W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第56話

Last-modified: 2008-03-03 (月) 01:44:25

 月面都市コペルニクス。嵐の大洋に位置する直径93kmのクレーターに作られ
た大都市であり、自由中立都市として知られている。その歴史は一世紀に満た
ないものだが、この都市は長く交易都市として栄えてきた。それは宇宙にプラ
ントが出来てからも変わらず、むしろプラント成立以降はいっそう交易が盛ん
になったといわれている。地球においてプラントと大っぴらに取引できない国
々や企業などがプラントと独自のラインを結ぶことの出来るこの都市は重宝さ
れ、その仲介料を得ることで、コペルニクスの経済は潤っている。
 コペルニクスの特長として、ここは完全非武装都市である。警察組織などは
あるものの、それ以上の存在、つまり軍隊が存在しない。戦闘用艦艇は、民間
の武装商船などを除けばほとんどなく、これは非常に珍しいことである。
 多くの物資と資金が集まるこの都市を支配しようと目論んだ輩は決して皆無
ではない。だが、そのこと如くは失敗してきた。というのも、交易都市コペル
ニクスにはもう一つの一面、主力事業としてリゾート都市の建設を目指してい
る。古代ローマをイメージした武闘場を始め、劇場、音楽堂、植物園、スポー
ツジム、映画館、さらには人工の海水浴場まで設備され、世界中の金持ちの保
養地としても知られているのだ。ここには多くの国の資本が集まり、ここを武
力によって支配する者が現れれば、それは世界の敵となる。
 これがコペルニクスが今日まで中立を貫いて来られた所以である。

 

 そして、先日この都市にとあるVIPがやってきた。到着早々、都市側が用意
したホテルのスイートルームに入ったその人物の名はラクス・クライン、本名
をミーア・キャンベルという。
 度重なる反抗的な態度から議長の不況を買った彼女は、プラントからコペル
ニクスへと追放されたのだ。

 

「議長ったら、最悪よね! あんなんだから、あの歳になっても彼女の一人も
出来ないのよ!」

 

 ベッドに身を投げ出し、グチグチとデュランダルへの嫌みを言うミーア。議
長に食ってかかったときとは打って変わって、年頃の少女らしい口調であった。

 

「まあ、議長はどのみちこの戦争が終わるまでだ。プラントが勝っても負けて
も、戦後は退陣せざるを得ないだろうな」

 

 こちらは荷物を整理するロッシェ・ナトゥーノである。彼もまた、ミーアと
もにコペルニクスに送られた一人である。

 

「ごめんね、ロッシェまで巻き込んじゃって。そういえば、お友達のハワード
さんと……オデルさんだっけ? あの二人は?」
「あいつ等なら他の整備班たちとコペルニクスの港近くにある整備工場だ。あ
れだけの仕打ちをされたのに、まだモビルスーツ作りをしているよ」

 

 ハワードやオデルもまた追放されたのだが、彼らは現在新たなモビルスーツ
作りに熱心である。何でもミネルバのパイロットに渡す機体らしく、ほとんど
完成間近らしい。

 

「さてと……ミーア、一つ訊きたいことがあるんだが」
「なぁに?」
「このディスクの再生の仕方、わかるかな?」

 
 

         第56話「新たなる支配者」

 
 
 
 

 軌道間全方位戦略砲レクイエムの第一中継ポイントの破壊に成功したザフト
軍は、続く第二中継ポイントに攻撃を続けるべく進軍を続けていた。兵力の多
さを活かした攻勢はファントムペインを圧倒していたが、ザフト側にもいくつ
かの問題が発生していた。
 一つめの問題は、強行軍とも言うべき素早さで出撃したザフトは、補給が上
手く機能していなかった。後方支援について決議する時間など無かったと言え
ばそれまでだが、大軍故に長く放置しておくと致命的な問題になりかねない。
 そして二つめの問題だが、これは出撃したザフト全軍に衝撃を与えるものだ
った。何と、ジュール隊隊長イザーク・ジュールと、副官のディアッカ・エル
スマンが帰投しないというのだ。撃墜こそ確認されていないのだが、乱戦の最
中にやられたと考えるのが戦場では普通であろう。

 

「嘘、隊長が、そんな……」

 

 ヴォルテールの艦内で、指揮権の引き継ぎを指示されたシホであったが、そ
の精神状態はとても戦場に耐えうるものではなく、ジュール隊は最前線から一
転して、後方に回されてしまった。
 それでも、ザフトは未だ豊富な戦力を有しており、到着した第二中継ポイン
トを守るファントムペインを圧倒していた。

 

「時間がない、敵が中継ポイントの変更を行う前に破壊するんだ!」

 

 既にレクイエムは修理が完了し、二発目を撃つことが可能である。それが出
来ないでいるのは、ザフトによって中継ポイントが破壊されたためであり、フ
ァントムペインは配置修正を余儀なくされたのだ。

 

「一基、また一基と破壊する度に時間が得られる。その間に、地上から撤退し
てきた部隊がダイダロスを制圧してくれれば……」

 

