W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第58話

Last-modified: 2008-03-03 (月) 01:49:30

 ブルム・ブロックスが生きていたことに対し、彼の生涯を知る者なら疑問を
憶えずにはいられないだろう。彼はA.C.世界において星屑の騎士の一人として、
ロッシェ・ナトゥーノらと共にOZプライズに所属していた。
 勇猛果敢にして猪突猛進な彼は、愛機であるカスタムリーオーレオンと共に
持ち前の力強さを周囲にアピールしてはその剛胆だがサッパリとした性格から、
2m近い長身に強面の風貌ながらも意外と周囲に好かれていた。
 そんな彼が戦死したのは、同じく星屑の騎士であるクラーツ・シェルビィの
裏切りと、OZの破壊将軍といわれた男、ヴァルダー・ファーキルと戦った結果
である。当時、狩猟の場としてMO-Ⅴを標的にしていたOZプライズに対し、コ
ロニー側は民間人の脱出と保護の許可を求めてきた。騎士である彼らには名誉
と矜恃があり、一般市民を傷つけまいと考えたロッシェの判断によって、脱出
が認められたのだ。その判断にブルムも賛成であったし、自ら進んでシャトル
の誘導を買って出たほどだ。
 しかし、ヴァルダー・ファーキルがその場に現れたことによって全てが変わ
った。彼が守るべき使命を任された民間人を乗せたシャトルが攻撃され、破壊
されたのだ。自分の見ている前で行われた惨劇にブルムは怒り狂った。そして、
攻撃をしたヴァルダーと、彼の機体であるハイドラガンダムに対しビームサー
ベルを引き抜き戦いを挑もうとしたのだ。
 だが、ヴァルダーには剣と剣を交えて決闘するなどという、OZの騎士道精神
など持ち合わせてはいなかった。バスターキャノンの一撃でレオンを吹き飛ば
し、ブルムを戦死させたのである。

 

 本来ならこれでブルムの生涯は終わっていたはずなのだが、そうはならなか
った。何と奇跡的にもレオンはコクピットブロックが無事だったのだ。分厚い
装甲に守られ防御力が上昇していたレオンでなければ、このような奇跡は起こ
らなかったであろう。傷つきながらも宇宙を漂流していたレオンは、MO-Ⅴ宙
域を離脱して、民間船へ拾われたのだ。命こそ取り留めていたものの、重傷を
負っていたブルムはそのまま近くのコロニーの病院に送り込まれ、結局MO-Ⅴに
おける一連の事件や、世界国家軍とホワイトファングの戦争が終結するまで病
院のベッドで過ごしていたのである。
 晴れて退院した時には既に戦後で、ブルムは正直身の振り方に戸惑っていた。
調べた結果、彼が所属していたOZプライズどころかOZ自体がとうになくなって
おり、ロームフェラ財団も解体されていたのだ。財団に預けていた彼の資産も
当然消えており、このままでは入院費も払えない。途方に暮れていたブルムだ
ったが、そんな彼の前に一人の女性が現れた。

 

「ブルム・ブロックス、お前の盟友ロッシェ・ナトゥーノと共に、プリベンタ
ーで働くつもりはないか?」

 

 入院費等を肩代わりし、彼に職を与えてやると言ってきたのはかつてOZに在
籍し、何度か会ったことのある相手、レディ・アンだった。彼女は戦後の事後
処理に追われる最中、ブルムが生存していることを知ったのだ。断れる立場に
なかったブルムは首を縦に振り、プリベンターの一員となった。彼はロッシェ
と再会し、共に生存の喜びを分かち合い、修理及び強化されたレオンを愛機に
プリベンター活動していたのだ。

 
 

            第58話「最後の灯火」

 
 
 
 

「オォゥッ!」

 

 力強く振り上げられたビームサーベルの一撃を、メリクリウスもまたサーベ
ルで受け止めた。だが、レオスの時は弾き返すことが出来た斬撃が、今度はと
てつもなく重い。

 

「こいつ、出力が……!」

 

