W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第13話

Last-modified: 2007-11-11 (日) 13:04:45

 月のアルザッヘル基地から出撃したファントムペイン艦隊の数は必ずしも多くはなかっ
た。基地の修繕も侭ならぬ状態で、連戦を行えるだけの体力は同基地には残っておらず、
言ってしまえばそれは無理矢理の出撃だった。
 しかし、黙って降下部隊を地球に降ろさせるわけにもいかず、月基地を任されているイ
アン・リー少佐は戦艦八隻からなる艦隊を編成した。降下作戦の阻止とまでは行かなくと
も、出来る限りの数を減らすことならば出来るかも知れないと考えたからだ。
 この可能性を十分に予期していたザフト軍は、デュランダル議長の指示の元、ジュール
隊及び特務隊フェイス所属ロッシェ・ナトゥーノに迎撃の指令を出していた。
「フン、あんな男と共に戦うと考えただけで苛々するわっ!」
 ジュール隊を率いるイザーク・ジュールは、一方的な嫌悪感からロッシェを嫌っていた。
上官のこのような態度を見るのは、ディアッカを除いてほぼ初めて者が多く、艦内は困惑
に満ちていた。
「隊長、あのモビルスーツのパイロットがなんだというのですか?」
 見るに見かねたシホ・ハーネンフースがイザークに尋ねる。ある程度言葉をはき出せば、
怒りが収まると踏んだからだ。
「何から何まで全てが気に食わん! 俺はああいう気障ったらしい奴は大嫌いなんだ!」
「はぁ……?」
「あんな奴がどうしてラクスの――うぁっ?!」
 ラクス、という名前をイザークが出した瞬間、シホはイザークの足を思い切り踏んだ。
「失礼しました。足が滑りまして」
「滑ったって、お前……」
 その時、艦橋にディアッカが入ってきた。
「おいおい……なんだよ、この張りつめた空気は」
 一瞬で場の空気を読めても、気の利いたことを言えるわけではない。ディアッカは、ま
ずいときに来てしまったと思った。
「何でもありません……隊長、私はそろそろモビルスーツデッキで待機しています」
 シホはそういうとそそくさと艦橋を後にした。
「イザーク、何があった?」
「別に、何もありはしない。それよりお前もそろそろ待機していろ」
「お前は出ないのか?」
「俺があんな奴と共闘など虫酸が走る!」
 こいつがここまで他人を嫌うのも珍しいとディアッカは驚いていた。イザークは確かに
自尊心、所謂プライドの高い男だが他者の実力を認めないわけではない。前大戦時なにか
と対立していたアスランだって、その実力は認めていたし、色々あったストライクのパイ
ロットにだって……
「つーか、一方的すぎるだろ。挨拶程度しかしたことない相手だぜ?」
「判っているっ。しかし、性が合わぬ、虫が好かぬはどうしようもないだろうが」
 それを我慢するのが人付き合いってもんなんだが……
 ディアッカはその言葉を飲み込むと、肩をすくめてモビルスーツデッキへと向かった。
 ロッシェはロッシェで、今回の共同任務に不満があった。この世界の兵器と、そして兵
士のレベルを考えれば自分一人で事足りると思っていたし、その自信も十分あった。
「頼んできたのは向こうだというのに……まったく」
 ジュール隊との共同任務としたデュランダルとしては、あくまで善意のつもりだったの
かも知れない。仮にも艦隊の足止めを頼むのだ、単機出撃でもしものことがあったらと考
えたのだろう。
「余計なお世話といいたいが、折角の好意、無碍にもできないか」
 ジュール隊というのは、先日ミーアのコンサート会場で会った連中のことらしい。白髪
のおかっぱ頭が隊長で、色黒の男が部下だったか……
「いい機会だ。この世界の兵士のお手並み拝見と行こうか」
 やがて、眼前に月基地より発進したファントムペインの艦隊が現れた。
「ほう、なかなかの数だ」
 ロッシェはあれだけの戦闘後に、かなりの数を出撃させてきた基地指令の手腕を評価し、