 デュランダルはミネルバを始めとした部隊の到着に望みを託すが、ファント
ムペインの抵抗は未だ根強い。第二中継ポイントは大型モビルアーマーと重武
装ダガーLを中心とした部隊が守っており、近づく者に容赦ない砲撃を与えた。
これに対し、ザフト軍はモビルスーツ及び戦艦の砲火を一点に集中させ、敵の
防衛戦に穴を開けようとした。数百条のビームがファントムペインに降り注ぎ、
次々と爆発が起こる。

 

「くそっ、怯むな! 反撃しろ!」

 

 ファントムペインの指揮官は威力ある攻撃で反撃し続けた。ザフトも驚くほ
ど粘り強さであり、そう簡単に突破できそうにもなかった。デュランダルは膠
着の装いを見せる戦場に危機感を憶え始めていた。

 

「まずい、このままでは……」

 

 長引けば不利になるのはザフトだ。再びレクイエムが放たれれば、ザフト艦
隊は帰る家を失ってしまう。

 

「アスランは、アスランはまだか!」

 

 どんな戦況でも一瞬のうちにひっくり返してしまう英雄の到着を、デュラン
ダルは心待ちにしていた。彼さえ来れば大丈夫だと、デュランダルは信じてい
たのだ。

 

「報告によると、最初のレクイエムが放たれたときに地球を出ていますので、
そろそろ到着ではないか思われますが……」

 

 正確さに欠けるオペレーターの意見に、デュランダルは不満げに息を吐いた。
そして、戦局図を見直し、一つの決断をする。

 

「こうなったら、このメサイアで直接攻撃だ」

 

 膠着した戦場をひっくり返すには、それしかない。

 
 

 宇宙要塞メサイアには幾つもの攻撃装備がある。それこそ、レクイエムに勝
るとも劣らないほどの……

 

「これよりメサイアは戦闘態勢に入る。繰り返す、これよりメサイアは戦闘態
勢に入る。全ての攻撃オプションを起動」

 

 オペレーターが全軍に向けて、メサイアが最前線に出ることを告げる。

 

「要塞主砲、発射態勢に。ネオ・ジェネシス起動」

 

 ネオ・ジェネシスとは、前大戦時にザフト軍の最終兵器として使用されたも
のを小型化した物である。旧来のジェネシスは、そもそもが旧連合軍の核攻撃
に対抗する意味で作られた、核エネルギーを使用した巨大なガンマ線レーザー
砲であり、その長射程と高威力はC.E世界における破壊兵器の頂点に君臨して
いた。だが、一発撃つごとに発射時に使用する反射ミラーを交換する必要があ
り、連射に不向きな兵器だった。

 

「しかし、ネオ・ジェネシスは違う」

 

 この欠点を排除したのがネオ・ジェネシス、兵器自体を小型化することでミ
ラーに掛かる負担を抑えることに成功していた。威力は格段に落ちるものの、
ミラー交換が不要となり、エネルギーチャージさえ済めば即発射が出来る点は
驚異的であった。

 

「ニュートロンジャマー・キャンセラー起動。ニュークリアカートリッジ、激
発位置へ。全システム接続オールグリーン」
「射線上の部隊退避完了」

 

 オペレーターの一人が、指示を仰ぐようにデュランダルの方へ振り向いた。
玉座を思わせるメサイアの指揮座に腰掛けるデュランダルは、ゆっくりと頷き、
片手を上げた。

 

「撃て!」

 

 決して小さくはないその声は、メサイアの砲手たちに正確に伝わった。
 ネオ・ジェネシスが、発射された。
 赤い、巨大な光が、敵艦隊と、レクイエムの中継ポイントに襲いかかるのが、
メサイア指令室のメインスクリーンに映る。それは圧倒的な光景であった。
 中継ポイントである廃棄コロニーの前にあって、これを守備するために布陣
していた艦隊やモビルスーツは瞬時の内に消滅した。モビルスーツはいざ知れ
ず、艦艇の中には陽電子リフレクターを展開していたものもあったのだが、あ
まりの高エネルギーの前に爆発する間もなく消し飛ばされていく。
 明確に爆発が起こったのは、ジェネシスの光が廃棄コロニーに直撃した時で
ある。巨大な質量を持つコロニーであっても、ジェネシスの一撃には一溜まり
もなかった。爆発の余波が周囲の空間を浸食し、僅かに残っていたファントム
ペインの部隊に壊滅的な被害を与えた。
 一発の巨砲が、この宙域における勝敗を決定づけた。

 

「掃討戦を行う必要はない。すぐに第三中継ポイントに移動する!」

 

 デュランダルの叫び声が全軍に轟き、兵士たちは声を上げながら士気を高め
ていく。プラントが撃たれ、今また撃たれるという危機的状況は、ザフト軍兵
士たちに多大な心理的効果を与えた。後がないという意味で、背水の陣とも言
える光景が何時しか兵士たちの中で生まれつつあったのだ。
 また、この時ばかりはデュランダルの指揮能力が無条件に賞賛された。

 
 
 
 

 第一中継ポイントに続き、第二中継ポイントまで破壊されたことを知ったダ
イダロス基地のロード・ジブリールは、一転して窮地に立たされていた。第三
中継ポイントにはダイダロス基地の主力である旗艦ナナバルクを中心としたホ
アキン艦隊が守備を行っている。だが、破竹の勢いで進軍を続けるザフトを前
に、絶対守りきると言う自信は、正直の所それほど多くはない。

 

「ならば、先に戦場のザフトをレクイエムで狙い撃ってくれるわ!」

 

 今からプラントに向けて中継ポイントの配置修正を行っていたのでは、時間
が掛かりすぎる。ならば、より近い位置にある、例えば敵の移動要塞を直接砲
撃することは出来ないか?

