シンだけジッと黙っており、何も喋らない。タリアは何か言おうかとも思って、止めた。
どうも自分とシンはそりが合わない。軍人としても、部下としても、少々熱くなるところを除けば彼は優秀であり申し分はないのに、だ。シンがオーブからの移民者だからか?
そうではないだろう、恐らく自分は彼の考え方が――
「艦長、間もなく有効射手に入ります!」
アーサーの言葉に、タリアは自身の考えを取り払った。今は任務に集中すればいい、全てはプラントの、議長のために。
「これよりミネルバは、地球連合軍基地の制圧作戦に入る。全砲門開放、トリスタン照準
…………撃てぇぇぇっ!!!」
少し時間を戻して、場所はプラント。
ロッシェが、自分にあてがわれた高級士官用官舎の一室で、着慣れぬ制服を整えていた。
「軍服を着るというのも久しぶりだが、赤とは……派手だな」
「そう? 結構、似合ってるわよ?」
こちらは当然のように部屋のソファに腰掛けくつろいでいるミーア。
「なんたって元が良いもの。確かに白い方がもっと似合うと思うけど、あれは将官ようの制服らしいから無理ね」
「まあ、緑よりはマシだと思っておこう……どうもあの色の制服は貧相だ」
「あら、緑服の人に失礼よ? 事実だけど」
この時、どこぞで部下にお手製炒飯を振る舞っていた男がクシャミをした。
「でも、貴方が特務隊員になるなんて……議長も思いきったことをするのね」
「自分の目の届く範囲に私を置いて起きたいのだろう。妥当な判断だ」
「議長は、特務隊の解散も一時は考えていたそうよ? 平和な時代に、そんな不透明な直属部隊は必要ないだろうって」
ロッシェがデュランダルから行動の自由と引き替えに受けた条件は、特務隊フェイスへ入ることだった。ある意味議長直属の部隊なので、ある程度自分の勝手と都合が効く、と
いうのが議長の言い分であったが、ロッシェはそれがかえって見え透いてるように思えた。
「しかし、議長は遅いな。約束の時間を既に30分以上も過ぎている」
「きっと、お忙しいのよ。それよりもこっちで一緒に紅茶でも飲みましょう」
応接室での面会から数日、ロッシェはミーアに敬語を使うのを止めていた。それは、ミーアが望んだことであり、ロッシェは女性の希望には添う男だった。
「それにしても、不思議なものだ……異世界とやらに来たかと思えば、いつの間にかこんな制服を着るようになって」
「人生なんて、何が起こるかわからないものよ……私がそうだもの」
言って、ミーアは少し寂しげな表情になった。気付けば自分も、いつの間にかラクス・クラインになっていた。周りに流されたとは思っていないし、決断したのは自分だが、今の生活は彼女にとって不思議であり不可解でもあった。
「時々、鏡を見るとね、思うことがあるのよ。『貴女は誰?』って」
私は誰、ではない。
「人なんて、変われば変わるものよ。昨日までのあたしが、今日のあたしと同じとは限らない。ロッシェだって、きっとそうよ」
「……確かに、その通りかも知れないな」
まだミーアには話していないが、ロッシェも過去色々な経験をしてきた男だ。振り返れば、彼の人生もなかなか波乱に満ちているように思えた。
「ねぇ、ロッシェ、あたし、あなたの過去が知りたいわ。あなたは一体どんな人生を歩んできたのかしら?」
「それなりに色々あったさ……して面白い話でもないが聞きたいなら今度ゆっくり話そう」
それから暫くして、デュランダルがロッシェの部屋を尋ねてきた。その顔には疲れの色がありありと浮かんでおり、まるでこの部屋に逃げ込んできた感じですらあった。
「まったく、冗談じゃない。アーモリーワンへの襲撃、ユニウス・セブンのテロ、異世界からの客人ときて、今度はプラントへの攻撃だ。何も私が議長のときにここまで連続して事件が起こらなくても良いじゃないかっ」
デュランダルを知る者が聞けば、彼でもこんな情けない声を出すのかと目を丸くしただろうが、幸いロッシェはデュランダルとそれほど付き合いが長いわけではなかった。
「色々大変だったようですね……なにがあったのです?」
「あぁ、それは……いや、その……」
あくまで好奇心から尋ねたロッシェに、デュランダルは事件の説明をしかけるが、途中で口をつぐんだ。国家の最重要機密を彼に漏らして良いのだろうかと。
「議長、彼はもうフェイスですわよ? 議長直属、腹心にお話しできませんの?」