 ブルムのカスタムリーオーレオンは、主に装甲と出力が強化された機体だ。
たくましい牡牛を思わせる重装甲に、並のモビルスーツならば投げ飛ばすこと
も可能とされるパワー。現にレオンはガンダムタイプに匹敵するG-UNITジェミ
ナス01を羽交い締めにし、動きを封じたことがあるのだ。

 

「接近戦、望むところだな」

 

 ビームサーベルで斬り込みながらも、レオンは胸部のマシンキャノンを発射
した。実体弾などガンダニュウム合金を持つメリクリウスには無力だが、衝撃
が伝わらないわけではない。イザークは慌てて距離を取り、プラネイトディフ
ァンサーで防御する。そこにレオンの持つハイパーランチャーが撃ち込まれ、
防御を揺るがした。

 

「こいつで貫けないとは、さすがに硬いな」

 

 この装備は、かつて宇宙機雷との連携でG-UNITジェミナス02、即ちオデル・
バーネットの乗る機体を撃破したことがある。ガンダムタイプにも通用する兵
器で、対ビルゴ用として持ってきていたのだ。

 

「新手のお前! お前は俺が相手だ!」

 

 レオンに向けて、ヴァイエイトがダブルビームキャノンで砲撃を仕掛けてき
た。ブルムはこれを避けて応戦するが、ディアッカも素早く避けている。

 

「ディアッカ、何を勝手に――」

 

 頼んでもいない援護射撃にイザークが何か言いかけたとき、ビームライフル
の閃光がメリクリウスを撃った。

 

「イザーク・ジュール、貴様の相手はこの私のはずだが?」

 

 ディフェンサーネットを解かれ、機体制御を取り戻したロッシェのレオスが
戦闘に復帰したのだ。

 

「面白い、何どでも返り討ちに……」

 

 ビームサーベルを構えるメリクリウスであったが、そこにウルカヌスから、
アスランからの通信が届いた。

 

「撤退命令だと!?」

 

 今すぐ戦闘を中止し、撤退するように指示が下ったのだ。イザークは歯ぎし
りするが、命令は命令である。
 レオスとの距離を開け、ヴァイエイトと合流する。

 

「まあいい、ロッシェ・ナトゥーノ。次会うときが貴様の最後だ。既に俺は、
お前の実力を上回っている。そのことを忘れるなよ!」

 

 叫んで、イザークは踵を返し離脱していった。

 

「逃げるのか!」

 

 ロッシェはこれを追撃しようとしたが、ブルムがそれを諫めた。

 

『よせ、ロッシェ。向こうが退いてくれたんだ、深追いは避けろ』
「しかし、このまま奴らを見過ごすわけには!」
『冷静になれ、敵は三百機以上のモビルドールを持ってるんだぞ。お前一人で
何が出来る』

 

 他でもない猪突猛進を旨とするブルムに「冷静になれ」などと注意を受けた
のが堪えたのか、ロッシェは押し黙ってしまった。

 
 

「……どうするというのだ、これから」

 

 不満そうに呟くロッシェに、ブルムはやれやれと肩をすくめる。

 

「ハワードたちに合流するぞ。オデル・バーネットと一緒に、ミネルバという
戦艦に向かってるらしい」

 

 そこでこれからの対応を練ると言うことらしい。オデル曰く、ミネルバはま
ずアスランの陣営には加担しないとのことだった。

 

「良いだろう……ミネルバとやらに向かおう。だが、その前に」

 

 ロッシェは近くに浮遊する機体、紫色のザクに目を向けた。他でもない、ロ
ッシェの危機を救ってくれた恩人である。

 

「その機体のパイロット、貴官はこれからどうする?」

 

 ロッシェの問いに、半ばコクピットで放心状態だったシホは我に返った。

 

「……私も、ミネルバまで同行させて貰います」

 

 暗い声で、シホは答えた。事実、彼女の心は暗闇に支配されつつあった。敬
愛し、好意を持っていた男に殺され掛けたのだ。シホは軍人だが、軍人が常に
強い心を持っているわけではない。彼女の心は、ひび割れたガラス細工のよう
に、ズタボロになっていた。

 
 

