X-seed◆mGmRyCfjPw氏 第8話

Last-modified: 2007-11-12 (月) 12:05:26

ガロードはあの最終決戦以後自分達に起こった事の詳細をラスティの手術を終えたテクスに話し始めた。
だが、その話を聞いていたテクスはある点で奇妙に思った。
「今日 ? ガロード、お前さんがこの世界に来たのは今日だっていうのか ? 」
「ああ、そうだけど……どうかしたのか ? 」
「……私がこの世界に来たのは、今から10日前の事だよ。」
「えええっっ ?!! どういう事だよ ?! 」
ガロードは驚きを禁じえない。
何故二人との間にタイムラグが発生しているのだろうか ?
当然その理由をテクスに訊くが、当の本人は様々な書類に目を通しながら、表情を変えずに言う。
「さあ……私も詳しい理由は分からん。それ以前にこの世界に飛ばされた理由自体が謎だからな。」
テクスの言う事ももっともだ。
自分達が何故こんなC.Eという訳の分からない世界に来たのか。
その場に居る全員が首を傾げてしまう。
「だが、こうなってしまった以上は仕方ない。自分達の世界に戻る方法を考えながら、この世界で生きていくしか他無いな。」
「そうだな……テクスは何か考えがあるのか ? 」
書きものを一旦止め、彼はガロードに向けてフッと笑って言う。
「軍医、をやるしかないのかもな。丁度この艦はそれをコロニーから出る際に失っていてな、
民間人とはいえ、私の様な存在は今の所は貴重なのかもしれん。」
サイフォンから良い感じにコーヒーの湯気が出ている。
テクスはそれに気付き、二つのマグカップにコーヒーを入れ、ガロードとティファに振舞った。
当の自分も一口啜りながら話を続ける。
「まあ、正直な事を言えばそれしか喰う方法を知らんからな。今更畑違いの仕事などやり始めても、地に足がついた生活は望めないだろう。それはそうとお前さん達はどうするつもりなんだ ? 」
「俺は……ジャンク屋をやるしかねえな。この世界のMSの操縦とかはさっぱりだけど、二人で生きてくには今はそれしか方法が思いつかねえ。傭兵ってのもチラッと頭に浮かんだけどこの世界じゃMS操縦できなきゃ話にもならねえみたいだし……何よりティファを心配させたくねえんだ。それと……こんな知らない世界であんまり関わりたくねえしな。」
ティファがガロードの手にそっと触れる。
照れた様にガロードは後ろの頭を掻きながらあさっての方向を見た。
確かにそれが良いかもしれない。
勝手の違う世界で自分達が必要以上に干渉してはいけない。
恐らくこの場にジャミルが居たらガロードと同じ結論に達していただろう。
しかし、ガロード達がアークエンジェルに辿り着いた時、ガロードが抱いたその展望を根底から覆しかねない物の存在をテクスはふと口にする。
「ダブルエックスはどうする ? 」
「えっ ? そうだな……」
その名前を聞いた途端深い溜め息が漏れる。
この世界のMSとの明らかな差異は操縦系統しか知らないがどうもそれだけではない様な気がしてならない。
だが、あれは今の状態を鑑みればスクラップも同然である。解体して処分してしまえばそこまで深刻に悩む事もない。
しかし、一抹の寂寥感がふとガロードの心を襲う。
コロニー関係者に攫われたティファを救うまで宇宙まで行き、あのフロスト兄弟とまともに渡り合う八面六臂の活躍をした愛機。
幾ら止むを得ない事情があるとは言え、そう簡単にバラしても良いかと聞かれると、待ったをかけたくなってしまう。
この世界にサテライトキャノンと同等の兵器があるのだとすれば、ダブルエックスの存在感もある程度薄れるが、逆に言えばそれだけ恐ろしい代物がこの世界にはごろごろしている事になる。
丁度この世界も敵味方と二分された状態で戦争をやっているらしかったが、あるとすれば、両方の正義の象徴的な存在なのだろう。
唯そんな考え方はガロードには必要なかった。
大事なのは、こっちの世界の正義が何なのかとか、世界の行く末はどうなるのかといった事じゃなく、ティファを守って共に生き抜く事。
