W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第34話(2)

Last-modified: 2007-11-11 (日) 13:11:16

 ミネルバへとアスランが戻ったのは、日もすっかり沈んだ夜のことだ。
格納庫に車を止めたところに、クルーの一人が駆け寄ってきて、レイがアスランを探していることを告げた。
「レイが?」
 アスランは電源を切っていた通信機器のスイッチを入れると、レイに繋いだ。
『アスラン、良かった、繋がって』
「レイ、俺に用らしいが、一体何だ?」
『実はギル、いえ、デュランダル議長が……』
 レイから、デュランダルがアスランらミネルバのモビルスーツパイロットたちと
食事を共にしたいと言っていることを聞かされた。
「判った。軍服に着替えて行こう。議長は、どのホテルに泊まってらっしゃるんだ?」
『ラクス・クラインが滞在しているのと、同じホテルです』
 既に、ルナマリアやオデル、アスランより一時間早く戻ってきたシンなどがその場にいるらしい。
シンは、艦長のタリアも同席する場に難色を示したのだが、議長のご氏名とあっては致し方ない。
 唯一、ハイネ・ヴェステンフルスだけは連絡が取れず、アスランだけでも見つかって良かったとのことだった。
「ハイネはいないのか……」
 アスランは呟きながら、軍服へ着替えるため私室へと急いだ。
 
 そのハイネだが、実はアスランより早くミネルバに戻ってきている。
彼はこっそりと私室に戻ると、今日入手したデータの記録をはじめていた。
 しかし……

「盗聴の記録は法律上の証拠にはならない、か。アスランの奴、言ってくれるじゃないか」
 コンソールを操作しながら、ハイネは唸るように吐き捨てた。
確かに、通常の法律ではアスランの言うとおりだ。
盗聴などという違法な手段で入手したものはどんなに決定的でも司法の場で証拠として取り上げることが出来ない。
 しかも、アスランはこう続けていた。逆にこっちが訴えることも出来る。
つまり、アスランは盗聴者に対して人権侵害で訴えることも可能だと言ってのけたのだ。
「俺の存在には気付いてなかったようだが……チッ、これじゃ手詰まりだな」
 録音した音声を聴き直しても、大した内容ではなかった。
アスランと会話をしていた相手は後で調べ上げるとしても、アスランはあの会話の中でテロリズムを否定していた。
何を考えているのかは知らないが、これだけでは決定的なものとなりえない。
「これじゃ憲兵は動かせない……どうしたものかな」
 もっと重大な内容であったのなら、例えば国家を揺るがすような発言が録音されていれば、
無理矢理にでも司法委員を動かすことも出来ただろうが、これでは無理だ。
「だがまあ、記録はしとかないとな」
 とりあえず、収穫はあった。後はこれをどう利用するかだ。
誰かに相談したいところだが、信用できる奴なんて……
「そういえば、アイツが来てるんだったな」
 ハイネの脳裏に、金髪美形の男の姿が過ぎった。
 
 ロッシェ・ナトゥーノ。

ラクス・クラインの護衛官として、ディオキアに来ている。
「会う機会があったら良いが。アイツは今、ライブ会場かな?」
 後で顔を出してみるか……ハイネはそんなことを考えながら、記録作業に没頭しはじめた。

 デュランダルがミネルバのパイロットと艦長のために用意した食事の席は、それは豪華なものだった。
黒海料理は、やはり海ということもあって、魚が豊富だった。
 特に名物であるイワシを使ったピラフは絶品で、議長の食は進んでいる。
「ふむ、このチーズ・ホンデュは逸品だな」
 黒海地方ではイワシ料理と同じくチーズ・ホンデュが有名で、ブラーマ(蒸し料理)などにもチーズが使われることが多い。
 プラントでは食する機会もない、地球独特の味にデュランダルは大いに満足しているようだった。
 ミネルバのパイロットたちも、特に美食家というわけではなかったが、デュランダルの評価に同感だった。
あまりガツガツと食べないのは、軍人はろくなものを食べていないのかと、軽く見られないためである。

