W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第39話(3)

Last-modified: 2007-12-01 (土) 12:18:57

 やがて、ファントムペインの艦隊が現れ、戦闘が開始された。ファントムペイン艦隊は、凸型陣を取る敵に対し密集隊系を取り、こちらも攻撃的な突撃を行ってきた。まともに正面からぶつかってはザフト艦隊の戦端が折れてしまう。この力ずくといえる攻撃に中央を指揮するモラシムは驚いたものの、敢えて正面からぶつかり合うことを選んだ。今更陣形を変える余裕はなかったし、後退しても敵の勢いは止まらない。
「モビルスーツ隊各機発進、敵モビルスーツを駆逐しつつ、一席でも多くの艦艇を沈めろ!」
 艦隊戦における不利をモビルスーツでカバーすることが出来るのが、この世界の素晴らしいところだろう。戦艦等、所謂大艦巨砲主義がなかったA.C世界の住人であるオデルなどには、軍艦船が発達しているこのC.E世界に違和感を憶えないでもなかったが、それはまた別の話だ。
 各艦隊から発進されたモビルスーツが、敵艦から発進されたモビルスーツと激突する。数においてはザフト軍の方がやや劣るが、勢いではまだ負けていなかった。
「ここで負けると、マジで後がなさそうだな!」
 特にミネルバから発進したモビルスーツ部隊の活躍はめざましいものがあった。ザフトのエースである彼らを倒そうと、幾重にもビームとミサイルが襲いかかるのだが、その程度の攻撃は通用しないと言わんばかりに、次々と敵を倒していった。
「なんて数だ……」
 三機目の敵を撃墜したシンは、モニターに移る敵機の数に戦慄を憶えた。数十機どころではない、百機以上は確実にいる。それに引き替えザフト軍は空戦部隊の数がそれほど多く無く、未だ旧式のディンが主力なのだ。
「でも、だからって!」
 シンはインパルスのビームサーベルを抜き放つと、近くにいたウィンダムの一機を斬り倒した。一機でも多くの敵を、倒す必要があった。
 だが、そんなシンの姿を発見したのか、一機のモビルスーツが急速に接近し、攻撃を仕掛けてきた。
「こいつは……カーペンタリアにいた奴か」
 ビームライフルによる攻撃をシールドで防御したシンは、攻撃してきた機体が、かつて戦ったことのある機体であることを知った。
 ストライクノワール。ファントムペインのエースパイロット、スウェン・カルバヤンが乗る機体だった。
「トリコロール機がここにいるということは、近くにミネルバが居るのか?」
 スウェンは、ホアキン隊のモビルスーツの指揮を任されていたが、二機以上の編成での各個撃破を命じると、以後は単機で敵機に格闘戦を挑み、既に五機のディンを海面へと叩き込んでいる。
「まあいい、今はこいつを倒すだけだ」
 二刀の対艦刀を構えると、スウェンはインパルスへと襲いかかった。インパルスはギリギリのタイミングでこれを避けると、バルカン砲を斉射しながら距離を取った。シンはまともにぶつかって、ストライクノワールに勝てるとは思っていないのだ。
「悔しいけど、攻撃力ではアイツの方が上だ」
 フォースシルエットには、ソードやブラストにはある強力な一撃がない。シンはそれが判っているからこそ、ストライクノワールとの真っ向勝負を避けているのだ。距離を取り、ビームライフルによる射撃戦。派手さもなく、単調ではあるがこれしかない。
「けど、そんなことは敵だって判ってる」
 シンが言うように、スウェンはインパルスに対し射撃戦を行うつもりなど毛頭無かった。隙あらば距離を詰め、対艦刀による斬撃を浴びせるつもりだった。しかし、前回の戦闘で一度剣を交えているだけあって、なかなか勝負は付きそうになかった。
 こうした一騎打ちが十分ほど続いたときスウェンが仕掛けた。二機の真上で戦っていたディンとウィンダムがミサイル攻撃の応酬の末、どちらも爆散し、その破片が二機の間に降ってきたのだ。遮られる視界にシンは顔を歪ませたが、スウェンは違った。破片などものともせず、一機突っ込んできたのだ。横薙ぎに振るわれるストライクノワールの対艦刀。これが命中すれば、シンはコアスプレンダーごと斬り裂かれていただろう。
「そうはいくか!」
 瞬間、インパルスの胴体が上下に割れた。ストライクノワールの攻撃のためではない、シンがドッキングを解除したのだ。
「なにっ!」
 空振りに終わった攻撃の反動と、意外な防御法にスウェンは彼には珍しく驚愕していた。そして、その間にシンは再ドッキングを果たし、スウェンの後方を襲った。
「これでぇっ!」
 迫り来るシンに対し、スウェンは咄嗟にアンカーランチャーを全弾発射した。
「同じ手は食わない!」
 二刀のビームサーベルでアンカーランチャーを薙ぎ払うシンだったが、スウェンが体勢を立て直すにはそれで十分だった。スウェンはビームライフルを速射し、シールドを持たないインパルスに有効な打撃を与えた。
「チッ!」
 慌ててシールドを展開して防御に移るシンだったが、かなりのダメージを喰らったのは事実だ。
「なら……こういうのはどうだ!」
 レイやオデルが見れば、それは無茶な行動であったろう。ハイネやアスランが見れば、自棄になるなと諫めたかも知れない。シンは何と傷ついたボディを見限りドッキングを完全に解除すると、分離した機体の一部をストライクノワールに叩き付けたのだ。
「馬鹿な、こんな」
 こんな戦い方があるのか!?
 フォースシルエットの加速と共に突っ込んでくる機体に対し、スウェンは175mmグレネードランチャーを撃ち込むが、期待するほどの効果は得られない。このままでは、当たる。
「いっけぇ!」
 ストライクノワールに機体が直撃した瞬間、シンはコアスプレンダーの全武装を機体に向けて発射した。後方から撃ち込まれた一撃に、機体は爆音と共に爆発した。まともにその衝撃を受けたストライクノワールは、体勢を崩し、海面へと激突していった。VPS装甲のため、今の一撃でやられたわけではないが、少なくともこの場はシンの勝ちだった。
「ミネルバ、チェストフライヤー、フォースシルエットの射出準備を! 一時帰投する」