自分の中でもう答えは出ているに等しかった。
「ほとぼりが冷めたら、自分一人でばらして処分する……しかねえんだよな。ティファと一緒に生きるんならそうする他ねえし。」
ガロードはそう言ってティファの顔を見つめる。
それを見たテクスは軽く咳払いをし、二人の視線を自分に向けさせる。
「だが、それもそこまで上手く行くかは分からんかもしれん。」
「 ? どういう事だよ ? 」
書きものを丁度終え、ラスティの容態を見始めたテクスは続ける。
「あの資源衛星から逃れてここに乗った時に聞いた話だが、この船はアルテミスという地球連合軍の軍事衛星に向かっている。衛星の所有権を主張しているのは、ユーラシア連邦という連合軍の一部をなしている国家の一つだが、今は戦争中故に形骸化している。当然この船も調査が入るだろう。」
それを聞いてガロードはあっ、と小さく驚く。
調査が入る事になれば勿論ダブルエックスの事を訊かれるだろう。
そうなればどういった事になるか大体の想像はついていた。
歯痒さが自分の心を埋め尽くしていく。
自分はティファと静かに生きたいのに……世界をあちこち見て回りたいという願いを叶えてあげたいのに……周りはそうする事を許さない。
今まで平気だったコーヒーの味が、最後の一口だけいやに苦く感じられた。
「ダブルエックスに何かあったら、無理矢理にでも掻っ攫ってどうにかするよ。コーヒー旨かったよ。ありがと。ティファ、みんなが非難している所に行こうか ? 」
「うん。」
ガロードがその場から立ち上がる。
その時ティファが椅子に縛られた様に固まる。まさか、また…… ?
「ティファ、何か感じるのか ? 」
その言葉にゆっくりと頷くと、椅子から立ち上がり、医務室を少し速めの足取りでスッと出て行く。
それに応える様にガロードもその後を追う。

ヴェサリウスの中で物思いに耽る少年が一人。
アスラン・ザラは自室のベッドで横になっていた。
ほんの数日前までは自分の横に話しかける相手がいた。とりとめの無い事を言い、それをちゃかして面白がる相手が。
しかし、その相手はそこにはもう居ない。戻ってくる事もない。
軍人になった時からこういった事はいつかやって来るとは覚悟してはいた。
だが、そんな頭だけで理解した覚悟なぞ実際にそういった場面に直面した時には何の役にもたちはしない。心の緩衝材にもなり得はしない。
ただただ空虚感だけが残るのみである。
しかし、そんな物に身を任せてしまっていては軍人なんて職業は務まらない。
「ミゲル……ラスティ……」
この十数時間で自室に居る間何度この言葉を呟いただろうか。
ミゲルは連合の新型MSに討たれ、ラスティに至ってはそれを奪取した際に行方が分からなくなってそれきりだ。
ヘリオポリスが崩壊した時もまだ何処かで生きているんじゃないかと、今から考えてみればかなり甘い期待をしていたが、クルーゼ隊長の見解としては間違いなくMIAだと言われた。
MIA-ミッシング・イン・アクションは戦闘中行方不明の意だが、軍関係者には婉曲的であるにしろ戦死という判定に他ならない。
その判断がアスランの胸に冷たく突き刺さる。
いや、あの時あそこではそれ以上の衝撃があった。
月の幼年学校に通っていた頃に別れた友人のキラがいたからだ。
襲撃したのが中立の位置にあるヘリオポリスだったから、居たというだけでは問題になりはしない。ヘリオポリスの何処に居たかがアスランの心を大きく傷つけていた。
新型のMSを奪取するために、地球軍の華南宇宙港がザフトの侵攻を受け始めた時に編成されたのが今回のチームだった。
綿密な計画をし、周到に下準備をし、万全の用意で挑んだ今回のミッション。
戦う相手が全員ナチュラルだから、チームの皆は余程の油断をしない限り討たれる事はないと思っていた。
だが、のりこんだモルゲンレーテの試験場でそのキラに会ったのだ。それも地球軍の人間と共に。
お互いどうしてその立場に立っているのかと戦場で訊き合った。そして先程起こった戦闘でも。
考えれば考えるほど胃が痛んでくる。
そんな時だった。
隊長のクルーゼから艦橋に来て欲しいとの連絡が入る。
