W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第35話(1)

Last-modified: 2007-11-11 (日) 13:11:30

 深夜のディオキア基地で、警報が鳴り響く。
 警戒レベルは第一級に指定され、警告灯がまぶしく光る。
「一体何が起こった!?」
 司令官室にて待機していたモラシムは、突然の事態に慌てて中央指令室に駆け込んできた。
指令室は既に慌ただしく、士官たちが動き回っていたが、通信士官の一人がモラシムの姿を見つけると、
この異常事態に声を上げて叫んだ。
「ラクス・クラインの滞在するホテルに緊急事態が起こりました!」
「緊急事態だと? 一体何が起こった」
 怒鳴るようにモラシムが問いただすと、士官は必死で呼吸を整えながら声を出した。
「爆発が起こりました。モビルスーツによる攻撃と思われます!」
 モラシムの顔から血の気が引いた。指令室の座席に座ろうとしていた腰が、再び浮き上がったぐらいだ。
 指令室のメインモニターがホテル周辺の映像に切り替わる。
ホテルは、轟々と赤い炎を立て、燃えているようにみえた。

「幸い攻撃は、ホテルの中庭に着弾したため、ホテル自体の損傷はそれほどではありませんが……」
「そんなことはどうでもいい! どこからだ、どこからの攻撃だ!?」
 よりにもよって、ディオキア基地の警戒網を突破され、議長とラクス・クラインの泊まるホテルを襲撃されたのだ。
「ホテル上空からと思われますが、詳細はまだ」
 歯切れの悪い士官の物言いに、苛立ちを隠せないモラシムは、大声を張り上げる。
「当直の警備主任はなにをしていた? 何故、こうなる前に止められなかった!」
 そこに、索敵士官からの報告が届いた。
「先ほどから、あらゆるレーダーやセンサーを使い、目標物の補足を行っていますが、失敗しています。
 どうやら、攻撃を行ったのは強いステルス機能を持つ機体だと思われます」
「ステルス機だと? 光学映像に切り替えろ、目標を捕らえるんだ」
 しかし、これも上手くいかなかった。
 この夜の天気は非常に悪く、流れは速いが、常に分厚い雲が空を覆っていたのだ。
「敵軍か、テロリストの襲撃だろう。すぐに部隊をホテルに急行させろ! 
 それと、ヘリを飛ばして、敵機の確認を……」
 命令を飛ばすモラシムに、副官が言いにくそうに口を開いてきた。
「それは難しいと思われます」
「何? どういうことだ」
「小型軍用機や、白兵戦部隊のほとんどは、先ほど司令官の命令でロドニアに向かわせました。
 呼び戻すにしても、最低1時間は……」
 士官はそれ以上言葉を続けられなかった。
 豪毅な人物としられるモラシムが、完全に硬直していた。

             第35話「歌姫の嘆き」

「一体、何が起こった……」
 床に倒れ込んでいたロッシェは、ゆっくりと立ちあがった。
 彼は爆発音に反応して、ミーアを抱えて倒れるように床に伏せていたのだ。
「ミーア、大丈夫か?」
「う、うん……」
 怯えたようにミーアが答える。無理もない、突然の爆発だった。
ロッシェは窓に目をやる。硝子は割れていない、ということは、この部屋に直接攻撃があったわけではないらしい。
「火煙の上り具合からすると、下か?」
 攻撃か、それとも何かの事故か。
 さすがのロッシェもこの時点では、モビルスーツによる攻撃だと気付いてはいなかった。

「何にしても情報だ……すぐSPに」
 言いかけて、ロッシェは気付いた。何故、SPが部屋に飛び込んでこない? 
ここではないにしろ、爆発が起こったのだ。
外に控えるSPが、中の様子や、ミーアの安否を知るために部屋に入ってくるのは当然だろう。
「誰か、誰かいないのか!」
 ロッシェは声を上げながら、部屋の扉まで歩いていき、勢いよく扉を開け放った。
 だが……

「これは、どういうことだ!?」

 部屋の外には、誰一人としてSPがいなかった。
 扉の前や、廊下、エレベータ前、そして階段など、二十人はいたはずのSPがどこにもいなかった。
「馬鹿な、奴ら、何処へ消えた?」
 分けが分からず、ロッシェはミーアの方を振り向いた。
驚きを隠せないといったロッシェだったのだが、ミーアは、至って平然とした。
どこか、諦めを滲ませたような表情を、その顔に浮かび上がらせながら。

