W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第59話

Last-modified: 2008-03-03 (月) 01:50:23

「……キラ」

 

 かつて自分が思い描いていた世界――キラがいて、カガリがいて、アスラン
がいて、多くの仲間や友人に囲まれながら、オーブという平和な国にで、暖か
い日差しの下で手を取り合い、静かに時を過ごしたい――そんなラクスのささ
やかな夢が今、完全に消えた。
 ラクスは、ゆっくりとキラの私室に入る。
 着替えを終えたキラは、振り向きラクスを見つめる。昨日までの彼とは明ら
かに違う、覇気に溢れる強い瞳と、どこか人を安心させる穏やかな表情で。そ
こには一切の余情がなかった。ただ一つ、キラ・ヤマトという少年の持つ決意
が、ラクスに伝わってきた。

「その格好は、どうして?」

 

 それでもラクスは、尋ねずにはいられなかった。彼女は、キラの口から自分
の考えを否定して貰いたかったのだ。

 

「ラクス……僕は行くよ」
「行く? どこに行かれるというのですか?」
「アスランを、止めに」

 

 半ば、予想していた答えだった。ラクスは首を振って、彼に劣らぬ強い視線
を向けた。

 

「無理です、アスランが嘘や冗談であの演説を行ったことぐらい、キラにも判
っているんでしょう? キラが説得に行ったところで、聞き入れるとは思えま
せん」
「うん、確かに君の言うとおりかも知れない……でも、それでも僕は、アスラ
ンと話がしたいんだ」

 

 例え、アスランと戦うことになったとしても。

 

「キラ、あなたはこの一年以上もの間、モビルスーツには一度も乗っていませ
ん。私には、あなたがアスランに勝てるとは……とても」

 

 ラクスは理想論者だが、決して現実が見えていないわけではない。世間では
英雄だ何だと言われているが、ラクスはこの一年以上キラと一緒に暮らしてき
た。ついこの前まで、何に関しても無気力、無関心だった彼が何をどうすれば
モビルスーツなど乗れるのか。

 

「ラクス、僕は前大戦で死ぬべき存在だったんだ」
「キラ……!」
「それがこうして生き残って、この一年間君の好意に甘えて生きてきた。僕に
はもう、存在理由なんてないのに」

 

 キラは、ラクスの気持ちには気付いていた。キラ自身、別にラクスが嫌いな
わけじゃない。好意も持っている。だけど――

 

「多分、これが僕に与えられた最後の役目なんだ。アスランが地球を壊すとい
うのなら、僕はそれを止める。だからラクス、僕を行かせてくれ」

 

 真剣な表情で語りかけるキラを見て、ラクスは何も言えなくなった。ラクス
は悟ったのだ。キラが彼の生命力ともいえる力を全身に注ぎ込み、もう二度と
増えることのないその力を、短期間の内に燃焼させようとしていることを。

 
 

         第59話「ラクスの願い」

 
 
 
 

 アスラン・ザラが、ロッシェ・ナトゥーノ達と交戦中のイザーク・ジュール
とディアッカ・エルスマンを急遽呼び戻したのにはわけがあった。それはビル
ゴを五十機ばかり率いてファントムペイン月面基地アルザッヘルの攻略に向か
ったサトーから、アルザッヘルが爆破、放棄され、艦隊などの戦力が姿を消し
ていたからだ。

 

「ウルカヌスに奇襲を掛ける気かも知れない。兵力を結集しろ」

 

 まだウルカヌスには二百五十機以上のビルゴⅡが居たのだが、アスランはそ
れらを指揮する人材として、イザークとディアッカを呼び戻したのだ。
 だが、この心配は杞憂に終わった。アルザッヘルを離脱した艦隊は、ウルカ
ヌスへの奇襲などは一切考えていなかったのだ。基地司令官であるファントム
ペインのイアン・リーは、ダイダロスで起こった異変にいち早く気付くと、ア
スランが兵力を差し向けるよりも早く、基地の放棄を決定したのだ。元々、出
撃準備をしてあったのが幸いし、素早く事は進んだ。

 

「核貯蔵庫にも爆薬をセットしろ。敵に渡してはいかんぞ」

 

 運びきれない食料品等の物資も爆破によって燃焼させ、サトーが到着したと
きには廃墟と化したアルザッヘルが残るのみだったという。イアンはその隙に
艦隊を地球の衛星軌道上まで進軍するよう指揮を執った。

 