議長が来た途端、ミーアは彼女がいうとことの「ラクス様口調」になった。
「……それもそうだな。君の意見も聞きたいし、わかった、話そう」
それから議長は、今回の核攻撃騒ぎについて、自分の進退問題が掛かっているという部分を省き、ロッシェに説明した。ロッシェは途中相づちを打ちながら、ミーアは実感の沸かない政治の話に退屈しながら聞いていた。
「馬鹿な、それで軍を派遣したというのですか?」
「あぁ、議会で可決されたからね……」
声に苛立ちを含んでいるロッシェの反応に、デュランダルは困惑気味に答える。ロッシェは呆れたように首を振ると、
「すぐに命令を撤回するか、連れ戻すかしたほうが良い。これは罠だ」
「なんだって!?」
「私は、よく知っているんですよ……これによく似た作戦をね」
第5話「歴史への台頭」
地球連合総会に対し、ザフト軍艦ミネルバが襲撃をしかけたのは、総会の議長役である大西洋連邦大統領ジョゼフ・コープランドの演説が終わり、総会出席者が総立ちで拍手を送る、まさにその時であった。
「な、なにごとだっ!?」
衝撃に揺れる議場の中、ジョゼフは冷静さを失わずに状況確認を行った。そして、それはジョゼフが予想だにしない答えでもあった。
「ザフトが、ザフトがこの基地に襲撃をかけてきましたっ!」
「なんだと? 馬鹿な、何かの間違いではないのか!」
しかし、議場のスクリーンに映し出された光景、ザフトの新造艦と最新のモビルスーツが基地に僅かに配備された防衛部隊と戦う姿を目の当たりにすると、さすがのジョゼフも息を呑んで立ちつくすしかなかった。
「大統領閣下、ひとまず脱出なされたほうがいいのではありませんか?」
「ジブリール!」
いつの間にか壇上まで着ていたジブリールは、つまらなそうにジョゼフに意見する。
「こんな状況でも、まだコーディネイターどもと和平などと言われるのであれば、尚更死ぬわけには行きますまい」
「皮肉はいい……しかし、もっともな意見でもある」
「シャトルを用意してあります。どうぞお早く」
これが運命の分かれ道であることを、ジョゼフはまだ知らない。
基地との外では、ミネルバのモビルスーツ部隊が、基地防衛部隊と死闘を繰り広げていた。基地に配備されているのは旧式のダガーや、よくてダガーLであり、これは和平に向けて議論する会議に、モビルスーツは極力排除したいというジョゼフの意向の現れでもあったが、それを知る由もないミネルバは、
「情報通り、大した兵力ではないわね」
という感想であったという。
モビルスーツ部隊のほうも、似たような感じで、
「ブルーコスモスといっても最新鋭機を持ってる訳じゃないのか……」
そんなことを考えながら戦闘を行っていた。
『シン、敵の一機は重武装タイプだ。ミネルバを狙われるな』
「わかってる、すぐに墜とす」
シンは、インパルスを敵の一団に突っ込ませ、接近戦によるドッグファイトをしかけた。インパルスはビームサーベルを抜き放つと、旧式のダガーを次々に斬り倒す。運動性が違いすぎた。
「弱いな……そんなんじゃ俺は殺せないぞ」
強襲型装備のダガーLがMk39低反動砲で砲撃をしかけてくる。それがどうした? こっちはVPS装甲だ。シンは正確な砲撃をしかけてくる敵に、構わず機体を突っ込ませた。
一見すると機体性能だけに頼った乱暴な戦い方に見えるが、攻撃を受けても向かってくるというのは相対する敵にとってはかなり驚異的に映る。現にダガーLに乗っているパイロットは砲撃を物ともせず突っ込んでくるインパルスに恐れを成し、後退しようと機体を動かしてしまった。
「遅いんだよ!」
シンは敵の動揺を見て取り、機体を急加速させると一機にビームサーベルで貫いた。
至近距離での爆発が起こる、だが、インパルスは揺るがない。
「チッ、これならこの前のテロリストどものほうがまだ……」
シンは戦いに高揚しすぎる。これは親友であるレイがことある事に言っていることだが、戦い以外の場所では割と冷静な癖に、いざ戦いになると熱さで我を忘れるのがシンだった。日頃ため込んでいる物も多いのだろう、彼の戦い方は苛烈だった。
「ん? あれは……シャトルか!」
そして、その時は訪れた。インパルスのセンサーが今まさに基地から脱出するため、飛び立とうとしているシャトルを発見した。レイとルナは他のモビルスーツを相手にしている。ならば自分が行くしかない!