「SPは、みんな違う場所へいったのよ。爆発が起こったんだもん、当然よね」
「違う場所? 何を言ってるんだ、彼らは君のSPだろう。
 護衛対象の君を放り出して、一体どこに行くというんだ」
「そう、『昨日までは』あたしのSPだった……」
 何かを悟ったような、そんな不可解な雰囲気を醸し出すミーアに、ますます ロッシェは混乱してしまう。
しかし、今はそれを考えてる暇はない。
「とりあえず、ここを出よう。君を狙ったテロの可能性もある」
 幸い、ミーアは動きやすい私服を着ているので着替える必要がない。
ロッシェは、彼が使用していた隣室に入り、備え付けの机から、拳銃を取り出した。
これが、彼とミーアを守る、唯一の武器だった。
「グフまで辿り着ければ良いが」
 ロッシェが騎乗するグフは、ホテル近くの林の中にある。
 本当はホテルのすぐ側に置きたかったのだが、景観を損ねるだのと色々な理由で却下されたのだ。
「さあ、行くぞミーア」
 ロッシェの声に、ミーアは黙って頷いた。彼女は、無言でロッシェの後に付いていった。

 一体、何が起こったのか?

 この夜、この疑問を抱えた人々は非常に多かった。
しかし、その中でも、スティングたちテロリストが受けた衝撃と動揺は大きかった。
「くそっ、誰が爆弾なんて使いやがった!」
 スティングは、チームの誰かが爆発物を使ったのだと思い込んでいた。
だが、別行動を取っているアウルからの連絡で、攻撃は中空から行われたという事実を知った。
「つまり、俺達以外のテロリストが空にいるって事か!?」
『そうみたいだねぇ……どうする? 俺達、さっさと逃げ出したほうがいいんじゃないの?』
「そんなこと出来るか! 任務も果たせず帰ったとあったら、俺達はともかくネオがやばい」
 成功したのならともかく、失敗して成果も為しに帰ったと合っては、ネオの立場がない。
スティングはそれを誰よりも理解しているからこそ、この状況に焦りを憶えつつあった。
『でも、空にいる奴はこのホテルをメチャクチャに壊すつもりなんだろ? やばいじゃん』
「いや、そうとも限らない。空のいる奴が、このホテルを破壊するつもりなら、
 さっきの一発で終わってるはずだ。これにはなにかある」
 スティングの洞察は正しかった。空にいるもう一人のテロリスト、戦闘機か、モビルスーツかは不明だが、
 ホテルの破壊が目的ならば、既に仕事は済んでいるはずだ。
 いくら分厚い雲に空が覆われているといっても、この距離で狙いを外すだなんてあり得ない。
「俺達は、俺達の仕事をする。予定通りに行動しろ」
 逆に言えば、ラクス・クラインを護衛する者たちの間でも、混乱が生じているはずだ。
そこを狙って一気に突破できれば……
 考えるスティングに、別の連絡が入った。
最短距離でラクス・クラインが寝泊まりする部屋に向かっていた部隊が、
SPの集団と出会して銃撃戦を開始したというのだ。

「敵に先手を打たれたか?」
 テロであることを見越して、積極的な攻勢に出たのか? 
スティングは、そう考えるも、どこか不自然なことに気付いた。
連絡では、そのSPの集団と一緒にラクスはいないという
 SPの任務というのは、あくまで対象の護衛であり、敵を殲滅させることではない。
何故、わざわざ護衛対象から離れてまで、迎撃を行う必要がある?
 幾つもの疑問が頭の中を飛び交い、スティングが混乱しかけていたとき、突如としてホテルの照明が、全て消えた。
「ステラがやったか!」
 別行動を取っているステラたちのグループが、配電室を占拠無いし、破壊したのだろう。
予備電源が作動しないところを見ると、ご丁寧に全て無力化したらしい。
「いくぞ、絶対にラクス・クラインを確保するんだ!」
 スティングの号令と共に、暗闇に包まれたホテルの中を、テロリストたちが駆けだした。