「我々は地球を守るための宇宙艦隊だ。ならば、地球にあって指示を待とうで
はないか」

 

 やがて、ネオ・ロアノークからムウ・ラ・フラガへと戻ったムウから、イア
ンの元へ協力要請が届いた。イアンはこれを快く応じた。

 

「フラガ大佐、とでも呼べば宜しいですかな?」
『よせよ……俺はもう大佐じゃないさ』
「なら、こう呼びましょう。世界統一国家群最高司令官閣下、と」

 

 ファントムペイン宇宙軍の協力を取り付けたムウは、積極的に活動を開始し
た。彼はオーブを除く世界中から兵力をかき集めだしたのだ。あくまでアスラ
ンに対し地球全土を上げた総力戦を行う姿勢を崩さず、ムウへの協力を拒否す
る国に対しては、迷わず武力を使った。

 

「地球が滅びるかどうかの瀬戸際に、地球人同士が手を取り合わないでどうす
る!」

 

 ムウの怒声は彼への協力を渋る各国首脳にもある程度の効果はあったようで、
彼らはおよそ無茶とも言えるムウの命令、モビルスーツと名の付く全機動兵器
の提供を行った。旧式のダガーを始め、建造されて間もないウィンダムや解体
寸前だった損傷機体なども応急修理が行われた。さらに、水中モビルスーツに
至っては水中装備が取り外され、宇宙でも活動できるように改造が施された。
これに対しては非効率的すぎるという非難の声も上がり、また地上から兵力が
消えれば、敵が地球に降下してきた際に対応が出来ないとの批判が巻き起こっ
た。

 

「地球に降下? 違う! 奴らが地球に降下してきた時点で、俺達の負けなん
だ。奴らを宇宙で食い止めて倒す、これが俺達の最低条件だ」

 

 どんなにガタがきている機体でも、通信や伝令などには使用できると考えた
のだろうか? ムウは完全に動かない廃棄機体を除いた、世界中のモビルスー
ツをパナマ宇宙港やビクトリア宇宙港に送り込み、続々と宇宙に上げていた。
そして、地球からモビルスーツが消えた。

 
 
 

 その頃、よりアスランに近い立場であるはずのザフト軍は完全に混乱してい
た。ミネルバは撤退した地上軍を結集してプラント付近の宙域に来ていたが、
ザフト及びプラントのあまりの混乱振りに、未だに帰投できないでいた。

 

「既にザフト軍から三割もの兵力が、アスラン・ザラの賛同者となって続々と
彼の拠点である衛星に集結しています」

 

 ウィラード、タリアなど地上から撤退してきた高官たちの会議が開かれた。
アスランと直接戦った者として、シンも会議の場にいることが許されている。

 

「プラント国内において、旧パトリック派の議員を中心に非公式ながら指示の
動きが見られます。また、市民レベルでも先日のヤヌアリウス、ディゼベルで
の一件から、アスランへの支持者が……」

 

 報告しながら、アーサーは溜息を付いた。唯一の救いは、ミネルバやその他
艦隊からアスランに賛同している者がいない点だろうか。いや、今でこそ軍規
を戒めることで秩序を保っているが、本心ではアスランの下に赴きたいと思う
者は少なくはないはずだ。

 

「アスラン・ザラの考えが、プラント全体の本意ではない。奴は正しき正義が
どうとか、真なる秩序が云々と格好付けた台詞を吐いていたが、結局は軍事ク
ーデター勢力である自分たちの行いを砂糖衣のような甘い言葉で美化し、正当
性を主張したいだけなのさ」

 

 ウィラードの言葉は辛辣を極めた。彼は少なくとも、アスランの覇権を一切
認めてはいなかった。

 

「さて、皆の衆……どうするかね? アスラン・ザラは地球を壊すと言ってい
る。我らは、どう動くべきかな?」

 

 彼がわざわざ他者に聞いたのは、彼自身はとうの昔に為すべきことを決断し
ていたからだ。しかし、如何に彼が決断したところで他者が付いてこないので
は何の意味もない。

 

「戦いたいとは、思っております」

 

 遠慮がちに発言したのは、ミネルバ艦長タリア・グラディスである。

 

「ですが、とても勝てる気がしません。彼は我々も想像の付かないような高度
な機動兵器による兵力を有しており、それは一般兵士であっても知るところで
す。我々が戦っても返り討ちに遭うだけで、もし我々が無理に戦いを断行すれ
ば、それこそ兵士の心が離れるのではないでしょうか?」
「確かに……兵士に勝ち目のない戦いで死ねとはいえませんからね」