 ミネルバにおいて、一人の男が医務室で目を覚ましていた。

 

「う…あ…」

 

 光のまぶしさに目を閉じかけながらも、自分が生きていることを実感し始め
たその男の名はスウェン・カル・バヤン。ファントムペインにてストライクノ
ワールの搭乗者として腕を鳴らしたエースパイロットである。

 

「俺は、生きて、るのか?」

 

 ぼんやりとだが、寝覚めの意識と記憶がハッキリしだしたスウェン。確か自
分は、戦場にいたはずだ。ザフトと戦い、コーディネイターを始末していた自
分は、突如現れた謎の機動兵器に襲われ、そして――

 

「そうだ、俺は、アスランとアスラン・ザラと……」

 

 起きあがろうといて、スウェンは痛みを身体に感じていた。どうやら、怪我
をしているらしい。よく見れば身体に新しめの包帯が巻いてあるではないか。
そもそもここはどこなのか。医務室のようだが、ファントムペインの艦艇が自
分を拾ってくれたのか?

 

「あら、起きたみたいね」

 

 声は、すぐ側から聞こえた。振り向くと、すぐ側に女性が、少女とおぼしき
年齢の娘が座っていた。
 少女の着る軍服に、スウェンは見覚えがあった。

 

「お前は……」
「私? 私はルナマリア・ホーク。このミネルバの所属してるモビルスーツパ
イロットよ」
「ミネルバ、だと?」

 

 スウェンの顔色が変わった。ザフト軍艦ミネルバ。彼と仲間たちが幾度とな
く戦い、遂に倒せなかった戦艦。死神と呼ばれ、悪しきコーディネイターが乗
る憎き存在。

 

「何故、ザフトが俺を……」

 

 ベッドから降りようとしたところで、スウェンは腹部を押さえて蹲った。

 

「ちょ、ちょっと大丈夫?」

 

 ルナマリアが駆け寄り、スウェンの様子を見る。傷が痛むのだろう、荒い息
づかいをしている。

 
 

「教えろ、何故俺を助けた」
「知らないわよ、そんなの。あんたを助けたのは私じゃないもん」
「何……?」
「良いわ、今呼んでやるわよ。あんたを助けた奴」

 

 ルナマリアは壁に取り付けられた内線で、艦長及びシンにスウェンが目を覚
ましたことを教えた。ほどなくして、彼らがドクター等と共に医務室へと現れ
る。

 

「良かった、目が覚めたんだな」

 

 シンが嬉しそうに言う。

 

「お前が、俺を?」
「あぁ、シン・アスカ。インパルスのパイロットだ」
「……あのトリコロール機か」

 

 スウェンは幾度となく戦場で遭遇し、何度も戦った機体の姿を思い出した。
そして、思い出したところでまたわからなくなった。

 

「どうして、インパルスのパイロットが俺を助けたんだ。俺はファントムペイ
ンで、お前らザフトの、コーディネイターの敵だぞ」

 

 もっともな疑問である。放置していくのが普通であり、トドメを刺すという
方がまだしっくり来る。まさか、捕虜にしたわけでもあるまい。

 

「どうしてって……言われてもな」

 

 シンは困ったようにルナマリアを見るが、彼女は肩をすくめる。

 

「あの時、傷ついた機体を見て、ほっとけなかったんだ。このままにしておけ
ば、パイロットは死んでしまう。そう思ったら、いつの間にか助けてた」
「俺が、ファントムペインなのにか」
「そんなの関係ないんだ。助けたいから助けた。それだけだ」

 

 唖然として、スウェンはシンを見た。何かが、自分の中で音を立てて崩れて
いく。

 

「変な奴でしょ? これで軍人、しかもエースってんだから笑っちゃうわよね」

 

 同意を求めかけるように、スウェンに笑いかけるルナマリア。それはとても
自然な笑みで、スウェンに対する、ナチュラルに対する抵抗感がないように思
えた。
 スウェンは自分の中で崩れているものが何であるかを悟った。それはこれま
で彼がブルーコスモスによってすり込まれてきたコーディネイター像ともいう
べきものだった。悪鬼のように教え込まれたコーディネイターに、自分は命を
助けられたのだ。スウェンは、とても複雑な心境になっていた。