「なんだ、あの数は!」
 艦隊司令官を任されたファントムペインの士官は、目の前の光景にいきり立った。
 無理もない、無理に無理をして出撃してきた艦隊に対するに、ザフトはたった戦艦一隻
を寄こしてきたのだ。
「コーディネイターどもめ、我らを舐めるのも大概にしろ! 全艦砲撃戦用意、モビルス
ーツ隊も発進させろ!」
 旗艦含め七隻の戦艦から次々にモビルスーツが発進してくる。
「ジュール隊各機出撃! ……それと、表のモビルスーツにも連絡をしてやれ」

             第13話「虚しさの戦い」

 夜が明けたカーペンタリアでは、ザフト、ファントムペイン共に戦線の収拾を図ってい
た。ザフトにおいては戦闘の序盤に受けたダメージが大きく、戦力を再編しようにも組織
的な抵抗が難しくなりつつあった。
「ミネルバの艦首砲である程度まで敵の数は減らせたが……このままでは」
 しかし、ファントムペインもまたミネルバの艦首砲による被害は無視できないものがあ
り、戦力の再編に戸惑っていた。
「だが、逆を言えばあの戦艦さえ墜としてしまえば奴らも終わりだ。ここは一つ、奴らを
ぶつけて一気に……」
 数時間後、いち早く自軍の戦力の再編をしたザフトは、先手を取れる有利な状況であっ
たが攻勢に出ようとはせず、防御の布陣を固めた。攻勢をかけるだけの数が、この時のザ
フトには決定的に不足していた。
「全軍粘れ! 降下部隊さえ来れば、我々は逆転できる。それまでなんとしても基地を守
るのだ!」
 基地指令の激昂は、味方のみならず敵にも影響を与えた。来援が確実に来るザフト軍と、
何も存在しないファントムペイン、この事実は少なからずの焦りとなった。
「敵は最早少数だ。戦力を一点に集中し、基地に肉薄するのだ」
 ホアキンは、全兵力を投入し早期決戦に望んだ。
「迎撃用意、敵は戦力を一点に集中してくる。逆にそれを利用し、ピンポイント攻撃をか
けろ!」
 この命令は、ミネルバ副官アーサー・トラインのものである。彼はザフト軍の戦力再編
に尽力を尽くし、堅実な傭兵手腕を発揮していた。
 そして、ミネルバを中心に集まった主力部隊の攻撃は、密集しつつある敵に対しそれな
りの損害を与えることに成功した。
「まずい、各自分散しろ」
 ファントムペインのモビルスーツ部隊を指揮するスウェン・カル・バヤンは、これに賢
明に対応し、戦力の維持に図った。
「あの新造艦が奴らの司令塔になっている。アレを叩けば……なにっ」
 スウェンのストライクを、ビームライフルの閃光が襲う。
「お前の相手は俺だ!」
 機体の応急処置を手早く済ませたシンが戦線に復帰してきたのだ。
「チッ、まだいたのか」
 こちらもビームライフルを撃ちつつ、スウェンは距離を詰めようとするが、さすがに同
じ手は食わぬとシンは一定距離を保ちながらの射撃戦に持ち込んだ。
「なにやってんのよ、スウェンの奴は」
 ブルデュエルで戦場を駆けるミューディー・ホルクロフトは、インパルス相手に手間取
っているスウェンを小馬鹿にしながら、一番の大物ミネルバを墜とそうと躍起になってい
た。だが、近接戦闘を得意とするブルデュエルには、戦艦に対しての有効兵器がない。
「けど、だからって!」
 右肩シールドに内蔵されたスコルピオン機動レールガンで、攻撃を仕掛ける。モビルス
ーツ相手には高い貫通性を誇る兵器だが、戦艦の分厚い装甲にはさほどの効果も出せなか
った。
「なら、接近して……うわっ!」
 突如、ミネルバの甲板から長距離砲による攻撃が放たれた。艦の防衛に努めるため、補
給を終えたルナマリア・ホークのザクウォーリアが、砲戦用のガナー装備で出撃してきた
のだ。
「ミネルバはやらせないわ!」
 そう息巻いて出撃したものの、ルナマリアには若干の不安があった。砲戦装備で出撃し
たのは良いが、彼女は射撃がそれほど得意ではない。勿論、ザフトレッドであるのだから
下手くそというわけではないが……