 

 アーサーが言葉を続けるも、彼にしたって勝ち目のない戦いで死ぬのはゴメ
ンだ。彼は玉砕特攻の精神など持ち合わせてはいない。

 

「ザフトから賛同者が出ている以上、同士討ちは避けられんからな」

 

 今ひとつこちらに戦力が、アスランに匹敵とは言わないまでも、抵抗が出来
るだけの力があれば話はまた違ってくるのだが。

 

「どちらにしろ、我々が行動を起こすには国防委員会と、統合本部の命令がな
いといけないわけだが……最早、軍規も何もあったものじゃないな」

 

 結局の所、コーディネイターはナチュラルが嫌いなのだ。核を撃たれ、それ
以上の惨劇を起こしたビーム砲を撃ち込まれ、これでも平常心を保っていられ
るプラント市民はまずいない。そしてそれは、ザフト軍人にもいえることだ。
 悩むウィラードらの元に、ミネルバの新人オペレーター、アビーという名の
女性から報告が入った。正体不明の艦船が、ミネルバに接触を求めてきたとい
う。通信者の名は、オデル・バーネット――

 
 
 

「オデルさん、お久しぶりです!」

 

 修理されたジェミナス02に乗って、オデルがミネルバへと乗り込んできた。
彼一人ではなく、ハワードが一緒だった。

 

「シン……何というか、元気だったか?」

 

 事態が事態だけにどんな言葉を掛けても妙な感じではあるのだが、とりあえ
ずオデルはごくごく平凡な言葉を掛ける。

 

「はい、その、色々ありましたけど、今は元気です」
「そうか、もし良かったら、何があったのか後で聴かせてくれ」
「はい!」

 

 オデルはタリアと握手を交わし、お互いの無事を祝うとタリアとアーサー、
そしてレイとルナマリア、シンにウィラードを加えた面子に内密な話がある嫁
げた。

 

「私たちは、アスランが手に入れた力が何であるのかを知っています」
「何ですって!?」
「それを、あなた方にはお話ししなければならないでしょう」

 

 タリアは半信半疑であったが、オデルに遅れること四十分余り、ロッシェと
ブルム、そしてシホがミネルバへと到着した。ロッシェのことはラクス・クラ
インの護衛ということで知っている者もいたが、オデルの知り合いであること
を知ったのは今日がはじめてという者が多い。

 

「何? あの金髪美形は」

 

 ルナマリアに至っては、ロッシェを見るのが初めてであり、彼の貴公子とし
ての服装や面持ちに驚いていた。

 

「王子様とそのお付きって感じね」

 

 ロッシェの横に立つ長身でガタイの良いブルムを見ながら、ルナマリアが呟
く。さながら乗馬クラブに紛れ込んだ柔道部員と言ったところか。
 ハワードはロッシェの機体を見て、彼が戦闘で機体を酷使したことに呆れ、
溜息を付くと、プリベンター巡洋艦から整備班を呼んで、レオスを巡洋艦で整
備するように命じた。
 そうして、やっとA.C.世界の人間とC.E.世界の人間によ初の合同会議が執り
行われた。ロッシェにすれば、ミーアやデュランダル以外の者にはじめて自分
たちが異世界人であることを告げる場であると認識していた。

 
 

 地上における混乱は、宇宙におけるそれに勝っていた。今や世界統一国家軍
の最高司令官となったフラガ司令官は精力的な活動を見せていたが、それに賛
同していない国が一箇所だけあった。オーブである。
 正確には世界統一国家に参入していないオーブに対し、ムウは積極的な軍事
協力を求めなかった。先のファントムペインとの一戦での疲労が回復しきって
いない軍隊に、戦える力はほとんど残されていなかったというのもある。
 だからといって、オーブが平穏であったかと言えばそうではない。アスラン
の宣戦布告は地球規模であり、当然オーブも含まれる。代表代行を務めるユウ
ナはそうした事態を前に、国民に対し会見を開いて事情を説明したり、暴発す
る一部過激派を押さえ込んだりと必死になっていた。
「僕には、国を統治するだけの力量はないんだ……カガリが早く帰ってきてく
れれば良いんだが」
 カガリは既に大西洋連邦首都を出発し、オーブへと向かっている。明日頃に
はオーブに帰ってくるだろう。

 
 

 だが、それを待たずして二人の訪問者がオーブ行政府を訪れた。これがただ
の一般市民代表団とかだったら、ユウナは忙しさのあまりに追い返しただろう
が、相手の名を訊いて顔色を変えた。