「逃がすかぁぁぁぁぁっ!」
シンは機体をシャトルに向けて突っ込ませる。それに乗っているのが、ブルーコスモスのメンバーたちであることを信じて。
飛び立つシャトルの中で総会出席者たちが一様に青い顔をしていた。事態が飲み込めていない者がほとんどで、ジョゼフとて、それは例外ではなかった。
「私は諦めない……こんなことで和平への道が閉ざされたは思わん」
確かに和平への道は閉ざされはしないだろう、閉ざされるのは別のものだ。そしてジョゼフは閉ざされるその時まで、地球とプラントの平和について、考えていた。
「う、うわぁぁぁっ!」
シャトルに乗っている誰かが叫んだ。ザフトのモビルスーツが一機、ビームサーベル片手に飛び込んでくる。
「早まるなザフト、早まるな若者よ……私は君たちと――」
ジョゼフ・コープランドの言葉は、最後まで発せられることは、永遠になかった。
シンは、僅かなためらいもなく、軍人として任務を遂行した。『逃亡』するブルーコスモスのシャトルをビームサーベルで両断し、爆散させたのだ。
「ミネルバ、こちらインパルス、シン・アスカ。逃亡寸前のシャトルを破壊した」
『こちらミネルバ、了解した。レイとルナマリアも敵部隊を殲滅しつつある、シンもそちらの援護に回ってくれ』
「シン・アスカ了解。すぐに援護に……なんだ? 上空からモビルスーツ? 増援か!」
シンは、飛来するモビルスーツに向けてビームライフルの標準を固定するが、それは敵ではなかった。真っ直ぐこちらに向かってくるその機体は、VPS装甲最硬のレッド。シンもよく知るインパルスの兄弟機……
「ZGMF-X23S……セイバーだって!? 完成してたのか」
その紛れもないザフトの機体は、ミネルバの前に浮遊し、
『ミネルバ及び所属のパイロットに次ぐ、ただちに戦闘を止めろ! 俺はザフト軍ハイネ・ヴェステンフルス。議長からの特命を受けてやってきた。いいか、今すぐ戦闘をやめろ!』
そう声高に叫んだ。
「戦闘を止めろですって? どういうこと?」
タリアが怪訝そうな表情で問い返すが、ハイネはかなり興奮しているのか、怒鳴り散らすように、
『敵の情報は偽りだったんだ! いいか、俺らザフトも、そしてお前らも敵の作戦に踊らされて、連合の和平論者たちを一掃しちまったんだよ!』
「なんですって!? そ、そんな馬鹿な話が!」
『嘘だと思うなら、一般回線を開いてみろ!』
そのやりとりを聞いてたシンは慌ててインパルスの一般回線を開いた。映像では悲壮感漂う面持ちで演説をするジブリールの姿があった。
『今日我々は、大西洋連邦大統領ジョゼフ・コープランド氏の主導もと、プラント、しいてはコーディネイターとの和平に向けての総会を行っていました。しかし、卑劣なるザフト軍は、何の前触れもなくこれを襲撃し、ジョゼフ・コープランド氏を始めとする平和を願う人々は殺されたのです!』
シャトルを両断するインパルスの映像が映る。シンは自分の身体から血の気が引いてゆくのを実感した。
『我々はザフトを、プラントを、コーディネイターを許さない! 我らが平和の使徒ジョゼフ・コープランドを奪ったその報い、その身で受けるがいい! 青き清浄なる世界のためにっ!』
演説はそこで終わった。
誰が見ても、どう見ても、ザフトに非があると思うだろう。
「そんな馬鹿な……こんな、こんなことが」
シンはコクピット内で頭を抱えた。猛烈な嘔吐感が全身を駆けめぐる。殺した、殺してしまった。平和を、平和を願っていた、なんの罪もない民間人を、
自分が殺してしまった!!!!
「う、う、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
シンは、発狂した。
「シン……! ねぇ、レイ、あたしたち……」
発狂するシンの声が聞こえたのか、ルナマリアはレイに回線を繋いだ。
『一杯食わされた……で済む問題じゃないな。軍の命令とはいえ、俺達は民間人を虐殺したことになる』
「そんなのって!」
『どう弁解したところで、もうどうにもならん……しかし目下のところ、その話は後だ。
敵が来るぞ』
「えっ!?」
レイに言われて、ルナマリアも気付いた。上空に物凄い数のモビルスーツ反応がある。
「これって……」
『どうやら敵は始めからこのつもりだったらしいな。この数を相手に切り抜けるのは難しいぞ』
言いながら、レイは考える。センサーの反応だけでも数十機のモビルスーツ部隊がこちらに向かってきている。恐らく今度は先ほどまでの敵とは比べものにならないほどの部隊が来る。
(さっきの演説をしていたのはブルーコスモスの盟主ロード・ジブリール……来るのはファントムペインか!)