 

 海中戦において、やはりザフトは苦戦をしていた。空戦でも苦戦し、海戦でも苦戦していては勝てるわけがない。誰でも判りそうな事実だが、判ったところでどうすることもできない。
「……アッシュの準備をしろ」
 海中戦闘における戦況を見ていたモラシムが、低く、だがハッキリとした口調で副官に言った。
「ハッ? どういう意味で」
「俺が直接行って、モビルスーツ隊の指揮を執る」
 モラシムは指揮座から立ちあがった。
「何を馬鹿な、艦隊指揮はどうするのですか!」
「それは副司令官に一時的に指揮権を委譲する。このままだとモビルスーツ隊は無様に壊滅してしまう」
 実はモラシムは、モビルスーツ戦闘に置いても勇名を轟かす武人であり、かつて自らの部隊を率いていた頃は自らモビルスーツで出撃し、何機もの敵機を海中の底に沈めてきた。
「我々は、負けるわけにはいかんのだ」
 止める副官を無視し、モラシムはアッシュを狩り、自ら出撃した。彼とその周囲を援護する直属部隊は海中を突き進み、苦戦を強いられていた敵の主力部隊に攻撃を加えた。
 言うだけあって、モラシムは優れたモビルスーツパイロットだった。次々に敵機を葬り、味方を鼓舞し、体勢を立て直した。
「司令官が来てくれたぞ!」
 モラシムの強さを知らないものはザフト軍には一人もない。彼が自ら出撃し、またたくまに敵を撃ち倒した事実は、海中で戦うザフト軍のモビルスーツパイロットたちの士気を高め、ファントムペインに対し反撃を開始される好機となった。
 だが、ファントムペインもやられてばかりではない。海中における戦いの形勢が逆転しつつあることを知ったファントムペインのネオ・ロアノーク大佐が、直属のアウル・ニーダのアビスを中心とした部隊を差し向けたのだ。
「こいつかよ、頑張っちゃってるのは!」
 アウルはアビスのアーマーモードから高速誘導魚雷と連装砲を撃ちはなってモラシムの直属部隊に打撃を与えると、モビルスーツ形態に変形、ビームランスを片手に突っ込んできた。
「くたばりやがれ!」
 ビームランスといっても水中であるのでビームの刃は発生しないが、代わりに水中専用の実体剣が付いている。モビルスーツの装甲であっても、十分に貫けるはずだった。
「青二才がぁっ!」
 この一撃に対し、モラシムはアッシュのビームクローで受け止め、弾き返した。さらにミサイルランチャーを発射し、アビスの動きと視界を封じた。
「こいつ、強い」
 今までとは違う敵に、アウルは少なからずの動揺を憶える。そして、不意に機体が揺れた。何かの衝撃がアビスを襲ったのだ。
「フォノンメーザー砲!? でも、レーザー角が」
 フォノンメーザー砲とは、ザフト軍が開発した水中でも使用可能な音波兵器である。ビームと違い、フォノンメーザー自体は見ることが出来ないので、同軸発射されたレーザー角で発射角を確認するのだが……
「同時にそれは相手に攻撃角を伝えることになるのでな」
 恐るべき事に、モラシムは経験と勘を頼りにレーザー角無しでフォノンメーザー砲を発射し、見事アビスに命中させて見せたのだ。見えない攻撃によって襲われる恐怖を、アウルは実感することとなった。
「なんだよ……なんなんだよこいつは!」
 連装砲を連射し、距離を取るアビス。そこに他のファントムペインの機体や、モラシムを援護するために現れたザフト軍の機体が入り交じり、混戦となった。モラシムは確実に敵を討ち減らしていったが、しかし、それは眼前の敵をただひたすら倒すだけのもで、戦場全てを見渡しているわけではない、モビルスーツパイロッとしての戦い方だった。
 やがて、緊急通信がモラシムの機体のコクピットにはいる。副司令官の乗る艦が撃沈し、指揮系統に乱れが生じた。すぐに帰還して欲しいとの内容だった。モラシムはこの事態に驚き、慌てて旗艦へと戻ろうとしたが、そこに数機のフォビドゥンブルーが襲いかかった。モラシムは巧みに戦いを振り切ろうとしたが、一機が投げはなったトライデントが、アッシュの機体を貫いた。瞬間、次々に投げられるトライデントがアッシュに突き刺さり、爆散した。
 マルコ・モラシムは、モビルスーツ戦闘に置いて、戦死した。

 