 

「カガリの弟君と、ラクス・クラインだって?」

 

 前代表の弟と、亡命者であるプラントの要人が面会に来たとあってはユウナ
も断るわけにはいかない。正直、面倒くさいことこの上ないが、会うだけ会っ
てみることにした。

 

「まさか、自分たちが地球を脱出する手配をして欲しい、なんて言い出すんじ
ゃないだろうな」

 

 もしくは、アスランに進んで協力する姿勢を示しに来たか。あり得ない話で
はないだけに、ユウナは苦々しい顔をした。
 実のところ、ユウナはキラ・ヤマトのことをそれほど詳しくは知らない。カ
ガリの姉弟という話だが、カガリ自身がつい一年前にその事実を知ったわけだ
し、ユウナが知ったのは前大戦後だ。彼女の頼みでラクス共々、秘匿亡命者待
遇でオーブに住まわせてはいるが、一度か二度会った程度で、印象も希薄だっ
た。
 戦争の後遺症で廃人になったとも噂されていただけに、それなりの覚悟を持
ってキラとの対面に望んだユウナだったが、彼が想像していたよりもキラは遥
に律動的で、眼光は強く、身体からは若干の覇気が滲み出ていた。しかも、礼
儀正しくユウナに挨拶したかと思うと、彼が驚く頼みを申し込んできたのだ。

 

「モビルスーツと、それを運搬するシャトル?」
「はい、それを僕に貸していただけませんか」

 

 何でもキラは、宇宙に上がってアスランと話し合いを、彼を説得したという
のだ。

 

「……話し合いだけなら、シャトルで十分のはずだ。モビルスーツを必要とし
ているところを見ると、説得が失敗した場合は、戦うつもりなのかい?」
「わかりません。そうならなければいいとは思っているんですが」

 

 勝算はあるのか、とユウナは訊かなかった。彼はキラの実力を、最強の英雄
という異名程度でしか知らず、間近で見たことはない。その点で、ユウナはラ
クスと同じくある種現実的な目線で物事を把握していた。

 

「ダメだ。オーブはまだアスランに対する立場を明確化していない。ここで君
にムラサメの一機でも貸せば、オーブがアスランに敵対することになってしま
う。それはまだ避けたい」

 

 気持ちはわからないでもないが、一個人の感情で国家が左右されるようなこ
とがあってはならない。ユウナはキラの頼みを一度は退けた。しかし、キラは
思いのほかしぶとく粘り強かった。

 

「じゃあ、僕に機体を強奪されたと公表してください。それなら、オーブは被
害者であって問題はないはずです」
「ご、強奪って君ね……」

 

 ユウナは救いを求めるように、先ほどからキラの隣、無言でソファに腰掛け
るラクスを見るが、ラクスは一言だけ、こう呟いた。

 

「代表代行……どうか、キラの好きなようにさせていただけませんか?」

 

 それは消え入りそうな小さな声で、しかも俯いてたためにどんな表情だった
かも確認できなかった。

 

「そういわれても、こちらとしても余分な機体はないからねぇ」

 

 これは嘘ではない。先の会戦で壊滅的被害を受けているオーブ軍にとって、
モビルスーツは最早一機たりとも欠損するわけにはいかない大事な兵力であっ
た。

 
 

「旧式のアストレイでも良いんです。お願いします!」

 

 キラは床に這い蹲って土下座をした。その姿に、ユウナは慌てて立ちあがる。

 

「そ、そんな土下座なんてしないでくれ……あぁ、困ったな。これじゃあ、ま
るで僕が悪者みたいに…………まてよ」

 

 何かに思い当たったようにユウナが表情を変えた。記憶の糸を探り当て、一
機のモビルスーツのことを思い出す。

 

「一つだけ、あるよ。オーブ軍機として正式登録されてなくて、外見上特徴も
それまでの機体と全く違うのが」
「それで、それでいいから貸してください!」

 

 キラの必死の訴えに、ユウナは遂に折れた。

 

「仕方ない……付いてきてくれ」

 

 行政府から車で一時間、専用艇に乗って移動した海の底に、その場所があっ
た。モルゲンレーテ社の秘密工場。ウズミ・ナラ・アスハが作らせた、秘密の
場所である。

 

「オーブに、こんな場所が……」

 

 整備の整った工場内を見ながら、キラは驚きの声を上げる。

 