「ええい、侭よ!」
 オルトロス高エネルギー長距離射程ビーム砲を連射するルナマリア。一発当たれば撃墜
もあり得る攻撃だけあってか、さすがのミューディーも容易には近づけなかった。
「ルナマリア機、接近する敵機に砲撃を行っています」
 ミネルバではオペレーターのメイリン・ホークが甲板の状況を報告している。
「スクリーンに出せる?」
 タリアの指示で、接近中の敵機がスクリーンに出される。
「ウィンダムとは違う……エース機ね」
 エース機をぶつけて、この艦を沈めようというのか。
「イゾルデ回頭、ルナマリア機の攻撃を回避した敵を狙い撃て!」
 アーサーが砲手に指示を出す。エース機に取り付かれては、一巻の終わりである。
「鬱陶しい!」
 幾度となく続く砲撃を避けながら、デュエルは徐々に距離を詰めていく。オルトロスは
連射が利かない。一発ごとの間は、ミューディーにとっては有効な時間となった。
「ちょこまかと……それっ!」
 ルナマリアは、エネルギー残量に注意しつつ意図的にデュエルの位置を誘導した。アー
サーから連絡は貰っている。後はタイミングさえ合えば、
「そこっ!!」
 オルトロスがまた発射される。いい加減タイミングを掴んできたミューディーはこれを
あっさり避け……
「あっ!?」
 ミネルバから発射された、火薬式3連装砲イゾルデの直撃を受けた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 PS装甲を誇るデュエルとて、大口径の砲撃を受けて衝撃を受けないわけがない。そして、
その隙をルナマリアは見逃さなかった。
「今度こそ貰った!」
 高エネルギーのビーム砲は、確実にデュエルを捕らえた。だが、そのビームはデュエル
に届く前に、別のビームに遮られた。
「ミューディー、大丈夫か!?」
 シャムス・コーザが援護に駆けつけてきたのだ。咄嗟に、連装キャノンを使ってオルト
ロスの砲火を防いだ彼は、加勢のため機体を飛ばす。
「よくも!」
 難を逃れたミューディーは、デュエルのスティレット投擲噴進対装甲貫入弾を掴み、ル
ナマリアのザクへと投擲した。
「チッ!」
 ルナマリアは甲板を大きく後ろに跳び、これを避けた。三基の貫入弾が着弾し、甲板で
爆発が起こる。
「ディスパール装填……撃てぇっ!」
 ミネルバは迎撃用ミサイルで応戦するが、シャムスはバスターの6連装のミサイルポッ
ドを駆使し、これを全て撃ち落とした。
「次はあの赤いのを!」
 ルナマリア機は、爆発の衝撃でも受けたのか微動だにしていない。シャムスにとっては
的も同然だった。
「ミューディーは艦をやれ。モビルスーツは俺が潰す」
「わかった」
 シャムスは、連装キャノンの標準をルナマリア機に固定する。
「これで……」
 発射寸前、ルナマリア機が動いた。オルトロスを、ヴェルデバスターに向けている。
「終わりよ!」
 シャムスは敵の動きに動転しながらも、連装キャノンを撃った。それと同時に、ルナマ
リアもオルトロスを発射する。これは彼女の賭けだった。確実に相手に命中させるには、
相手の砲撃とタイミングを合わせた同時発射しかない。同じく砲戦型装備のバスターだか
らこそ出来た選択だった。
「嘘だろっ!?」
 オルトロスの高エネルギービームはバスターの右肩と、バックパックの一部を吹き飛ば
した。
「しまった、ジェットストライカーが」
 一方、バスターの連装キャノンはザクの左足を吹き飛ばし、ミネルバの甲板を抉った。
「足の一本ぐらい!」
 ルナマリアは、ザクのバランスを制御し、トドメの一撃を撃たんとするが、
「シャムスはやらせないよ!」
 デュエルから放たれたレールガンに四肢を貫かれた。
「しまった!」
 しかし、デュエルはミネルバに接近していたこともあり、再びイゾルデの砲撃をまとも
に食らってしまった。
「ぐぅっ、このっ」
 ミューディーは、再び貫入弾を投擲しイゾルデを破壊すると、落下しつつあるシャムス