「さて、まずはここまでの道のり、本当にご苦労だったね」
 いくつかめの料理が運ばれてきたとき、デュランダルがこう切り出してきた。
「あの忌まわしい事件から行く日も過ぎたが、君たちにはさぞ辛い道のりだったろう」
 忌まわしい事件とは、ミネルバが国防委員長の命を受け行った地球連合和平総会襲撃事件のことである。
幾日も過ぎたと言っても、それは記憶に新しく、パイロットたちは少しだけ眉を顰めた。
「そうですね、本当に大変でした」
 答えたのはタリアだが、これは礼儀上のことあってだろう。
シンなどは、顔を伏せて、ナイフとフォークを使っている。
ガチャガチャと少し音が鳴ったので、ルナマリアが諭すような目でシンを見ている。
「だが、その後のミネルバの活躍は、めざましいものだった。カーペンタリア
では基地の防衛に努め、インド洋では建設中の敵基地の発見と、破壊に成功した。そして、ガルナハンでは……」
 この戦争が始まって以来はじめて、ファントムペインの拠点の一つを叩き潰すことに成功したのだ。
これはザフト軍にしてみれば、勲章ものである。
「私はミネルバの活躍を誇りに思うよ」
 褒められて悪い気はしない。それは、人であれば当然のことで、ルナマリアやレイ、タリアなどは純粋に喜んでいた。
アスランも見かけは喜んでおり、例外はシンとオデルである。
 言ってしまえば、デュランダルは敵兵を大量に殺したことを褒めているのと同じであり、
それを考えると、シンはいささかシニカルな気分になる。
事実なので反論しようもないことなのが、複雑だった。
 オデルの場合は、少し違う理由がある。彼は成り行きでこの世界の戦いに介入しているのであり、
ザフト軍人ではない。議長の褒められたところで、彼には何の意味も成さないのだ。

「ところで、ミネルバの今後についてだが……」
 褒め言葉が一部に通用しなかったことを悟ると、デュランダルはすぐに話題を転じた。
多種多様な話題を作るのはさすが政治家といったところか。
「実はミネルバに限らず、近々地球にいるザフト軍は大規模な軍事行動へと出ることになる」
「大規模な? どういうことですか」
 軍事に話になると、さすが軍人、全員食いつきが良い。
「うむ、まだ正式には発表されていないが、いよいよスエズ攻略戦に乗り出すことになった、というわけさ」
「スエズ……スエズ基地ですか?」
 それは旧連合の基地では、中東最大勢力を誇る軍事基地であり、ファントムペインに接収された後も、変わることがない。
 保有する戦力も兵力も、ザフト軍の二大基地、ジブラルタルやカーペンタリアに匹敵すると言われ、
ファントムペインの本隊がいるヘブンズベースの次に、マスドライバーを持つビクトリアやパナマと
同等の力を持っているとされる。
「詳細はまだ決まっていないが、動員される兵力は、ザフトが行ってきた地上戦では空前の規模といっていい。
 例に出したくはないが、前大戦のアラスカのようにね」
 アラスカとは、かつて存在した地球連合軍統合最高司令部、通称『JOSH-A』のことである。
ザフトは、これを攻略するために大規模な兵力を動員した。
それが、オペレーション・スピットブレイクである。
 結果として、この作戦は失敗に終わったのだが……
「ミネルバもその作戦の際には、参加して貰うことになると思う。
 正式な決定と発表は、私がプラントに帰還してからになるが」
 さすがに、全員声もなく考え込んでいた。