 さて、この時このホテル外には、スティングたちにとってイレギュラーの存在が出現していた。
が、実はこのホテル中にも、スティングたちの知り得ない人物たちが、いたのだ。
 
 ミネルバクルーである。

「なんだよ、一体……」
 闇夜の中を一人、シン・アスカが移動していた。
 彼もまた、この異常事態に戸惑いを隠せない一人だった。
「いきなり、爆発が起こったと思ったら、今度は電機まで消えやがった……
 まさか、テロじゃないだろうな?」
 配電室辺りで爆発でも起こったのかと思っていたが、どうやら爆発自体は外で起こったらしい。
シンは、自分の考えに嫌な寒気を憶えながら、慎重にホテルの廊下を歩いている。
 シンは武器を携帯していない。格好こそザフトの赤服、つまりは軍服を着ているが、
これは議長との会食の際に礼服として使用しただけであり、ましてそのような場所に銃器を持ち込むわけがない。
 さらに、突然ホテルに泊まるようにいわれたこともあってか、日用品のほとんどはミネルバにあるのだ。
「レイやルナマリアは、大丈夫かな」
 二人ともこのホテルに泊まっているが、部屋は全く違う場所にあった。
普段から顔をつきあわせているのだし、こんな時ぐらい部屋も離れたほうが良いだろうという配慮らしいが、
シンは単純に部屋が余っていなかったのではないかと疑っている。
 どちらにしろ、今は二人と合流がしたかった。
 一方で、シンはアスランや議長のことは一切考えていなかった。
アスランはともかくとしても、議長には専用の護衛が幾人も付いてることだろう。
 シンは暗闇に目を凝らしながら、ひたすらホテルの廊下を歩いていた。

 そんなシンが合流を果たそうとしていた面々、レイとルナマリアはいち早く合流を果たしていた。
元々、二人の部屋は階にして一つ分の距離しかなく、容易に合流が出来たのだ。
 だが、合流できたのは良いものの、二人の意見は真っ向から割れていた。
「急いで議長の下へ駆けつけるべきだ。賊は、議長を狙っているに違いない!」
 焦りと動揺に慌てふためく、そんなレイの姿を見るのは意外だったが、そのおかげでルナマリアは
自分が幾分か冷静になっていることを感じながら、意見する。
「今はシンと合流を果たすべきよ。シンのいる部屋と、議長のいる部屋じゃ、シンの方が断然近いわ」
 近いといっても、どちらも遠いなかで、シンの方が距離的に近いという意味に過ぎないのだが、
レイは議長を優先するという意見を譲らない。
「議長に何かあれば、プラントはお終いだ! シンは白兵戦技も優秀な奴だし、自分で何とか出来るだろう」
「落ち着きなさいよ。いい? このホテルで、テロの対象になりそうなのは、
 確かに議長だけど、もう一人いるじゃない」

 そう、ラクス・クラインのことである。
ルナマリアは、ここにいること自体秘匿されている議長と、大っぴらにライブなどをも要していたラクスでは
知名度が違うと思っている。
「敵が狙うならまずラクスのはずよ。第一、銃も持ってないアタシたちが、
 テロリストがいるかもしれないホテルを動き回るのは危険すぎるわ」

 意見自体は正論そのものだったので、レイとしては言い返すことが出来ない。
むしろ、冷静さを欠いている自分に恥じ入るところだった。
 本来レイは、デュランダルに近い部屋になることを望んでいたのだが、あてがわれた部屋はもっとも遠い位置にあった。
アスラン・ザラが泊まることになった部屋は議長のいる部屋とそれなりに近かったのだが、
まさか私情を理由に上官へ部屋を変えてくれと言えるわけもなかった。
 そんなわけで、レイは現在、彼が身を案ずる相手、デュランダル議長ともっとも離れいた位置にいるのだった。