のバスターの元へ向かった。
「大丈夫?」
「なんとか……一旦帰還だ」
「オーケー」
 エース機が離脱したのを確認し、すぐさまミネルバもルナマリア機の回収作業に移った。

 その頃、ジブラルタル基地ではネオ・ロアノークの指示の元、敵に対する反撃が行われ
ていた。ネオは、半包囲せんと陣形を広げている敵部隊に対し、アビスを中心とした攻撃
力の高い少数部隊による集中攻撃を行わせていた。この部隊は水中を機敏に動き回り、時
には左翼、また時には右翼、気付いたら中央に攻撃を仕掛けならが敵の包囲網に穴を開け
ようとした。
「敵の増援はすぐにでも来る。こちらの戦力を温存しつつ、出来る限り敵艦隊の戦力を減
らすんだ」
 命令しつつも、ネオはこれが負け戦になることを既に悟っていた。援軍が来る前にて撤
退したいのは山々だが、それでは盟主ロード・ジブリールは納得しない。
「用兵学では窮地に陥る前に兵を退くことの出来る将を天才と称するそうだが、実際は色
々なしがらみで出来ない……情けない話だ」
 そんな理由で無駄に兵が死ぬのかと思うと、ネオも複雑だった。
「アビスより入電、敵包囲網が狭まりつつあり!」
 さすがにこちらの攻撃パターンを計算したのか、敵も妥当な対応をしてきた。
「アウルたちを下がらせろ。包囲集中攻撃を受けたら一溜まりもない」
 あらゆる方法を試みてはみるものの、既にロアノーク艦隊に起死回生の手段は残されて
いなかった。残る手と言えば、空戦部隊を出撃させることだが、それをしては降下部隊へ
の備えを怠ることになる。
「降下部隊と戦った……その事実だけあればいい。それだけあれば我々は撤退できる」
 カーペンタリアのホアキンがどんな戦い振りをしているかは知らないが、彼のことだ、
恐らく攻勢をしかけているに違いない。
「余力を残して撤退したら、うるさいんだろうな……」
 世間は何故か、より多く兵を死なせてきた者を勇戦しただの、奮戦しただのと褒め称え、
より多くの兵を生かしてきた者を、臆病者だの、無能者だのという。無論、兵を多く生か
して、勝利してきたというのなら話は別だが。
「これでホアキン少佐の部隊が勝ちでもしていたら、大佐の地位も危ういのでは?」
 士官の一人が苦笑しながら言うが、
「なに、そう簡単にはいかないさ。基地を制圧するにしても、もう時間がない。月基地の
艦隊が降下部隊を阻止したか、妨害したというのなら話は別だが……」
 ファントムペインの月艦隊には、現状を鑑みるに大部隊の派遣などできようもない。精
々、5,6隻の戦艦を出せるか出せないかという程度だろう。対するにザフトは、数十隻
の艦隊を衛星軌道上に待機させ、作戦を行うはずだ。
「それに、恐らく月艦隊に対応するための部隊も派遣されているはずだ」
 よしんばそれを退けたとして、そんなボロボロの艦隊に何が出来るのか?
 ネオの考えは大体当たっていた。大体というのは、月基地から発進した艦隊は決してボ
ロボロになどなってはいなかったし、敵を退けたわけでもなかった。
 完膚無きまでに叩きのめされ、全滅したのである。
 モビルスーツで敵艦隊の迎撃に出たディアッカは、奇妙な既視感に囚われていた。初め
て共闘する特務隊の男、イザークが心底嫌っているが、そんなことはどうでも良い。問題
は、彼の乗っている機体だった。
「前は、気障ったらしい機体だと思ってたけど……あの機体」
 ロッシェの駆るレオスは、風格と気品漂う面持ちをしながらも着実に敵のモビルスーツ
部隊を叩いている。その強さは、腕に覚えがあるディアッカも舌を巻くほどだった。
「エルスマン……」
 同じく紫色のザクにて出撃したシホが、ディアッカに回線を繋いできた。
「なんなんですが、あの機体……あんな、圧倒的な」
 彼女の常識を覆す戦い振りだった。機動力、出力、攻撃力、運動性、あらゆる物が既存
のザフト製モビルスーツを大きく上回っているのが、戦い振りで判った。こんな機体に、
共闘など必要あるのだろうか?