 

「アルザッヘルに連絡をして、何が何でも艦隊を出撃するように脅しをかけ
ろ!」

 

 ダイダロスに駐留する艦隊は、アルザッヘルのそれに比べて数が少ない。そ
の為、ジブリールは多数あるレクイエムの中継ポイントの全てに守備隊を配置
することが出来ず、重要と思われる箇所にのみ戦力を集中させる戦法を取った。
敵に連戦を強いることで疲弊させる狙いもあったのだが、幕僚たちは全兵力を
一箇所に集中させるべきだとの意見を行った。意見自体はもっともなものだっ
たが、もし採用されていれば敵要塞砲の一撃で全滅していた可能性もあるため、
結果論になるがジブリールの判断は正しかった。
 だが、ここにきて敵との戦力比、兵力差は決定的な物となり、ジブリールと
してはアルザッヘルに駐留する艦隊の力がどうしても必要となった。従わない
のなら地球に砲撃を行う、もしくはアルザッヘルに砲撃するなどと言われては、
さすがのイアン・リーも従わざるを得ない。嫌々、しぶしぶながらであるが、
出撃準備を始めることとなった。

 

「我々はまだ負けたわけではない。いくらでも、勝つチャンスは残されている
はずだ」

 

 ジブリールは豪語するが、彼が知らない場所でザフトの作戦は第二段階に移
っていた。地球圏より離脱したザフト地上軍が、ミネルバを旗艦としたダイダ
ロス攻略部隊を編成し、月に向かって進軍を開始していたのだ。

 

 一方、ザフト宇宙艦隊は順調に進軍を続け、ファントムペインのホアキン大
佐が指揮する第三中継ポイント守備軍と激突を始めていた。ダイダロス基地の
主力艦隊と言うだけあってさすがに艦艇、モビルスーツ共に数が多く、さらに
ホアキンはそれまでの指揮官と違ってやたらと好戦的だった。

 

「攻撃こそ最大の防御! 敵軍を突き崩し、盟主に勝利の美酒を捧げるのだ!」

 

 ホアキンの指示で、モビルスーツ隊を指揮するスウェン・カル・バヤンが動
き出し、ザフトのモビルスーツ隊と激しい交戦を始めた。ザフトのモビルスー
ツパイロットたちも強かったが、スウェンの強さはそれを上回るものだった。
彼はグラスゴー隊の誇るグフ・イグナイテッドたちと二十分に渡る激戦を繰り
広げたが、グラスゴー隊がほとんど蹴散らされてしまった。

 

「馬鹿な、量産とはいえ、グフは最新鋭機だぞ!」

 

 続くジャニス隊とも交戦を始めたところで、後方から急接近する機体群があ
った。

 

「これ以上、好き勝手にやらせはしない!」

 

 何とか精神状態を安定させたシホが、ジュール隊所属のモビルスーツ隊を率
いて最前線に復帰してきたのだ。スラッシュ装備の紫色のザクが、ビームアッ
クスを振り回し、ストライクノワールに斬りかかる。

 
 

「速い」

 

 フラガラッハで受け止めるスウェンだが、相手が相応の使い手であることを
認めざるを得なかった。
 こうして敵の先制を許したザフト軍であるが、何とか戦線を立て直すことに
成功していた。それどころか、デュランダルはかなり奇抜な作戦を打ち立て、
一気に敵を倒そうと考え始めていたのだ。

 

「メサイアをこの位置まで移動させることは出来ないか?」

 

 戦局図を見ていたデュランダルは、参謀長などに意見を問うた。

 

「出来ないことはありませんが、これは敵の中継ポイントの正面、ビーム発射
口とも言うべき部分ですぞ? 一体、何故このような場所に」

 

 下手をすれば、レクイエムの直撃を受ける位置である。敵を側面から撃つに
しても妙であり、どのような意図があるのか。

 

「レクイエムが、ゲシュマイディッヒ・パンツァーを利用しビームを屈折させ
る兵器だというのなら、我々がこれを利用しない手はない」
「というと?」
「あの中継ポイントを通ってダイダロス基地からプラントに砲撃が行われるの
なら、逆の位置からこちらが砲撃を行い撃ち返せば、それは間違いなくダイダ
ロス基地へ直撃するのではないか?」

 

 幕僚たちは議長の発想に対し、呆気にとられ、口をあんぐりと開けてしまっ
た。つまり議長は、あのレクイエムの中継ポイントにネオ・ジェネシスを撃つ
つもりなのだ。先ほどのように破壊するのではなく、あくまで中継ポイントと
してジェネシスを「通過」させ、直接ダイダロス基地を撃とうとしている。

 