 
 そんなデュランダル議長であるが、彼がこの事態を前に動揺していなかったといえば、嘘になるだろう。
 
 だが、仮にも彼は一国の代表であり、もっといえば人類社会にある二大勢力のトップに君臨する男だ。
このような事態、つまりテロの被害に遭うことも、十分に想定は出来ていた。
「すぐにSPたちを結集しろ。そして、情報も集めろ!」
 就寝していたデュランダルは、爆発音に飛び起きると、素早く寝間着から着替え、指示を飛ばした。
すると、丁度その瞬間にホテルの明かりが全て消えてしまった。
「議長、ここは危険です。非常通路を通って、ディオキア基地へ避難しましょう」
 懐中電灯の明かりを付けたSPの一人が、デュランダルにそう進言した。
もし、敵の狙いがデュランダルの誘拐や暗殺ならば、この場所に留まり続けるのは危険だというのだ。
「よし、判った。すぐにここを離れよう」 
 この時、デュランダルの身辺を守るSPの数は十人に満たなかった。
お忍びということもあって、あまり大々的な警護をしなかったのが理由だが、
既に『別の場所』にいるSPを呼びつけてあるし、すぐに警護は万全の物になる、そう思われた。

 思われて、いたのだが……

「ぐぁっ!?」
 懐中電灯の明かりだけが頼りの暗闇の中で、SPの一人がうめき声を上げた。
その一瞬前には、僅かな発砲音がした。つまり、撃たれたのだ。
「議長をお守りしろ!」
 SPたちは次々に銃を抜き放ち、暗闇の先にいる敵と激しい銃撃戦を開始した。
離れていてくださいとの声に押されるように、デュランダルは単身、距離を置いてしまう。
 
 そして、気付いたときには、デュランダルを守るはずのSPは、誰一人として立っていなかった。
「馬鹿な……」
 さすがに、デュランダルは身震いしていた。
SPもいない、そんな中、暗闇のホテルに一人でいる、
しかも前方からはテロリストであろう足音が迫っているのだ。
 デュランダルは懐から拳銃を取り出した。護身用であり、もっといえば、それ以上の物ではない。
彼自身、銃の扱いは下手ではなかったが、それでもプロには遠く及ばない。
 迫り来る足音に、デュランダルが発砲しようと覚悟を決めたとき、

「うぉっ――!?」

前方で、人影が無数、動いている。
銃声や、それとは別の鈍い音が鳴り響き、どうやら格闘戦が行われているらしい。 
 デュランダルは震える手で拳銃を構えているが、やがてその音が消えたとき、
前方から聞き覚えのある声が響いてきた。
「議長、ご無事ですか!?」
「アスランか? ここだ、ここにいる!」
 何と、あのアスラン・ザラが、議長の窮地に駆けつけてきたのだ。

 彼は、爆発音と、それに続いて照明が消えたことに、テロの可能性を思い起こし、すぐさま議長の下へ走った。
そして、間一髪、議長を狙うテロリストを打ち倒したのだ。
「ご無事で何よりです、議長」
「間一髪だったがね……他のSPはどうだ?」
 尋ねるデュランダルに、アスランは小さく首を振った。激しい銃撃戦だったのか、
誰一人生きているものはいないらしい。
「このライフルは、テロリストを打ち倒して奪ったものです。
 少なくとも、50人から100人の武装したテロリストが、このホテルに侵入したと思われます」
「無事に脱出できるだろうか?」
「どこかに潜んで、基地からの救援を待つという手もありますが、敵の数からいってそれは難しいでしょう。
 大丈夫です、自分が必ず議長を安全な場所へと退避させます」
 力強く言ってのけるアスランを、デュランダルは頼もしげに見つめていた。

何故だか、今のアスランには全幅の信頼が寄せられる、そんな気がした。

 
 その頃、ディオキア基地ではやっと事態の把握が出来つつあった。
「つまり、空中にモビルスーツがいて、まずはそいつが爆撃を行った。
 その次に、ホテル内に侵入したテロリストが、ホテルの照明を落とした、ということだな?」
 確認するように、モラシムは幕僚たちを見回した。冷静さは取り戻しつつあったが、
状況がきついことに変わりはない。
「どういうつもりだろうか。ホテルを破壊するなら、最初の攻撃で終わっているはずだ。敵の狙いは何だ?」
 それはスティングが疑問に思ったことと全く同じ事であったが、モラシムの参謀を務める士官がこう発言した。
「恐らく、モビルスーツによる攻撃は我々への牽制でしょう」
「というと?」
「つまり敵の狙いはデュランダル議長か、ラクス・クラインの拉致にあり、
 仮にそれが失敗したときの保険として、ホテルを破壊ないし爆破する手段として、
 モビルスーツを用意したのではないかと。
 さらに、我々が行動を起こした場合、モビルスーツを使ってホテルへ攻撃することも出来ると、
 一種の警告のような物でしょう」
 まさか、空にいるモビルスーツと、ホテル内部にいるテロリストに関係性が 全くないという事実に
気づけるわけもなく、ディオキア基地首脳部は対応に苦心していた。
「司令官閣下、ホテル上空に異変が!」
 メインスクリーンに映るホテルの映像、見れば、その上空の雲に乱れが生じ、
ゆっくりとであるがモビルスーツが降り立ってくる。