「単機でここまで、戦艦まで落とせるなんて」
「確かに、議長はとんでもない隠し球を持ってたわけだ」
 言いながら、ディアッカは一つの可能性に思い当たっていた。
(そうか、あの機体……あの時、あの場所で見た)
 だがそうだとすれば、あのロッシェとか言う男は何者なのか。その辺りの探りを入れる
必要が出てくるかも知れない。
「イザークとも話しておかないとな」
「? エスルマン?」
 回線を繋いだままにしていたため、ディアッカの呟きはシホにも聞こえていた。
「いや、なんでも。それより、俺達も気合い入れてかないと奴に美味しいところ全部持っ
てかれちまうぞ!」
 それから程なくして、月艦隊は壊滅に近い被害を受け、モビルスーツ隊に至っては出撃
した全てが墜とされ、全滅した。

カーペンタリア上空で行われている、シンとスウェンの戦いは白熱していた。
「こいつ、なかなかやるな。学習型か?」
 戦いの中で即座に急成長するタイプが世の中にはいると聞くが、このインパルスのパイ
ロットがそれなのか? コーディネイターならばあり得ないこともないのだろうが……
「だが、あまり付き合ってもいられない」
 スウェンは、ストライクの両掌のアンカーランチャーを再び発射した。
 当然、この攻撃を一度受けたシンは、
「同じ手が何度も通用すると思うな!」
 ビームサーベルでこれを叩き落としたが、
「だから、まだまだ甘いっ」
 さらに両爪先、及びノワールストライカーの中央部に仕込まれたアンカーランチャーが
発射され、インパルスの両手両足の動きを封じた。
「こんなっ!?」
 しかも、ストライクの両腕は自由に動く、右腕にはビームライフルがある。
「ここまでだな。俺と戦うには、お前はまだ早すぎた」
 スウェンがストライクのビームライフルを撃つ瞬間、どこからともなく、ヒートホーク
が放たれ、インパルスの両腕を封じていたアンカーを切り裂いた。
「シンっ!」
 レイだった。レイは、シンのピンチに咄嗟にヒートホークを投擲すると、ビーム突撃銃
を乱射し、両機の間に割って入ろうとした。
「そんな機体で……!」
 だが、スウェンはノワールストライカーの二連装リニアキャノンと両腰のビームライフ
ルショーティーを速射し、レイのザクが乗るグゥルを破壊した。
「しまった!」
 機体性能、武装、あらゆる面でザクはストライクに劣っている。最新鋭機であるインパ
ルスでさえ勝てないのだ。如何にレイが優れたパイロットでも、埋めようのない差があっ
た。スウェンは追い打ちをかけようとするが、
「やらせるかぁっ!」
 ビームサーベルで両足のアンカーを切断したインパルスが、そのままストライクへと斬
りかかった。
「くっ!」
 スウェンは咄嗟に、指針距離にもかかわらずグレネードランチャーを撃ち放った。
 グレネードは、インパルスの頭部に着弾し、続けざまに放たれたビームライフルの一発
がそれを貫いた。
「メインモニターが!?」
 シンは自身の敗北と、死を感じた。極限が、身体を支配する。
 何かが、身体の中で割れそうな――
「これは!!!」
 それよりも早く、インパルスのセンサーは遥空から降下してくるものに反応した。
 ストライクも、ほぼ同時にその反応を察知していた。
「……負けたか」
 ザフト軍降下部隊が今、降りてきた。
「来たか!」
 ジブラルタルのロアノーク艦隊は、降下部隊への備えを怠らなかったこともあり、素早
い対応が出来た。
「対空ミサイル及び対空砲発射! 空戦部隊は敵を迎え撃て!」
 次々に飛び立つウィンダムと、隊長機であるカオス。
 カオスはビームライフルを連射し、降下中のポッドを狙い撃ちにする。
「敵の部隊は空も飛べないザクだ、ウィンダムの機動力を駆使して撃ちとしてやれ!」
 だが、ジブラルタル降下部隊を指揮する男、ハイネ・ヴェステンフルスがそれを許さな
かった。降下ポッド無しの単機突入が可能だったセイバーに乗る彼は、モビルアーマー形
態のまま敵機に突っ込み、アフォルタスプラズマ収束ビーム砲をぶっ放した。
「各機、敵は降下部隊に十分な備えをしている。無理をせず、ジブラルタルの艦隊と合流
しろ」
 ビーム砲を連射しながら、ハイネは指示をだし、敵機の中を飛んだ。加速力を誇る空専
用機である。如何にジェットストライカー装備のウィンダムいえども捕らえきれない。
「あの機体!」
 目論見を潰されたスティングはセイバーに向かおうとするが、
『よせ、スティング。ここは退くんだ』
「ネオ?」