「随分、急な決定なんですね」
 アスランが口を開き、事の真意を正す。
「スエズ攻略自体は、前々から国防委員会の方で検討されていた事案でね……
 こんな言い方は悪いと思うが、今回の決定はミネルバの活躍によるところも大きいのだよ」
「ミネルバの、ですか?」
 軍事的勝利は時として最高の美酒となる。アルコール度数の強いそれは、
人々が心の中に持つ好戦的な部分を刺激し、さらなる美酒を求めるようになるのだ。
 ジブラルタルとカーペンタリアで敵軍を追い散らし、インド洋では建設中の基地を未然に落とし、
そしてガルナハンを解放した。
 プラントの人々は『勝利』だけでは飽きたらず、『常勝』とか『不敗』などという名の美酒を求めてくるかも知れない。 
 皮肉なことだが、人々をここまで酔わせてしまったのは、ミネルバなのだ。
 酔いを求めた人々は、酒量を増やし、酒を寄こせと騒ぎ立てる。
プラントの情報操作もあるのだろうが、これでは次の軍事行動も避けられないだろう。
「私としては、スエズを落とした辺りでこの戦争も止め時だと思うのだがね…
 …やるならとことん、などと感情的になって言う輩が、意外と多くて困ってるのさ。
 政界、軍部、一般市民、枚挙にいとまがない」
 スエズほどの大規模な基地を攻略すれば、それを交渉材料に有利な講和が結ぶことが出来る。
スエズだけではない、ガルナハンにインド洋、ミネルバが手に入れ、プラントが扱える材料は意外に多いのだ。
「だから、その時になったら、よろしく頼むよ。私はミネルバには、かなり期待をしているのでね」
 これは本心であり、嘘偽りのないデュランダルの言葉だった。
 
 デュランダルは、ナプキンで口元を拭うと、今閃いたように顔を綻ばせて、喋りだした。
「そうだ! 折角だから、君たちも今日はこのホテルに泊まったらどうだね?
 君たちの功労に、少しでも報いさせてくれ」
 思いがけない申し出に、ルナマリアが顔を輝かせるが、躊躇したようにレイが口を挟んだ。
「議長、申し出はありがたいのですが、休暇中とはいえ、ミネルバは軍艦です。
 最低でも一人、モビルスーツパイロットが待機していませんと」
 といったところで、好き好んで艦に残りたいと思う奴がいるわけもない。
ここは自分が残るしかないだろう。行方が判らないハイネは、帰ってくるかも判らないのだから。
 なので、自分は艦へ戻ります、とレイが言おうとしたとき、
「なら、私が戻って待機しよう。それでいいな?」
 オデルが立ちあがって、みんなの同意を求めた。
オデルはパイロットたちの中で一番の年長者であるし、ここで異を唱えては話がややこしくなる。
同意するのが正解だろう。
「しかし、それでは、私は何を持って君の功労に報いればいい?」
 一応は聞いておかなければと、デュランダルが尋ねる。
実はオデルとしては、これが狙いだった。
「でしたら、一つお願いが……」

 ロッシェ・ナトゥーノは、ラクス・クラインことミーア・キャンベルのライブ会場の警備に追われていた。
前日のライブは野外だったが、今日のライブは夜に行われるため、市内のホールを貸し切っているのだ。
 ライブは終盤に差し掛かり、今はアンコール曲が披露されている。
「議長から連絡? 私にか」
 ロッシェのもとに、デュランダルが連絡を寄こしてきた。警備の途中ではあるが、出ないわけにはいかない。
ロッシェは、通信機器を受け取る。
「ロッシェです……はい、はい、そうです。今は彼女のライブ会場に……この後ですか? 
 勿論、彼女をホテルまで……」
 言葉を交わすロッシェだったが、その顔に意外さが広がっていく。
「オデルが? 来てるんですか、ここに」
 何と、オデル・バーネットがディオキアに来ており、ロッシェとの面会を求めているというのだ。
 ロッシェはミーアの護衛に没頭する余り、ミネルバが来ていたことを知らなかった。
「わかりました。時間を作ります」
 オデルと会うのも久しぶり、それこそA.C.世界ではぐれて以来だ。
 今の自分はミーアの専属護衛官という立場ではあるが、会っておいても良いだろう。
 問題があるとすれば、いつ会うかだが……
 そんなことを考えながら、ステージの袖まで戻ったロッシェだったが、いつの間にかライブは終演しており、
ミーアは楽屋に引き上げたらしい。
 多少慌てながら、ロッシェは楽屋に向かった。
「ロッシェ、最後の時いなかったじゃない。何処に行ってたの?」
 ミーアが不満げにロッシェに言った。

