マユは私の拘束を解き、ゆっくりと炎に近付いていく。私は彼女の足にしがみ着き止めようとする。
「止めなさい!死んでなんの意味があると言うのです!」
マユは私の言葉を意に返さず豪華へと突き進む。
彼に懇願すればこの状況をどうにかしてくれるかもしれないだろう。しかし、私はそれをしたくはない。
少女一人を助ける事が出来ずにクシュリナーダの姓を名乗る事は出来ないと私は思うのだ。
「放して!私は皆の元に行きたいの!一人ぼっちは嫌なの!」
マユの血を吐く様な悲痛な叫び。
……私の力は無力だ。一人では何一つ出来ない。 しかし、出来ないからと言って諦める訳にはいかない。
「弱い者が戦うな!」
張 五飛の大喝が響く。そしてマユは糸の切れた操り人形の様に倒れる。どうやらマユを当て身で気絶させた様だ。
彼には私の行為が戦いに見えた様だ。非常に彼らしいといえる。
しかし、私は反論せずにはいられない。
「私は弱いとしても、貫きたい信念があります。それを否定する事は許しません」
彼は口許を微かに歪めて笑う。私はその行為が気に触る。
「ならばお前はコイツを助ける事が出来たのか?」
「……いいえ。私には無理でしょうね」
彼の言葉は正論であるのかも知れない。しかし、その正論は弱者に厳しい。力が無ければ何もするなと言うのと同じである。
「遊んでいる暇はない。此処を離れるぞ」
彼はマユを肩に担ぎ上げると走り出す。私も続いて走り出した。
彼は早い。マユを抱えてもなお、私より遥かに早い。
しかし、私は彼について行く。弱き者にだって意地があるのだ。
私の呼吸がが荒くなり、体力の限界が近付いた頃、五飛は立ち止まった。そして私を見る。
「なぜお前は彼処にいた?」
彼の質問は最もな事だ。今更あのシェルターに立ち入ろうとする人間はいない。
……私以外は。
「忘れない為……考える為です。彼処には様々な記憶があります。彼処に行けば私は私が何者であるのか思い出す事が出来て、私の歩むべき道を考える事が出来るのです」
「そうか。お前が良からぬ事を考えて無ければ良い」
彼は今度はゆっくりと歩き出す。私のペースに合わせているのだろうか。
気に入らないと言えば気に入らない。
何か彼に逆襲出来る事はないだろうか。
私は一つの考えが脳裏に浮かぶ。この質問を彼に浴びせたら彼はどんな表情をするのだろうか。
「貴方は何故私があのシェルターにいたのをしっていたのでしょうね。まさか私の後をつけていた訳ではないでしょうね?」
彼は私を振り返り不機嫌そうな表情を浮かべる。もっとも彼がにこやかに笑う事などは創造できないが。
彼はいつもと違い言葉に覇気を持たせずに答える。
「……お前の後をつけていた訳ではない!プリペンダーとして調べる必要があったからだ」
私は彼の神経を逆撫でする様に、出来る限りの笑みを浮かべて答える。
「まあ、そういう事にしておきましょう」
彼は顔を朱に染めて黙ったまま歩き出す。 私も無言でそれに倣う。
しかし無言で歩くのもつまらない。いや、今の状況で面白いもつまらないもないのだが、何か話していないと戦場の恐怖が酸の様に私を侵す様な気がしてならない。
「そう言えば、私もあの時の貴方と同じ年になりました」
「早いものだな」
「ええ。時は経って見れば早いものです。私が父の歳を越すのも時間の問題でしょう」
「……そうだな……」
彼は小さな声で呟くと黙ってしまった。
仕方ない事なのかも知れない。父、トレーズ・クシュリナーダは彼に暗い影を落としているのかもしれない。
――to be continued――