『増援が来た以上、俺達に勝ち目はない。ここは出来るだけ戦力を温存して、退くんだ』
「でも!」
 降下部隊は、一部こそファントムペインの空戦部隊の攻撃を受けたが、大半はジブラル
タル基地の艦隊と合流しつつあった。戦力差は、一気に開いた。
『生きてこそ、復讐戦の機会もある。ここは耐えろ』
「……判ったよ」
 カオスはウィンダム隊と共に帰還をし、ファントムペイン艦隊は素早く撤退を開始した。
「撤退の準備をしていたか……賢明な判断だ」
 海域を離脱する艦隊を見ながら、ハイネは敵司令官の決断を褒めた。早期撤退とは、判
っていてもなかなか出来ることではない。
『隊長、追撃しますか?』
「馬鹿言え、俺達の任務はジブラルタル基地を包囲する敵の排除だ。奴らが撤退してくれ
るなら、それでいいんだよ」
 ハイネは、降下部隊の隊長を任されていた。彼としては、ジブラルタル基地がここまで
積極的に攻勢に出てたのは予想外だったが、敵が降下部隊の対策も忘れずにしていたこと
に驚いていた。
「なまじ戦闘が始まると目の前の敵しか見えなくなるものだが……なかなかどうした、敵
には有能な奴が多い」
 今回のことだけで言えば、ジブラルタル基地の首脳部も英断をしたと思う。見た感じで
は、彼らの被害はそれほど多い物ではなさそうだった。
「さて、英雄が降りたほうはどうなっているのかな?」

 ホアキン艦隊は、敵軍への大攻勢をかけるに当たって、艦隊の護衛モビルスーツまで出
撃させたのが裏目に出ていた。
「対空砲とミサイルを、弾幕を張れ!」
 結果、艦砲射撃のみで降下部隊に対処することとなった艦隊は、解放されたポッドから
飛び出してくるザクの攻撃に、手痛い損害を受けた。
「モビルスーツ隊を呼び戻すのだ、早くしろ!」
 当然、モビルスーツ隊は艦隊の救援へと向かったが、それは今攻める敵に対して後ろを
見せるという愚かな行為であった。
「今だ、残存するディン隊及びグゥル騎乗機は、後退する敵に総攻撃をかけろ! ありっ
たけの砲火を敵に叩き付けろ!」
 背後からの攻撃を受けたウィンダム隊は総崩れとなった。降下部隊の一部も、ウィンダ
ム隊への攻撃を開始し、基地守備部隊との挟撃に晒されたのだ。
「我が方のモビルスーツ隊が、クロスファイヤー攻撃に?」
 味方が総崩れとなったことを知り、ホアキンは歯を噛み砕かんばかりに歯ぎしりをした。
「ええい、スウェン、シャムス、ミューディーは? ストライクたちはどうした!」
 この状況下であって、スウェンは未だ健在だった。彼は降下部隊が来たのを知るや否や、
インパルスとの戦闘を中断し、これを迎え撃たんとした。
「ザクには飛行能力がない。ある程度時間を稼げば、味方は撤退できる」
 だが、そんなスウェンに対し、降下部隊の内の一機が突っ込んできた。真紅のボディを
持つそれは、明らかにザクとは違う。
「あれは……?」
 スウェンはフラガラッハを構えると、これを迎え撃った。
 交錯する二機、一瞬の攻防だったが、決着は付いた。
「ストライクのカスタム機か。腕一本で済むとは、やるな」
 アスランは事も無げに言いはなった。シンを圧倒した機体の腕を切り裂いておきながら
である。
「反応速度が高い。機体性能が劣っている? いや、出力の問題か」
 腕を一本持ってかれたスウェンは、極めて冷静だった。というよりも、今の攻撃はわざ
と受け身に転じたのだ。その方が、相手の実力をより確実に知ることが出来る。
「核動力機……片腕で戦うには手強いな。ここは退くか」
 スウェンは味方の撤退を援護ししつつ、自身もまた旗艦へと引き返していった。
「敵が退いていく……」
 シンは、その光景をインパルスの補助モニターで見ていた。シンを破った機体を、さら
に破った機体。シンはそれを知っていた。
「あの機体、ジャスティス? じゃあ、パイロットは」
 アスラン・ザラ。まかさ、あの男がザフトに戻ってきたというのか。
 シンは、周囲の状況をモニターで見た。海には自軍・敵軍のモビルスーツの残骸が漂い、
墜とされていないモビルスーツも、インパルス含め損傷が激しかった。
「俺達は敵を撃退した。俺達は敵に勝ったんだ。なのに、なんで」
 なんで、こんなに虚しいんだ?
「なにやってんだよ、俺は…………俺はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
 若き戦士の絶叫が、終結した戦場に響く。それは、誰にも聞こえることのない、虚しい
叫び声だった。