地球連合軍パナマ宇宙港。
ここは今、戦場になっていた。
「反乱だと? 一体どこの部隊だ!」
「判りません、ですが基地守備部隊は全滅させられました!」
「馬鹿な、このパナマには常時三十機以上のモビルスーツが警戒に当たっているんだぞ!」
基地指令は悲鳴に近い声を上げ、状況確認を急いだ。司令室の大型スクリーンに基地全体の様子を映し出す。
「こ、これは……!」
画面には三機の特徴的なモビルスーツが、パナマ基地守備部隊を蹴散らしていた。
「この機体……奴ら、ファントムペインか!」
画面上の三機、カオス、アビス、ガイアは三位一体のフォーメーションを取りながら、前進し、向かい来るモビルスーツ部隊を蹴散らしていた。隊長代理を務めるスティングは、モビルスーツを撃破しながらも、正確な指令を各個に飛ばす。
「ウィンダム隊は、空中からミサイル攻撃をしかけろ。間違ってもマスドライバーを傷つけるなよ?」
『了解!』
「良い返事だ……そぉら、いけぇっ!」
スティングの指示と共に、ジェットストライカー装備のウィンダム部隊が次々と基地にミサイル攻撃をしかけてゆく。基地も対空砲で応戦するのだが、ジェットストライカーのスピードについて行けてないのだ。
「アウル、ステラ、今のうちにモビルスーツ隊を全滅させるぞ!」
『ハイハイ』
『わかった』
三位一体で進むスティングたちは、カオスが空中から敵モビルスーツ隊を威嚇、アビスの一斉射でこれを破壊し、残った敵をガイアが接近し、叩く。この三連撃の前に、パナマを守備するモビルスーツたちは為す術無く敗れていった。
「己、ファントムペインがぁ!」
守備部隊の隊長機がガイアに向かって斬りかかってゆく。部下を失い、既に自分一機となった彼は、せめて一人でも多くの敵を倒したかった。
「……そんなんじゃダメ。全然ダメ」
しかし、ガイアに乗るステラ・ルーシェは無情だった。隊長機の命をかけた一撃も、あっさり防ぐと、MA形態になり、グリフォンブレードで機体を切り裂いた。
「弱い、ステラと戦うには、弱すぎる」
地球軍ビクトリア宇宙港。
ここもまたファントムペインによる襲撃を受けていた。
「クーデターだと! ファントムペインめ、遂に化けの皮が剥がれたか!」
自らモビルスーツに乗り込み応戦に出た基地司令官は、モビルスーツ部隊を指揮し、果敢にもファントムペインに戦いを挑んだ。
『違うな……』
「!?」
だが、それは無謀なる行為だったのだろう。彼はファントムペインを常々警戒してはいたが、その実力までは理解していなかったのである。
『皮が剥がれたのではない、自ら脱ぎ捨てたんだ』
「き、貴様は!」
『時代は変わる、時代は俺達ファントムペインのものになるそうだ』
まるで他人事のような呟き、そしてその呟きこそビクトリア基地司令官の聞いた、最後の声だった。彼の乗るモビルスーツは、二本の対艦刀に両断された。
「こちら、スウェン・カル・バヤン。敵隊長機を破壊した」
地球軍アルザッヘル月基地。
基地は、『突然現れた戦艦』の攻撃を受け、早くも窮地に陥っていた。
「ミラージュコロイド……ダイダロスのガーティールーか!」
ガーティールーを始めとしたダイダロス所属の戦艦が、容赦ない砲撃をアルザッヘル基地へとしかけてくる。集中的に艦艇の発射口を潰され、アルザッヘルはモビルスーツのみでの対応に迫られた。
「スローターダガー隊、アルザッヘルのモビルスーツ部隊を蹴散らせ」
部隊を指揮するガーティールー艦長イアン・リーは、冷静に指示を出し、艦をアルザッヘル司令部へと向かわせる。
「偽の演習計画にあっさり騙されるとは……アルザッヘルの危機管理能力は低いな」
過日、ザフト軍諜報部が確認したダイダロス基地での動きというのは、アルザッヘルに向けての進行準備だったのだ。無論アルザッヘルに対しては演習という嘘の情報を伝えたのだが、それを信じ切ったためにこうして奇襲を受けてしまった。
「敵がザフトだけだと思っているから、こうなるのだ」