「カガリには、内緒にしてたんだけどね。まさか、ウズミ様が影でこっそり軍
事兵器の研究と開発に勤しんでいましたなんて、言えないだろう?」

 

 オーブの獅子には、矛盾が多い。言動にも行動にも統一性がない。他国を侵
略せずと良いながら長路遠征用の空母を造らせたり、そのくせ武力を否定した
り。

 

「さて、着いたよ」

 

 重い扉を開け、ユウナとキラは格納庫へ足を踏み入れた。そこには一機のモ
ビルスーツが、目映い光りを放ちながら佇んでいた。

 

「これが、例の――?」
「そう、アカツキだ。前大戦中からウズミ様が主導となって開発を進めていた
幻の機体。笑えるだろう? オーブの象徴はモビルスーツ、武力なんだってさ」

 

 ウズミは国の力を、武力によって表現することを好んでいた。目に見える力
に違いはないが、それがオーブに対する各国の危機感を煽っていたと、何故気
づけなかったのか。まあ、今更の話ではあるが。

 

「こいつの開発は、僕が途中で辞めるように命令したから止まったままで、正
式にオーブ軍機としての登録はおろか、存在自体一部のものしか知らないんだ。
これなら、君に貸すことが出来る」
「開発が停止したってことは、未完成なんですか?」
「いや、機体の完成はしている。陸海空、宇宙と運用することが可能だ。だけ
ど、専用装備の開発は完全に打ち切られた」

 

 本来なら、空戦用の砲撃装備と、宇宙用のドラグーンシステムを利用した装
備が開発される予定だったのだが、ユウナはこんな前時代を象徴するようなモ
ビルスーツを完成させる必要はないとして、カガリに内緒で開発を停止させた
のだ。もっとも、カガリが知っていたところで、同じことをしただろうが。

 

「だから、武器といえばビームサーベルにビームライフルぐらいになっちゃう
んだけど……どうする? それでも行くかい?」

 

 最後の確認を、ユウナはした。

 

「……行きます。行って、アスランを止めてきます」

 
 
 
 

「俄には信じがたい話だな……」

 

 ウィラードは唖然としてオデルの説明を聞き入っていた。タリアもアーサー
も、レイもルナマリアも同様である。精神的不調から会議に乗り気でなかった
レイですら、驚きに口をポカンと開けている。
 ただ一人、シンだけは驚きはするものの、それほど大きなリアクションはし
なかった。

 

「シン、君は……知っていたのか?」

 

 オデルはそんなシンの反応を不思議に思って、もしやと尋ねる。しかし、シ
ンは首を横に振った。

 

「異世界の人間だとは思ってませんでした。でも、オデルさんは明らかに俺達
とは違った。機体の強さも、オデルさん自身の強さも……俺が違和感を強めた
のは、地中海での戦いの時です」
「あの時、敵陣を強行突破した私を見て?」
「違います。いえ、あれはあれで凄いと思いましたけど、あの時俺はオデルさ
んの機体を支えて、ミネルバまで帰還しましたよね?」

 

 アッと、オデルが口の中で小さく叫んだ。

 

「そうか、『重さ』か。君は俺の機体があまりに軽いことに気付いたのか」
「はい、支える俺の機体にほとんど負荷が掛からない。あの時、俺はオデルさ
んの機体が俺達とは別次元の方法で作られてるんじゃないかと思ったんです」

 

 ジェミナスに限らず、A.C.世界のモビルスーツの重量は、C.E.世界のそれと
比べて十分の一程度しかない。逆に言えばC.E.世界のモビルスーツはA.C.世界
の十倍重いわけで、シンがジェミナスの極端なまでの軽さに違和感を憶えるの
も、無理はないことだった。

 

「話を戻しましょう。私たちがこの世界に迷い込んだのは、ある軍事衛星の捜
索をしている最中でした」

 

 オデルはウルカヌスの解説を、実際の資料を下に解説を始める。核融合炉や
無人機動兵器など、シンたちには想像も付かないような機関や兵器が、なるべ
く分かりやすいように伝えられる。

 

「アスラン・ザラは恐らく、この世界に漂着したウルカヌスを何らかの形で入
手し、あのような遠大な計画を立てたのでしょう」

 