「で、ですが、そのようなことが……」

 

 可能なのか、と幕僚の一人が言った。確かに、理屈の上では来た道を逆送す
ればスタート地点に着く。中継ポイントの先には、間違いなく砲座たるダイダ
ロス基地があるはずだ。
「確かに発想自体は正しいと思いますが、レクイエムはビーム砲であり、ゲシ
ュマイディッヒ・パンツァーはビーム偏光装置です。それに引き替え、ジェネ
シスはガンマ線を利用したレーザー砲ですから、上手く屈折が出来るかどうか」
 技術士官が彼なりの意見を言うが、これはあくまで予測と予想である。何せ、
試したことがないので、明確な答えなど出しようがないのだ。

 

「やってみる価値はあるはずだ。撤退した地上軍が月へ到達するにはまだ時間
がある。間に合わなかったらプラントはお終いだ」

 

 賭だった。だが、失敗したとしても中継ポイントは破壊できるわけだし、デ
メリットはないと思われる。問題は、それを知ったダイダロス基地がメサイア
を討たんと砲撃を行うことだが……

 

「わかりました、準備に取りかかります」

 

 成功していれば、デュランダルは学者として以外にも、戦術家としての名声
を得ることになっただろう。彼が後世において、評価されたのは結局遺伝子学
者としての実績のみだった。政治家としては、三流とは言わないまでも、精々
二流止まりであり、遂に一流になることは出来なかった。そして素質があるの
かと思われる戦術家としての能力は後世の評価はまちまちだ。何故なら、開花
する前に、花が散ってしまったのだから。

 
 
 
 

「このディスク……一体何?」

 

 ロッシェから手渡されたディスクをしげしげと眺めるミーア。それはどこに
でもありそうな、何の変哲もないマイクロディスクだ。このタイプの物なら、
ミーアもいくつか持っている。容量が多いので、映像資料や音声データなどを
保存しておくのに便利なのだ。
 ディスクにはラベルを張る場所もあるのだが、それらしい物は一切無い、ま
ったくの無記入だった。

 

「これなら、そこの備え付けのパソコンでも観られると思うけど」
「なんだ、そうなのか」
「で、中身は何?」

 

 言いながら、室内に一つだけあるパソコンを起動させるミーア。その問いに
対し、ロッシェは少しだけ言いよどんだが、隠すこともないと判断したのか答
えを告げた。

 

「ディオキアで、ハイネ・ヴェステンフルスから託された物だ」
「ハイネって……あのハイネ?」

 

 ミーアは驚いたように聞き返した。ロッシェとハイネが友人関係だったこと
はミーアも知っていたが、こんなディスクが存在したことなど初耳だった。一
体、中身は何なのか……?

 

「中身は私にも良く分からない。ただ、遺言の類ではないと言っていた」

 

 ロッシェが今更になってこのディスクを見るつもりになったのは、それなり
の訳がある。一つはハイネが死亡したと知った当初、ロッシェは明らかに精神
的に気落ちしてしまい、ディスクの存在を憶えていながらも中身を確認するこ
とを拒んでしまったのだ。また、昨今ミーアとその周囲の環境において様々な
問題が重なり、ロッシェはその忙しさの最中にディスクの存在を忘れてしまっ
ていた。今回思い出したのも、月へ移住する際に数少ない荷物をまとめている
時、偶然見つけたのだ。

 

「遺言ではないにしろ、内容によっては遺族に渡す必要もあるからな」

 

 月に来たことで時間的余裕を持ったロッシェは、改めて中身を確認するべく、
ミーアにディスクの再生方法を尋ねたのだ。そもそも彼は、この世界のディス
クの種類も知らなければ、その見かたも知らなかった。

 

「差詰めハイネの最後の言葉、って感じ?」
「さぁ、だが、アイツのことだからきっと厄介ごとが入ってるに違いない」

 

 軍上層部においてもみ消された不祥事の告発とか、もしかしたらハイネが過
去に犯してしまった罪の懺悔とか、そういう内容かも知れない。だとしたら少
々厄介だが友人のよしみだ、何とか処理せねばなるまい。
 この時のロッシェは、それほど大きな問題でもないだろうと思っていた。彼
の想像の翼は、そこまで高くは羽ばたけなかったのだ。

 

「ここをクリックして……ほら、開いたわよ」

 

 パソコンにディスクを挿入し、開かれたのは何のことはないファイルフォル
ダだった。特にパスワードの類も掛けられてはいない。
「画像ファイルと音声ファイルみたいね」
 ミーアが画像ファイルの一つをクリックして開いた。どうやら、写真データ
だったようだが、そこに写された人物にミーアは眉を顰めた。
「アスラン? どうしてアスランが……」
 それはアスランと見知らぬ男が海辺で話していると思われる状況を撮った写
真であった。何故、ハイネがこのような写真を?

