「なんじゃこのMSは!全くなっとらん!」
工廠に老人のしゃがれた声が響く。
緊張感を含んだ、粘る様な空気が工廠内に漂う。
これで何度目だ?などと思いつつコジロー・マードック曹長は声の主の方を振り向く。
老人の詳しい経歴は不明。
ただ、軍の上層部がMS開発のエキスパートという触れこみで連れてきた。
確かに、老人の持つ様々な技術、そして経験は一目置くべきではある。
しかしちょっとした問題点で怒鳴られる方はたまったものではない。
連日に渡る叱責によりマリュー・ラミアス中尉は疲労の極みに入っており、精神的に参っている。
これ以上彼女に負担を掛ける事は出来きず、彼女がこの場を離れてしまうと作業が止まってしまう事になる。
たまには損な役回りも悪くない。
……あわ良くば目を見張るような美貌を持つマリューに好印象をもたれるかも知れない……。
などど労りの心と少々の下心をブレンドさせてマードックは立ち上がり、マリューに告げる。
「中尉は少し疲れてますから、俺が行って話を聞いて来ますよ」
マリューは生真面目であるから、老人の言葉を流す事が出来ずに色々と溜めてしまう。
マードックはじいさんの話なんぞは耳から耳へ流してしまえば良いと考える事が出来る。
良くも悪くもそれなりの人生経験を積んでいるのだ。
「マードック曹長、悪いわね。お願いするわ」
マリューは申し訳なさそうにコジローに告げて、心の中で彼に手を合わせ、彼を見送るだけしか出来なかった。
それだけ老人との対応は彼女の精神を擦り減らす事であったと言えよう。
隠鬱な感情を振り払うかのように顔を叩き、コジローは老人の元に向かう。
老人は眼鏡と言うよりは、ゴーグルと言った方がふさわしいものを掛けていた。
そして神経質そうな表情を浮かべて手慰みに杖を弄んでいる。
コジローは、そんな老人の姿を見て、少し格好つけた自分を後悔した。
「一体なんなんです?」
「なんじゃ、この装甲は!只でさえ短い稼働時間を減らしてどうするんじゃ」
「PS装甲は衝撃を無効化させるのに有効な物です」
「そんな事を言っとる訳じゃない!短い稼働時間を減らしてまで装備する有効性はないじゃろう」
「しかし、コーディネーターはナチュラル以上の能力を持っとるんですよ。
その中で選ばれた能力を持つパイロットを、
簡単には失いたくないってのがお偉方の考えでしてね」
「パイロットは育ててば良い!鍛えれば毛の三本位の差なぞ直ぐに埋めれるわ!」
「まあ、鍛える時間も予算も無いって訳でありまして……」
マードックは言葉を選びつつ、
老人の怒りをこの場にいないお偉いさんに擦り付ける様に答える。
「……まあ良い。それよりこのOSの酷さは話にならん!動作の最適化すら出来ておらんぞ!」
「動作の最適化?」
コジローは老人の言葉に眉をひそめる。
OSついては畑違いの事ではあるが、何か引っ掛かりを感じたのだ。
「詳しい話を教えてくれます?」
「MSは人間の姿を模しておる。人間はただ歩くだけで歩けもしようがな、
MSはそうはいかん。細かい傾斜、段差やその他諸々の条件によって歩き方を変える必要がある
。体重移動、その他の細かい操縦をパイロットに負担をかける訳にいかんじゃろうて。
動作の最適化をしておけばパイロットの負担は軽くなり戦闘に集中出来もしよう」
マードックは老人のその言葉だけは頭の中に入れ、後は適当に流してその場を辞した。
「マードック曹長、お疲れ様。」
マリューが今の彼女にとって精一杯の笑顔で迎える。
老人の言葉をマリューに伝え、彼女の判断を仰ぐ。
「動作の最適化ね……。必要な事だわ。でも、
それをすると仕様が変わって納入に間に合わないわね……」
「それは俺達次第ですよ。技術者の意地に賭けてハンパな物を作る訳にはいかんでしょ」
「……皆はどう思う?」
三々五々に皆は技術者のプライドを語り始める。
「どうやら決まりのようですね、中尉。
此処は俺達が何とかしますから、他の部所との折衝をお願いしますよ」
そうして作り上げられた技術者の誇りの結晶である機体は、
敵に奪われたり、技術者の誇りを賭けて作られたOSは一人の少年の
ちょっとしたワガママにより書き換えられてしまうが、それはまた別の話である。
――end――