「これまでか……」
 戦局を見つめていたウィラードは、自分たちが完全に負けたことを悟っていた。今や中央であったはずのモラシム艦隊は陣形を崩し、総崩れとなっている。ウィラードは、全軍に撤退を指示した。この時点ではモラシム戦死の報は入っていなかったが、そんなことに構ってはいられない。
 次々に艦隊と、そしてモビルスーツが反転行動を起こし、離脱を図った。当然ファントムペインはそれを阻止すべく追撃に入るが、一部の艦隊がそれを阻んだ。
「ミネルバが殿を務めている?」
 ウィラードは皆が逃げるこの状況で、ミネルバとその周囲にある数隻が今だ敵に対し攻撃を行い、味方の脱出を援護しているという報告を受けた。
「女性に助けられるとは、ワシも随分耄碌したものだ……だがここは女神のご厚意に甘えるとしようか」
 ミネルバが戦場に残った理由は、複数合った。まず、アーサーやハイネを初めとした幕僚がタリアに味方の撤退を支援することを進言したこと。さらに、戦場に最後まで残り味方を助けることが如何に名誉で誉れ高いことであるかを、タリアが理解していたこと。そして、ミネルバの性能を持ってすれば敵に対して強行突破を図ることで離脱することも可能であること、などであった。
「砲火を集中して敵の前進を阻め!」
 モビルスーツ隊と共にミネルバは勇戦した。向かい来る敵の前進を食い止め、味方が逃げ切れる時間を作るのに尽力した。だが、やがては両脇にあって共に戦っていたオズゴロフ級が撃沈するなど、状況は悪くなっていった。
「艦長、そろそろ限界です」
「判ってるわ……タンホイザー起動! 敵陣の薄い部分に全ての火砲を叩き付けて、突破とする!」
 敵陣を突破し、正面に抜ける。ミネルバの速度を持ってすれば、そのまま離脱し、ディオキア基地へと逃げ切ることも可能なはずだ。ミネルバがまさか、単身別の基地に逃げるなどとは敵も思っていないだろうから、これは敵の盲点を突いた作戦のはずだった。
 しかし、それを読んでいるものが、敵にはいた。
「逃がしはしないぜ、ミネルバ!」
 タンホイザーの射線軸に、一機のモビルアーマーが浮遊していた。艦艇に紛れたそれはミネルバの砲手やオペレーターの確認するところであったが、敵機の一つ程度にしか考えていなかった。
 やがて、ミネルバの艦首から、突破口を開くべく陽電子破砕砲タンホイザーが発射された。敵艦隊の薄い部分を狙ったそれは、ミネルバが逃げ出す隙を作る程度には十分だった。
「これはっ!」
 最初の気付いたのはメイリン・ホークだった。オペレーターである彼女は、タンホイザーの射線軸を突き進むように接近する大型機の存在に気付き、声を上げた。
「艦長、不明の大型機が……」
 だが、報告するよりも早く、タンホイザーと大型機が衝突した。
 そして……
「タンホイザーを、弾き返した!?」
 それは初めての経験ではなかった。なかったが、それでもミネルバのクルーに与えた衝撃は大きかった。タンホイザーを防ぐ機体が、しかも全くの別種が、ガルナハン以外の場所で、ミネルバの前に立ちはだかったのだ。
「ユークリッド、なるほど、ザムザザーよりも安定性があるな」
 コクピットにて、陽電子砲を初めて弾き返した感覚に震えながらネオは独白した。彼はこの最終局面において、自らモビルアーマーも乗り込み出撃してきたのだ。
「陽電子砲を弾き返して傷一つ無いとは、さすがだ」
 ユークリッドはザムザザー、ゲルスゲーといったモビルアーマーの一定の成功を受けたファントムペインが新たに作成した機体である。前出の二機との違いは格闘能力の有無で、ユークリッドは砲戦のみを考えられた武装を施されている。これはモビルアーマーがモビルスーツよりも戦艦などに対して有効な兵器であることが判ったためであり、敢えてモビルスーツと戦うための装備は外されたのだ。さらに武装数も絞り込み、強力な高エネルギービーム砲とガトリング砲のみだ。
「さぁ、これで退路は断たれたが……どうする?」

 