「姿をさらすのか? 一体、何のために」
 モラシムが不可解そうに呟く。分厚い雲の中にいてこそ、その存在を隠せるというものなのに、
何故敵モビルスーツはわざわざ地上へと降りてくるのか。
「恐らく、姿をさらした方が、より強力な牽制になると思ったのでしょう」
 参謀がそう推測するが、指令室にはすぐに別のどよめきが起こった。
降り立った機体が、拡大映像で表示されたのである。
「ディン……だと」
 そこに映っていたのは、紛れもないザフト製モビルスーツ、ディンだった。
 ボディカラーなど、細部に違いはあるが見まごうわけがない。
「すぐに機体情報を照合しろ!」
 命令が飛び交う中、モラシムの副官が報告を入れてきた。
基地の防衛システムで、モビルスーツへの攻撃が可能だというのだ。
「敵が姿を見せたのは好機というもの、閣下、ご決断を」
 副官は熱っぽく攻撃を主張するが、モラシムはそれをはね除ける。
「仮に攻撃が失敗すれば、ホテルに被害が及ぶことになる。それだけは何としても避けねばならん」
「ですが、モビルスーツを排除できれば、基地に残っている部隊をホテルに送り込むことが出来ます。
 基地から攻撃がダメだというのなら、せめてこちらからもモビルスーツを使っては……」
「議長が泊まるホテルの前でモビルスーツ戦など出来るものか!」
 手詰まりとは正にこういう事をいうのだろう。だが、副官のいうことも一理あるのは事実だ。
 要するにネックはモビルスーツの存在であり、あれさえ排除できればホテル内に侵入したテロリストなど、
すぐに駆逐できる。だが、あのモビルスーツがいる限り、それが出来ないのだ。
 悩むモラシムの下へ、ミネルバから緊急回線が繋がれてきた。
『司令官、ハイネです!』
「おぉ、ハイネ・ヴェステンフルスか」
 
 モラシムは、手短に事態を説明しようとしたが、既にミネルバの方でも
ある程度の事情と事態は把握しているようだった。
『俺がセイバーで出撃して、敵をホテルから引き離します』
「出来るのか、そんなことが?」
『やらないとホテルにいる連中の命が危ないんだ。やるしかないでしょ』
 あそこには俺の仲間と、友がいる。

 ハイネの進言を、モラシムは取り入れ、出撃を許可した。
特務隊であるハイネの技量に信頼を寄せていたからであるが、
他に状況を打開する方法もないと感じたからであった。

 素早く出撃の準備に取りかかったハイネは、同じく異常事態に部屋から飛び出してきた
オデル・バーネットに協力を要請していた。
「アイツをホテルから引き離すには、前後左右、どこでもいいから双方向で攻撃を仕掛ける必要がある。
 お前のジェミナスで、俺を支援して欲しい」
 だが、オデルは彼には珍しく焦ったような口調で答えた。
「そうしたいのは山々だが、今ジェミナスはフライトユニットの整備をしている。
 だから、出撃は出来ても空が飛べない」

 オデルは休暇を利用して、ジェミナスの大掛かりな整備をしていたのだ。
 中でも、酷使してたリーオーの高機動ユニットは一度ばらして整備していた。
「再装着して出撃するまで、四十分は掛かる」
「三十分に短縮してくれ、俺が何とか引き延ばす」
 まずハイネが出撃し、敵の正面を引きつけ、次に出撃したオデルが別方向から回り込んで敵を押さえ込む。
 現状ではこれが最もベストな作戦だった。
 ハイネはセイバーのコクピットに乗り込むと、すぐさまハッチを開けさせた。
「ハイネ・ヴェステンフルス、セイバー発進する!」