W-Seed_380氏_第05話

Last-modified: 2007-11-11 (日) 12:58:35

夢を見ていた。とても悲しい夢を。
 写真でしか見た事のない父と母が、碧児を囲み穏やかな空間を作り出している。
それを離れた所から羨ましそうに見ている子供がいる。……あれは私だ。
衣食住、全てに恵まれていた自分。
 しかし常に愛情に飢えていた自分。
与えられるものは全て与えられ、本当に与えて欲しい物のみが与えられなかった自分。 その幼い瞳を支配しているのは負の感情。 その瞳が私に向けられる――――。

 目が覚めると私は御手洗いに向かう。変な汗がでたのか、身体中がベタベタして気持ちが悪い。せめて顔を洗ってスッキリとしよう。
途中で子供達が……多分マルキオが世話をしている孤児達が私に奇異の視線を向ける。
私は柔和な笑みを子供達に反しつつ、彼等に挨拶をする。子供達は少しは警戒心を緩めたのか、はにかみながら私に挨拶をしてくれる。
 マユはここに馴染んでくれるのだろうか。
お手洗いで私は鏡を見る。酷い顔をしている。疲れているのか、焦燥とした顔が鏡に映っている。
冷たい水で顔を洗うとボンヤリとしていた思考が覚醒していく。
はっきりとした思考が私を突き動かし始める。

私がやるべき事。トレーズ・クシュリナーダの娘であるという証明。
それは私の能力の証明。
私は父を越えるなどとおこがましい事は言えないが、私は父を越えなければならない。 それが私の存在の証明だ。
それは自分だけにしか解らないプライドを賭けて行う行為。
 そして生命さえ弄ぶ行為であるのかも知れない。
 ……勿論弄ぶのは他者の生命ではなく私の生命であるが。
目の前の夢よりも遥かに際どい現実が私に突き付けられるのかもしれない。
しかし私は選択してしまったのだ。私には何一つ縁のないこの世界を変えるという事を。
……私のやり方でナチュラルとコーディネーターの対立により緩やかな崩壊に向かうこの世界を救済する。いや、してみせる。

私はマルキオに身に付けていた装飾品、ネックレスを渡し、マユの事を頼んだ。
 換金すればそれなりの額になるはずだ。世界が違っていても貴金属の価値は変わらない筈だ。孤児院を経営するには十分だろう。
 彼は欲の無い人物らしく、遠慮をしたが私は無理を言って押し付けた。
マユは私に離れたくないと泣き付いたが、私は強く言い聞かせた。
「貴方が待っているのならば私は必ず帰ってきます。ですから、待っていて下さい。」
マユは唇を突きだしむずがったが、最後には分かってくれた。

 別れの時、私はマルキオ、マユ、そして孤児達一人一人と握手と抱擁をした。
そして皆に私の出立の理由を話し、必ず帰ってくると約束をした。
遥かな道を一歩一歩進む私の背中にいろいろな声が掛る。
激励、応援、別離の悲しみ、そして再会の約束。
私は全てを背負い歩む。
決して振り向かない。ただ前を向いて歩む。あてなど無いのだか、足取りは不思議なまでに軽い。
さあ、理想へのドアを叩き私を証明する為の旅に出よう。

私はまず、市街地に向かうことにした。手持ちの装飾品を換金する必要があるし、汚れた衣服を替えたい。
泥で汚れてもいるし、着替えずに寝たので汗臭い。
 先程の決意に対して不謹慎だし、我儘を言ってられる状況でも無いのだけれど、やはり私も年頃の少女、お洒落をしたいのだ。
そうだ、普段する事の出来ないラフな格好をしてみようなどとも思う。
日頃の重責から解き放たれた解放感もあるし、心機一転の意味も込めてお洒落をしよう。

―――バシャ――

……道を行く車に泥水を跳ねられた。非常に腹立たしい。全てを汚された気がする。口汚く罵りたい。まあ、流石にそれは出来ないが。せめて睨み付ける位の事はしてやろう。
私に泥水を跳ねた車は10m程先で止まり、少々軽薄そうな青年が降りて私に向かってくる。
「これはお嬢さん、申し訳ありませんね。謝りますよ。」
……誠意を感じることが出来ない。悔しいので憎まれ口を叩いてやろう。
「ならば誠意を見せて欲しいですね。ああ、金品等はいりませんから、あの水溜まりに座って土下座して下さい」
男は一瞬瞳を暗く光らせて私を睨み、再びお道化た仕草で私の頬を撫でる。
「おやおや……お嬢さんは僕の事を知らないのかな?結構有名だと思ってたけど自信を無くしちゃうな」
「すみません、生憎と箱入り娘に育てられたので世間には疎いので。……つまり貴方の事など知りません」
男はズルっとずっこける。惜しい。もう少しで水溜まりに足を踏み入れたのに。
「僕の名前はムルタ・アズラエルっていうんけど。……本当に知らないの?」
男はビックリしている。かなりの有名人なのだろう。しかし知らないものは知らない。私は首を振り答える。
「申し訳ありませんが、私は貴方の事を存じあげません」
男は私の言葉を聞くと気が触れたかの様に笑い始める。
「いやあ、面白いお嬢さんですね。服を汚したお詫びついでに少し親交を深める為に食事をしたいのだけれど如何です?」
……これは話に聞くナンパというものなのだろうか。舞踏会で一曲誘われる事は幾度もあったが、ナンパをされたのは生まれて初めての事であり、凄く新鮮だ。
面白い。誘いに乗って見よう。何か得るものがある筈だ。

――to be continued――