 

 裏話をすれば、スウェンにルナマリアが付き添っていたのはファントムペイ
ンのパイロットである彼を警戒し、同じくパイロットであるルナマリアを側に
置いて様子を見るためだった。本来なら、シンやレイがするところなのだが、
レイはデュランダルの戦死にショックを受けて部屋で塞ぎ込み、シンはそれに
付き添っている。

 

「意外と普通だったわね。寝顔眺めてたときは、どんな奴かと思ってたんだけ
ど」
「まあ、同じ人間だし」

 

 ミネルバの廊下を、シンとルナマリアが歩いている。二人とも、ずっとレイ
やスウェンに付き添っているわけにもいかない。今は食事を取るために、食堂
へ向かっているのだ。 

 
 

「シンに助けられたことに驚いてたみたいだけど、普通は助けないからねー」
「そうかな?」
「ナチュラルは、それもファントムペインよ? しかもあの機体、アンタ何回
も戦ってるじゃない」
「あぁ、何度も負けたよ」
「どうしてそれを助けたのか、理解できないんでしょうね」

 

 実際、ルナマリアにも理解できないのだが、シンらしいといえば、シンらし
いの一言で済むことでもあった。
 一方のシンは、笑いを絶やさないルナマリアにどことない違和感を憶えてい
た。彼女は一切話題に出していないが、アスランが蜂起したと言うことは、彼
女に個人的な問題を突きつけているはずだ。
 即ち、メイリン・ホーク、ルナマリアの妹はどうしたのかと。

 

「ねぇ、シン……」

 

 ふいに、ルナマリアが足を止めた。シンもつられて、足を止める。

 

「アンタ、誰か好きな奴いる?」
「な、なんだよ、急に」
「……アタシにはね、いないのよ」

 

 ルナマリアの声は、先ほどまでの明るさが一切消えた重いものだった。

 

「今まで生きてきた中で、恋をしたことは結構あったと思う。でも、人を真剣
に愛したことは、多分ない」

 

 背中越しにルナマリを見るシンは、彼女が今どんな表情をしているのか、気
になった。

 

「どんな気分なのかな、人を愛するって。人を心の底から好きになったら、家
族のこととか、どうでも良くなっちゃうのかな?」
「ルナ……」
「私があの娘の気持ちを理解できないのは、私のせいなのかな。きっと、こん
な姉だから、あの娘は……」

 

 シンは、ルナマリアに何と声を掛けるべきか迷っていた。シンも妹を持って
いた身であるが、兄妹と姉妹ではまた少し違うだろう。シンが言葉を発しよう
として、上手い言葉を見つけられないでいると、ルナマリアが腕で目の辺りを
ごしごし擦って、シンに振り返った。

 

「ゴメン、今の無し。忘れて」
「ルナ、俺は」
「私の中でも、まだ纏まってないの。アスランのことも、あの娘のことも。だ
から、今のは無し……さっ、食堂行こ」

 

 実のところ、この時ミネルバ含むダイダロス攻略艦隊は行き場を失って宇宙
を彷徨う船団であった。アスランによってザフトが破られ、指導者たるデュラ
ンダル議長を失った彼らは選択に迫られていた。
 アスランに服従するのか、それともあくまで抵抗するのか。シンの報告によ
って、アスランが未知の機動兵器を有していることがわかっている。抵抗した
ところで、捻り潰されるのではないか? また、ザフトからアスランへの賛同
者が現れた場合、最悪ザフト軍同士の戦いとなる可能性だってあるのだ。

 
 
 
 

 地球において一番の衝撃を受けたのは、発足されたばかりの世界統一国家の
閣僚たちかも知れない。
 オーブの姫、カガリ・ユラ・アスハを擁し、邪魔者であるロード・ジブリー
ルを追放した彼らは、一つに統一された秩序と政体を持って世界を動かし、運
営していくはずだった。旧国家間、民族間での紛争など問題は山積みであるが、
この新たな体制下で彼らは支配者としての地位と権力を確立しなくてはならな
い。軍需産業複合体ロゴスの全面バックアップを受ける彼らには、それなりの
決意と打算、さらには根拠もあったが、現実という名の二文字は、時として彼
らの予想を遙かに超えたものを突きつけてくる。彼らの仇敵であったロード・
ジブリールが抹殺され、彼らは状況も理解できぬままに新たな敵、アスラン・
ザラに対抗しなくてはなからなかったのだ。