「議長から連絡が入ってな。応対をしていた」
 隠す必要もないので、事実を答える。ミーアは余り納得はしていないようだったが、気を取り直すと、
「さ、それじゃあホテルに戻りましょう。食事を済ませて、今日はさっさと寝ないと」
「あぁ、そのことなんだが……」
 ロッシェは、人と会う予定が出来たので、食事は一人で取ってくれないかと頼んだ。
すると、気を取り直したはずのミーアの機嫌がみるみる悪くなる。
「人って、誰と会うのよ。議長?」
「いや、議長じゃない」
「じゃあ、誰よ」
 これも話して良いのだが、周りにはライブスタッフやらがいる状態だ。
オデルのことや、自分がこの世界の人間でないことが露見するのはまずい。
ロッシェは、帰りの車内で話すと言って一時会話を切った。

 結局、ミーアを納得させて、ロッシェがオデルと会うことが出来たのはホテルに戻ってから30分過ぎた後だった。
ロッシェは議長に確保して貰ったホテルの一角に赴き、久しぶりに彼と再会した。
「久しぶりだな、オデル」
「あぁ、久しぶりだな」
 両者はガッチリと握手を交わし、再会の喜びを分かち合った。
何せ、はぐれたときは、両者共にもしもを考えたのだ。
それがこうして、異世界の地球ではあるが再会できたのだ。嬉しさがこみ上げてくる。
「お前が地球に行ったと聞いたときは驚いたが、まさかザフトの軍艦に乗ってるとはな」
「そちらこそ、プラントの歌姫の護衛官とは、出世したものだな」
 そして二人は情報交換に入った。互いの立場で、現状を話し合うのである。
オデルは今日、デュランダルの口から聞いたことを、そのままロッシェに話した。
「ほぅ、ザフトは大規模な軍事行動に出るか……オデル、お前もそれに参加するつもりか?」
 なんなら、一緒に宇宙に戻るかと訊いているのだが、オデルは首を振ってこういった。
「ここまで来たら、参加するしかないだろう。何やら、ミネルバのクルーとも仲間意識が芽生えてきたしな。
 そう、ちょうどかつてのお前のように」
「古い話だ……まあ、否定はしないがな」
 少しだけ照れたようにロッシェは言ったが、すぐに真面目な顔に戻ると、
「だがな、オデル。何も異世界の人間であるお前が、そう危険なことをする必要もあるまい」
 ジェミナスは確かにこの世界では強力な兵器だ。それにオデルの技量が加われば、
ロッシェとレオスであっても、一歩譲る形になるだろう。
しかし、いくら強力といっても、一兵器が戦場を左右するといった例はそれほど多くはない。
皆無とは言わないが、それほど意味があるとも思えない。
「それにだ、俺達はいずれはこの世界から去らねばならない人間だ。
 この世界に深く浸かるのも、大概にしておいたほうが良い」
「その通りだが、お前には言われたくないなロッシェ……。
 ところで、現在宇宙には誰が残っているんだ?」