「艦長、敵の抵抗が沈黙しつつあります」
「よし、六連装ゴットーフリート標準。目標敵基地司令部……撃てっ!」
強力なガーティールーの主砲連射を前に、アルザッヘル基地司令部は一溜まりもなく壊滅した。
「パナマ、ビクトリア、アルザッヘル、それぞれ陥落しました」
総会出席者のシャトルを囮に、優々と脱出したジブリールは、次々と制圧されてゆく連合軍基地の名前を聞きながら、卑しくほくそ笑んでいた。
「後は、ガルンナハンとスエズ、ヘンブンズベースは今暫く掛かるかな?」
その時、丁度スエズ基地陥落の報も入った。最早ジブリールは笑いが止まらなかった。
「なんだ、歯ごたえのない。ここまで順調に事が進むと、かえって怖いぐらいだ」
実に簡単な作戦であった。
まず、ザフトに対して虚偽の情報を流す。虚偽といっても、極めて真実味が高く、秘匿性の高い情報を、如何にも「気付かぬうちに漏らしてしまった」という風に、向こうに気付かせる。そして、これ見よがしにダイダロスの艦隊で陽動をかけ、ザフトを焦らせ、それと同時に、こちらは地球連合軍の主要基地への襲撃計画を進める。
ザフトが偽の情報に踊らされ、総会出席を始末すれば後は仕上げだ。全世界中継にてザフトを断罪し、同じくして基地制圧指令を出す。混乱に常時、ファントムペインが連合軍の全体を制圧することが出来る……まったく、上手すぎる作戦だった。
「アズラエル……悔しかろう。お前に出来なかったことを、私はやってのけたのだ」
今は亡き旧敵に、ジブリールはフッと笑いかける。それは勝利の笑みであった。
「くっ、なんて数なの!」
ルナマリアは、ザクの長距離砲を発射しながら苛立ち叫んだ。今彼女は途方もない数のモビルスーツ部隊に襲われていた。
『無駄口を叩いている暇があるか!』
レイの叱咤が飛ぶ。レイのほうはもっと大変だった。彼は『戦えなくなった』親友を守りながら戦っているのだ。インパルスは、シン・アスカは戦意を完全に喪失していた。
「まずい、このままでは……ミネルバ、ミネルバ、撤退を要請する。これ以上は無理だ!」
レイはビーム突撃銃を乱射しながら、ミネルバに回線を繋いだ。一方のミネルバも、次々
に飛来するモビルスーツ部隊に苦戦を強いられていた。
「撤退ですって?」
タリアはレイの進言に驚いたが、クルーたちはこの絶望的状況にいくらかの希望を見出した。そうだ、何もこのまま戦い続けることはない、撤退という選択もあるではないか。
「冗談じゃないわ! 言い様に敵に乗せられ、踊らされ、このままおめおめ逃げ帰れっていうの?」
だが、タリアには意地があった。彼女のプライドは今やズタズタで、このまま敵に一矢報いることも出来ず逃げるなど、到底不可能だった。そんな艦長の心理を読んだのか、副官のアーサーが冷静な意見を出す。
「しかし、艦長。依然として敵は増え続けています。このままではモビルスーツ隊は全滅し、ミネルバも……」
「だったら何か策を考えなさい! 貴方は副官でしょう!」
タリアは怒鳴り散らすと、ギリッと歯ぎしりをした。負けるわけにはいかない。女だてら艦長をやっているのだ、ここで負けなどすれば……
『艦長、俺も撤退に賛成しますよ』
その時、それまでモビルスーツ撃破に勤しんでいたハイネが通信回線を開いてきた。
『あんたが面子やプライドに拘るのは勝手だが、あんたは軍人で、しかも艦長だ。自己威信に部下を巻き込むな』
「他の部隊の人間が偉そうに!」
『艦長席に座ってるからって自分を偉いと勘違いしている人よりはマシだ』
ダンッと、タリアは椅子を叩いた。誰がどう見ても、ハイネの言い分が正しかった。
「……タンホイザー起動」
「艦長!?」
「勘違いしないで、陽電子砲を敵の中心部に放ち、その隙にモビルスーツ隊を回収。全速力でこの場を離脱します。ハイネ、悪いけど援護を頼むわ」
『任されましょう!』
もうどうにもならなかった。ミネルバはただ、逃げるしかない。逃げて、逃げて、逃げ切るしかないのだ。何故なら彼らは、民間人殺しの大罪人なのだから。