 ミネルバのブリッジは半狂乱に近かった。退路を断たれたという事実は、それほどまでに大きかった。
「慌てるな! あの大型機を落とせば、こちらの攻撃は通る。モビルスーツ隊を結集して、敵に叩き付けるのよ」
 タリアの指示は、この難局に来て正確極まるものだった。彼女は防戦の指揮をする一方で、モビルスーツ隊の指示をだし、敵大型機の撃墜を命じた。パイロットたちにしても、そうしなければ生き残れないことが判っており、すぐさまネオの乗るユークリッドに迫ったが、それを遮るようにスウェンやスティングを初めとしたファントムペインのエース機が迎え撃った。
「くそっ、そこをどけ!」
 シンはビームサーベルを振り回し、スウェンのストライクノワールに立ち向かうが、極度の疲労でその攻撃には多少のムラがあった。それに引き替えスウェンはまだまだ余裕で、しかも先ほどの雪辱をはらすために静かに燃えていた。アスランはスティングの乗るカオスと激闘を繰り広げ、ハイネはシャムスのヴェルデバスターの長距離砲に苦戦していた。ルナマリアはミューディーの乗るブルデュエル相手に戦っていたが、さすがに相手が悪いようだ。
 唯一、レイ・ザ・バレルが激戦の隙間を縫ってユークリッドへと迫った。
「ザクが突っ込んでくる? あの機体は……」
 ネオは額に何かを感じた。この感じ、覚えがある。以前、宇宙でミネルバ相手に逃亡劇を繰り返していたとき、感じたものだ。
 だがネオは、もっと以前からこの感覚を知り、憶えていた。
「あの時はまさかと思っていたが、パイロットは」
 それはあり得ないことではない。ネオ自身、『奴』が死んだ瞬間を見たわけではないのだ。自分が、そう、自分がそうだったように、『奴』が死なずに生きていたとしても何ら不思議はないはずだ。
「……確かめてみる必要があるな」
 ネオは機体を動かし、迫り来る白いザクへと一騎打ちを挑んだ。
「来たな!」
 レイは当然、そんな事情を知るわけがなく、大型機が自分を迎撃するために向かってきたと思っていた。スラスターで大推力は得ているようだが、運動性がそれほど高いとは思えない。近距離からビーム突撃銃を撃ち込めば、ザクでも十分倒せるはずだ。
 ユーグリッドから放たれるビームを、レイは左右に機体を動かしながら避けていく。どうやらユーグリッドは直線的な攻撃しかできないらしい。
「なら、勝機は十分にある」
 ザクとユーグリッドが正面から交差し、僅かに接触する。レイは接近戦用のトマホークを繰り出すことも考えたが、時間的余裕がなかった。ここは素早く旋回をして……
『その白いザクのパイロット、お前に聴きたいことがある!』
 通信が入ってきた。戦場における接触通信、これはあの大型機から発信されるものだ。
(通信を送ってこちらを混乱させる戦法か?)
 例えば、意味不明な通信を送り、パイロットを混乱させてその隙を撃つ、と言う方法があるが、それほど効果的ではない。第一、今相手のパイロットは意味不明であるが気になることを言った。
「何のつもりだ、貴様!」
 レイは返答代わりのビームをお見舞いするが、瞬時に発生したリフレクターがそれを弾く。
『その声……似ているな。奴に』
 奴? 奴とは一体。
『君は、君は一体何者だ?』
 不意にレイの額に妙な感覚が走った。レイもまた、この感覚に覚えがある。以前宇宙で、ファントムペインのモビルアーマーと交戦したときに、この感覚知った。だが、レイは、それ以前にもこんな話を訊いたことがある。それはまだ、彼の保護者だった男が生きていた頃の話。

 

――レイ、俺は戦場でどうしても殺したい相手が二人いる。
 それは誰、と幼いレイは尋ねる。
――一人は判らない。名前すらまだ判らない。でも、もう一人は知ってる。子供の頃会ったことがあるんだ。
 そいつは、今どこに?
――判らない。でも、感じるのさ。奴が近くにいると、額の辺りがな……レイ、いつか君にもわかる日が来るかも知れない。だが、その時は、きっと私は死んでいるかも知れないな。何故なら、君がそいつに会うと言うことは

 