 
 

「ミーア、音声ファイルを聴かせてくれ」

 

 ロッシェが険しい面持ちで言葉を発した。
 ミーアは普段の彼とは異なる鋭い雰囲気に驚きながらも、言うとおりに音声
データを開いた。
 そして、ロッシェは知ることになる。アスランが持つ彼と仲間たちの秘密、
さらに何故ハイネが戦死したのか、その真実。ロッシェ自身も関わっている、
これからこの世界に何が起ころうとしているのかという、正確な予測までも。

 
 

 最初に気付いたのは、誰だったのだろうか。
 戦場にあって奮戦を続けるザフト軍か? それともダイダロス基地にてレク
イエムの発射を狙うファントムペインか? いずれにせよ、その攻撃はほぼ同
時に行われた。
 ザフトが誇る宇宙要塞メサイアは、レクイエムの中継ポイント、その発射口
まで移動を開始し、要塞砲ネオ・ジェネシスでダイダロス基地に直接攻撃を仕
掛ける直前であった。また、そのことを悟ったジブリールはレクイエムを奏で、
メサイアを宇宙の塵に変えるつもりであった。

 

 しかし、そのどちらも現実のものにはならなかった。

 

 その機体は、索敵型レーダーには一切反応しなかった。なので、メサイアの
索敵班がそれを発見したのは全くの偶然であり、彼らは光学モニターに映る高
速物体を視認していた。

 

「メサイアに高速飛来する物体有り!」

 

 報告はすぐにデュランダルの元に届けられたが、彼は最初あまりそれを気に
せずに、こう尋ねた。

 

「どの部隊だ? 味方機なんだろう?」

 

 体勢を立て直したザフト軍は、今やホアキン艦隊と旗下のモビルスーツ隊を
完全に封じ込んでしまっている。デュランダルがこのように尋ねたのも、決し
て彼が油断していたわけではないはずだ。
 メサイアの周囲には当然、要塞を守る艦艇やモビルスーツが存在し、彼らは
応援に来たと思われるモビルスーツの存在を確認しようとした。だが、不思議
なことにレーダーには何も映ってはいない。

 

「まさか、敵のステルス機か!?」

 

 ここまで高度なステルス機を敵が開発させたとは思えないが、レーダーに映
らず光学モニターに映ると言うことは何らかのジャミングが働いている可能性
が高い。
 デュランダルはオペレーターに命じて、周囲の艦艇及びモビルスーツに警戒
態勢を取るように指示した。その指示は決して後れていなかったし、艦艇やモ
ビルスーツの対応も遅くはない、はずだった。
 彼らに数十条のビームの光が降り注いだとき、事態が一変した。突然の攻撃
にモビルスーツ隊は乱れるが、それでも応戦しようと敵の姿を確認する。けれ
ども、レーダーには何も映っておらず、視認しようにも攻撃を仕掛けてきた機
体は素早く、ライフルの標準すら出来なかった。
 中にはビーム攻撃の熱量のみを関知し、防御反撃を行おうとした強者もいた
が、防御しようとシールドを構えた瞬間、シールドごと機体が貫かれた。ビー
ムコーティングを施してあるはずのシールドが、意図も容易く砕けたのだ。

 
 

 次々とモビルスーツが撃破される中、艦艇が動いた。戦艦の艦橋ではオペレ
ーターが敵の攻撃位置から移動位置を計算するという離れ業をやってのけ、艦
砲とミサイルによる攻撃が行われたのだ。並のモビルスーツならば一撃で粉砕
される砲火が放たれ、目標物の足が止まった。

 

「やったか!?」

 

 戦艦の艦長たちは叫ぶが、それは虚しい言葉だった。煙が晴れ、そこに現れ
たのは数十機のモビルスーツであった。黄土色や黒色をした機体は相変わらず
レーダーには映らないが、モニターには映っている。
 見たこともない機体だった。プラント製とも、地球製とも違う。驚いたよう
に艦艇の艦橋要員たちは無言になるが、モビルスーツ側はそのような反応を機
にする様子はなかった。

 

「て、敵機接近!」

 

 オペレーターが叫んだときには既に時遅し、恐るべきスピードで急接近した
敵モビルスーツがビームライフルを連続斉射し、瞬く間に艦艇が撃沈されてい
った。
 そして、その光景をデュランダルは呆然として見つめていることしか、出来
なかった。
 メサイアの砲手たちは、それでも極常識的な対応をした。命令はなかったが、
迫り来る敵機に向けて固定砲台による迎撃を行ったのである。数百、数千のビ
ームの光が敵機に伸び、尽く弾き飛ばされた光景を目にしたとき、デュランダ
ルは指揮座から立ちあがった。
 謎の機体が、メサイアに襲いかかった。何と彼らは正確にメサイアの砲座の
みを破壊しており、メサイアは固定武装のほとんどを潰されてしまったのだ。
集中するビームは高威力で、要塞内部にまで被害を与えた。無論、司令室とて
例外ではなかった。どの攻撃が致命傷だったのか、司令室においても中規模の
爆発と、それに伴う爆風が兵士たちを吹き飛ばした。デュランダルもその一人
だが、彼は指揮座にしがみつくことで難を逃れた。

 

「何だ、これは……何が起こったというんだ」

 

 デュランダルは立ちあがりながら、辺りを見回した。今や司令室に立ってい
るのは自分だけであった。他は皆、怪我をして動けなかったり、既に死んでし
まった者もいる。

 

「馬鹿な…こんな、こんなことが」

 