 恐ろしいことだが、確かにビルゴを利用すればアスランによる軍事独裁政権
の樹立は不可能ではない。C.E.世界の科学技術では、ビルゴに対抗できるモビ
ルスーツなど開発しようがないだろう。
「アスランの言った地球の排除、破壊がどのような内容なのかは分かりません
が、一刻も早く止めなければ取り返しの付かないことになります」
 オデルは断言するが、ウィラードが異を唱えた。
「簡単に言うが、勝算はあるのか? 三百機程度の機動兵器と言っても、その
実はこの世界のモビルスーツで換算して十倍の三千機では足りない性能なのだ
ろう? それとも、貴殿らと協力すれば勝てるとでも言うのか」
「いえ、それは……」
 正直な話、オデルにはそれを断言するだけの自信はない。ビルゴにも通用す
るモビルスーツと言えば、オデルのジェミナスとロッシェとブルムのカスタム
リーオーだけだが、敵はその百倍以上である。オデルが言いよどんでいると、
ハワードが助け船を出した。

 
 

「その点に関しては、こちらも色々考えている。心配するなという方が無茶だ
ろうが、信じて欲しい」

 

「ふむ……そう言われてもな。第一、貴殿らが予め情報を開示し、ザフトに協
力を求めていればこのような事態は防げたのではないか?」

 

 さすがは歴戦の宿将、鋭い指摘だった。確かにロッシェやハワードがデュラ
ンダルに事情を説明し、彼の協力を仰げばウルカヌスを早期発見、アスランの
企みを阻止することも出来た可能性はある。

 

「信用できなかった。ザフトも、そしてデュランダルもな」

 

 ロッシェが呼び捨てで議長の名を呟いたとき、レイが怒りに満ちた瞳を向け
た。レイには、ロッシェがデュランダルを侮辱しているように思えたのだ。

 

「強すぎる力というのは、ある種の錯覚を人に与える。その力が、自分自身の
強さだと思ってしまう……デュランダル議長がウルカヌスとビルゴを手に入れ
たとして、アスランと同じ行いをしなかったと、言い切れるか?」

 

 ギルバート・デュランダルは野心家だった。しかも、それほどレベルが高い
とは言えない部類の。目先の力に溺れ、ウルカヌスを悪用することも十分に考
えられる。

 

「聖人君主などこの世にはいないか……だとすれば、軍人であるアスランの方
が敵としては厄介だな」

 

 気持ちとしてはウィラードは当然アスランと戦いたい。だが、戦って負けた
のでは意味がないのだ。彼を倒し、その野望を打ち砕かねばならない。

 

「アスラン・ザラの弱点は、奴自身だ」

 

 透き通った声を発しながら、ロッシェが口を開いた。

 

「インフィニットジャスティスを名乗る賊軍は、アスランの存在を実質的なリ
ーダーというよりも、精神的な拠り所にしている。ここに付けいる隙がある」

 

 唐突と言えば唐突な発言に、誰もが怪訝そうな顔をする。

 

「つまり、アスラン・ザラの役割とはどちらかといえばシンボル的な意味が強
い。奴の父親は旧政界の右派・タカ派のトップで、主戦派の筆頭だった。息子
であるアスランは、まずそういった部類の人間たちを取り纏めることが出来る。
ザフト軍にしてみても、既に三割もの兵力がアスランの下へ行った。これは紛
れもなくアスラン・ザラという男の影響力の高さを意味している」

 

 しかし……と、ロッシェは言葉を繋げていく。

 

「逆に言えば、アスランさえ倒せば奴らはリーダーを失うだけではなく、蜂起
の大儀を体現する人物を失うことになる。アスランの影響力によって募った者
たちからすれば、アスラン以外の下で動く気にはならんだろう」
「内部分裂、というわけか」

 

 どこか納得したようにウィラードが頷く。

 

「そうだ、そしてこれはあくまで予想だが、リーダの椅子をめぐって必ず内紛
が起こる。これで自滅してくれると助かるが……」

 

 上手くいくとも限らない。第一、前提としてアスランを殺さなくてはいけな
い。戦場で倒すにしろ、暗殺するにしろ、これは容易なことではない。アスラ
ンだって自分自身が組織の弱点になりうることぐらい気付いているはずだ。

 

「アスラン・ザラは、プラントを武力制圧するでしょうか?」

 

 シホがオデルに意見を求めた。もし自分がアスランの立場なら、まずは地盤
なり基盤なりを作ることから始めると思い至ったからだ。

 

「恐らく、しないだろうな。アスランはなるべく市民を刺激したくないはずだ。
現時点でのアスランはクーデター勢力の頭目に過ぎず、市民から必ずしも好意
的に見られていないだろうからな」

 
 