「お前は、誰だ」
 今度は、レイが聞き返した。その声は震えていた。声だけじゃない、操縦桿を握る手も、シートに預ける身体も、全体が震えていた。あり得ない。確かに死んだはずだ。彼が死ぬ少し前、確かにあの男は死んだはずだ。彼が殺したかった男、彼の人生を狂わせた男は。
『先に尋ねたのは私だよ。白い坊主くん』
 レイはグッと唇を噛んだ。どう答えるべきか、普通に名乗るか、それとも偽名でも言うか、いや……
「俺は、俺はラウ・ル・クルーゼだ!」
 一瞬、驚きを隠せいないと言った緊迫した雰囲気が、通信機越しに伝わった。
「お前は、ムウ・ラ・フラガ、エンデミュオンの鷹か!?」
 レイは言うと同時に多量のミサイルをユークリッドに叩き込んだ。
『……違う、私はネオ・ロアノークだ。ムウではない。』
「では何故、あのようなことを訊いた!」
『君は、クルーゼじゃないな。奴は、そんな口調じゃなかった』
 声の情報など当てになるものかとネオは思っていなかったが、相手がクルーゼじゃないという事実は確かめられた。
「いや、俺はクルーゼだ。そして、お前がムウ・ラ・フラガだというのなら、俺はお前を、殺す!」
 彼は、もう居ない。彼のいない世界に、生きていてはいけない奴がいるとすれば、それは二人、ムウ・ラ・フラガとキラ・ヤマトの二人だ。だが、前者は戦場で死に、後者は戦場の後遺症で廃人になったと聞く。廃人をいたぶる趣味は、さすがのレイにもなかった。
『君とは、長い付き合いになりそうだな』
 ネオの声は今のレイにとっては耳障りで不快なものだった。
「すぐに、すぐに終わる!」
 レイはトマホークを引き抜くと、正面からユークリッドとぶつかった。機体の差が出る、ザクの突進力など巨体なユークリッドの前には弾き飛ばされるだけであった。
「くそっ!」
 ビーム突撃銃を連射するが、既にネオはレイのザクから離れていた。最大加速度もグゥルとは比較にならず、追いつけそうになかった。レイは荒い息を整えようと、深呼吸をする。
「ムウ・ラ・フラガ、生きていたのか?」
 彼が死んだのに、生きてないのに、なんで……
 レイは操縦板に右の拳を叩き付けた。

 

「このままじゃあ、ミネルバは沈む」
 戦場を、オデルのジェミナスが駆けてゆく。彼はこの戦いにおいて、未だ目立った活躍はしていない。それもそのはずで、オデルはこの戦いに参加する前から、自分は何の役にも立たないだろうと言うことを知っていた。
「初めは、G-UNITがあれば何でも出来ると思っていたが……とんだ計算違いだったな」
 G-UNITは、確かにこの世界では強力な兵器だ。恐らく、現時点では最強といっていい。だが、最強であることがイコールで不敗には繋がらないのだ。戦うにしても無限にエネルギーが続くわけではない。補給はどうするのか、機体のエネルギーは? 弾薬は? 各種パーツの予備はどうする。この世界には代えがない。
 オデルは、限界あるジェミナスの力を、削り取りながら戦っていたのだ。何が最強だ。たった一機いたところで、見ろ、ザフトはこうして負けているではないか。今まさに、ミネルバと仲間と思っていたモビルスーツパイロットたちに危機が訪れているではないか。
「いや、させない。させるものか」
 一つの決断を、オデルはした。
 彼は急いで、ミネルバへと回線を繋いだ。
「ミネルバ、こちらオデル・バーネット」
『どうしましたか?』
 オペレーターのメイリンが返答してきた。
「艦長に繋いでくれ」
 すぐに艦長のタリアが出た。