 しばらく立ちつくしていたデュランダルだが、奇妙なことに気付いた。攻撃
が来ないのだ。トドメとなるであろう一発が、一向に来ない。
 デュランダルはこの隙に脱出するべきではないかと思った。彼は死にたくな
かった。人間なら当然の発想だが、彼にはやり残したことが沢山あった。今回
のことで十年は待たなくてはならなくなったであろう彼自身の夢や、今は離れ
てしまった恋人への未練、親友の忘れ形見が立派に成長することを見届けるな
ど、人並みにやりたいこと、やるべきことがあったのだ。
 怪我をしている者には悪いが、自分にはどうすることも出来ない。軍医がす
ぐに駆けつけないところを診ると、向こうも被害を被ったのだろう。
 心の中でデュランダルは詫びながら、司令室を出ようとした、まさにその時
だった。

 

『議長、お一人でどこにいかれるのですか?』

 

 声に驚きデュランダルが振り返ると、メインスクリーンに一人の男が映って
いたパイロットスーツに身を包んでいるものの、その声、その姿、疑いようが
ない。

 
 

「ア、アスランか!」

 

 地獄に仏とは、まさにこの事か。デュランダルは彼のヒーローの登場に安堵
の笑みを浮かべ、画面越しではあるが彼に向かって手を伸ばした。

 

「アスラン、君は今どこに居るんだ?」
『この要塞、メサイアの目の前ですよ』
「すると、敵の攻撃が止んだのは君が敵を倒してくれたからなのだな? さす
がはアスラン、助かった! さぁ、早く私をここから助けてくれ」

 

 一方的な推測と、それによる謝辞、さらには要求の言葉を投げたデュランダ
ルであったが、アスランが取った対応は彼を驚かせるものだった。アスランは、
助けを請うデュランダルを見て、唇を歪ませ失笑したのだ。

 

『議長、攻撃が止んだのは俺が彼らを倒したからではありませんよ。俺が指示
して止めさせたのです』
「君が、指示? どういうことだ」
『こういった方がわかりやすいですか? 彼らは、俺の意思でこの要塞に攻撃
をした……』

 

 デュランダルには、アスランが何を言っているのかサッパリ判らなかった。

 

「どういうことだ、アスラン、君は一体……」
『あなたは学者としても、政治家としてもなかなかのものでしたが、それを最
後まで演じきるだけの役者としての才能はサッパリでしたね。あなたには人を
見る目がなかった』

 

 この発言を受けて初めて、デュランダルはアスランの意思を理解した。アス
ランは今、謀反を起こそうとしているのだ!

 

「君は、最初からそのつもりで私に近づいたのか」
『あなたは都合よく踊ってくれた。俺に地位と権力を与え、色々立ち回りやす
くもしてくれた……けれど、あなた自身には俺を手駒として扱うだけのセンス
に欠けていた、そんなところでしょう』

 

 冷徹に、アスランは断言した。唇の端に浮かべた笑みは、明らかにデュラン
ダルを侮蔑し、見下していた。
 アスランは勝者であり、デュランダルは敗者であった。この事実を、デュラ
ンダルは知らしめられたのだ。

 

『世界はこれから、俺の正義によって動いていく。あなたの存在は、もういら
ない。あなたの失言で、国が一つ滅んだ。その責任も取るべきでしょう』
「待て、アスラン、考え直せ。君は一人でプラントと地球、双方を相手にする
というのか?」
『一人じゃない。俺には多くの仲間がいるし、それを実現するだけの力がある
……』

 

 自信と余裕が、アスランの身体からはあふれ出ていた。それは彼が持つ、彼
が身につけた風格であった。今のデュランダルでは到底用いることの出来ない、
圧迫感があった。

 

『さて……長々と話す理由もありませんし、そろそろお別れしましょう。議長、
今日までありがとうございました。そうそう、あなたは俺の手駒としてなら、
それなりに優秀だったと思いますよ』

 

 そういって、アスランは通信を切った。そして迷うことなく、彼の機体、ジ
ャスティスの周囲に浮かぶビルゴに指示を出した。

 

「宇宙要塞メサイアを破壊しろ」

 
 

 ビルゴが次々にメガビーム砲を構えた。

 

「……撃て」

 

 瞬間、数十機のビルゴから放たれたビーム砲が、メサイアの外壁へと突き刺
さった。メガビームのエネルギーは、外壁を砕き散らし、内部まで破壊してい
った。
 崩れ去る要塞の司令室に、デュランダルが立ちつくしていた。火の手も上が
っており、ここにいては危険であった。しかし、既に司令室の入り口は瓦礫に
埋まっており、脱出は不可能だった。

 

「私は……ここまでの人間だったのか?」

 

 デュランダルが一人、小さく呟いた。彼は懐から、一つのディスクを取り出
した。この中には、彼が夢見た理想の世界を実現させるためのデータが、入っ
ている。

 

「デスティニープランが実現された理想の世界を、見たかった……」

 

 その大事なディスクを、デュランダルは握りつぶした。かなりの握力を込め
たのか、手の平に血が滲み始めていた。デュランダルは天井を見上げた。崩れ
かけの天井が、今にも落ちてきそうだ。