「だが、ウルカヌスのデータを基にビルゴの量産ラインを作る可能性はあるの
ではないか?」

 

 ブルムの質問はもっともであり、あの凶悪兵器が次々に量産される姿を想像
してシンが軽く青ざめる。

 

「無理だな。確かにデータを入力すれば、理論上は量産化も出来る。けど、こ
の世界にはあるものが欠けている」
「ガンダニュウム合金、か」

 

 ハワードが呟き、オデルが頷いた。

 

「あの合金を精製するためのガンダニュウムがこの世界にはない。あれは何か
で代用の利くものじゃない」
「それなら話は早い。連中の戦力がこれ以上増えないのなら、長期戦を強いて
各個撃破していけばいい」
「ロッシェ、簡単にいうが長期戦となるとこちらも相応の準備が必要だぞ? 
補給を整え、物資を蓄え、その為の拠点が必要になる」

 

 問題はそこである。プラント最高評議会は未だに立場を明確にしておらず、
現時点ではアスランに協力するとも、協力しないとも言っていない。

 

「俺達は俺達で動かなくちゃいけないってことか……でも、補給や整備が出来
て、物資の蓄えがある拠点なんてどこにも」

 

 シンが頭を抱えるが、その隣に座っているレイが、一言ポツリと呟いた。

 

「ゴンドワナ……!」

 

 その呟きに、その場にいたC.E.世界の軍人たち全員が反応した。

 

「それよ! ミネルバも収容できるゴンドワナの規模なら、十分拠点としてな
り得る!」

 

 ルナマリアが叫ぶと共に、周囲に賛同を求める。

 

「確かに、ゴンドワナは艦艇の修理施設を備え、多くの物資が集まる一軍の拠
点だ。完全な自給自足とまでは言わないが、長期的な運用を考えればあれほど
効率のいい艦はない。おい、ゴンドワナは今どこにいる?」

 

 ウィラードが、アーサーに尋ねた。

 

「はっ、ゴンドワナはメサイアにおける攻防戦には参加せず、L5宙域において
本国の防衛を行っているはずです」
「ここからそんなに遠くはないな……」

 

 ウィラードは一同を見渡した。

 

「どうする? ゴンドワナを制圧して、アスランと戦うか? それとも、彼の
前に膝を屈するか」

 

 冗談じゃない、と叫んで立ちあがったのはシンである。

 

「アイツは、アスラン・ザラは裏切り者です! あんな奴に、膝を屈するなん
て、俺はゴメンです」

 

 この場にいるもの全員が、同じ気持ちだろう。ある者は育ての親を殺され、
またある者はかつての恋人を殺された。少女の一人は妹を奪われ、少女の一人
は愛する男に捨てられた。少年は男と刃を交え、青年は刃に友を斬られた。
 誰もが誰も、アスランとその一党に思うところがあるのだ。

 

「決まったな……では、そのゴンドワナとやらをさっさと制圧しよう。何、私
とブルムでならすぐに済む」

 

 話し合いは終わったと言わんばかりにロッシェが立ちあがりかけたとき、レ
イが強い口調で異を唱えた。

 
 

「あなたにこの役目を任すわけにはいかない」
「……どういうことだ?」
「あなたがギルを、議長を信用しなかったように、俺もあなたが信用できない。
ゴンドワナを制圧する役目は、この俺に任せて貰います」

 

 強い光りを放つ瞳と、鋭い眼光が一瞬交錯しあう。だが、ロッシェは特に拘
りを見せなかった。

 

「勝手にしろ。別に、役目を果たせるなら誰であろうと構わないだろう」

 

 オデル・バーネットとはともかくとして、ロッシェ・ナトゥーノやブルム・
ブロックスはこれまでミネルバのクルーとは一切関わりのない異端者であった。
レイはもちろんのこと、オデルに対し個人的崇拝をしているシンであっても、
ロッシェの尊大な態度には抵抗感があった。
 ウィラードは、統一性のない彼らを見て、内心溜息を付いていた。組織とし
ての統一性では、アスランもどっこいどっこいのはずだが、こんな調子で彼に
勝つことは出来るのか、と思ってしまうのだ。

 

 会議が終わった後、とりあえずプリベンター巡洋艦に行こうとしていたオデ
ルを、ロッシェが呼び止めた。

 

「オデル、一つ訊くが……ミーアは巡洋艦の方にいるのか?」

 

 今更になって、彼女の制止も聞かずに飛びだしてきたことを思い出したので
ある。

 