言われた通り艦橋に来たアスランは、先ず一つ質問した。何かあったのですかと。
その質問の返事は意外な物だった。
「あれがアルテミスの方向より180度回頭した。どういう訳か分からんがな。だがこちらのガモフとは鉢合わせない方向に向かっている。」

「進路を変えろだと ?! ふざけるのはよせ !! 」
アスランがクルーゼに呼び出されるほんの十分程前のアークエンジェルでは、ナタルがティファに向かって怒鳴っていた。
何故かというと、軍関係者が聞いていて呆れる様な話だったからだ。
先程保護した民間人が居住区を離れ、ブリッジに押し入る形で入ってきたと思ったら、進路を変えてくれと言ってきたのである。
有無を言わさずブリッジから出そうとした時、マリューが理由だけでもと引き止めた為一応訊いたが、その理由も信じられない物だった。
敵は先の戦闘が行われる前にアークエンジェルが発射した囮を既に見破っており、アルテミスに向けてサイレントランをしている自分達を追って来ているというのだ。
理由を聞いたナタルは一層厳しい顔と声になり、ティファに詰め寄る。
「だが ! アルテミスの防衛システムは絶対だ ! ザフトでもそう易々と突破できる代物ではない !! 」
「おい、ティファをあまり怖がらすなよ。」
ナタルの声に体を震わせるティファだったが、勇気を出してある一つの言葉を呟く。
「ブリッツ……傘を壊すのはそれです。」
「なっ…… ?!! 」
ティファが告げた言葉にブリッジクルー、特にマリューとナタルは硬直する。
ブリッツは奪取された新型MSの一つX-207の開発コードの一つであり、軍関係者、それもG計画を知っている者でしか知らない。
おまけにそれに続く、アルテミスの防衛システムを傘と表現するのも。
だが、驚くのはそれだけに止まらない。
ブリッツの特徴を思い出していたマリューは微かに震える声でナタルに向けて言う。
「確か……ブリッツにはミラージュコロイドがあるわ。」
ミラージュコロイドは可視光線を歪め、レーダー波を吸収するガス状物質を展開し、それを磁場で機体の周りに引き付ける事で、機械は勿論の事、目にも見えない存在になる事が出来る機能である。
ここで一つの考えが出る。
自分達を追っている敵艦がブリッツを搭載していて、アルテミスの傘こと防衛システムを展開していない時にミラージュコロイドを使って侵入したなら……
仮定の域を出なかったが、想像すればそれはそれで怖いものだ。
「言いたい事はそれだけか ?! 」
ナタルはティファの肩を持ってエレベーターの方へ押しやる。
「何処で様々な軍事機密を嗅ぎつけたかは知らんが、これ以上世迷い言を言う様であれば、拘束の後尋問するぞ ?!! 」
そんなナタルの腕を力強く掴んだガロードは、ナタルを思い切り睨みつけて警告する口調で言う。
「ティファをそんな目に会わすなんて、俺が許しゃしないからな !! 」
「何だと……っ ?! 」
「待ちなさいっ !! 」
険悪な雰囲気を剥き出しにして顔を合わせるガロードとナタルを制止したのは、艦長席でずっと考えを巡らせていたマリューだった。
ブリッジがしんと静かになった後、一つの命令が操舵士アーノルド・ノイマンに下される。
「進路変更 ! 回頭180度 ! 」
その言葉にブリッジにいる全員が驚愕する。
一人の少女の言葉で艦長の判断が今までとは大きく変わった物になったからだ。
軍閥の人間らしからぬ行動に、ナタルは思わず自分の立場も忘れて怒鳴り声をあげてしまう。
「ラミアス艦長 !! 」
「報告は貴女が書きなさい、ナタル。それと……ティファさん、だったかしらね ? 」
「はい……」
マリューは艦長席から離れ、ティファの元までやって来る。
その眼差しは軍関係者特有の物だったが、僅かながらに母親の様な優しさもあった。
「少しお話を聞かせてもらってもいいかしら ? 」
その言葉を聞いてガロードは少し気落ちする。
どうやらティファと一緒に平和な所で生活できるようになるのは、自分自身が考えていたよりももっとずっと後の事になりそうだと。