 

「レイ、適切な処置さえ続ければ君はまだ生きられる身体だ。どうかラウのよ
うに人生に絶望しないで欲しい」

 

 聞こえるわけがない言葉を、デュランダルは呟いていた。

 

「私はプラントが好きだった。この国のために学者になって、この国のために
政治家になった。最高評議会議長などという最高権力も手に入れ、市民も軍人
も私に敬意を払ってくれた……だが」

 

 天井が、崩れた。

 

「死の間際に愛する者の顔を見られないなんて、それでは庶民にも劣るんでは
ないか? そう思わないか――」

 

 言いかけて、その言葉は永遠に中断された。デュランダルが最後に言いたか
った名前が何であるかは、誰にもわからない。けど、それはきっと彼が愛した
人の名前だったのだろう。
 ギルバート・デュランダル、遺伝子学者としての名声を持ち、プラント最高
評議会議長にも選ばれ、その役職に就いていた男が今、戦死した。彼の最後は、
戦場という彼には似合わぬ場所で、誰にも看取られることがないものであった。

 

 その頃、月の裏側にあるファントムペイン、ダイダロス基地においても事件
が起こっていた。唐突に謎のモビルスーツが飛来し、基地に攻撃を始めたのだ。

 

「ザフトの別働隊か!?」

 

 こんなにも早くダイダロス基地を強襲するだけの速度を持った兵力が、今の
ザフトに存在していたなど、ファントムペインにとっては予想外であった。

 

「狼狽えるな! デストロイを出撃させ、迎撃に当たらせろ」

 

 ジブリールは部下を叱咤し、事態の収拾を急いだ。恐らく強襲を掛けてきた
のは、地球から撤退してきたザフト軍であろう。地上からの撤退とはいえ、ミ
ネルバなどの宇宙戦艦なら十分に戦えるはずであり、快速艦であるあの艦なら
ばこの速度も納得が出来る。

 

「敵は恐らくミネルバだ。デストロイの砲火を集中して、これを叩け!」

 

 艦隊やモビルスーツは全て出払っているため、頼りになるのは三機のデスト
ロイと基地の防衛機能だけだ。デストロイだけでモビルスーツ三十機分の力は
あると信じて疑わないジブリールであったが、既に二機を地上で失っている。

 
 

 出撃したデストロイの生体CPUは奇妙な状況に思考を乱されていた。敵がいる
というので出撃したのに、レーダーに探知されないのだ。ミネルバどころか、
一機のザフト軍機も確認できない。

 

「ステルスか……? 仕方あるまい、デストロイ及び基地の対空砲で弾幕を張
れ!」

 

 ジブリールは指示をだし、目に見えぬ敵の動きを封じようとした。デストロ
イから放たれるプラズマ砲の砲火や、基地の対空砲が縦横無尽に入り乱れてい
る。
 そんな中、砲火が放たれる空間に、敵機の姿が確認された。光学映像以外で
は確認できなかったのだが、ジブリールはその機影に違和感を憶えた。

 

「あの機体……ザフトではないのか?」

 

 急報が入った。デストロイの一機が、謎の機体によって撃破されたというの
だ。通常ではあり得ない速度で接近してきた機体が、一撃でコクピットを撃破
したという。

 

「馬鹿な、そんなはずは」

 

 メインスクリーンを見るジブリールの前で、また一機のデストロイが破壊さ
れた。陽電子リフレクターを展開し、敵のビーム砲を防ごうとしたのだが、敵
のビーム砲は鉄壁であるはずの陽電子リフレクターを、意図も容易く貫いてい
た。
 ジブリールの顔色が変わった。

 

「今だ、二機目のデストロイに攻撃をしている隙を狙って、三機目のデストロ
イに砲撃をさせろ!」

 

 攻撃の瞬間は誰しも動きが止まるものであり、それは謎の機体も例外ではな
かった。三機目のデストロイは二機目のデストロイに砲火を浴びせ、これを完
全破壊しようとする敵機に向けて、高エネルギー砲アウフプラール ドライツ
ェーンを撃ち放った。
 直撃すれば都市すら壊滅させるデストロイ最強の砲火を前に、謎の機体は回
避行動を取ろうとしなかった。変わりに機体から八基の円盤形の浮遊物が飛び
出し、機体を守るかのように取り囲んだ。
 回避行動など、取る必要がなかったのだ。
 ビルゴ、その発展系であるビルゴⅡにとって、デストロイの攻撃など無力で
あり、無意味であった。展開されたプラナイトディフェンサーが、迫り来る高
エネルギー砲からビルゴを守り、これを完全に防ぎきった。

 

「防いだというのか、あれを!?」

 

 ジブリールが驚愕の声を上げる中、謎の機体とはまた違った形をした機体が
レクイエムの砲口に向けて突っ込んできた。今度の機体は、レーダーでも何と
か確認できるらしい。
 機体は砲口内部に進入し、ダイダロス基地内に入った。ここでジブリールが
咄嗟にレクイエムの発射を指示していれば、あるいは違う結果もあったかも知
れない。
 だが、ジブリールは咄嗟の判断が出来なかった。そしてその事実が、彼の命
運を決定づけた。