 

「まさか、ジブリールが死ぬとはな……」

 

 小さな声で呟いたのは、他でもない世界統一国家代表であるカガリ・ユラ・
アスハである。彼女は世界統一国家などという組織に一ミクロンの感慨も抱い
ていなかったが、ジブリールには少なからず思うところがあった。

 

「殺しても、死ななそうだったのに」

 

 憎んでも憎み足りない、恨んでも恨み足りない悪党であったが、いざ死んだ
と言われると、何故だかカガリは心の中にポッカリと穴が開いたような気分に
なるのだ。最後まで好きになれない奴だったが、実はそこまで嫌いでもなかっ
たのではないか、などと考えてしまう。今となっては、どうでもいい話である
が。
 それよりも彼女が問題にしなければならないのは、目下地球に対し宣戦布告
を行ったアスラン・ザラのことについてだ。随分と久しぶりにその姿を見たが、
まさかそれがこんな形になるとは、思いもしなかった。彼は地球を壊すなどと
言っているが、本気だろうか? 冗談だと思いたいが、彼は冗談や嘘の類を得
意とする方ではない。第一、元々彼はユニウスセブンの一件が原因でザフト入
りしたぐらいだから、今度のジブリールの蛮行に腹を立てて、ということもあ
り得るが……

 

「いや、それだとザフトまで攻撃したことの説明が付かない」

 

 アスランは、ずっと以前からこのような計画を立てていたのではないか? 
彼がオーブにいた間、そのような素振りはなかった。なら、ザフトに復隊した
後に? そもそも、ザフトに復隊した理由がこの計画を実行するためなのだと
したら、どうだろうか。

 

「何考えてるんだ、アイツは」

 

 腹立たしげにカガリは叫んだ。結局、カガリにはアスランの考えていること
が、その腹の内が遂に理解できなかったのだ。それが、二人が親しいながらも
それ以上の関係に発展できなかった理由なのかも、知れなかった。

 

 早々に開かれた世界統一国家の閣議だが、全員出席を命じられたはずの閣僚
の内、財政長官と内務長官は姿を見せず、欠席していた。ロゴスのメンバーは
全員揃っていたが、彼らは皆、揃いも揃って青い顔しており、彼らが得意とす
る弁舌にはいつものキレがなかった。彼らはそれまで一応は強い結束で結ばれ
た仲であるはずだった。共通の敵を倒すため、数々の陰謀を張り巡らし、競争
者を追い落とし、排除する。しかし、それが一度、敵の存在を失い、全くの未
知なる敵が現れたとき、硬いはずの結束は脆くも崩れ去ろうとしていた。
 それもそのはずで、彼らはロード・ジブリールを倒すため、一時的な結託を
していたに過ぎないのだ。ジブリールが死んだとあっては、これ以上は何をす
ることも出来ない。

 
 

「降伏するしかない。あのジブリールを意図も容易く抹殺するような奴に、勝
てるわけがない」

 

 閣僚の一人が弱々しく呟いたが、非難の声は上がらなかった。しかし、降伏
という言葉には全くの現実味がなかった。
 アスランは地球に対して降伏を求めているのではない。地球に対し、破壊を
明言しているのだ。降伏したところで、はい、そうですかと赦してくれるとも
思えない。第一、降伏が認められたとしても世界統一国家政府の閣僚たる彼ら
を待っているのは、粛正という名の処刑台のはずだ。

 

「私はロード・ジブリールに乗せられただけだ。閣僚の椅子なんて、本当は欲
しくなかったんだ!」

 