 これは、ロッシェが地上に来ていると知ったとき、オデルが真っ先に気になったことである。
てっきりロッシェは、ハワード共に、元の世界に帰る方法を模索しているのだとばかり思っていたが……
「宇宙にはハワードと、後、アイツが残ってる。
 元の世界に帰る方法は、ハワードやアイツがやってくれてるが……問題はウルカヌスだな」
 さすがに、モビルスーツで行動できるのが一人では、色々大変だろう。
だからこそ、ロッシェはオデルにも宇宙に戻って貰い、その辺りの捜索をはじめたいのだ。
「くどいな、私はしばらくはミネルバの客員だ。宇宙に戻るのは、一区切り付いてからだろう」
「オデル……お前にもしものことがあったら、アディンになんと言えば良いんだ」
 説得は無理だと知りながらも、ロッシェは論法を変えて攻めてみる。
「第一、お前はトリシアのためにも帰らねばならない男だ。その辺をもう少し考えたらどうだ」
 トリシアとは、オデルの妻である女性、トリシア・ファレルのことだ。
ロッシェが出会った頃は、二人はまだ婚約関係だったのだが、後に正式に結婚した。
彼女はMO-Ⅴのオペレーターで、気丈で聡明な人格を、ロッシェは高く評価している。
「重ねて言うが、お前に言われたくはない。お前にだって、アリサがいるだろう。
 彼女のためにも、一日も早く帰りたいと思っているはずだ」
「アリサのことは……言うな」
 ロッシェは気まずそうに口を噤んだ。図星だったからであるが、それ以外の引け目が、実はあった。
「まったく、人が心配していってやってるのに、貴様という奴は」

 この時、二人が会話している場所は、完全に人払いがされているはずだった。
 これは議長の配慮であり、二人は安心して会話を交わしていたのだが、
 実は会話をこっそりと立ち聞きしている人物がいた。
 それは、長いピンク色の髪をした少女で、少女はつい先ほどまで、ロッシェと行動を共にしていた。
 彼女は興味本位で、ロッシェとその友人の会話を聴いてしまったのだ。
 彼女の知り得ない、事実があるとも知らずに。
 少女は、少しだけ身体を震わせると、黙ってその場を立ち去った。

「ロッシェ、実はお前に渡すものがある」
「渡すもの?」
 そんなことは知らずに、ロッシェとオデルは話し込んでいた。
オデルは懐から記録ディスクのようなものを取り出すと、それをロッシェに渡した。
「これは? 何かのデータのようだが」
「あるモビルスーツの資料と、その強化パーツの設計データが入っている。
 それを、ハワードに渡して欲しい」
「どういうことだ?」
 オデルの話では、ミネルバにG-UNITとよく似た設計思想の兵器があり、その資料を読むうちに
様々な長所や短所、利点や欠点が見えてきて、ついには有効な強化パーツまで設計してしまったというのだ。
「まったく、ハワードといい、技術者というのは救わぬ性分だな」
 苦笑しながらも、ロッシェはそれを受け取った。

 夜が更け、深夜といっていい時間に差し掛かった頃、ホテルの外では小規模な事件が起きていた。
旧連合が人体実験をしていたとされる施設が見つかり、ファントムペインの武装集団がそこにいるというのだ。
「ロドニアか……そう遠くはない。すぐに部隊を出撃させろ」
 モラシムは基地の白兵戦部隊などを動員して、これをロドニアに向けて出発させた。
即断即決は彼の持ち味であり、夜襲を掛けてこれを落とそうというのだ。
 これによって基地の白兵要員が減ることになるが、致し方のないことだ。
モラシムは自分の考えに自信を持っていたが、実は彼は別の人間の思惑に、まんまと乗せられていたのだ。

「ディオキア基地から、軍用ヘリと装甲車の発進を確認……予想通り、結構な数が出たな」
 遠くから、双眼鏡でそれを確認していたスティングは、自分の思惑通りに事が運んだことにほくそ笑んでいた。
 そう、これは彼が考えた、陽動作戦だったのだ。
彼らがラクス・クラインの滞在するホテルへ潜入すると同時に、別方向で大規模な事件や事故を起こす。
それもザフトの注意や関心を引きやすい部類のものを。
 ロドニアのラボは、確かに旧連合が人体実験を行っていた施設の一つである。
スティングにとっても、アウルやステラにとっても因縁深い場所だ。施設はザフトによって制圧されるだろうが、
そこはもぬけの殻であり、彼らは資料こそ手に入れても、一人の武装兵も見つけられないだろう。
 本当は、施設に時限式の爆弾を仕掛けて混乱を誘いたかったのだが、急場ということもあって、用意が間に合わなかった。
それでも、ザフト軍をこうして誘き出したのだから、まあ、作戦としては合格ラインだろう。