 

『ロード・ジブリール! プラントとコーディネイターに仇なす悪魔の王よ!』

 

 黒いボディカラーが特徴的な機体から、ダイダロス基地の司令室に通信が送
られてきた。ジブリールは自らマイクを取って、それに応えた。

 

「如何にも、私がジブリールだ。ファントムペインの総大将にして、ブルーコ
スモスの盟主とは私のこと……貴様は一体何者だ?」

 
 

 絶体絶命の立場にあっても動じないその姿は、司令室にいた幕僚や兵士たち
を圧倒していた。ジブリールにあってデュランダルになかったもの、それは一
つのカリスマ性だった。

 

『我々は世界に真なる秩序と、正しき正義を示すための集団だ』
「正義だと? 馬鹿馬鹿しい、この世に単一の正義などあるものか。あるのは
支配欲に溺れた一部の人間が、支配される者を服従させるために提示する、一
方的な主義主張だ……この私のように」

 

 例え侵略戦争であったとしても、侵攻した側は自分たちに正義があると信じ
て疑わない。それが戦争の真実であり、正義などと言うものの正体だ。それに
英雄だの勇者だのといった甘い砂糖衣をまぶし、人々を魅了しているだけに過
ぎない。

 

『お前らナチュラルの蛮行によって、ユニウス・セブンが壊滅した。私の妻と
娘もそのとき死んだ。そして今度はヤヌアリウスとディゼンベルだ。お前らは
一体どれだけの命を奪えば気が済むのだ!』

 

 叫ぶ声は荒々しく、重厚な軍人を思わせるものだった。通信画面に現れた男
は使い込まれたパイロットスーツを着ていたが、古風な顔だちは武人そのもの
といえた。

 

「フン、どんなお題目を並べたところで、貴様のやっていることは個人的な復
讐に過ぎない。妻子を殺された怨みを、プラントとコーディネイター全体の恨
み辛みに変えることで、自己正当化を図っているだけだ」
『何だと!』
「私は事実を言ったのだ。そして、素直に貴様の復讐の刃に掛かるつもりはな
い」

 

 ジブリールは卓上のスイッチを押した。その瞬間、ダイダロス基地に警報が
鳴り響く。総員退去命令の合図だった。ジブリールは鋭い眼力で司令室内に目
配せをした。何人かは、その意図を理解して司令室から退室したが、幾人かは
意図を察しながらもその場に残った。

 

『逃がしはしない! 貴様の首だけは、この私が討ち取ってくれる!』

 

 黒い機体がビームサーベルを引き抜いた。
 ジブリールはそんな敵の、復讐者の姿に失笑していた。

 

「なるほど、そんなに私の命が欲しいか……」

 

 ジブリールは、懐から一丁の拳銃を取り出した。まさか、これで敵と戦う言
うわけでもあるまい。ジブリールはその銃口を静かに自分のこめかみに突きつ
けた。

 

『何をするつもりだ!?』
「この私の高貴な命を、貴様のような奴に渡してなるものか。私が貴様のよう
な名も無き兵士に殺されたとあっては、地獄で物笑いになるのでな」
『そうはさせるか!』

 

 モビルスーツがビームサーベルを突き出したのと、ジブリールが拳銃の引き
金を引いたのはほぼ同時であった。

 

「アズラエル……決着は地獄で付けよう。どうせ、貴様もそこにいるのだろう」

 

 最後の時、ジブリールは笑っていた。それは敗者が浮かべる笑みではなかっ
た。

 
 

 ロード・ジブリール。小さな資産家の息子として生まれ、その実力を持って
ブルーコスモスの盟主と、ファントムペインの総大将になった男が自らの手で
命を絶った。
 最後の時、彼が思い浮かべたのは一人の少女の姿であった。そう、彼はここ
に来る前、既に敗北していたのだ。彼女に負けたときから、彼はこうなる運命
だった。
 だからこそ、ロード・ジブリールは自分の死を受け入れた。
 彼は最後まで、自分を貫いて、死んでいった。

 
 

 サトー率いるダイダロス強襲部隊が、ダイダロスの守備兵力と司令室を制圧
したとき、今まさにミネルバ率いるザフト軍が月の勢力圏に入るところであっ
たという。
 タリアは、索敵士官によってもたらされた事情をすぐに了解した。謎の集団
によってダイダロス基地が壊滅させられ、敵味方は不明とのことであった。

 

「全艦後退! 月勢力圏内から離脱する」

 

 後にも先にも、タリアが指示した命令の中でこれほど見事なものはなかった。
 タリアがこのまま全身を進めていれば、ミネルバはビルゴによって撃沈され
ていたことだろう。

 

「何が、起こったっていうんだよ」

 

 出撃準備をしていたシンは突然の待機指示に困惑を隠せなかった。

 この時この世界で何が起こっていたのか、その全てを知る者はそう多くはな
い。だが、端的に言えばたった一言で済むのかも知れない。
 アスラン・ザラが蜂起した。彼の起こしたクーデターが成功し、ザフト及び
ファントムペインの総司令官が、共に戦死した。
 それだけの、ことだった。

 

                                つづく