「いや、彼女はコルペニクスに置いてきた。あそこは中立都市だし、アスラン
の侵攻対象じゃない。安全だと思ったんだが」
「そうか……そうだな、その通りだろう」

 

 出来れば、今回の戦端にミーアを巻き込みたくないとロッシェは考えていた。
ミーアにとってアスランは、形式上の婚約者であるが、少なからず好意も持っ
ていた相手だ。そして自分は、その相手を殺そうとしている。

 

「まったく、世の中とままならぬものだな」

 

 ロッシェは溜息を付くが、その溜息を打ち消すように艦内放送が鳴り響いた。
オペレーターが、ウィラードやタリアを艦橋に呼んでいるのだ。ロッシェとオ
デルは顔を見合わせると、小走りで艦橋に向かった。

 

「アビー、何があったの?」

 

 タリアが駆けつけ、新任のオペレーターに問いただす。ウィラードも現れた
が、老体で走ったのが堪えたのかぜえぜえと肩で息をしている。

 

「そ、それが……その」
「ハッキリ言いなさい!」

 

 ロッシェとオデルも駆けつけたが、不穏な空気に眉を顰める。すると、アビ
ーが衝撃的な一言を告げた。

 

「月面都市コルペニクスが、ファントムペインの残党と思われるテロリストに
占拠されました!」

 
 
 

 オーブではキラ・ヤマトの出撃準備が着々と進められていた。アカツキの起
動実験が行われ、OSをキラ専用に調整していく。アカツキを収容するシャトル
と、それを打ち上げる場所も検討された。
「カグヤを使うのはまずい。セイラン専用のカタパルトがある。あそこから打
ち上げよう」

 

 ユウナは割り切ったのか、キラに対する協力を惜しまなかった。キラもそれ
に応えるべく、身体を酷使してでもかつての感覚を取り戻すのに必死だった。
アカツキのコクピットに座り、モビルスーツに対する抵抗感を少しでも減らそ
うとしている。そんなキラの姿を、ラクスは影から見つめることしかできなか
った。彼女はまだ、キラを止めたいと思っていた。ここで止めなければ、キラ
はもう二度と自分の下へは戻ってこない。
 だけどそれは出来なかった。回りがキラを応援し、支援する中で、自分が止
めては水を差すようなものだ。

 

「キラ……」

 

 ラクスはこの期に及んで、キラに遠慮していた。これまで彼女がしてきたこ
とを鑑みれば、ラクスには止める権利があっても良いはずなのに、ラクスには
それをするだけの勇気がなかったのだ。

 

 やがて、キラが出撃する時が来た。カガリの帰還を待たずしての出発に、少
し待ってみてはどうだというユウナの意見を、キラは辞退した。

 

「きっと、カガリは怒るから。怒って、僕を行かせてくれないと思う」

 

 カガリは悟っているから――アスランが既に、誰の言葉も聞かないであろう
と言うことを。

 

「じゃあ、そろそろ行きます。皆さん、ありがとうございました。どうか、お
元気で」

 

 くるりと踵を返し、キラはアカツキへと歩み寄っていく。
 今しかない、今言わなくて、一生その機会を失う。

 

「キラッ!」

 

 ラクスが叫んだ。震える声を力一杯絞り出しながら、愛する男の背に向かっ
て投げかけた。

 

「……ラクス」

 

 キラは、振り向かなかった。振り向かずに、彼女の声に応える。それでも、
ラクスには言うべき事があった。

 

「今更、行かないでとは言いません……あなたは私が止めても、行ってしまわ
れるのだから。だけど、だけどこれだけは約束してください!」

 

 ラクスの瞳から、涙が溢れ、こぼれ落ちていた。振り向かずとも、キラには
それが判っていた。

 

「必ず、必ず帰ってきて。生きて、生きて私のもとに返ってきて、ください」

 

 ささやかな、願いだった。キラを止めることが出来ないラクスにとって、唯
一許された願い。その直向きな感情に、その場にいた誰もが心を打たれた。
 それでも、キラは振り向こうとはしなかった。

 

「約束は――」

 

 キラが口を開いた。低い声で、彼は自分の言葉を発した。

 

「約束は、出来ない」

 

 断言して、キラはアカツキへと向かって歩み始めた。その背を見ながら、ラ
クスが静かに、崩れ落ちた。

 

「キラァァァァァァァァァァァァァァ!」

 

 届くことのない叫びだけが辺りにこだまして、虚しく散っていった。

 

                                つづく