 司法長官がヒステリックな声を上げ、机を叩いた。彼はこんなことを言って
いるが、これは全くの嘘であり、ここにいる全員、少なくともジブリールと敵
対していたロゴスのメンバーを除けば、彼らが閣僚になったのは打算の結果で
ある。その打算が使い物にならなくなったとき、彼らはまた新たな打算を必要
とするのだが、この時ばかりはいいものが思いつかなかった。

 

「だ、代表はアスラン・ザラとご交友があられたのでしょう? 何とか、彼を
説得できないのですか」

 

 閣僚の問いは、問いと言うよりは願望に近いものだったが、カガリは首を横
に振った。

 

「無理だ……アスランが私の説得に応じるなら、そもそも宣戦布告なんてして
こないだろう」

 

 絶望が室内を包んでいく。彼らには責任があるはずだ。世界統一国家の閣僚
として、地球に住む全ての市民に対する責任が。だが、この時、カガリを除い
た全て人間たちは皆が皆自己の保身についてなけなしの知恵を使い切ろうとし
ており、一人として世界のこと、地球のことを考えているものはいなかった。

 

「所詮、即興で作られた積み木の政府などこんなものか」

 

 その場にあったパーツを適当に組み合わせ、形だけは整えたのが今の世界統
一国家政府なのだ。カガリの言うように、そんな政府に何かを期待する方が間
違っていると言えるだろう。

 

「しかし、それでは市民があんまりだと思いませんか?」

 

 声は、扉の外からした。カガリらが驚いて扉の方を見ると、突然扉が開いて、
銃器を持った兵士たちがなだれ込んできた。

 

「謀反か!?」

 

 やや古風な言い回しをしたカガリであるが、彼女は数人の兵士に銃を突きつ
けられ、動けない状況にあった。チラリと他の閣僚やロゴスのメンバーを見る
が、彼らも似たような感じであった。

 

「突然のご無礼をお許し頂きたい。ですが、この方が手っ取り早いと思いまし
てね」

 

 兵士たちが道を空け、一人の男が室内に入ってくる。その仮面を付けた軍人
をカガリは知らなかったが、閣僚やロゴスの一部が息を呑んでその名を呟いた。

 

「ネオ・ロアノーク大佐……生きていたのか」

 

 その名を聴いて、カガリも目の前の人物が誰であるかに思い至った。確かフ
ァントムペインの佐官で、ジブリールの側近として知られた男だったはずだ。
忠実な部下だったが、ジブリールの度重なる横暴な命令に嫌気がさし、彼の元
から離反し、追撃を受けて戦死したと聞いている。

 
 

「そのファントムペインの大佐が、この場所に何の用だ?」

 

 銃器に威圧感を感じないわけではないが、カガリはあくまで気丈に振る舞っ
た。ここで相手に気圧されるようではダメだ。

 

「私たちを人質にして、アスランにでも売り渡すつもりか? それで自己の安
全を買いたいというなら、やめておいたほうが良いぞ。私はアスランのことを
少しだけ知っているが、アイツはそんな卑怯な手口を嫌っている」

 

 カガリはネオに言い放つが、ネオは軽く笑ってカガリの言葉を否定した。

 

「知っていますよ、そんなことぐらい。私があなたに要求するのは、今すぐに
世界統一国家代表を辞任し、私にその椅子を譲り渡して貰いたい、ただそれだ
けです」
「お前、自分が何を言っているかわかってるのか?」
「ここから先は、アスラン・ザラと地球、どちらが滅びるかを賭けた戦いにな
る。そして、その戦いを指揮するのは私の役目だ」
 仮面に隠れた相手の表情を探るように、カガリは疑わしげな目つきでネオを
見ている。
「断る。どこの誰とも知れんような男に、代表の座は渡せない!」
「いいや、あなたにはここで降りていただく。何故なら私には……いや、俺に
は戦うだけの理由がある」

 

 ネオはそういうと、自分の顔を隠している仮面を自ら外した。はらりと、仮
面が床に落ちる。

 

「後は俺がやる。だから、君はオーブに帰ると良い。世界統一国家なんて泥船
と一緒に、君が沈む必要はないはずだ」

 