『この非常時に何の用?』
「艦長、ミネルバがこの海域を離脱するまで、何分掛かりますか?」
 タリアは返答に詰まった。それはオデルが何を言いたいのか、理解しかねているようでもあった。
『今貴方達がいるコースを通ることが出来れば、十分で敵を引き離せるわ。だけど、それにはモビルスーツ部隊を何とかしないと』
「それは、私が何とかします」
『えっ?』
「90秒です。90秒以内にモビルスーツ部隊を壊滅させます。後は、ミネルバに任せます」
 言って、オデルは通信を切った。詮索されても面倒だし、上手く説明している時間など無かった。今は、自分に出来ることを全力で行うしかないのだ。
 オデルは、覚悟を決めた。
「行くぞ……」
 久しぶり、最後に使ってから、もう何年もの月日が過ぎたように思える。限界時間は、92秒から96秒の間。それ以上は、オーバードライブ状態になる。90秒、90秒の間に敵を壊滅させなくてはならない。
「PXシステム――起動ッ!」
 遂にG-UNITが持つ最終兵器、PXシステムが作動した。
 そして、そこから90秒間、奇跡が起こった。
「ハァァァァァァァァアッ!」
 ビームサーベルを抜きはなったジェミナスが、一瞬にして付近のウィンダムを斬り裂く。それに気付いた別の部隊が接近しようとした瞬間には、ビームライフルが放たれ撃墜される。機体出力をフルにして、モビルスーツが集まる場所に突っ込んでいく。撃って、斬って、爆発させて、貫いて、体当たりで敵機を弾き飛ばし、無理矢理に機動を修正し、次の機体に向かう。速い、誰も追いつけない。気付いたときには、負けている。
 エース機が動いた、スウェンのストライクノワールが、ジェミナスに迫る。遅い、二刀の対艦刀ごと機体が斬り裂かれる。シャムスのヴェルデバスターが、ジェミナスに砲火を放つ。弱い、シールドで防御しビームライフルで吹き飛ばす。ミューディーのブルデュエルが、スティングのカオスが襲いかかってくる。無駄だ、PXシステムの前に敵うものなどいない。
「ハァッ!」
 ブルデュエルとカオスが、機体に致命傷を負って離脱する。まだだ、まだ敵は残っているはずだ。一機でも多く、一機でも多くの敵を……
「うっ――」
 オデルの視界が、一瞬暗転し、すぐに明るくなった。
 タイムリミット、活動限界時間を過ぎ、システムが強制的にシャットダウンされたのだ。ぐらつく視界と、震える機体。久しぶりのシステム起動は、身体に予想以上の負荷を与えた。
『大丈夫ですか! オデルさん!』
 声がした。この声は、アディン……いや、違う。この声は。
「シン、か」
 我ながら弱々しい声だと、オデルは思った。シンのインパルスは、オデルのジェミナスをしっかりと支えた。
『あれ……』
 シンが、何かに気付いたように声を出す。
「どうした?」
『い、いえ、それよりも撤退です。オデルさんが血路を開いてくれたから、脱出できます!』
 オデルは、僅か90秒の間に敵のエース機全てを含む、数十機のモビルスーツを、文字通り粉砕した。
 そこにミネルバがタンホイザーを初めとした砲火を集中させ、敵の艦列を大きく崩すことに成功しいたのだ。
『今、ミネルバに運びますから!』
 シンの機体も、ボロボロだった。インパルスはこの戦いの最中、予備パーツを全て使い果たすほどの奮戦を行ったのだ。それはレイやルナマリア、アスランとハイネにしても同様で、皆が皆、持てる力をほとんど使い果たしていた。
 だが、とりあえず今は、逃げることだけを考えねばいけなかった。