「後は、何事の邪魔もなく、ラクス・クラインの身柄を確保できればだが……」
 スティングは後方に控える仲間たちに目をやった。中でも、アウルとステラに顔を向けるが、
どちらもふてぶてしいといった表情をしている。
実は、アウルがステラを連れ帰ってから、二人はずっとこのような調子だった。
話を訊いたところ、

アウルによればステラが得体の知れない男と話し込んでいたので救い出してきた、とのことだが、

ステラに言わせると、優しい人とお話をしていたら、アウルが無理矢理に手を引っ張り連れ帰られた、

というわけである。
 どちらも主観が入っているが、アウルの苛々しているといった態度から察するに、
ステラが同年代の少年と会話しているのを見て、嫉妬に駆られたのだろう。まったく、判りやすい奴だ。
 もっとも、その判りやすさが、ステラには伝わらないのだが……
「時間だ。行くぞ」
 ホテルの見取り図は、苦労した末に入手し、ほぼ全員が頭に叩き込んであり、
彼らが保持する小型端末に地図がインプットされている。
唯一の例外がステラで、彼女には作戦内容を教え込むだけで精一杯で、
見取り図までは憶えさせることが出来なかった。
しかし、ステラの暗殺能力、白兵戦能力を持ってすれば、大抵の事態は切り抜けることが出来るであろう。
スティングたちは、十数の集団に分かれると、一般客を装ってロビーから堂々と潜入したり、
警備の薄い部分から隠れて潜入をはじめた。

「うっ――!?」
 一人、警備の男がうめき声を上げた。ステラが、男の口を塞ぎ、喉元をナイフで切り裂いたのだ。
男はそれ以上の声を上げることもなく、静かに倒れ込んだ。
「雲行きが怪しい……雲が厚くなってきたな。急ごう」
 スティングの指示で、彼らの行動が開始された。
 ラクス・クライン誘拐作戦が始まったのである。
 
 この時、スティングがもう少し空に、そう、雲の向こうに気を向かせていれば、それに気付いたかも知れなかった。

 そこに居る、居てはならない存在に。

 オデルとの会話を終えたロッシェは、ミーアが待つスイートルームへと戻っていた。
 部屋にはいると、そこは僅かな照明だけ付けられており、薄暗かった。
「ミーア? もう寝たのか……?」
 長々と話し込んでいたし、ミーアはライブ疲れがある。もう寝ていても、不思議はなかった。
 だが、ミーアは寝ていなかった。寝間着にも着替えておらず、私服のまま、窓辺に立っていた。
ロッシェに気付き、ゆっくりと振り返る。
「お帰りなさい……」
「あぁ、ただいま」
 挨拶を交わして、ロッシェはミーアの口調に違和感を感じる。そこには、彼女が持つ明るさがなかった。
「お友達とは、会えたの?」
「勿論、久しぶりに色々と話すことが出来た。感謝している」
「そう……」
 やはり、何かが変だ。
 ロッシェは、この奇妙な違和感について問いただそうと、ミーアに喋りかけようとするが、
「ねぇ、ロッシェ」
「……なんだ?」
「話があるの」
「話?」
 真剣な彼女の口調に、ロッシェは若干、気圧されていた。

 何の話なのか、心のどこかで予想が付いたからであろうか。

「大事な話……そう、大事な話よ」
 ミーアは言いながら、ロッシェに向かって歩いてくる。
 ロッシェはその場に立ちつくし、動くことが出来ない。
「貴方の――」
 

 それは突然の攻撃だった。
 

 爆発音と共に、衝撃と振動が、ホテルを揺らした。

 ロッシェとミーアが地球に来て僅か二日、早くも迫り来る生命の危機に、晒されつつあった。