 唖然として、カガリはネオの顔を、仮面の下に隠され続けた素顔を見ていた。
刻まれた戦傷と伸びた髪は確かに特徴的だが、その顔、自信に満ちた不敵な笑
みを浮かべる顔は、カガリのよく知るものだった。

 

「生きて、いたのか……?」
「いや、死んでたよ。今までずっと、俺は死んでた。だけど、やり残したこと
があると気付いてね」

 
 

 世界統一国家代表カガリ・ユラ・アスハが、代表を辞任すると発表したのは、
アスランによる宣戦布告から僅か12時間後のことである。驚く世界に対し、す
ぐに新たなる代表が発表された。

 

「俺の名は、ムウ・ラ・フラガ……かつてエンデミュオンの鷹と呼ばれた男
だ!」

 

 エンデミュオンの鷹、それは旧連合のエースパイロット、ムウ・ラ・フラガ
が、エンデミュオンクレーターにおけるザフト軍との戦いで、唯一生還したパ
イロットであることにちなんで付けられた名前だった。この戦いで基地の自爆
という暴挙に出た旧連合軍は敗戦のイメージを払拭するために、これでもかと
言うほどムウを祭り上げ、軍部における英雄崇拝の対象とした。市民は彼を英
雄視し、彼の打ち立てる派手な戦果に熱狂したものだ。
 だが、そのムウは前大戦で死亡したはずである。

 

「俺が生きていることに疑問を覚えるものも多いだろう。確かに死んだはずだ
と。だが、俺はこの通り生きている!」

 
 

 詳しい経緯など、ムウは彼の生死に関わる秘密を大まかに説明した。前大戦
で瀕死の状態だった自分を旧連合軍が回収し、蘇生処置を行ったこと、ファン
トムペインの士官として活動をしていたこと、横暴極まるジブリールに反旗を
翻し返り討ちにされたことなど、嘘や誇張を混ぜながらもっともらしい英雄譚
を語り聴かせる。

 

「かつてロード・ジブリールは世界統一国家の存在意義は、統一によってもた
らされる結束と平和だと言った。だが、それによって世界は平和になっただろ
うか? そうではないはずだ。今現在も人々は恐怖に怯えている。何故、どう
して? ジブリールという一つの悪の根が滅び去ったにもかかわらず、人々の
心に安らぎは訪れてない。そう、アスラン・ザラ率いるインフィニットジャス
ティスなる武装集団が我々の世界に対し、この地球に対し宣戦布告を行ったか
らだ! 母なる大地、母なる地球に反旗を翻す振る舞いを、我々は決して許し
てはいけない。我々は戦うべきなのだ。自分たちの手で、この地球を守るため
に!」

 

 ムウにとっては非常に馬鹿馬鹿しい話であったが、この時ばかりは彼の英雄
としての名声、作り物の虚名が最大限の効果を発揮した。

 

「共に、私と共に戦おうではないか!」

 

 歓声が鳴り響いた。ムウが会見場として使用した講堂にいた全ての人間と、
自宅や会社、街頭など様々な場所で彼の演説を聴いた市民が、彼に熱狂的な歓
呼の声を上げたのだ。
 世界に今、力強い指導者が現れたのだ。英雄の二文字を刻まれた、歴戦の勇
者が。

 

「アウル、スティング、ステラ……俺を笑ってくれてもいい。だけど、人々を
奮い立たせるにはもうこれしかないんだ」

 

 自虐的な声で、ムウは呟いた。その言葉として発せられたかもわからない小
さな声は誰にも聞こえることがなかった。
 兎にも角にも、最終決戦の準備が開始された。

 
 