 

 そして、アスランとハイネが殿を務める形でミネルバは戦場となった海域を離脱した。この二人が殿を務めることに、それほど深い意味はない。言ってしまえば、この二人しか人がいなかったのだ。シンのインパルスは予備パーツを全て使い果たしてしまい、これ以上の戦闘は無理だったし、オデル・バーネットは体力を使い果たして医務室送りになった。レイやルナマリアと言う手もあるが、ザクではやはり不安がある。故に、ジャスティスに乗るアスランと、ハイネが乗るセイバーと言うことになったのだ。
「チッ、妨害電波が強すぎて、ろくに通信も出来やしねぇ」
 ハイネは操縦板を軽く叩きながら、この散々たる結果に毒づいた。結局、ザフトは大敗してしまった。この負けを補うには、一体どれほど頑張ればならないのか。体勢を立て直すにしても、もはやこの辺りのザフトは大半の戦力を失ってしまった。
「あー、イライラするな!」
 最悪、また地上基地を放棄することになるかも知れない。そうしたらまた戦場は宇宙だ。仕方ない、ロッシェにも協力して貰ってザフトを立て為さなければならない。でなければ……
「――ッ!?」
 その時、セイバーに一条の閃光が襲った。直撃の寸前で避けたそれは、まさしくビームライフルのもの。敵からではない。この攻撃は、
「アスラン、てめぇ、何の真似だ!」
 ビームを撃った相手、アスラン・ザラが乗るジャスティスへと向き直るハイネのセイバー。ジャスティスは、ビームライフルの銃口を、真っ直ぐセイバーへと向けている。
「ハイネ・ヴェステンフルス、悪いがお前には死んで貰う」