 場所を移して、オーブ。
 アスラン・ザラによる地球全土への宣戦布告や、それに続くカガリ・ユラ・
アスハの代表辞任は、オーブにとっても決して無視できる話ではない。話題は
市民レベルに浸透し、市民は混乱を来し、ユウナはそれを押さえるのに必死だ
った。
 そんなオーブで、ある意味において外界と隔離された場所があった。前大戦
最大の英雄キラ・ヤマトと、プラントの歌姫ラクス・クラインが暮らす屋敷で
ある。海辺にあるこの屋敷は人が滅多に寄りつかないような場所に建てられて
おり、静けさを好んだかつての持ち主の性格を表したものだった。
 屋敷には、主である二人が唯一の住人であり、彼らの親族や身の回りの世話
をする侍女などは一切いない。大抵の家事はラクスがしたし、キラが生活者と
して無気力、無欲であったために余計な手間というものが掛からなかったのだ。
 ラクスとしては、それが不満であった。彼女はキラを愛している。これは動
かし用のない事実であり、恐らく今後も変わることはないだろう。しかし、ど
んなに愛し、甲斐甲斐しく尽くしても何もかえってくるものがないのだ。行為
に対し見返りを求めるなど愚かで醜い考えだと、ラクスもわかってはいるのだ
が、ラクスにしてみてもキラが戦争のショックで自閉気味になっているだけな
ら、まだ我慢も出来たはずだ。

 
 

 けど、違うのだ。勿論前大戦で戦い続けたキラは、心身共にボロボロになっ
てしまった。ラクスは、そんな彼を癒やそうと必死だった。必死だったのに、
ラクスには出来なかった。
 キラの心の中には、今でも別の少女がいる。
 ラクスがそれに気付いたとき、彼女は自分の愛が一生叶わぬことを悟った。
キラが前大戦で失った少女のことを今も想っている。それが事実なら、ラクス
がどんなに彼を愛し尽くそうとも、死んだ人間を相手にして勝てるわけがない。
キラが少女を、フレイ・アルスターのことを今も想い、救えなかった彼女に対
し贖罪をし続けている。
 始めから、ラクスが入り込む隙などなかったのだ。彼女は全てを捨ててキラ
の側にいることを選んだ。国も家も、自身の存在さえも捨てたのだ。それなの
に、キラは自分に振り向くことが、絶対にない。ラクスは、そんな自身の現実
にどこか納得がいかなかった。
 それでも、二人の仲は決して険悪ではない。日常会話がないわけではないし、
食事はいつも二人で取っている。キラが散歩に出掛けたり、慰霊碑の花壇の手
入れをしに行くときなどは、付いていくこともある。
 やがてラクスは現状を受け入れ、自分を無理矢理納得させた。平たく言えば
諦めたのだが、時間が解決してくれるかも知れないと淡い期待を抱き、一年以
上、ずっとこんな生活を続けてきた。
 その間に色々なことがあった。地球とプラントによる戦争が再び幕を開き、
宇宙で、地球で多くの激戦が繰り広げられた。でも、それは外の世界の話だ。
キラは相変わらず無気力だったし、ラクスも興味こそあったが今の自分には何
の力もなかった。さすがにオーブが崩壊したときはキラも動揺し、衝撃を憶え
ていたが、大きな会戦が一つ終わると、平穏が戻った。オーブ本土は戦火に巻
き込まれていないし、戦争は再び外界での出来事になった。
 ラクスはずっとこんな日常と生活が続くのかも知れないと思っていた。この
まま人とキラは、お互いに交わることなく、老いて朽ち果てていくのではない
か? それならそれで、構わない――

 

「キラ、部屋にいるんですの?」

 

 ラクスがキラの部屋を訪れたのは、先ほどアスランの演説を見ていたキラの
反応に違和感を憶えたからだ。ロード・ジブリールがオーブに宣戦布告した時
ともまた違う、全身に力がみなぎるかのような反応。
 そんな力、今のキラにはあるはずもないのに。

 

「入りますわよ……?」

 

 断って、ラクスは部屋の扉を開けた。鍵がそもそも付いていない扉は簡単に
開き、質素なキラの部屋が映し出される。部屋の主は、窓際にあるクローゼッ
トの前に立っていた。

 

「キ…ラ?」

 

 信じられないものを、ラクスは見た。キラは部屋で、着替えをしていた。人
なら誰でも、衣服を着替えることがある。しかし、その時キラが着ていた服に、
ラクスは衝撃を憶えた。
 旧地球連合軍の軍服。キラ・ヤマトがかつて、英雄と呼ばれていた頃に着て
いた、制服であった。

 

                                つづく